• 検索結果がありません。

名誉畏損罪における事実の証明

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "名誉畏損罪における事実の証明"

Copied!
70
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)違法阻却事由説. 藤木説 鈴木説. 村. 一〇五. 稔. 名誉畏損罪における事実の証明. はじめに. 1違法阻却事由と処罰阻却事由との併存説ー. 一. 一元的に把握する説. 構成要件該当性阻却事由説. 処罰阻却事由説. 二. ⇔. e. ㊧ e. 三 二元的に把握する説. ㊧. ⇔平野説. e総説. 私見の展開. 画平川説 四. ⇔ 処罰阻却事由 名誉殿損罪における事実の証明. 野.

(2) 説︵野村︶. 違法阻却事由. め. おわりに. ㊨判例の検討. ㊧. 五. じ. に. ︵1︶. 一〇六. 名誉段損罪については︑かつては︑たとえ正当な目的のために真実なる事実を摘示した場合であっても︑刑法. は. ところで︑真実を摘示されることによって段損されるのは虚名であるが︑虚名といえども人が社会生活を営む上で. れぞれ存在するものとされている︒. 員又ハ公選二依ル公務員ノ候補者二関スル事実二係ルトキ﹂︵同条三項︶は︑事実の公共性と目的の公益性の要件がそ. 訴ノ提起セラレサル人ノ犯罪行為二関スル事実﹂︵同条二項︶であるときは︑事実の公共性の要件が︑さらに︑﹁公務. ハ﹂︵真実性の証明︶︑﹁之ヲ罰セス﹂とされることになった︵同法≡二〇条ノニ第一項︶︒そして︑摘示事実が︑﹁未タ公. ニ出タルモノ﹂︵目的の公益性︶と認めるときは︑第三に︑﹁事実ノ真否ヲ判断シ真実ナルコトノ証明アリタルトキ. が︑その摘示行為が︑第一に︑﹁公共ノ利害二関スル事実二係り﹂︵事実の公共性︶︑第二に︑﹁其目的専ラ公益ヲ図ル. ある︒すなわち︑名誉殿損罪は︑死者に対する場合を除いて︑﹁其事実ノ有無ヲ問ハス﹂に成立する︵刑法壬二〇条一項︶. ︵2︶. になり︑刑法の一部改正︵昭和二二年法律一二四号︶によって︑事実証明の規定が新たに設けられることになったので. 上処罰を免れることはなかった︒ところが︑戦後︑新憲法の制定に伴い︑言論の自由︵憲塗二条︶が尊重されること. 漏. 論.

(3) ︵3︶ 享有する社会的評価として︑一つの利益である以上︑これを保護する必要があるのである︒しかし︑虚名の保護もそ. れによって得られる利益よりも大なる利益の前には後退せざるをえない︵優越的利益保護の原則︶︒すなわち︑公共. の事実については︑その実態を明らかにし広く国民の批判の対象に委ねるところに民主主義社会の発展の原動力があ ︵4︶ るのであり︑この利益の前には︑人が社会生活上享有する虚名の保護も後退せざるをえないのである︒この事実証明. の規定は︑このように︑名誉の保護と言論の自由の保障という二つの法益保護の要請の調整原理を規定したものであ. さて︑この規定については︑実体法上および訴訟法上の多くの解決困難な問題が存在するが︑とりわけ︑合理. って︑正当な言論の保障の前には名誉の保護が虚名剥奪の線まで後退することをみとめたものである︒. 二. 的な根拠に基づく真実性の誤信の取り扱いをめぐって︑﹁之ヲ罰セス﹂とすることの法的性質が問題とされてきた︒. すなわち︑後述するように︑これを処罰阻却事由を規定したものと理解する見解は︑一切この真実性の誤信を考慮せ. ず︑違法阻却事由を規定したものと解する見解は︑何を阻却事由とするかおよび違法阻却事由の錯誤の処理をめぐ. って真実性の誤信の取り扱いにも種々見解が分れることとなり︑そして︑構成要件該当性阻却事由を規定したものと ︵5︶ 解する見解は︑合理的な根拠による真実性の誤信については故意を阻却する︑とする︒. このように︑学説上は真実性の誤信の取り扱いについては見解が種々対立することになったが︑実務上は︑かつて. は処罰阻却事由説に立って︑真実性の誤信を一切考慮せずとしていた︑とされた︵最判昭和三四年五月七日刑集一三巻五. 号六四一頁︶が︑昭和四四年六月二五日の大法廷判決︵刑集二三巻七号九七五頁︶が︑これを変更し︑真実性の誤信につ. 一〇七. き︑﹁確実な資料︑根拠に照らし相当な理由﹂があるときは犯罪の故意がなく︑名誉殿損罪は成立しないと判示し 名誉殿損罪における事実の証明.

(4) 論. 説︵野村︶. て︑この問題は実務上は一応の結着をみるにいたった︒ ︵6︶. 一〇八. ところが︑この大法廷判決の理論的説明については︑その﹁新解釈が条文の文言と親和せずまことに苦しい説明に. なっている﹂との指摘にあるように︑必ずしも明らかでない部分があり︑各学説とも我田引水的な理由づけを行って. きた感があるのである︒しかも︑最近︑従来のように︑真実性の証明について一定の立場をとり︑その立場の延長線. 上で︑具体的には故意論︑錯誤論で処理してきた︑一元的把握ともいうべき考え方ではなく︑真実性の証明の法的性. 質の理解とは別の観点から独自に真実性の誤信を考えようとする二元的把握とでも称しうる考え方があらわれ︑さら ︵7︶ にこれに関連して︑前述の大法廷判決は必ずしも処罰阻却事由説を放棄したものではない︑とする指摘もあり︑前述 の二つの最高裁判例の関係も新たに再検討しなければならない状況になってきたのである︒. このように︑事実証明についてはいまだ理論的解決が十全になされているとはいえず︑右に述べた新たな問題状況. そこで︑言論の自由と名誉の保護との調和を図ろうとするためには︑その要求されるべき調査義務を尽して事. を踏まえて検討が加えられなければならないといえるであろう︒. 三. 実を摘示した場合には︑たとえ事後的に真実性の証明ができなくても︵より正確には︑真実性の証明の有無にかかわ. らず︶名誉殿損罪の成立を否定する一方︑軽率に事実を摘示した場合には︑名誉段損罪の成立を肯定し︑事後に真実. 性の証明に成功すれば処罰を免れる途を考えるべきである︒これまでは︑必ずしも後者の問題はあまり意識されず︑. むしろ前者の問題にその議論が集中されてきたといってよい︒しかし︑事実証明制度を解明する上においても︑ま. た︑名誉の保護と言論の自由の保障との妥当な調和を図る上においても︑事実摘示のさいに調査義務を尽したかどう.

(5) かということと︑公判廷で真実性の証明がなされたかどうかということは必ずしも一致するものではなく︑むしろ別. 個のものと考える必要がある︒そのためには︑違法性を行為自体の違法性と結果の違法性とに分けて︑したがって︑ ︵8︶. 違法阻却事由を考えるについても︑行為自体の違法性を阻却する事由と結果の違法性を阻却する事由とに分けて事を 論じる必要があるのではなかろうか︒. 以下には︑このような観点の下に︑事実証明の規定について若干の考察をすることにする︒. ぎなかった︒なお︑小野清一郎・刑法に於ける名誉の保護︵初版昭和九年︑再版昭和三一年︶五〇九頁以下︑とくに︑五一. ︵1︶ これまでは︑出版物または新聞紙の掲載事項については︑私行にわたるものを除き︑悪意に出でず︑もっぱら公益のため にするものと認められるものについて︑旧出版法三一条︑旧新聞紙法四五条の規定により事実の証明が認められていたにす. 小野・前掲論文一四五頁︑中野・前掲論文八二八頁︒. 一四四−一四五頁︑中野﹁名誉に対する罪﹂刑事法. 明﹂同・刑事法判決批評第一巻︵昭和二一年︶三三四−三三五頁︶もあった︒. 八頁は︑一般の場合にもこれらの規定の類推適用をみとめていたが︑反対の見解︵瀧川幸辰﹁名誉殿損罪における事実の証 中野次雄・逐条改正刑法の研究︵昭和二三年︶一六五頁以下参照︒. ︵3︶ 小野﹁名誉と法律﹂同・刑罰の本質について・その他︵昭和三〇年︶. ︵2︶. ︵4︶. これらの学説については︑福田平・注釈刑法︵団藤重光編集︶⑤︵昭和四三年︶三七五頁以下︑同・補巻ω︵昭和四九年︶二. 講座四巻︵昭和二七年︶八一七ー八一八頁︒ ︵5︶. 一六八頁︒. 二八頁以下︑同﹁名誉殿損罪における事実の真実性に関する錯誤﹂ジュリスト四三二号︵昭和四四年︶一〇四頁以下が詳しい︒ ︵6︶ 田宮裕・法学教室く第二期V2︵昭和四八年︶. 一〇九. 四年︶八四頁︑同﹁名誉鍛損の摘示事実を真実と誤認したことにつき相当の理由がないとされた事例﹂判例タイムズニ七七. ︵7︶ 内田文昭﹁事実を真実と誤信したことにつぎ相当の理由がある場合と名誉穀損罪の成否﹂判例タイムズニ三九号︵昭和四. 号︵昭和四七年︶六八頁︒. 名誉殿損罪における事実の証明.

