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損保3大ホールディングスの エコノミック・キャピタル

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損保3大ホールディングスの エコノミック・キャピタル

資本規制の国際動向と財務的観点によるアプローチ

岩 瀬 泰 弘

■アブストラクト

損保3大ホールディングスを財務的観点から分析した。収益性については EVAを用い,流動性(健全性)についてはECMを利用した。各ホールデ ィ ン グ ス は,統 合 効 果,Leverage Index,投 資 戦 略,EVAの 各 要 素

(NOPAT,有利子負債コスト,自己資本コスト)に差異が見られるものの,

総じて言えば自己資本が不足している,あるいはエコノミック・キャピタル が高いことが考えられる。これは経営指標としてROEを使っているからで ある。資本を取り巻く国際環境(IFSR,バーゼル規制改革)が変化する中,

ホールディングス形態は経営統合・機能別再編が容易になる一方,資本の有 効活用が今まで以上に求められる。損害保険会社は,例えば純利益から自己 資本コストを控除したEVAをECMに応用するなど,新たな経営指標をバ リュードライバーとして導入し,収益性と流動性(健全性)を維持・向上さ せる必要がある。

■キーワード

エコノミック・キャピタル,EVA(経済的付加価値),

損保三大ホールディングス

会関東部会報告による。

*平成26年9月12日の日本保険学 27年3月2日原稿受領

/平成 。

(2)

Ⅰ.はじめに

日本の損害保険業界は金融・保険の自由化以降,合従連衡が繰り返され,

2014年9月に損保ジャパンと日本興亜が合併した。その結果,業界再編は一 部の中小損保を除き,東京海上グループ,MS&ADグループ,および損保 ジャパン日本興亜グループの3大ホールディングスに集約された。ホールデ ィングス形態は経営統合・機能別再編が容易になる一方,資本の有効活用が これまで以上に求められる。

図表1は金融・保険の資本に係わる国際動向を列挙したものである。

図表1 金融・保険の資本に係わる国際動向

項 目 概 要

(出所)下和田功編(2014)を基に筆者作成。

自己資本比率規制の厳格化,定量的な流動性規制,過大なリ スクテイクを抑制するためのレバレッジ比率の導入(世界各 国で2019年に完全実施予定)。

金融・保険グループがビジネスから発生する予想外の損失をカ バーする資本の充分性の確認等,規制・監督を強化。

ERMにおけるリスクの定量化と資本管理の考え方を採り入 れた資本規制(2016年1月実施)。保険会社はリスクを計量化 して必要資本を評価し,これを上回る資本を保有することが 求められる。

ERMにおける自社独自の必要資本とソルベンシー規制上求 められる資本を評価する一連のプロセス。金融庁は 保険会 社向けの総合的な監督指針 においてORSAプロセスを重視 している。

財務健全性等を監督する手段として,ERMおよびORSA 概要報告を求める法律を策定(2012年9月)。

金融コングロマリットの監督に関する5つの原則 ①監督権 限,②監督責任,③コーポレートガバナンス,④資本十分性 および流動性,⑤リスク管理 を策定(2012年9月)。

FSBは2010年11月にシステム上重要なグローバルな金融機関

(G-SIFIs)を特定し,それらの金融機関に新たな規制を課す ことを要請した。保険セクターについては,IAISG20およ FSBの委託を受け,システム上重要なグローバルな保険 会社(G-SIIs)の選定基準および適用規制の検討を行い,

2013年7月に公表している。

バーゼルⅢ(銀行監督委員会)

ERM(全社的リスクマネジメ ント)

ソルベンシーⅡ

ORSA(リスクとソルベンシー の自己評価)

米国ORSAモデル法

ジョイント・フォーラム

FSB(金融安定理事会)

IAIS(保険監督者国際機構)

(3)

リーマンショックおよびEUの金融危機以降,金融機関の資本規制は厳格 化の方向にある。保険会社のエコノミック・キャピタル は銀行とは果たす 役割が異なる(リスクが異なる)ものの,金融システム上は銀行も保険も重 要な金融機関であり,経済に与える影響が大きい。そのため損害保険会社の 最低必要資本を十二分に議論する必要がある。

