天草版平家物語論(一)
後生を願う人々
玉 懸 洋 子
〔抄 録〕 日本人キリシタン・不干ハビアンの抄訳 天草版平家物語 (1592年、天草刊行) は、ローマ字表記(横書き)の特異な姿をもつ平家物語である。冒頭部 園精舎 の 段を欠くこと、キリシタンの神を思わせる 天道 の語が強い印象を与えることなど から、これまで 仏教的な無常観とは異なる視点に立つ著作 と見られてきた。 しかし、天草版四巻では、抄訳者が白拍子妓王・仏たちや滝口入道など、古典平家 物語の主要な仏道発心、出家、念仏求道の物語を詳細に訳出し、また慎重な取捨を経 た仏教語多数を用いている。ハビアンは決して仏教的な物語を排してはいない。 その背景には16世紀末当時の、仏教語を自在に用いたキリシタン書の翻訳と出版の 現場があった。 未来のゴロウリヤ Gloria を望み、 後生を扶かる道 を求めよ、 と説くキリシタン達の中で、ハビアンも 後生を願う人々 の物語を丁寧に語ったの である。 キーワード キリシタン書の日本語訳、仏教語と洋語、 日葡辞書 、妓王と仏、後生 を願う1 天草版平家物語の仏教的物語群
天草版平家物語(1)の開巻第一ページは、聞き手(右馬之允)に 平家の由来が聞きたいほど に,あらあら略してお語りあれ と促された語り手(喜一検 )が、 まづ平家の書き初めにはおごりをきはめ,人を人とも思はぬやうなる者はやがて滅びた といふ証跡に,大唐,日本においておごりをきはめた人々の果てた様体をかつ申してから, さて六波羅の入道前の太政大臣清盛 と申した人の行儀の不法なことをのせたものでござ る.さてその清盛の先祖は……, と語り出す。古典平家物語(2)の、 園精舎の鐘の声……沙羅双樹の花の色…… 遠く異朝 をとぶらへば……近く本朝をうかがふに…… に親しんできた読者は、驚きと共に天草版平家 物語の特異性を強く印象づけられることだろう。平家物語は 諸行無常・盛者必衰の仏教思想 が主題とされている のであり、冒頭の 園精舎 章段を欠く 天草版平家は、異教である仏教的な視点ではなく 物語を語ろうとした、という論があるのももっともなことである(3)。 確かにここを見る限り、 諸行無常の響き 盛者必衰のことはり の主旋律が奏られないまま、 清盛の 行儀の不法なことをのせたもの として物語が進行するかのように思われる。 しかし、章を追ってページを繰れば、次のような文章に出会う。 つくづくものを案ずるに,娑婆の栄華は夢の夢なれば,楽しみ栄えても何せうぞ 今 この瀬に後生を願はいでは(覚一本、百二十句本共に 人身は請がたく、仏教にはあひが たし ),泥 に沈んだらば,浮かむ世はあるまじい:年の若いを頼まうずることでもな い:老少不定の世界ならば,たれとても定めがない; [巻Ⅱの1](4)白拍子仏の言葉 西王母といふ者も昔はあって,今はなし.東方朔が九千歳も名をのみ聞いて,目には見 ず.老少不定の世の中は石火の光にことならぬ.たとへば人の命は長いといへども,七八 十をば過ぎぬ:そのうちに身の盛んなことはわづかに二十年余りをかぎる:夢まぼろしの 世の中に醜いものを片時も見ては何にせうぞ [巻Ⅳの13]滝口入道の言葉 下線部一箇所を除けば、両文とも古典平家物語に精確に対応する逐語訳であり、抄訳者ハビ
アン(5)は 娑婆の栄華 xaba no yeiguaは夢の夢 老少不定 roxofugioの世の中 と、白拍
子仏と滝口入道に無常を観ずる心を堂々と陳べさせている。 後生 goxoを願ふ 泥 nairi など仏教特有の語を避ける様子もない。 しかも天草版平家物語の発心・受戒・出家にかかわる仏教的物語は、この二話(下記の②と ⑤)を含んで次の八話を数え、その各段がほぼ古典本文そのままの密度高い叙述となっている。 [巻Ⅰ巻末] ①俊寛の最期と娘の出家、有王の諸国修行 [巻Ⅱ巻頭] ②白拍子妓王と仏、妓王の母と妹、四人の女人出家物語 [巻Ⅳ] ③小宰相身投、乳母の女房の受戒(授戒するのは律師忠快) 同 ④平重衡の受戒(善知識は法然上人)、北の方(6)と千手の出家 同 ⑤平維盛の出家・入水(善知識は滝口入道。滝口と横笛の出家入道物語が挿 入されている) 同 ⑥平宗盛・清宗 子の受戒と最期(善知識は大原の本性房) 同 ⑦六代の出家・最期と文覚上人・滝口入道 同 ⑧ 礼門院徳子の出家(戒の師は阿証上人) 前半部(巻Ⅰ、巻Ⅱ)の二話は、清盛の 行儀の不法 を語る中で俊寛の 臨終正念 と妓王 たちの発心出家を綴る。後半部(巻Ⅳ)の六話は、一の谷、屋島、壇の浦各合戦物語の合間を 縫って、或はその終結を承けて、平氏の人々の最期を語りその後世を弔う物語群である。そこ では、自らの生と死に向き合い迷苦する人々の姿が細かに語られている。次は三位中将維盛の 閻浮愛執 妄念 を語る一節である(上記⑤)。
今は穢土 yedoを厭ふに りがある:閻浮愛執 yenbu aixuの絆が強ければ,浄土 jodo を願ふに み,今生では妻子に心をくだき,当来では地獄に落ちうことが心憂い.……こ
れから都へ上って妻子を見てのち,妄念 monenを離れて自害せうにはしくまじいと定め られたと,きこえまらした. このように見ると、巻頭に 園精舎 の段がないことをもって、直ちに天草版平家物語に 仏教的無常観がない 、ハビアンは 仏教的な視点ではなく 語ろうとした、と言うことは出 来ないように思われる。 そもそも天草版平家物語は 平家の由来を あらあら略して 語ろうとしたものであり、 古典平家物語十二巻を四巻に再構成するための大胆な省略・要約がある。その中にあって抄訳 者ハビアンはこれらの仏教的物語群を選び、逐語訳に近い形で口語訳した。その意図はどこに あるのか。これらはキリシタンが排除すべき異教の物語、キリスト教弘法の 志願のたよりと ならざること (7)ではないのか。 この問題を えるに当り、しばらく天草版平家物語と同時に成った最初期キリシタン書を中 心に、その日本語訳の様子を観察してみよう。
