ネムチノフ
社会主義における価値と価格
石 津 英 雄 訳
価格形成過程
価格の基礎にほ価値がある︒諸商品が社会的必要労働時間遠
として交換されるという意味において︑価値は価格の運動を支
配する︒山物岬価は価値の社会的性格のあらわれである︒しか
し︑諸価格ほいつでも価借症二致するとはかぎらない︒まず第
叫に︑価格ほ需要供給の作用にまって価値から率離し︑両者が
相互に均衡しうるとき紅のみ初めて山致する︒マルクス主義経
済学ほつねに価格が価値の実体を欠いだ形態であるとする非科
学的立場に反対してきた︒このような誤った種々の考えは︑価
格形成の基礎には国家の指導的な価格政策があるにすぎず︑客
観的に制約された社会的必要労傲支出の形成過程は存在しない
とする主張である︒
いかなる価値形態が価格形成の基礎なのであろうか︒すべて
の価値形態はそれに独自な価値図式に対応している︒これと関 資 料 第三十四巻 第二号 ︵五〇︶ 五〇
達して諸企業と諸部門間に剰余労働を再分配する方法によって
互いに異なる三つの基本的な価値構成の図式を区別すべきであ
る︒すなわち︑H剰余生産物価値は生きた労働の支出に比例し
て分配される︒目刺余生産物価値ほ価値の独立部分としての原
価に比例して分配される︒臼剰余生産物価値は固定フォンドと
流動フォソドの労働装備率や︑労働のめぐまれた自然条件︑豊
かな土地︑森林および水資源の豊富︑有用鉱物の豊かな産地等
の保証に関する特殊な変現である労働の応用条件に従って分配
される︒労働時間の支出以外に︑労働報酬との関係にもとづい
て労働時間の掛鈍労働への換算係数を考慮に入れるならば︑罪
仙の図式ほ社会的必要労働支出の直接的表現である価値に対応
する︒第二および第三の図式は︑賃銀と原価と再分配される剰
余生産物価値の独立化に関連せる価値の転化形態に対応する︒
第二の価値歯式はわが国の価格形成の実務において広く利用さ
れている︒ソ同盟でほ工業における価格形成は部門平均原価に
最小限の収益を含めて行われる︒しかし︑第二の図式ほ特に不
完全な価値の転化形態であって︑企業における収益計画に大き
い欠陥を有する︒
社会主義にあっても︑急速な技術進歩と社会的分業のいっそ
うの深化のもとでは︑剰余生産物の形成地点とその利用︵実
現︶地点との分離過程が続く︒個々の部門の発展と同じよう
に︑全国民経済の発展払おいても数十億に達する資本蓄積は労
働生産性の向上−労働の生産手段装備率と︑まず常山に労働用
兵と特殊な生産設備jにおいてきわめて大きい意義を有する︒
労働生産性の増大テンポと労賃の増大テンポは時紅はいろいろ
の事情によって互い紅一致しない︒部門の質銀支払フォンドは
いつでも社会的必要生産物を完全にはあらわさない︒社会主義
のもとでも価値の転化形態の存在がこれを生ぜしめるのであ
る︒われわれの社会紅おける最下級の諸生産単位は企業の地方
的・局部的な関心を劇般国民経済的関心に結びつけるような社
会的基準をますます必要とする︒
もし科学的な収益計画の根拠づけが価格形成払おいて然るべ
き場所と意義とを占めるならば︑封画価格はこのような社会的
目標という意味において最大の意義をかくとくする︒計画的な
収益基準指標はすべての企業を原価︵労働の支払フォンドであ
っても︶に対する一定比率という形態に導いてはならない︒こ
のような基準ほ経済的紅根拠が薄い︒原価は原則的紅は個別企
東の経済範疇であるので︑社会的な収益基準とほ決定的に矛
眉する︒鼠的な大いさに関しては原価と収益とは反対方向︵原
価が高ければ高いはど︑収益率はより低くなる︶に変化する︒
それ紅原価は社会的生産費を全く考慮するものではない︒それ
はいつでも社会的労働支出の形態でのみ行われる資本蓄積の増
大によって低下させられる︒したがっで︑原価以外紅単位生産
物あたりの資本支出とあらゆる生産フォンド装備率とを考慮す
る必要がある︒
生産の技術的装備︑つまり労働手段や労働対象の生産堅剛払
