亜急性黄色斑萎縮の蝸耀
︵附︶急性的黄色肝萎縮の一毒血詑 棄京女子讐學專門學校病院内科 井 干 問 光代
子
︵内磐抄録ノ 本題は若年の噌二人が妊娠中何等原囚と認むべ義こ輝となくも徐々に著⋮明勲る仙野馬と山島度の腹水と葎獲生しも雄娠七ケ月にて自 然的に旦産かなし、分娩後黄疸、腹水共に櫓罪したる含め,我クリ謁ジクをおとつれ,藍急性黄色肝萎縮の疑診の下に即日入院ぜしめた るものにして、入院後約+縣にして謄.死を物し,憲識漏濁し.尿中に其迄陰性な導しチロジンの結晶が現はろ㌧に及び、亜急性黄色蹄萎 縮の確翌々下し、死後局所の解剖を行ひ,肝臓に亜急性黄色肝興信に特有なる愛化撫認めたるのみならす,肝臓の顯微鏡的標本槍索.に際 して日本・住血吸鍛の壁皿子二塁見ぜろものな覇。邸ち三筆は縫上・住血吸最に﹃感染ぜる凶駅亭の姫娠巾−に無生ぜろ亜急性蕾︷色肝岬委縮の一例な りとす。﹁繕
縄 黄色肝萎縮は一八四二年需。奪§長ずが初めて之を解剖懸垂に特殊の疾病として報告し、次で一八五入年に 至り寒謝が臨林的に思立的の疾病として記載しセるものにして.極めて稀有なる疾患なり。然るに彼の 亀井、準岡“亜意性黄色肝萎緬の一蜘 四一搬井、李岡11亜急性黄色肝萎縮の一例 四二 世界大職合薬、濁逸、殊に人口稠密なる北濁逸の大都市に於ては肝臓の疾病、殊に黄色肝萎縮が著しく増加 し、§いミによれば、氏が一九=ご年に診療せし肝臓病者は八四例にして、其中一例の黄色肝萎縮をも見 出さざりしが、一九二箇年には二〇〇例の肝臓病者を診療して其許七例の黄色肝萎縮あり、一九二一年夏は 一四九例の肝臓病者中十一例の黄色肝萎縮を登辛したりといふ。然らば何故に濁逸に於てのみ、殊に人口稠 密なる其大都市に於て、かく黄色肝萎縮が増加せしやといふに、其理由に就て9悪ミは戦忙中並に其後に 於る食糧の訣乏、悪食、榮懸盤乏の責め肝臓のグリコゲ蓄ンが訣乏し、其結果肝臓病、殊に黄色肝萎縮が増 加せるものならんと云へり。果して然りとせば、現今の如き深酷なる不景氣の時代に於ては、殊に川ソペン の増加せし今日に於ては、我邦に於ても亦、黄色肝萎縮の増加を見ざるべからす。それか、あら臆か、最近 當教室に於ける黄色肝萎縮の實験例を調査するに、大正十三年九月に一例あわて、其より五年の後、帥ち昭 和四年十二月に一例ありしが、今回は共より二年を出すして、一例を實験し、更に叉旬日にして一例を見る に至れぢ。之れ果して偶然の事實なるか、立者、本病増加の結果なるかは遽に例漸し難しと錐も、注目に値 すべき事なりとす。 二、黄色肝萎縮の稜生論及原因 黄色肝萎縮は肝臓内自家融解性酵素作用の異常充進によって、肝臓實質が破壊ざろ﹂占めに起ろ竜のなりとは一般に信ぜられる所なりと錐 も何故に死後起ろべき自家融解が生活髄内に看て病的に充甦するかは今日術疑問にしてq§ぴミ.は肝臓内のグリコゲーン訣乏を以て之な読明 ぜんとせη。即ちグリコゲーソは外部より覧る肝臓毒素に罰し。同化、分解、解毒の作用を呈して.肝細胞な保護ずる役目あり。從ってグリ コゲーンの歓乏する時ほ肝臓は毒物の作用を受け易く.叉自家融解を趨し易しといふ。加之、氏は人工的にグリコゲーン歓乏葎起させたる動 物に肝臓毒怨作用せしむる時は、肝萎縮と同様の樽睡、痙攣等の中毒症歌を呈寸ろ事を述べ璽更に叉解剖的にも急性黄色肝萎縮にて死亡せる
屍騰為、死後比較的早く解剖して,肝臓秘検するに。グ要コゲ←の全︽詮明されぎ・・事な調べたり。而して此グリ・ゲーゾ訣乏に長期の鰹 餓により起るもの仁して、從って肝萎縮は就會の榮養釈態の抵下しれろ時.側へば戦蒔勢職後等に多くも又入口稠密なる都會の下暦階級に多 く駿生する事實々誰明ぜの。 肯其他緊緊、流産、急性憾染病︹腸チフス冶覇麟熱.痘瘡︶他の肝臓病の後等に多く婁生すると諌ふ。隊に徽毒とは關係多く,徽毒が原因な りといふ酷跳あ旧りQ又侮π貝爪諭脚を唱へる人もあ,聾。虻ハ他腸照臨㌔一転主舞唱クロロホルム。アルコールも糀型系謝笠サの3点耳僻によりて、も同馳橡の﹂髭懸を呈す。 衛牛融即は若年者.殊に十︸血一三十・五払威の女︸すゆセ億憐す勲爵多︽も嫌に旺盛,甲羅四時に登生オる霧多・し。
三、病理解灘