2 最初期キリシタン書の日本語訳
キリシタン書の日本語訳に当り、キリスト教の 神 をどの日本語によって表すかという問 題は最も重要かつ困難なものであった。唯一絶対のキリスト教の 神 と日本の 神々 とが 全く異なることを知ったキリシタンは、彼らの仰ぐ 神 を日本語の 神 に翻訳することが 出来なかった。彼らは初め 大日 、また 天道 天帝 も用いたが、結局は洋語(原語・本 語)そのままを って デウス Deos といい、1592年以降この原則を崩していない(8)。ただ し、 デウス の 造者・主宰者たる働きに着目した、 ご作者 ご作なされ手 根本の動か し手 万物の動かし手 、またキリスト・イエスを指す 一切人間の御扶け手 が用いられた。 御主 も、現在に至るまでキリスト教の 神 、またイエスその人を指す日本語であり続けて いる。 *天地万像のご作者にてましますデウスご一体に当り奉るご名誉を、( ヒイデスの導師 巻二) *根本の動かし手は、他の力を借らずして、余ることもなく、欠くることもなき諸善諸徳 の源……この御主万物の動かし手にてましますぞ。(同 巻一) *御扶け手の御血一滴を以て一切の人を扶け給はんこと叶ひ給ふべきに、(同 巻二) もう一つの大きな問題はキリスト教の 愛 の訳語である。キリスト者は昔も今も 心を尽 し、知恵を尽し、力を尽して神を愛し、また隣人を自 のように愛する (マルコによる福音 書12-33)ことを命じられているから、 愛 は彼らの神の教えの中でもっとも大事なものであ る。しかし、当時日本人の用いる漢語 愛 は対象への 愛着 執着 の意、仏教的には自 己中心的な 欲望 愛玩 の意味を含む。ゆえにキリシタンは、彼らの 神の愛 とそれに基づく 隣人愛 兄弟愛 を表す語として、一貫して ご大切 を用いた(9)。 今は喜びを以て天より御身に移さるるデウスのご大切によつて、喜びより信じ、望まれ 給ふなり。……深き望みを以て大切に思はれ、また深き大切を以て尋ねられ給ひ、我らが 望みに調へられ給ふなり。 ( サントスのご作業 サント アンデレ アポストロ ) しかし、キリスト教教義に関る重要な語は日本語に翻訳することなく、洋語そのままを日本 語の中に嵌め込んで用いている。 デウスパアデレ( なる神)と御子にてましますゼズ キリシトと、スピリツサント (Spiritu Sancto 聖霊)、三つのペルソウナ(Persona 相)ともに真の御作者、または今
生、後生のまことの御主にてましますによって、 ドチリイナ・キリシタン (天正版) その一方で、日本人が仏教伝来以来千年、身近に い続けて来た仏教用語が数多くキリシタ ン書に用いられ、キリスト教を説く強力な道具となっている点は特に注目される。 次は サントスのご作業 ビルゼン サンタ マリナのご作業 の書き出しである。 或る出家始め俗漢の時、息女を持たれしが、出家せんとせらるる砌は、如何にも幼少な れば、親類の許に預け置きて、その身は出家入道の様なり。……この発心者寺に入りてよ り、よく謙り、よく従ひ、万事についてよく守る人なるが故に、住持も余人を越えて大切 に思はるるものなり。ほど経て、彼の幼稚( 幼い男の子や女の子 日葡辞書)が事を思ひ て愁ひの色外に見えたり。住持その気色を見給ひ、その人を召して、如何に兄弟、汝の愁 ひは何事ぞ 我に包まるることなかれ。悉くの人に喜びを与へ給ふデウス、汝にも合力 し給ふべしと言へり。 この 発心者 、 出家入道 、 寺 の 住持 は、キリスト教信仰者やキリスト教会、神職 者を指すこと、言うまでもない。これら仏教語とキリシタン語 デウス 、 大切に思はるる 、 同信者に呼びかける 如何に兄弟 が同居する日本語訳の様子がよく かる(10)。 このようにキリシタン書の日本語訳に当って、彼らは、一、日本語の 神 や 愛 を厳密 に排除して、 御扶け手 最上のご作者 ご大切 のように造語の工夫を凝らし、二、彼ら 自身の持つ語(本語・洋語)をそのまま用い、三、仏教を説く語として日本人が長年親しんで 来た語を多数、しかも重要な場面に積極的に用いている、という三点の特徴を見出す。 さて、天草版平家物語が刊行された時点(文禄1年=1592)において、ハビアンが目にして いたはずのキリシタン書は、これまですでに数例を引いている次の三書である。 ① サントスのご作業 (1591 加津佐で刊行) ② ヒイデスの導師 (1592 天草で刊行) ③ ドチリイナ・キリシタン (前期版=天正版、1592 天草で刊行) これに天草版平家物語を加えて、四書の表紙を並べてみるならば、その表記といい装画・装 幀といい全く同じ空気のもとに生まれた書物であることを誰でも納得することであろう(11)。 このうち① サントスのご作業 (12)収録の三十数編は、ほとんどすべてキリスト教大迫害時