本稿は,資本規制に係わる国際環境が変化する中,損保3大ホールディン グスのエコノミック・キャピタルを財務的観点から分析し,今後の経営課題 を考察する。

Ⅱ.エコノミック・キャピタル

1.流動性(健全性)と収益性

企業の存続および持続的な発展は流動性と収益性の維持に尽きる。流動性 を維持するにはキャッシュフローの創出だけでなく,必要な時に必要な資本 が調達できなければならない。その場合,条件となるのは財務の健全性であ り,それは自己資本 の多寡で決まる。財務の健全性が確保されれば流動性 は維持され,配当後の利益は内部留保となり,自己資本は増加し財務の健全 性は向上する。つまり,企業の流動性と健全性は表裏一体の関係にある。流 動性(健全性)の維持とは,どの程度の自己資本を保有するべきかという問

1) Risk Capitalと同意語である。バーゼル銀行監督委員会では,エコノミッ ク・キャピタルをEconomic value of lossの相当額を用意するバッファーと し,バッファーを使い切ってもサステナブル(sustainable:企業の持続可能 性)であることが求められる。これに対しRisk CapitalはCapital at Risk としている。

2) 2006年の会社法は,資産から負債を差し引いた金額を純資産と規定し,その 構成は,①株主資本=資本金+資本剰余金+利益剰余金−自己株式,②評価・

換算差額等,③新株予約権,④少数株主持分の4項目である。従来,①と②を 合わせたものを株主資本と呼んでいたが,会社法施行後,株主資本には②が含 まれないため,株主資本という言葉は狭い意味で使われるようになった。そこ で,あまり使われなくなった自己資本という言葉が再登場し,従来の株主資本 と同義で使われている。

(4)

題に帰着される。

一方,収益性を維持するには利益を計上しなければならない。企業は市場 が期待する利益を将来に渡って確保することにより資本市場からの自己資本 調達が容易になる。では,市場が期待する利益とはどの程度の水準をいうの か。これが収益性に係わる課題である。

2.エコノミック・キャピタルと自己資本

企業の損失には,経常的な費用を上回る利益を計上できないために発生す る損失やオペレーショナルリスクに伴う損失などがある。しかし最も留意す べきは,保有資産の価値が簿価を下回る,あるいは現金化できないことによ る非常時の損失である。企業はこれらの損失に備えるべく最低限の自己資本 を常に確保しておかなければならない。

企業のリスク管理の基本は以下の2点に集約される。

①個別リスクから発生する期待損失(Expected Loss)への対応

②個別リスクのうち,非期待損失(Unexpected Loss),および企業全 体の非期待損失への対応

①については個別の期待損失を,それぞれの取引の利益率の中に含める,

あるいは予算化するなどしてリスク管理を行う。一方,②については自己資 本以外では対処できないリスクであるため基本的に自己資本で対処する。す なわち企業全体の非期待損失の合計は,その企業が備えておくべき最低限必 要な自己資本であり,これをエコノミック・キャピタルという。企業は非期 待損失が顕在化しても,それに耐え得るだけのエコノミック・キャピタルを 常に確保していなければならない。図表2は財務が健全な企業の貸借対照表 を示している。

(5)

3.損害保険会社のエコノミック・キャピタル

損害保険会社の自己資本は保険負債とトレードオフの関係にあるため最低 必要資本(最適資本構成)を求めるのが困難である。自己資本を縮小すれば 自己資本コストは低減されるが,自己資本が負債に比べ過小であると市場が 判断すれば,信用力の低下やリスクプレミアムの上昇により,高い調達コス ト(通常より低廉な保険料)でなければ保険を販売できない。この場合,逆 に総資本コストは上昇する。では,どの程度の自己資本が適正であるか。こ れが損害保険会社のエコノミック・キャピタルに係わる本源的な経営課題で ある。

Ⅲ.分析手法

損保3大ホールディングス のエコノミック・キャピタルを収益性および 流動性(健全性)の観点から分析する。

図表2 財務が健全な企業の貸借対照表

(出所)津森・大石(2005)160頁を基に筆者作成。

3) 生命保険子会社は除外した。また,イーデザイン損保,セゾン自動車,そん ぽ24,三井ダイレクトおよびau損保は含まない。

(6)

1.収益性の分析

⑴ 株主が期待する利益

企業の健全性の判断基準となる自己資本は株主が提供した資本である。株 主は2つの判断基準に基づいて投資を行う。一つは財務の健全性であり,も う一つは配当とキャピタルゲインの確保である。

