博 士 ( 薬 学 ) 酒 井 直 行
学 位 論 文 題 名
受精におけるユビキチンシステムの機能解析 学位論文内容の要旨
ユピ キチンーブロ テアソームシ ステムは、細 胞内の選択的タ シパク質分解 に童要な役割を果たしている。
このシ ステムは、低 分子量(約8kDa)のタンパク 質ユピキチン を、El(ユピ キチン活性化酵 素)、E2(ユピ キチン 結合酵素)、E3(ユピキチ ンリガーゼ) からなるユピキ チン化酵素群 が基質タンパク質に共有結合さ せる系 (ユピキチン システム)と 、ポリユピキ チン化によって 標識されたタ ンパク質を巨 大分子複合体26S プ ロテ ア ソー ム が分 解 する 系( プロテアソー ムシステム) の2つの系から なる.しかし 、細胞外にお いて ユピキ チンープロテ アソームシス テムが機能す 否報告例、分子 機構は今まで に見つかっていない.当研究室 で は、 受 精に伴っ て精子からプ ロテアソーム が放出されるこ と、プロテア ソーム阻害剤 により受精が 阻害 さ れる こ とを明ら かにし、糟子 の卵黄膜通過 にプロテアゾー ムが関与して いると提唱し た。さらに、 マポ ヤ卵黄 膜の主成分で あるHrVC70タ ンパク質がin vrtroでユピキ チン化と26Sプロテアソーム による分解を受 けるこ どを明らかに した。本研究 では、受精に おけるユピキチ ンープロテア ソームシステムの役割をさらに 解 明す る ために、 受精の場にお ける卵黄膜タ ンパク質HrVC70のユピキチン 化の様式、精 子由来のユピ キチ 冫化酵 素群の分離・ 精製とその機 能を解析した .
卵黄膜 が受精の堝にお いてユピキチ ン化されるか 否かを婀ぺる ために、受績前 と受精時のマ ポヤ卵を用 いて、マルチ ユピキチン頒 を特異的に認 繊するFK2抗体 による螢光抗体染色を行った.、その結果、受精卵で 濾胞細胞が存 在する箇所の みでFK2抗体が 反応すること が明らかにな った.この結 果は、精子が卵黄膜を通 過する部位( 濾胞細胞が付 着した箇所) で特異的に卵 黄膜のユピキチ ン化が起きていることを示している。
次 に 、卵黄膜タ ンパク質HrVC70が受精時に ユピキチン化 されるか否かを 鯛べた。マポ ヤ受精卵と未 受精 卵から硼製し た卵黄膜を用 いて、HrVC70ベプチドに対 する抗体とFK2抗体によるウ ェスタンブロッ卜解析を 行っ た .その結果 、抗HrVC70抗 体を用いた場 合、未受精卵 由来の卵黄膜で はHrVC70のみ のパンドが検 出さ れるが、受精 卵由来の卵黄 膜では高分子 丑領域にもバ ンドが認められ、そのバンドがFK2抗体とも反応した。
以上の結果か ら、HrVC70が 受精時に確か にユピキチン 化されると結諭 した。
受 精 時に卵黄膜 のユピキチ冫 化を行う酵素 群の由来を凋 べるため、未受 精卵からの抽 出液、精子ホ モジ ネー ト の遠 心 分離(500Xg)に よ り得 ら れる 膜画 分と細胞 質画分、および 、精子をpH9.6の海水で処 理し 活性化させた 時に得られる 上清画分(精 子放出液)をそれぞれHrVC70と【thl]‐ユピキチン存在下にユビキチ ン化反応を行 い、ついでSDS―PAGEとオー トラジオグラ フイーを行い 、HrVC70のユ ビキチン化の有無を觸べ た. そ の結果、精 子膜画分と精 子放出液にHrVc70のユピキ チン化活性が認 められた。精 子放出液中に ュビ キチ ン 化活性が検 出されたこと から、受精時 に、卵との結 合に伴って起こ る精子の活性 化の際に、ユ ピキ チン化酵素群 が精予から分 泌されると考 えられる。な お、26Sプロテアソームも精子放出液中に検出される。
ま た 、精子放出 液を用いて、 ユピキチンの 存在を抗ユビ キチン抗体によ るウェスタン プロット解析 によ
−771−
って 、 また 、ATPの存 在をル シフェラーゼ 測定法によっ て調ぺた結果、 ユピキチンもATPも精子放出 液に検 出さ れ た。 以 上の 結 果から 、HrVC70のユピ キチン化に必 要とされるシ ステムの構成 因子、すなわち 、ユピ キ チ ン 化 酵 素 群 、 ユ ピ キ チ ン お よ びATPが 受 精 時 に 精 子 か ら 放 出 さ れ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 HrVC70の ユ ピキ チ ン化 部位 を 同定 す るた めに、HrVC70に存在する2つのりジン残 基を含む領域、 すなわ ち、K234を 含 むべ プ チド(227‑270)とK636を含むぺプチ ド(585ー661) のGST融合タ ンパク質と、そ れぞれ のり ジ ン残 基 をア ル ギニン に置換した変異 体を発現し、 精予放出液に よるユピキチ ン化の有無を嗣 べた。
