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長野県における地域産業企業の成立 : 依田社の事例

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(1)

長野県 における地域産業企業 の成立

― 依 田 社 の 事 例 ―

The Formation of a Regional and Industrial Enterprise

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じ め に

近世か ら近代にかけて、長野県の製糸業は飛躍 的発展をとげた。それは、手挽か ら座繰そ して、 器械製糸-の生産技術上の移行、発展を意味 した。 また同時に、それは、家内工業的な個人経営か ら 工場制的企業経営- と移 ってい く過程で もあった'三) 小稿では、 こ うした推移をみせてい く長野県 の 製糸業をと りあげ、近代期にどの ような産業企業 と して成立 してい くのかを検証 していきたい。近 代 におけ る県内の製糸業は、その 「中心地が北信 上田か ら南信諏訪郡へ移動」`2している。その時期 は、ほぼ明治10年代末か ら20年代にかけてである。 小塙で と りあげる小県郡丸子町の依田社は、 こ うした長野県の製糸業中心地が、東北信か ら中南 信へ移 ってい く過渡期に創設 された ものである。 す なわ ち 「故下村亀三郎は経済界の進運 に伴い地 方産業の振興は製糸業の改善を以て緊要な りとし 而 か も生糸 の改良は従来地方特産た る座繰生糸を 以 て甘んす可 きにあ らす断然器械製糸 に進蒋す可 き時運な りと絶叫 し明治22年 自ら20釜の器械製糸 業 を経営 し以て其範を示せ り之を依田社の濫傷 と す」 と記 されている。`3kの翌、明治23年には、下 村 がつ くった-1につづいて∃ 、∃ 、両 と3製糸工 場 が くわわ り、ここに四つの製糸工場が参画 して 依 田社が創設 され るのである(三'それぞれ の製糸釜 数 は、-1が64、ヨ が30、∃ と両が20とい う比較的 小規模な製糸工場か ら出発 してい るのであ る。計 134釜でスター トした依田社は、組合員の出資に よる組合立 とい う経営形態 をとった。 この組合形態の先駆 は、須坂地方の東行社であ

Ken'ichi Nohara

ろ う

i

5

-'東行社設立の経緯は、つ ぎの通 りで ある。 「富合社 ノ起業-明治八年有志数名が上州富岡 其他諸国 ノ器械 ヲ折衷 シテ場 ヲ数 ヶ所 二設置 シ富 岡 ノ帰郷女工 ヲシテ運持-水利 ノ便 ヲ利用 シ湯沸 -焚 火 ヲ以テ僅 力八 十 人 ノ女工 ヲシ テ創始セル ガ我 ガ長野麻下製糸業 ノ元祖 ニシテ明治十年二月 東行合社中合書 ヲ作製 シ内務省 二伺 ヒ立テ一般 ノ 合社傑例発行迄 ヲ結社営業 スベシノ許可 ヲ待 テ同 年八月故小田切武兵衛外四拾六名が本邦製糸業 ノ 進歩発達 ヲ-カル為 メ組合組織 ヲ以テ釜数六百六 拾六個座繰用製糸其他 ノ設備 ヲ完全 シ東行社 卜称 (6) ス」 この ように東行社は、組合員46名が出資 してつ くられた企業で、組合立 とい う経営形態では、長 野県 は もちろん、全国的にみて もその噂矢 ともい うべ き存在 といえ よう。中小の製糸業者が出資 し て、共同仕入、検査、出荷 をおこな うために組合 立 とはいえ、ひとつの企業体を結成 した意義は大 きい。 長野県が生糸生産高で全 国に占め る位置 の高 さ は、すでに確認 されているところである㌘'統計上 の把握がで きた明治10年代か ら長野県の生糸生産 高は、群 をぬいていた。 ところが、その明治10年 代 までの製糸業者 といえは、おおむね零細 な座繰 製糸 によって担われていた禁 と りわけ、主導的位 置を占めていた東北信地方では、零細な製糸業者 が生産する生糸を横浜の生糸売込問屋が買いたた いていたのである。 このような明治前期 の状況の なかで、地方の製糸業者がその経営を維持、拡大 してい く手段 として企業体 の結成は、必要不可欠 な ものであ ったろ う。 1

(2)

-須坂地方でいち早 く兼 行社が結成 されたのもこ うした社会経済的背景 に よるものであろ う。 これ と似た状況が、小稿で と りあげ る依田社の創設時 に もあ ったと考えられ る。いずれ にせ よ、中小、 零細な製糸業者が参画 して、-企業体を形成 し、 地域経済発展の主体 とな って展開す るとい う型が、 須坂の兼行社、俊明社 とならんで、小県郡丸子町 の依 田社 に もみ られ るのである。その発展の型は、 片倉製糸 とはまた異 った展開をみせている。他方、 戦前期輸 出産業の基軸で あった製糸業 の重要な一 翼 を担 っていた企業で もあった。以下、丸子町の 依 田社 についてその企業経営の実態を検証 してい きなが らその歴史的意義 を考えてみたい。 また、 先駆的企業経営を展開 した東行社 との比較検討 も 必要にお うじて試みてみ ようと思 う。

2.

俵 田社 の 設 立 依 田社の創設時のようすについては、先述の通 りだが、特筆すべ きは、下村亀三郎 とい うリーダ ーシ ップをとる経営者の存在が大 きい点である。 と りわけ設立初期の数年問は、業績 もふ るiっず、 そのため亀三郎が独立経営 を もって依田社を維持 した とい うど'ただ依田社の経営は、明治22年に創 立 した翌年の同23年に、共同再繰所 を設置 し、共 同荷造 り、共同出荷の基礎づ くりを した といえ よ う。 したが って、その後組合員の数 は、年をお っ て増加 してい ったのである。 第 1表 依田社 の工場数 と釜数 午

.