企業の利益は単に黒字であればよいというものではない。企業は株主が満 足する利益を将来に渡って計上し続けると判断されなければならない。では 株主が期待する利益とは何か。それは純利益が自己資本コストを超えること である。株主は自己資本コストを超える純利益を期待しており,その差額を Economic ProfitあるいはEconomic Value Added(経済的付加価値,以 下EVAと略す) という。EVAがプラスであれば当該企業は株主価値を創 造し,マイナスであれば株主価値を喪失していることになる。EVAは米国 のコンサルティング会社スターンスチュワート社が開発した経営指標で,90 年代以降,欧米企業のみならず日本企業においても経営業績の判断や合併・

経営統合のための指標として利用されている。EVAは簿価ベースの指標で あるものの株価の先行指標であり,市場付加価値を表すMVA(Market Value Added) との相関が強く,近年,総合商社や銀行においても利用さ 

れるなど,その範囲は拡大している 。EVAは以下の式で表される。

4) EVAはスターンスチュアート社の商標登録で,正確にはEVA (R :Reg- istered Trade Mark)で表記されるが,本稿ではEVAと簡略化した。

5) EVA同様,スターンスチュアート社が開発した経営指標で,企業の市場価 値(負債と株式の時価の合計)から総資本を差し引いた額をいう。企業が事業 活動からまったく価値を創出していなければ,資本市場で評価される企業の価 値は総資本と等しくなりMVAは 0(ゼロ) になる。しかし,多くの企業 の市場価値は総資本を上回っておりMVAはプラスになっている。これは日 本の企業は価値を創造すると投資家が判断していることを示している。

6) 旭化成,旭硝子,大阪ガス,オリックス,花王,川崎製鉄,関西電力,京セ ラ,キリンビール,コカコーラ,シャープ,ソ ニ ー,TDK,日 立 製 作 所,

HOYA,パナソニック等の事業会社だけでなく,丸紅,住友商事,三菱商事 等の総合商社や,住友信託,三菱東京UFJ等の銀行においてもEVAの考え 方を取り入れた経営指標の採用あるいは検討が行われている。

(7)

EVA=純利益−自己資本コスト

EVA=NOPAT−(有利子負債コスト+自己資本コスト)

EVA=NOPAT−(有利子負債×有利子負債コスト率+自己資本×自己 資本コスト率)

ここで,NOPAT(Net Operating After Tax):税引後営業利益 有利子負債コスト率(%):借入金や社債などの有利子負債の利子率 自己資本コスト率(%):リスクフリーレート+β×株式のリスクプレミアム

⑵ EVAの損害保険会社への応用

EVAを損害保険会社に応用するにはいくつか修正すべき点がある。以下,

NOPAT,有利子負債コスト,および自己資本コストを損害保険会社の実態 に合わせ修正する。

①NOPAT(税引後営業利益)

NOPATについては,事業収益は積立型保険に関する収入を控除し,

掛捨型保険料収入および資産運用収益とその他収益から生じているものと する。有価証券売却益は営業利益に算入し,責任準備金の繰り入れ・戻し 入れ,支払備金の繰り入れ・戻し入れは事業損益から控除する 。事業費 用は積立型保険に関する満期返戻金部分を控除した残りの保険引受費用お よび資産運用費用とその他費用の合算部分であるとする。その他経常費用 は支払利息以外の部分をそのまま全額費用計上し,支払利息は債権者に対 する有利子負債コストとして計上する。

②有利子負債コスト

有利子負債については実際の負債額に対するコスト率を用いて計算する。

積立型保険の予定利子相当額は契約者に対する有利子負債コストであり数

7) 米国の損害保険会社では UPR (Unearned Premium  Reserve:未経過保 険料準備金)+IBNR(Incurred But Not Reported:既 発 生 未 報 告 損 害)+

Claim  Reserve(支払備金) のみを実績基準で積んでいるが,日本では保険 金支払の原資として過去の経験値に基づく責任準備金を多く積んでいる。

(8)

値は積立保険等運用益とする。退職給付引当金 は従業員に対する有利子 負債であり引当金の3%を有利子負債コストとする。尚,退職給付に関す る年金数理計算上の差違は考慮しない。

③自己資本コスト

自己資本コストについては2005年以前は連結会計がないため 資本の部 合計 を自己資本とみなす。自己資本コスト率の計算については,リスク フリーレートは10年国債利回り を使用し,β値 は金融機関同様1.15と し,株式のリスクプレミアムは4%とする。異常危険準備金は現行会計制 度では負債に計上するが,同準備金は予測できない損失(非期待損失)に 備えるものであるため自己資本に含める 。

2.流動性(健全性)の分析

⑴ ECM(Economic Capital Management)