代のサントス(Sanctos聖人たち)の苛烈凄惨な殉教録であり、伝は概ね次のように進む。 ア ポ ス ト ロ(Apostlos 徒)あ る い は キ リ ス ト 教 信 者 は、(1)異 教 の 地 で ゼ ン チ ヨ (Gentios 異邦徒)に対してデウス・ゼズ キリシトの教え 万人の扶かる道 を 談義 法 談 する。(2)その地の王、代官(奉行)などに異教の 仏 であるイドロス(Idolos 偶像)を礼 拝することを強制される。(3)それを拒んだキリシタンはペルセギサン(Perseguiçan 迫害)に あうが、ヒイデス(Fides 信仰)を貫き、マルチル(Martir 殉教)となる。女性殉教者の多 彩な伝記が多いことも特徴である。 この日本語訳聖人伝において、 仏 はキリシタンの敵となる異教の 神 をあらわす。例 えば、 アポロ Apoloといふ仏の寺 ヂアナ Diana(ダイアナ、ギリシャの月の神)といふ 仏 、 アスタロツといふ仏 バルダツといふ仏 (後者二つは 南蛮 の神)、 日輪を仏像と したる寺 仏に籠り居る天狗(悪魔) などである。それに対して、多くの聖人伝に、 今生 世間 この世界 と 後世 後生 が対置して用いられ、現世の苦のかなたに未来のゴロ ウリヤ(Gloria 栄光)を望み見よと、強く説かれている。 *さまざま世間の無常と、後の世の楽の上を詳しく語り申されたり。( サン バルラン ) *この世界にあるほどの苦しみを与へらるるとも、未来のゴロウリヤに比ぶれば、ものの 数にもあらず。 ( サント イグナチヨ ) 次に、② ヒイデス Fides(信仰)の導師 はイスパニアにおける新刊書の抄訳で、一人の 信仰者の思索と理論の書である(13)。著者は近代理性の働きに促され道理の光でヒイデスの不 可思議を 別しようとするが、それにしても信仰の根本は揺がず、殉教の意義を説き、後生を 願う熱い心は聖人伝のそれと変ることはない。 ここにあるドツトル<学者>の宣ふ明白なる道理あり。……天地開けてよりこのかたの 宗旨の上を見よ。キリシタンの宗旨には余念なき大善人これ多し。デウスは生得ごボンダ アデ<Vondade 善徳>にてましますが故に善人を大切に思召すものなり。そのゆえはア リストテレスの言へる如く、似たることは互ひの大切の根元となるものなり。さればデウ ス善人を大切に思召すにおいては、善人の上に肝要なる程のことにご合力をなし給べきこ と疑ひなし。第一肝要なることといふは、後生の扶かることなり、これまたデウスを見知 り奉らずんば相叶はず。 (巻二) この書においても仏教語が積極的に用いられ、キリスト教語(洋語)と同居している。 最初に天地を造り給ひ、後には、ポロへヱタス(Prophtas 預言者<複数>)のご法談 を以て顕し給ふことも大きなるご教化なりと雖も、御主ゼズ キリシトのごパシヨン (Passion 受難)に比べ奉れば、ごパシヨンは千金なり、余は一両にだも足らざるものな り。 (巻二) このように、キリシタンの人々は彼らの教義・信仰を説く道具として仏教語を積極的に用い たが、その際、 仏 が異教の神の 称として用いられ、本来その 仏 の教えを説く時に
われる 談義 出家 寺 済度 教化 などの語は、キリスト教の文脈の中で積極的に用 いられる、という興味深い事実が見られることとなった。 ③ ドチリイナ・キリシタン (14)は、16世紀半ば、ローマの (カタウリカすなわちカトリ ック)教会が編纂したカテキズモ(教義問答書)の日本版であり、約70ページの小冊子ながら宗 教書の根幹をなす。ここでも、①②と同様、仏教語が信仰に係かる共通語となり、宣教の必須 の道具として働いている様を見ることが出来るが、その中でも 後生の道はキリシタンの御掟 のみに極まるなり。……キリシタンにならずんば後生を扶かることあるべからず(第一、ドチ リイナ) の強調は格別の注意を引く。 序 には、 御主ゼズ キリシトご在世の間、み弟子達に教へ置き給ふ事のうちに、取り き教へ給 ふ事は、……一切人間に後生を扶かる道の真の掟を弘めよとの御事なり。これ即ち学者達 の宣ふ如く、三つのことに極まるなり。一つには、信じ奉るべき事、二つには、頼もしく 存じ奉るべき事、三つには、身持を以て勤むべきことこれなり。……これらの事を弁へず んば、後生の道に迷ふ事多かるべし。 とあり、すでに挙げている例を含め、この短い書の中に 後生 は19例を数える(15)。 以上に見たように、キリシタン版出版の最初の2年(1591、92年、すなわちフランシスコ・ ザビエル渡来以来40年にして)、ヨーロッパの聖人伝と、高名高徳の信仰者による信心書、そ して教義書という三種の日本語訳が揃った事になる。その日本語訳に共通する特徴をハビアン の平家物語抄訳との関連で言えば、仏教語を自在に用いてキリスト教宣教と信心の勧めがなさ れていること、その肝心を説く語として 後生 が大きく働いているという点が注意される。
3 キリシタン書における仏教語
邦訳日葡辞書 (16)には、 後生 などの仏教語について例文を含む詳しい記述がある。その 数例を挙げる。 〇 後生 Goxo未来の生,あるいは別の世(来世),また救霊. 例・ 後生を助かる ―霊が救われる,・ 後生菩提をつとめてなす ―来世のためにな る,または,救霊に役立つような行ないや修業をする,・ 今生後生ともに ―現世で も来世でも,または,この浮世でもあの霊界でも. 〇 後世 Goxe後の世.来世. 例・ 後世菩提のために善根をなす ―霊が救われるのに役立つような行いをする. 〇 往生 Vojo次の世に再び生まれる事,また救済される事,すなわち,ゼンチョ(Gentios 異教徒)が思っているように,Amidaの Paraisoにいくこと. 〇 大道心 Daidoxin 強い信仰を抱き,救霊を願望する心.