工場数 釜 数 年、 工場数 釜 数 明治

2

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1

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明治

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47

すなわ ち、明治22年 の-i (カネイチ)か らは じ ま り、同

2

3

年のコ、Zl、画、同

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年には東 、xl、 tl、同

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8

年、/i1、7, 1、71、*1等工場 がつ ぎつ ぎに増加 していったのである (第1表美砂 丸子町は小県郡に属 しているが、明治

41

年では 依 田社だけで小県郡 の工場数の8割 を占めている ことがわか る (第

2

表)O明治か ら大正にかけて諏 訪郡 の急成長ぶ りもさ りなが ら、依田社が位置す る小県郡 ののび もまた大 きい。生糸生産額では、 大正11年 の数値 をみ る と、小県郡は、諏訪、上伊 那に次いで3番 目に当 り、その県内に占め る割合 は、約

1

3

%であった。(ll' 2 -明治後期か ら大正期は、長野県を中心に全国的 に も製糸工場数が増加 し、その規模 、すなわ ち、 経営釜数 も増加 してい ったのである。同時に、経 営形態 も合理化 され、商法の実施に ともない、組 合 立か ら合資会社、または合名会社 - と経営組織 の変容がみ られ るの もこの明治後期か らである。 依 田社が生糸輸出企業 としての地歩 を築いてい く 過程で もある。 いま大正8年の 「依田社要覧」に よると次の よ ぅに依田社の沿革が記 されてい るgカ 「第-沿革 信州の気侯風土 は能 く貰桑の業に適 し就 中我丸 子地方は斯業 の先進地 として夙に世 に知 られた る

(3)

2

表 郡市別器械製糸工場 の状況 明治41年 大正 11年 明治41年 大正 11年 明治41年 15 16 1,075 2,892 1,058 30 70 3,148 9,380 3,026 122 262 17,089 37,422 18,086 54- 99 3,532 10,336 3,459 76 71 3,739 7,601 3,532 15 6 741 776 696 30 41 1,976 2,941 1,541 14 19 408 977 382 20 20 1,209 1,572 1,236 12 8 3,443 1,704 3,352 39 30 5,761 4,494 6,292 7 2 442 163 423 2 333.2 236 4,11862844 231 1 50 35 27 2,604 2,590 (注)・ 長野県生森同業組合連合会 『製糸工場調』各年版 より、上田市は小県郡に含む。 も製糸 の方 法に至 りては徒 に座繰製糸 の啓法 を墨 守す るに過 ぎさ りLを以て下村亀三郎氏は断然之 れ を器械製糸に改良すべ きを絶叫 し明治二十二年 自 ら二十釜 の器械製糸業 を経営 し以て其範を示せ り之れ を依 田杜 の濫腸 とす。 明治二十三年依田社 の組織 な るや再繰場を設置 し社員協力一致専 ら生糸 の整理統一並 に共同販責 の質行に努 めた りしか明治三十七年下村社長 『セ ン トルイス』苗圃博覧合 の開設を機 とし親 し く需 要地の状況 を視察 した る結果諸般 の改良を施 し就 中絡交 の如 きは之れを 「グラン ド」 に綾改めた る を以て糸格一段 の向上を為 し取引上の便利 を得 る ことを抄少 ならす 明治四十 三年 よ り同四十四年に亘 り依田社 の附 属事業 として屑物晒棟所及嫡工場を設け副産物を 有利 に底望 し又模範工女養成所を設置 して優 良工 女 の補充 を囲 り更に専属病院を施設 して暫療衛生 に遺憾 なか らしめ又生糸検査部 を置 きて官立生糸 検査所 に準す る検査を施 し直 に之れを輸 出包装に 荷造 し以て取引上の改善を施せ り 大正二年一月下村社長物故す るや工藤善助氏其 後 を襲 ひ大正三年組織 を蟹更 して産業組合法 に依 り有限責任信用版責組合依田社 と改めた り大正四 年優 良鐙種の普及を因 る目的を以て製線 琵種養笠 の三業者 を連絡協 同せ しめ諾種類革新資行合を組 織 し更 に生糸 の品位を改良す る一方法 として組合 員 の原料共同購入 を為 し又大正五年には製糸試験 所 を設置 し専 ら技術上の試験研究を逐けて製糸 上 の方針 を指示す る等専 ら生糸 の改善 に努力 し漸 次 今 日の盛運 を見 るに至れ り」 この 「沿革」 に よると、依 田社 がアメ リカ向輸 出生 糸の生産 をその経営 の軸 に したのは、 明治37 年 のセ ン トル イス万国博以降 にな る。同時 に依田 社産 の生糸に対 し、一定 の 「糸格」を認め させ る とと もに、みずか らは生糸検査部を置 いて糸質 の 維持 、確保に努めたのである。輸 出先 との直接取 引を可能 に した経営努力がここにみ られ る。 経営組織 の上では、大正3年 の産業組合法 に も とず いて 「有限責任信用販責組合依 田社」 とあ ら ため られ 、その事業内容は、次の ように定 め られ た 。 「第四 事業 3

(4)

-依田社の事業概 目左の如 し - 、製糸に要す る資金を融通す る事 -、生産に要す る燃料及原料繭其他業務上必要 品 の共同購入を為す事 -、組合員の生産 した る生糸に封 し再繰検査束 装等の加工 を為す事 -、生糸及副産物の共同販責を為す事」 以上の事業内容は、この 「要覧」がでた大正期 になって変更 された ものではない。つま り、創業 期か ら一貫 してその事業内容に変更はな く、事実 の追認が上記の文面である。 したが って、 1. 質 金の融通、2.原料、燃料等の共同仕入、3.共 同再経 と検査、4.共同販売 とい う初期の事業 目 的がそのまま受け継がれ、確認 されてい るのであ る。 先述 した須坂の東行社は、 まさに依田杜の先駆 的産業企業体であ った。すなわ ち、明治

1

0

年の 「 東行合社定則」に よれば、その設立 目的を 「製糸 方法百事同一 二執行 ヒ且荷額巨多ナ ラサ レ-外国 ト質易- ノ便利 ヲ得ル事能-ス困テ同社 ノ製糸数 額 ヲ纏 メ一 二シ之 ヲ輸出セシム」 こととしたので あ った三頚っ ま り、良糸の生産、管理 とその出荷、 販売が東行社の事業内容であったのである。 した が って、依田社は克行社の経営形態 と類似 の形態 を とって運営 されていた といって もよい。逆 にこ の ような共同体制を製糸業者た ちが とることに よ って、地域 におけ る産業企業 と しての機能を発揮 で きたのではないだろ うか。単独の資本家ではな く、複数の中小 ・零細資本家が集 ま り、ひとつの 産業企業 として行動す るときには じめて、輸出に 耐 える商品を出荷で き、かつ、相互 の利益を図る ことがで きたのである。 同 じ 「依田杜要覧」の 「第四 事業」のつづき には、次ゐ ように記 されてい る。 第3表 依田社製糸工場一覧 (大正10年) (繭、生糸 の単位、貫) 工 場 名 代 表 者 釜 数 工男数 工女数 原料繭使用高 生糸生産高 -1 =1 製 糸 場 下 村 寓 助

