小学校音楽科における音楽的思考を深める子供の育成
-「生成の原理」に基づく音楽づくりの授業構想と実践 -高度学校教育実践専攻 実習責任教員 西 村 公 孝 教職実践力高度化コース 実習指導教員 前 田 洋 一 櫻 木 希 実 子
キーワード:音楽づくり,音楽的思考,知覚・感受,生成の原理 第1章 研究の目的と課題の設定
1 研究課題設定 (1)研究課題の背景
①現代社会の変化
知識基盤社会,予測困難な時代,第4次産業 革命,グローバル化などのキーワードからも分 かるように,知識・情報・技能の加速度的な進 歩や,人工知能の判断,多様性など世界の常識 が変わりつつある。このような時代をしなやか に生きるために,感性を働かせていくことがま すます重要になってくる。
②音楽科による感性的認識の育成
西園(2017),小島(2018)の芸術教科教育の見 方を参照すると,音楽科は感性教育に貢献でき る特有の教科であることがわかる。感性とは,
世界を質的に感じる力であり,これからの社会 を生きていく人間形成のために,質的に感じる 力と量的に感じる力をバランスよく育てること が不可欠である。そのために音楽科では,質を 扱うという音楽の本質をふまえた学力を育てる 授業を行っていかなければならないと考える。
③学習指導要領からみる音楽科学習の経緯 戦後,試案として出された第1次学習指導要 領の「豊かな人間性」という人間形成の精神は,
現在にも引き継がれている。第7次(平成10年)
では,ゆとりの中で内容が削減され,評価内容 や方法が明確になった。第8次(平成20年)では,
表現と鑑賞の活動の支えとなる〔共通事項〕が
示されたこと,言語活動の充実が重視されたこ とから,音楽的思考の育成を目指す内容となっ ている。第9次(平成29年)では,「思考力・判 断力・表現力等」の資質・能力,〔共通事項〕や,
「音楽的な見方・考え方」を働かせること,「思 考,判断し,表現する一連の過程を大切にした 学習の充実を図ること」が示され,音楽的思考 の育成を重視していることが分かる。
(2)音楽科の現状と課題
戦後,音楽づくり分野学習が学校音楽教育に 位置づけられ,様々に実践研究が積み重ねられ てきた。しかし,各学校の音楽づくりの実施状 況は,歌唱・器楽,鑑賞に比べて低調である。
指導者の多くが音楽づくりの授業を経験してい ないことや,具体的な子供の姿をイメージしに くいことなどから,指導が難しく,音楽づくり の授業が効果的に行われているとは言い難い。
置籍校も例外ではない。筆者が附属中学校の研 究授業に参加した際には,小学校において,中 学校の学習を見据え,音楽科の各内容分野を関 連付けながら指導を行っていくことが必要であ ると感じた。
2 研究全体の構想
研究課題にある「音楽的思考」とは,「音や音 楽について知覚・感受したことを基盤として,
自分の表現したいイメージに合うように根拠を もって音や言葉等を選択したり組み合わせたり して,演奏表現や作品(批評文を含む)をつく
るという一連の過程に働く思考」である。「音楽 的思考」を深め,自分の思いを生き生きと表現 できる子供の育成を目指すために,次の3つの 点が重要であると考える。
①発達に即したカリキュラム
②生成の原理による単元構想
③個と集団の学びをつなぐ協同的な学び 上に挙げた3つの視点について,それぞれ仮 説とその手立てを次に示す。
仮説1【発達段階に即したカリキュラム】
2・4・6学年の音楽づくりにおいて,「旋 律」を指導内容として設定し,身に付けさせ たい資質・能力を明確にすることによって,
学びを発展させることができるだろう。
手立て
①(学習目標)学びのつながりを見通し,子供 の発達や生活経験・学習経験をもとに学習 目標を設定する。
②(指導内容)学びのつながりを見通し,系 統的に指導内容を設定する。
③(資質・能力)それぞれの学年において身 に付けさせたい資質・能力を明確にもつ。
仮説2【生成の原理に基づく単元構成】
「経験-分析-再経験-評価」の単元を構 成,展開することにより,音楽的思考を深め ることができるだろう。
手立て
①「経験」の場面において,子供が身構えるこ となく,これまで身につけてきた知識・技 能を使ってできるような活動を行う。
②「分析」の場面において,比較聴取を行い,
焦点化した指導内容についての知覚・感受 ができるようにする。