之な病理解剖學的にも、亦脇床的に電急牲毛亜急性及慢筏型腸分つ騨 急性型は特に謙仰有か量るものにして、肝臓は著・しく縮小酔し噛横島涌噛の一﹁3 穴よ噸小なろ事あ・ゆ。色は蕾ハ色又は増頁福㎜缶︺な呈山し,習ハ度けい柔飲↑且弛 緩性にで、表弼には品撒壁あり。顯微鏡的には驚喜に渡囁肝細胞の破竣な見ろ。又小葉内毛細謄管も破竣されて亀出汁の欝潜を起す亜急性型に 於ては蹴肝臓bμ鼠’に曹二色に非嚥ダして、黄色の中に’諸露謡歌の赤色部臨交へ捨押蝦度も亦給∵母簿慨す.、顯⋮微鏡的には漫評色部に診て一部幅愛性せろ肝酬 胞な見、赤色部に於ては肝細胞は最早溝失して結締織と細胞浸潤と存見ろ。其他轟生現象として,階灰に毛細憺管晶群細胞の薪生な見出すQ 蘇に経過の緩慢なろ・ものに於て賦再生現象著明識して.遽に多登性結郷駅難生か難しも肝臓の高論は多少穎粒歌葎呈すうに室ろ。且叉亜急性 型に於ては結締織増殖のため門脈欝血な起して.腹水な獲論ずる事あ噸。慢性型に於ては結締識の増殖と藁薦細の再生現象とが黙々櫓加して 肝臓は肉眼的にも.亦顯微鏡酌にも大穎粒性肝硬暴岬の象を善し。且つ腹水抽糞生する秘常とす、. 脾臓は欝血及脾髄の講生によ噂腫大す。腎臓賦脂肪憂性撫呈す。其他無籍.粘膜、漿膜に皮下温血あ棚。 一般に黄疸著明諏り。 懸.癒 駿 之与前駆期或は初期疲駄と肝臓機能障硲期症釈郎ち固有症獣とに分つ。 初期は恰も雲叢見性黄疸と岡じく.食慾不娠,嘔稀.稀にほ多少の嘔吐等の奴き輕度の胃腸症藩老も多少の頭痛、全銘違和響の如き輕度の 綿井、準聞11亜目性黄色肝萎締の一鶴 四三覇井.準問“亜急性黄色肝心萎縮の一例 四四 一般症歌とな以て始り.次いで多くは雨三日後に黄痕を起す。併し叉両三週後に黄疸な聴すことも少からず。其他此位勘には肝臓盲撃部に輕 度の疹痛或は塵追感を訴へ、他壷的にも輕度の肝臓腫脹及厭⋮痛な離明し得ることあり。便通は一定ぜず。 之等の初期症歌が通㎝冨急性型に於ては極めて短時日間持饗しD或は殆ど飲如し、亜急性型に於てけ⋮二旨三週或は其以上,慢性型に於ては数 廻或は其以上、纒績し次いで可なり急激に肝臓破壌の固有症朕として黄疸の檜強屡々頑固なる嘔吐の前騒、響町の増加、微躬と共に、重篤な ろ肝臓自家中毒田歌、即ち激しき頭痛、甚し音不安状態、不隅、墨銀障碍、澱識障碍、誰語、筋肉の播搦.全身痙攣.出血性素因︵皮下盗血 粘膜出血一夕血,吐血、郵便.生殖器出血︶等が繭三日乃至四、五日以内に獲現して、患者は遮に魯睡に陥る。其際瞳孔は散大して、封光反 鷹… ヘ邊鈍になり、呼吸は多く﹂μ速聴して深く且つ喘鳴為俘ひ、時には不整になることあり。叉殆ど常に患者の呼氣が一種猫特なろ甘野性芳香 性臭氣な放つ。腱反射は一枷眠に不攣なりと錐も、時にはバビンスキ︸氏現象を呈い9ることあり。 以上の如き肝臓肖家中毒症駿の登生と共に、肝臓が念速に縮小し初め、肝臓濁立論界ほロ留日と綿小して途には殆ど清失すろに至ることあり 之に反して脾臓は多くは多少明大す、其他亜急性型に歴ては腹水を押すことあり。残に慢性型に於ては殆ど常に著明なる腹水を越す。 尿は単費褐色にして.著明なる膿汁色素反動な呈し、叉屡々少量の蛋白質、ウロビリン、ウロビリノーゲンを含有すG蘇に玉膚に特有なる は尿毒の尿素量が減少して、アγモニャ量か増加すると同時にロイチy、チロジy等のアミノ酸が尿申に現はわるにあり。時にはロイチソ・チ ロジンが尿巾に於て固有ろ蹴結晶を形成し,其な顯微人的に誰即し得ろことあり。ロイチン、チロジンは肝細胞破壌の結果螢託すうものにし て、纈績的に排出されるものにあらす。 糞便は一般に灰白色、粘土糠の事多し。 盤温に全輕過を題じて普樋の事あり。超微の熱を登する事あり、 ︸般に死期前には高熱を登する事多し、 血液の所見は不定にして、赤血球、血色素、白血球、エォジy嗜好白血球離の岸壁怨起せる例あ叫。 騰脊髄液には通常殆ど異常な認めす。 以上の如き症歌の他に、叉本病の経過中急性予算炎々併憂して.高熱と斑石様荊痛とた起すことあり。妊嬬が本病に罹患する時は流産叉﹂に 早産すみこと多し。
五.診 初期酬ドにμ加心見性黄疸と匪忙し難し◎既に固織なろ肝臓轟家中誰傳症號秘撮して魯肝臓が畿懇に縮脳小・し稿慧つ尿中にロイチソ、チロジソな誰 明〃すろに至れ︸ば、診臨は確鮒貫な囁。併し燐串酷脅との鑑瀦に波意ぜぎるべからず。一概中毒の際には多くは原凶な誰明し得うと題陸に初島則胃腸症 殊強く。之に反して腰症は比較的輕度なること多し。殊に肝臓は死鼻至る蓮大軽して睡痛ゐ覇も叉脾懸を鉄如すろこと多し。
六.纏過及豫後
