第三十巻 第二・三号
機帆ぬ輸送の問題点と対策
・−巨主として瀬戸内海を中心として・−
三 結 論 一 概
一︑機帆船の地位
二︑機帆船其の発達過程
三︵機帆船を残存せしめる諸条件
こ 機帆船巣の経営構造
二船 主 層
二︑乗組員構成と雇傭儀件
三︑機帆船回漕店笹性格ど轢能
l︑問題点
一︑船腹需給調整の困難
二︑運航効率の低琴
目〜論※問題点と対策 植 村 福 七 ︵山九四︶ 九〇
山︑機帆船の地位
わが国における機帆船の総隻数は三︑六〇〇隻︑給電数七七万総屯︵二ハ○万積屯︶で︑その九六%七四万総
屯五六万積屯︶が貨物船で︑‖残りは沿岸油送船二万総屯︑薬品油送船八千総屯であって︑三百総屯以下の船舶
で構成され七いる︒
楓帆船船腹はわが国船舶保有鼠に対して僅か賢一〇%弱であるが︑国内海上貨物五︑三山五万屯の約六割を輸送
している事実からみて如何に重要な輸送機関であるかがわかるであろう︒
機帆船轟送の問題点と対策 三︑機帆船輸送の片荷性 四︑機帆船組合の脆野性 五︑運 賃 問 題 六︑海難事故と保険問題
2︑対 策
一︑船腹需給調整対策
二︑強力なる機帆船組合や結成
本稿は昭和三十年谷口学長衡在世のみぎり瀬戸内経済研究の必要性を主張された際︑これに呼応して交通論ゼミナールにおいて
首鼠に関する実地調査したものを要約︑補正したものである︒本稿執筆紅当って四国海道局高橋運航部長及び輸送諌の方々の御
協力を得たことを特に記し厚く謝意を表するものである︒
′
一 概 論
︵一九五︶ 九劃
更にこれを四国地区のみについてみると機帆船に対す・る依存度ほ山層強い︒即ち全輸送日蜃の約八〇%︑四九〇万
屯︵全機帆願輸送量の仙七%︶が機帆船輸送である︒
然しながら二般励傾向として汽船輸送が年々増加しているのに対して︑︵昭和二〟年一〇〇︑昭和二九年四二二︶
概帆船輸送ほ昭和二五︑二六年朝鮮動乱を頂点として漸減の傾向を示しっつある︒然し現在なお国内海上貨物の過
半数の輸送を担当しており且今後も機帆船を存続せしめる経済的︑自然的諸条件が残存する限り将来に亘って重要
ト⊥ トー ト⊥ トー
ト▲ ト⊥ − ト▲ トー
ー ● ● 一
A Jゝ A ヰゝ の Ul 腐・
笠:計∈聖 眉宇 毒岩 琶
なる内航海上輸送機関の地位を維持するであろう︒
︵悩市∴サ軽 斎 卜 僻 昏 罫 斑 榊︵項恐︶
∴﹂ i=∵ニ=■ 十∵. ∴T ・1・−\=⁚三∵∵∵ ︑.∵
遥固関韻欝8婦昏罫緑脚d伊か◇
次に主要貨物別に汽船と楓帆船の輸送割合をみる笹機帆船輸送は主として運賃負担力の少くない粗大貨物で︑非
鉄金属︵全輪送畳の七二%が機帆船︶︑コークス︵八卦%︶︑木材︵八三%︶︑・穀類︵人九%︶︑肥料︵八二%︶︑塩
︵七二%︶︑砂利︑石材 のは紙 00%︶︑.鉄鉱石︵七〇%︶︑銑鋼︵七八%︶︑石炭︵五山%︶等が主である︒
九七︶ 九三
・二___⊥二∵− −−・l≒ ̄ ̄−
・−さ−
巻 軍
「「}、〉) 「}1)′)ノ}}−】† ̄l′ ̄ヽん′l\ノ■\ノ}1ニド∩り印印可∽! 了
二︑楓帆船業の発達過程
海運業の三系統1わが国紅おける海道業の発達過程をみれば政商的船会社より発達した大手筋汽船会社︑回船
問屋から発達した地方汽船会社︑回船問屋の支配下匿あった帆船船主より成長した機帆船船主の三つの系統に分け
ることができる︒
明治年間から大正の初期に至る海上輸送機関は汽船︵平均三〇〇−四〇〇屯︶と帆船︵八〇屯以下︶とであった︒
汽船は概ね大型であるが︑平水又ほ沿岸地域相互に発着する貨物は比較的小壷であるので︑積載効率も悪く荷主の