(6) 論. 説︵野村︶. 一一〇. このような立場に立って︑正当防衛の規定︵刑法三六条︶の適用を論じたものとして︑野村﹁防衛の意思と攻撃の意思と. が併存している場合と刑法三六条の防衛行為﹂判例タイムズ三三四号︵昭和五一年︶九四頁以下がある︒なお︑行為自体の. ︵8︶. 一. 違法性と結果の違法性の内容と関係については︑﹁未遂犯の違法性﹂と題し︑別稿を予定している︒さしあたって︑野村﹁保. 宮澤編・現代刑法講座三巻所収予定を. 護責任者遺棄罪﹂︑﹁ひき逃げの罪﹂︑﹁脅迫罪﹂西原H藤木H森下編・刑法学4︵昭和五二年︶七七頁以下︑九〇頁以下︑. 一元的に把握する説. 〇二頁以下︑同・﹁実行の着手i折衷説の検討を中心としてi﹂中山睦西原旺藤木 参照されたい︒. 二. 幽 処罰阻却事由説 ︵ 一 処罰阻却事由説は︑名誉殿損罪はその摘示事実の真否を問わず成立し︑ただ︑真実性の証明があったことを条件 ︵1︶. ︵2︶. として処罰を阻却するとするものであり︑事実の真実性は犯罪成立要件の外部に存在するものであり︑故意の対象と. はならず︑その誤信は何ら犯罪の成否に影響しないとする︒この立場は︑立法当時の政府の見解であり︑外観上の名 ︵3︶. 誉を保護し摘示事実の真否を問わず名誉殿損罪が成立するとして︑事実の証明があった場合にはじめてこれを罰せず. とする法文に忠実であること︑真実性の証明については被告人に挙証責任があると解されているところ︑これを構成. 要件該当性阻却事由︑または違法阻却事由と考えると︑これが証明されなかったときは︑犯罪の成否不明であるにも ︵4︶. かかわらず被告人は処罰されることになってしまい︑﹁疑わしきは被告人の利益に﹂の原則に反することになるが︑. 処罰阻却事由と解すればこの原則と調和すること︑または︑真実性の証明がなければ︑たとえ相当な理由によって真.

(7) ︵5 ︶. 実性を誤借していたとしても︑処罰を免れることばできず︑公益目的に名を借りた無責任な名誉段損行為の横行を抑. 止することができる︑などの理由から唱えられている︒ ︵6︶ しかしながら︑犯罪の成立を阻却しない事由が何故に処罰を阻却するのかその理由が明らかでないこと︑西ド. 二. イッ刑法のように広く真実性の証明を肯定するならばともかくとして︑我が国のように︑事実の公共性と目的の公益. 性を要件とする場合に︑なお違法であって犯罪の成立を肯定するのは本質的な誤りをおかすものであって︑そもそも ︵7︶ 刑法二三〇条ノニの規定の立法趣旨をないがしろにするものであること︑真実性の証明を処罰阻却事由と解したとし. ても︑結局︑真実性の証明が出来なかった場合には︑有罪か無罪か不明なのに被告人を処罰することになり︑﹁疑わ. しきは被告人の利益に﹂の原則との関係では︑たんに犯罪の成立要件か︑それ以外の事由に関係するかのちがいであ ︵8︶ り︑十分に右の原則と調和しているとはいいがたいこと︑法文に忠実であるというならばむしろ︑﹁之ヲ罰セス﹂とい ︵9︶ うのは通常︑犯罪不成立の意味に用いられていること︑合理的根拠に基づいて真実と信じて行った行為についてもな. お真実性の証明がないかぎり処罰するというのでは︑国民の調査能力︑訴訟技術上の問題などを考えると︑正当なる ︵10︶. 言論といえども︑常に名誉殼損罪による処罰の危険と同居することになり︑あまりにも言論の自由を軽視することに. ところで︑これらの批判のうち重要なのは︑処罰阻却事由説が犯罪の成立を肯定し︑またはそれによって真実. なってしまうこと︑などの批判がこの処罰阻却事由説に向けられている︒. 三. 一一一. 性の誤信を一切考慮しないという批判である︒この意味で︑これらの批判を回避しようとする所説を検討する必要が あろう︒. 名誉殿損罪における事実の証明.

(8) 論. 説︵野村︶. 一一二. 第一に︑事実の公共性は結果不法の意味での違法性︑目的の公益性が行為不法の意味での違法性を︑それぞれ減弱. させ︑この両者があいまって仮定的に犯罪の成立を阻却し︵違法阻却事由︶︑真実性の証明は︑手続法上の要件とし ︵11︶. て︑仮定的な犯罪不成立を﹁ダメ押し﹂するのであって︑その有無は客観的に決定され︑これがない場合には︑情状 論だけがのこる︑とする西村克彦教授の所説である︒. しかし︑刑法≡二〇条ノニは正当な言論の前には名誉の保護は虚名の剥奪の線まで後退することをみとめたもので ︵12︶. あって︑事実の公共性と目的の公益性のみで仮定的にせよ違法性を阻却し︑犯罪の成立を否定するのは︑右の法文の. 趣旨に反し︑妥当でなく︑あまりにも言論の自由の保障に傾きすぎた主張であり︑他方︑真実性の証明をたんに仮定. 的な犯罪の不成立を確認する︑論者のいわゆる無罪確認条件として︑これがないかぎり常に処罰を免れないというの. ではあまりにも名誉の保護に傾きすぎた主張であり︑その説くところの内部において言論の自由の保障と名誉の保護 との均衡の点で矛盾しているといえよう︒. 第二に︑客観的処罰阻却事由に関する錯誤も故意を阻却するとする所説である︒すなわち︑客観的処罰条件には故. 意は及ぶ必要がないとされているが︑現実の行為者が︑ある事実を認識・表象するにあたって︑構成要件該当事実と. 処罰条件たる事実とを明確に区別しているとは考えられず︑現実には故意が及ぶ場合があり︑﹁やや独断的ではある. が︑一般論として︑処罰条件に関する錯誤も故意を阻却しうるのではなかろうか﹂︵六八頁︶とし︑﹁﹃不真実﹄を処 ︵13︶. 罰条件となし︑その錯誤も故意に影響を及ぼすものと考え︑違法性の意識の欠如すなわち法律の錯誤としてとら. え﹂︵六八頁︶るとする︑内田文昭教授の所説や︑真実性の証明は違法性に強く関連した処罰阻却事由であって故意の.

(9) 対象となり︑処罰阻却事由は真実性の証明であるが︑行為時に認識すべきものとしては︑将来の事柄に属するから︑. ﹁故意の内容として認識すべきことは真実の証明をうる可能性﹂︵一三七頁︶であって︑それを誤信した場合︑換言 ︵14︶. すれば事実の真実性の錯誤があった場合にはそれによって行為者が違法性の意識を欠き︑それが無理もないと考えら. れるほどに相当な理由があった場合には故意を阻却する︑とする山火正則助教授の所説である︒ ︵15︶. これらはいずれも︑従来の処罰条件に対する理解とはことなり︑その錯誤も法律の錯誤として故意を阻却する. 場合のあることを認める︵制限故意説︶ものである︒しかし︑真実性の証明を処罰条件と考え︑それは構成要件に該 ︵16︶. 当し︑違法︑有責である行為についてもなお機能するとし︑これとは別に名誉段損行為の故意行為を問題にして︑そ. こで善意の真実性の誤信を論じることができるとする正しい方向にありながら︑何故に真実性の証明が処罰阻却事由. であるのかを明らかにしえず︑したがって︑前段で述べたように行為自体の違法性を阻却する事由を考えることに至. 以上に考察したように︑これらの所説はいずれも前述の処罰阻却事由説に対する批判を回避するために十分成. らず︑前述したような︑必ずしも説得的でない理由によって︑処罰条件も故意の対象となり︑その錯誤も故意を阻 ︵17︶ 却する場合があることをみとめるという考えに逃げこんだところに間題があるといわざるをえない︒ 四. 功したとはいえないのである︒むしろ︑処罰阻却事由説において︑犯罪の成立を肯定し︑真実性の誤信を考慮しない. ︵18︶. という点を積極的に評価する必要があるのではないだろうか︒すなわち︑名誉殿損罪は挙動犯として危険犯であるが. 故に︑行為自体の違法性を処罰するものであるところ︑真実性の証明自体は結果の違法性を阻却するものであるか. 一二二. ら︑名誉穀損罪の違法阻却事由としての機能を果しえず︑処罰阻却事由として機能するにすぎないのであり︑したが 名誉殿損罪における事実の証明.