企業が流動性(健全性)を維持するには非常時の損失に備える自己資本を 常に確保しておく必要がある。そのためにはエコノミック・キャピタルを算 8) 2001年3月期より適用されている退職給付会計は,退職給与引当金と企業年 金を一体化したものである。年金原資は信託銀行に信託され,会社財産とは独 立した資産として別途管理されているため,貸借対照表上の退職給付引当金は,

退職一時金である退職給与引当金のみということになる。しかしながら,実際 には企業年金においても割引率の差異による会計上の退職給付認識額と年金掛 け金の拠出額との間に差が出てくる場合があり,その分だけ引当金残高がある 場合が多い。

9) 財務省ホームページ(2014) 国債応募者利回りの推移 参照。

10) 株式市場全体の動きに対して,個別企業の株価がどのように反応するかを示 す変数。東証一部上場企業の場合,東証株価指数の動き1に対して個別企業株 がいくら動くかを示す。たとえば,βが1であれば東証株価指数と全く同じ動 きをし,2であれば同じ方向に2倍動く。0.8であれば,全体が1動けば当該 株式は0.8動く。またマイナス1は全体とは逆の動きをすることを意味し,全 体が1上がれば当該株式は1だけ下がる。数値は高くなればなるほど値動きが 大きく,その分リスクは高いことを意味する。

11) 価格変動準備金は自己資本には含めない。リスクをどこまで取るかは経営判 断によるが,予測できないリスクとは100年に1回程度の頻度をいう。

(9)

定しなければならない。エコノミック・キャピタルの算定は実務の世界では Economic Capital Management(以下,ECMと略す)と呼ばれる手法が 用いられる。これは資産額に一定の係数(以下,Leverage係数という)を 乗じることにより資産ごとのエコノミック・キャピタルを計算する方法であ る。キャッシュ化が容易,すなわち流動性が高い資産ほどLeverage係数は 小さくなり,最も流動性の高いものは現預金,譲渡可能定期預金および短期 国債である。これらのリスクは 0(ゼロ) とみなされ,流動性が低くな るにつれLeverage係数は大きくなる。こうして勘定科目ごとにLeverage 係数を決定し合計すれば企業全体のエコノミック・キャピタルを求めること ができる。

こうして求めたエコノミック・キャピタルと自己資本を比較することによ り企業の流動性(健全性)を検証することができる。エコノミック・キャピ タルを自己資本で割った値(以下,Leverage Indexという)が 1 より 小さければ,現実の自己資本はエコノミック・キャピタルより大きく,その 企業は健全な財務構造を有している。逆にLeverage Indexが 1 より大

図表3 財務状況が健全な Leverage Index

(出所)筆者作成。

(10)

きければ,エコノミック・キャピタルに見合う自己資本を備えておらず企業 の財務構造は脆弱であると言える。

図表3はLeverage Indexが 1 より小さい例である。自己資本がエコ ノミック・キャピタルより大きく,企業の財務構造は健全な状態にある。

⑵ 損害保険会社のエコノミック・キャピタル

損害保険会社はオペレーションとファイナンスが複雑に絡み合っており,

また保有資産の多くは金融資産である。そのためエコノミック・キャピタル の算定にあたり,資産のリスク度を逐一計算しなければならない。しかしな がら,損害保険会社が保有する資産の詳細は各社マターであり外部から評価 するのは難しい。さらに保険には自己資本と保険負債のトレードオフという 特有の問題が存在する。したがって,EVAからエコノミック・キャピタル を算出する方法を試みる。

図表4はEVA とECMの関係を表したものである。EVAは貸借対照表 の貸方からアプローチする手法で,NOPATが営業のために使われている 自己資本コストと有利子負債コストとの合計額をどの程度上回っているかを 算出する。これに対し,ECM は貸借対照表の借方からアプローチする手法 で,資産のリスク度を計算し,資産保有に必要なエコノミック・キャピタル を算出する。

損害保険会社のエコノミック・キャピタルはEVAからアプローチするこ とにより分析可能である。具体的には,損害保険会社の過去の実績値をベー スにEVAが 0(ゼロ) になるROE(以下, 限界ROE という)を算 出し,当期利益(純利益)を 限界ROE で除すれば最低必要資本,すな わちエコノミック・キャピタルを求めることができる。ここでいう最低必要 資本は,収益性の観点から言えば株主価値を喪失させない最低限の自己資本 であり,流動性(健全性)の観点から言えば非常時の損失に備えるための自 己資本である。エコノミック・キャピタルがRisk Capitalとも呼ばれる理由 はここにある。