経過に大極に於て、初期の維績瞬歎に蘭係するものにしても慧性型に締ては初期日撒極めて短く,或に殆ど之な飲如して念に固有症歌を以 て始まることあり。亜急性型に於てはこ、三週、梯に拭其以上も獲轡型瞠鞭ては数蓮或賦其以上初期症状維写しも次で可な噸急激に固有なる肝 臓自家中毒症胱ゑ起す。既に肝臓騒家申毒症翫奉起すに至れば.多くは雨﹁三鷺乃至四も五祷些して昏睡に中頭て死亡す。殊に急性型に於て然 りとす。併し亜急性及慢性型は稀に治癒すろことあ噸。殊に獲牲型に於て賦症飛︸甦∼退して経過敷写より歎ケ月に至り、途に肝硬漿の像な 量するに至ることあ曝。小児の肝硬攣拭慢性黄色肝躯委縮⋮ならん乏雲ふ學者あむ。 七.治 療 8翻銘遙も 徽毒あるものbμ騙徹療法か誇る。其他 般に撫答見牲黄疸と構糠の消療法たなす。下縁の投與野駈汁流雛を促す。特に十二指腸ゾンデの学 用は借い値あ輔りQ葺ハ他一アキストローゼ、果糖もイγシ轟リン触静賑融に用ひで、好果あ瞬と暴ふ設あ聾G又一般に含水山灰棄を充分に塵ハへ、蜘至難供 給奄制限すべしとも云ふQ 要するに富加燭に▼於て賦瞥見答⋮牲黄疸と靱灘押瞬治療し雅肝臓自一家中闘乱雅号為晶廻せば、且ハに蹴劉すろ治療為行ふに過ぎす 八、實 験 麟 患者 櫻井某、二十九歳も華言警吏の家婦, 亀井,年間“亜急性黄色肝萎縮の一鋤 出生地は兵庫縢美方郡にて. 三年後盛岡縣駿東郡に移住し、 匹置魚遡井、亭間h亜急性伸脚色肝曲婁編⋮の一例 四山ハ 農家なりしも田畑に出たる事なしと云ふ。結婚後現住所即ち東京府下世田ケ谷に移住す。 蜜族歴 父系の租父母は不明の疾患にて死亡し、恐系の祀父は老嚢にて、組母は腎臓病に腹水を起して死 亡せり。父母共に健在。同胞は十入にて皆健在、患者は第二子なり。夫及子供三入共に健在。何等遺傳的關 係の認むべきもの無し。 既往史 麻疹は三歳の時経過し、種痘も二回なし、善感なりしと。患者は生麺健康にて著患なしQ初経は 十七歳にて、以來不順、月経時往々下腹痛を訴へし事あり。二十一歳にて結婚し、三回分娩せるも、分娩の 時は毎回後出血烈しく、殊に第一回目より二回目三回目と漸次後出血烈しくなりしと云ふ。之迄には流産、 早産等なせし事無し。花枷病は否定す。 嗜好品として酒類は好ます、四年前の妊娠三ヶ月頃より少量の刻煙草を喫する様になれう。 現病史 患者の言に依れば、昭和六年八月二十五、六日頃より、何等の原因と認むべき事なく、非常に全 身の療痒を訴へしが、九月四日に至り、初めて眼球及四肢の黄色なるに氣付きたり。次いで嘔氣を時々訴へ るに至り、食慾不振なもしといふ。︵後日當患者を取扱ひたる産婆の話を聞くに、八月十日頃より既に輕度の 黄疸を認めたりといふ︶。それより直ちに醤療を受けしも輕興せす、九月六日に至りて下肢に浮腫の起りし事 に氣付きた参。倫閃妊娠三ケ月頃よりいつもの姫娠時より⋮幾分腹部膨満⋮の度強く、腹部緊張威、悪阻も高度に 起もしと云ふ。それ以寒漸次黄垣、皮膚旛痒、浮腫等高度になり、嚢腫は全身に及び、又細身倦怠を訴へる に至る。膿温は三七・二度より、高くて三七・八度迄にて、頭痛は訴へす。九月十八日原因なくして妊娠七 ヶ月にて早産をなせり。産兇は二、三日後に死亡し、後出血烈しく、一時豫後を疑はれし程なりしと。一方 腹部膨満は分娩後少しも減退せす、重々増顕し、同時に右季肋下部に時々疹痛を訴へるに至る。弟嫁も頻繁
となわ、浮腫増血したる爲め、出血の止るを待ちて.同月二十一繭の晩.我クリニックを訪問して、帥日入 院せり。 入院當時の主訴 一、高度の腹部膨溝。二.黒癩なる黄疸。一﹃杢身浮腫。四、嘔氣。 入院面前の所見 患者は脂肪過多の一嬬人にて.身長普通。骨賂、筋肉北ハに登育良好にて、自動的の右側 臥位を取る。顔貌は普通。精神,意識には異常無し。皮膚は著明の黄色を呈し.温度灘度共に普蓮、登疹、 皮下温血等は認めざるも,爾側下肢に多藪の掻痕を認む。賑搏は両側共同様語数は九九、規則正しく、緊張 大さ共に三筆︸、血厭⋮は最高一〇〇壱最低六〇。呼吸は幾分頻藪にて歎は二五壱胸式呼吸。膿温は一二・七。五度な b。頭部には異常なく、眼は輩膜黄色著明なう。瞳孔は左右同様.圓形.封光聖算正常。鼻耳口唇共に異常 なし。舌は多少自苔を呈す。咽頭も旙桃腺異常なし。項強直無し。頸部淋巴腺二.三ケ小豆大に腫脹す。 胸部。心藏濁音部の上界は第三肋骨奪左界は左側乳線.右界は右側胸骨縁にして、心尖殊に左側第二肋間 に於て著明なる紅樹期雑音を聴取す。第二肺動賑音多少充進す。