(10) 論. 説︵野村︶. 一一四. って︑真実性の誤信の問題は名誉段損の行為自体の違法性を阻却する事由を別途に考えてその錯誤の取り扱いの中で. 論じるべきである︒かように考えるならば︑処罰阻却事由説の本来的な機能領域は︑たとえ軽率に事実を真実と信じ. て摘示し︑違法・有責な行為とされ︑名誉段損罪の成立が肯定されても︑事後に真実性証明に成功すれば処罰は免れ. るとするところにあるといえるであろう︒このように考えてはじめて︑法文の文言に忠実であり︑挙証責任との関係. 青柳文雄・刑法通論五各論︵昭和三八年︶四一五頁︑同﹁名誉殿損罪﹂刑法基本問題37講︵昭和三八年︶三六一ー三六二. でも妥当な帰結をもたらすという処罰阻却事由説の長所を生かすことがでぎると考える︒ ︵1︶. 平野龍一﹁刑事訴訟における推定﹂法学協会雑誌七四巻三号︵昭和三二年︶二五一頁︑同・刑事訴訟法︵昭和三三年︶. 一九. 頁︑植松正﹁名誉に対する罪﹂刑法講座五巻︵昭和三九年︶二六八頁︑同・再訂刑法概論皿各論︵昭和五〇年︶三四〇頁︑. 衆議院司法委員会会議録一九号︵昭和二二年︶二〇五頁︑中野・前掲書一九〇注頁︵四五︶︒なお︑﹁すべての言論に関す. 和三八年︶七五頁︑武安将光﹁名誉殿損罪についての考察﹂ジュリスト三三二号︵昭和四〇年︶六五頁︒. 〇頁注︵五︶︑平場安治﹁挙証責任﹂団藤編・刑事訴訟法︵昭和三七年︶二二〇1二二一頁︑井上正治・刑法学︹各則︺︵昭. ︵2︶. は自然であったといえよう﹂とされている︵鈴木義男﹁名誉殿損罪と真実性の証明−刑事責任と民事責任との間1﹂臼井滋. る一般規定としては最初の試みであったため︑名誉殿損罪の成否に及ぼす影響をなるべく限定する趣旨で立法化されたこと. 植松・前掲論文二六八頁︑同・前掲書三四〇頁︒. 夫ほか・刑法判例研究皿︵昭和四三年︶四一四頁︶︒. 43. ︵5︶. 一〇五頁は被告人に挙証貴任を負担させず︑証拠提出の責任を負担さ 一〇〇頁参照︒. 植松・前掲論文二六八頁︒なお︑青柳・前掲論文三六一i三六二頁︒. せるにすぎない︒なお︑田宮・刑事訴訟法講義案︵昭和四九年︶. かし︑青柳・五訂刑事訴訟法通論下巻︵昭和五一年︶. 平野・前掲論文二五一頁︑同・前掲書一九〇頁注︵五︶︑井上︵正Y前掲書七五頁︑平場・前掲論文ニニOI二二一頁︒し. (( )).

(11) ︵6︶. 中義勝・刑 法 各 論 ︵ 昭 和 五 〇 年 ︶. 一一六i一一七頁︑鈴木茂嗣﹁名誉殿損罪における事実証明﹂中編・論争刑法︵昭和五. ﹃事実の証明﹄ー異論のある刑事判例︵その一︶ー﹂専修法学論集一四号︵昭和四七年︶五九ー六〇頁は︑行為者の認識と. 一年︶三一九頁︑竹内正﹁名誉殿損罪における事実証明﹂前掲論争刑法二九八頁︒もっとも︑平出禾﹁名誉穀損罪における. 中・前掲書一一八頁注②︑竹内・前掲論文二九八頁︒. ︵昭和四六年︶四二頁︑なお︑江家義男・刑法各論︵昭和三八年︶二五三頁︒. 団藤・刑法綱要各論︵昭和四九年︶四二一頁︑福田・前掲論文一〇五頁︑同﹁真実性に関する錯誤﹂マスコミ判例百選. は一応無関係な︑したがってその錯誤が問題にならない違法阻却事由だとする︒ ︵7︶. 98. 西山富夫﹁名誉殿損罪における事実の証明﹂宮沢浩一H大野真義編・判例演習講座刑法皿︵各論︶︵昭和四七年︶二二五. 頁︒. 井上祐司﹁名誉殿損罪における事実の証明﹂平野目福田U大塚編・判例演習︹刑法各論︺︵昭和四四年︶一七三頁︑福田・. 西村﹁刑法第二三〇条ノニの法意﹂同・罪責の構造︵昭和四六年︶二七〇ー二七一頁︑同﹁いわゆる処罰阻却事由につい. ヤ. む. む. む. ち. ヤ. も. このように︑違法性の阻却に真実性は何ら関係ないとされるが︑この点は妥当でない︒また︑この真実性の証明が何故に. てe﹂警察研究四八巻八号︵昭和五二年︶六頁︒. ). 内田. ︵文︶・前掲﹁事実を真実と誤信したことにつき相当の理由がある場合と名誉殿損罪の成否﹂八O頁以下︑同・前掲. ﹁名誉殿損の摘示事実を真実と誤認したことにつき相当の理由がないとされた事例﹂六五頁以下︒なお︑本文引用の頁数は 後者による︒. 山火﹁﹃事実の証明﹄における﹃罰セス﹄の法的性質﹂法学教室︿第二期﹀8︵昭和五〇年︶二二六頁以下︒. ちなみに︑小野博士は︑その理由は明らかでないが︑処罰阻却事由だとしても︑なお真実性の誤信につき︑道義的責任が. 名誉殿損罪における事実の証明. 一一五. 阻却されると解する余地があるとする︵同﹁名誉穀損の罪における公然性ー真実の証明と道義的責任の阻却﹂警察研究三二. ︵5 1︶. ︵14︶. ︵13︶. 無罪を確認する条件となるのであろうか︒疑問である︒. ︵12︶. 前掲注釈刑法⑤三七六頁︑同・前掲﹁真実性に関する錯誤﹂四二頁︒. ︵10︶. (( )) ( 11.

(12) 論説︵野村︶. 内田︵文︶・前掲﹁事実を真実と誤信したことにつき相当の理由がある場合と名誉鍛損罪の成否﹂八一i八二頁︒. 一一六. 鈴木︵茂Y前掲論文三三〇頁注︵30︶は︑実質的には違法阻却事由説の主張にほかならないのではなかろうか︑. 巻四号︵昭和三六年︶九七ー九八頁︶︒ ︵16︶. 小野・前掲﹁名誉と法律﹂一七三頁︒. ︵1︶. とする︒. 二 違法阻却事由説 ︵ 違法阻却事由説は︑訴訟手続上の真実性の証明の成否という︑﹁行為の当時においては容易に予見することの. ︵8 1︶. ︵17︶. 網 ︵2︶. できない将来の事実であるばかりでなく︑予見しがたい訴訟の運命﹂によって︑名誉殿損行為の違法性の阻却を決す. ることは背理的であるとして︑真実性の証明に見合う実体法上の事由として︑事実の真実性︑証明可能な真実性また. は真実の証明可能性︑および証明可能な程度の真実性にそれぞれ違法阻却事由をみとめ︑さらに︑真実性の誤信︑す なわち違法阻却事由の錯誤の処理をめぐる見解の相違によって︑種々分れるのである︒ ︵3︶. ① まず第一に︑違法阻却事由を事実の真実性にもとめる見解である︒そして︑真実性の誤信︑すなわち違法阻却. ︵4︶. 事由の錯誤は事実の錯誤であって︑常に故意を阻却するとする︒この立場においては︑いかに軽率に真実性を誤信し ︵5︶. ても︑常に故意が阻却されることになり︑あまりにも名誉の保護を軽視するものであると批判されている︒したがっ ︵6︶. て︑この批判を回避するために︑違法阻却事由の錯誤を法律の錯誤と解し︑責任説または法律の過失を故意と同一に. 扱うとする立場によって︑真実性の誤信につき相当の理由のあった場合または過失のなかった場合にのみ︑責任また. は故意の阻却をみとめる所説が主張されることになる︒しかし︑この所説に対しても︑そもそも違法阻却事由の錯誤.

(13) を法律の錯誤と解する点︑およびそれについて責任説または法律の過失を故意と同じに扱うという点についても色々 ︵7︶ と疑間が提起されている︒. ところで︑これらの所説が違法阻却事由を事実の真実性にもとめるのは妥当でない︒なぜなら︑刑法二三〇条ノニ. は︑改正刑法仮案四一二条がたんに﹁真実ナルトキハ﹂としているのとことなり︑わざわざ﹁真実ナルコトノ証明ア. リタルトキハ﹂としている文言に反するからである︒さらに︑そもそもたんに真実というものはありえず︑一定の認. ︵9︶. ︵10︶. ︵11︶. 識手段を通して︑その存在する蓋然性が高度にみとめられる場合が真実なのであって︑本条にいわゆる事実証明があ ︵8︶ ったということからすると︑証明という認識手段を前提にして︑真実性を考えるべきであろう︒ ︵12︶. ② そこで︑次に︑証明可能な真実性もしくは真実性の証明可能性または証明可能な程度の真実性を違法阻却事由 とする見解が検討されなければならない︒. 前者は小野博士の所説である︒博士は︑違法阻却事由の錯誤は法律の錯誤で故意を阻却する︵厳格故意説︶とする ︵認︶. 一方︑何らかの客観的根拠によって真実性を証明できると誤信したことがひいては違法性の意識を欠くに至った場合. ︵14︶. に故意が阻却されるとする︒この所説に対しては︑真実性の証明可能性についての誤信を法律の錯誤と解する点に間 ︵15︶. 題があり︑さらには︑客観的根拠によって真実性の証明可能性を誤信しようが︑軽率に証明可能と信じようが︑現実 ︵16︶. ︵17︶. に違法性の意識を欠くに至ったことには変りはないはずであり︑もし変りがあるとすれば︑いわゆる制限故意説にお もむくことになる︑という批判がある︒. 一一七. 後者は大塚教授の所説である︒これは違法阻却事由と解する点を除けば︑後述の構成要件該当性阻却事由説と同じ 名誉殿損罪における事実の証明.