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金三製糸合資会社 工 藤 幸 助

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金 六 製 糸 場 倉 島 柳太郎

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ノ¶ 製 糸 場 伊 藤 毒 舌

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一 製 糸 場 斉 藤 繁之助

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+1 依 田 社 倉 島 龍之助

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製 糸 場 柳 荏 多 助

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金 ト 製 糸 場 佐 藤 通 雄

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≠1 依 田 社 工 藤 房 次

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金 太 製 糸 場 土 屋 光 治

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依 田 社 小 林 今朝吉

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株式合資会社金四 小井土 周 造

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小 林 小 林 清之助

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製 糸 場 柳 樺 太三郎

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1

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依 田 社 ノD 土 屋 粂三郎

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金 和 瀧 揮 寛

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製 糸 場 小 林 周 舌

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製 糸 場 土 屋 義 庭

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金 メ製糸株式会社 倉 島 柳太郎

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5

製 糸 場 閑 定次郎

5

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Ll 製 糸 場 藤 津 大 作

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依田社製糸試験所 工 藤 善 助

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-

1

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(

)

996

4

(5)

-「(-) 再繰所 組合員 より本社に輸送 し来 りた る生糸 の再操を 為 した る後一 々品位検査を為 して等位を分 ち以て 整理統一 して束装荷造等の工程 を纏之れを横演市 場 に輸出す ること普通再繰所 と異 ることふし焦れ 共本社の特色 とす る所は多数の技術員を置 きて品 位検査の際農商務省生糸検査所の検査に準 した る 検査 を施 し直 に之 を洋俵輸 出向包装 と為 し以て取 引上の敏捷 を期す るに在 り」 検査体制 を厳格 に した依田社は、す くな くとも この点 については東行社に くらべ、優位な立場に 立てたであろ う。横浜での検査 を受けずに輸出で きた結果、明治42年期4万貫余 の生糸生産高が、 9年後の大正7年期には10万貫余 と2.5倍ののび をみせ るのである。 さて、依 田社は、明治末期か ら大正期にかけて 飛躍的発展を とげてい くわけであ るが、その経営 内容は ど うであったのか。その経営状況を明治23 年か ら依 田社に加入 していた金三製糸合資会社の 損益計算表を事例に と りあげて検討 してみ よう。

3.

俵 田社 の 経 営状 況 金三製糸合資会社の代表は、 この当時、すなわ ち、明治末期か ら大正期にかけては、工藤善助で あ る。工藤善助は、依田社を創立 した下村亀三郎 社長のあとを うけ、大正3年に同社の社長 とな っ て暗和

4

年 までその席 にいたi

]

少大正期、依田社 に 参画 していた製糸工場は24であった。いまそれ ら の製糸工場 を一覧 してみ ると第3表 の通 りであ

1

.

9

ここに掲げた一覧は、丸子町に位置す る製糸工 場 を表わ している。なかで も創立者、亀三郎の率 いた」∃製糸場が群 をぬいて大 きい。次いで金四 金和、71の工女数、生糸生産高が多い。工藤善助 の金三 は、釜数 こそ多 くないが、生糸生産高は、 24社中6位で、依田杜のなかでは上位の規模 と生 産高 を しめ してい る。 この金三製糸場が合資会社 としたのが、明治40 年である。幸 いに も合資会社設立以後の 「損益決 算衰」が、明治末期か ら大正期にかけて残存 して いたので、それ をもとに当時の経営状況を検討 し てみたい。 第4表 がその 「壬貝益決算表」を整理 した もので ある

「益金」は 「収入」 を表わ し、 「損金」は おおむね 「支出」を意味す る。益金の中心は 「生 糸売 上高」である。 その増勢は、大正5年 まで年 平均約6%ほ どであ るが、大正6年か らは、お も む きを異 に し、年平均60%前後の増加率 をみせて いる。 と りわけ、大正8- 9年 にかけての増加率 は、実に80%ほ どであ る。先 の第3表に表わ され た製糸場は、そ うした依田社の最盛期の よ うすを しめす もので もあった。 なお、 「その他雑収入」の項で大正3年期か ら その筋が急増す るのは、 「益金」の中に 「原料繭 現在高」が算入 されて きたためである。すなわ ち それは 「次年度繰越繭」を意味 している。 とくに 大正7年、同9年は、繭の 「思惑買」 もあ って次 年度-繰 り越す原料繭の窒頁が,多 くな ってい るよう すが うかがえ る。 「損金」の項では、 「営業費」なる支出の項 目 が記 されてお り、経営 の実態が推 しはか られ る。 全体的には、やは り、 「原料繭」の しめ る比重は 大 き く、全体の約60-70%強の割合 をしめ してい る。安 く、品質の良い繭をいかに安定的 に確保す るかが、依田杜にとって生糸生産の死命を決す る となれは、その比重 も自ず と高 くなるのか もしれ ない。 「工女給料」ののびは、生糸売上高のそれほど は増加 していない。 明治42-大正

5

年にかけての のびは、年平均約3%弱である。大正6年か らは 「工女給料」は急増 し、と くに同9年は、前年に くらべ約80%も増加 してい る。ただ し、 これは工 女 1人当 りの給料が増加 した こともあるが、工女 数が増加 してい る点 も考慮す る必要があ る。 なお、当該時期の 「工女前貸金

Fi、明治41年 832円、同42年2,182円、同43年2,318円、 とつ づ き大正4年1,490円、同5年2,839円、同6年 6,835円、同7年7,736円、同8年 10,857円、 同9年 13,995円と急増 してい くのであ る。 この 増加ぶ りは、第

4

表 の生糸売上高の増勢 と符合す る。すなわ ち、生糸の増産態制を確保 しようとす る企業にとって重要なのは、工女 をいかにふやす か、 とい うことである。 したが って、増産態制を かためるために、工 女 を確 保 す るため の 「前貸 契約金」が増加せ ざるをえないのである。労働力 を事前に掌握す るために 「前貸金」が利 用 されて 5

(6)

-第4表 依田杜金三製糸合資会社 の経営状況 (単位 円、銭以下4捨5人)

義--

こ 明治41年 42年 43年 44年 大正元年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 lo窄 11年 益金生 糸 売 上 高 98,715 132.559 148,431 160,168 153.107 160,430 181.389 166.219 176.824 288,610 387,435 539,799 965.842 563,790 531.662 屑 物 〝 705 3,308 4,950 6.666 6.926 7.099 7,920 5.288 6,692 10,239 14,526 24,296 30,520 16.059 8,724 その他雑収入 2.185 3.732 2.056 6,424 522 360 40.965 49.070 40,325 69,599 118,888 142.128 280.413 102.646 119.833