ネムチノフ社会主義における価値と価格 される労働支出が経済的に有利であることは歴史的経験から明 らかである︒というのは︑これは原価引下げの特殊な貨幣的表 現であるところの経常労働支出のいっそうの低下によって償わ れるからである︒したがって︑討簡的な収益基準指標は前払さ れる労働の資本支出︵単位生産物あたりで計算して︶ の経済的 有利性のこのような効率をあらわさねばならない︒資太支出の 経済的な全体的効果ほこの基準に固定フォンドと流動フォンド との大いさを乗じたものに等しい︒このような計画的な収益基 準指標ほ計画価格形成の基礎である転化せる価値図式に含める ぺきである︒
すでに指摘したように︑計画的な収益は物質的生産面の発展
のために全支出を補填しなければならない︒しかし︑その経済
的発展のための支出をすべての部門に個々紅負わせるのは原理
的に誤っている︒このような方法によると︑より早く発達した
部門はその発展テンポが高けれは高いはど︑いっそう高い生産
物価格をもち︑そのうえ︑新たに生れた生産においてはきわめ
て高い価格がつくられることになって︑技術進歩の課題紅矛属
することになろう︒それゆえに︑巌小限の義務的で計画的な収
益基準指標は全国民経済において単仙でなければならない︒そ
れは生産部門や企共に確保されている固定フォンドと流動フォ
ンドの価値に対する物質的生産面の発展のための支出の比率と
して決定される︒その時には︑生産面の廣済発展のための全収
入は固定フォンドと流動フォンドに均等紅ないしほ比例して部
︵五こ 五仙
第三十四巻 第一号
門間ないしは企巣問に配分される︒
単﹂の計画的な収益基準指標ほ生産面の経済発展のための社
会的支出の補填を保証するところの基準よりも小さくてはい
けない︒他方︑計画的な収益基準指標は資凍支出に予め前払さ
れる労働の経済的利益の係数よりも大きくてもいけない︒
良小限の収益と最大限の収益との差額の範鮒内で︑他企巣の
労働の自然的および経済的条件︵生産の最適な大いさを保障す
るめぐまれたエネルギーおよび原料条件と他の諸要因の存在︶
との関係で企業がめぐまれた状態にあるの紅応じて︑差額建設
地代︵竜e骨peH竜8日bHa治CTpO弓e旨澄出pe弓a︶が形成さ
れる︒個々の生産に関するめぐまれた自然的条件として差額地
代の他の諸形態︑たとえば︑単血の消費価格と運送および商品
の割増額を含む地域別引渡価格との差額としての森林および農
糞地代が生ずる︒多くの場合︑鉱山差額地代もまた︑たとえ
ば︑マグニィトヌィ ︵≧a⊇彗HO豊 山脈の鉄鉱石の利用︵マ
グニトゴロスクーの冶金工場︶や︑タタール共和国やバレキー
ル共和国等のある産地の石油を利用することから生ずる︒
わが国では収益の計画泳個々の構成諸要素︑つまり固定フォ
ンドと流動フォンドの経済効率や建設︑農共︑森林︑鉱山の差
額諸地代の条件分析の助けによって行われねばならない︒
国民経済的生産費は︑欝仙には単一の平均利潤率ではなし
紅︑劇連の計画的な収益基準指標を含み︵固定フォンドと流動
フォンドの単劇の経済効率基準︑建設︑農業︑森林︑鉱山諸地 ︵五二︶ 五二
代の差別された基準︶︑第二紅は︑国庫に集中されるフォンドと
企業フォンドとの閻新二定比率でこの配分を規定すれば︑それ
は剰余生産物の全価値を個々の企業紅結びつける必要はない︑
という点から生産価格とは異なっている︒
計画的な収益基準指標を含む国民経済的生産費としての価値
の聴化形態は︑計画的な卸売価格の基礎でなければならない︒
それのみならず︑若干の商品の小売価格の計画にさいしては需
要と供給の作用によって制約される価格の価値からの帝都を考
慮すべきである︒大衆消費財につい七ほ支払能力のある需要が
商品供給の可能性を越えるが︑もちろん︑合目的的に価格︑転
化価値およびその逆を予知する︒需要供給の淡則ほいつでも溶
接的に供給側に発生する変動の結果を考慮する︒わが国の実務
払おいては数蛍不足の諸財貨を生産する企米のフォンド控除を
高めるようなレスデムをも同じように導入すべきであり︑そし
て逆に︑陳腐な商品や効率の低い商品を生産する企業に対して
は︵それを完全に取除くまで︶低い企業フォンド控除率を導入
すべきである︒
しかし︑価値からの価格の帝離が科学的に理論づけられるだ
けでなく︑全体としてそれが相殺さるべきである︒価格総額が