(14) 論. 説︵野村︶. ︵18︶. 一一八. であり︑そこで述べられる批判がここでもあてはまると同時に︑行為者が証明可能な程度の資料・根拠をもって事実 を真実と誤信した場合には︑責任形式としての故意が阻却されるとする点にも問題がある︒. 二 さて︑以上①︑②で考察した違法阻却事由説は︑一部の所説を除き︑真実性の誤信の取り扱いについては︑言. 論の自由の保障と名誉の保護との調和という観点から妥当な結論を導いているといえるが︑他面︑軽率に真実と考え. て摘示行為に及んだ場合でも︑事後に公判廷で真実性の証明に成功すれば︑違法性を阻却することをみとめることと. なり︑妥当とは思われない︒なぜなら︑このような結論をみとめることは︑違法阻却事由説が名誉穀損行為の違法性. の阻却を裁判上の証明の成否にかからせることは背理的であるとした出発点と矛盾するばかりでなく︑言論の自由と. 名誉の保護との真の調和という観点からすると︑あまりにも名誉の保護を軽視するといわざるをえないからである︒. そこで︑かような場合に︑違法性の阻却を否定する見解がなお検討されなければならない︒すなわち︑相当の根拠. をもって真実と信じたことをもって実質的に違法阻却事由とする江家教授の所説である︒教授は︑名誉段損行為の違. 法性が阻却されるためには︑刑法二三〇条ノニに定める客観的要件として︑摘示事実の公共性と真実性︑主観的要件. として︑目的の公益性および客観的要件の認識︑すなわち︑摘示事実が公共の利害に関するものであることの認識と. 相当の根拠をもって真実と信じたことをそれぞれ必要とし︑一方で︑客観的要件についての認識を欠く場合には違法 ︵19︶. 性は阻却されないとし︑他方︑虚偽の事実をたんに真実と信じただけでは足りないが︑相当の根拠をもって信じた場. 合であれば︑行為の違法性が阻却されるとする︒したがって︑この立場は︑結局︑刑法二三〇条ノニの違法阻却事由. を論者のいうところの主観的要件のみに求め︑客観的要件を無視する結果となってしまう︒その結果︑軽率に真実と.

(15) 信じた場合は客観的要件についての認識を欠くので︑事後に公判廷で真実性の証明に成功しても違法性は阻却され ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ず︑処罰を免れることはできない︒しかし︑教授が違法性の阻却を否定するのは妥当であるが︑この場合には︑言論. の自由の保障と名誉の保護との調和を考慮して︑名誉殿損罪の成立はあるが︑その処罰は免れるとしなければならな. これらの違法阻却事由説は︑真実性の誤信の取り扱いについては︑一部の所説を除いて言論の自由の保障と名. いであろう︒. 三. 誉の保護との調和という観点からはほぼ妥当な帰結をもたらすが︑他面︑軽率に真実と信じて摘示行為に及んだ場合. に︑事後に公判廷で真実性の証明に成功した場合には違法性が阻却され︑処罰を免れるか︑またはこれが阻却され. ず︑処罰を免れないということになり︑いずれも妥当とはいえない︒この場合には︑やはり︑名誉殿損罪は成立する. が︑処罰は免れるとしなければならない︒そのためには︑違法阻却事由説が︑真実性の証明自体または江家教授のい. 小野﹁名誉に対する罪﹂日本刑法学会編・刑法演習︹各論︺︵昭和三〇年︶八一頁︒. う客観的要件のもつ機能を︑これまで無視してきたことが間題とされなければならないであろう︒ ︵1︶. 四七年︶二四七i二四八頁︑同・前掲論文三〇五ー三〇六頁︒もっとも︑後述するように︑裁判上の真実性証明自体を違法. ︵2︶ 小野・前掲論文八一頁︑団藤・前掲書四二二頁︑竹内﹁名誉殿損罪㊧ー事実の証明﹂福田H大塚編・演習刑法各論︵昭和 阻却事由と考える見解もある︒. ︵昭和二四年︶六頁︑中野・前掲書一八九ー一九〇頁︑柏木千秋・刑法各論︵昭和四〇年︶四〇七︑四〇九頁︒. ︵3︶ 牧野英一・刑法各論下巻︵昭和二六年︶五〇九︑五二二ー五一四頁︑同﹁名誉殿損と事実証明﹂警察研究二〇巻一一号. 一一九. ︵4︶ 福田・前掲﹁真実性に関する錯誤﹂四三頁︑同・前掲注釈刑法⑤三七七頁︑竹内・前掲﹁名誉殿損罪における事実証明﹂ 三〇六頁︑鈴 木 ︵ 茂 ︶ ・ 前 掲 論 文 三 二 一 頁 ︒. 名誉殿損罪における事実の証明.

(16) 齊藤金作﹁名誉に対する罪﹂法学セミナー一四号︵昭和三二年︶二〇頁︑同・刑法総論︵昭和三〇年︶. 福田・前掲注釈刑法⑤三七七頁︑西原春夫・犯罪各論︵昭和四九年︶一五三頁︒. 説︵野村︶. ︵5︶. 二一〇. 一九六−一九七頁︒. 一七一頁以下およびそこに掲載されてい. 大塚・刑法各論上巻︵昭和四三年︶二五五頁注︵四二︶︑竹内・前掲論文三〇六ー三〇七頁︒なお︑法律の錯誤をめぐる問 る文献を参照されたい︒. この意味で︑このような把握の仕方には︑﹁実体法と手続法との混瀟がないであろうか﹂︵中野・前掲論文八三二頁︶との. 小野・前掲﹁名誉と法律﹂一八八頁︒竹内・前掲論文三一二頁も同旨︒ 一二六i一二七頁︒. ︵9︶. 大塚・刑法概説︵各論︶︵昭和四九年︶. 小野・前掲﹁名誉殿損の罪における公然性ー真実の証明と道義的責任の阻却﹂九六頁︒. 本文にいうこれらの阻却事由は︑実質的には同じであって︵小野・前掲﹁名誉に対する罪﹂八二頁参照︶︑証明されたと. いうことの事前の状態を意味するものと考えられる︒したがって︑公判廷で必要とされる認定の程度によってその内容がこ となってくるであろう︒. 小野・前掲﹁名誉と法律﹂一六三ー一六四︑一八八ー一八九頁︑同・前掲﹁名誉に対する罪﹂八二頁︒なお︑竹内・前掲. ︵憩︶. 井上︵祐︶・前掲論文一七五頁︒. 大塚・前掲書一二八頁︒. ︵3 1︶. ︵5 1︶. しかし︑このことは博士が証明可能性を問題にすることによるものであって︑この批判は妥当でない︒. 山火・前掲論文一三六頁︒. 江家・前掲書二五四頁および同頁注︵七︶︒なお︑熊倉武・日本刑法各論上巻︵昭和三五年︶三四五−三四六頁︒. 大塚・前掲刑法各論上巻二五五頁︒. ︵16︶. ︵9 1︶. ︵18︶. ︵7 1︶. 論文三一二頁は︑この場合を事実の錯誤と解し︑故意の阻却をみとめる︒. ︵12︶. ︵11︶. ︵10︶. 批判は妥当しない︒. ︵8︶. 題点につき︑川端博﹁違法性の錯誤﹂藤木英雄編・刑法1︹総論︺︵昭和五二年︶. ︵7︶. ︵6︶. 論.