損金原 料 頗 101.605 139,599 155,437 173.258 160,555 167.889 230.274 220.577 223.841 368,448 520.849 706.223 1,276.775 682.495 660,219 875,,622566 1007,,363227 121077,.,67361 10045 12537,..076787094 105.863 106.061 157.039 143.606 136.731 246.909 398,206 514.303 838.388 334.797 412,362 繰 〝越製 品繭 工 女 給 料 2667.,,976263960 2877...059359084 398,,71514200 38.7,968084 429.1.10358 3183,.248085 1668..251679 12107,.746948 1338.81.1.43427864 27295.,393130 3195,,847998 工 男 給 料 932 934 970 1.022 1,077 1,397 1,388 1,474 2;390 3,925 5,106 8.302 6.666 7.ilo 食 料 2,956 4.253 3.711 3.428 4,718 4.104 4,581 2.919 3,079 4,244 7,187 ll.792 18,013 16,796 12.260 薪 炭 費 1,822 4.049 4,168 -4ー059 3.036 3.137 3,823 3.228 4,072 4,926 9,110 18,657 23,664 19.759 15.556 工男女募集究 465 807 670 662 736 1,188 814 793 624 1,300 2.601 4,122 4,949 13.951 7,436 臨時雇人給料 563 167 189 92 76 172 141 126 54 176 194 812 670 957 1,234 倉 緒 銀 650 735 1.131 806 621 931 530 619 1,100 1.319 757 997 2.033 1.184 2.259 諸 税 97 ・229 267 270 444 454 468 508 378 347 3.293 558 724 12.458 2,423 維

656 836 935 961 1.193 1.206 1.321 1,270 1.366 2.790 3,894 4,505 8.001 5.877 9.738 修 繕 22 784 1.046 1.339 1.000 1.206 720 861 1,234 1.002 4,259 4.422 1.207 5.278 2.011 3.187 利 息 3.154 6.291 6.519 4,679 5.238 6.362 10.544 ll,245 10.596 8.692 ll,251 14,465 40,075 38.847 37,913 依 田 社 々

設 備 関 係 fそ の 他2 1,914675024 23.1.14888 2.8724452 53..717027208 31..406477495 2,748924 3.814024 31..016068 31,.039980 24..632164 6,760034 102.,893873 130,4.7.780874910 12.7.913120 1321.,.

0

71

0

80

0

39 汁 106.615 132.640 152.438 173.060 170,226 172.270 233,637 217.702 216.207 336.030 536,393 728.606 1,180,763 778.615 655.747 組 各年度 「損益決算表」 より作成

(7)

い るよ うすが うかがえ る。 その他営業費 のなかでは 「薪炭費」 と 「利息」 が 「工女給料」 に次いで 目につ く

「薪炭費」は 蒸気機関用 の石炭代金で、操業 の多 さに比例 して 増 加 してい る。ただ し、第 1次世界大戦 の影響等 で石炭価格 の値 上 りも数値ののびを うなが してい る

「利息」 は、原料繭購入 のための 「借入れ」 資 金に対す るものであ る。 したがって、原料繭購 入 炭が増加 すれば、必然的に 「利息」 も増加す る ことにな る。ただ しこの負担 は、大正期にな って 大 き く、経営 を圧迫 してい るようすがわか る。 また 「工 男女募集費」 の項 目は、実は 「工女募 集 費」 のことで、大正期 の 「損益決算表」か らは 「男」 が項 目か らぬいてあ る。 この 「募集費」 も 生 糸売 上急増期の大正

8-9

年 にかけて大 き く増 加 してい る。 この よ うに 「損益決算表」か らみた金三製糸合 資 会社 の経営状況は、全体 に原料繭の経費に しめ る割合が大 き く、その分経営 を苦 しくしてい る。 と くに、大正元年か ら計 上 されている 「繰越繭」 は、前年度か らもちこされた ものであ るが、 これ が年 々増加 し、 「損益差額」 の項 において損金を 計 上させ る主要因にな ってい るよ うに思 える。工 女 の給料を含めた人 件費 は、全体的 にはわずかな 比重 しか しめず、年平均

4-5%

弱の割合 しか し め ていない。 したが って、損金の計 上にはほ とん ど影響 をあたえていない とい って よい。それ は、 先 に述べた 「前貸金」 を くあ えて も、 また、募集 費 をさらに くあえて もいえ ることであ る。 この よ うに金三製糸の 「損益決算表」をひ とつ の事例 としてみて きたが、その経営 に しめ る原料 、 利 息、燃料 の割合が、恒常的 に経費の大半 を しめ てい るよ うすがわか る。 賢台社依田社業務執行細則」であ る。 まず前者か らみ てい こ う。依 田社 とい う企業 の役割 お よび、 その経営組織体の特質 を知 るためであ る. したが.. って煩 をい とわず、 「定款」の全文 を次に掲 げ る ことにす る。 合資合社依 田社定款 第-章 冶則 -第一僚 本社-次修 二規定 スル 目的 ノ為 メニ設立 スル合資合社 トス 第二候 本社 -左 ノ業務 ヲ営 ム コ トヲ日的 トス 一、生糸 ノ委 托 ヲ受 ケテ之 二加工 シテ販責 ス 二、生糸 ノ委 托者 二金融 ヲ為 ス 三、生糸 ノ製造販百 四、笠繭 ノ責買 五、土地建物及製糸用税械器具 ノ貞男及賃借 六、有価謹券 ノ所有又-責買 七、其他前各項 二附随 スル業務 第三僚 本社 ノ南淡 ヲ合資合社依田社 卜称 ス 第四候 本社 ノ本店 ヲ長野願小蘇郡丸子町 大字丸 子千四百八拾八番地 二置 ク 第二章 社 員及 出資 第五傑 社 員 ノ氏名、住所、出資 ノ種類価額及 ヒ 其 ノ責任左 ノ如 シ ー,金武寓四千百七拾四囲 無限 (住所 ・-略、以下同 じ)土屋 光治 -、金武寓参千七百五拾五固

4.

経 営 組 按 では、 この金三製糸を含め24の製糸業か ら成 る 依 田社 とは、 ど うい う経営組織体 を もった企業 な のだろ うか. またそれは、どの よ うな機能 と権能 を もっていたのだろ うか。それ らを知 る手 がか り と して、 ここでは2つの史料 についてみ てみ るこ とにす る。 ひ とつは、昭和7年2月に記 され た 「 合資合社依 田社定款」であ り、い まひとつは 「合 一 7 -無限 -、金宝寓式千九百九拾八園 無限 一、金九千九百拾武囲 無限 -、金五千拾五 回 無限 -、金参千九百四拾六囲 無限 -、金六千百囲 有限 一、金六千囲 有限 -、金参千参百囲 有限 -、金武千五百囲 有限 下村亀三郎 小林清之助 工 藤 倫 工藤 房 次 伊藤 毒舌 土屋 久 下 村 寓助 小林 郷 工藤 善助

