〜\
新 ド イ ッ の 人 口 政 策 と そ の 敷 果
南 亮 三 鄭
一︑﹁時の命令﹂としての人口政策
v一九三五年のことであるが︑その八月二十六日から九月一日にかけてベルリンで瀾催せられた國際人口糾學
會議の席上︑﹃國家の任務としての人n政策﹄と題する報告演読の冒頭︑ツルトゥル・ギユッ塾氏は次の通り
論じた︒,︑ρ﹄
﹁吾々のいふ人口政策どは何であるか?・諸君は︑すべての國の國民と政府とが本問題に關してなほ僅か←
か考慮を佛うてゐないといふことに同意されるであらう︒何れの國民も︑何れの國家及び政府も︑子孫がなく
なる時︑即ち國民が死滅しはじめる時に︑やつと人ロ政策及び人ロ科學に想ひを致すものである︒⁝そ勉嫁
古代にお鱗て然つ︑ギリシァにおいて然り︑古代ローマにおいて然りであつたが噛今や叉世界の多歎の文明諸
薗において然事である埼政府が國内政治及び封外政治においせ行ふとζろはすべ宅︑國民の幅職乏繁榮とのた
新ドイツの入口政策とその敷果(南)五五 \
¶
鋳'﹂・育鱗〜‑n盛瓢ご・︑﹁ζ,濃・.・五ホ
めであ︑ち訟擢濠ちな蜘の廿だし政府とその政治とは結局㊨と蜜ろ國民のたあ峰のみ存するかち鷹あお︒∵⁝藩か
くで何れの政府逼何れの國家も︑鴇﹃公共心な利犀心に先立づ夢まいふ標語の給とに人口政策を講すゐ乙とに努
めなければなちないつ但しζの標語は﹃個々人のための公共心﹄・'と肋ふ意味ではなくてゆ人類の︑國民⑳南.面
﹂て國家の原細胞としての﹃家族の公共心﹄といみ意味であち︒し㌦.﹁ゼ一.︑・鮮'∵・㌧︑貞
﹁之れが民族枇會主義的人質政策の根本忠想であつて︑この思想から︑ドイツ國民の存績と促進き質の向上
とのために行はれてをるドイッ國家の一切の施設が襲出してゐるのである︒人ロ政策なる語に若しもかやうに
廣汎なる内容を賦與すゐならばゆ吾々は事イツにおいて次の認識に達する︒曰く︑吾々の國民は才諸君のす
でに髄取された通り﹂多沌の丈明國民が歩んでをると同一轍のハ︑武死滅乏退質と混血とに瀕してをるの廼?人わ口肇は五︑々にと陰蒋り露蕩瀞遙一臼三右に表現せられてをる在來の個人主義的世界観に封するナチス諸學者の反樹意見i﹁利己心﹂に代へるに
﹁公共心﹂を以てし︑しかもそれを﹁家族の公共心﹂に置き代へんとする主張1はなほ後に譲るとして︑こ
こで先づ注意したいのは︑ナチス・ドイッの人ロ政策が﹁時の命令﹂だといふこと悪みる︒表現に幾分の政治
的誇張は冤がれ得ないとしても︑﹁死滅﹂の恐怖が多かれ少なかれ白人世界を襲うてゐることは現在の事實で
ある︒回甑すれば︑白人世界の拙生零ば早きものな揃世紀の央ば以前から︑そして大抵の國々は前世紀の終り
鯉づ・即︻e︑馬ハ頃から低下し︑さらにヨーロッパ大職を中に挾んで急速度に低下して行つた︒この事情はすでに別の機會に明
1)ArthurGtttt,Bev61kermngspolitikalsAufgabedesStaates,in:Bevδ1kerungs・
fragen2BerichtdesInternationa[lenKongressesfttrBevδ1kerungswiSsenschaft, hrsg。vonHarmsenu.Lohse,MimchenIg36,S。745‑746.
