• 検索結果がありません。

「音楽について語る」とは ――中学校音楽科における「感想文」の功罪――

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「音楽について語る」とは ――中学校音楽科における「感想文」の功罪――"

Copied!
81
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

修士論文

「音楽について語る」とは

――中学校音楽科における「感想文」の功罪――

指導教員 : 今田 匡彦 教授

国立大学法人弘前大学大学院教育学研究科 教科教育専攻 音楽教育専修 音楽科教育分野

13GP214 勘林 稚菜

2015

3

月 弘前大学

(2)

目 次

謝辞

要旨

はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

第1章 「感想文」への問題意識

第1節 先行研究に見る「感想文」への問題意識・・・・・・・・・・・・・・・5 第2節 学習者が抱える「感想文」の苦手意識・・・・・・・・・・・・・・・・7 第3節 鑑賞教育の変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11

第2章 「感想文」の今日的傾向

第1節 学習指導要領における「鑑賞」の内容・・・・・・・・・・・・・・・・14 第2節 「感想文」に関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

1. 指導方法の提案 2. 授業実践 3. 教科書分析

第3節 「感想文」の今日的傾向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21

第3章 「感想文」の実践とその評価

第1節 「感想文」の評価に関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・23 第2節 学習者の評価への意識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 第3節 「感想文」の評価の妥当性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36

第4章 「音楽について語る」とは

第1節 「解釈」と「批評」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38

第2節 小林秀雄の実践事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40

第3節 音楽批評への議論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43

(3)

1. 小林秀雄批判

2. ソンタグの『反解釈』

第5章 音楽教育哲学の動向

第1節 リーマーの美的音楽観・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50 第2節 リーマーとエリオットの論争・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54 第3節 音楽科教育への示唆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57

6

章 「感想文」の問題点

第1節 「感想文」と音楽聴取の乖離・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60 第2節 「表現」と「鑑賞」の乖離・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61 第3節「言葉にできない知」の問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63

1. 「文字知」と「言葉にできない知」

2. 言葉と経験の順序 3. “身振り”と“言葉”

7

章 鑑賞教育の課題と展望

第1節 鑑賞教育の在り方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68 第2節 鑑賞と表現の一体化を目指して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・69 第3節 総括的評価の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70

結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72

引用・参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75

(4)

謝辞

本論文を執筆するにあたり,多くの方々にご協力頂きました。心より感謝申しあげます。

大学院1年次までの指導教員である石出和也先生,現在指導教員である今田匡彦先生には,

学部時代から大学院まで,論文の書き方をはじめ研究方法や知識,論理的志向など,研究の

あらゆる面でご指導,ご指摘いただきました。最後まで親身にご指導いただきありがとうご ざいました。

そして,発表の場において的確なご指摘や示唆をくださった諸先生方に深く感謝致します。

さらに,先輩,後輩の皆様にも,多くの助言や協力をいただきましたこと,感謝申しあげ

ます。

また,学生生活を応援し,支えてくれた家族に深く感謝します。

最後に,ここに名前を挙げることのできなかった方を含め,論文作成にあたりお世話にな

った全ての方に感謝申しあげます。

(5)

要旨

日本の音楽科教育における「鑑賞」では, 「楽曲を聴いて感想文を書く」という形式の授業が一 般的に行われてきた。指導者は音楽をことばにすることは難しいと感じながら,学習者に音楽(体 験)をことばにさせることを強いてきたように思われる。それは,聴取活動が学習者の頭や心の中 で展開されるため,学習者の聴取状況を外見から確認しにくく,学習者の聴取過程や聴取結果を

可視化する必要があるからである。そのため, 「感想文」が学習としての機能よりも,指導者の評 価材料や学習者を引き締めるための道具として扱われていたのではないだろうか。

「感想文」をはじめとして「音楽について語る」ということは,音楽のもつ抽象性ゆえ,様々 な困難や問題をはらんでいる。ただし,現れては消える音楽から得たものを記録することで,経 験を蓄積したり共有したりすることは,音楽科教育において重要であると考える。

本論文では,まず第1章において,指導者と学習者が「感想文」に対して抱く問題意識を明ら

かにする。そして,第2章では「感想文」の今日的傾向,第3章では「感想文」の評価方法につ いて述べる。第4章では音楽批評の実践例を紹介し, 「音楽について語る」ことについて思考する。

第5章では音楽教育哲学の動向に触れ,鑑賞教育の意義について検討する。そして,第6章にお いて「感想文」の問題点を明らかにした上で,第7章において鑑賞教育の展望と課題を示した。

以上のことから,現在の「感想文」の議論が,戦後に学校における鑑賞教育が成立した当初か らの議論の延長線上にあり,その帰結点が見えない要因は,「感想文」と音楽(体験)の乖離の問題 を「感想文」の内容の精査に求めてきたことにあると結論づけた。その上で,鑑賞教育における

「感想文」の意義を再考し,鑑賞教育の新たな課題と展望を示した。

(6)

3

はじめに

「音楽はことばにできない」ということがよく言われるように,ことばが音楽聴取を阻

害するものとして扱われたり,音楽がことばにならない感情を表現するための手段として 捉えられたりする。 「音楽は語るべき意味をもたないのに,それについて語る言葉は,音楽

以上の意味をもたらす」

1

といった,音楽について語ることへの後ろめたさのようなものが あるからである。

その一方で,特に「鑑賞」の領域では, 「楽曲を聴いて感想文を書く」という形式の授業 が一般的に行われてきた。指導者は音楽をことばにすることは難しいと感じながら,学習 者に音楽(体験)をことばにさせることを強いてきたように思われる。それは,聴取活動が 学習者の頭や心の中で展開されるため,学習者の聴取状況を外見から確認しにくく,学習

者の聴取過程や聴取結果を可視化する必要があるからである。

しかし,この「感想文」というものが,学習を成り立たせるものとしては積極的に扱わ

れてこなかったように思われる。私が中学生だった時の鑑賞の授業においても, 「楽曲を聴 いて感想文を書く」というスタイルの授業が行われていた。私は小さい頃からピアノを習

っていることもあり,楽曲を演奏したり鑑賞したりすることが好きだった。しかし,学校 の〈鑑賞〉の授業に対しては苦手意識を持っていた。その一因となっていたのが,授業の

まとめとして書かされていた「感想文」である。

「音楽はことばにできない感情や印象を表現するもの」であると教えられていたにも関

わらず,音楽聴取をことばにすることを強いられていたからではないだろうか。そのため,

1

クレイマー,ローレンス

(2011)「主観礼賛!音楽・解釈学・歴史」『音楽のカルチュラル・ス

タディーズ』下田嗣他訳,アルテスパブリッシング,

pp.139-151.