肺臓にては肺肝境界は右側乳線上にて第五 肋骨に一致す。右肺尖呼氣延長す。其他呼吸昔一般に粗なう。腹部は背臥位にて著明に且つ李等に膨隆し、 又左右側方にも稽々膨隆し、膀窩は消失し、姫娠線意識なう。腹園九七糎、艀脈怒張及胃腸蠕動等認めす。 肝臓、脾臓共に晦れす、波動著明にて濁音攣換あり。共億腹部には特別の抵抗、腫瘍等垂れす。手背、足背 及脛骨縁に著明の浄腫あb。膝蓋腱反射もアとレス腱反射共に弱陽性馬病的反射、足⋮揺搦及ケルニッヒ症釈 陰性なり。 纏過 入院翌日二十二日に腹部膨満の虐め.非常に苦痛を訴へるによむ.腹腔穿刺をなし、腹水約四八○ ○蝿を取る。 遜井、軍聞11亜念性黄色肝婆縮の㎞綴 種壷
亀井、準間U亜急性黄色肝峯縮の一例 墨入 腹水所見。鮮黄色、多少掴憾あり。反慮申性、比重一〇〇五、リバ川タ氏反感陰性、蛋自含量四%、グメ リン氏法強陽性。沈査には少量の赤血球、自血球及稀に内篇細胞を認るのみ。 穿刺後の腹園八七糎、鯛診するに肝臓脾臓共に替れす、共他にも異常を認めす。 同日尿所見。黄褐色、多少掴濁す。酸性、比重一〇一五、蛋自費陽性、糖、ヂアツォ反鷹、アセトン共に陰 性、謄汁色素反豊強陽性、ウロゼリン、ウロビソノーグン陰性、インヂカン陽性、沈査には赤血球、白血球、 膀胱上皮細胞及細菌少藪に見出さるも、ロイチン、チロジン結晶は認められす。 其晩患者は非常に樂になりπりと感謝してよく眠りたりといふ。併し翌二十三日には既に腹部ば穿刺前と 大差無き程膨隆せり。街嘔氣及右季肋下部疹痛を訴ふ。 二十三日血液所見、赤血球一八七萬、自血球九六八○、血色素量ザ︸り奮氏血色素計にて四〇%、色素系 藪○・八八、自血球の種類としては中性多核自血球入七・二五%、エオジン嗜好細胞及面魂性嗜好細胞共に 陰性、淋巴球七%、輩核自血球四。七五%、ミエロチ三プンO。二五%、メタミエロチ三7ンO・七五% あり。 帥ち可なり高度の貧血歌態を認む。爾同日血液ワ氏国富を瞼せるも陰性なり。 一一十四日は省嘔氣頻繁にて、食慾進ます。叉膿位を礎逸する時、可なりの右季肋下疹痛を訴ふ。 二十五日には露命は殆ど鎭静せり︵鎭吐捌を腱方せり︶。禽虚日に粘血便ありとの看護婦の報告により槍便 せるに、血液に非すして、昨日囁取せし西瓜が其儘出たるものなり。即ち黄色下痢便にて、粘液少量あり。 潜血反古陰性にて顯微鏡的に秘画は登見せす、尿所見も殆ど前回同様にて、ロイチン、チロジンは隠見され す。
二十六日には既に腹團九五糎にて腹部緊張感を講へ勤再び穿刺を希望せ夢。欝謄汁排出の状態を見ん爲、 十二指腸ゾンデの挿入を試みた夢。ゾンデが十二指腸に達したる後.二五%硫苦液四〇蝿を注入したるも膿 汁様液は出です、自色にして多少湖濁し、且つ粘液多量なるア川カツ性液を得たるのみ侮りき趣 二十七日。嘔氣は二十五日秘蔵濡退せるも.腹部緊張感は盆身塘強し.食慾は之に反して著しく減退し、 腹部膨満の爲め艦位獲換も自由ならす階逸に尿失禁を起すに至る。熱は入院後三六。五一六度より三七・二i 三度にて、無偏⋮の日もあb。便懸は九月初旬よむ今隅に至る迄多少下痢氣味にて勤一日二、三回、時には五 回位あり。術二十八日槍便所見として.黄色下痢髄.粘液及題粒陽性.臭氣普撞にて、潜血反鷹陰性、寄生 最卵陰性なり。同日既に腹園は九七糎にて,穿嘱前と面様になれち。爾此Bは患者は非常に眠がわ、書問も 殆ど眠り居たり、併し頭痛、嘔氣は訴へす。大便失禁をも起すに至れ套。 二十九日も前日同襟一日中眠れむ。同士晩に誘う亀鑑語多少あ蚕。 一二十日も殆ど前日同様の歌態にて.腹園九九糎に達す。爾脈搏多少微賜とな参、頻藪となる爲、夢心朔注 射を行ふ。夕方より幾勢意識湖濁し,誰語を磯す。 翌+月一日朝四時頃より意識漏濁著畷となり.不安状態を呈し.鰻轄反癒す。併し朝九時頃には未だ舌を 出す様に云へば辛じて舌を出す程度に興かむしも.十一隠頃には既に全く意識清失し、脈搏一一〇、緊張租 微弱となり。規則正しく、呼吸は多少大きく,喘鳴を俘ひ.項強直無し.瞳孔は感光反慮多少涯鈍、大さ左 右不同にて、左側は散大し、右側は普通大な参。膝蓋腱反射.アとレス腱反射溝失し、足腰搦が左右土ハ弱陽 性に顧る。ヶ川ニヅヒ症状陰性.皮下盗血の如きもの認められす。而して第二回目の腹腔穿刺をなし、前回 と殆ど同君の腹水約七五〇〇蝿を取る。穿刺途中よ参患者の不婆状態はズツ阜輕滅し.非常に安艀になれり 鶉井,奉聞“亜急性黄色肝萎縮の励例 四九