2)拙 稿 ・ 匿 界 入 口 の 趨 勢 と 出 生 率 及 び 再 生 産 牽(本 誌 前 號 所 載)o
かにしたのでこ玉では繰返さないが︑白人世界の﹃死滅﹂の暗影を傅へる意味においては︑各國諸學者が殆ん
ど欝員の形で行つてをる將來合の鶏奮狂贅的に役立つ露らう︒その結遷蓑にする妄葉の通
ゆである︒・︑.'.炉
信頼に値ひする諸學者の推算の限りでは︑人ロが將來なほ増加を績けるといふ國はイタリーのほかに一國も
ない︒かギる情勢の下において﹁人口政策﹂が︑特に﹁人口増加政策﹂が﹁時の命令﹂と考へられるのは至極
尤もなことである︒けだし人口は一國にとつて政治的︑軍事的に重要な要素たるのみではない︒人ロの墜實な
る増加は経濟の焚達に不可訣な條件をなすものである︒十九世紀後牛より今世紀初めにかけての白入世界の経
濟の急速なる成長は合の葵なる増加と蓼ついてゐた︒維濟恐慌が白人世界纂いて餐+年を覇とし
て同復し來つ距といふ事實の反面にも︑人ロの増加が裏付けられてゐたことを忘れてはならな"︒然るに人ロ
の増加が停止すると︑経濟嚢達の裏付けをなすものがなくなり︑一國経濟は謂ゆる均齊的嚢展を塗げることは
出來ない︒維濟は萎縮し︑攣則的となり︑攣容せざるを得ない︒かくて一旦恐慌が生するな鉱ば・その及民す
ところは非常に廣汎且つ深刻となり︑又恐慌の同復それ自膿は非常に長引かねばならな↑なるであらう︒臥人
世界が今︑人口の維持及び増加政策に眞劒な考慮を佛ふに至つた事情はこれで明かである︒
のノ=︑ナチス・ドイッの人口政策︑︑‑
新ドイツの入口政策とその数果(南)五七
入'ロ の ζ 豫=測 定
3)移 出 入 民 一
出入相 等 し く
}幽
來入さ到大い
爆 大
大牟の最の口
《百 万)
;91.."S年;[145・144
.(・)t943年 ・4・ ・885
}瞭 ず
(b)夏940年340.655
(a)皿970年1巨 翼:5・361
驚 來 入 口 の 進 路
.(百 万) rlg76年ず 迄1二32・7r3 .t:減
(a)lg75年 迄1こ36.638tこ 、
(講纏 翻 雛{i轡
2035年 迄1:4.426に 減 ず (a)】【979年 迄 に564引 こ、2035
年 迄1こ4.647に 減 ず (b)lg75年 迄1こ4.5581:、2035
年 迄 に α925に 減 ず
推 計 ・現 在
人 口
(百万) 45・401 (lg34年6月)
、40'467。'.
(Ig34.年6刃)
・(b)lg碑 頃:51141
1921r‑193豆 年 間
}に95萬 、 それ 以 降 各 十 年 間 に4q 萬 の 移 民 差 狽 ・ (a)移 出 人 な し (b)192冨 爵一1925年 と
同 「 の 移 民 差 盆
最大 限な し、入 口 に増大なつ 穿く
(a)最 大 限 な し 、 入 口 に 増 大 な つ 陰 く (b)正971年 頃:4.oo2
}… し
移 出入嫁 し
移 出入 な し
}一 し
(a)Ig35年 頃:40.966 (b)直 ちtこ 減 退
1940年 頃=8・rro
Ig35‑Ig40年 頃365.5
r
(a)lg60年 頃 …"69450 t・(b)rgso年 頃=67・702
4.934
}(茎934年r耳)
(a)Ig61年 迄1こ6α589に 蓮 す (b)zg61年 迄 網47.337に 建iす (a)正971年 迄1こ5.174に 、2001
年i迄 に6.216に 達 す (b)200'1年 迄 に ふ92罵 に 減 ず
(a)置935‑‑Ig39年 間 に 年20萬 、 そ れ 以 降 は 年30萬 の ミ 移 入 民'
(b)移 入 民 な し ㌶
陣 せず
(a)lg75年 迄va39.307tC、 】【980 年 迄tこ3亀go5に 減 ず (b)lg75年 迄 遭τ30,640va、1980
年 迄!こ29・OI3に 減 ず
1970年 ま乞 に7.2551こ 、20◎o 年 迄 に5.760i二 減 ず
i975・¥迄t:50・oooza下1:
減 ず
(a)lg70年 迄tC69。486に 、20◎o .年 迄 に66、746に 減 ず (b)1970年 迄n62.337tC、2000 年 迄 に4α89翼 に 減 ず'
1の詠 戯 し「
(b)Ig56年 ξr36L5一
瞬 郡ll義
(a)2620年 遷93・9釦 (b)正頭(ト1970年 の 周:
ご約801000
鶴 餐翻 隷 ギ?70
⑤ ・g鱒 代 より固定 す
42.217『
儲 隻倉)
3.665
て}雛 日)
41.goo
G婁雛 日)
8.248
儲 窒H)
65.350
(ザ ー ル地域 を 除 く) (1933年r2月31日)
126.ooo
儲 窒。)
69.254
儲 ㌔)
五八
yド 及 び ウェ・‑n・ス 」 の 分 、 及 び 「ド イ ツ 」 の プ ル グ ドェ)yフ ァー氏 の 分 は 阿 部 源 刊 、228頁 塗 照)oな ほ 「日本 」 の 分 に 上 田 博 士 編 『日本 入 口 問 題 研 究 』 第 一 輯 に
新ドイツの入ロ政策とその数果(南)・五九
各 國 將 來
國 豫 測 者
グ レ イ 』ト ・ ブ リ テ ン
イ ン グ ラyド 及 び ウ ェ ー ル ス
ス コ ツ レ ラ ン ド
イ タ リ ρ
デ ン マ ー ク
フ ラyス.