引用は

p.139.

(7)

4

音楽聴取をことばで説明するということがどのようなことなのか分からず,何を書けばよ いのか分からなかった。また, 「感想文」が授業のまとめとして用いられ,授業の終わりに

数人が発表するだけで,その後の授業で活用されることもないため,何のために書いてい るのかが分からなかった。つまり, 「感想文」が学習としての機能を持たず,指導者の評価

材料や学習者を引き締めるための道具として扱われていたのではないだろうか。しかし,

授業のまとめとして書かせる以上,学習者にとって「感想文」がどのような機能をもつか

考えるべきである。

「感想文」をはじめとして「音楽について語る」ということは,音楽のもつ抽象性ゆえ,

様々な困難や問題をはらんでいる。ただし,現れては消える音楽から得たものを記録する ことで,経験を蓄積したり共有したりすることは,音楽科教育において重要であると考え る。

本論文では,「感想文」をはじめとする「音楽について語ること」の抱える困難やその

要因を明らかにする。その上で,「感想文」の在り方を再考し,鑑賞教育の展望を示す。

(8)

5

第1章 「感想文」への問題意識

第1節 先行研究に見る「感想文」への問題意識

筆者の「感想文」への違和感は,自身が授業をうける側,つまり学習者としての立場か ら発せられたものである。しかし,音楽科教育の特に鑑賞分野において, 「感想文」に関す

る研究は数多く存在し,指導者の立場からも「感想文」に対して問題意識を持つ人が多く

存在する。平成

20

年度改定の中学校学習指導要領では,「言語活動の充実」が新たに教育

目標として掲げられ,各教科においても言語力の育成が求められることとなった

2

。音楽科 においては「感想文」がその一旦を担うものとして期待され,関心が高まっているのでは

ないだろうか。指導者や研究者が「感想文」に対して抱いている問題意識について,その 代表的なものを以下に挙げる。

まず最初に, 「感想文」の内容に関するものが挙げられる。木村

(2013)は,これまでの「感

想文」では,そこに表現上の制限を設けなかったことで,その内容が無秩序になっていた

ことを指摘している。さらに,個人の感受の自由さが尊重されることであらゆる記述が許 容され,それによって記述は一時的に抱いた感想にとどまり,その後深められる余地がな

かったことを指摘している

3

。田中(2009)も同様に,これまでの鑑賞の授業では,内容的側 面の感受のみの「感想文」にとどまっており,そこから曲の良さや特徴を捉え他の人に伝

わるような「批評文」にするための授業展開が必要だと述べている

4

2

文部科学省

(2008)「総則」『中学校学習指導要領』東山書房,pp.15-19.

3

木村貴紀(2013)「中学校音楽の「鑑賞」に於ける批評的聴取としての音楽的実践」 『北海道教 育大学紀要.教育科学編』第

63

号,第

2

巻,

pp.95-101.引用は pp.97-98.

4

田中香苗(2009) 「中学校における鑑賞授業の新たな実践――批評文を取り入れて―― 」 『日本

学校音楽教育実践学会紀要』第

13

号,

pp.164-165.

(9)

6

つまり,これまでの「感想文」の内容は学習者に委ねられ, 「感想文」が授業のまとめと して用いられているにも関わらず,その指導が不十分あるいは手つかずであったことが伺

える。指導者側において「感想文」の内容や目的が曖昧なまま実施されており,書かせて 終わりだったということである。

次に,「感想文」の評価の問題について挙げられる。三村ら

(2010)は,「感想文」の評価

の難しさについて以下のように指摘している。

音楽を鑑賞する際の言語力を重視すると,国語の能力の高い学習者が良い評価を得ることに

なり,音楽に対する感受性が豊かであるにもかかわらず言葉に表すことが苦手な学習者を正

当に評価できない危険性が生じてくる

5

つまり,「感想文」への指導の必要性が主張される一方で,「感想文」の指導に集中し過

ぎることで,音楽ではなく言葉そのものへの指導になりかねないということが危惧されて いる。また, 「感想文」には学習者の鑑賞結果を可視化する目的があるが,学習者の鑑賞時

の感覚や思考が「感想文」にどの程度反映されるのかが疑問視されている。

5

三村真弓・光田龍太郎・松前良晶・桑田一也・吉富巧修・高旗健次・藤井恵子

(2010)

「中学 校における音楽科の学力を確かなものとする教育プログラムの開発

(3)――中学生の批評能力

及び鑑賞能力に注目して――」『広島大学 学部・附属学校共同研究機構研究紀要』第

38

号,

pp.167-172.

(10)

7

第2節 学習者が抱える「感想文」への苦手意識

国立教育政策研究所は平成

20

年に全国の国公私立中学校から無作為抽出した約

100

校,

3000

人を対象に全教科の学力テストと,質問用紙による学習の意識調査を行っている。

その中から,音楽科の鑑賞の学習に関する質問項目とその結果について次に示す

6

。なお,

グラフは筆者が再構成したものである。

6

国立教育政策研究所(2010) 「特定の課題に関する調査(音楽)調査結果(小学校・中学校)」

http://www.nier.go.jp (2015

1

10

日最終閲覧

) 10.8

19.2 13.4

28.0 35.3

37.2

25.8 32.9 29.5

40.9 40.3 37.6

35.6 26.1 33.2

20.3 15.5 15.5

27.3 21.2 23.3

10.4 8.5 9.3

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

音楽の授業で鑑賞をするとき,その音楽から感じ取っ たことを言葉や文章で表すことは好きですか。

音楽の授業で鑑賞をするとき,その音楽から感じ取っ たことを言葉や文章などで表していますか。

音楽の授業で鑑賞をするとき,その音楽の背景となる 文化・歴史や他の芸術とのかかわりなどを考えることが

ありますか。

音楽の授業で鑑賞をするとき,その音楽の旋律やリズ ムの特徴を聴き取っていますか。

音楽の授業で鑑賞をするとき,その音楽の声や楽器の 音色の特徴を聴き取っていますか。

音楽の授業で鑑賞をするとき,その音楽のよさや美しさ を感じ取ることは好きですか。

好きだ/そうしている/ある

どちらかといえば好きだ/そうしている/ある

どちらかといえば好きではない/そうしていない/ない 好きではない/そうしていない/ない

その他

無回答

(11)

