博 士 ( 農 学 ) 志 田 祐 一 郎
学 位 論 文 題 名
釧路湿原に成立する堤内ハンノキ林の動態に関する研究 学位論文内容の要旨
日本 最大の 湿原であ る釧路 湿原で は、近年急速な森林の拡大が報告されている。その結果、草 原に適 応した 種が減 少し、 種多様 性カ羝下する危険性がある。湿原生態系を保全するためには、
この要 因を明 らかに し、必 要に応 じ適切な対処方法を検討すべきである。既存研究により、洪水 時の湿 原内へ の土砂 や濁水 の流入 が森林拡大の一因と推察されている。しかし森林拡大は堤防が 建設さ れ洪水 が起こ らなく なった 場所でも認められ、この要因は明らかになっていない。森林拡 大の要 因を明 らかに するた めには 、森林を構成する主要な種の分布とサイズの変化(動態)が、
どのよ うな条 件によ って起 きてい るのかを知る必要がある。釧路湿原の湿地林を構成する主要な 樹種は ハンノ キであ り、他 の湿生 植物と同様に水位・水質が分布やサイズを規定する要因と推定 される 。また 種子散 布源で ある母 樹の分布状態、発芽・定着が可能なセーフサイトの多寡、成長 速度な どによ ルハン ノキ林 の分布 が変化すると考えられる。以上のことを踏まえ、洪水が起こら ない場 所にお けるハ ンノキ 動態の 把握とそれを規定する要因の解明を本研究の目的とした。調査 地は釧 路湿原 南東部 に位置 する広 里地区 である 。この 場所は新 釧路川 の堤内 地であ り、樹高9m 以下のハンノキ林とヨシ・スゲ草原が分布している。
ハン ノキの 分布に対 する水 位・水 質なら びに過 去の分 布状態の影響を解析した。144haの範囲 で、2002年の樹 冠の三 次元的 な分布を 空中写 真とレ ーザー 測量に より把 握した 。また1977年の 樹 冠の 水 平 分 布を 空 中 写 真に よ り 把 握し た。 さらに2002年に29地 点で水 位を6回 、水質(EC、 pH、Cl‑、N03‑、S042‑、Na+、K十、Mg2十、Ca2十、TDN、TDP)を2回測定した。調査地を3,601個の メッシ ュに分 割し、 そ捫ぞ 捫に樹 冠占有率と樹冠高及びクリギング法による水位・水質の補間値 を与え た。こ れらの データ を用い て、25年 間の樹 冠分布 の変化 を把握 するとと もに、2002年の 樹冠占 有率及 び樹冠 高に対 する水 位・水 質条件 および1977年の樹 冠分布 状態の 影響を、一般化 線 形モ デ ル を 用い て 解 析 した 。1977年 か ら2002年に かけて 、水平 分布拡 大域は主 に1977年 の 分布域 の辺縁 部に偏 ってい たが、 多くのメッシュで樹冠占有率も増加した。地下水位はその平均 値が地 表面よ りわず かに下 にあり 、その変動は小さく、塩分濃度が高かった。樹冠占有率は水位 変動が小さく、平均水位、塩分濃度、養分濃度、酸性度が低く、過去に樹冠が分布してしゝた場所 で大き かった 。樹冠 高は、 水位変 動が大きく、塩分濃度、養分濃度、酸性度カ牴く、過去の樹冠 占有率 が大き い場所 で高か った。 以上のようにハンノキの分布に関係する水位・水質条件が特定 さ れ 、 ハ ン ノ キ 林 の 発 達 が 過 去 の 分 布 に 強 く 影 響 さ れ て い る こ と が 明 ら か に な っ た 。 種子 散布か ら実生定 着に至 るステ ージに着目し、実生定着を成功させる要因を検討した。湿原 では凹 凸微地 形(ハ ンモッ クとホ 口ー)がしばしば形成されることに着目し、ハンモック調査区 をハン ノキ林 から20箇 所、ヨ シ・ス ゲ草原 から10箇 所選出 した。 またこ れらの 近くにある比較 的面積 の大き いホ口 ー調査 区をハ ンノキ 林内及 びョシ ・スゲ草 原から10箇所ず っ選出 した。調 一88―