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-、金宝千参百園 有限 工藤 哲三 一、金宝千囲 有限 伊藤 寛 第六候 無限責任社 員-総社員 ノ同意 ヲ得 テ其 ノ 持分 ノ全 部又 -一部 ヲ他人 二譲渡 スル コ ト ヲ得之 レニ反 シクル行為-之 レヲ以 テ含社 二封抗スル コ トヲ得ス 有限責任社員-無限責任社 員 ノ承諾 ヲ得 テ 其 ノ持分 ノ全 部又-一部 ヲ他人 二譲渡 ズ昌 トヲ得 第三章 業務の執 行及合社 ノ代表 第七傑 本社 ノ業務 -業務執行社員之 レヲ執行ス 第八候 業務執行社 員ノ、二名 トシ無限責任社員 ノ 互選 ヲ以テ之 レヲ定 ム 第九傑 業務執 行社 員 ノ任期-ニ ケ年 トス但任期 満 了 ノ後再選 スル コ トヲ妨 ケス 第十傑 業務執 行社 員 ノ報酬 -社 員過半数 ノ決議 ヲ以テ之 レヲ定 ム 第十一候 業務執行社 員-合社 ヲ代表 ス 第十 二候 支配人 ノ選 任及 ヒ解任-無限責任社員 ノ過半数 ヲ以 テ コ レヲ決 ス 第十三傑 定款 ノ変更 -総社 員ノ同意 アル コ トヲ 要 ス 第十 四憤 無限責任社 員-絵社 員 ノ同意 アル ニア ラサ レ-他人 ノ為 メニ保詔 ヲ為 ス コ トヲ待 ス 第十五燦 業務執行細則 .、別 二之 ヲ定 ム 第十六僚 無限責任社 員-何時 ニテモ合社 ノ書類 及業務 ノ状態 ヲ検査スル コ トヲ得 第四章 計 算 第十 七傑 営業年度 - 毎年三 月一 日二始 マ リ翌年 二月末 日二終 ル 第十八傑 業務執行社 員-営業年度 ノ終 リニ於テ 計算 ヲ為 シ左 二掲 クル書類 ヲ社 員-提 出シ テ其 ′承認 ヲ求 ムル コ トヲ要ス 一、財産 目録 二、貸借封照表 三 、営業報 告書 四、損益計算書 五 、利益 ノ配苫 二関スル議案 第十九億 本社 -損失 ヲ填補 シタル後 二非 ラサ レ -利益 ノ配苫 ヲ為 ス コ トヲ得 ス 8 -第二十傑 各社員 ノ損益分配 ノ割合 -第五修 二掲 ケタル出資額 二依ル但有限責 任社員 ノ損失 ノ負培 -出資額 ヲ限度 トス 第五章 社 員 ノ退社 第二十一傑 社 員-総社員三分 ノ二 以上 ノ同意 ア ル ニア ラサ レ-退社スル コ トヲ得 ス 第二十二備 前燦 ノ場合 ノ外社 員-左 ノ事 由二困 リテ退社 ス ー 総社 員ノ同意 二 死亡 三 破産 四 禁 治産 五 除名 第二十三傑 社 員退社 ノ場合 二於 ケル持分 ノ抹戻 額 .、総社 員三分 ノ二以上ノ決議 ニヨル 第六章 解散 第二十四傑 本社 ノ存立時期-此 ノ定款作成 ノ日 ヨ リ二十年間 トス 一、前傾 二定 メタル存立時期 ノ満了 二、歳 社 員ノ同意 三、台社 ノ合併 四、合社 ノ破産 五、裁判所 ノ命令 第二十六候 前傾 第-競 ノ場合 二於 テ-社員 ノ全 部又-一部 ヲ以テ合社 ヲ継続 スル コ トヲ得 但同意 ヲ為 サ 、リシ社 員-退社 ヲ為 シタル モ ノ ト見倣 ス 第七章 清算 第二十七候 合社解散 ノ場合 二於 ケル合社財産 -左 ノ方法 二依 リテ之 レヲ虞分・ス但総社 員 ノ 同意 ヲ以テ他 ノ方法 二依 リテ虞分 スル コ ト ヲ得 - 残飴財産 -各社 員ノ出資額 二度 シテ之 レ ヲ分配 ス 右合資合社依田社設立 ノ為 メ此 ノ定款 ヲ作 り 各社員左 二記名捺 印ス 昭和七年式月武拾八 日 土屋 光治 下村亀三郎 小林清之助 工藤 倫 工藤 房次 伊藤 毒舌 土屋 久 下村 寓助 小林 郷 工藤 善助 工藤 哲三 伊藤 寛 以上が依 田社定款 の全文である。定款は会社 の 組織、経営 目的 を定めた ものであ る。第二候では

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それ が7項 目にわた って明 らかにな ってい る。そ れ に よると生糸 の販売 ・委託 は もとよ り、原料繭 の購入 、製糸器械の導入 、融資 にいた るまで依 田 社 が取 り扱 っていることがわ か る。 第五候 には出資者 の一覧 があ る

。2

4

の製糸業 が 依 田社に参画 してい るが、出資 してい るのは、そ こに記 された12名であ る。 なお、 「下村亀三郎」 とあ るのは2代 目で、初代創 立者の亀三郎は、大

2年1月7日に急逝 してい る。 依 田社では、 「業務執行社 員」 (第7候) が、 全体的な指揮 を とる。第8候 に記 されてい るよ う に、 2名の業務執行社 員は、 6名の無限責任社員 のなかか ら選 ばれてい る。そ して、 この

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名が実 質的な業務 の取締役 をはた してい るとと もに、会 社 を代表 してい る (第 11僚)。 したが って、社長 副社長 とみなす こともで きよ う。 この業務執行社 員を実務上補佐す るのが支配人 (第12儒)であろ う。 この ように依 田社 の組織 は、無限責任社員6名 と有限責 任社 員 とにわ かれ、無限責任社員のなか か ら トップの2名を選 出 し、かつ、支配人を選ぶ。 そ して この トップの業務執行社員に依 田社経 営の 権限を集 中させ てい るところに特色があ る。 た とえは、須坂の東 行社 の場合は、 「社長壱名、 副社長壱名、理事参名以上」で トップが構成 され 無限 責任社 員 とな ってい るon乃総会ですべてが決定 され る兼行社 に くらべ、依 田社 の場合、組織 はい く分簡素化 され、命令指揮系統が単純化 されてい るといえ よ う。 そ こで次に依 田社の トップに位置す る