.べ 〃 ギ ー
下 イ ツ,
.合 衆 國
㌔日 本 ・
ンの一㎜ポ㎞イ町艮α
チ ャ ー ル ス (Charles)
チ ャ ー ル ス
ジ ニ 及 び フ イ ネ ッ テ ィ (Gini&
Finetti)
ジ ェyセ ン
(」サnsen)
ソ ー ザ ㌧f (Sauvy)
R一 タly
(Baudhuin)
カ ー ン
(Kahn)
プ)vグ ド ェ ル フ ァ ー (Burgdδ}fε})
ト ム ソ ン 及 び ウ エ ンレプ ト ン (ThomPson
&WhelPton)
上 田貞i爽郎
翻年
i934
【935
!936
互931
Ig31
假
1)産 見 率 年〉 死 一亡 一寧
Ig24‑‑lg31年1背!1こ お しナう と 同 一 比 牽 で 低 下 し つ 糠 け 、1945年 以 降 安 庫 イ七す (a)各歳 別 産 免 寧 は1933年
の水 準 な 持 績 す (b)産見 率 仁[Ig85年 迄lt最
近 十 年 間 の 比 牽 に 從 ラ て 低 下 し績 く
∫1924一 夏932年 間 の 水 ・
・準 ま り 幾 分 低 下 す (a)各歳 別 死 亡PtlSll933
年 の 水 準 な 持 績 す (b)死亡 牽 は 最 近 十 年 間
の 趨 勢 に 從 うて 低 下
・ し繧 く
蹄 謝 欝 則 耀妄 奪 瀞4物
ε噸 二豫測と同Φ){誰 あ霧 卸
(a‑)1g28年 の 永 準 を 持 績 す (b)1922‑一 ・Ig28年 間1こ 現1重
れ †ころ 低 下 な 持 績 す (a)lg28年 の 水 準2レ 持 績 す (b)年 出 生 鍛1{tg27‑:一:・i'929
年 間 と 同 じ ・
1932
Ig31
Ig36
1930
「g33
(a)t.929・一一・lg30ttFの 水 準 ゐ9 持 績 す
G))lg29‑‑lg30年 の セ イ ヌ・
縣 の 水 準 に 低 下 す
1928年 と 同 じ'
Ig50年 迄 は 一 央 婦 當 リ 産 免 籔 は22・7%低 下 し、 そ れ 以 降 安 定 化 す
(a)年 出 生 簸 は 二927年 と 同 一 水 準 な 持 績 す (b)lg27一lg55年 間lt25%
低 下 し 、 そ れ 以 降 安 定 .化 す
(a)Ig28年 の 水 準 な 持 績 す.
(b)低下 ぜ ザ
チ
192!‑Ig25年 の 水 準 な 持 績 す 、
ト 乳 免 死 亡aSltso%、
}
1‑59歳 の 入 々の 死 亡 傘 に20%低 下 す1928年 と 同 じ
乳 見死亡傘 は70%、 そ れ以上の年齢 の入 々の 死亡傘 は20%低 下す
掴 噸6欄 じ
(a)特 別 出 生1率t:i5%の'下 低 (b)lg25』‑192g年 の 特 別 出
謬 り約紛 の一の}
(a)各歳 別 死 亡i…蓉に す べ て15%の 低 下 (b)Ig30年 の 水 準 な 持 績
す 3391 (a)毎 年 の 出 生 数Zle・2to萬
と す 、.二
1(b欝騨 騨 働 購
1生 麟 一定 とす.田 典tCarr‑Saunders,WorldPopUlation,Oxfordig36,P・129・ 但 し 「 イyグ ラ 11・.,一.'・1》擦斥 ρ 洋 意 に 基 き て 一 部 修 圧(同 氏i著 『人 口 ・資 源 ・槽 民 地 』.昭 和 π2年
ろ 。
'﹁﹃‑︑・監,山ハ0
さてナヂス,・ドイツが現に行ひつ玉ある人口政策ば二つの目標を同︑時に逐うてゐる︒一ぼ人口量の壇︑加︑二
は人ロ質の向上である︒
先づ人口質の向上政策であるが︑冒頭に引用せるギユット氏の演読中に表現せられてゐた通サ﹁民族の退質
と混血﹂とがその嚢端をなしてゐる︒そしてこ﹂では猫特の﹁人種論﹂と﹁優生學﹂とが創案せられた︒或る
批評家に云はせると︑﹁國家就會主義者及びその﹃御用學者﹄は﹃人種混合﹄の危瞼と破滅性についてわめき
立て曳ゐるが︑それは翠に﹃人種混合﹄の害を読く﹃理論﹄が反猫太主義の科學的﹃基礎づけ﹄︑﹃猴太人をやっ
わつけろ﹄といふ,スローガンの﹃科學的﹄ヴェールとして役立たなければならないからである﹂︒事實︑一九三
五年九月ドイツ國會を通過せる﹁ドイツ人の血の純潔並に榮響保護怯﹂(一九三六年一月一日より實施Vが直
接にユダヤ人との混血を防止するの意圖に出でてをることは周知の通りであつて︑その第一條においては﹁ユ.