(11)

Ⅳ.分析結果及び考察

1.業界全体の EVAの推移

図表5は自由化以降の損害保険業界全体のEVAの推移を表したものであ 図表4 EVAと ECM の関係

(出所)岩瀬(2010)49頁を基に筆者作成。

図表5 損害保険業界全体の EVAの推移(単位:百万円)

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

(12)

る。

検証期間全体を通して言えることは,日本の損害保険会社のEVAは総じ てマイナスであり,日本経済の停滞に加え,超低金利政策の維持により,株 主が期待するだけの利益を挙げることができなかったことが分かる。

年度別に見ると,1996年度以降2001年度までは低下の一途を辿っている。

これはリスク補償の範囲を拡大するために異常危険準備金の積み増しを行っ たことによる自己資本コストの上昇が主な要因である。その後,EVAは2002 年度に回復し2003年度は上昇している。これは収益面では,収入保険料の伸 びの回復,営業費及び一般管理費の削減のほか,減損会計対応上の株式含み 損の損切りが一段落し,資産運用費用が低減したことが主な要因である。他 方,資本コスト面では,異常危険準備金の増加に伴う自己資本コストの上昇 が見られたものの,リスクフリーレートの低下により自己資本コスト率が減 少したため,トータルとして自己資本コストの上昇が抑えられたことが主な 要因である。

2004年度以降,EVAは一進一退(マイナスとプラス)を繰り返し,2008 年度は先のリーマンショックによる保有株式の下落により急落している。

2009年度および2010年度は資産運用費用の低減や営業費及び一般管理費の削 減などから回復の兆しを見せていたが,2011年度は東北大震災による保険金 支払が増加しEVAは再び急落している。その後,2012年度は料率改定に伴 う増収により回復の傾向が見られ,2013年度は自己資本と異常危険準備金の 積み増しに伴う自己資本コストの増加があったものの,保険料の増収に加え アベノミクスによる資産運用収益の好調によりEVAはプラスに転じている。

2.損保3大ホールディングスの分析

2001年度から2012年度迄を検証期間とし,3大ホールディングスの分析を 行う。

(13)

⑴ 統合効果

3大ホールディングスの統合効果は統合前後のEVAの推移を見れば分か る。図表6は3大ホールディングスの統合前後のEVAを比較したものであ る。

平均EVAは各ホールディングスの実勢値,理論EVAは3グループの合 計値に各ホールディングスの自己資本割合を掛けた値を表している。 平均 EVA−理論EVA がプラスの場合,当該ホールディングスは3大ホールデ ィングスの平均水準よりも高い価値を示し,逆にマイナスの場合は平均水準 より低い価値を示していることになる。

3大ホールディングスとの比較において,東京海上ホールディングスは統 合により33,684百万円の価値を創造している。しかしながら,MS& ADホ ールディングスは▲7,663百万円,損保ジャパン日本興亜ホールディングス は▲26,021百万円であり,それぞれ価値を喪失している。MS& ADホール

図表6 損保3大ホールディングスの統合効果(単位:百万円)

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

統 合 前 会社名

東京海上日動 日新火災 三井住友 あいおいND 損保ジャパン 日本興亜

合計

統 合 後 HDグループ

東京海上 MS&AD 損ジャ日本興亜

合計

平均EVA

‑19,519

‑5,997

‑33,994

‑33,990

‑36,046

‑28,770

‑158,316

平均EVA

‑25,516

‑67,984

‑64,816

‑158,316

自己資本割合(%) 35.5 1.9 23.9 14.2 15.0 9.5 100.0

自己資本割合(%) 37.4 38.1 24.5 100.0

理論EVA⑵

‑56,273

‑2,927

‑37,788

‑22,533

‑23,719

‑15,076

‑158,316

理論EVA⑵

‑59,200

‑60,321

‑38,795

‑158,316

EVAの増減(⑴−⑵) 36,754

‑3,070 3,794

‑11,457

‑12,327

‑13,694 0

EVAの増減(⑴−⑵) 33,684

‑7,663

‑26,021 0

(14)

ディングスについては三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保との機能別 再編を機に,損保ジャパン日本興亜ホールディングスについては損保ジャパ ンと日本興亜との合併を機にEVAの向上が課題である。

⑵ エコノミック・キャピタルと自己資本の比較

図表7は2001年度から2012年度までの3大ホールディングスの 限界

図表7 損保3大ホールディングスの限界 ROE

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

会 社 名 限界ROE(EVA=±0)