価値総額に等しい︑というマルクス主義の立場は周知のところ
である︒この窺蓑なマルクス主義の立場をめぐって︑現在のと
ころ︑多くの誤った見解が集積した︒それゆえに︑ここでは価
格総額と価値総額の均等ほ社会の生産−消費め最下級単位の間
で相互に交換される全商品蛍について妥当することを強調しな
けれほならない︒この均等は貨幣の参加をえて交換される商品
量のみについてあてはまる︒したがって︑企業内部の流通や無
料譲渡のあらゆる部分︵強制的な没収や贈物︶は商品儲から脱
落し︑そして価格総額と価値総額の均等から脱落する︒
ここで次のような問題が生ずる︒すなわち︑企業の残高と残
高とによって無料譲渡される国家の建物や設備についてはどの
ようになるだろうか︒貨幣にかわる現金なしの計算ではあって
も︑自己のフォンドの中で血走種類の商品を購入する権利を有
するフォンド所得者のみ紅受けとられる物貸的財貨の供給につ
いてどのようになるだろうか︒コルフォーズ員の労働の現物支
払についてはどのようになるだろうか︒この種の物資的財貨の
流通も同じように︑価値総額と価格総額の均等が適用される商
品流通からは脱落する︒しかし︑コルフォーズにおける労働の
貨幣支払への移行に応じて︑そして国営商業の物賃的財貨供給
の発達︵フォンドなしの販売︶に応じて︑この等式に従うとこ
ろの商品畳の大いさは拡大であろう︒このことほすべての商品
が小売価格水準虹よって評価されなければならないことを意味
しない︒多くの場合︑相当円盟の商品は小売価格水準紅完全紅血
走の標準的な対応をなす卸売価格水準によって評価されうる︒
若干の経済学者の問には価値総額と価格繚額の均等に従うと
ころの︑それら商品鼠の価値は調達および物貿的供給の分野で
実現されなかった全剰余生産物価値額紅よって高めらるぺきで
ネムチノフ社会主義における価値と価格 ある︑という誤った考えがある︒実際にはこれは適当ではな い︒そのような商品量を考慮しても︑諸商品ほ流通以外で実現 されるところの段階をも含めた生産過程の全段階を考慮すれ ば︑商品量紅実鹿蔽あらわれる社会的必要労働時間故に応じて 引きつづき交換される︒したがって︑わが国では消費対象は価 値どおり笹交換されて︑価値以上には交換されないと考え︑そ して若干の経済学者︵クロンロード︑ムスチスラフスキー︑マ カローフ︑過去払おいては私をも含む︶紅よって区別された対 立的な見解を斥けるならば︑仙連の経済学者 ︵バチューリ ン︑ポール︑トレッキー︑マィゼソベルグ︶に同意すべきであ る︒マルクスは︑﹁いずれ忙しても︑商品の価格で表現されない 剰余価値部分は価格形成にとっては失われてしまうとしても︑ 平均利潤プラス地代の総和ほその正常な形態においては︑剰余
︵18︶
価値よりも小さくあっても大きくほありえない﹂と教えてい
る︒
もう鵬つの誤った骨場は︑まるで価格総額と価値総額の均等
が危機と工業の増大の段階における資本主義のもとでほ起り立
︵19︶
ないかのように考えるが︑われわれのところではその間折ニー回
︵20︶
の価格引下げが行われた︒実際にはいま指摘した場合にも価備
の貨幣的大いさまたは価値そのもの紅は変化がみられたが︑価
格総額と価値総額の均等を破壊するものではない︒
価値の貨幣的な大いさは︑経常価格で評価される消費︑蓄
喝輸通フォンドの価値を社会的必要労働時間単位であらわさ
︵五三︶ 五三
第三十四巻 第一号
れる物蛍価値で割った比率に等しい︒この価値の大いさは所与
の価格水準に対応するものであっても︑労働生産性の増大やイ
ンフレ紅もづく国民貨幣単位紅おける価格低下によって増大
し︑そして逆に︑恐慌のもとでの住民の支払能力ある需要の烈
しい低下にょ?て減少する︒それと同時に︑価値の大いさの変
化は貨幣の助けによって交換されるすべての商品景についての
価格総額と価値総額の均等を破ることなく︑逆紅それを維持す る︒
価値の大いさを価格尺度と混同してはならない︒究明される
等式についての価格尺度はただ間接的な意義をもつ紅すぎな
い︒国民経済観故にとってほあらゆる瞬間の価値の大いさはい