(17) 幽. 三 構成 要 件 該 当 性 阻 却 事 由 説 ︵ 構成要件該当性阻却事由説は︑刑法二三〇条ノニが違法阻却事由を規定したものと解すると︑﹁なんらかの特. 殊の理由によってふたたび違法性を帯びて来るときは︑もはや犯罪の成立は阻却されないことになる﹂︵八四頁︶し︑. また︑﹁違法性は価値判断の問題であるから︑実際問題として︑その存否の判断について裁判官の主観的恣意がはい. って来る余地がある﹂︵八四頁︶ので︑言論の自由の保障の見地からは︑違法阻却事由説は妥当でなく︑﹁事実の真実. 性は︑単なる違法阻却原由以上のものであり︑構成要件的なものだと解するほかない︒事実が真実であることは︑行. 為の構成要件該当性そのものを阻却するのである︒︵第二三〇条には︑﹃事実の有無を問わず﹄とあるが︑第二三〇条 ︵1︶ ノニの限度で︑その構成要件が修正を受けるものと解するのである︶﹂︵八五頁︶とする団藤教授の所説である︒. ︵3︶. この立場は︑﹁﹃真実であることの証明があったときは罰しない﹄という訴訟法的表現を実体法の平面に投影させて ︵2︶ 考察するときは︑事実が証明の可能な程度に真実であったことを阻却原由とみるべきであ﹂り︑ここに証明可能な程. 度とは︑﹁客観的な資料によって健全な常識をもつ者が認定できる程度﹂であり︑真実性の誤信の取り扱いについて ︵4︶. は︑﹁健全な常識から真実性を認定するに足りるだけの客観的資料を認識したときは︑構成要件該当性阻却原由を認. 識したものとして︑故意の成立が阻却される﹂とする︒この帰結は︑言論の自由の保障と名誉の保護との調和という ︵5︶ 観点から妥当であって︑判例においても︑この立場にしたがったとおもわれるものも少なくない︒ ︵6︶. 二 しかしながら︑この立場が構成要件該当性阻却事由を考える点については︑違法阻却事由と解しても必ずし. 一二一. も︑﹁ことばの制約をこえた被告人に不利益な解釈が許されること﹂になるわけではないこと︑﹁事実証明によって違 名誉鍛損罪における事実の証明.

(18) 論説︵野村︶ ︵7︶. 一二二. 法性が阻却された場合に︑さらに別の観点から名誉殿損罪の可罰的違法性が発生するという事態は︑本条の趣旨にか. んがみてみとめるべきではない﹂こと︑﹁この場合の事実の真否の判断は︑実際上︑かなり複雑であるとともに︑実質 ︵8︶ 的内容を含み︑必ずしも構成要件該当性の存否を決すべぎ定型的判断にとどまらぬ面がある﹂こと︑および︑事実の ︵9︶ 真否を問わずに名誉殿損罪の成立を肯定する現行法の下においては︑実定法的根拠に乏しいことなどの批判がある︒ ︵10︶. 次に︑阻却事由を証明可能な程度の真実性とする点については︑﹁真実を語る自由を不当に窮屈にせず︑しかも被 ︵11︶. 害者の名誉が不当に侵害されないための実体法的要件﹂であるが︑﹁証明が可能であるかどうかというような多分に. ︵14︶. ︵15︶. 資料的なことが︑実体法上の要件として果して妥当﹂か︑﹁挙証責任の転換という訴訟法上の事実を実体法上に投影す ︵12︶ ることが果して﹃証明可能な程度に﹄真実という要件を必然的に導入させることになる﹂か︑および︑証明可能な程 ︵13︶ 度の真実性が︑﹁現実の訴訟の過程では︑﹃証明された﹄という形に転換してあらわれる﹂とすると︑﹁これでは実体. ところで︑この立場は︑前述の批判によって指摘されているように︑現行法の法文︵刑法⁝二〇条一項︶に反す. 法上﹃真実性じたい﹄を要件とすることに逆もどりしてしまうことではなかろうか﹂という批判がある︒ 三. る点で支持しがたいが︑行為後の事情たる真実性の証明を阻却事由とすることなく︑真実性の証明のなされる前の状. 態︑すなわち︑公判廷でその認定に必要とされる証拠資料に基づいて真実と認識していること︑教授のいわゆる. ︵16︶ ﹁証明可能な程度の真実性﹂を行為時に存在する事情として︑阻却事由と把握している点は妥当である︒他面︑この. 立場が︑行為後の事情としての真実性の証明そのもののもつ機能を無視している点には問題があるといわざるをえな. い︒したがって︑真実性の証明に失敗しても真実性の誤信に合理的な理由があれば︑故意が阻却され︑免責されると.

(19) する点は妥当であるが︑軽率に真実と信じて名誉穀損行為を行ったが︑事後に公判廷で真実性の証明に成功すれば︑. 構成要件該当性が阻却され︑犯罪不成立となってしまい︑妥当とはおもわれない︒事後に真実性の証明があったとし. ても︑この場合さかのぼって行為時に︑健全な常識をもつ者によって真実と認定できる程度の客観的資料があったと. いうことにはならないのである︒真に言論の自由の保障と名誉の保護との調和を考え︑真実性の証明自体のもつ機能. 団藤﹁名誉殿損罪と事実の真実性﹂同・刑法と刑事訴訟法との交錯︵昭和二五年︶八四ー八五頁︒中・前掲書一一七頁も. に着目すれば︑この場合は︑名誉殿損罪は成立しているが︒たんに処罰を免れるにすぎないとすべきであろう︒. ︵1︶. 団藤・前掲書四二二頁︑同・前掲論文八六頁︒. 同旨である︒. 団藤・前掲論文八六頁︒. ︵2︶ ︵3︶. この点についての批判として︑井上︵祐︶・前掲論文. 団藤・前掲論文九一頁︒なお︑教授は︑真実性の誤信につき︑客観的資料の事実判断を誤った場合とその資料の評価を誤. 一五四ー一五五頁︒. 例えば︑大阪高判昭和二五年一二月二三日判特一五号九五頁︑東京地判昭和二七年四月二六日裁判所時報一〇八号六頁︑. 一七六頁︑小野・前掲﹁名誉と法律﹂一六三ー一六四頁︑井上︵正︶・刑法の論点下巻︵昭和三五年︶. った場合とに分け︑前者を事実の錯誤︑後者を法律の錯誤とするが︑. ︵4︶. ︵5︶. 年六月二五日刑集二三巻七号九七五頁︵団藤・前掲書五五八頁参照︶︒. 広島高判昭和三〇年二月五日裁特二巻四号六〇頁︑東京高判昭和三一年二月二七日高刑集九巻一号一〇九頁︑最判昭和四四. 大塚・前掲刑法概説︵各論︶. 平野・刑法総論皿︵昭和五〇年︶二二七頁︒なお︑小野・前掲﹁名誉と法律﹂一六二頁参照︒. 藤木・刑法講義各論︵昭和五一年︶二四八頁︑西原・前掲書一五三頁︒. 大塚・前掲書二一六頁︒なお︑西原・前掲書一五三頁︑江家・前掲書二五三頁参照︒. 二一三. 二一六頁注︵一二︶︒なお︑小野・前掲﹁名誉に対する罪﹂七九頁は反対である︒. ︵7︶. ︵6︶. ︵9︶. ︵8︶. 名誉殿損罪における事実の証明.

(20) 論. 説︵野村︶. 柏木・前掲書四〇八頁注︵四︶︒. 柏木・前掲書四〇八頁注︵四︶︑なお四一〇頁参照︒. 竹内・前掲論文三〇七頁︒. ︵2 1︶. 井上︵祐︶・前掲論文一七五頁︒. 団藤・前掲論文八八頁注︵一二︶︒. ︵10︶. ︵3 1︶. ︵11︶. ︵4 1︶. この点︑本文で述べた︑柏木︑井上︵祐︶各教授の批判は妥当ではないと考える︒. なお︑小野﹁名誉の保護と表現の自由︵二・終︶﹂法律時報三七巻一〇号︵昭和四〇年︶ 九九頁参照︒. 二元的に把握する説. ︵6 1︶. 三. 藤木説. 一二四. ︵ 第一に︑刑法二三〇条ノニは違法阻却事由を定めたものであって︑真実性の証明自体を阻却事由と解する一. 購. ︵5 1︶. 隔. ︵1︶. 方︑真実性の誤信の取り扱いにつき︑これが合理的根拠に基づく場合には︑刑法三五条の正当行為として︑行為の違 法性が阻却されるとする︑藤木教授の所説である︒すなわち︑. 二 ① 教授は︑刑法二三〇条ノニは︑名誉と公共のための言論との調和にかかわることであって︑名誉殿損が例. 外的に許される場合を定めたものであるから︑違法阻却事由を規定したものであり︑その阻却事由は︑端的に真実 ︵2︶. ︵3︶. 性の証明自体であるとし︑これがあったとするためには︑﹁公益のための言論を保障する趣旨からすれば︑証拠の優. 越︵冥逡○包Rき89薯箆窪8︶程度に真実性が認められれば足りると解すべきである﹂とされる︒.