希望する岸壁に発着するこ.とが困難であるという短所をもっていた︒これに対して帆船は小型で積卸場所の選定は
便利であるが︑風力のみに依存して航行するため航海時間が不定で発着時間が定まらず︑航行時間が長いという短
所をもつていた︒
機帆船船腹の変遷 − 機帆船ほかかる両者の欠点を相補うために出現したもので︑大正の始期よけ二〇年頃にか
けて大体の帆船ほ機帆船に改造された︒機帆船は帆船の航海時間が長いという欠点を補い︑航行時間も大体三分の
∵に短縮せられたっかくて機帆船は大正始期より昭和にかけて発達し︑わが国の平水及び沿岸航路における貨物輸
送紅大いに寄与した︒然し昭和時代に入って鉄道や自動車等陸上交通機関の整備発達と汽船の進歩によりやや圧倒
された感があった︒従って船腹の増加も昭和山○年頃までほ殆んどなく汽船船腹の増加に比較すると極めて緩慢で
あった︒ところが日文事変勃発によって船腹需要が増大したため逐次増加の傾向を辿り︑特に昭和二〇年にはいわ
ゆる戦時標準型船が大愚に建造せられた︒これほ㈲汽船船腹激減の補充として︑機帆船の軍役用が大嵐に行われ
︵三ハ万総屯︶︑国内沿岸
帆船建造計腐が行われたためである︒戦時中徴用せられた機帆船の大部分ほ沈没し︑その他めものも敵襲の損傷ほ
機帆船輸送の問題点と対策 九九︶ 九五
第三十巻 第二・一二号 ︵二〇〇︶ 九六
少くなかった︒即ち昭和二〇年五重八月問のみで約六万総屯の損害を出している︒
戦後機帆船は陸上輸送機関や汽船の整備復興までの中間輸送機関として大いに活躍し︑昭和二五︑二六年朝鮮動
乱を迎え山大ブームを出現した︒しかし昭和二七年以降機帆船船隊は再び漸減傾向を示している︒これほ二七年以
降における機帆船運賃の崩落蔽伴い機帆船企業経営が悪化し︑代船建造難に落ち入った結果である︒昭和三一年日
本経済の拡大進歩紅より輸送要請ほ飛躍的に増大し機帆船船腹需要もとみに増加している︒
剥 離 極 細 野 蒜 萌
︵墾︶ 洪語㊦せ市斉革帯祀伊妙eO
船体の大型化 − 以上の機帆船の船腹増加の傾向と同時紅看取できるもう二つの傾向は船体の大型化である︒瀬
︵2︶
戸内海主要港入港の粍帆船の平均屯数の変遷をみれば次の如くである︒
∵∵山
船体大型化の傾向は特に右炭船について顕著である︒﹃内海地域における船主の集中的出身地たる愛媛県越智郡
伯方町における石炭船紅つ1いて調査してみると︑ニ恨に明治三〇年頃は五〇−∴︵VO︵積屯︶程度のものであった
が︑昭和二卜二毎には最大なものほ山00−妄○屯に︑現在の同町仇石炭船六八隻のうち二︵︸∩屯までのものが
二蟹︑二〇〇屯までのもの一二隻︑三〇〇屯までのもの四六隻︑三〇〇屯以上のものが八隻となっている︒昭和〟○
年頃には平均屯数は一五〇屯︑現在では平均二五〇屯以Jである︒叉若松市についてみると︑最大なものは昭和元
年頃は﹁00屯程度のものであったが︑昭和岩年頃にほ妄○屯︑現在でほ平均二五〇屯となっている︒ニ鱒貨 ︵ 3︶ 物船はこれに比較すると小さい′が漸次大型化の傾向にあることほ同様である︒﹄ 然し瀬戸内海における貨物取引量
は比較的小品である場合が多く船体の大型化にも山定の限度があり︑又機帆船造船技術上の制約もあり現在以上の
大型化は望めない現状にある︒
機帆船輸送の問題点と対策 ︵二〇こ 九七
三︑機帆船を残存せしめた諸条件
鋼船某が資本主義の最先端をゆく企業であるに較ぺて機帆船業ほ前資本卓義的であり︑なお且その経営構造にお いて多くの封建的残渾を温存している︒そこに機帆船企業内部紅内在する弱点があり経済的弱者としで山般産業界