つでも叫つであるが︑ある瞬間の価格尺度は数個ある︑という
ことからも市場価値と価格尺度の差は明らかである︒ソ同盟紅
は現在︑たとえば︑二重価格の制度が存在している︒﹂つの価
格尺度は住民の消費フォンドと輸出フォンドを構成する商品の
ためにおかれ︑他のそれは︑ほなはだ異ったものであるが一国
家の工業と建設の物的供給フォンドを構成する財貨のためにお
かれている︒戦時には切符制皮によって配給されたり︑自由販
売価格で市場で売られたりする消費対象について種々の価格尺
度が生れ︑同じょうに民間および軍事工業の物的供給面で流通
される消費対象についても種々の価格尺度が生れた︒種々の価
格尺度の存在は︑程々の価格尺度から生ずるところの価格の価
値からの帝離の消滅を伴れない︒このような雫離は価格制皮に ︵五四︶ 五四
よってでほなく︑財政支出︵補助金︑報奨金︑損害等の財政支
出︶のシステムによっでなされる︒戦時においては蓄積される
国富臥実現を犠牲にしたり︑個々の部門の縮少雨生産によって
さえなされる︒通常の経済発展の場合には︑多数の価格尺度は
それ自身ほなはだ重大な欠点をもつ︒国民経済の企業と国営セ
クター機関の物的供給面における価格尺度の存在ほ︑時にはそ
れに独特な補助金制度の発生や︑企業と部門の計画的−損失制
度の拡大を伴う︒いわゆる﹁交換の欠陥﹂は国民経済において
鋭くあらわれ始めるが︑離れはなれの場合紅ほ時には国民経済
の自然化過程が生ずる︒
ソ同盟における価格の二重尺度は︑社会主義経済の特殊な特
徴でほなく︑たが∵時的な現象にすぎない︒特にそれは価格形
成の計画における欠陥の結果である︒基本的な欠陥の仙つほ︑
従来原価に対する百分率としての収益率決定という原理的に誤
った図式を計画価格の基礎とみなした点にある︒他のそれ紅劣
らない欠陥ほ︑現存の価格形成が国民経済の収益率計画に根本
的紅〟致しない点にある︒原価の低下ほ企業収益の増大におい
てきわめて本質的な役割を演ずるが︑しかし︑原価に対する百
分率として収益率を計画してはならない︒
このようにして︑現在計画価格の基礎ほ原価のみならず︑固定
フォンドと流動フォンドの蛍二の経済効率基準指標や農業︑森
林︑鉱山︑建設の差額諸地代として決定される計画的な収益率 ヽヽヽヽヽヽヽヽ 基準によっても構成される︑ということで計画的な価格形成の
政事の必然性が成熟している︒同時に計画価格の基礎として国
民経済的生産費の形態における価値図式を利用しなければなら
ない︒改革の指示は全く生産手段価格の脚般的な引上げを必要 としない︒価格の価値への接近は︑企業や部門の欠損の椿穿と
いう条件のもとで︑あるいほ物的生産の全部門の発展のために
社会的に必要な支出を部門の卸売価格によって補填するという
条件のもとでも︑工巣の卸売価格の若干の再検討を基礎として
実現されうる︒他方︑卸売価格の接近は大衆消費財生産の価値 低下に応じて︑種々の価格引下げによって行うべきである︒
国営南米の軌道に物的供給を漸進的に移すこと︑つまりフォ ンドなしの販売によって国営企業の物的供給を改革することと
も必要である︒まず常州に︑物的供給手段の購入勝利のために
ほなはだ細分された現物フォンドとして存在するところの︑現 物経済の諸要素が清算さるべきである︒原始時代匿おける現物 単位での測定によるフォンドに代って︑多数の重要な小部門ど
とに物的供給の種類に応じて価値フォンドのレステムが考えら れうる︒国営企菜ほ好きな時に必要に応じて国営商業の卸売倉
庫で物的供給手段を購入する梅利を受くべきである︒現物フォ
ンドから価値フォンドへの移転は︵はなはだ大規模に︶物的供
給の全体系に独立採算制の原理を拡げることを可能とする︒
このような物的供給の改革ほ︑国民経済的生産費に目標をお
く計画価格と企業にとって必然的な計画的な収益基準指標の特
殊なシステムの国民経済的計画な含む価格形成の改革を伴うは