8

これを見ると,「その音楽のよさや美しさを感じ取ることは好きですか。」に対して肯定

的な解答をした生徒は

74.8%,

「その音楽の声や楽器の音色の特徴を聴き取っていますか。」

に対して肯定的な解答をした生徒は

75.6%,「その音楽の旋律やリズムの特徴を聴き取っ

ていますか。」に対して肯定的な解答をした生徒は

68.9

%となっている。つまり,授業で

音楽を聴いて何か感じ取ることが好き,また音楽を聴いてその特徴や要素を聴き取ってい

る生徒は約

7~8

割にのぼっている。

一方で, 「その音楽の背景となる文化や歴史や他の芸術とのかかわりなどを考えることは

ありますか。」に対して肯定的な解答をした生徒は

43%,

「その音楽から感じ取ったことを

言葉や文章などで表すことは好きですか。」に対して肯定的な解答をした生徒

36.6%とな

っている。つまり,音楽と他の関連事項を結びつけたり,感じ取ったことを文章化したり

することに対して好意的な生徒は4割程度と,半数に満たない。

この結果から,音楽から何か感受したり,音楽の特徴などを知覚したりすること自体に

対しては肯定的であるが,それを文章化することに対してはやや消極的な態度である生徒 が多いということが分かる。

このことを裏付けるように,インターネットで「音楽 感想文」と検索すると最初に出

てくるのが,“

yahoo!

知恵袋

7

”へ投稿された,生徒の音楽の感想文に対する質問である。

なお,“

yahoo!

知恵袋”は特に参加制限がなく,参加している人がお互いに知恵や知識を

Q&A

やノートで共有できる

Web

サイトである。匿名性が高く

24

時間質問と回答が可能

であるため,誰にも相談できない場合や切羽詰まった状況であっても気軽に質問や相談を

7 Yahoo!

知恵袋

m.chiebukuro.yahoo.co.jp (2015

1

10

日最終閲覧)

(12)

9

することができ,切実な質問や本音を吐露できる場ともなっている。そのため,学習者の

「感想文」に対して抱える問題について知る手がかりとなると考える。

そこには,音楽の鑑賞の時間に行われる「感想文」に対して複数の質問が見受けられる。

その中からいくつか質問を以下に掲載する。なお,

()内の数字は,質問が掲載された日に

ちである。

・クラシック音楽を聴いた時の感想文の書き方を教えてください。感想文が苦手でとても 困っています。(2008/8/13)

・中学二年生です。音楽や美術の授業で鑑賞文を書くことがあるんですけど,私はそれが

苦手で,いつもいい評価をもらえません。どういう書き方をすれば相手によく伝わり,い い評価がもらえるんでしょうか?鑑賞文を書くコツを教えて下さい!

(2011/1/9)

・音楽の鑑賞の時の感想の書き方をおしえてください。学校などで音楽の鑑賞があるので

すが,鑑賞したあとの感想を書くときに,感想の表現の仕方がいまいちわかりません。ど

のように表現すればよいのでしょうか?

(2012/10/24)

・音楽鑑賞の感想文って,どのような感じで書けばいいのでしょうか?全くうまくかけま

せん。何に着目して書けばいいのかなど,教えて下さい。

(2013/5/8)

(13)

10

・音楽の鑑賞のよい書き方又はよい例などがあれば教えてください。私は,今年中3にな りましたが,中1から音楽の鑑賞の感想がうまく書けません。先生に聞いても頑張れとし

か言ってくれず,姉に聞いても感性豊かにといってくれるもののどう書けばいいのか具体

的にイメージがつきません。なので,どなたか鑑賞で

A゜などをとっていた方などに答え

ていただければと思いますが,

A゜ではなくてもよいので力を貸していただければ幸いで

す。(2014/4/10)

このように,「感想文」に関する質問のほとんどは,「書き方が分からない」というもの である。さらにそのような質問が, 「どのように書けば良い評価が得られるのか」という視

点に繋がっていることが分かる。つまり,学習者は,単に「感想文を書く方法・手順が分 からない」ということだけを問題にしているのではない。 「感想文」は評価されるものであ

り, “正しさ”が存在するらしい。そして, 「“良い感想文”とは何か」ということに関して 疑問を投げかけている。そして,「書き方が分からない」「“良い感想文”が分からない(良

い評価がもらえない

)」=「感想文」への苦手意識となっている。

これまで「感想文」で個人の感受の自由さが尊重されてきたために,学習者の「書き方

が分からない」という問題へ繋がっていると考えられる。一方で「感想文」は評価対象と して認識されており,明言されない“正しさ”が存在しているようである 。つまり, “自由”

を尊重しつつも,そこには目に見えない“制限”が存在してきたのではないだろうか。

(14)

11

第3節 鑑賞教育の変遷

本節では,音楽科教育の歴史的変遷から鑑賞教育の成立を概観し, 「感想文」の今日的問

題意識につながる議論の変遷をたどることで,本論文の論点を明らかにする。

西島(2010)は,日本において「鑑賞」という概念や活動がどのように始まり,普及して きたのかを説明している

8

。その中で,特に学校教育において鑑賞教育がどのように成立し,

普及していったのかということについても触れており,現在の「感想文」の問題に繋がる

議論が,鑑賞教育が普及し始める早い段階で既に始まっていたことを指摘している。畠澤

(2008)もまた,学校音楽の歴史的変遷を概観した上で,これまでの音楽科教育が抱えてき

た問題を明らかにしている

9

学校教育において「鑑賞」が初めて法制化されたのは,昭和

16

年に発布された「国民

学校令」においてである

10

。それ以前の学校教育では,音楽科の前身として「唱歌科」が

設置されており,主に唱歌や唱歌遊戯

(唱歌に合わせて行う集団的動作)が行われていた。

また, 「唱歌科」の目的は,身体と精神の国民化であり,音楽はそのための手段であった

11

。 「国民学校令」では, 「唱歌科」は「芸能科音楽」と名称を変え,従来の唱歌に器楽や楽

典,鑑賞が加えられた

12

。昭和

16

年といえば日中戦争の真っただ中であるが,なぜそのよ うな時期に「鑑賞」が法制化されたのだろうか。国民学校令下の「鑑賞」では,音楽と「精

神」が結び付けられている。それは, “音楽が国民の心を慰めると同時に,国民の心を鼓舞

8

西島千尋(2010) 『クラシック音楽は,なぜ〈鑑賞〉されるのか――近代日本と西洋芸術の受 容』新曜社

.