た,救霊の願望. このようにいずれも 救霊 霊界 の語によって説明されており、現世の安楽よりも来世 における魂の救済を望む信仰を担った語として理解されている様子が知られる。 ところで、以上の語にはすべて“Bup.”(Buppo仏法)のマークがない。 解題 (収録語 d. 仏法語の項)によれば、 仏教はキリスト教と対立関係にあったので,仏教語については慎重に 対処した.仏教の色合いが薄らいで一般に通用していたものはイエズス会でも採用したので, 日葡辞書も何ら断ることなくそのまま収録している.明確な仏教語は,余り採らない方針であ ることを例言にも述べていながら,約150語が Bup.などと注記して取上げられている.これ らは勿論宣教師として理解すべき語ではあっても, 用すべきものではなかったのである. とのことである。さすれば、キリシタンにとって 後生 往生 菩提 などの語は、異教世 界の排除すべき用語ではなく一般通用の語であり、これらをキリスト教宣教の具として積極的 に用いた、と理解できよう(17)。 キリシタンの時代、仏教は伝来からすでに千年の時を経、独特な受容の姿を見せながら日本 人の精神生活に広く行き渡っていた。これを言語の面で言えば仏教を説く語が目に映る現実を 越えた存在や来世を語る唯一の道具になっていたということである。同じく漢語として伝来し た儒教が、 天 理 のような抽象的な思 体系に立ちながら来世の観念を持たず、またどち らかといえば聖人・賢人の高所から発せられる語であるに比して、仏教に関わる語は一般の生 活者の心に深く浸み透っていた、といえよう。 試みに、石田瑞麿氏の著 例文仏教語大辞典 (1997 小学館)を開くと、その凡例には、 仏教術語のもつ豊かさ を明らかにするため、 仏教書をはじめ、文学・歴 など幅広い 野 の文章から仏教用語を中心として約三万項目を精選し 収録した、とある。これほど多数の仏 教語が、千年を超えて現代に及び広く日本の文化、人々の生活に関わっていることを知る。ま た、同書によれば、 (日本仏教の用語を生み出すに当り)日本人は漢訳された仏典を基盤とし、 その漢語を日本のやまと言葉に翻訳するこころみも姿勢もとらなかった (同書 はしがき ) ので、仏教語はほぼすべて外来漢語である。南蛮渡来のキリスト教が初め仏法の一派として受 け入れられ、信者の集う教会が 南蛮寺 と呼ばれたことからも、その教えが仏教語によるこ とは自然なことであったと想像される。しかしそれは 自然なこと に留らない。 つとに村岡典嗣氏は、 吉利支丹文学の諸々の神学的観念や、思想や、また信仰は、仏教文学の用語や文体によ つて、頗る巧みに移植されたと言ひ得べく、当時の国民に仏教的教養なく、随つて又仏教 文学がなかつたならば、吉利支丹の神学や信仰の移植は、はるかに困難であつたらうと想 像される。 と述べ、さらに論を進めて、 天主教の教義や信仰の内容が、殊にその現世厭離来世欣求の傾 向に於いて、仏教と相通じてゐた 当時社会の知識的代表者として勃興して来た新勢力たる
儒教側からしては、吉利支丹はその来世教たる故を以て……仏教と同一の迷信で、国家に害毒 を流すものとして攻撃されたので…… と論じ、 対立関係にあった キリスト教と仏教両者 の教義・信仰が、 来世 を望む点において一致していることを指摘している(18)。共に 来世 教 である仏教とキリスト教、両教に通じる通路がまさしく 後生 、 後世 の語である。
4 天草版平家物語の後生を願う人々
天草版平家物語において 後生 の語は17例を数える(古典平家物語においても同じく17 例)。しかも、天草版の 後生 17語の内、実に10語は 妓王・仏の物語 [巻Ⅱの1]で用い られており(古典平家物語では4語)、その内5例が 後生を願ふ という古典平家物語には 見られない形であることは、抄訳者ハビアンの格別の意図を想像させる(19)。よく知られてい るように、この段は、四海に並ぶものない権勢を誇る平清盛によって生を恣にされる白拍子姉 妹(妓王と妓女)とその母、もう一人の白拍子(仏)、合せての四人の女性の発心・出家の物 語であるが、ハビアンはこれに10ページ以上を費し、古典本文をほとんど省略しない逐語訳に 近い一章に仕上げている。 この章の 後生 10語を詳しく検討する。([ ]内は話者、*以下はハビアン訳下線部に対 応する覚一本本文である)。初めの3例は、古典本文をそのまま口語訳したもので、 今生 と 後生 を並べ、二つの 生 の連続と対比を強く印象づける表現である。 ①[母]ただわれを都のうちで住み果てさせい:それこそ今生後生の孝養であらう(*今 生・後生の孝養と思はむずる)と言へば,妓王うらめしいと思うた道なれども, ②[同]今生でこそあらうずれ,後生まで(*今生でこそあらめ、後生でだに)悪道へお もむかうことこそ悲しけれと言うて, ⑧[妓王]ともすれば,そなたのことがうらめしうて,往生の素懐 vojo no Soquaiをと げうずることもかなはうともおぼえず,今生も、後生もなましひにし損じた心地(*今 生も後生もなまじゐにし損じたる心ち)であったに:今は往生も疑ひない,このたび素 懐を遂げうずることこそ,何よりも嬉しいことぢゃ.(古典の逐語訳である) 次の③④は古典の 後世を願ふ を 後生を願ふ に変え、④では 一向専修 を省く。 ③[語り手]妹の妓女もこれを見て,……姉と一所に籠って後生を願うた(*後世をねが ふぞ)は,まことにあはれなことぢゃ. ④母のとぢもこれを見て,……四十五で髪を そって,ふたりの娘と共にひたすら念仏申して.