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〆 “M霧 鷲 蒲 、⑳ 声量.繍糊瞬 亀井、準問0亜急性黄色肝萎縮の一例 玉O 穿刺後の農園八三糎、鯛診するに腹壁弛緩せるも伺肝臓、脾臓は燭れす。其後 ツズト安静になり、全く昏睡状態に陥る。 尿は十月一日に至り、初めて沈査に少量 のチロジン結晶及尿圓柱を見出せり。 か\る状態にて十月二日には呼吸は前夜 來釜々不整になり、特に吸氣の困難なる観 あり、時々停止し、叉時々深呼吸となる。 口邊に盛に泡を吐く。脈搏は一層微弱とな り、時々結滞す。眼には降卒眼球震盟を認 む、瞳孔は左右同大にて、普通大、封光輪 鷹多少邊鈍なり。項張直、ケルニツヒ症状 共に陰性、胸部には雲高なし。腹部にては 聖 肝臓濁音界は右書線上にて第六肋骨より第七肋間迄、脾臓は鯛れす。波動著明 にて腹園八七・五言なり。呼吸は吾々深且大となり、午後七時過ぎ登熟三八二 度となり、午後八時途に死亡せり。 十月二日の尿中にも叉チロジン結晶及多量の尿圓柱を認む。同日の糞便は淡 黄色軟便にして、少数の鞭鍛卵を登見す。 斯て死亡の翌十月三日遺族の快諾を得て、腹部の解剖を行ふ。執刀者佐藤教授臨 躰 的 診 欝 亜急性黄色肝萎縮及貧血。 解 剖 的 所 見 身長一四五㎝ 膿格張大にして、懸軍可良、皮膚は一般に貧血にして.高度の黄疸あり。盗血斑なし、血液 沈墜輝度、爾下腿に僅かの鱗屑あり。雄蕊騰部の色素沈着は特に強し、全身に輕度の浮腫あり。腹部は膨嬉 し、笹萱で約八三㎝、下腹部に薦妊娠線著明なり。副枝性静脈の怒張不明にして、心窩部に三度の副枝性艀 脈の怒張あるのみなり。カブ亙トメヅーぜなし。皮下脂肪織は稽々萎縮し筋肉は蒼白なり。 腹腔内には黄色の湖濁せる腹水約三〇〇〇⑳あも。 大網膜は脂肪に富み上方に謙轄せり。胃は張く膨満し且つ下垂あり、腸問膜は浮腫性にして、脂肪に雷み腸漿 膜は一般に蒼白なり。肝臓は萎縮し季肋呉下にあう。其邊縁は指して.表面は細顧粒状を呈し、多藪の黄色 の多少膨隆せる小穎粒見ゆ。横隔膜と所々に於て繊維性に癒着し、殊に右側上方に於て著し。脾腫あり周園 との癒着なし。 肝臓 横隔膜と所々に発て繊維性に癒着し殊に思葉の前面及上面に於て著し。肝臓は全膿に萎縮し、群鳥菲 薄殊に五葉に予て著しく、左葉は大にして養状なり。大きさ、右葉二六・×五・×一五、左葉二六×五×=二 二重量七五〇屍、表面は聡穎粒朕にして.被膜は小雛懸歌.硬度は弛緩せり。多藪の黄色の結飾が多少膨隆 して見ゆ、廣範なる被膜下出血あむ。 割面に於ては○・二凱位の大小不同の無歎の黄色の結節あり。それに鷹じて問質は一般に増殖し、明らか に黄疸様に着色せり。右葉に於ては出血摩し.されど血栓なし.左葉の割面は多少黄緑色なb。下塞静脈に 亀井、牢問h亜一興牲輝頁色肝萎縮の罐繍削 日韓一
蝿井,亭間n亜門性黄色肝萎縮の一例 五二 は獲化なし。 膿嚢 多少萎縮し謄汁を以って満さる。其壁は俘腫性にして内容は階緑色膿砂を混ず。粘膜には出血あり、 謄管には閉塞及挾窄なし。 脾臓 腫大せり。一六×七×三、被膜は緊張し、硬度弛緩せり。割面に於ては脾髄は増殖し、脾材不明なり されど掻き取る事を得す。 腎臓 左側一二×山ハ×四。五 腎臓無風の脂肪組織は増殖し、硬度は軟、被膜剥離容易ならす。割面膨隆し黄疸様に着色し、腎圓錐は緑 色にして殊にヘンレi氏蹄係は著明なり。略儀は籏張なきも粘膜出血あり。 右側一一・五×六×四 左側に同じ、表面卒滑にして赤緑色、所々に麗なる金団性照凹あり。被膜は容易に 剥離し得らる。 膵臓 普通大にして表面に僅かに脂肪壊死あり。硬度弛緩せり。 腸管 浮腫及出血あり。大腸壁の肥厚並に潰瘍を認めす。
解剖 的 診 闘
一、亜急性黄色肝萎縮 二、癒着肝臓傭婦炎 三、脾髄増生に依る脾腫 浮腫及溢血斑を伜ふ胃腸加答兇 六、全身の黄疸 七、腹水 四、黄疸を俘ふ量質性腎炎 五、顯微鏡的所見