9

畠澤朗

(2008)

「学校音楽の課題と展望」 『鹿児島大学教育学部研究紀要

.教育科学編』第 59

号,

pp.1-10.

10

前掲書

8),pp.104-105.

11

同上書,pp.49-51.

12

前掲書

9)

pp.3-4.

(15)

12

する”というものであり,そのことが大東亜共栄圏の確立のために必要な国民精神の高揚 と強固な団結に結びつくとされた

13

。そしてその内実は,国策上の特性の涵養,聴覚訓練

としての絶対音感教育であったと畠澤

(2008)は指摘している14

。ただし,そこにはクラシ ック音楽関係者たちが,戦時中に「贅沢品」として切り捨てられる可能性のあった音楽の

生き残りのために,音楽が「精神」に資するものだと訴えていたという事情があったよう である

15

本格的に学校教育に「鑑賞」が導入されたのは,戦後

GHQ

の指導のもとに公布された 学習指導要領においてである。ここで「芸能化音楽」は「音楽科」と改められ,現在と同

じ,「歌唱・器楽・鑑賞・創作」の学習領域が示された。また,第

1

次学習指導要領作成 には諸井三郎がその任にあたったが,諸井は音楽教育の目標を「音楽美の理解・感得」に

おき,芸術としての音楽による教育が強調された

16

。一方で, 「精神」が強調される風潮も あったようである。 「鑑賞」が戦後の学校教育において特に必要とされた背景には,敗戦に

より痛手を負った子どもたちの「精神」を癒し,豊かにしなければならないという考え方 があったと西島は指摘する

17

このように,音楽科において鑑賞教育は,芸術教育としての音楽教育の在り方を志向す るものであった一方で, 「精神」すなわち「情操」を豊かにする手段として学校教育に受け

入れられてきたと言えるだろう。そして,学校における音楽教育の目標は「芸術としての

13

前掲書

8),pp.112-113.

14

前掲書

9),p.4.

15

前掲書

8),pp.112-113.

16

前掲書

9),p.4.

17

前掲書

8

),

p.33.

(16)

13

音楽を追及すること」なのか「音楽による人格形成」なのか,ということが教育現場にお ける捉え方の相違による混乱を招くことになったと畠澤は指摘している

18

この「知育」か「徳育」か,という問題は,学校教育全体で現在まで続く議論である。

知識偏重の反省から, 「生きる力」を掲げたゆとり教育に移行し,現行の学習指導要領では,

ゆとり教育による学力低下の反省から再び知育の方向へ転換している。音楽科の鑑賞教育 に限定すれば,知識(音楽の形式,和声,調性など)に基づいた「客観性」が重視されると,

音楽の捉え方は個々のものであり音楽を楽しむ心が大切だという「主観性」重視の反対意 見が必ず生じてきたと西島は指摘している

19

近年の鑑賞教育研究では,前述したように, 「個人の感受の自由さが尊重されることであ らゆる記述が許容され,それによって記述は一時的に抱いた感想にとどまり,その後深め

られる余地がなかった」「これまでの鑑賞の授業では,内容的側面の感受のみの「感想文」

にとどまっており,そこから曲の良さや特徴を捉え他の人に伝わるような「批評文」にす

るための授業展開が必要だ」といった問題提起がなされており, 「主観性」重視への反省が なされている。従って,鑑賞教育及び「感想文」に関する議論は,未だ音楽科設立当初か

ら続く「鑑賞」の「主観性」と「客観性」の議論の延長線上,さらには繰り返しとなって いるのではないだろうか。

次章では,学習指導要領や「感想文」に関する先行研究を参照し, 「感想文」の今日的傾 向を明らかにする。

18

前掲書

9),p.4.

19

前掲書

8

),

pp.97-98.

(17)

14

第2章 「感想文」の今日的傾向

第1節 学習指導要領における「鑑賞」の内容

「鑑賞」というものは,現在の音楽科教育の中でどのように捉えられているのだろうか。

現在の学習指導要領の中で, 「鑑賞」ではどのような活動が想定されているのかを見る。平

20

年に告示された中学校学習指導要領では,以下のように「鑑賞」の内容が示されて いる(傍線筆者)

20

【第

1

学年】

2 内容 B 鑑賞

(1) 鑑賞の活動を通して,次の事項を指導する。

ア 音 楽 を 形 づ く っ て い る 要 素 や 構 造 と 曲 想 と の か か わ り を 感 じ 取 っ て 聴

き,言葉で説明するなどして,音楽のよさや美しさを味わうこと。

イ 音楽の特徴をその背景となる文化・歴史や他の芸術と関連付けて ,鑑賞 すること。

ウ 我が国の郷土の伝統音楽及びアジア地域の諸民族の音楽の特徴から音楽 の多様性を感じ取り,鑑賞すること。

20

文部科学省

(2008)

「音楽」『中学校学習指導要領』東山書房,

pp.74-79.

(18)

15

【第

2

学年及び第

3

学年】

(1) 鑑賞の活動を通して,次の事項を指導する。

ア 音楽を形づくっている要素や構造と曲想とのか かわりを理解して聴き,

根拠をもって批評するなどして,音楽のよさや美しさを味わうこと。

イ 音楽の特徴をその背景となる文化・歴史や他の芸術と関連付けて 理解し て,鑑賞すること。

ウ 我が国や郷土の伝統音楽及び諸外国の様々な音楽の特徴から音楽の多様

性を理解して,鑑賞すること。

筆者が傍線を引いた部分に注目すると, 「鑑賞」はただ音楽(楽曲)を聴くのではなく,感 じ取る,説明する,味わう,理解する,批評するといった複数の活動が混在していること

が分かる。そして,まず音楽からよさや特徴などを「感じ取る」ことや「味わう」ことか ら始め,最終的に音楽を「理解する」ことや「批評する」ことが目指されている。

このような複数の活動が混在している「鑑賞」であるが,実際にどのような方法がとら

れているだろうか。

(19)

