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学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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博 士 ( 農 学 ) 大 島 一 正

    

 ttL

論 文 題 名

   Host race formation in the leaf‑mining moth Acrocercops transecta: the genetic mechanisms of host race formation and      maintenance, and gene flow between the host races

(潜葉性蛾類クルミホソガにおけるホストレース形成:ホストレース分化と

    

そ の 維 持 の 遺 伝 機 構 お よ び ホ ス ト レ ー ス 問 で の 遺 伝 子 流 入)

学位論文内容の要旨

  多く の生 物種 に おい て, 形態 的 には 同種であるものの,異な る環境に適応した品種,エコ タ イプが見ら れる,植食性昆虫では,同種 内に寄主植物のみが異なる エコタイプ,ホストレースが 報告されて いる,複数のホストレースが 同所的に生息している場合 も多く見られ,地理的な隔離 を伴わずに ,異なる寄主植物への適応の みで新たな種が生じるかど うかが種分化研究の重要なテ ーマとなっ ている,本研究では,鱗翅目 ホソガ科に属するクルミホソガAcrocercops transectaを 用いて,寄 主転換に伴う種分化機構を解 明した.

  植食性昆 虫において寄主転換が生じる には,雌成虫が幼虫の餌植 物を認識する能力(産卵選好 性)と,幼 虫が餌植物を消化する能力( 寄主利用能力)の両方に突 然変異が起こる必要がある.

よ って 寄主 転換 に伴う種分化の可能 性を検討するには,(1)雌成 虫の産卵選好性と幼虫の寄主 利 用 能カ の遺 伝的 基盤を解明し,(2)ホ ストレース間の雑種が生じ た場合に,どの程度寄主適応 カ の 低下 が生 じる かを定量化する必要 がある.さらに,(3)ホスト レース間での遺伝子流入パタ ー ンを野外集 団を用いて調ぺることで,寄 主の違いがどのように生殖 隔離として働くかを理解でき る.

  寄主 適応 の遺 伝的基盤を解明する には,ホストレースを交雑さ せて、F2とBackcross世代を 作 り,各世代 における寄主利用能カと産卵 選好性の表現型を調べる必 要がある,しかし,これまで 報告されて きた昆虫類では,ホストレー スのほば全てが年1化性であり,累代飼育の困難さから,

寄主転換と それに伴う種分化機構の遺伝 学的背景はほとんど研究さ れてこなかった.クルミホソ ガ は1世代 が1ケ 月 以内 に完 了し , かつ 年多化性である.また, 実験室内で容易に累代飼育が 可 能であり, 幼虫の寄主利用能カや雌成虫 の産卵選好性も実験室内で 定量化できる.よって,クル ミ ホ ソ ガ は 植 食 性 昆 虫 の 種 分 化 機 構 を 調 べ る 上 で 有 用 な モ デ ル 生 物 に な りう る(2章 ).

  3章 では ,ク ルミホソガのクルミを 寄主とする小集団(クルミ 集団)と,ネジキを寄主とす る 小集団(ネ ジキ集団)の間で,寄主適応 カの違いと交配能カの有無 ,雑種の生存カを調べた.そ の結果,ク ′レミ集団の雌はクルミのみ に,ネジキ集団の雌はネジキのみに産卵選好性を示すこと が分かった .クルミ集団の幼虫はネジキ を食べると死亡するが,ネ ジキ集団の幼虫にクルミを与 えた場合に は,ネジキを与えた場合と同 様,正常に生育した.小集 団間での交雑は可能であり,

雑種の孵化 率も正常であったが,Fl雑種 の幼虫はネジキ上では全個 体が死亡した.しかし,クル

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ミ上でFl雑種を育てる と,交雑の方向にかかわら ず,Fl雑種は正常に育った. このことから、両 集団間には,ゲノム間 の不調和に基づく発生上の 雑種崩壊は生じていなぃと考 えられた.よって クルミホソガはクルミ を寄主とするホストレース (クルミレース)とネジキを 寄主とするホスト レース(ネジキレース )に分化していることが明 らかになった,

  4章で は, 分子 系 統樹を用いて,クルミホソガ 種内での寄主転換の方向性 とホストレース間の 遺伝的分化の程度を調 べた.ミトコンドリアCOIとND5領域を用いて分子系統樹を作成したところ,

クルミレースが祖先集 団であり,ネジキヘの寄主 転換が1度だけ生じたことが示唆された,また,

日本国内の両レースは ,ミトコンドリアDNAでは例 外なく区別された.分子系 統の結果と3章の結 果から,クルミホソガ における寄主転換の進化プ ロセスを議論した.クルミレ ースの幼虫はネジ キ上では生存できない ため,祖先集団であるクル ミレース内にネジキに産卵選 好性を示す突然変 異が出現しても,この 突然変異個体の子孫はネジ キ上で生存できず,排除され たと考えられる,