不振の敏寄せを妄に受けている︒しからほ何故に日本賢ける沿岸海1輸送に機帆船なるものが出現し現在尚残 存しているかの原因を分析してみよう︒ 仙 港 湾 設 備
その第山の原因ほ日本特に瀬戸内海における港湾設備である︒元来我国における海運政策は外航中心主義であっ て港湾設備の整備の如きも外航船の発着港に限定せられ︑内海各港の整備は放置せられたといっても過言でほな い︒これが今なお内海主要航路においてさえ機帆船が活躍している基本的原因である︒今運輸省港湾局編集の﹁日 本港湾統計﹂登ると︑瀬戸内海に面する二県の港湾数は総計ニ︑ご几二港に達しているがその中で汽船の岸壁
荷役ができると思われる重要港湾は僅かに二八港︵ニ・三%︶鱒すぎない◇その他竺︑二ハ三溝へ九七・七%︶ほ
何れも汽船の岸壁荷役は勿論のこと︑乱00屯以上の船舶の入港さえ不可能である︒
以上の港湾事情よ乙て石炭輸送であろうが鉱石輸送であろうが散港・揚港の施設から言って機帆船輸送を余儀 なくされている︒
② 臨海工業地帯の分散
日本沿岸特に瀬戸内海地域には臨海工業地帯が分散されており︑重要港湾以外の地域にも各種工場及び事業場が 散在している︒特造田の如きほ各地に所在し石炭をほじめその外の原料の扱入輸送及び製品の搬出輸送が活壌に
行われている︒然もその取引量ほ比較的小鼻で汽船輸送の必要がない程度であるからその輸送紅ほ主として放帆船 第三十巻 第二・三号 ︵二〇二︶ 九八
㈲ 運賃・荷役費の低廉/
機帆船運賃ほ絶えず変動していか︵戦後十数回変動している︶から汽船運賃との比較ほ困難であるが︑仙般的に
言って機帆船運賃の方が汽船運賃よりも遥かに低廉である︒これが今日機帆船業を残存せしめている仙つの理由で
あるぺ今仮に若松︵北九州め石炭積出港︶1大阪間の石炭屯当り運賃を比較すれば汽朋友六一円に対して機帆船
︵二〇三︶ 九九 磯覗舶輸送の問題点と対策 が用いられている︒
ヨ 節L詰 渇 寄 添︑剖 轟 瀬 謎
即ち荷役資において汽船の場合五則四円に対して槻帆船ほ二八〇−二三〇Hであるから約二倍の開きがある︒次
︵4︶
に両端における諸掛及び運賃の総輸送費を比較すれば次の如くである︒
即ち瞥時で屯当サ二〇〇円前後機帆船が低廉となる︒その後昭和二九年以降機帆船運賃は一七〇円前後低落して
いるが︑三七〇円前後機帆船運賃の方が有利である︒
以上の如く港湾事情︑臨海工業地帯の分散︑運賃ェ何役費の低廉等の理由で今日なお機帆船なる前期的輸送機関
が残存している一︒このうち最も重要なる原因は港湾事情で我国における港湾設備が改善せられない限り機帆船輸送
は残存するであろう︒ ︵二〇四︶ 劇00 第三十巻 第二・三号
は昭和二八年一月現在六四〇円︑昭和二九年鵬○月現在・四七〇円で︑運賃自身において機帆船の方が九〇円安いこ
とになる︒積荷保険料ほ汽船の七二〇円紅対して機帆船五︑〇二ハ円となっており︑梢不利であるが荷役費は次欄
如く楓帆船が有利である︒
輩餌僻望≠ご鱒霧去子野望野澤摘拝顔 二口上∴こ
︵1︶運輸省海蓮局﹁運輸要覧﹂
︵2︶運輸省港湾局﹁日本港湾統計﹂
︵3︶四国地方総合細発審誠会﹁機帆船輸送め経営梅迫とその問起点﹂p・−?∴芯
二4︶九州海運局輸送儲調︵昭和28年1月現在︶
二 機帆船其の経営構造
山︑船 主 層
機帆船船主の大部分はいわゆる﹁仙パイ船主﹂層よりなり︑低運賃低賃金による他輸送機関との競争がその根底
をなしていることほ注目に値する︒
機帆船企業の四つの類型 − 機帆船企業ほ次の四つの頬型に分類することができる︒
山 大企業︵大炭鉱︑大工場︶自体が機帆船智所有して︑これによって︑原料及び製品の輸︑憶なノ什っている純然なる priく小一te
CarrieH.