ネムチノフ社会主義における価値と価格 ずである︒特にこの計画的な収益基準指標は国庫紅集中される フォンドと企業フォンドとに捺除される基準を予知すべきであ る︒穀物生産物に関しては計画的な収益基準指標には︵気象学 的条件にもとづく︶不作のさい匿おける保険料支給を保証する ところの保険控除︑つまり企業が穀物未納額を現物で支払う可 能性を有するということで多年の平均収穫率の水準にこの農産 物の収入額の安定性を保証し︑そして︑同時紅山年の穀物播種 からえられるこの標準的な多年の平均収入額の四分の三をくだ らないものをすべての企業に保証する︑ということを考慮すべ きである︒
この処置が実行されるのに応じて︑二重価格制皮も漸進的匿
樽辞されうる︒結局のところ︑社会主義社会は科学的に理論づ
けられそして柔軟な計画価格制皮と国民経済的均衡の価値的な
構成制度︵全社会的な必要のために国庫に集中されるフォン
ド︑コルフォーズの不分割フォンド︑穀物播種の収入額水準を
保証する保険フォンド︑減価償却フォンド等の控除額︶として
国民経済管理の強力なテコをうる︒
価格の計画
資本主義経済のもとでrは価格は市場において盲目的に形成さ
れるが︑社会主義経済のもとでほそれは国民経済払おいて行わ
れる経済過程の意識的な計算にもとづいて国家によって確立さ
れる︒計画価格の作成はーきわめて複雑なそして重要な過程で
︵五五︶ 五五
第三十四巻 第叫号
ある︒
ソヴュトの価格計画の実務ほ︑基本的には広範脚の大衆消費
財と物的供給手段に関する岬定の決算原価計算と計画原価計算
とによる生産物の部門原価に立脚している︒ソ同盟紅おける価
格計画の実務は︑マイゼンベルグの著薯﹃ソ同盟国民経済にお
ける価格形成﹂ ︵山九五三年︶︑コンドテレェーフの﹃ソ同盟の
工業における価格形成﹂ 九五六年︶︑トレッキーの﹃ソ同盟
における計画的な価格形成の概要﹂ 九五九年︶︑入居々主々
義国についてはチコシューナ汐−の著書F価格形成問題と価格
政策﹂︵山九六〇年︶紅おいて十分包括的に明らかにされた︒
しかし︑現在の価格計画の実務は原価が価値の大いさであ
る︑という不十分な基礎づけと理論的紅誤った立場から出発し
ている︒このことはわが国における収益計画が実際紅ほ存在し
ないということに通じている︒同時に計画価格制皮は企業の収
益の計画なしに︑潰按的な価値決定なしに︑したがっで社会的
必要労働時間の適切な決定なしに︑生産物原価のみの計画紅よ
って科学的に基礎づけられることはありえない︒このような価
値決定の必然性は古くから実際には熟していた︒社会主義社会
は︑どれだけの労働をすべての消費対象とすべての生産対象の
生産に要したかを十分正確紅知るべきであろう︒価値決定なし
には価格からの﹁定の帝離が一叫時的であるか︑長期的であるか
を評価することはできない︒これと関連して実際には最も重要
な種頬の商品に関する社会的価値の決定に着手すべきである︒ ︵五六︶ 五六
何のために膚接的な価値決定が必要であるか︑という問題が
時には生ずる︒価値は価格変動の中心であり︑そしでこの中心 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ がまず初め紅決定さるべきである︒卸売価格の価値的な枠を構
成すると上ろの重要な財貨に関するこのような中心の総和が価
格の価値水準を与える︒価格水準を家元するために重要な生産
対象に関する価値を決定しても︑われわれは全く完全には劇致
しないまでもただ価格の価値への必然的な適合を保証しようと
する︒価格の最も重要な特徴は︑それが価値から帝離し︑そし
てそれぞれに適した中心としての価値をめぐって変動する点に
ある︒
価格が価値をめぐって変動するならば︑つまりそれが価値水
準によって構成されるならば︑価格の動的体系は均衡紅ある︒
この場合紅は︑個々の商品価格の必然的な社会的均衡はそれを
生産するに必要な社会的労働支出によって保証される︒社会的
必要労働時間の支出に価格体系の社会的均衡を決定することほ
患接的な価値決建の欝鵬のそして重要な課題である︒同時に他
の課題−社会の剰余生産物価値鼻の決定は収益の最適水準と全
経済機構の最適な拡張係数との確定によってーも解決される︒
物質的生産分野の発展ほ種々の形態で実現される︒すなわ
ち︑現存の生産と老旧企業のいっそうの完成︑旧生産部門にお