16

第2節 「感想文」に関する先行研究 1.指導方法の提案

西園(2007)は, 「批評的聴取」を目指した授業を提唱しており,そのための手順を以下の ように説明している

21

。なお,西園は,音楽科教育の指導者を対象として以下の方法を提

案しているため,近年の鑑賞の傾向を示すものとして提示する。

①批評文に「悲しさや激しさを表している」といった音楽の雰囲気・イメージ・曲想を感受

(感じ取る)したことを記述する。

②批評文に「音のこまかい弦楽器と低音を使って」といった音楽の諸要素の知覚内容によっ

て音楽の雰囲気・イメージ・曲想の感受内容の根拠を記述する。

③これら①と②を関連させ,それを低音・リズム・クレッシェンド等の音楽用語を用い人に

伝わる文章にする。

④上記①~③のことを踏まえ自分の経験を交えながら ,例えば「反対の2つの主題が人の感

情の変化を表しているのだと思った」というように音楽を評価する。

木村は,西島が提案した方法を引用し,このような手順の設定によって鑑賞の狙いを明 確化・焦点化することで,これまでの感覚に依拠した一面的な「感想」だけでなく,音楽

の構造や背景などの多層的な記述が期待され,それによって「批評的な聴取」が可能とな

21

西園芳信(2007) 「批評を取り入れた中学校音楽鑑賞指導の実践」『学校音楽教育研究:日本

学校音楽教育実践学会紀要』第

11

巻,日本学校音楽教育実践学会,

pp.147-148.

(20)

17

ると述べている

22

『中等科音楽教育法――中学校・高等学校教員養成課程用』においても,鑑賞領域に関

して, 「音楽の構造などを根拠として述べつつ,感じ取ったことや考えたことなどを言葉を 用いて表す主体的な活動を重視」

23

することが要点として述べられている。そして,自分

が聴いた音楽について,①要素や構造の何を知覚したか,②どう感受したか

(その音楽のよ

さや美しさなど),③感受したことは,知覚したこととどのように関連しているのか,④自

分にとってどのような価値があるのか

(どこが気に入ったのか)などを言葉で表すことが,

「鑑賞」の学習のプロセスにつながることが示されている

24

なお,『中等科音楽教育法――中学校・高等学校教員養成課程用』には学習指導要領の 解説とその実現のための実践的内容が示されている。そして,大学・短期大学における中

学校・高等学校教員養成課程用のテキストとして出版され,広く利用されているものであ る

25

2.授業実践

それでは,実際の教育現場では,どのような授業が行われているのだろうか。鏡

(2012)

が行った,中学校第1学年の鑑賞教材である「魔王」の授業実践を次頁で紹介する

26

22

前掲書

3),pp.100-101.

23

山本文茂(2009) 「序 これからの中等科音楽」 『中等科音楽教育法――中学校・高等学校教 員養成課程用』中等科音楽教育研究会編,音楽之友社

. pp.8-9.

引用は

p.9.

24

田中龍三(2009) 「第4章 鑑賞の学習と指導」 『中等科音楽教育法――中学校・高等学校教 員養成課程用』中等科音楽教育研究会編,音楽之友社

. pp.86-87.

25

音楽之友社

ongakunotomo.co.jp (2015

1

10

日最終閲覧)

26

鏡千佳子(2012) 「よりよい音楽表現をするための言語活動とその評価 」 『金沢大学教育学部

付属中学研究紀要』第

54

巻,

pp.61-68

.引用は

pp.63-64

(21)

18

○教材 シューベルト「魔王」,ライヒャルト「魔王」

○ 指 導 事 項 : ア 音 楽 を 形 づ く っ て い る 要 素 や 構 造 と 曲 想 と の か か わ り を 感 じ 取 っ て 聴

き,言葉で説明するなどして,音楽のよさや美しさを味わうこと。

イ 音楽の特徴をその背景となる文化・歴史やほかの芸術と関連付けて,鑑

賞すること。

○〔共通教材〕 音色,リズム,拍子,旋律,テクスチュア,強弱,構成

○指導の実際

(3

時間)

時 主な学習活動 評価とその方法

1 ・シューベルト作曲の「魔王」

を聴き,音色

(声),リズム(ピア

ノ伴奏

),拍子,旋律,テクスチ

ュ ア

(

歌 と ピ ア ノ 伴 奏 と の か か わり

)

,強弱などを知覚・感受す る。

・ 声 の 音 色 ・ 歌 と ピ ア ノ 伴 奏 と の か か わ

り ・ 通 作 歌 曲 に よ る 構 成 や , 構 造 と 曲 想

とのかかわり,音楽の特徴に関心を持ち,

鑑 賞 す る 学 習 に 主 体 的 に 取 り 組 も う と し

ている。 〔音楽への関心・意欲・態度〕

(

ワ ークシート,観察)

2 ・ライヒャルト作曲の「魔王」 ・ 声 の 音 色 ・ 繰 り 返 さ れ る 旋 律 ・ 歌 と ピ

(22)

19

を聴き,音色

(声),リズム(ピア

ノ伴奏

),拍子,旋律,テクスチ

ュ ア

(

歌 と ピ ア ノ 伴 奏 と の か か わり),強弱などを知覚・感受す る。

ア ノ 伴 奏 と の か か わ り ・ 有 節 歌 曲 に よ る

構 成 や , 構 造 と 曲 想 と の か か わ り , 音 楽

の 特 徴 に 関 心 を 持 ち , 鑑 賞 す る 学 習 に 主

体的に取り組もうとしている。〔音楽への

関心・意欲・態度〕(ワークシート,観察) 3 ・シューベルトとライヒャルト

の「魔王」を聴き比べ,どちら

が気に入ったかを音楽を形づく

っている要素や構造を用いなが

ら言葉で説明する。

・ 声 の 音 色 ・ 繰 り 返 さ れ る 旋 律 ・ 歌 と ピ

ア ノ 伴 奏 と の か か わ り ・ 通 作 歌 曲 と 有 節

歌 曲 に よ る 構 成 を 知 覚 し , そ れ ら の 働 き

が 生 み 出 す 特 質 や 雰 囲 気 を 感 受 し な が

ら , 音 楽 を 形 づ く っ て い る 要 素 や 構 造 と

曲 想 と の か か わ り , 音 楽 の 特 徴 を そ の 背

景 と な る 文 化 ・ 歴 史 や 他 の 芸 術 と 関 連 づ

け て 解 釈 し た り 価 値 を 考 え た り し , 言 葉

で 説 明 す る な ど し て 音 楽 の よ さ や 美 し さ

を味わって聴いている。 〔鑑賞の能力〕

(ワ

ークシート)

※下線は言語に関する活動を取り入れた部分を表しています。

この授業では, 「魔王」というタイトルと歌詞を共通点にもつ,作曲者の異なる2曲を提

(23)