機帆船輸送の問題点と対策 敵対−琳置1井野武罰帯革声帯望剖苅帯革保雄芹澤
︵二〇五︶ 山〇一 ︵琴琴真義︶
第三十巻琴㌻三号 ︵二〇六︶一〇二
似 大企業がその子会社として機帆船会社を設立し︑それに自己の原料及び製品を輸送せしめているもの︒
潮 独立した法人組織の機帆船会社又ほ比較的大きな回船問屋で自己所有の機輯船の外に脚渡船主的機帆胞を隷属せしめている
CO︼ゴmOコCむr叫−er
㈲ 個人粗放の機帆船業者でその大部分ほ山パィ船主︒
わが国の船主層の九〇・七%がスイ船主で︑二賃所有のものを入れる之九七・〇%となる︒たとえ二瞥もって
いてもそれは名義上の問題で船主と船長又ほその近親者の共同経営で実際上正一パイ船主と大差なきものである︒
=イ船主の比率ほ関東海適局管内の六七%を除けば︑大体各地方とも同じであるが︑ 特に瀬戸内海関係が高率で
即ら昭和二年において機帆船栄辱共ほ五四%であったが昭和二二年にほ八九%に激増していることほこのことを
物語っている︒山方兼業は昭和二年に四六%あったが︑昭和二十二年にほ二∴%に減少tている︒ ある︒即ち中国︵九三・七%︶︑四国︵九一・七%︶︑九州︵九一÷八%︶の三海運居管内が最も高い︒しかも全国一 パイ船主の七ニュ一一%がこの瀬戸内海関係渾道屏管内の︻ものである︒更に末端に行けば殆んど全部仙パイ船主であ るじ即ち中国海運局木ノ江安居脚00%︑四国海運吊松山支局九六%︑新居浜支扁九七%︑九州海運局大分支局九 七%︑苅田支局九五%である︒
次にとれ等一パイ船主の出身地は主として山が海に迫っ克潟浜の村落乃至島唄の比較的人口密度の高い幼帯に集
中的に発達しでいる︒報戸内海関係のみ紅ついて
九・五%を占め︑これに海浜部を加えれば琴数の六九%︑船腹の六六%を占めている︒従って機帆船業ほ以上の如
き立地の下における過剰労働力の捌ロとしてしかも農業の副業として発達してきた︒機帆船業の大部分ほ農業を兼
営とし多くの場合男子は船に乗り︑この妻子ほ家に残って農業に従事し農繁期にほ男子も下船して農業を手伝うの
が実情である︒この農業との繁りこそ仙機帆船業が経済の変動を受け出血運賃を余儀なくされた場合︑惚海難の危
険な伴う故に正常な金融機関から融資を受られない場合︑㈲乗組員の低資金の場合等の補給源とな?ているのであ
る︒叉業界の好況時には利潤の蓄椅は船舶以外に部落の果樹園︑家屋︑無尽又ほ預金とされ︑山旦不況の時はこれ
らの蓄積が払い出されるか抵当に入れられ︑農業の庇護の下虹機帆船運航が継続されてきた︒
然し過去二十年間の機帆船其の変遷をみると従来の﹁農業を主とし機帆船を副業とする﹂兼営形態から﹁機帆船
瀬戸内海における機帆船業の中心地である愛媛県伯方町匿おける調査に依れば次の如き傾向を を主とし農業を副業とする﹂形態へ︑更に﹁機帆船のみを専業とする﹂形態へ転換しっつある傾向を看取
機帆船輸送の闇題点と対策 ︵二〇七︶ 刷〇三
刀く し て い るT ○)で
きる︒
屯まで六・山人︑仙00屯以上とは閣・〇人で︑船型が大きくなるにつれてその所要人員は少くなっているが︑こ
れを汽船の一・二人と比べると遥かに多い︒
乗組員の平均年令をみると三Tl三二才で大体汽船のこれと大差がない︒
乗組員は大部分が血縁または地縁による線傲関係に限られ︑乗組全員か船主=船長の家族のみで構成されている
ものも少くない︒家族以外の場合ほ山航海又は一カ月長期のもので仙カ年が雇僻期間とせられている︒又機帆船乗
組員は海員組合の加入者は殆んどなく︑︑労働問題は表面にほ余り起らない︒然し種々な問題が船主と乗組員の問に