ヘマトキシリン・エオジン染色法にで著明なる事は肝組織の塊皿死穿く電装時に結締織の増殖画くQ爾今汁 栓の非常に多きことなり。此の像を急性に進行せる黄色肝萎縮の例に比するに、本例は結縛織の増殖が蓬に 張し、それに不拘肝組織の壊死美きは亜急性に進行せる黄色肝萎縮とも異なる所なり。 里芋に於ける肝組織内の結締織の増生を二様に観察するを得塗し.蔀ち其の一は日本住血吸愚によるもの にして、其の二假性謄管の新生多き事も亦亜急性の黄色肝萎縮に見るところなわ。本例に於ける謄耳栓の比 較的多き事をエツビンゲ川氏染色法にようて観察せん。 エピンゲぞ染色法によると名玉細胞柱に於ける蒋細謄管は媛張せす塾然れども假性手管様の如く結締織で 園まれて居る如き肝細胞柱に於ては謄汁の欝澱によ塾て鑛乏し.膿汁栓あ夢。壊死又は脂肪置型を伜ひたる 肝組織に於ては一般に間隙多くして淋野饗の外張とも見られ.叉出血を俘ひたる所あbて肝組織よりの膿汁 が直接に淋巴膣乃至血管に移行するを想像せしむ。 此のエッビングル染色法によらて挙例に於ける肝組織内の膿汁栓の如き欝乎性の像及結締織の増殖は日本 住血昏鐘のための結締織の増殖並に本症が亜急性に鑑照せる結果の結締織増殖のため謄汁の排泄が阻止せら れたる結果、か\る欝滞性黄疸の儀を呈せるものと考ふ。筒淺存せる肝細胞柱に於ける毛細膿管の像は欝滞 性黄疸の像に一致せす、又壊死.離開或は脂肪憂織せる肝組織が胴張せる溝巴隙或は血管壁と直接面して居 るやうに患はる。か\る部分には何慮にも膿瞥の籏張が存在す.然れども問質に多少の結締織が増殖して肝 細胞柱の隠田に於ける毛細謄管が甚しく鑛要して居る像は欝滞性黄疸に類似せる所あり。然し本例は解剖上 総輸爆管には異常なく謄管も欝欝なきため普短の欝滞性黄疸とは認める事を得す。むしろ斯る像は肝組織内 に於て日本住血吸錨或は亜急性に遙行せる病勢の關係上結締織の増殖が小穂這を閉塞せるものにして、帥ち 鶉井、軍問11亜急性黄色貯萎縮の一鰯 強腰
醜井、亭開鎚︼虫急性静山色肝萎縮の咽例 置鼓 肝臓内に於ける小輸膿管狭窄乃至閉締と云ふことに關係あるものと思ふ。 腎臓 綜球膿漏管性腎炎にして曲細尿管主部は愛性に陥入り、脂肪あb、ヘンレ九輪蹄係に於ても極量かの脂肪 あり、省膿汁色素圓柱及産繭色素を食せる上皮の剥離あり。此の像はヘンレ∼隠江係に於て最も著明にして 中・間部及集合管に於て極僅かに見る事が出來る。 脾臓 髄質の増殖あり、筒褐色顯粒が見られる。 九、考 按 前述の如く本望の初診の際に於ける主要症状は心尖殊に左側第二肋間の牧縮期雑音、著明なる黄疸、高度の 腹水及下肢の浮腫にして、之を輩純なる加言言性黄疸と考へ得ざるは勿論なりと錐も、亦之を心臓の僧帽辮 閉鎖不発の代償機能失調によれる腹水及下肢の協業に、偶々黄疸を併螢せるものと考ふるには、心臓の籏張 が明瞭ならざること、脈搏が比較的良好なることより多少の疑問あり、加之、心臓の難壁は寧ろ分娩後出血 によれる貧血性のものと解曝する方穏當なるが如し。︵皮膚の貧血は黄疸のだめ明瞭ならす︶。然らば黄疸も 腹水も共に同一の疾病にて起り、心臓の蕪昔は貧血の結果と見徹し、俘腫は腹水或は妊娠の忙めに起うしも のとせんか、黄疸と腹水とを併登する疾病は亜急性殊に慢性黄色肝萎縮、肝臓の癌腫、一一口鐘病、徽毒等に して、並等の中、癌腫は患者の年齢が比較的若きこと、殊に奇話の良好なること、二口鐙病は患者が其流行 地たる岡由縣、宮城縣、佐賀縣等に關係なきこと。徽毒は既往症によりて略ぼ否定し得る様に考へらる。併 し之を黄色肝萎縮とすれば、登病の時日より考へて、︵患者が黄疸に氣付きしは九月四日にして、初診は同月
二十一日の夜なれば.登病後約三週間に相質す︶。亜念性愛といふべく.亜急性型にしては腹水が飴りに高度 なる戚ありと錐も、患者が若年の婦人にして、妊娠中に登病せしことより.亜急性黄色肝萎縮の疑を去る能 はす、其儘入院せしめて蒋來の経過を親察し種々槍査を進むること、せむ。 入院翌旦子二日に至り、腹腔穿刺を行ひ.其腹水所見よら之が滲漏液なる事を確めπb。街悪性腫瘍を 思はせる如き細胞等をも認めす。穿刺後腹壁弛緩せる際にも術肝臓脾臓共に燭れす。同日の尿に就て黄色肝 萎縮に特有なるロイチン、チ質ジン結晶を探せしも見當らす.荷ウ冒ビヅン.ウロゼリノ︸ゲン陰性なり。 且蛋白質弱陽性にて、此高度の即身馬車が腎臓性のみにあらざる事を確めたり。併し心臓性浮腫とすれば 肝臓、脾臓にも欝血を起し、腫脹を認むべきな藝。然るに肝脾共に腫脹を認めす。從って心臓性のみの俘腫 とも云ひ難し。次いで二十三瞬に至う.血液槍査の結果、著朋なる貧血を謹明し、且つラッセルマン氏反慮 の陰性なることを知るに及び.心臓の難暑は貧血性のものにして.黄疸及腹水は亜急性黄色肝萎縮のためな らんとの疑を盆々深くするに至れむ。 