ひとへに後生を願うたと,申す.(* 一向専修に念仏して、ひとへに後世をぞねがひける。) 次の⑤⑥⑦は一連の仏の告白である。 ⑤[仏]娑婆の栄華は夢の夢なれば,楽しみ栄えても何せうぞ 今この瀬に後生を願は いでは,泥 に沈んだらば,浮かむ瀬はあるまじい.(*人身は請がたく、仏教にはあひがたし。此度泥 に沈みなば、多少曠劫をばへだつとも、うかびあがらん事かたし。) ……⑥一旦の楽しみにほこって後生を忘れうずること(*後生を知らざらん事)の悲し さに,けさまぎれいでて……⑦いかなる岩木のはざまにも倒れ伏いて,命のあらうかぎ りは念仏を申して後生を助からうずる(*往生の素懐をとげんと思ふなり)と言うて, 袖を顔に押しあてて,…… 終結部の⑨ 妓王の告白を加えて、5例まとめて 察する。 ⑨[妓王]これほど穢土を厭うて,浄土を願はうと深う思ひおいりあったこそまことの大 道心とは見えたれ,いざさらばもろともに後生を願はうと言うて,(*うれしかりける 善知識かな。いざもろともにねがはんとて)…… [語り手]余念もなう後生を願うて つひに無事に終わったと,申す.(*遅速こそありけれ、四人の尼ども、往生の素懐を とげけるとぞ聞こえし。) ③④では 後世 を 後生 に変えた 後生を願ふ であるのに対し、ここでは古典の 人 身 仏教 多生曠劫 善知識 往生の素懐 に関る部 を 後生を願ふ に意訳・要約し た3例(⑤⑨ )である。ここに合せて5例を数える 後生を願ふ は古典平家物語にはない 表現である(20)。しかも、妓王・妓女・母・仏の四人全員が 後生を願ふ と言葉を発してい る。四人一緒に、そして一人一人が明確に 後生 に心を向けている。 ハビアンが省いた 一向専修 人身 仏教 多生曠劫 は、 日葡辞書 に言う 明確な 仏教語 (Bup.マーク付き)ではないがそれに近い仏教色の強い語として避けたと思われる。 この段ではこれ以外にも 五逆罪 は 深い罪 に、 西方浄土 は 極楽 にそれぞれ言い 換え、 聖衆の来迎 引摂 は わない。その一方、この段では 魔縁 弥陀の本願 名 号 娑婆の栄華 泥梨 穢土 浄土 大道心 など、仏教色の強い語が多く用いられ、 二人の白拍子の発心・求道の告白を支えているのが際立つ特徴である。 ⑨の 善知識 の場合、古典では、妓王は仏を往生の導き手として うれしかりける善知 識 と喜ぶが、ハビアンはここを省いている。ハビアン訳では、 善知識 Lenchixiqi は原則 として授戒する高位の上人(巻Ⅳに登場)にのみ用いられることによるのであろう(21)。また、 ⑦ では古典の 往生の素懐 を 後生を助からうずる 後生を願うて無事に終った と書 き換えている。ハビアンはこの語を⑧で2箇所用いているからこの語自体を避けたのではない。 これを えるに、まず、ハビアン訳全巻において 往生の素懐 は⑧の2例のみであることに 注目したい。すなわちハビアン訳においては 往生の素懐 の語を口にするのは妓王ひとりで あり、その求道をこの語で言及されるのは妓王・仏たち四人の女性だけである。 古典平家物語の 往生の素懐 ( 今は往生疑ひなし、このたび素懐をとげんこそ を含ん で)7例のうち妓王段以外の3例は、 信濃の国善光寺に、行ひすまして……往生の素懐をと げ た千手の前(第八十四句 重衡東下り )、 心たけきによつて往生の素懐を遂 げた 罪 深き頼義 (第九十八句 維盛入水 )、 龍女が正覚のあとを追ひ、往生の素懐を遂げ給ふ た
礼門院(第百十九句 大原御幸 。灌頂の巻 女院死去 は少し異なる(22)。)である。ハビ アン訳に源頼義の往生は語られない(この話を含む滝口の説教が省略されている)。千手の前 については、 ……様を変へ信濃の,善光寺に行ひすまいて,かの後世菩提を弔うたと,きこ えまらした とし、巻Ⅳ終結部に近く女院の最後を語る文は、 女院つひに 久のころご逝去 あったと申す と記すのみである。 つまり古典本文においては、妓王たち四人の尼の他、源頼義、千手、 礼門院が 往生の素 懐を遂げ たが、ハビアン訳においては、妓王たちのみが 往生の素懐 を抱き、それを遂げ ようとした出家者であり、結局誰一人 往生の素懐を遂げた と語られた者はいないのである。 したがってハビアンは⑧で妓王が遂げようと疑いなく願う 往生の素懐 を古典そのままに語 ったが、彼女たちが 往生の素懐 を遂げた、と語ることはできなかった。 以上見たように、妓王・仏物語の 後生 10語は古典にはない 後生を願ふ 5語を含み、 仏教的物語群八話の中で特別の様相を見せている(23)。高位高名の上人を導き手ともせず、権 力者の栄華の館から自らの意志で出家する女芸能者四人の物語。出家後も過去への執着や怨念 にとらわれ、往生の願いも叶うまいと絶望する一人(妓王)が、年少の一人(仏)の発心の言 葉、出家の姿にふれ、極楽往生を確信する。そして仏の 大道心 が もろともに後生を願 ふ 四人一所 の信心の生活を導き、 つひに無事に終った と語る。ここには深く自己内面 に向った者の誠実にして痛切な反省、大いなるものへの目ざめがある。仏教たるか何教たるか を問わない発心物語の典型がある。しかし、その妓王たちもハビアン訳においては 往生の素 懐 を遂げない。すなわち真の救いには至らない。このことは 善知識 、 戒の師 などの語 の扱いと共に、キリシタンとしてのハビアンの姿勢と天草版平家物語四巻の構成にも関わると 思われる。この問題については後稿に譲る。 