燻一つていることは事実である︒脚般的に言って雇傭関係は極めて封建的なものが多く残存している︑圭一ロえる︒従って
賃銀関係も汽船と比較すれは極めて低い.︒例えば神戸海運局管内にその例をとると船長及び枚関長はその能力の 二︑乗組員の構成と雇傭条件
械帆船の乗組員数は神戸海運局の調査によ▲ると五〇屯まで三・五人五〇〜〟00屯まで四・四人︑
のも六・八人となっている︒単位当り︵繚屯数山00屯当り︶についてみると五〇屯まで九・八人︑ 第三十巻 第二・三号 途対昂項空欄詳男爵輝洋淋> ︵二〇八︶ 山〇四
副00屯以上
五〇1⊥00
● ● ● ●●
こじ ⊂) ⊂〉 く=〉 ト▲
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の⊂〉ト▲NN の⊂〉∽の−】
機帆船輸送の問題点と対策 語 隠 望 帯 恥 浮 渉 q 個 少
︵二〇九︶ 一〇五
讐二十巻 第二・三号 ︵三〇︶ 仙〇六
差異紅よるものであろうが︑これを別としても︑甲板部員では汽船の当該職種平均額に対して永給及び手当が要一
.三%︑賞与が三そ七%︑討四〇・人%となっている︒機関響月についてみると︑汽船の当該職種平均額に対し
て︑永給及び手当が五二・三%︑賞与二九▲︒九%︑その合計四四・仙%となっている︒又金殿金についてみても︑
汽船乗組員の五︑五四二円庭対して機帆船のそれは二︑九五四円︑即ち五言・三%にすぎない︒以上ほ比較的近代化
せられた会社組織の機帆船等の報告で︑令体の九%を占める一杯船主の縁故に依ろ乗響員紅対しては更に低い賃銀
が支払われている︒
議決二河顎姦誓芦覿孟誓詞婆朋紗謝
三︑機帆船回漕店の性格及扱能
通常主な交通機幽は大資本によって資本主義的大組織で経営されている︒然るに槻帆船の場合は前述の如く弱小
劇パイ船主がその主体をなしているので石炭・金属∵セメント・肥料その他大産業と直接結びつきその輸送を引受 綴帆船乗組員の給与体系ほ本給は固定給と歩合よりなり︑歩合凱ほ運賃収入の四〇−六〇%を乗響貞にわける削 度で殆んど全部の機帆船業が採用している︒歩合ほ運賃収入紅比例するから乗組員ほ船の稼働率及び道褒収入に関 心をもつこととなる︒
薄 声 帯 謝 昏 錘 葦 ㊥ 斉 封
機帆船輸送の問題点と対策 ︵二一こ 二じ七 ︵麗帯刀︶
瀬戸内海を中心に機帆船が発達した時期ほ帆船より機帆船への転換期︵未だ陸上輸送機関及び汽船輸送が充分に
発達していない時代︶︑戦時における異常なる輸送要請及び朝鮮動乱時における︑輸送需要の増大時であって︑一般
的傾向としては陸上輸送機関の整備充昇及び汽船輸送の発達︑港湾施設の改良等によって衰微する道場にあると為
るべきで︑点る︒ 爪 / −一般問屋 ︵又ほ第二次問屋︶︻\に︒︒刊r﹁″・\
殆んど全部の機帆船主ほこの機帆船回漕店に隷属している︒これら回漕店は地域或いほ貨物の種類に依って多少
異るが仲介手数料として通常運賃の七%−山び%をとる︒
回漕店ほこの外に船主に対する金融業をも兼ね︑船以外には大した資本を持たない多くの船主ほその航海当り︑
船員の給常︑或いほ燃料の油代等を前借かし︑叉場合に依ると船の修繕費をも前借することがある︒茎何主が運賃
を手形で支払われた場合その手形の割引料をもとられる場合があり︑そうしたものを合算すると総差引額ほ一〇−
山二%にもなると言われる︒機帆船回漕店の性格が極めて前期約高利資本であり封建的中間搾取機関であると言う
︵2︶
ことが出来る︒
︵1︶ 四国地方総合開発審議会﹁上掲資料﹂