ける新企業の建設︑全く新しい生産の建設がこれである︒新し
い部門の建設と旧い部門における新企業の建設のために剰余労
物の諸支出が国民経済的費用から除かれるいかなる理由もない
まして新しい生産建設のすべての重荷を直接それにのみ負担さ せるのは経済的には合目的的ではない︒これらの支出部分を物
質的生産の全分野紅負担させるのがより正しい︒このような土
台の上に.劇定割合で国庫に集中されるフォンドと企業フォンド
に移される収益フォンドが構成さるペきである︒収益フォンド
の大いさは︑企藻がフォンドの利用を改著し︑単位フォンドあ
たりの生産高療増大し︑個々の国民経済的支出を減少する可能
性を有するということで︑すべての配分された固定フォンドと 流動フォンド軋比例んて予め決定さるぺきである︒国民経済的
支出の節約も計画原価紅対する節約も企業フォンドの基本的部
分に算入すべきである︒
周知のように︑有用鉱物︵ガス︑石喝石炭︑黒色金属と非
鉄金属鉱石︶の埋蔵豪あ増加を保証する地質学的調査の支出は
資本支出のうちに含まれるが︑森林経営や潅漑や土地改良の設 備への支出もまた同じよう匿資太支出のうちに含まれる︒現在 のところ︑これらの諸支出は基本的には国家予静から賄われて
いるが︑将来においてはそれを物質的生産面の独立採算制の本 来的な手段を利用して支払うべきである︒
国民経済的支出と収益の適切な計画化の形態における価値の
転化形態の利用は︑独立採界制の組織強化を可能とし︑そして
企業が資本蓄積の大いさ紅ついても︑自然資源の埋蔵蔑の利用 の皮合についても無関心であるといった異常な状態の清野を可
能とする︒
ネムチノフ社会主義における価値と価格 時紅は価値の転化形態の発生と関連する剰余生産物価値の分 配は社会的必要労働の支出を歪めると考えられる︒これはただ 部分的にのみ正しい︒あらゆる生産部門の内部払おいて固定フ ォンドと流動フォンドの中にあらわれる剰余労働紅比例して分 配される剰余労働の支出は︑個別的な労働時間の支出が社会的 に必要なそれ︵単位生産物あたりで計算して︶よりも低いため に労働の高い装備を有する企業に蓄積される剰余生産物の大い さ紅二致する︒
白熱栗源との関係でよりめぐまれた状態にある企東において
は︑同じょうに単位生産物あたりの個別的な労働支出が社会的
に必要なそれよりも低いということに関連してより大きい剰余
生産物鼠を蓄癒するであろう︒したがって︑部門内部での剰余
生産物の再分配紅ついては社会的必要労働支出の転置を必要と
しない︒後者は生産部門間における剰余生産物の再分配のさい
にのみ行われうる拡すぎない︒
国家が企業に差額地代を支払い︑次いでそれを租税の形態で
没収するため︑国民経済的生産費の決定は差額地代部分を全く
必要としないことを同じように強調すべきである︒問題は他の
方法で−構成されうる︒たとえば︑販売機関ないしは調速機関は
差額地代部分を国家収入に患接算入するかもしれないが︑企
業︵鉱山と虚栄の︶には一定の地域または企業グループ別に平
均的な差額地代を含まない地域別引渡価格を支払う︒
経済計静の数学的方法︵たとえば︑ベクトルーマトリックス
︵五七︶ 五七
第三十四巻 滞一号
法︶は︑地代率として最適な収益基準率を決定できるし︑そし
て特に物質的生産の全分野の経済的発展のために資本支出を償
うところの︑差別されたフォンド収益と単劇で最小限の計画的
な収益との間の差額として建設地代を決めることができる︒
国民経済的︵社会的︶生産費ほ計画的な収益を含むだけ原価
から率離する︒計画的な収益は必要な労働用具と技柵的に相応
した器具の生産を維持するために前払労働の経済効率を考慮す
べきであり︑あわせてよりめぐまれた労働の応用条件の利用効
率をも考慮すべきである︒技術進歩はこのような予め前払され
た労働の経済的有利性の封静に基礎をおく︒必要な生産手段の
建設と特殊な労働用具の完成は生きた労働の生産性のいっそう
の向上を保証する︒生産費の要素を構成する剰余生産物価値の
再分配はまさしく技術進歩の役割を反映し︑そして社会的費用
の有機的構成は社会的価値の逆数である労働の生産力の同上と いう問題紅反映する︒したがって︑国民経済的生産費は中心で