(21) ②. この所説が︑真実性の証明自体を違法阻却事由と解する点は︑法文の字句に忠実であるようにみえるが︑前述. したように︑名誉殿損行為の違法性の有無を訴訟上の証明の有無という行為後の事情にかからせることになり︑背理 ︵4︶ 的であるとの批判が妥当せざるをえないであろう︒さらに︑行為の違法性の有無を行為後の事情にかからせる︑つま. り事後の判断をみとめることは︑真実性の誤信の取り扱いにつぎ合理的根拠があれば行為そのものの違法性を欠くと. する考えにみられる違法判断において事前の判断を重視することと理路一貫しないのではなかろうか︒ただ︑この所. 説において︑真実性の証明について︑合理的疑いを容れない程度の立証でなく︑証拠の優越の程度のそれで足りると. している点は︑その挙証責任が被告人側に転換させられていることに伴う被告人側の負担を軽減するために立証の便. ω 次に︑真実性の誤信は︑﹁証明可能性についての誤信であって︑裁判官の心証形成に対する行為者の予測. 宜を考慮するものとして妥当である︒. 三. の見込みちがいに帰し︑その実体は刑罰法令の適用についての行為者と裁判官との見解の相違ということに帰するこ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ とになる﹂ので︑結局︑法律の錯誤の一種であるから︑当然には故意を阻却しないことになるとされながらも︑合理. 的根拠をもって事実を真実と誤認したようなときには︑これを﹁なお︑名誉の保護との関係における正当な言論の保 ︵8︶ 障の限界の問題として︑違法性の領域で事を論ずる場面があって然るべきではないか﹂とされるのである︒. ②このように合理的根拠に基づく真実性の誤信を違法論で処理しようという考えは︑すでに︑新聞紙につい. ︵9︶ て︑真実性の証明ができない場合でも︑刑法三五条を援用することをみとめる団藤教授の所説や︑﹁行為者が︑行為. 一二五. の時において︑相当の根拠によって真実と信じ︑その事実を摘示したのであれば︑それは行為そのものに︑相当の理 名誉殿損罪における事実の証明.

(22) 論 ︵10︶. 説︵野村︶. 一二六. 由があるのであり︑iたとえ客観的な事実に合しなかった場合においても︑1その行為はなお違法性を欠くものであ. ︵11︶. ︵12︶. ると解すべきで﹂あることを理由に︑または︑前述したように︑合理的根拠に基づく真実性の確信を刑法二三〇ノ ︵13︶. 二の主観的要素と考えて︑それぞれ新聞紙の場合にかぎらず︑一般的にこのことを肯定する小野博士および江家教授. の所説とにみられていたところであった︒ ︵無︶ ところが︑藤木教授の所説は︑一般に正当化事由の事実的前提の誤認に過失がない場合には正当化するという主張. とあわせて︑真実性の誤信に過失がないときは刑法三五条によって違法性が阻却されるとする︑言論の自由の保障と 行為無価値とを重視する立場からの帰結である点にその特色がある︒ ︵15︶. ③ さて︑藤木教授は︑﹁公共の利害に関する事実についての真実を公益目的のために公衆に知らせることは︑正. 当な権利として保障され︑刑罰による制裁からまったく解放されなければならない﹂という観点の下に︑﹁真実に立. 脚した言論を保護し︑助成するためには︑他人の名誉を傷つける言論を︑⁝⁝たとえ事後において真実であることが. 証明されなかったときでも︑行為のときに真実であることの蓋然性の高度な事実の発表︑すなわち確実な資料根拠に ︵16︶. 基づいて真実と信じてした言論については︑刑事制裁を受けることがないよう︑正当な権利の行使としての法的保障 ︵ロ︶. を及ぼすことが要請される﹂のであって︑﹁真実だと確信したことがその際の情況に照らし客観的にも合理的だと言. える場合﹂には︑﹁違法だが故意ないし責任がないから犯罪不成立︑というのではなく︑既存の学説に一歩をすすめて︑. 確実な資料・根拠に基づいて真実であると信じた場合は︑表現の自由の正当な行使であるから︑二三〇条ノニの違法 ︵18︶ 性阻却事由に該当しないとしても︑刑法三五条によって︑違法性が阻却される﹂のであり︑﹁ここで真実性の確信に.

(23) ︵19︶. ついて確実な資料・根拠がある場合とは︑事実の真実性について証拠の優越の程度の立証がなされる蓋然性が客観的 に認められる程度の証拠を用意していることをいう﹂とされる︒ ︵20︶. そして︑教授は︑このような考え方の根拠は︑過失犯における許された危険の法理や公務執行妨害罪における職務 ︵21︶. 執行の適法性の事実的前提の誤認に関する判例の中にあらわれているところであって︑決して︑これまでの﹁犯罪論 の体系をみだすものでもない﹂とされているのである︒. ㈲ しかし︑この所説に対しては︑﹁その趣意を諒とするに吝かではないがー二三〇条の二の文言上の解釈問題. として難点をおぼえる点はともかく︑i﹃違法性﹄に関する現在の実務の動きを考慮に入れると︑論者の意図とは別 ︵22︶. ︵23︶. 異に︑かかる考え方は︑かえって﹃真実性の確信﹄にこれまで以上の過度の厳格さを要求する結果を招きはしない. かをおそれる﹂との批判やそもそも真実性の誤信を違法論で処理する点は妥当でないとの批判が加えられているほ. か︑重要なのは︑教授の基本姿勢に対する批判である︒すなわち︑この所説が︑前述したように︑正当化事由の事実 ︵忽︶. ︵25︶. 的前提の誤認に過失がない場合にはその行為を正当化するという主張をあわせもつことについては︑﹁すこぶる重大 ︵26︶. な理論的提案を含むものであ﹂り︑慎重な検討が必要となってくるとされると同時に︑何によりも︑﹁これは︑行為. 無価値論が主観的違法論への傾斜を示すことの一つの典型的なあらわれだ﹂という見地から︑﹁行為無価値論の強調 ︵27︶. は刑法の主観化と倫理化に連なるものであり︑客観的違法論を貫くには︑基本的には結果無価値論が堅持されなけ. ご一七. ところで︑この所説が︑名誉殿損行為の違法性を阻却する事由を︑言論の自由の保障と名誉の保護との調和と. ればならないと思う﹂とされるのがこれである︒. ⑤. 名誉殿損罪における事実の証明.

(24) 論. 説︵野村︶. 一二八. いう観点をも考慮した上で︑合理的根拠に基づく真実性の確信という︑行為時に存在しうる事情に求めたことは︑妥. つまり︑それのな. 当である︒なぜなら︑後述するように︑行為の違法性の有無の判断は行為時における事前の判断と解すべきであるか らである︒. さらに︑その合理的根拠に基づく真実性の確信を︑真実性の証明があったことに関連づけて︑. される前の状態として︑前述の如く︑﹁証拠の優越の程度の立証がなされる蓋然性が客観的に認められる程度の証拠 を用意していること﹂と明確にその内容を限定しているのも正しいというべきである︒. そして︑このような証拠を用意して事実を摘示したのであれば︑客観的過失を欠き︑正当行為として違法性が阻却 ︵28︶. され︑さらに︑このような証拠がなくても︑真実性の誤信の結果︑違法性の意識を欠いたことに相当な理由があると. 考えられるときは︑違法だが故意を欠き︑犯罪不成立とされる余地をのこしており︑この点は︑他人の名誉を鍛損す. るような事実を摘示する者がどの程度に慎重に調査義務を尽したかによって︑段階的に名誉段損罪からの免責をみと. めることを可能ならしめるものであって︑言論の自由の保障と名誉の保護との調和という観点からみると︑まことに 妥当なものといわなければならない︒. しかし︑反面︑この所説においても︑軽率に事実を摘示して︑違法︑有責な名誉殿損行為とされるべきものであっ. ても︑結局︑事後に公判廷で真実性の証明に成功すれば違法性が阻却されて処罰を免れることになってしまう︒この. 帰結は︑言論の自由の保障と名誉の保護との調和という観点から妥当でないばかりでなく︑前段で考察したように︑. 合理的根拠に基づく事実の摘示を真実性の証明の有無にかかわらず︑適法とすることと理論的に調和しないものがあ.

(25) るといえよう︒. いずれにしても︑この所説が︑名誉殿損行為の違法性を阻却する事由として︑ 行為時に存在する事由と行為後の真. ︵昭和四四年︶ 一一〇三頁以下︑同﹁名誉殿損罪における事実の証明﹂刑法の判例︿第二版﹀︵昭和四八年︶二四〇頁以下︑. 藤木・刑法講義各論︵昭和五一年︶二四三頁以下︑同﹁事実の真実性の誤信と名誉穀損罪﹂法学協会雑誌八六巻一〇号. 実性の証明を分けて考えていることは正当とすべきであろう︒ ︵1︶. 藤木・前掲﹁名誉殿損罪における事実の証明﹂二四二−二四三頁︒. 藤木・前掲刑法講義各論二四三頁︒. 同・新版刑法演習講座︵昭和四五年︶三四二頁以下︒ ︵2︶. 藤木・前掲書二四七頁︒なお︑同・前掲論文二四二頁︒. 竹内・前掲﹁名誉穀損罪における事実証明﹂三〇五ー三〇六頁︒. ︵3︶. ︵5︶. ちなみに︑かつては︑証明可能性に違法阻却事由を求め︑その錯誤を事実の錯誤としていた︵藤木・前掲﹁事実の真実性. ︵4︶. ︵6︶. ︵9︶. ︵8︶. 小野・前掲論文九七頁︒. 小野・前掲﹁名誉殿損罪における公然性ー真実の証明と道義的責任の阻却﹂九七頁︒. 団藤﹁新聞紙に関する刑事法上の諸間題﹂日本新聞協会編・新聞の自由︵昭和二七年︶. 藤木・前掲﹁事実の真実性の誤信と名誉殿損罪﹂一一一七頁︒. 藤木・前掲書二四七頁︑なお︑同・前掲﹁名誉殿損罪における事実の証明﹂二四二ー二四三頁参照︒. の誤信と名誉穀損罪﹂一一一五頁︶︒. ︵10︶. ︵7︶. ︵11︶. 最近においても︑真実性の誤信の間題を違法性の錯誤の一場合であるとする考えの下では︑虚偽の事実の摘示は違法であ. 江家・前掲書二五四頁注紛︒. 一〇六−一〇七頁︒. ︵13︶. ︵2 1︶. 一二九. るという評価が固定されることになってしまい︑社会状況の変化に応じた違法判断に即応できないとして︑違法論で解決す 名誉殿損罪における事実の証明.