次に、この段以外の天草版 後生 7例を検討する。 [巻Ⅱの2][信連]長兵衛宮のおために首をはねられうことは今生の面目,後生の思 ひ出ぢゃと申して,(*今生の面目、冥土の思ひ出に候)(第三十三句 信連合戦 ) [巻Ⅱの5][高倉宮]その蝉折れをば、金堂の弥勒へ今生の祈禱のためにか,また後 生のためにか寄進せられて,(*龍花の御あかつき、値遇の御ためかとおぼえて、あは れなりし御ことなり)(第三十七句、橋合戦) この2例は、 古典の 冥土 を 後生 に改め、 龍花の御あかつき、値遇の御ため を 今生の祈禱、後生のため とし、古典にはない 後生 を用いて 今生 後生 の組を 作る。妓王段の①②⑨と同じである。 次の4例は、すべて 後生をとぶらふ という表現で、古典平家物語の 後世をとぶらふ ( は 後生をとぶらふ )に対応している。 [巻Ⅱの9][文覚](義朝の首が)平治の合戦ののち苔の下に埋れさせられてのちは, 後生を弔ふ人もなかったを,(*後世とぶらふ人もなかりしを) (第四十六句 文覚 )
[巻Ⅳの4][義仲、巴に]これからいづ方へも落ちゆいて木曾が後生をも弔へかしと 言はれたれども,(*義仲が後世をもとぶらひなんやとのたまへども、) (第八十三句 兼平 ) [巻Ⅳの11][重衡北の方]重衡南都へ渡され,お切られあったと聞こえたれば,様を 変へ,かたのごとく仏事を営み,後生を弔はれたと申す.(*後世をぞとぶらひける) (第九十三句 重衡受戒 ) [巻Ⅳの27][女院]五障三従の苦しみをのがれ,釈 の遺弟につらなり,人々の後生 を弔ひまらすれば,(*五障三従の苦しみをのがれ、釈 の遺弟につらなり、比丘の聖 名をけがし、三時に六根を懺悔し、人々の後生をとぶらひさぶらへば、)(第百十九句 大原御幸 ) この内、 は生き残った者が死者の 後生 を祈るものである。ただ のみ死に臨む木 曾義仲が自身の 後生 を祈り求めてほしいと近親(巴)に頼む。この木曾の言は、[巻Ⅳの 14]において維盛の発する 身を助け,妻子をはごくみ,また身が後世(*維盛が後の世、第 九十句 維盛出家 )(*維盛が後生、覚一本)をも弔ひなどせいかし に通う。 後生 最後の一例 は、この維盛に関り重要である。ハビアン訳巻Ⅳにおいて併せて 4章お よそ30ページを占める長い維盛物語の終結部、古典本文の熊野参詣の条、滝口入道の最後の説 教を大きく括って、ハビアンは維盛入水にいたる場面を次のように語る。 [巻Ⅳの14] さて熊野へ参りつかせられて,後生善所 goxo jenxoと祈らせらるるに も(*古典本文に対応しない),なほ北の方幼い人々のことが心にかかるを,滝口種々 様々に教化 qeoqe申せば:思ひきって念仏数百ぺん唱へさせられ,つひに海に入らせ らるれば, 古典に 後生善所 は3例あるが、この段では われていない。ハビアンは全巻を通してた だこの一箇所にこの語を用い、古典の 罪深からんなれば、懺悔するなり を 後生善所と祈 る と意訳・要約しながら、維盛の後生を願う心を言い留めた。なお、維盛と並んで古典平家 物語巻十に登場する重衡も、死を覚悟した時、わが 後生 後世 を思う人であった(24)。 この維盛と重衡を除けば、巻Ⅳにおいて善知識たる戒の師より受戒・出家する平氏の人々は もっぱら 後世を祈られる人 であって、誰一人として自ら 後生を願う人 として描かれな い。妓王・仏物語がハビアンの語る仏教的な物語群の中で格別の存在であることを示している だろう。
5 結び―キリシタン版としての天草版平家物語
12世紀後半、源平の争乱、加えて飢饉や地震などの社会不安の中、人々は命と心のあやうさ、 あさましさを目のあたりにした。その中に生れ、語られ続けた平家物語には真実実感として諸行無常 の思いが籠っている。数えきれない死者の物語は、生き残って彼らの 後世 を 弔う者たちの声である。その時代からおよそ四百年を経た戦国の世に、最新兵器鉄砲をもって 戦う人々の生死浮沈はさら激越なものとなって人々の眼前に展開していた。ハビアンにおいて 無常の思いはなお深く身に迫ったろう。しかも彼の前に開かれたキリシタンの教えは新たな思 索の道を加えたに違いない。 もともと この国の風俗を知り ことばを学びがてら日域の往時をとぶらふべき (ハビア ン筆の 序 )書として選ばれた古典平家物語である。その中に流れる仏教的 え、それに基づ く生き方を一概に否定しては抄訳の目的を果たせない。ハビアンは古典の仏教語を自在にしか も慎重に用いて、眼にうつる、はかない現実より、眼に見えぬ確かなものを求める人々、すな わち 後生を願ふ 往生の素懐を遂げうずる 人々の姿を共感をこめて語った。無名・無力 の白拍子や滅びゆく平氏の重衡、維盛の 後生 を求める切実な姿を刻むことは、同じく 後 生の扶かる道 を求めるキリシタンの 志願のたより に反するものではなかったのである。 そもそも、古今東西を問わず、永遠や普遍、生と死、現世のかなたに思いを致す人びとの持 つ感慨として、この世の無常を観ずる心は一般であるだろう。例えば遠い西方の言葉に、 まことに、木々の葉の世のありさまこそ、人間の世の姿とかわらぬ、╱木の葉を時に、 風が来って地に散り敷くが、他方ではまた╱森の木々は繁り栄えて葉を生じ、春の季節が 循って来る。╱それと同じく人の世系も かつは生い出で、かつはまた滅んでゆくもの。 ( イーリアス 第六書146∼149 呉茂一・訳) とあるではないか(25)。