③「再経験」の場面において,「分析」の場面で 得た知覚・感受を生かして,経験を発展さ せることができるようにする。さらに,創 意工夫を生かす活動とする。
④「評価」の場面において,「経験」と「再経験」
の変化を振り返る場面を設定する。
仮説3【個と集団をつなぐ協同的な学び】
子供が互恵的に関わり合う協同的な学びを 充実させることによって,音楽的思考を深め ることができるだろう。
手立て
①1人で考える場面,ペア・グループで考え る場面,全体で交流する場面を設定し,個 の学びと集団の学びを循環させる。
第2章 実践研究の実際と分析 第1節 実践研究の計画と実際 1 実践研究の計画
(1)ねらい
本実践研究のねらいは,これからの変化の激 しい予測困難な時代をしなやかに生きていくた めの豊かな感性を育てることである。そのため に,「感じる」力を軸にして,音楽的思考を深め る音楽づくり分野の授業の実践を行う。
(2)実践計画
音楽づくり分野において,指導内容を「旋律」
に焦点化し,低・中・高学年に段階的に内容を設 定し,次のように実践計画を立てた。
2学年(9~10月実施)
唱え歌をつくろう
指導事項:高い音・低い音による旋律づくり 4学年(5~6月実施)
「さくらさくら」の音階から音楽をつくろう 指導事項:都節音階による旋律づくり 6学年(6~7月実施)
循環コードから音楽をつくろう
指導事項:循環コードによる旋律づくり
【仮説1】については,指導内容を「旋律」
に焦点を当て,低学年では「高い音・低い音」,
中・高学年では「音の動き方」についての課題 を設定した。このことが,それぞれの発達段階 に合ったものであったか,学年が上がるに従っ て発展させられたかについて検証していく。
【仮説2】については,学習の4つの場面に おける手立てが子供の知覚・感受を発展させる ものとなったか,子供の思考がどのように深ま ったかを授業記録などから検証していく。
【仮説3】については,思考の深まりや個と 集団の学びを循環させる手立てとその有効性に ついて検証していく。
(3)実践のまとめ
【仮説1】手立て①
子供の発達や生活経験・学習経験と関連付け て学習目標を設定した。
【仮説1】手立て②
「旋律」の指導内容を,低,中,高学年へと 螺旋的に発展させてくことをねらいとして,指 導内容を設定した。
【仮説1】手立て③
焦点化した指導内容について,2・4・6学 年で身に付けさせたい資質・能力を次に示す。
観点 2年 4年 6年
知識
・ 技能
言 葉 の 抑 揚を生かし,
旋 律 の 高 い 音・低い音を 意 識 し て 旋 律 づ く り が できる。
都 節 音 階 の 旋 律 の 音 の 動 き 方 に つ い て 理 解 し , イ メ ー ジ が 伝 わ る よ う に 旋 律 づ く り が で き る。
循 環 コ ー ド に よ る 旋 律 の 音 の 動 き 方 に つ い て 理 解 し , イ メ ー ジ が 伝 わ る よ う に 旋 律 づ く り が できる。
思考
・ 判断
・ 表現
旋 律 の 高 い 音 と 低 い 音を知覚し,
そ こ か ら 生 み 出 さ れ る 特 質 を 感 受 する。
都 節 音 階 の 旋 律 の 音 の 動 き 方 を 知 覚 し , そ こ か ら 生 み 出 さ れ る 特 質 を 知 覚 ・ 感受する。
都 節 音 階 の 旋 律 の 音 の 動 き 方 を 意 識 し て , イ メ ー ジ が 伝 わ る よ う に 表 現 を 工 夫する。
循 環 コ ー ド に よ る 旋 律 の 音 の 動 き 方 を 知 覚 し , そ こ か ら 生 み 出 さ れ る 特 質 を・感受する。
循 環 コ ー ド に よ る 旋 律 の 音 の 動 き 方 を 意 識 し て , イ メ ー ジ が 伝 わ る よ う に 表 現を工夫する。
主 体 的 に 取 り 組 む 態度
旋 律 の 高 い 音 と 低 い 音 に 関 心 を もち,意欲的 に 旋 律 づ く りをする。
都 節 音 階 の 旋 律 の 音 の 動 き 方 に 関 心 を も ち , 意 欲 的 に 旋 律 づ くりをする。
循 環 コ ー ド に よ る 旋 律 の 音 の 動 き 方 に 関 心 を も ち , 意 欲 的 に 旋 律 づ く り を す る。