その 結 果、K234を 含 むペプ チドのみがユピ キチン化され 、そのK234を アルギニンに 置換した変異体 ではユ ピ キ チ ン 化 さ れ な か っ た 。 以 上 の 結 果 か ら 、VC70の ユ ピ キ チ ン 化 部 位 はK234で あ る と結 諭し た 。 VC70に対 す るユ ピ キチン 化酵素群が精子 放出液に存在 することが明 らかになった ので、精子放出 液を出 発材 料 とし 、 従来 のEl、E2、E3酵素群の精 製方法に準拠 して、ユピキ チン化酵素群 の分離を賦みた 。DEAE セル ロ ース ク ロマ ト グラフ イー、ユピキチ ン固定化アガ ロースピーズ によるクロマ トグラフイー、 ついで グリ セ ロー ル 密度 勾 配遠心 分離法による分 画を行った結 果、分子量700kDa付近に、HrVC70のユピキ チン化 活性が検出 された。
次に、700kDaグルセロ ール活性画分 の諸性質を調べ た。活性画分を[125I]−ユピキチンと共にインキュベ ートするとSDS―PAGEおよ びオートラジ オグラフィに よってユピキ チンと結合しているシグナルが確認でき、
また 活性画分は チオエステル 結合を阻害す るDTTの存在下 ではユピキチ ン化活性を持 たなかった。ま た活性 ´
はATPお よ びマ グ ネシ ウ ムイ オン(20 mM)の 非存在下で は示さず、ATPを分解するア ピラーゼの添加 によっ て阻 害 され た 。さ ら に、 活性 の 至適pHは海 水のpH8付近 であり、海水 に含まれるイ オンのうちカル シウム イオンを除 いた場合は活 性が顕著に低 下した。また、 活性画分はHrVC70のみをユ ピキチン化し、熱変性リ´
ゾチ ー ムを ユ ピキ チ ン化で きなかった。以 上の結果から 、精子から細 胞外に放出さ れるユピキチ冫 化酵素 群は 、細胞内に おけるユピキ チン化機構と 同様に、ATPと マグネシウム イオンの存在 を必要とし、か つ、ユ ピキ チ ンと の チオ エ ステル 結合を経る機構 で働いている こと、本酵素 群は海水中で 十分に活性を発 現でき る こ と 、 さ ら に 、HrVC70に 対 し て 高 い 基 質 特 異 性 を 有 す る 酵 素 の 存 在 が 明 ら か に な っ た 。 700kDaグリセ ロール活性画 分はュピキチ ンーアガロー スピーズからDTTによって溶 出されることか ら、ユ ピキ チ ンと チ オエ ス テル結 合を形成できるE1酵素とE2酵 素を含むと考 えられるので 、次に、E3酵素 の存在 につ い て検 討 した 。E3酵素 と結合すると恩 われるHrVC70のユピキチン 化されるK234を含むべプチド を固定 化し たアガ口ー スピーズを作 成し、上記の 精製において ユピキチン―ア ガロースピー ズをDTTの後にpH9.0 で洗浄した 画分を用いて クロマトグラ フイーを行った 。その結果、K234ベプチド ーアガ口ースピーズの吸着 画分が、700kDaグリセロ ール活性画分 のユピキチン化 活性を濃度依 存的に促進す ることが明らかになった。
以上 の 結果 は 、HrVC70に対 するE3酵素の存 在を示してい る。以上の結 果から、El/E2/E3からなるユ ピキチ ン 化 酵 素 群 が 受 精 時 に 精 子 か ら 放 出 さ れ 、 卵 黄 膜 の ユ ピ キ チ ン 化 を 行 う こ と が 明 ら かに なっ た 。
―772 ‑
学位論文審査の要旨 主査 教授 横 沢英良 副査 教授 澤 田 均 副査 助教授 松本健一 副査 助教授 川原裕之
学 位 論 文 題 名
受精におけるユビキチンシステムの機能解析
ユピキチン・プロテアソームシステムは、細胞内の選択的夕ンバク質分解に重要な 役割を果たしている。このシステムは、低分子量夕ンバク質ユビキチンを、El (ユピ キチン活性化酵素)、E2 (ユビキチン結合酵素)、E3 (ユビキチンリガーゼ)からな るユビキチン化酵素群が基質夕ンパク質に共有結合させる系(ユビキチンシステム)