20

示している。内容に共通点をもつ2曲を比較することで , 「なぜ同じ歌詞なのに雰囲気が違 うのか」という疑問を生徒に持たせ,そこから構造の違いに目を向けさせることのできる

教材となっている。そして,楽曲を比較して好きな方を選び,その理由を述べるというこ とが,この授業のまとめの活動として設定されている。それによって,主観的聴取にとど

まらず,客観的な要素をもとに,主観的な感受へと発展させていくことが意図されている。

3.教科書分析

授業提案と授業実践を見てきたが,寺内・権藤

(2012)は,平成23

年度から新たに採択

された新訂版の小学校音楽科の教科書の分析によって, 「感想文」を含む「書く」活動の位

置づけについて考察している

27

。分析の方法としては,平成

23

年度から実際に用いられる

ようになった

3

6

学年の教科書を対象とし,その中の書き込み欄や書き方の例,書くこ とを促す文言が示されている箇所を抽出し, 「何を書くのか」と「どのように表すのか」の

関係を分析している。

そこから分かることは,書かせる内容を「気づいたこと」と「感じ取ったこと」に分け

て記述することを促す工夫がなされている点である。その工夫の例として, 「気づいたこと」

と「感じたこと」が独立して設けられた書き込み欄, 「気づいたこと」と「感じたこと」の

どちらか一方のみに言及したモデル文などが挙げられる

28

。寺内・権藤は, 「気づいたこと」

を「客観的内容」, 「感じたこと」を「主観的内容」として分類している。そして, 「主観的

27

寺内大輔・権藤敦子(2012)「小学校音楽科教科書における「書く」活動――学習指導機能と のかかわりを中心に」『音楽教育実践ジャーナル』第

9

巻,第

2

号,pp.110-121.

28

同上書,

pp.113-114.

(24)

21

内容」は,その音楽から感じることができたイメージや好み等,個人差があるものであり,

「客観的内容」は,音楽の特徴を捉えて表す内容であるとしている。

第3節 「感想文」の今日的傾向

主観的内容 客観的内容

(雰囲気・イメージ・曲想) (音楽的要素・音楽の特徴・構造)

近年の授業提案,授業実践,教科書分析の一例を示したが,これらから,最近の〈鑑賞〉

の傾向が見えてくる。それは,まず「楽曲を聴いて感想文を書く」という授業スタイル自

体は継続されていることである。そして,「感想文」

(聴取)の内容を,「客観的内容」(音楽

的要素・音楽の特徴・構造

)と「主観的内容」(雰囲気・イメージ・曲想)の2つに分けて整

理するという手法がとられる傾向にある。そして,「主観的内容」の根拠を「客観的内容」

に求めることで,両者の内容の結合が図られている。

このように,書く内容を分類・整理し,書く手順を段階的に設定することは,これまで の「感想文」の内容や評価の曖昧さや混乱を解消する手だてとなると考える。また, 「感想

文」が単なる評価材料ではなく,学習者が思考を整理するための学習手段として意識され ている。

感想文

(

批評的聴取

)

(25)

22

また,前述したように,鑑賞教育及び「感想文」の内容はこれまで「主観性」対「客観 性」という構図の議論が続いてきたが,現在は「主観性」と「客観性」の両方を重視し,

さらに両者に繋がりをもたせることで,対立関係を相殺しようとする傾向にある。つまり,

これまで堂々巡りしてきた議論の対立の間をとったとも言えるだろう。

しかしながら,このことによって解消されない問題点も指摘されている。それは,音楽

を聴いて感じた印象

(主観的内容)が,音楽の要素や構造(客観的内容)と直結しているとは限

らないという点である。例えば,学習者が「この楽曲は悲しい感じがする」と感じたとし ても,その理由が強弱やリズム,テンポといった要素によるものだとは限らない。1つひ

とつの要素ではなく,それらの総合によって,あるいはそれ以外の要素も合わさって, 「悲 しい感じ」が醸し出されたかもしれないのである

29

また,鑑賞の授業において学習したことが,表現の活動に繋がっていかないというこ

とも指摘されている。例えば,鑑賞において学習した言葉

(客観的内容)が表現の活動の中

で,学習者から自発的に出てこないということが挙げられている

30

「感想文」の内容と同時に課題となっているのが,鑑賞とそれにともなう「感想文」を

どう評価すべきかという問題である。 「感想文」の内容の曖昧さによるその評価の曖昧さが 指摘される一方で,そもそも鑑賞は感性の問題であり,評価自体が可能なのかという議論

もある。 「感想文」の内容や指導方法の見直しにともなって,その評価方法に対してどのよ うな実践や議論がなされているのだろうか。

29

前掲書

27),p.119.

30

前掲書

26

),

pp.61-62.

(26)

23

第3章 「感想文」の実践とその評価 第1節 「感想文」の評価に関する先行研究

「感想文」の今日的傾向として,前述したように書く内容を分類・整理する方法が推奨 されている。それにともなって, 「感想文」の評価もまた内容を分類し,評価の観点を明確

にしようと試みられているようである。

西園(2012)は中学校音楽の鑑賞の授業で,音楽の形式的側面の知覚(客観的内容)と内容 的側面の感受(主観的内容)を批評文にすることを目標とした実践事例を“美的質”の観点 から分析し,批評文の感受内容の評価の観点について提案している

31

。西園は“美的質”

について佐々木(1999)の『美学辞典』を引用しており,次のように定義されている。

感覚的に知覚される性質のうち,五感が直接捉える性質に基づきつつ,その刺激を反省的に

捉え直したとき,言い換えれば対象の在り方を味わうように捉えたときに現れる性質を,広

く美的質という

32

つまり,音楽を聴いている瞬間瞬間に五感で捉えたものを,その後振り返って考えたと きに現れる“あの瞬間に五感で捉えた何か”が美的質だということではないだろうか。そ

して,西園は美的質を, 『美学辞典』に掲載された

G.ヘルメレンと佐々木の分類33

を基に,

31

西園芳信(2012) 「音楽科鑑賞授業実践にみる内容的側面の感受について――中学校の実践を 通して――」 『学校音楽教育研究:日本学校音楽教育実践学会紀要』第

16

号,日本学校音楽教 育実践学会,

pp.215-216.

32

佐々木健一

(1995)「美的質/美的範疇」『美学辞典』東京大学出版会,pp.156-167,引用は p.156.

33

同上書,

pp.157-158..