(26) 論. 説︵野村︶. 二二〇. ることを示唆するものがある︵鈴木︵義Y前掲論文四一五ー四一六頁︶︒判例として︑名古屋高判昭和四五年一〇月二八日 刑裁月報二巻一〇号一〇三〇頁がある︒. なお︑不法行為の成否について︑真実性の証明および真実と信じるについて相当な理由があると証明されたときは︑違法. 性を欠き︑不法行為は成立しないとするものに︑例えば︑千葉地判昭和三六年五月一七日下民集一二巻五号一一五六頁︵一一. いての真実の証明と名誉棄損の不法行為の成否﹂法学協会雑誌八四巻五号︵昭和四二年︶七四四頁以下︑とくに七五〇頁が. 七七頁︶︑千葉地判昭和三七年四月二六日下民集一三巻四号七九〇頁︵八一九頁︶︑加藤一郎﹁公共の利害に関する事実につ. 例えば︑誤想防衛について︑急迫不正の侵害の誤認に過失がないときは正当防衛として扱うことにつき︑藤木﹁誤想防衛. ある︒. 一七二i一七四頁︑同﹁正当防衛・誤想防衛﹂法学セミナー二六七号︵昭和五二年︶八○. と違法性の阻却﹂法学協会雑誌八九巻七号︵昭和四七年︶七四七頁以下︑同・新しい刑法学︵昭和四九年︶二〇三頁以下︑. ︵14︶. 同・刑法講 義 総 論 ︵ 昭 和 五 〇 年 ︶. ものに︑小暮得雄﹁正当防衛﹂刑法講座二巻︵昭和三八年︶. 一四五頁注︵一〇︶がある︒. 頁︒同旨︑高橋貞彦﹁誤想防衛﹂藤木編・刑法の争点︵昭和五二年︶五〇頁︒なお︑このような考え方を先駆的に提起する. 藤木・前掲書二四五頁︒なお︑同・前掲﹁事実の真実性の誤信と名誉殿損罪﹂一一一八−一一一九頁参照︒ 藤木・前掲書二四五−二四六頁︒. 藤木・前掲刑法講義各論二四五頁︒. 藤木・前掲書二四六頁︒なお︑同・前掲論文一コニ頁参照︒. ︵5 1︶. ︵7 1︶. 藤木・前掲書二四七頁︒. ︵6 1︶. ︵廻︶. ︵8 1︶. 藤木・前掲論文一一二一ー一二一三頁︒この点に対する批判として︑中﹁刑事法学の動き﹂法律時報四三巻六号︵昭和四. 三井誠﹁真実性の確信と過失﹂マスコミ判例百選︵昭和四六年︶四五頁︒. 藤木・前掲論文一一二一頁︒. 六年︶ 一一六頁参照︒. ︵20︶. ︵羽︶. ︵21︶.

(27) ︵2 5︶. ︵23︶. 中・前掲論文一一六頁︑竹内・前掲論文三〇四頁︑鈴木︵茂Y前掲論文三二三頁︑同﹁摘示事実を真実と誤信した場合. 中・前掲論文一一六頁︒. 黒田喜重目仲地哲哉﹁事実の真実性と名誉殿損﹂愛知学院大学法学研究一五巻二号︵昭和四六年︶四二−四三頁︒. 一一五頁︒なお︑内田︵文︶・前掲﹁名誉殿損の摘示事実を真実と誤認したこと. ︵24︶. 中山研一・口述刑法各論︵昭和五〇年︶. と名誉殿損罪﹂前掲・刑法の争点二〇一頁︒ ︵26︶ 竹内・前掲 論 文 三 〇 五 頁 ︒. につき相当の理由がないとされた事例﹂六八−六九頁参照︒ ︵解︶. 前述のように︑真実性の錯誤を法律の錯誤と同様に考えており︑さらに法律の錯誤については制限故意説をとられる︵藤. 木・前掲刑法講義総論一二六︑一二二頁︶︒. ︵2 8︶. 二 平 野 説 ︵ 一 第二に︑真実性の証明を客観的処罰阻却事由としながら︑言論の自由の保障と名誉の保護との調和を図るため. ︵1︶. に︑論者もいうように︑﹁書かれていない構成要件﹂ないし︑﹁書かれていない違法阻却事由﹂をみとめる平野教授の 所説である︒すなわち︑. 二 ω その一つは︑﹁現行法の事実証明の要件は︑プライヴァシーでない場合を規定したにとどまり︑そのなか. には︑﹃正当な利益の保護﹄のためであって︑違法性を阻却する場合と︑そうでない場合とがある︑とする解釈であ ︵2︶. る︒前者の場合は︑事実の真実性について検察官に立証責任があり︑事実が真実だと思ったときは故意を阻却する︒. 後者の場合は︑被告人に挙証責任があり︑真実だと思っても故意を阻却しない﹂とする見解である︒. =一二. これは論者も述べているように︑西ドイッの立法例を参考としたものであって︑前者は正当な言論として︑違法阻 名誉殿損罪 に お け る 事 実 の 証 明.

(28) 論. 説︵野村︶. 一三二. しかし︑第一に︑正当な利益を図る場合とそれ以外の場合とは異質の原理に基づくとする点には問題がある︒. ︵3︶ 却事由となり︑正当な利益を図る目的があれば︑必ずしも公共の利害に関する場合に限定されないのである︒他方︑ ロ 後者は︑真実を言う権利に関係した処罰阻却事由であって︑前者とは異質の原理に基づくものであり︑公共の利害 ︵5︶ に関する事実であれば事実証明が許され︑処罰が阻却されるのである︒そして︑真実性の誤信が前者に︑事実の証明 ︵6︶ が後者にそれぞれ対応するが︑真実性の誤信は事実証明のたんなる錯誤論として考えられているのではないとされて いる︒. ②. とくに︑論者のいう処罰阻却事由とされる場合は︑真実をいう権利に関連したものであるとするが︑何故に真実をい う権利の行使が適法行為とならず︑処罰阻却事由にすぎないのか︑明らかでない︒. やはり︑正当な利益を図る場合とそれ以外の場合とは︑共に一定の条件の下で︑言論の自由を保護するために︑名. 誉の保護を虚名剥奪の線まで後退させて違法性を阻却するものであるが︑名誉殿損罪は挙動犯にして危険犯であるが. ゆえに行為自体の違法性を処罰するものであるのに︑後者の場合における事実証明自体は行為後に存在する事実とし. て︑結果の違法性を阻却するものであるから︑名誉殿損行為の違法阻却事由としての機能を果しえず︑たんに処罰阻 却事由としての機能をもつにすぎないと考えるべきである︒. ただ︑事実証明自体のもつ処罰阻却事由としての機能に着目するとともに︑論者もいうように︑事実の公共性と真 実性証明を処罰阻却のための要件とする点は妥当である︒. ③第二に︑正当な利益を目的とする場合︑公共の利害に関係しない︑すなわち︑自己または第三者個人の正当な.

(29) 利益を図るにすぎない場合にまで違法性の阻却をみとめることは︑西ドイッの立法例においてはいざ知らず︑我が国. においては︑現行法の文言と調和しないばかりでなく︑名誉の保護をあまりにも軽視することになるのではないだろ. うか︒さらに︑この場合に︑たんに真実と誤信した場合にも故意の阻却をみとめることは︑論者の異論にもかかわら. ず︑名誉の保護を軽視することになろう︒たとえ︑正当な目的を図る場合であっても︑軽率な真実性の誤信に免責を みとめる理由はないといわねばならない︒. ① 次に︑その二つは︑ヒルシュおよびヴェルツェルの考え方であるとされているものであって︑﹁真実かど. いずれにしても︑この﹁書かれていない違法阻却事由﹂を刑法二三〇条ノニからその解釈によって導くのにはかな ︵7︶ り無理があるのではなかろうか︒ 三. うか明らかでないことを摘示するという﹃危険な﹄行為をすることが︑違法なのであり︑そのことについては︑検察官. に立証責任がある︒ただし︑そのような危険な行為であることに気がつかなかったという過失があったときは︑処罰. する︒故意犯と過失犯とを結合した形態だということになる︒そしてこのような行為が違法であり︑有責な場合で ︵8︶ も・真実の証明が成立すれば︑刑罰は科されない︒その意味で︑真実性の証明はやはり刑罰阻却事由である﹂とする. このように︑名誉般損罪の構成要件に真実性に関する過失︑すなわち資料収集義務違反を含ませることによつ. 見解である︒. ②. て︑事実を摘示するさいに充分資料収集義務を尽し︑過失なく真実と信じていた場合には︑事実証明の成否にかかわ. 一三三. らず︑犯罪は不成立であって処罰されることなく︑逆に︑その義務を怠り︑軽率に真実と信じていた場合でも︑事後 名誉殿損罪における事実の証明.