ダヤ人とゲルマン人種との結婚は一切無敷﹂‑と規定せるのみなら・ず︑第二及び第三條においては﹁正當な夫婦
關係以外においても一切の性的交渉を禁止﹂し︑更には﹁ユダヤ人家庭においては四十五歳未満のゲルマン人
種乃至同系の下嬉を雇傭することを﹂さへ﹁得ざ﹂らしめてゐる︒厄その猫特なる﹁人種論﹂が直接に︑如何に
してユダヤ人の人種的﹁劣悪﹂を誰明するか︑に集申するのは自から明かである︒
ドイツ帝國轡師聯盟指導者たるワグネル博士は︑先頃の昌ユルンベルグの窯大會において︑右の﹁血の保護﹂
の薪法律を科學的に論誰せんとしたが︑その演読の一笛に曰く︑ユダヤ人においては﹁他の人種におけるより
1)ス ム レ ー ヴ ィヅチ ・新 入 口 論(酒 井 静 夫 氏 鐸 ・昭 窟 十 二 年 白 揚 薩 刊)462頁 。
も屡々若干の欲陥が見受けちれる︒例へばドイツの人ロ=禺人當りの精騨病者は三六・九人であるが︑ユダヤ
汰では四八・七人である︒ユダヤ人では肉艦的不具はドイツ人の牛分であるが︑旨それは彼等が絵りに筋肉勢働
をせす︑産業による重傷を飴り受けないためである︒犯罪者統計は︑ユダヤ民族がその人種的素質のために幾
め多の大犯罪を犯し易いことを示してゐるLと︒この種の﹁論誰﹂はむろん争ひなきものではない︒スムレーザ
イッチの読く通り︑﹁本質的に見れば︑ワグネル指身が︑ユダヤ人とドイツの他の民族集團とめ差を示す前掲
の資料に解答を與へてゐる︒ドイツに飴り多くゐないユダヤ人の可成りの部分は︑一般に自由職業者ー馨
師・辮護士・商人・その他の勤務人である︒ユダヤ人のこれらの肚會的集團の聞ではドイッ人のそれと等し
く︑肉膣の創傷及び訣陥を持つ人の百分率は全人ロの平均百分率より低く︑精瀞病者の百分率は多い︒これら
のの現象はしかし人種的素質と何の關係もなく︑肚會的・職業的事情によつて読明される﹂めである︒
ナチスの﹁優生學﹂'ななほ一暦猫特なものである︒ヒットラーはこ蕊で﹁峻嚴な自然﹂を理想として掲げ
る︒即ち曰く︑自然は人間を﹁嚴しい試練と困窮に遭はせ︑不健康者・弱者は死滅しなげればならない︒そし
て生き淺つた者は︑鐵火の試練を繧た堅固な者であり︑今後繁殖し得る精鋭である︒個々人をかくも峻烈犀遇
し︑彼等が生存競宰の能力がな払限り彼等を即座に滅ぼしつ玉︑自然は人種及び種族を健全ならしめるのみな
めちす顕その生殖力を最大限に増しさへする︒﹂(一九三三年のナチス・二蔦ルンベルグ大會におげる演読)と︒
自然淘汰はかくてヒットラー及びナチス諸學者によれば︑最強者及び最健康岩をのみ生かしてゆく︒從つて望
新ドイツの入口政策とその数果(南)山ハ一
2)3)ス ムL!一 ヴ ィ ツ チ ・i新 入 口 論 、463頁0 4)ス ムv…e'イ ツ チ ・ 新 入 口 論.492頁 ぷvJo