(27)

24

自身の見解を加えて以下のように分類している

34

。なお,①~⑤がヘルメレンによる分類,

⑥⑦が佐々木による追加,⑧⑨が西園による追加である。

①情緒的な質

emotion qualities

陰気な,厳粛な,晴れやかな,センチメンタルな,喜ばしい,悲

しい,メランコリックな,陽気な,熱狂的な,等。(①情緒的な質 と⑤情動的な質は相似的だが,①情緒的な質は創作者や鑑賞者が

その情緒をかんじなくてもよい。

)

②行動の質

behavior qualities

大胆な,神経質な,力強い,激しい,強烈な,いらいらした,控

えめな,優美な,優しい,仰々しい,堅苦しい,等。(②行動の質

は人の行動の仕方を隠喩的に適用したものである。

)

③形態の質

gestalt qualities

統一のある,ばらばらの,首尾一貫した,厳密な,単純な,均衡

のとれた,調和的な,混沌とした,等。(③形態の質は,対象の形

式的な特徴を捉えたものである。

)

④趣味の質

taste qualities

エレガントな,愉快な,どぎつい,けばけばしい,崇高な,美し

い,キッシュ

(まがい物,俗悪なもの),不細工な,卑俗な,醜い,

等。(④趣味の質は,ある時代に趣味や規範が批評家や鑑賞者達に

よって主観化されたものである。

)

⑤情動的な質/反応の

可笑しい,滑稽な,驚くべき,可愛い,衝動的な,挑発的な,神

秘的な,印象的な,等。(⑤は反応の質と言われるように鑑賞者が

34

前掲書

29

(28)

25 affective qualities/

reaction qualities

実際に反応することによって現実化される質である。

)

⑥ジャンルの特徴に由

来する質

悲劇的な,叙情的な,等。

⑦時代様式に基づく質 バロック的,ロマン的等。

⑧音色の質 なめらかな音,透明感のある音,等。

⑨イメージ的・想像的な

質。

森の中の小鳥の鳴き声と小川のせせらぎのイメージ,人生のなか

で平穏なときの情景,等。

西園はこれら9つの観点で批評文

(感想文)を評価することが可能であり,このような方

法が感性を育成することにつながると述べている。具体的な評価方法は述べられていない

が,観点を細かく設定することで,表現の偏りを確認したり,指導の重点をどの観点にお くかを選択したりすることができるのではないだろうか。

鏡(2012)は,前述した鑑賞授業の実践研究において,具体的に「感想文」をどのように 評価したかということに関しても言及している

35

。評価基準に関しては,次の表の通り,

3段階の評価を設け,支援が必要な段階については支援方法が記載されている。

35

前掲書

26

(29)

26

◆評価基準表

十分満足できる状況 概ね満足できる状況 支援 声の音色,繰り返される旋

律,歌とピアノ伴奏とのかか わり,通作歌曲と有節歌曲に

よる構成などに触れながら 書き,かつ,自分の考えも書 いている。

声の音色,繰り返される旋

律,歌とピアノ伴奏とのか かわり,通作歌曲と有節歌

曲による構成などに触れな がら書いている。

どのようなところが気

に入ったのかを要素と 照らし合わせて確認し,

自分なりの考えがもて るようにする。

この授業では,楽曲を比較して好きな方を選び,その理由を述べるということが,まと

めとして設定されている。それによって,客観的聴取にとどまらず,客観的な要素をもと に,主観的な感受へと発展させていくことが意図されていることがうかがえる。その際の

記述内容に関して,鏡は十分満足できる例と,支援の必要な例を提示しているので,その 中からいくつか次頁に示す

36

。(以下,傍線は筆者による)

36

前掲書

26

),

pp.65-67

(30)

27

○十分満足できる状況の例

(シューベルト派)

〈シューベルト〉がいいと思います。

私が気に入ったのは,前奏や間奏の馬が走る足音の部分が本当に走ってくるようで おもしろいからです。そして,有節歌曲より通作歌曲の方が変化が感じられてどんどん魔

王がみちびいていることがはっきり分かるからです。セリフによって歌声を変えるところ もおもしろいと思いました。

私はシューベルトの魔王の方が好きです。理由は,ライヒャルトの魔王は,登場人物

に関係なく,声が同じ調子ですが,シューベルトの魔王は,登場人物ごとに,声の調子が

変わったり,気持ち

(感情)がこもった歌い方なので,背景がわかりやすくおもしろいです。

また,シューベルトの魔王は,馬の足音をピアノで表現するなど,ライヒャルトとちがい 表現の仕方もおもしろいです。それから,ライヒャルトは,ピアノも歌も音やリズムが同

じところが多いけれど,シューベルトはピアノと歌両方で背景や登場人物の心情が表され,

両方で魔王をイメージできるので,シューベルトの方が好きです。

私は,シューベルトの魔王の方が好きです。理由は,ライヒャルトの魔王は,登場人

物に関係なく,声が同じ調子ですが,シューベルトの魔王は,登場人物ごとに,声の調子

が変わったり,気持ち

(感情)がこもった歌い方なので,背景がわかりやすくおもしろいで

す。また,シューベルトの魔王は,馬の足音をピアノで表現するなど,ライヒャルトとち

がい表現の仕方もおもしろいです。それから,ライヒャルトは,ピアノも歌も音やリズム

(31)

28

が,同じところが多いけれど,シューベルトはピアノと歌両方で背景や登場人物の心情が 表され,両方で魔王をイメージできるので,シューベルトの方が好きです。

○十分満足できる状況の例

(ライヒャルト派)

僕はライヒャルトが作曲したのが好きです。理由は流れるようなリズムで歌っていて,同

じ旋律がくり返し使われているからです。シューベルトは強弱がはっきりしていて役がか わるにつれて声の音色もかわっていていいけど,少しうるさいのでライヒャルトの方が好

きです。また,3拍子というところもワルツみたいで好きです。同じ歌詞でも曲の感じが 全然違っていてびっくりしました。

私はライヒャルトの方が好きだ。有節歌曲のほうが,次にどんな音が出るのか予想で

き,歌にのることができたからである。もちろん,シューベルトの方の冒頭部分は,とて も強烈な印象が残るが,ライヒャルトの一定の旋律も,ずっと頭に残っている。また,3