査 区に 生育 す るハ ンノ キの 当年 生 実生の数を2006年7〜8月に 数え、微環境条件として地表 面の 日 射量 、リ タ ー被 覆率 、土 壌水 分 、土壌pH及び散布種子密度 を測定した。さらにハンノキ の発 芽 特性 を知 る ため に発 芽実 験を 行 った 。2007年11月 に 採取 した 種子 を 用い 、約4ケ月間OoCの 湿 潤状 態で 保 存し た後 、3種類 の光 条件(14/10時間 ごと に明 暗切り替え、発芽確認時以外 暗、
常 時暗 )と14/10時 間ご と に温 度が 変わ る3条件(20/150C、15/100C、l0/50C)を 設定し、45日 間の実験を 行った。実生密度と微環境 条件及び散布種子密度との関 係は一般化線形モデルを用い て 解析 した 。微地形と植生夕イプ の組み合わせを予測変数とし たモデルを作成し、AICによ るモ デル選択を 行うことで微地形と植生夕 イプによる違いを検出した。 一方発芽に関しては、発芽の 有無を応答 変数、光条件と温度条件及 ぴそれらの交互作用を予測変 数、各ベトリ皿を変量効果と した一般化 線形混合モデルを用いて解 析した。当年生実生はハンノ キ林のハンモックのみで確認 された。微 地形と植生夕イプで共に差 があった微環境条件はりター 被覆率と土壌酸性度であり、
ハンノキ林 のハンモックではりター被 覆率が低く土壌酸性度が高か った。散布種子密度はハンノ キ林のほう がヨシ・スゲ草原よりも著 しく高かった。またハンノキ 種子は光があたる条件でもあ たらない条 件でも発芽したが、高温及 び高温でかつ光があたる条件 で発芽が促進された。リター が少ない場 所は成長と発芽の両面で実 生定着を促進しうるため、リ ターの堆積が少ないハンモッ クはハンノ キのセーフサイトとなり、 このような場所に十分な種子 が散布されることで実生定着 が起こりや すくなると考えられた。
ハンノキ は立地条件によって更新バ ターンを変える可能性がある が、その実態は不明である。
ハンノキの 更新バターンを明らかにし 、その上で成長速度を推定し 、立地条件との対応関係を検 討 した 。樹 高1.6m以下 のハ ンノ キ 林に50rriの 調査 区を 設定 し、生育する個体を樹高測定 後掘 り取って持 ち帰った。髄の有無を手が かりに幹と根の境界部を特定 し、その部位及び最も高い幹
(以降主幹 という)の基部の年輪計数 を行いそれぞれの齢を明らか にした。また幹と根の境界部 の地表面か らの高さを算出した。齢と 樹高との関係を、樹高を応答 変数、個体齢、主幹齢及び幹 と 根の 境界 部 の高 さを 予測 変数 と した 一般 化線 形モ デ ルを複 数作成して心Cによるモデル 選択 を 行 っ た 。 個 体 の 齢 は13〜48年 で 平 均 は25年 であ った 。 一方 主幹 の齢 は1〜24年で 平 均は9 年 と個 体の 齢 より も著 しく 小さ く 、10年以降は顕著に減少し た。すなわち主幹は個体の齢 とは 独立に比較 的最近伸長したものが多か った。最良モデルでは、樹高 に対して個体齢・主幹齢・幹 と根の境界 部の高さが全て影響してお り、また個体齢と主幹齢の対 数変換値とが相乗的に影響し ていた。こ のモデルは、主幹齢が増加 するにっれて樹高の増加が小 さくなることと、個体齢の直 線的な増加 に伴って同齢あたりの主幹 の伸長量が大きくなることを 示した。また幹と根の境界部 が 高く なる ほ ど樹 高が 低く なる 弱 い傾向があった。すなわち 、対象としたハンノキ個体は10年 前後で主幹 を入れ替えているものが多 く、萌芽更新により個体を維 持していた。その樹高成長速 度は遅く、 立地条件が成長を制限して いることが示唆された。
堤内では 洪水が起こらないため、水位が安定し、泥炭の堆積により土壌酸性度が高まる。また、
水による種 子散布の機会が減少し、土 砂堆積などの撹乱の機会が減 少する。安定した水位のため に実生定着 が起こりやすくなり、高い 土壌酸性度のために成長速度 が低下し、風散布により母樹 の辺縁を中 心とする分布拡大が起こり 、死亡機会及びセーフサイト となる裸地の発生機会が共に 減少するだ ろう。調査地におけるハンノキの動態はこれらの全ての要因に規定されてしゝるが、地 表面付近で の安定した水位条件下で多 くの個体が定着したことによ り、ハンノキ林の拡大が顕著 に現れたと 考えられる。