4.8%

5.0%

1.2%

2.9%

3.5%

2.0%

1.9%

2.3%

1.1%

3.4%

東京海上(HD)

MS&AD(HD)

損ジャ日興(HD)

ホールディングスの平均 東京海上日動

日新火災

三井住友海上

あいおいニッセイ同和

損保ジャパン 日本興亜

(15)

ROE を示したものである。 限界ROE とは先に述べたとおり,保険会 社の経営者が主体的に設定するROE(以下, 目標ROE という)を変数 とした場合にEVAが 0(ゼロ) になる値である。 限界ROE を求め ることができれば,当期利益(純利益)を 限界ROE で除することによ り最低必要資本,すなわちエコノミック・キャピタルを算出することができ る。

損害保険会社の財務の流動性(健全性)はLeverage Indexにより分析す ることができる。図表8は 限界ROE から求めた損保3大ホールディン グスのLeverage Indexの平均値,図表9はLeverage Indexの推移を表し ている。

図表8 損保3大ホールディングスの Leverage Indexの平均値 ホールディングス名

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

エコノミック・キャピタル 自己資本 Leverage Index 東京海上 1,746,628 2,417,107 0.72

MS&AD 2,553,439 2,279,521 1.12

損保ジャパン日本興亜 3,097,559 1,594,768 1.94

図表9 損保3大ホールディングスの Leverage Indexの推移

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

(16)

現実の自己資本がエコノミック・キャピタルを超えている場合はLever- age Indexが 1 を下回り,当該保険会社は健全な財務構造を有している。

逆に現実の自己資本がエコノミック・キャピタルより少ない場合はLever- age Indexが 1 を上回り,当該保険会社の財務構造は脆弱であるといえ る。尚,損害保険会社に限らず,日本企業の多くはエコノミック・キャピタ ルが自己資本を上回っており,通常Leverage Indexは 1 を上回る。こ れはバブル期にリスク度の高い資産(不動産,土地,株式など)に投資した ことにより資産が不良化し,業績悪化を防ぐために不良債権の償却が行われ,

自己資本が低下しているからである。

分析の結果,東京海上ホールディングスはLeverage Indexが 1 を下 回っており健全な財務構造を有している。またMS& SDホールディングス についてもLeverage Indexが 1 を上回る年度があるものの,概ね 1 を下回っており財務構造は健全である。しかしながら,損保ジャパン日本興 亜ホールディングスについては2010年度を除き,Leverage Indexは恒常的 に 1 を上回っている。これは自己資本及び異常危険準備金が不足してい る,あるいはエコノミック・キャピタルが高すぎることが考えられる。エコ ノミック・キャピタルが高い,すなわち 限界ROE が低いのはEVAの 増加が少ないためである。損保ジャパンと日本興亜は合併を機に,EVAの 向上を図り,エコノミック・キャピタルを低下させる必要がある。

⑶ 投資戦略

ホールディングスにとって投資戦略は単に資産運用だけでなく,経営統 合・機能別再編を考える上でも重要である。3大ホールディングスの投資戦 略はEVAと 変形EVA を比較することにより分析することができる。

図表10は3大ホールディングスの投資戦略によるEVAの増減を示したも のである。3大ホールディングスとも投資によりEVAを向上させているが,

個別に見た場合,東京海上日動は投資によるEVAの増加が全体の65.66%

12) EVAから投資による収益及び費用を控除したもの。

(17)

を占めているのに対し,三井住友海上,あいおいニッセイ同和,および日本 興亜についてはEVAの増加は限定的である。また,損保ジャパンおよび日 新火災はEVAが減少している。総じて言えば,東京海上日動以外の損保は 投資戦略に関し一段の見直しが必要である。

⑷ NOPAT(Net Operating Profit After Tax:税引後営業利益)

図表11は3大ホールディングの収入及び費用の各項目がNOPATに与え る影響を示したものである。収入および費用の各項目の相関係数に強弱が見 られるものの,収入の部における項目はプラス,費用に関する項目はマイナ スが基本である。

分析の結果,収入の部についてはすべての項目がプラスの相関を示してい るのに対し,費用の部については一部齟齬が見られる。損保ジャパン,日本 興亜,あいおいニッセイ同和については諸手数料及び集金費,日本興亜につ いては営業費及び一般管理費の見直しが必要である。

図表10 損保3大ホールディングスの投資戦略による EVAの増減 会 社 名

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

東京海上(HD)