その思いに立ってどのような神が、限りある短い生を生きる人間に働 きかけ、それに人間がどのように応答するか、にそれぞれの思想・文化の特色が現れるのであ って、無常観の有り無しがそのまま仏教的か否かを意味しない。 元禅僧、今は若きキリシタンであるハビアンは、 サントスのご作業 の翻訳者・日本人修 道士パウロとその子ビセンテ、 ヒイデスの導師 の翻訳者ペロ ラモンらと共に、洋語と日本 語、キリスト教用語と仏教由来の語の 錯する宗教書翻訳の現場にいたはずである( 6)。 自ら も師の命に従い、 世話に和らげた 日本語を用いて、古典平家物語を再構成する 命を帯び ていた。彼は日本人として血肉化している仏教語による感受と思惟の様式とキリシタンの信仰 とを一つ身に負い、 天のみ法を弘め、迷へる衆生を導かん とする 志願のたより となる 語や物語に思いを回らしていたに違いない。その耳に最も近く後生を願う人々の声が響き、妓 王・仏たちの物語が力をこめて語られることになった。 仏教的視点 を避けるのではなく、 仏教の教えに立って 後生 を求める人々の物語を語ることが、キリシタンの目指すところに 通じる道だったのである。 かげろふ稲妻よりも、なほはかない一旦の楽しみにほこって後生を忘れうずることの悲し さ を訴える白拍子仏の言葉が、キリシタン版の一書 こんてむつすむん地 (27)の、 まなこに見ゆるせかいのはかなき事よりひきなびけらるまじきために、
まなこに見えぬをはりなき事にしつかいののぞみをかけたまふ。 世をいとひて天の国にいたらんとこゝろざすこと、さいじやうのちゑなり。 にぴたりと重なるのを見る時、天草版平家物語が、キリシタン書の中に確かな位置を占めるこ とを実感する。 〔注〕 (1) 天草版平家物語 もしくは キリシタン版平家物語 、 ハビアン抄平家物語 と通称される 書は、 日本の言葉と Historia(イストリア 歴 )を習ひ知らんと欲する人のために世話に やはらげたる平家の物語 と題された平家物語の抄訳である。宣教のための日本語教科書とし て企図され、1592年天草のイエズス会コレジオ刊行、ローマ字表記408ページ。原本は大英図 書館蔵の弧本。この作品の特徴、研究の意義については小稿 天草版平家物語 序説 ( 佛教 大学大学院紀要 第36号 2008年3月)において述べた。前稿と同じく用いる本文は ハビヤン 抄 キリシタン版 平家物語 (亀井高孝・阪田雪子翻字、吉川弘文館 1966初版、1980改訂)。 その原本の影印 天草版平家物語 (勉誠社 1994)を参照する。 (2) 平家物語諸本群を仮に一括して 古典平家物語 と呼ぶ。ただし、清瀬良一氏 天草版平家物 語の基礎的研究 (渓水社、1982年)により、天草版との比較に用いるのは、[巻Ⅰ]および [巻Ⅱの1]は覚一本、それ以降は百二十句本である。 (3) 市井外喜子氏 天草版平家物語私 (新典社、2000年)。鈴木則郎氏 天草本平家物語に関す る一 察―不干ハビアンの 平家物語 理解をめぐって― ( 宮城学院女子大学基督教文化研 究所研究年報 1969-70)もほぼ同様の見解である。
(4) 天草版平家物語は、その巻と章を Quan daiichi巻第一 Daiichi第一 のように表記している が、この稿では[巻Ⅰの1]とし、比較する古典平家物語は 巻一 王 (覚一本)、 第三十 三句 信連合戦 (百二十句本)のように示す。 (5) 不干ハビアン Fucan Fabian(1565∼1621)はイエズス会の日本人イルマン(修道士)。その 生涯については井手勝美氏 不干ハビアンの生涯 ( キリシタン思想 研究序説 ぺりかん社、 1995年)に詳しい。 (6) 天草版平家物語の 重衡北の方 は古典平家物語の 内裏の女房 に当る。古典平家物語の重 衡の北の方は 礼門院近侍の 大納言の佐 。 (7) ハビアン筆の序文 読誦の人に対して書す の中に、師の言として 尊きおん主 Iesu Christo の Euangeiho(福音)の御法をひろめんためなれば、その志願のたよりとならざることをば みなもって除かずんばあるべからず とある。 (8) 源一氏の サントスのご作業 解説( 吉利支丹文学集 1)には 本書は国内最初の出版 でもあり、訳者も一人ではないので統一を欠く点がある。例へば、神を表はすのに Deus、De (上の語の略)の他に天帝、天道、天主、天をも用ひてゐるが、本書刊年の翌年1592年のドチ リナ・キリシタン以後になると、神はデウスという語に一定せられ、… とある。 (9) 日葡辞書 に 愛 の項はない。 大切 Taixet に 愛 Amor の訳語がついている。天正
版 ドチリイナ・キリシタン の 和らげ には、 愛する、もてあそぶこと Amar とある。 (10) 芥川龍之介 奉教人の死 (1918年発表)はこの伝による。 原秀一氏 異教としてのキリス ト教 (平凡社ライブラリー 2001)に詳しい論がある。 (11) このうち ヒイデスの導師 の序文 読誦の人に対して序す (ペロ ラモン筆)が、ハビアン の序文 読誦の人に対して書す と形式・内容共によく似ている点は注目される。 (12) サ ン ト ス の ご 作 業 は、加 津 佐 刊 行 の 活 字 本 の ほ か、バ レ ト Maoel Barreto(1564頃− 1620)書写の写本が伝っている。その17話は活字本と共通する。 (13) ヒイデスの導師 は、フライ・ルイス F.Luis de Granada(1504−88)著 信仰綱領序論 の抄訳である。