(30) 論. 説︵野村︶. に真実の証明に成功すれば︑処罰だけは免れるという結論になる︒. コニ四. この結論は︑後述するように︑私見と同じであって︑言論の自由の保障と名誉の保護との調和にもっとも妥当する. ︵9︶. ものということができる︒しかし︑名誉殿損罪の構成要件をこのように解するのは西ドイッにおいても少数説であっ. て︑我が国において︑刑法二三〇条一項および二三〇条ノニの規定の解釈として右のように考えることはやはり文理 ︵10︶ 上問題があるといわざるをえない︒. また︑処罰阻却のための要件として︑必ずしも明らかでないが︑真実性の証明のほかに事実の公共性および目. 的の公益性を必要とするのであれば妥当とはいえないであろう︒後述するように︑処罰阻却をみとめるための要件. 平野﹁刑法各論の諸問題﹂法学セミナー二〇三号︵昭和四七年︶七九頁以下︒. としては︑目的の公益性は不要であって︑事実の公共性と真実性の証明をもって足りると解すべきであるからであ る◎. ︵1︶. 田宮・前掲論文一六八頁︒. 平野・前掲論文八○頁︒なお︑田宮・前掲論文一六八頁︒. ︵2︶ 平野・前掲論文八一頁︒なお︑田宮・前掲論文一六八頁も同旨︒ ︵4︶. ︵3︶. 田宮・前掲論文一六八頁︒. ︵5︶ 平野・前掲論文八○頁︑田宮・前掲論文一六八頁︒ ︵6︶. 竹内・前掲論文三〇〇頁︑鈴木︵茂Y前掲﹁名誉殿損罪における事実証明﹂三二三頁︒. U器U窪畠魯o望艮砕8算埴一一︒︾縄些. 平野・前掲論文八一頁︑なお︑同・刑法概説︵昭和五二年︶. 一九八頁︑薯⑦一No一. ︵8︶. ︵7︶. お①O一ω・ω一〇剛400一ρω蜀W缶ぼωoゲ℃国ゲお仁昌αωo一〇一&ひq犀昌鱒一〇①ざω●一①oo律.

(31) ︒①閃身﹂︒ ︵9︶ω9α良?ω︒目呂9ω什養︷鵯の︒盲ど9しo︒●︾魯 一S9㈱一G. 竹内・前掲論文三〇〇頁︑鈴木︵茂︶・前掲論文三二三頁︒. ︒●. 第三に︑事実の真実性の証明がなされた場合には︑真実性証明自体を違法阻却事由と解し︑それは名誉段損行. 三 鈴 木 説. ︵10︶. 一. 為の裁判時違法を阻却するとし︑他方︑真実性証明の誤信︑すなわち︑右にいう違法阻却事由の錯誤は故意責任の成 ︵1︶. 否とは何ら関係なく︑これについては責任主義の原理と刑法二三〇条ノニの規定の趣旨から解決すべきであるとす. ①教授は︑﹁ある行為を処罰しうるためには︑その行為が行為時の判断において違法と解せられるのみなら. る︑鈴木茂嗣教授の所説である︒すなわち︑. 二. ず︵行為時違法︶︑裁判時においても違法と判断されうるのでなければならないのではないか︵裁判時違法︶︒行為時. に違法と判断される行為でなければ︑その行為者に﹃行為責任﹄を間うわけにはいかない︒しかし︑それと同時に︑. その具体的行為が裁判時点においてもなお違法と判断されるのでなければ︑裁判時点においてその行為につき行為者. を非難する十分の根拠に欠けることになろう︒このことは︑その行為類型一般に対する可罰的違法性の判断自体に変. 化のある場合には︑疑間の余地がない︒⁝⁝行為時にいくら違法な行為であっても︑裁判時にその行為の可罰的違法. 性が否定され刑が廃止されておれば︑これまた有罪とはなしえず︑免訴にするほかないのである︒同様の考え方は︑法. 状態に変化がある場合のみならず︑事実状態に変化がある場合にも妥当してよいはずであ﹂︵三二六頁︶り︑﹁訴訟上. ニニ五. 事実の真実性が明白になったという事実︑すなわち﹃真実性の証明﹄そのものを︑当該行為の裁判時の違法性判断に 名誉殿損罪における事実の証明.

(32) 論説︵野村︶. 一三六. 影響を及ぼす事由︑すなわち違法阻却事由と理解することは︑決して背理﹂︵三二六頁︶ではなく︑コ一三〇条は︑本. 来︑事実の真否を問わず名誉段損罪を処罰する規定︑換言すれば虚偽であることの明白な名誉をも保護する趣旨の規. 定なのであるが︑二三〇条ノニの方は︑これとは立場を異にし︑むしろ真実の名誉の保護に重点を移して︑少なくと. も虚偽であることが明確になった名誉に対しては言論の自由を優先させようとする趣旨の規定なのである︒その意味. で︑二三〇条ノニは︑二三〇条を前提とした規定の仕方をしているが︑その際﹃公共ノ利害二関スル事実二係リ其目. 的専ラ公益ヲ図ルニ出テタル﹄行為については︑二三〇条の構成要件は﹃其事実ノ有無ヲ問ハス﹄という部分を除い. ︵3︶. ところで︑この所説は︑真実性の証明自体を阻却事由と解する点で︑論者自身総括して述べるように︑処罰阻. た形に修正されたものとみなければならない︒したがって︑二三〇条ノニは︑単に名誉殿損罪の違法性に関するのみ ︵2︶ ならず︑構成要件にも係わる規定であるといわねばならないであろう﹂︵三二七頁︶とされる︒. ②. 却事由と同じく法文に忠実であるということができる︒さらに︑これを違法阻却事由とする点で︑前述の藤木教授の. 所説とも方向を同じくするが︑藤木教授の所説においてはその錯誤は法律の錯誤として故意責任の成否に関係するの. に対し︑この所説においては何ら故意責任の成否とは関係のない裁判時の違法阻却事由と解する点に差異がある︒. そして︑この点で︑この所説は実質的には処罰阻却事由の主張といってもよいであろう︒ただ︑これまでの処罰阻 却事由説とちがうのは︑. 第一に︑公共の利害にかかわる真実の事実を公益目的で摘示する行為でもこれを違法とするのは妥当でないとする 処罰阻却事由説に加えられた批判を回避していること︑.

(33) 第二に︑これまで処罰阻却事由説からは真実性の証明が処罰を阻却する理由が明らかにされていなかったが︑その. 理由を︑裁判時の違法性が阻却されるが故に処罰することができないとすることに求めたことである︒. しかし︑このように解する基礎として︑真実性の証明を免訴事由たる刑の廃止と同じように考えていることにはな お疑問が残るといわざるをえない︒. いずれにしても︑違法性を行為時違法と裁判時違法とに分け︑後者の錯誤は違法阻却事由の錯誤でありながら︑故. 意責任の成否とは関係がないとすることは︑新たなる理論的提言であって︑それだけになお一層慎重な検討が必要と されるであろう︒. ③ さらにまた︑この所説によれば︑真実性の証明自体を違法阻却事由とみる結果︑刑法二三〇条ノニを挙証責任 ︵4︶ の転換規定と解する必要がないとされているので︑裁判時の違法阻却事由については検察官が挙証責任を負担するこ. とになり︑被告人はその事由が存在することの一応の心証を得させるに足りるだけの証拠を提出すれば足り︑証拠調. べの結果︑その阻却事由の不存在︑すなわち︑摘示事実が真実でなかったことの確信がえられなかったときは︑検察. 官に不利益に︑すなわち︑真実性の証明という裁判時の違法阻却事由があったとされることになる︒. したがって︑この場合︑摘示事実が真偽不明でも︑被告人は処罰を免れることになり︑出発点において文言に忠実. であろうとしたにもかかわらず︑﹁真実ナルコトノ証明アリタルトキハ之ヲ罰セス﹂との文言に反すると同時に︑あ. まりにも名誉の保護を軽視することになるといわざるをえない︒またそもそも︑真実性の証明自体を阻却事由とみる. 二二七. ことによって︑必然的に刑法二三〇条ノニを挙証責任の転換規定と解する必要がないとはいえないのであって︑挙証 名誉殿損罪における事実の証明.

参照

関連したドキュメント

7IEC で定義されていない出力で 575V 、 50Hz

問についてだが︑この間いに直接に答える前に確認しなけれ

式目おいて「清十即ついぜん」は伝統的な流れの中にあり、その ㈲

のれんの償却に関する事項 該当ありません。.

3 当社は、当社に登録された会員 ID 及びパスワードとの同一性を確認した場合、会員に

の知的財産権について、本書により、明示、黙示、禁反言、またはその他によるかを問わず、いかな るライセンスも付与されないものとします。Samsung は、当該製品に関する

て当期の損金の額に算入することができるか否かなどが争われた事件におい

設備がある場合︑商品販売からの総収益は生産に関わる固定費用と共通費用もカバーできないかも知れない︒この場