と、ポリユビキチン化によって標識されたタンバク質を巨大分子複合体26S プロテア ソームが分解する系(プ口テアソームシステム)の2 っからなる。一方、原索動物マ ボヤでは、受精に伴って精子からプ口テアソームが放出されること、受精がプロテア ソーム阻害剤により阻害されること、in vitro で卵黄膜夕ンパク質がユピキチン化さ
´れ、26S プロテアソームにより分解を受けることが明らかになっており、細胞外にお い て ユ ビ キ チ ン  ̄ プ ロ テ ア ソ ー ム シ ス テ ム が 機 能 す る と 推 論 さ れ て い る 。 本論文提出者は、原索動物マポヤの受精の場における卵黄膜夕ンパク質のユピキチ ン化の様式や、精子由来のユビキチン化酵素群に関する一連の研究を展開し、以下の 成果をおさめた。
(1 )マルチユビキチン鎖を特異的に認識するFK2 抗体を用いた螢光抗体染色により、
マポヤ受精卵において、濾胞細胞が存在する箇所のみにFK2 抗体が反応することを見 出し、精子が卵黄膜を通過する部位(濾胞細胞が付着した箇所)で特異的に卵黄膜の ユピキチン化が起きていることを明らかにした:
( 2 )マ ボ ヤ 受精卵 と未受精 卵から 調製した 卵黄膜を 用いて 、卵黄膜 主要成 分 HrVC70 由 来 ベプ チド に対する 抗体と マルチユ ビキチン 鎖特異 的FK2 抗 体によ るウ エスタン ブロッ ト解析を行い、受精時にHrVC70 がユピキチン化されることを明らか にした。
(3 )HfVC70 をユピキチン化する活性が、精子膜画分と精子放出液(精子をpH9 .6 の海水で処理して活性化させた時に得られる上清画分)に存在することを見出し、受 精時に卵との結合によって起こる精子の活性化に伴って、ユピキチン化酵素群が精子
―773―
から分泌されると提案した。さらに、ユピキチンもATP も精子放出液中に存在するこ とを明らかにした。
( 4 ) HrVC70 に存在す る2 つのりジ ン残基 を含む領 域、すな わち、 K234 を含むぺプ チ ド (227‑270) と K636 を含 む ぺ プチ ド (585‑661) の GST 融 合夕 ン バ ク質 と、 それ ぞ れのり ジン残基 をアルギニンに置換した変異体を作成し、精子放出液によりK234 を 含むペ プチドの みがユビキチン化され、そのK234 をアルギニンに置換した変異体 で はユピ キチン化 されないことを見出し、VC70 のユビキチン化部位はK234 であると 結諭した。
( 5 ) 精子放出 液を出発 材料と し、DEAE セ ル口ースク口マ卜グラフイー、ユビキチ ン固定化アガ口ースク口マ卜グラフイー(ジチオスレイ卜ール溶出画分)およびグリ セ 口ール 密度勾配 遠心分離を行い、HrVC70 をユビキチン化する酵素を精製した。本 酵 素 の 分子 量 は 分子量 700kDa であり 、活性発 現にATP 、マグ ネシウム イオン およ び カ ル シウ ム イ オンの 存在を必 要とし 、活性の 至適pH は 海水のpH8 付近 であり、
チ オェス テル結合 形成阻 害剤ジチ オスレイ トールやATP 分解酵素アピラーゼの添加 に よって 活性が阻 害され ることを 明らかに した。 また、本 酵素が HrVC70 のみをユ ビキチン化し、熱変性リゾチームをユビキチン化できないことを明らかにした。さら´
に 、ユピ キチン‐ アガ口ースクロマトグラフイーのpH9 .0 溶出画分を用いて、 K234 を含むべプチドを固定化したアガ口ースカラムによるクロマトグラフイーを行い、E3 酵 素を単 離した。 そして 、本E3 酵素 が700kDa ユビ キチン化 酵素の 活性を濃度依存 的 に促進 すること を明らかにした。以上の結果から、El 庖2 厄3 からなるユビキチン 化 酵素群 が受精時 に精子から放出され|卵黄膜のユピキチン化を行うと提案した。
以上の新知見およびそれらを得るために用いた新研究方法は、受精における卵黄膜 のユピキチン化の機構や精子由来のユビキチン化酵素系の理解にとどまらず、細胞外 でのユピキチン・プ口テアソームシステムによる細胞機能の制御機構を理解する上で 重要な寄与をなすものである。
審査委員一同このことを高く評価し、本論文提出者が博士(薬学)の称号を受ける にふさわしいものと一致して判断した。
―774 ‑