あって︑それをめぐって企業の卸売価格が形成さるべきであ
る︒この計画化と関連して後者は必然的に国民経済的生産費ぬ
目標をおくが︑ただ価格政策︵たとえば︑最も重要な消費対象
の生産促進を考慮したり︑あるいは個々の種類の商品の劇時的
な欠損︑労働生産性の増大テンポと個々の種類の生産物に関す
る原価引下げとの不山致等の存在を計算したりして︶を考慮す
るさいにはそれから離れる︒
価格の国民経済的生産費からの罪離の理論づけにさいして ︵五八︶ 五八
は︑異った生産費と原価をもっ類似商品について卸売価格の統
血性と調和を維持すべきである︒しかし︑卸売価格の価値から
の帝離は決して二つの異った価格尺度1劇つほ卸売であり︑他
は小売である−を導くものではない︒同時に小売価格は露還不−
運送の噂割額の大いさだけ卸売価格から帝離する︑という考え
を正しいとみなすべきである︒同じよう紅小売価格は剰余生産
物価値の劇定部分を含むべきであり︑そして特紅卸売価格に含
まれている剰余生産物価値の支弁されざる部分に影響するとこ
ろの︑非生産的分野の維持のためにその費用部分を補項すべき
である︒したがって︑重要なのは卸売価格に含まれる差額地代が
非生産分野の若干の費用部分︵たとえば︑科学と技術の諸成果
を生産に定着させる憩用︑地質学的調査や森林配置の諸費用︶
を補項することである︒
このような実務は︑価格の二重尺度の発生を予防し︑小売価
格の卸売価格からの分離を取除く︒
卸売価格に比較すると︑小売価格は需要供給法則の作用によ
って形成されるがゆえに︑それ自身の特質を有する︒マルクス
主義経済学は小売価格の形成における需要供給法則の意義を否
定しないが︑わが国の実務ほさしあたり十分にはこの法則の影
響を考慮していない︒大衆消費財は社会的には需要の弾力性と
屈伸性について差がある︒ある商品の価格が五パーセント低下
すると︑それに対する需要は二血パーセントだけ高くなるが︑
他の商品紅ついてほ需要の増大ほたった一ないし三パーセント
紅すぎない︒それゆー且に︑各商品の支払能力ある需要の弾力性
係数を考慮すべきである︒この係数は価格の相対的な低下︵上
昇︶の大いさによって需要の相対的な増大︵減少︶の大いさを
割った比率に等しい︒弾力性係数は個々の商品についてははな
はだ巽っている︒もし穀物と穀物製品の需要弾力性を単位あた
りについて考えると︑たとえば︑砂糖や脂肪のこの弾力性は二
−二・五倍も大きく︑肉やクリーム・バターは五−七倍も大き く︑箕や高級クール織物ほ約言倍も大きh㌔計予算の研
究や価格の低下︵あるいは価格上昇︶のさいの販売の大いさの
変化の研究が︑基本的な種叛の大衆商品について価格の低下
︵上昇︶に依存する支払能力ある需要の各商品別の弾力性係数
の行列件成を可能とする︒
ソグヱトの実務計画は広く住民の貨幣収入と支出のバランス
を利用し︑それ紅よって家計予算の収入と支出部分の変化の一
致がつくられ︑住民の支払能力ある需要の変化を研究する︒こ
のようなバランスにもとづいて︑住居の支払能力ある需要と同
時に弾力性係数の精密な計算とにょって市場にあらわれる商品
鼠を均衡される︒住居の生活状態から商品毎の弾力性係数の行
列を設定するには︑住民の貨幣的な収入と支出のバランスを作
成することが必要である︒その時軋ほベクトルーマLrHノックス
のプログラム法の適用にもとづいて︑需要供給の相互関係を制
約する小売価格の弔離を科学的紅理論づけることができる︒
小売価格は価値の転化形態としての市場価値変動の中心を有
ネムチノフ社会主義における価値と価格 する︒マルクスは︑市場価値概念を設定して︑﹁市場価値は需 要供給の関係な︑またはそれをめぐって需要供給の変動が市場 価格を動推させる中心を︑空襲﹂と指摘した︒このように して︑市場価値は小売価格水準に対応せる新しい価値の転形と してあらわれる︒
国民経済的生産賀紅比較すると︑相場価値ほ生産過程を維持
するために流通面での社会的必要労翰支出をそのうちに含み︑
卸売過程で実現されざる︵市場での流通商品に関して︶剰余生