よって寄主転換に先立 ち,ネジキを食べられる突 然変異がクルミレース内で生 じていたと推測で きる.ネジキ食の突然 変異がクルミレース内で維 持されるには,ネジキを利用 できる個体が同時 にクルミも利用可能で ある必要がある,事実,ネ ジキレースの幼虫はクルミ上 でも育ち,この予 測と 一致 し た. した がって寄主転換の進化シナ リオとしては,第1にクルミ レース内で潜在的な ネジ キ食 が 起源 し, 第2にそうした突然変異個体 にネジキを選好する突然変 異がさらに生じたと 推測できる,

  植食性昆虫では寄主 上で交配が行われることが 多いため,寄主選好性の違い は同系交配を引き 起こ すと 考 えら れて いる.5章では,クルミホソ ガにおける寄主選好性の違 いが同系交配を引き 起こ すか 否 かを 検証 した.本種は暗期から明期 への移行の前後1時間に交尾 が集中することが分 かっているため,この 時間内における定着場所の 選好性を調べた,その結果, ネジキレースの雌 は有意にネジキを定着 場所として選んだが,ネジ キレースの雄とクルミレース の雌雄では有意な 定着場所の選好性は見 られなかった.よって,ク ルミホソガのホストレース間 では寄主の違いに よる同系交配が生じて いないと考えられる,

  6章では,寄主利用 能カと産卵選好性の遺伝様式 を,F2とBackcross世代での 両形質の分離比か ら調 べた , 両形 質と もそ れぞ れ 常染 色体 上の,1遺伝子座の1対の対立遺伝 子により主に支配さ れていることが示唆さ れた.また,寄主利用能カ はクルミ食が,産卵選好性は ネジキ選好がそれ ぞれ完全優性となるこ とが示唆された.以上から 、クルミホソガにおけるホス トレース間の隔離 機構を考察した,ネジ キレースを母親としたFl卵 はネジキ上に産卵されるが,Fl世代がネジキを 利用 でき な いた め, この 方向 の 遺伝 子流 入は阻 止される.一方,クルミレ ースを母親としたFl 雑種はクルミ上で生育 可能である.羽化したFl個 体がクルミレースと交雑した 場合,Fl雌はネジ キを選好するため,Fl世代の雌個体はクルミレー スから移出すると予想できる .Fl雄がクルミレ ースの雌と交雑したと しても,ネジキ選好が優性 のため,F2(戻し交配)以降 の雑種雌はクルミ レース中に遺伝子を残 せない,クルミホソガでは ,寄主特異性の遺伝様式その ものがレース間の 生殖隔離の主要因とな っていた.

  ホストレース間では ,寄主適応に関与するゲノ ム領域には自然選択によって レース間の分化が 維持されるが,他のゲ ノム領域には遺伝子流入が 生じると予想できる,特にネ ジキレースからク ルミ レー ス ヘは 遺伝 子流入が生じている可能性 がある.7章では,この仮説 の検証のため,ミト コン ドリ アCOI+ND5,Z染 色体 上 のTpi遺 伝子 を用 い, レー ス 間遺 伝子流入 の程度を両遺伝子領 域間 で比 較 した .系 統解析,Coalescent理論に 基づく分子集団遺伝学的解析 によると,Tpiにお いては,ネジキレース からクルミレースヘの遺伝 子流入仮説が支持されたが, ミトコンドリア遺 伝子では遺伝子流入は 支持されなかった.この結 果は,母性遺伝するゲノム領 域では雌の産卵選

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好性の違いから遺伝的分化が維持されることを意味する.系統関係の結果と合わせて考えると,

派生的な集団より祖先的な集団の方が遺伝子流入の影響を受けやすいことが推測できた.

  本研究では,交配実験,室内実験,分子系統樹構築を通じて,クルミホソガでは,一方向性の わずかな程度の遺伝子流動を伴いながらも,寄主間で遺伝的に明瞭に異なる2群が長期間維持さ れてきたことを明らかにできた.

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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査

副 査 副 査 副 査

教授 教授 准教授 助教

秋元 斎藤 長谷川 吉澤

信一     裕 英祐 和徳

   Host race formation in the leaf‑mining moth Acrocercops transecta: the genetic mechanisms of host race formation and      maintenance, and gene flow between the host races

( 潜 葉 性 蛾 類 ク ル ミ ホ ソ ガ に お け る ホ ス ト レ ー ス 形 成 : ホ ス ト レ ー ス 分 化と     そ の 維 持 の 遺 伝 機 構 お よ び ホ ス ト レ ー ス 間 で の 遺 伝 子 流 入 )

本論 文 は 、図12、 表6、 引用文 献154編 からな る総頁86頁 の英文 論文であ る,参考 論文4編 が添え られてい る.