東京海上日動 日新火災 MS&AD(HD)

三井住友海上 あいおいニッセイ同和 損保ジャパン日本興亜(HD)

損保ジャパン

日本興亜 ‑345,241 ‑373,099 27,858 7.47

‑432,552 ‑423,912 ‑8,640 ‑2.04

‑777,791 ‑797,011 19,220 2.41

‑407,874 ‑408,992 1,118 0.27

‑407,903 ‑478,252 70,322 14.70

‑815,803 ‑887,244 71,441 8.05

‑71,969 ‑63,216 ‑8,753 ‑13.85

‑234,226 ‑682,103 447,877 65.66

‑306,196 ‑745,319 439,123 58.92 EVA累計 変形EVA累計 EVAの増減 割合(%)

(18)

⑸ 有利子負債コスト

図表12は,3大ホールディングの有利子負債コストと,それに影響を与え る各項目の相関関係を表したものである。

NOPATのうち,収入保険料および支払保険金は予測を伴うため自社の 努力だけで実現できるものではない。これに対し,有利子負債コストの削減 は確実にEVAを向上させることができる。例えば,積立保険の利子相当額 は有利子負債コストに占める割合が高いため(92.2%) ,積立保険の販売 を停止するという思い切った営業戦略が考えられる。また,退職給付引当金

13) 2001年度から2012年度までの業界平均値。

図表12 損保3大ホールディンスの EVAと有利子負債コストの相関関係

会社名 項目

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

検証期間は2001年度〜2012年度,数字はピアソン相関係数。

東海 日動

日新 火災

東京 海上

損保 ジャパン

日本 興亜

ジャ 日興

三井 住友

あい おい

MS  AD 予定利子(積立保険) 0.20 0.15 0.19 0.05 0.28 0.16 0.56 0.53 0.56 退職給付引当金 0.12 ‑0.21 0.12 0.44 0.51 0.58 0.35 0.45 0.36 税引後有利子負債 コスト 0.16 0.15 0.15 ‑0.16 0.29 ‑0.20 0.52 0.53 0.54 0.96 0.97 0.96 0.95 0.90 0.97 0.87

0.97 0.86 NOPAT

‑0.84

‑0.73

‑0.85

‑0.73

‑0.55

‑0.74

‑0.69

‑0.86

‑0.65 費用の合計

0.01 0.12 0.15 0.30 0.48

‑0.04 0.04

‑0.16 0.07 営業費及び一般管理費

‑0.38

‑0.26

‑0.21

‑0.49

‑0.48

‑0.58

‑0.42

‑0.61

‑0.40 資産運用費用

0.26 0.58

‑0.21 0.58 0.49 0.40

‑0.13 0.24

‑0.14 諸手数料及び集金費

‑0.62

‑0.10

‑0.65

‑0.45

‑0.20

‑0.49

‑0.26

‑0.19

‑0.26 損害調査費

‑0.73

‑0.71

‑0.73

‑0.40

‑0.43

‑0.42

‑0.43

‑0.37

‑0.42 正味支払保険金

0.61 0.64 0.49 0.88 0.70 0.82 0.71

0.53 0.71 収益の合計

0.28 0.14 0.29 0.44 0.47 0.38 0.03

0.04 0.03 有価証券売却益

0.28 0.13 0.38 0.26 0.21 0.22 0.09

0.13 0.11 利息及び配当金収入

0.53 0.73 0.33 0.84 0.63 0.78 0.66

0.51 0.65 正味収入保険料

MS  AD あい おい 三井 住友 損ジャ

日興 日本 興亜 損保 ジャパン 東京

海上 日新 火災 東海 日動

(出所)インシュアランス損害保険統計号を基に筆者作成。

(注)検証期間は2001年度〜2012年度,数字はピアソン相関係数。

会社名 項目

図表11 損保3大ホールディンスの NOPAT に影響を与える項目

(19)

の見直しを含む新しい人事給与制度の構築も視野に入れる必要がある。

⑹ 自己資本コスト

日本の損害保険会社は経営指標としてROEあるいは 修正ROE を用 いることが多い。たしかにROEは財務分析の結果を見るツールとしては優 れている。しかしながら,ROEを経営指標として採用することは間違って いる。ROEには,資産リスクおよびエコノミック・キャピタルの観点が欠 落している。もちろん,健全な財務内容や自己資本コストという視点もない。