︵2︶同上︑ppT﹂ぶ−00∽ 山大手炭坑−自社販売部門∧朋鮎錮絹個鶴野∧朗鵬哨嘩幣船主 劇中小炭礫川場佃謂 第三十巻 第二・三号
三 治 論
・− 問題点と対策 − ∨ ⁝冊冊紺絹船主 ハニ一二︶ 一〇八
年 度 別 輸送盈(千屯) 指 数
昭21 12,294 100
昭22 19,689 160
昭23 27,302 222
昭亭4 23,721 193
昭25 29,349 239
as26 40,154 326
晦27 26,135 229
昭28 27,678 225
昭29 27,821 226
昭30 31,653 258
朝鮮動乱後海上貨物輸送の需要か減退するや︑その数寄は弱体なる組織をもつ機帆船に寄せられ︑船腹需給関係
の悪化︑運航効率の低下︑低運賃低質銀の甘受と言う問題を提起している︒
一︑船腹需給調整の困難
運航効率は一率瞥﹂れを取扱うことが出来ない︒例えば小豆島の草壁港において主として醤油の輸送に当ってい る級帆船︑愛媛県の三島港において紙その他の輸送をしている機帆船︑徳島港で主として阪神間との雑貨輸送に当 っている機帆船ほ取扱量も比較的小患で殆んど定期化されており景気変動に依る影響は左程大でない︒
就中︑徳島港で雑貨輸送に当っている業者は現在でも戦前も殆んど変化なく四−五隻の船が六つの回漕店に専属
し輪番制で一カ月平均﹂四−〟五回の運航回数をもって
磯帆船輸送の問題点と対策 昭和二十四年度機帆船による輸送量ほ二三七三万屯であったのが動乱に よ玖昭和二十五年にはエ︑九三五万屯へ︑更に昭和二十六年にほ四︑○仙 五万屯に激増したか︑動乱の終焉により昭和二十ヒ年には二︑八一三万屯 に激減した︒再び昭和三十一年経済の拡大進歩に座い輸送寅も再び増大し 始めた︒かくの如く機帆船輸送量は経済の変動を直接に反映するので船腹 需給の調整が甚だ困難である︒ 二︑運航効率の低下
機帆船の船腹の需給状態は端的にその運航効率となって現われる︒朝鮮
動乱後における運航効率の低下は後述する運賃問題と共に機帆船業者の最
大な問題点である︒
︵二一三︶.㌦〇九
警手巻琴丁三芳 ︵二蒜︶二〇
これらと比較して若松港紅おいて石炭輸送に当っている機帆船は言月五往復年間平均月三−四往復ほ困難でほ
ないし︑又朝鮮動乱時にはその位輸送していたが︑動乱の終りと共に昭和二十八年にほ盲月平均二−二八回︑
昭和二九年にほ月平均忘程度した運航していない︒大正三年の﹁大阪港勢蒜﹂によると帆船時代にも若松−阪 神間ほ普通劃カ年山三航海と記されていたから全く帆船時代と同じである︒
三︑機帆船輸送の片荷性
機帆船輸送ほ多少の例外ほあるが片荷輸送が罫線である︒その理由ほ揖わが国における地域別賃物流動橋造から
くる∵㈲弱小船主−弱小回漕店の結びつきでほ強力な蒐貸ができなく︑機帆船も返り荷輸送の貯め長期の日数を資 すよりほその運航効率を高めるため︑片荷輸送を有利とする等である◇
これには勿論例外がある︒例えば徳島−阪神間ほ鉄道輸送の不便もあるが︑伝統的に両地の回漕店の繋クも洪
く機帆船輸送も殆んど定期船化しているため︑返り荷を積載する場合が多い︒また小豆島の草壁港における醤油輸
送の場合は返り荷として醤油製造用原材料及び空樽を輸送している︒然しこれらの機帆船輸送上の比重ほ小さく︑
内海における機帆船輸送上の大半は石炭輸送で︑これほ偏路と復路の比率ほ山00射二八である︒
四︑機帆船殖合の脆弱性
機帆船業ほその発展の諸条件は︑沿岸漁業のこれと酷似しているが︑協同組合組織の発達はこの程度において大
せな閑せがあり漁業協同組合は成長の歴史の虔いこと︑共何の必要性の多いこと︑共販制度を通じて利害関係の一