    植食性 昆虫では ,同種 内に寄主 植物の みが異な るエコ タイプ, ホストレースが報告さ れてい る,複数 のホス トレース が同所的 に生息 している 場合も 多く見られ,地理的な隔離 を伴わ ずに,異 なる寄 主植物べ の適応の みで新 たな種が 生じる かどうかが種分化研究の重 要たテ ーマとな ってい る.植食 性昆虫に ねいて 寄主転換 が生じ るには,雌成虫が幼虫の餌 植物を 認識する 能力( 産卵選好 性)と, 幼虫が 餌植物を 消化す る能力(寄主利用能力)の 両方に 突然変異 が起こ る必要が ある.よ って, 寄主転換 に伴う 種分化を実証するには,こ れら2形 質の 遺伝基盤 を調べ ,1) 寄主転換 の際に これら2つの能 カがい かにして 同調す る か,2)これ ら2形 質の遺 伝的分化 がどの ように生 殖隔離を 引き起 こすか,を解明する必要 がある .本研究 では, 鱗翅目ホ ソガ科に 属するクルミホソガAcrocercops transectaを用い て , ホ ス ト レ ー ス の 分 化 機 構 と ホ ス ト レ ー ス 間 で の 生 殖 隔 離 機 構 を 解 明 し た ,     クルミ ホソガの クルミ を寄主と する小 集団(ク ルミ集 団)と, ネジキを寄主とする小 集団( ネジキ集 団)の間で,寄主適応カの違いと交配能カの有無,雑種の生存カを調べた.

その結 果,クル ミ集団 の雌はク ルミのみ に,ネ ジキ集団 の雌は ネジキのみに産卵選好性を 示すこ とが分か った. クルミ集 団の幼虫 はネジ キを食べ ると死 亡するが,ネジキ集団の幼 虫にク ルミを与 えた場 合には, ネジキを 与えた 場合と同 様,正 常に生育した.小集団間で の交雑 は可能で あり, 雑種の孵 化率も正 常であ ったが,Fl雑種の 幼虫はネジキ上では全個 体が死 亡した. しかし ,クルミ 上でFl雑 種を育て ると,交 雑の方 向にかかわらず,Fl雑種 は正常 に育った ,この ことから 、両集団 問には ,ゲノム 問の不 調和に基づく発生上の雑種 崩壊は 生じてい ないと 考えられ た.よっ てクル ミホソガ はクル ミを寄主とするホストレー ス(ク ルミレー ス)と ネジキを 寄主とす るホス トレース (ネジ キレース)に分化している ことが 明らかに 栓った .

    分子系 統樹を用 いて, クルミホ ソガ種 内での寄 主転換 の方向性 とホストレース間の遺

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伝的分化の程度を調べた.ミトコンドリアCOI とND5 領域を用いて分子系統樹を作成した ところ,クルミレースが祖先集団であり,ネジキヘの寄主転換が

1

度だけ生じたことが示 唆された.また,日本国内の両レースは,ミトコンドリアDNA では例外なく区別された.

寄主適応カの結果と合わせて,クルミホソガにおける寄主転換の進化プロセスを議論した,

クルミレースの幼虫はネジキ上では生存できないため,祖先集団であるクルミレース内に ネジキに産卵選好性を示す突然変異が出現しても,この突然変異個体の子孫はネジキ上で 生存できず,排除されたと考えられる,よって寄主転換に先立ち,ネジキを食べられる突 然変異がクルミレース内で生じていたと推測できる.ネジキ食の突然変異がクルミレース 内で維持されるには,ネジキを利用できる個体が同時にクルミも利用可能である必要があ る , 事 実 , ネ ジ キ レ ー ス の 幼 虫 は ク ル ミ 上 で も 育 ち , こ の 予 測 と 一 致 した ,

    

寄主利用能カと産卵選好性の遺伝様式を,F2 とBackcross 世代での両形質の分離比から 調べた.両形質ともそれぞれ常染色体上の,

1

遺伝子座の

1

対の対立遺伝子により主に支 配されていることが示唆された.また,寄主利用能カはクルミ食が,産卵選好性はネジキ 選好がそれぞれ完全優性となることが示唆された.以上から、クルミホソガにおけるホス トレース聞の隔離機構を考察した.ネジキレースを母親とした

Fl

卵はネジキ上に産卵され るが,

Fl

世代がネジキを利用できぬいため,この方向の遺伝子流入は阻止される.一方,

クルミレースを母親としたFl 雑種はクルミ上で生育可能である.羽化したFl 個体がクルミ レースと交雑した場合,F1 雌はネジキを選好するため,

Fl

世代の雌個体はクルミレースか ら移出すると予想できる. F1 雄がクルミレースの雌と交雑したとしても,ネジキ選好が優 性のため,Backcross 世代以降の雑種雌はクルミレース中に遺伝子を残せない,クルミホソ ガでは,寄主特異性の遺伝様式そのものがレース間の生殖隔離の主要因となっていた.

  

本研究では,交配実験,室内実験,分子系統樹構築を通じて,クルミホソガでは,両

ホストレース間では交雑が可能であるにもかかわらず,寄主間で遺伝的に明瞭に異なる2

群が長期間維持されてきたことを明らかにできた,この成果は,関連学会等においても高

く評価されており,海外にも例のない重厚な研究である.よって,審査員一同は,大島一

正 が 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た .

参照

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