さらにROEは比率指標であるため縮小均衡に繋がりやすい,累計評価がで きない等,様々な欠点が見られる。

また留意すべきは,経営者は概して 目標ROE を自己資本コスト率よ りも高く設定する傾向があるということである。経営者はすべての事業分野 において自己資本コストを確保するように努め,ある事業が突出して高い収 益率を有していれば,他の事業もそれに引っ張られる形で高い目標を掲げる。

その結果,全事業平均の 目標ROE は自己資本コスト率を上回る。逆に 資本が少ない場合,経営者は収益性のある事業であっても資本を充分持って いないため,その事業を断念することがある。つまり収益が確実に顕在化す る事業にのみ投下することになり潜在的成長性のある事業を犠牲にする。そ の結果, 目標ROE の全事業平均は自己資本コスト率を上回る。

さらに株主を意識した経営者のパフォーマンスとも関係がある。経営者が 自己資本コスト率をはるかに超えるROEを常に達成している場合,株主か ら期待される時価総額は簿価を上回る。反面,自己資本コスト率を超える ROEを達成できない経営者は時価総額が簿価を下回るため,リスクを高め に設定して経営を続けなければならない。しかしながら常に過剰なまでに高

14) 修正利益を修正資本で割ったものをいう。修正利益=当期純利益+異常危険 準備金等繰入額+価格変動準備金繰入額−ALM債券・金利スワップ取引に関 する売却・評価損益−保有株式・不動産等に対する売却損益・評価損−その他 特別損益・評価性引当金。修正資本=資本+異常危険準備金+価格変動準備金

(20)

い 目標ROE を設定することは弊害をもたらす。なぜならば,経営者が 株主とコミットした高い 目標ROE を満たすために,よりリスクの高い 事業に踏み込めば,株主はさらに高い 目標ROE を求めることになり,

結果として株価の上昇には期待が持てなくなるからである。

Ⅴ.おわりに

本稿では,資本規制に係わる国際環境が変化する中,損保3大ホールディ ングスのエコノミック・キャピタルを財務的観点から分析した。分析にあた り,収益性についてはEVAを用い,流動性(健全性)についてはECMを 利用した。総じて言えば,日本の損害保険会社は自己資本が不足している,

あるいはエコノミック・キャピタルが高いことが考えられる。

ホールディングス形態は資本の有効活用がより重要になる。例えば,

IFRS(International Financial Reporting Standards:国際財務報告基準) はエコノミック・キャピタルに大きな影響を与える。従来の会計基準におけ る利益は収益と費用の差であったが,IFRSにおける最終利益は当期の純資 産の増加額,いわゆる包括利益(Comprehensive Income)であり,収益と 費用の差ではない。さらに,バーゼル規制改革は2013年から段階的に実施さ れており,これまでは自己資本の定義や算入要件を見直した自己資本比率計 算上の 分子(Capital)の議論 であったが,2014年12月にバーゼル銀行 監督委員会から示された一連の市中協議文書は,いずれもリスク捕捉の強化 を目指す 分母(Risk-weighted assets)の議論 に移り,現在最終ステー ジを迎えている。

こうした大きな変化が保険会社のエコノミック・キャピタルにどのような 影響を及ぼすかについて研究を深めなければならない。損害保険会社は従来 の単なる結果指標であるROEではなく,例えば純利益から自己資本コスト を控除したEVAをECMに応用するなど,新たな経営指標をバリュードラ イバー として導入し,収益性と流動性(健全性)を維持・向上させる必 15) 経営におけるバリュー(価値)を運ぶ役割を果たす指標をいう。バリュード

(21)

要がある。

*本研究は,財団法人かんぽ財団平成26年度の助成による成果である。

(筆者は帝京大学大学院経済学研究科教授)

参考 献

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財務省ホームページ(2014) 国債応募者利回りの推移

http://www.pmasiicp.jp/data bank/tabid/75/Default.aspx(2015年2月1日 抽出)

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野村総合研究所IFRSタスクフォース(2010) 金融機関のIFRS対応 金融財政 事情研究会。

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ロバート・C・ヒギンズ(2015) ファイナンシャル・マネジメント(改訂3版) (グロービス経営大学院訳)ダイヤモンド社。

Edwards, Davis(2014)Risk Management in Practice:A  Practical. Guide to Measurement and  Quantitative Tool, Wiley. 

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De Weert, Frans(2011)Bank and  Insurance capital Management, Wiley.

ライバーは経営者にとっての指標であるが社員のそれとは異なる。社員が部分 的に経営に貢献できる指標はKPI(Key Performance Indicator)という。

参照

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