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学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 准教授 講師
中村 近藤 冨士田 森本
学 位 論 文 題 名
太士 哲也 裕子 淳子
釧 路湿 原に 成立 する堤内ハンノキ林の動態に関する研究
本 論 文 は 、 図9、 表11含 む 総 頁 数81の 和 文 論 文 で あ り 、 他 に 参 考 論 文5編 が 添 え ら れ て い る 。
日 本 最 大の 湿 原 であ る 釧 路湿 原 で は、 急 速 な森 林 の 拡大 が 報 告 され て い る。 湿 原 生 態 系 を 保 全 する た め には 、 こ の要 因 を 明ら か に し、 適 切 な対 処 方 法 を検 討 す べき で あ る 。 し か し 、洪 水 が 起こ ら な くな っ た 堤内 区 域 にお け る 拡大 メ カ ニ ズム に つ いて は ほ と ん ど 解 明 され て い なぃ 。 森 林拡 大 の 要因 を 明 らか に す るた め に は 、森 林 を 構成 す る 主 要 な 種 で ある ハ ン ノキ の 分 布と サ イ ズの 変 化 (動 態 ) が、 ど の よ うな 条 件 によ っ て 起 き て い る のか を 知 る必 要 が ある 。 本 論文 で は 、堤 内 区 域に お け る ハン ノ キ 動態 の 把 握 と そ れ を 規 定 す る 要 因 の 解 明 を 目 的 と し た 。
1. ハ ン ノ キ 林 の 拡 大 パ タ ー ン 及 び 分 布 を 規 定 す る 要 因
2002年 ハ ン ノ キ 分 布 に 対 す る 水 位 ・ 水 質 な ら び に 過 去 の 分 布 の 影 響 を 解 析 し た 。 144haの 範 囲 で 、2002年 の 樹 冠 の 三 次元 的 な 分布 を 空 中 写真 と レ ーザ ー 測 量に よ り 、 ま た1977年 の 樹 冠 の 水 平 分 布 を 空 中 写 真 に よ り 把 握 し 、2002年 には 水 位 、水 質 を 測 定 し た 。1977年 か ら2002年 に か け て 、 ハ ン ノ キ は 主 に1977年 の 分 布 域 の 辺 縁 部 に 拡 大 し て いた が 、 同時 に 樹 冠占 有 率 も増 加 し てい た 。 地下 水 位 は その 平 均 値が 地 表 面 よ り わ ず かに 下 に あり 、 そ の変 動 は 小さ く 、 塩分 濃 度 が高 か っ た 。樹 冠 占 有率 は 水 位 変 動 が 小 さく 、 平 均水 位 、 塩分 濃 度 、養 分 濃 度、 酸 性 度が 低 く 、 過去 に 樹 冠が 分 布 し て い た 場 所で 大 き かっ た 。 樹冠 高 は 、水 位 変 動が 大 き く、 塩 分 濃 度、 養 分 濃度 、 酸 性 度 が 低 く 、過 去 の 樹冠 占 有 率が 大 き い場 所 で 大き か っ た。 以 上 の 結果 か ら 、ハ ン ノ キ の 分 布 に 関係 す る 水位 ・ 水 質条 件 が 特定 さ れ 、ハ ン ノ キ林 の 発 達 が過 去 の 分布 に 強 く 影 響 さ れ て い る こ と を 明 ら か に し た 。
2.ハ ン ノ キ実 生 定 着 のセ ー フ サイ ト の 条件
種 子 散 布 か ら 実 生 定 着 に 至 る ス テ ー ジ に 着 目 し 、 実 生 定 着を 成 功 さ せる 要 因 を検 討 し た。 ハ ン ノキ 林 及 び ハン ノ キ 林に 隣 接 する ヨ シ ・ス ゲ 草 原に ハ ン モッ ク 調 査 区とホ ―90―