拍子だったこともあり,リズムにのることもできた。

ライヒャルトの方がリズム感がよく好きだ。同じ音の繰り返しだけど魔王の所だけ ピアノが旋律を弾いていて低い声になっていて強弱のちがいはあんまりわかんないけどそ

ういう所で聞きわけられてこっちの方がオモシロイ。シューベルトの方はゆっくりすぎる

ので明るくスムーズに進んでいくライヒャルトの方がイイ。

(32)

29

○支援の状況の例

①シューベルト

シューベルトの曲の方がとても暗い感じがして,歌詞やタイトルにそっていて好きだ。

②僕はシューベルトのほうが気に入っています。

理由は,シューベルトは気持ちが込もっているので,場面を想像しやすくきいていて

おもしろいからです。

十分満足できる状況の記述の中で,筆者が音楽の要素を根拠にしていると感じた部分に,

二重下線を引いた。鏡もこの部分を評価していると思われる。これらの記述を見ると, “比

較”することが,楽曲の特徴を理解するのに役立てられているように思われる。また,好 きな方を選ぶことで,主観的な意見も述べられている。一方で,支援の状況の例では,主

観的なイメージは述べられているものの,それを音楽の要素と結びつけて書かれてはいな い。このような,支援が必要な生徒は各クラスに1~2割ほどいたという。そのことに関

して鏡は, 「支援を要する生徒に対して,諸要素を再確認するとともに,自分が感じた思い や考えはどの要素から感じ取れたのかを一緒に考えていく必要がある」

37

と述べている。

また,生徒の記述に関して,鏡は「

(音楽)用語を用いて」38

ということにこだわっている。

鏡が音楽用語にこだわる理由としては,「共通事項」というものの存在があると思われる。

「共通事項」とは,平成

20

年告示の学習指導要領において新たに加わった文言であり,

37

前掲書

26),p.67.

38

同上書,

p.68

(33)

30

中学校学習指導要領では以下のように記されている

39

〔共通事項〕

(1)「A

表現」及び「B 鑑賞」の指導を通して,次の事項を指導する。

ア 音色,リズム,速度,旋律,テクスチュア,強弱,形式,構成などの音楽を形づくって

いる要素や要素同士の関連を知覚し,それらの働きが生み出す特質や雰囲気を感受するこ

と。

イ 音楽を形づくっている要素とそれらの働きを表す用語や記号などについて,音楽活動を

通して理解すること。

そして,「共通事項」のイの用語や記号の例について,具体的に次のように示されてい

40

。なお,下記の内容は中学校学習指導要領のものであるが,小学校学習指導要領に示 されたものへの追加として示されており,生徒の学習状況を考慮して取り扱うことが求め られている。

拍 拍子 間 序破急 フレーズ 音階 調 和音

動機

Andante Moderato

Allegro rit. a tempo accel. legato pp ff dim. D.C. D.S

39

前掲書

20),p.77.

40

同上書,

p.79.

(34)

31

フェルマータ テヌート 三連符 二分休符 全休符 十六分休符

つまり, 「共通事項」とは, 「鑑賞」と「表現」の両領域に渡って教えるべき内容であり,

具体例を見ると,音楽用語と言い換えることができるものである。学習指導要領でこのよ うに明記されたこともあり,鑑賞教育の評価の観点として, 「音楽用語を適切に使う」能力

が重視される傾向にあるのではないだろうか。そして, 「共通事項」の内容は,前述した「客 観的内容」に当てはまるものであり, 「客観的内容」が「感想文」に記されていることを簡

単に判断できるものとして「音楽用語の使用」の有無が重要な判断基準となっているので はないだろうか。

「音楽用語の使用」がほとんど見られないものについて,鏡は支援に必要性を述べてい るが,さらに“評価に困る例”も以下のように挙げている

41

「シューベルトの方は,4人の登場人物を1人でなりきっているし音程がばらばらでわかり

やすい。」

「あまりにできすぎた劇(ミュージカル

)よりもおもしろい絵本を読み聞かされている方が楽

しいから」

評価に困る理由としては,上段のものは言葉が足りないことが指摘されており,下段の

ものについては,文の量は満足できるが,要素に触れていないことが指摘されている。

しかし,どちらの感想文

(批評文)も音楽的な知識を習得していないと書けないものであ

41

前掲書

26

),

pp.67-68.

(35)

32

り,音楽の特徴を的確に捉えているのではないだろうか。また,上段については文章の書 き方の指導により,より分かりやすい表現になる可能性がある。一方で,下段については

むしろ十分満足できるものよりも読む人にインパクトを与え,書いた人の曲の印象を最も 適格に表現したものであるという説得力さえ感じさせる。音楽科教育においては,子ども

の個性や感受の自由が歓迎され,むしろ個性を育てるものであるとさえも言われることが あるが,“個性が強いと教師は手におえない”という本音があり,“予 想の範囲内にある分

かりやすいもの”が歓迎されている可能性がある。

これらのことから, 「感想文」の内容については,前述したように「客観的内容」と「主

観的内容」を結びつけて記述することが求められている。そして,その評価については,

内容項目をさらに細かく設置し,その項目をどれだけ満たしているかということが評価の

決め手になっている。 「客観的内容」が記述されているかを決定づける要素としては,その 授業で習った“音楽用語の使用”が有力な手がかりとなっている。また, 「主観的内容」に

ついても,前述したように西園が細かく分類していたが,どれだけ幅広い観点を示してい るかが評価の観点となっており,さらに「客観的内容」と絡めて書くことが必須条件とな

っている。このように「感想文」が評価の対象として確立し,評価項目が細分化されるほ ど“正しい感想文”や“良い感想文”というものがより具体的に想定されていく傾向にあ

るのではないだろうか。

参照

関連したドキュメント

夫婦のコミュニケーションと家事育児分担割合満足度 10% 4% 26% 18% 28% 29% 26% 37% 9% 12% 妻回答者 夫回答者 全然満足していない

// 特集 // 音楽を軸に拡がる情報科学 (1)オリジナル曲が最初に Web

5 本時について (1) 主題 ジャズの音楽の雰囲気や特徴を感じ取り,実際につくってみよう。 (2)指導目標

を〔A表現〕,「鑑賞」を〔B鑑賞〕と区分している

しか も西欧 の歌 は,各年度 の教科書 に繰 り返 し掲載 され るので あるが,我が国固有 の歌 は,わ らべ うたなどを除 く と繰 り返 され ることが少

新学習指導要領とICTの効果的な活用

64) 前掲『松泉会記録第参編』pp.207-209 65)

本実践研究のねらいは,これからの変化の激 しい予測困難な時代をしなやかに生きていくた