産価値をも同様に含む︒この場合︑卸売価格の合計ほ国民経済
的支出の合計に等しく︑小売価格の合計は市場価値の合計に等
しい︒このようにして︑市場価値は市場の商品流通の水準で決
定され︑そして卸売水準で実現されない剰余生産物価直を含む
国民蕗済的生産費を決達する︒価値の転化形態の修正であると
ころの市場価値は電子計静機の応用をもつ経済−数学的方法虹
よって十分正確に決定されうる︒
市場価値にもとづいで需要供給の作用︵住民の貨幣的な収入
と支出のバランス︑各商品の支払能力ある需要の弾力性を考慮
して︶にょる価格の価値からの科学的に理論づけられた帝離を
決定でき︑各商品の小売価格水準を定めることができる︒
しかし︑これだけで価格計画が全部つきたのではない︒後者
時適切な価格政策に基礎をおかねばならない︒わが国の価格の
実務は︑たとえば︑酒精飲料紅ついてはその需要を縮少するた
めに価格引上げの規定を予知するが︑逆に需要の増加が促進さ
︵五九︶ 五九
第三十田巻 第仙骨
れる子供用品については価格引下げの規定を予知する︒実際の
価格計画ではいつも使用されていない商品には価格の引下げ
が︑そして新しい商品︑需要増加を有する商品︵投機要素を防
ぐために︶には価格引上げが行われる︒価格の価値からの帝離 は︑住民の文化水準の向上を促進するように商品忙たいすゑ而 要を促進し︑巷うという臼的を有する︒
穐頬や品目や品質や型の大きさ︑いろいろな種頬の商品の品 質の見粘りに応じて計画価格を確立するさいには巨大な計静作 糞が結びつく︒ここでは会計算は計画的な小売価格にもとづい
て構成さるペきであるが︑それほ中心的な小売価格の価値的な
骨組を構成すところの重要な商品に関する価値基盤によって決 定される︒このような計画の基礎ほ比較的多くない商品範囲
︵約山00の名称︶においてのみ決定されるというわけであ
る︒小売価格のカタログ集は多数の名称を予告する︒いろいろ
な商品の種規や品質や品目毎の価格の帝離披概して相殺される
ということで︑金価格衣の価格総額は価値総額の限度を越えて
ほならない︑ということは全く明瞭である︒
計画的な卸売価格と小売価格のシステムほ安定性を欠ぎ︑そ
のために価格調節の計画的フォンドの必要を生ずる︒資本主義 のもとでは価格の諷節は市場の価格変動によってのみ行われ
る︒社会主義社会では企業フォンドの控除率の変化によって需 給調節の可能性があらわれる︒実現過程において需給間の不血
致が明らかとなる商品匿ついては企共フォドの控除額の引上け ︵六〇︶ 六〇
によって商品供給且毘の増大を促進するかもしれないが︑それは
生産価格の変更に等しい︒同時に陳腐な商品について望而要ほ
変化せず︑企業フォンド接除額は削減されるか︑あるいは完全
に廃止されるかもしれないが︑需要の増加する商品については
このような控除額が急激に引上げられかもしれない︒
これらはすペてフォンドを利用して︑小売価格と卸売価格の
レスデムを変えることなしに価格調節を行うかもしれない︒
価格計画は︑企業匿おける原価と生産費の計算に関する尤大
な作業や︑商業綱︑毎日の価格観察︑時にほ原料や材料やエネ
ルギ支出の割当基準のような技術的・国民経済的な基準遠の調
整︑フヵンド装備率と労働装備率の基準︑経済効率係数と収益
率基準︑各商品の弾力性係数のような尤大な作業の組織化を必
要とする︒
このように︑価格の計画化はきわめて複雑で重要な過程であ
る︒それは経済1数学的方法と電子計静機の応用にさいしてほ
多様な計画計算の遂行を必要とする︒価格の計画化は需要と
供給および需要率の変化については特別の観察組織を必要とす
る︒この作業は特別組織のみがふさわしい1価格委員会を建設
する必然性はずっと以前から成熟していた︒もし企業の価格と
収益計画の確固たる改善が実行されるならば︑われわれの国民
経済払おける多くの欠陥が克服されることを確信をもって断言
できる︒
︵1︶lマルクス﹃資本論︼第三巻︑長谷部訳︑八九七ぺージ
︵2︶レ1;墨染−第義︑大月沓店版︑四三八ぺー
汐︒
︵3︶レ⊥;r全集﹂第三二巻︑前掲訳︑四岬エページ︒
︵4︶レーニン還集﹂第十壷︑三八八ページ︵ロジャ訳
版︶