致している点等結成されやすいが︑放帆船は機帆船組合又ほ船主組合が組織せられているが︑任意団体で極めて微
力な団体で︑内部の団結も弱い︒
機帆船主は船舶の所有者であり独立して企兼を経営するものであるが︑経済的には殆んど荷主や回漕店に隷属
し︑荷主又は回漕店ほ﹁積してやる﹂立場即ち使用者的立場で︑機帆船組合は他地区からの同条者の割込み運賃の
切下げ等に対しても殆んど無力に近い︒又回漕料に関してほ本船運送法翠二〇条において﹁木造回漕業者ほ木船運
搬業者に対し.て木船による海上における物品の運送につき自己の取得する回漕料等の総額及びその内訳を書面をも
って明示しなければならない﹂と規定きれて′いるにも拘らず殆んど励行されていない︒その外回漕店の運賃支払遅
延︑船主の当座必要額の分割支払という習慣が惑因となって機帆船主に対して不当な搾取となっている︒
五︑運 賃 問 題
機帆船業は経済の消長を直接反映し経済成長ほ輸送要請増大⊥船腹需要の増加−運賃の上昇をもたらし︑経済界
の沈滞ほ輸送要請の減少−船腹需要の減少1還虔の引下げという結果となる︒昭和三†劃年スエズ運河問題以降海
上道督正二般的に硬調であるが︑昭和二十九年以降帆船運賃は運航原価を割っていた︒
ヽ
機帆船輸送の問題点と対策 ︵二仙五︶.一㌻一
でも五二〇円である︒
運輸省基準原価 屯当り 六六 若松−阪神間石炭輸送木船 ︵山二六︶一−二 第三十巻 第二二三号
若姶十阪神間の石炭輸送にこの例をとってみると昭和二十三年六月制定運輸省・細道賃は屯当 山︑山二五月であっ
たが次の表の如く変遷している︒
鱒 恵∵−野せ母召如こ鱒罪責野崗愉
ヽ
これ紅対して運輸省其準運賃ほ次の表に示すが如く屯当り六二〇円で︑減価償却費や利潤を除いた最底許容運賃
B
︵﹁J
﹂.ノ
哺鴨場爛年
210 1 12イ⊥51
数数関力令
屯屯 総横磯通船
′i型 船
準 標
l
(2)基準運賃の算出
円 田
A÷B=138,899÷−210=661(1電当り)
(3)最僻許容運賃
138,899−(消印費+ 利潤)
661円×
138,899円
=520円(1屯当り)
(射 稼働年内106カ月
稼働日数 318日
月平均運航回数 2一3回
機帆船個人企業維持に絶対必要な最底線
よるものが過半数を占めている︒船舶は機帆船主紅とって財産であり︑職場であり︑竺の生活手段である︒これ を各種の災害から守る方法は現在において保険に加入する以外に方法ほない︒又機帆船業者が金融機関より融資を 受ける場合も保険ほ絶対紅必要である︒現在船主相有保険組合法に基いて機帆船業者が結成している木船保険組合
が行っている保険がある︒J﹂の木船保険組合の引受けた保険ほ昭和二十八年八月木造再保険法によって政府がその 保険金額の七割を再保険している︒現在木船保険ほ東京と若松の二瓶合で加入隻数は僅か山︑三〇〇隻であるが︑ 更にこれを個人船主たつき最低絶対必要額を査定する之屯当り四人〇円となる︒
機帆船輸送の問題点と対策 ︵ニー七︶・三 六︑海難事故と保険問題
以上の如き不健全経営の現わ
れとして内海の如き機帆船輸送
に最適な地域においても海瀬事
故が続発している︒束縛磨灘か
ら西豊後に至る海域内におい
て︑機帆船の事故件数ほ昭和二
十七年二三﹂︑昭和二十八年二
九九︑昭和二十九年三五七︑昭
︵1︶
和三十年三〇三件であった︒
事故の原因ほ台風時を除けほ
運航及び機関取放との不注意蔽
第三十巻 第二こき号
葦 .− 二 ㌧ ■ ・ ⁚・ .. 山 ︵二山八︶一一匹
「
二
‥‥
︵2︶