然るに腹水は穿刺翌日より再び急速に塘毒し.穿刺後刻麟にして既に穿刺前と同学の腹園を示すに至る。 かく腹水が急速に増加するは腹腔内の悪性腫瘍か、若しくは門脈の狡窄.栓塞等の際に見るものにして、本 患者に於ては前述の如く悪性腫瘍を考へ難きに就き.或は第二次的に門賑の栓塞を起せるに非らざるか、或 は門脈の⋮挾塞一栓塞等のために腹水及昏睡を登生せるに非ざるか等の疑闇∵を起すに至れり。 妓に於て本患者の分娩を取扱ひ悟る産婆に就て登病の時置を調査せしに.患者が黄疽に氣付きしは九月四 日なりと云ふも、産婆.は分娩の四十日最前、師ち入用手漉頃より既に輕度の黄疽に氣付きたりといふ。腹水 の登生に就ては確實なることを知り得ざりしも.妊娠三ク月頃より腹部膨満高度なりしと云へば、或は既に 偬剛井℃亭聞h亜急性赴瓜缶ど肚輩宏縮⋮の一例 回血五
鎗井.雫問1一亜念性黄色肝萎縮の一例 五六 此頃より腹水の存在せしものならんか。果して寄りとせば、本患者は帯きに腹水を起し、次で爾三ヶ月の後 に至り黄疽を登生せりと見るべきものにして、從って黄色肝萎縮とは考へ難く、寧ろ肝喜憂に黄疽を併課せ るものと云はざるぺからす。然るに本患者は比較的若年の一婦人にして、而も酒類を傷ます。從って定例を 直ちに吉言的の萎縮性肝硬憂とは云ひ難きも、絶膿に之を否定することもなし難し。依って二十六日に十二 指腸ゾンデの縞入を試みたるに、確かに十二指腸にゾンデが達したるものと思ひしも、膿汁排出は讃明され す、併し糞便は常に黄色或は淡黄色下痢便にして、霜露粘土様を呈せし事無く、叉血液も陰性にして寄生鐙 卵は只一回雪け少藪の鞭轟卵を謹明し得たるのみなりき。かく糞便が黄色或は淡黄色なるにも拘らす、十二 指腸ゾンデにて謄汁の排出を謹明し得ざbしは、或はゾンデが十二指腸の膿管開口部に達し得ざりしためな らんか。後日再び試ん考へなりしも、其後患者の容態悪化して、其機會を失ふに至れり。 斯く確診を下し得すして時日を経過する中に、患者の病勢早々悪化して、遽に麟症を起し、尿中にチロジ ンの結晶を謹明し得るに及び、最早亜急性黄色肝萎縮は疑なきことを知り得たりと錐も、腹水の登生に就て は浦足なる解結を下し得すして、患者は死亡せり。而して死後篤志を以て局所の解剖を行ひ、肝臓の一切片 を鏡槍して、日本住血吸愚の卵子を登幽するに及び、始めて腹水の問題を解決し得たり。帥ち患者は多年艀 岡縣沼津附近に在住したることあり。同地方は日本住血吸愚病の多き所なれば、恐らく患者は同地方在住時 代に日本住血吸鹸病に威興して、肝臓の硬凝を起しつ㌧ありし所に、黄色肝萎縮を五罪せるものならんと信 ず。只患者の生前に於て、假令糞便中に日本住血吸癒の卵子を登聾し得ざりしにもせよ、其住所に特別の注 意を拙ひしならば、或は日本住血吸愚病を想像し得たるならんも、注意の其腱に及ばざりしは、實に遺械と する所なり。
周りに臨叩み御懇篤なろ御指導御稜闘な賜覇たろ今村敏難戦に病理解剖⋮學的灘区に擁し御壷羅導御撚肌示を棚 ぎし佐藤教授亜F病理學教室員一 同に謹みて感謝の意な表す。爾解剖私敷諾ぜ.bれし患者遣族の御厚意か謝す。 附 患性的黄色肝萎縮の圃倒追記 本例は前記患者死亡後十五日目に當内科に入院し.入院の際既に意識不明にて.入院後間もなく死亡し把 、め、充分な臨淋的槍査も青斑す秘説家族の承諾も得られなかった㌦め死後剖証する事も出馬なかつセが、 臨林的所見より急性的黄色肝萎縮である事を確診し得たのでこ、に追記する。 患者 清水某、五十歳、屋根板販責商の家婦。 家族史 父方、母方の租父母は共に死亡したが.病名は判然して居ない。 父親も五十歳で死亡したが.やは塾病名は不舅である。煮繭は七十歳で老衰の眺め死亡しπ。兄弟は四人 で、第一番目は五十二歳で食遭の狭窄らしい病氣で死亡した。 第二番目は六十歳で卒申で死ぬした。第三番昌が本患者である。第四番目は四十歳で健在。子供は四人で 其中二人は生後間もなく死亡した。病名は不明。地の二人は健在。 癌腫や結核等の遺傳的關係はない様である。 既 搶ヌ 子供時代は丈夫であったが篭頭部によく登疹が出來たそうである。 麻疹には罹ったか否かは不明である。種痘は行った様である。月経は不明。廿歳頃より煽止に罹り毎年夏 になると再登し元そうである◎ 蟷井、挙間D亜急性黄色肝萎縮の噌偲 五七