【仮説2】2・4・6学年の3つの実践につい て,生成の原理に基づく単元構成の4つの場面
(①経験②分析③再経験④評価)ごとに,子供の 音楽的思考の段階が,知覚・感受の【表出→意 識化→発揮→拡張→応用】と発展していくこと が分かった。
【仮説3 個と集団をつなぐ協同的な学び】
実践では,個で考える,ペアで考える,全体 で話し合うの3つの学習形態をとった。仮説2 で示した生成の原理に基づく単元構成で示した 場面に当てはめ,整理した。
形態 活動内容 経
験 個 ペア 全体
これまでの学習経験を生かして旋律をつくる 旋律のつくり方を確認する
旋律のイメージについて話し合う 分
析 個 全体
自分の考え(知覚・感受)をまとめる活動 旋律のイメージについて話し合い,知覚・感 受を深める
再 経 験
ペア 全体 ペア 全体
分析の場面で得た知覚・感受を生かして旋律 を試行錯誤してつくる
表現の工夫(音の高低・動き,その他の工夫)
を紹介する
表現の工夫(その他の工夫)を紹介する 評
価 全体 個
つくった音楽を発表する
自分の考え(知覚・感受)をまとめる
第2節 実践研究の分析 1 実践研究の成果
3つの仮説から実践研究の成果を述べる。
(1)【仮説1】の成果
発達段階に即したカリキュラムとするために,
注力したことは,「指導内容を焦点化」したこと である。このことにより,(学習目標)(指導内 容)(資質・能力)に関する3つの手立てを講じ ることができた。
・生活経験や学習経験と関連させた学習目標と することができた(手立て①)。
・学年ごとに系統的に指導内容を設定すること ができた(手立て②)。
・それぞれの学習において身に付けさせたい資 質・能力を明確にすることができた(手立て
③)。
本実践では,2・4・6学年の音楽づくりに おいて,指導内容を「旋律」に焦点化し,仮説 1の3つの手立てを講じることにつなげた。そ して,「旋律」の音の高低から音の動きへと,段 階ごとに旋律についての資質・能力を身につけ させることができた。
(2)【仮説2】と【仮説3】の成果
【仮説2】では,「経験―分析―再経験―評価」
の単元を構成した。【仮説3】では,個,ペア・
グループ,全体の3つの学習形態を活動の内容 に応じて【仮説2】の単元構成に組み込んだ。
このことにより,子供たちは知覚・感受を発展 させ,音楽的思考を深めることができた。仮説 1・2・3から見えてきたそれぞれの関係の図 を次に示す。
2 実践研究の課題
【仮説1】の課題
子供たちの音楽的思考を広げ,深めていくカ
リキュラムについて2点の課題を挙げる。
・音楽づくりの分野における「旋律」について の学びを,他の分野・領域に関連付けること。
・旋律以外の指導内容についても,系統的に発 達に即したカリキュラムを構築すること。
【仮説2】【仮説3】の課題
生成の原理による単元構成と,協同的な学び について,さらに音楽的思考を深めていくため に,次の3点の課題を挙げる。
・本実践で得た成果を 音楽づくり以外の他分 野・領域に生かすこと
・置籍校の「構え・自主・協同・発展の授業構 成」と,「生成の原理に基づく単元構成(経験・
分析・再経験・評価)」の関連を図ること
・置籍校の協同的な学びの概念と,本実践で得 た個と集団の学びを循環させる協同的な学び の概念を関連付けること
3 幼小中連携教育への展望
本実践は,中学校の音楽づくりの授業を参観 し,小学校からの学習の積み重ねの必要性を感 じたことがきっかけとなった。そして,小学校 音楽科の音楽づくりの分野において,旋律につ いての学びを螺旋的に発展させることをねらい,
授業実践を行った。今後,幼から中へと範囲を 広げ,学びのつながる実践を行っていきたい。
(参考文献)
・日本学校音楽教育実践学会編『音楽教育実践学事典』
音楽之友社,2017年
・小島律子『三訂版小学校音楽科の学習指導-生成の原 理による授業デザイン-』廣済堂あかつき,2018年
・長島真人(2014)「音楽によって育まれる生きる力 音 楽科教育の本質と可能性を問い直す」広島大学附属小 学校 教育研究会『学校教育』No.1165(9月号),p.6
・平成 29・30・令和元年度京都府小学校教育研究会音楽
科研究大会『研究資料・学習指導案集』2019年