編訳者スペイン人ペロ ラモン Pedro Ramom(1549―1611)(当時臼杵の修練 院院長)は、 日本人信者の協力を得て翻訳の主宰をするには適当な人であった とのことであ る( 源一氏 吉利支丹文学集 1の解説)。 (14) ドチリイナ・キリシタン Doctrina Christam は、前期版(天正版 1592年)と後期版(慶長 版 1600年)の二種、それぞれローマ字本と国字本、計四本が現存。現在カトリック教会が用 いる 教要理 (最近は カトリック要理 または カトリック入門 )は、 ドチリイナ 現 代版である。 (15) 慶長版においては、例えば天正版の 解脱し給ふ 済度利益あるべきために ご入滅 がそ れぞれ 自由になし給ふ 救はれ奉らんために ご死去 と改定されている。それに対して 後生 の語は天正版に増して多く用いられ、 後生を扶かる道 が強調されている。 (16) 邦訳日葡辞書 (土井忠生・森田武・長南実編訳、1980年岩波書店)は、長崎版日葡辞書(原 題 VOCABVRARIO DA LINGOA DE IAPAM com adeclaraçao Portugues<ポルトガル 語の説明を付した日本語辞書>1603年日本イエズス会刊)の全訳。 (17) 日葡辞書 で Bup.のマークがある 明確な仏教語 約150語とは、例えば、 阿羅漢 解 脱 宿報 帰命 須弥 降魔 遍照 本覚 六波羅蜜 などである。 (18) 村岡典嗣編 吉利支丹文学抄 (改造社、1926)の 序説 。 (19) 参 までに、天草版の 後生 以外の主な仏教語の語数をあげると、 善知識 6(古典10)、 往生 2(同14)、 戒 4(同15)、 出家 15(同60)、 念仏 14(同42)などである。 (20) 覚一本・百二十句本ともに 願ふ のは常に 後世 であり、 後生 は 今生後生の孝養 後生のこと尋申す 後生を知る 後生をし損ず の他、 後生善所のために 後生菩提 などと用いられている。 (21) 日葡辞書 善知識 の項に 学問があり、非常に徳の高い僧侶 とあり、同じく 戒 戒 の師 について詳しい説明・例示があることを思えば、ハビアンはここで白拍子仏を 善知 識 とは呼べなかったのではないかと思われる。 (22) 灌頂の巻には (女院は) 久二年きさらぎの中旬に、一期遂におはらせ給ひぬ とあり、ハ ビアン訳の 女院つひに 久のころご逝去あったと申す は、これに近い。灌頂の巻で 竜女 が正覚の跡を追ひ、韋提希夫人の如に、みな往生の素懐をとげ るのは女院の女房達である。 (23) 天草版平家物語の原拠本探求のため平家物語諸本との詳細な比較検討をした清瀬良一氏は 巻 Ⅰで取りあげられなかった 妓王 が、その話が世人によく知られていたゆえであろうか、天
草版の編者が仏道帰依の説話に共感をおぼえたゆえであろうか、あるいはまた、ほかに何かの 理由があったのであろうか、構想的には清盛の悪業の一つとして妓王の話が取りあげられ…… 巻Ⅱの冒頭に置かれたものと推測される と述べ、編者ハビアンが 特別な関心を持って口訳 の業に従った らしいこと、 編修の上で特別な扱いを受けていると見られる ことを指摘し ている。(同氏 天草版平家物語の基礎的研究 の第一部、第一章、第五節 妓王の章の原拠 本 78ページ) (24) この 後生 と 祈る の組合せも古典にはない。 祈る 祈誓 は、 後世 と共に、 後世 のことよくよく祈らせられて(*申させ給ひて) 、 後世のこと御祈誓あって(*祈誓申さ せ) と、維盛の死を回想する女達の言葉にある。重衡については、ハビアン訳に わが在世 のとき見参した聖に後世のこと(*後生のこと)(第九十三句 重衡受戒 、覚一本同じ)を申 し合はせうと思ふは,何ととあれば [巻Ⅳの11]とあり、その聖法然上人との対面がかなっ た時、覚一本では さても重衡が後生、いかがし候べき (巻十、戒文)という切実な問いが 発せられ、最期には 年頃あひ具したりし女房に 後生のこと申しおかばや と願っている (巻十一、重衡被斬)。 (25) 旧約聖書 コヘレトの言葉 にも、 なんという空しさ/なんという空しさ、すべては空し い/太陽の下、人は労苦するが/すべての労苦も何になろう/一代過ぎればまた一代が起こり/永 遠に耐えるのは大地 ( 新共同訳聖書 )とある。 (26) サントスの御作業 出版に至るまでには、ヴィレラ、フロイス、ラモンらのおよそ30年にわ たる翻訳の労苦があり、それに日本人イルマンのロレンソ、パウロ・ヴィセンテ 子が関った であろう、と推測されている( 源一氏 吉利支丹文学集 1)。 (27) イミタチオ・クリスティ Imitatione Christi ( キリストにならいて )として知られ、現在 も多くの読者を持つ。著者はトマス・ア・ケンピス(1379 ∼1472 )説を筆頭に異説多数。キ リシタン版 こんてむつすむん地 はローマ字本(1596年天草刊行)と国字本(1610年京都刊 行)の二種が現存する。 〔付記〕 天草版平家物語以外の本文は、次の書を用いた。 サントスのご作業 サントスのご作業 (尾原悟編著、教文館 1996) ヒイデスの導師 ヒイデスの導師 (尾原悟編著、 同1995) ドチリイナ・キリシタン (天正版) キリシタン教理書 (海老沢有道他編著、同 1993) こんてむつすむん地 吉利支丹文学集 1(新村出・ 源一 注、東洋文庫 1993) (たまかけ ようこ 文学研究科国文学専攻修士課程修了) (指導:黒田 彰 教授) 2008年9月29日受理