象井。亭間−一亜急性黄色肝萎縮の︼例 五八 廿二歳の時健康な男子と結婚し、以來健康であっ柁が四十七歳頃腎臓病に罹り九ケ月書意者の治療を受け た此の時かなり重症で顔面、下肢の浮腫が甚しく生命の危瞼があると馨者から注意されたそうである。此の 時家族の者は氣つかなかったが親戚の者の話によると皮膚が黄色になったと云ふ事である。腎臓病に罹って から患者は常に食物に注意し、野菜を主とし肉類は擾らなかった。花柳病には罹った事がない様であるが、 廿四歳の時原因不明で三ケ月で流産した事がある。嗜好品、酒、煙草共にのまなかった。 現症の醗腐生及富里 昭和六年十月十二日隣家に遊びに行った時、其の家の主婦、から眼が黄色を帯びて居る と注意されたそうである。此の時熱も自畳症歌もなかつπが、其の人に連られて其の日の午後斯る馨者の 診察を受けに行った。其時肝臓が悪いと言はれ脂肪分の多い物を蝿取しない様注意を受け、二日分の藥を貫 って館宅した。十三口は異常なかったが、十四日になって全身の倦怠を訴へ足がふら直して歩行が困難に なつ柁そうである。眩量、頭痛、悪心等は訴へなかつ髭。斯穣な課で十四日にはかつて腎臓病の時治療を受け た近所の開業馨の往診を受け、腎臓から來たのかもしれないが、肝臓も悪いと言はれ淀。此の時は意識は 明瞭であった。便沌は藥を服用する様になってから一日藪回の水様の下痢を起す様になった。皮膚の黄色を 帯びて來πのは十四日頃からで、治療を受けて居るにもか\はらす、皮膚の黄色は日増しに増加したそうで ある。十五日の午後にも同じ瞬者の往診を受けたが熟もなく、食慾も普通でむ粥二種、しぼみ曲目椀播嘱し て居弛。讐者は輕症の黄疸だから心配ないと言ったそうである。 十六日午前中は異常なかったが、午後二時頃から急に容態が墾化し意識が不明瞭になって子供が話しかけて も正しい答をしなかったそうである。七時から糞便、尿を失禁する様になつ柁十七日には昏憎歌態となり午 後三時當内科に入院した。
現 疲 患者は少し蹴尊し、身長は舞々小さい方である、骨賂や筋肉の襲育も稽を不良で妥艀に受動的準位 を取って居る、顔貌は消々苦僑の釈を呈し意識は潤濁して、昏睡状腰である皮膚は一見して著しい黄色であ るが、下肢の方は比較的早早である。登疹皮下盗血等は認められない。脈搏は左右典に同様で、藪は一〇 〇、規則正しく緊張大きさ共に普通である。呼吸は割合艀で歎は二〇.呼氣は一種特有な芳香性の臭氣を帯 びて居る。温謄は三+六度八分.眼は結膜が著しく黄色で瞳孔は左右同様申膨大で光線に曝し踏台に反毛 する。項部胸廓は異常を認めない。心尖は不明で心臓濁昔部の右界は左側胸骨縁.左界は左側乳線に一致し て居る。聴診上では心臓の第ご晋が隷ぺて不純で.第二肺動脈昔が精々尤翻して居る。腹部は普通の大きさ で、鯛診上稽々緊張して胃部は腰痛があるらしく顔をしかめる。腹水は認めない。肝臓、脾臓は注意深く鰯 診しても細れることは出走ない。下肢を検査するに浄腫はない。膝蓋反射は消失して居る。併し病的反射は ないQ 尿はカテ﹃ナルにて探って楡晒するに黄色隔少し海濁しも中性婚比重一〇一〇、蛋自質がズルホサ川チ貰 ル酸にて弱陽性、糖、ヂアッオ反癒.ウロビリンもウ冒ピリノ曾ゲン共に陰性、膿汁色素グメリン法にて中等 度陽性、顯微細身には少藪の自血球.膀胱上皮.穎粒圓柱.一視野に二i三個日黄色に染色されたチロジン を見出す。ロイチンは見あたらない。糞便は入院前より下剃︵無名不明︶を使用して居た\めか水様下痢便で 黄褐色不消化で、血液、粘液は肉眼的には認められない。細微的槍査はしなかった。 入院後死亡する迄の経過 十七日午後三時入院した時は前述の遮う昏睡状態で注射をすると聲を乱しπ。脹 搏は規則正しく緊張大きさ共に普泄で.呼吸も艀で、瞳孔は左右共に申等大の大さで、光線に如し邊鈍に反 雁した。艦温蹴六度五分。午後四時葡萄糖液五〇〇㏄ヂギホソン.カンフ川藻の注射を施行、午後六時頃 準問、亀井−亜急性黄色肝萎縮の幅例 五九
李悶、鶉井”亜急性黄色肝萎縮⋮の一例 六〇 非常に不安歌膿となり、軽轄反側して居た。呼吸は大きく、不規則であっセ。午後八時頃昏唾歌禮に隅つた。 脈搏には異常なかったが、瞳孔は梢々散大し光線に封しかすかに反卒した。 時々下肢に張直様の痙攣が起つた。十一時頃より呼吸が大きく喘鳴を伜って、脈搏は緊張弱ぐ、不規則で 瞳孔は散大し。光線に宣して反甘しなかった。其から五時問の後、帥ち十八日の午前三時死亡した。