2

名 の業 務執 行社 員が、 どの よ うな業務を実際 におこな う のか をみ てみ よ う。 これは定款第15修 の 「別 二之 ヲ定」めた ものである。史料名は 「合資合社依田 社業 務執行細則」であ る。 ここで も先 の定款 との かかわ りがあ るので全文 を紹介す ることに しよう。 合資合社依田社業務執行細則 罪-候 本台社 二生糸 ノ販責 ヲ委 托セ ン トスル老 -総社 員 ノ承認 ヲ経 - シ 前項 ノ東認 ヲ為 シタル トキ-代表社 員-委 托老 二封 シ第一暁様式 二依 り契約 ヲ締結 セ シ′ムへ シ′ 第二傑 本台社 -委托 ヲ受 ケタル生糸 二封 シ左 ノ 方法 二依 り之 レヲ販責 ス 生糸 ヲ再繰 シテ肉眼並器械検査 こ似 リ定 メラ レクル品等 こ従 ヒ合同束装 ヲ施 シー定 ノ商票 ヲ附 ス 第三備 品等査定 二基 ク販責代金 ノ差金-春挽夏 挽 ノ首初本合社社員鹿合 こ於テ之 レヲ定 ム 但時宜 二依 り特 別差金 ヲ附 スル コ トヲ待 第四僚 生糸 ノ委 托者-其 ノ版責価格又 -版責 ノ 時期取引商店販責 ノ方法等 ヲ指定 スル コ ト ヲ待 ス 第五候 生糸 ノ委 托者 -本台社代表社員ノ承認 ヲ 経 ル こ非 ラサ レ- 自己 ノ生産 シタル生糸 ヲ 他 こ責却 スル コ トヲ得 ス且 ツ自己ノ生産 セ サル生糸 ヲ本台社 こ委 托スル コ トヲ得 ス但 賃挽 二依ル生糸 - 自己 ノ生産 シタル モ ノ ト 看倣 ス 第六億 生糸 ノ委 托者 -本台杜 ノ指定 シタル製糸 其 ノ他 ノ取扱方法 二背 クコ トヲ待 ス 第七億 本合社 -委 托生糸 二封 シ貞 上前 二於 テ代 金 ノ仮渡 ヲナス コ トヲ得但其 ノ街 -代表社 員之 レヲ定 ム 前項 ノ仮渡金 二封 シテ-代金梯渡 ノ時期 迄代表社 員 ノ定 メタル 日歩 ヲ徴収 ス 第八億 受托生糸 ノ販貞代金-七月及三 月 ノ両度 二期 日ヲ走 メ別二定 メタル等差 二依 り之 レ ヲ計算 シ受托数量 二度 シテ之 レヲ配分 スル モ ノ トス 前項 ノ版責代金-取 引問屋 二支梯 ヒタル 手数料諸掛費並検査料積立金等販責 二要 シ タル費用 ヲ控除 シタル資収責 上金 トス 第九僚 第七傑 二依 り為 シタル仮渡金及手数料加 工料 第十四修 二依 り徴収 ス-キ違約 金 -前 傑 ノ配分代金 ヨ リ之 レヲ差引 クモノ トス 第十傑 本台社 -委 托 ヲ受 ケタル生糸 ノ坂 責代金 二鷹 シ別二歳合 二於 テ定 メタル手数 料 ヲ委 托老 ヨ リ致収 スルモノ トス 第十一燦 第二燦 ノ規定 こ依 り加工 ヲ為 シ タル加 工冶費街 ヲ加工料 トシテ左 ノ標準 二掠 り委 托者 ヨ リ徴収 スルモ ノ トス 一 、鹿箱量 二封 シ 百分 ノ63 二 、釜数 二封 シ 百分 ノ30 三 、工場個所 二封 シ 百分 ノ7 第十二傑 受托生糸 二封 シ本台社 二於 テ束 装 荷造 其 ノ他 二特 二労費 ヲ加 -タル トキ-賓費 ヲ 9

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-徴 シ代金配分 ノ時之 レヲ差引 クモノ トス 第十三傑 生糸 ノ委托老-其 ノ使用釜数 ヲ本台社 二届出 ヲ為 シ代表社員ノ承認 ヲ経-シ 前項 ノ使用釜数 ヲ変更セ ン トスル トキ-一月中 二本含社 二届出 ヲ為 シ代表社員ノ承 認 ヲ経- シ 生糸 ノ委托者-本台社代表社員ノ東認 ナ キ釜 ヲ使用スル コ トヲ得ス 第十四僚 第四儒乃至第六億及第十三儒第三項 ノ 規定 二違背 シタル者-金五囲以上金五百囲 以下 ノ違約金 ヲ徴 スルモノ トス 第十五燦 本台社-第二修 二依 リテ定 メラレクル 生糸 ノ品等及数量並 二生練 ノ販責事蹟 ヲ毎 時委托老 二通知 スルモノ トス 第十六候 第二修 二依 り試験 二供 シタル生糸-本 台社 ノ収益 トス 第十七儒 委托 ヲ受 ケタル生糸-本台社 力委托老 二封スル諸債権並 二将来生スル諸債権 ノ共 通揖保品 タル-キモノ トス 第十八候 委 托 ヲ受 ケタル生糸 二封 シ不可抗力 ニ ヨ リテ生 シタル損害-本台社其 ノ真 二任セ サルモノ トス 以上が 「合資会社依田社業務執行細則」の全文 である。 この 「細則」が記 された 日付は、昭和7 年3月 となっている。ただここに もられた内容は、 すでに明治末期か ら実施 されてい るもので細部の 修正にとどまっている。 この 「細則」 の主 旨は、依田社参画の製糸業者 すなわち、組合員が、依田社の商標を もって生糸 を販売委託す る場合に遵守すべ き手続 きを明示 し ているところにある。つま り、個 々の製糸業者が 検査 も受けずに 自由に依田社の商標を使 って販売 してはな らない、とい う規定で もある。 と りわけ、第二億 にみ られ る品質管理の厳 しさ は、東行社以上の ものといえ よう。 また、第四僕、 第六燦にみ るごと く、依田社に販売のすべてを委 ね るとい う形態 は、東行社の 「当会社-生糸再繰 及依託販売 ヲ為 ス ヲ日的 トス」 とい う形態 と同質 である11秒ただ形式は同 じで も、依田社が組合員に 対す る権限は、東行社に くらべ強い。すなまっち、 依田社に委託す るとい うことは、販売について組 合 員は、依田社に全面的に拘束 され るとい う意味 あいをもつか らであ る。それだけに依田社 の組合 - 10-員に対す る統率力は、この 「細則」に よって強化 された といえよう。 反面、この ように統率力を強化 しなければ、ア メ リカ向輸出商品 としての生糸品質を十分 に管理 かつ維持で きない、 とい う製糸業者の配慮がある のだろ う。依田社 とい うひ とつの企業体 としての まとま りは、こ うした 「業務執行細則」に よって よ り一層、強化 されていった と思われ る。

5.

労 務 管 理 次に労務管理についてみてい くことにす る。製 糸労働者、すなわ ち 「女工」 につ いては これ まで かな りの研究業績があ る禁中稿 もそれ らに負 うて い ることはい うまで もない。 ここではそれ らをふ まえた上で、依田社の労務管理、お よび労働者 の 状況についてみていきたい。 まず依田社の労務管理の特色を よく表わ してい るもののひとつに 「就業規則」が ある。たまたま 大正15年の合資合社金 卜製糸場の 「就業規則」が あるのでそれ を全文紹介す ることに しよう。なお この 「就業規則」のまえ、大正5年に 「工場法」 が施行 されている。 したがって、本 「就業規則」 もそれを前提 としていることはい うまで もない。 就業規則 第-章 総則 罪-候 本則-苫工場 二就業 スル職工 二之 ヲ適用 ス 第二僚 本則-職工雇人 ノ際之 ヲ交附 シ且工場内 二掲示 ス 第三傑 本則 ヲ改正 セム トスル トキ-一 ケ月前 二 職工 二線告スべシ 第四僚 職工 ノ扶助規則、貯蓄金管理規程及賞与 規程-別二之 ヲ定 ム 第五儒 職工 ノ種類-左 ノ如 シ 検査、繰糸工、撰繭工 、煮繭工、火夫、屑 物整理工 第六傑 職工 ノ資格 ヲ定 ムル コ ト左 ノ如 シ 本職工、養成職工 第二章 雇人及解雇 第七候 新 二雇人ルル職工-年齢十四歳以上ナル カ又-十二歳以上ノ者 ニシテ義務教育 ヲ終 了 シタルモノ トス

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・十二歳 以上十四歳未満 ノ老 ニシテ義務教育 ヲ終了 シタル者-其 ノ謹左 ヲ提示 スべ シ 第八燦 女工 ノ雇用契約期間 -一年以内 トス。但 養成女工 二就 テ-三 年以内 トス 第九修 雇用契約成立 シタル トキ-契約苫事老-雇用契約書二通 ヲ作成 シ双方各-通 ヲ所持 ス′レモ ノ トス 第十候 天災事 壁 二基 キ事業 ノ継続不可能 卜為 1) タル場合 ノ外雇用契約期間中 ノ職工 ヲ解雇 ス′レコ トナシ 雇用契約期間 ノ定 ナキ職工 ヲ解雇 セム トス ル トキ-少 ナ ク トモ拾四 日前 二其 ノ橡告 ヲ 為 スカ又-賃金拾四 日分以上 ノ手富 ヲ支給 ス 第十一僚 前候第一項 ノ規定 二拘 ラス左 ノ各競 ノ ー ニ該富 ス場合-少 ナ ク トモ拾 四 日前 二線 告 ヲナスカ又-賃金十四 日分以上 ノ手首 ヲ 支給 シ之 ヲ解雇 スル コ トアル- シ ー 、身髄虚弱 ニシテ作業 二堪 -ス ト認 メタル ト キ 二 、技能発達 ノ見込 ナシ ト認 メタル トキ 三 、工 場 ノ秩序又-風紀 ヲ素 シ改俊 ノ見込 ナキ トキ 四、禁鈎以上ノ形 こ虞 セ ラ レタル トキ 第十二候 職工入場又 -帰郷 ノ為必要 ナルー切 ノ 費用-工場主 ノ負担 トス。但 シ在場途中職 工 ノ任意 こ ヨル帰郷入場 /入費-職工 ノ負 担 トス 第十三傑 職工解雇 二際 シ請 求 ア リタル トキ-遅 滞 ナ ク雇用期間、業務 ノ種類及賃金其 ノ他 職工 ノ請求 シタル事項 ニッキ雇用謹 明書 ヲ 交付ス 第三章 就業時間、休憩及休 日 第十 四候 就業時間-午前五 時 ヨ リ午後十時迄 ノ 間 こ於テ十二時間以内 トス但 シ工場法 ノ規 定 スル範囲 二於 テ右 ノ定時間 ヲ超-就業時 間 ヲ延長 スル コ トアル- シ 第十五僚 休憩時間-就業時間中 二左 ノ如 ク配置 ス 午前八時 ヨ リ同九時三十分 マテ ノ間 二於テ 十五分間 正午 ヨリ三十分間 午後三時 ヨ リ同四時 マテ ノ間 二於テ十五分 問 第十六候 休 日-左 ノ如 シ但 シ特 別 ノ事 由アル場 合 二於 テ-地方長官 二届 出 ノ上変更 スル コ トア′レへ シ ー、毎月二 日、十六 日 二、上堰 下堰 水路修繕 ノ為断水中春二 日秋 一 日 三 、春挽閉鎖 ヨ リ夏挽開始 ′際七 日間以内 四、年末、年始 (日数 -毎年之 ヲ定 ム) 第十七傑 食事 .、左 ノ時間 二於 テ食堂 二於 テ之 ヲ ナスモ ノ トス 朝食 、午前五時 ヨ リ同七時 マテノ間 二於 テ 十五分間 中食 、正午 ヨ リ十五分間 夕食 、午後五 時 ヨ リ同八時 マテノ間 二於 テ 十五分間 第四章 賃金及貯蓄金 第十八候 賃金- 日給及 出来高給 ノ二種 トシ最低 日給 -就業 日数 二慮 シ本職工一 日三十銭以 上養成初年職工- 日金十五銭 以上 トス 第十九燦 日給 ′、定時間 ヲ以 テ一 日 トシ業務 ノ種 類職工 ノ技能 ヲ掛 酌 シテ之 ヲ定 ム 第廿傑 出来高給-仕事 ノ出来高 ニヨ リ之 ヲ支給 ス出来高 ノ賃金 -別 二定 ムル賃金算 出方法 ニヨ/レモノ トス 第廿-保 定時間以外 ノ就業 二封 シテ-超過時間 二封 シ割増金 ヲ支給 ス 割増金-左 ノ方法 ニヨ リー時間 二封 スル其 ノ額 ヲ算出ス (甲) 日給 の場合 平均 日給魯 13 ⊥….A ×≡ -割増金 質労働時間数 10 H'H (乙) 出来高給 の場合 荒 慧 ×1!.-割槽金 第廿二僚 工場 ノ都合 ニ ヨ リ臨時休業 スル トキ-平均 日給 ノ七割 ヲ支給 ス但 シトキ-平均 日給-前 傾末項 ノ算出方法 ニヨル 第廿三保 一賃金-毎月十 六 日ヨ リ翌月十五 日迄 ノ 分 ヲ其 ノ月二十五 日迄 二支梯 フモ ノ トス。 但 シ止 ム ヲ得サル事情 アル場合 -支抹期 日 ヲ月末迄延期 スル事 アル- シ 前貸金 アル者 二封 シテ-賃金 卜相殺 ス 第廿四燦 職工死亡若-解雇 ノ場合又-左 ノ各競 - ll

(12)

--/一二該雷 シ職工 ノ請求 ア リタル トキ-前 儒 ノ規定 二拘 ラス即時賃金 ヲ支排 フモノ ト ス 一、- ケ月以上 二亘 り帰郷 スル時 二、婚礼、葬祭等 ノ為 出資 ヲ要 スル トキ 三、地方長官 ノ命令 ヲ以テ定 メタル トキ 第 廿五傑 職工 ノ任意 こナス貯蓄金-地方長官 ノ 認 可 ヲ受 ケタル貯蓄金管理規程 ニヨ リ之 ヲ 管理 ス 第五章 早退、欠勤、入場禁止 、食費其 ノ他 第廿六億 職工病気其他己 ムヲ待 サル事 由ノ為早 退 スル場合-係員二其 旨 ヲ申出テ東認 ヲ受 ケ退場ス- シ 第廿七僚 左 ノ各壊 ノー ニ該雷 スル老 -入場 ヲ許 サス 一、酒気 ヲ帯 ヒタルモ ノ 二、工場法施行規則第八傑 ノ規定 こヨ リ就業 ヲ禁止セ ラレクル疾病 二罷 リタル者 三 、産後四週間 ヲ経過 セサル者 第廿八候 職工 ノ食費-工業主之 ヲ負担 ス 工 場附属寄宿舎 二寄宿 スル職工 二封 シテ-寄宿会費 ヲ徴収セス 第廿九僚 職工制裁 ノ規程 -之 ヲ定 メス 附則 本則 -大正十五 年七月一 日ヨ リ之 ヲ施行ス 「工場法」施行後の 「就業規則」は、それ以前 に くらべ格段に改善 されてい る。 この 「就業規則」 もその例 に もれ ない。女工雇入れ の際 の年令制限 (第7候)、あるいは労働時間 (第14僚) など、 あ きらか に改善 されている。諏訪 、岡谷地方で 「 工場法」が施行 された後 も違法 ない しは、脱法行 為 が しば しはお こなわれてい る.CO依田社 について それ を知 る手がか りはない。ただ 「工場法」の規 程 が この 「就業規則」 に反映 され てい ることだけ は確かであ る

㌔l

' 雇用契約 (第

8

-10傑)関係に特 別の候件はつ け られていない。ただ、第 11候 の解雇 の僚件は、 雇主側の慈意的判断で左右 され る内容 の ものだけ に、女工 が不利 な立場 に立た され てい ることには 変わ りはない。 それに して も現在か らみれば、就業時間の長 さ 休憩時間 の短 か さ (第14-15燦) 、 また、休 日の 少 な さ (第16傑) とい う労働候件 の劣悪 さは否め - 1 2-ない ところだろ う。 これ とて も、 6月か ら9月 の 繁忙期、すなわ ち夏時間 ともなれば、 どれほ ど遵 守 され ていたかは疑わ しい。 賃金では、最低賃金制 (第18儒) が とられてい る。賃金は別に 「工賃支給規則」 があ り、それに 沿 って支払われ てい る。 この 「工 賃支給規則」は 全9修か らな り、その中心は 「賞罰方法」の規定 で あ る。 したが って、賃金の支払 いは、繰 日お よ び糸質 の検査 の後、標準 日給 よ り賞罰金 を加減 し たあ とにな され るので ある。 「工賃支給規則」 の第5候 には次の ように記 さ れてい る

「工賃 ノ算 出方法-標準 日給 〔平均 日 給〕 ヲ定 メ一期間 二於 ケル延工数 二乗 シ更 二総練 糸量 ニテ除 シテ封十匁 ノ工賃率 ヲ算 出シ之 ヲ各 自 ノ繰轟量 こ乗 シ基礎工賃 ヲ算出シ之 二賞罰金 ヲ加 減 シテ算出スルモ ノ トス」 とあ る。 この算出方法 は、岡谷方式 と同 じであ る。工 場で の平均的工 賃 率 を出 したあ と、それ に各 自の出来 高量 をかけ る もので、労働生産性 が上がれば上が るほ ど平均的 工賃率 は高 くな る。それ は女工 の労働強化にむす びつ く性質 の ものであ る。 したが って、賃金計算 の方法 が従来 の ままで、 よ り収入 を得 よ うと女工 が考 えれば、い きおい労働内容は厳 しく、就業時 間の実数 も拡大 してい くことになろ う。だ とすれ ば、低賃金構造 の本質 は変化せず、ただ形式 が 「 工 場法」 に合わせただけ、 とい うことになろ う。 それで もこの 「就業規則」 が評価 され るとすれ ば、企業側 と労働者側 との関係が明確化 され、労 働者の意思が限定つ きではあ るが尊重 されてい る 点であ る (第12-13懐、26億、28修 など)0 いまこの 「就業規則」 を発行 した金 卜製糸場 に 勤め る女工 の出身地 をみてみ ると第5表 の通 りで ある。 第5表 金 卜製糸場女工 の出身地 小 県 郡 41人 24.6% 北佐久郡 34 20.3 南佐久郡 24 14.4 更 級 郡 26 15.6 そ の 他 4 2.3 群 馬 県 38 22.8 計 167 100.0 (注) 大正13年期の数値

(13)

県内、なかんず く、依田社が位置する小県郡 とその 周辺 の郡部か ら多 くの女工が来 ているよ うすが こ の表か らわか る。県外 とい って も群馬県 とい う依 田社か らすれは、比較的近 い ところの県外 といえ よ う。 同 じ時期、岡谷 地方 の製糸業で働 く女工 の 40%が県外者で しめ られていた こととは対照的で ぁ る。聖 の ように依田社 の労働力市場は、地域性 を強 くもった圏域 にあ ると考 え られ る。 これ は依田社だけの特色ではな く、先述の克行 CL7O 社 の場合に も指摘 され る。た とえは、克行社 の女 工 をみ てみ ると、東行社 が位置す る上高井郡 、そ して近辺の下高井郡両郡の出身者が全体 の60%を しめてい る。 また、県内出身者 の割合 は、同 じ大 正期、85%を しめてい るのである。東行社の労働 力市場 も、地域市場圏域 に属 しているといえ よ う。 この ような労働力市場での特色 が、依 田社の 「 就業規則」や労働偉件に大 きな影響 をあたえてい るのではないか、 と考 え られ る。それは、岡谷 ・ 諏訪型 とは異 った市場 の特質 に よるものであろ う。 依 田杜 の労務管理 もこ うした女工 の社会経済的背 景 の下で、諏訪 とは異 った対応 を しめ さざるをえ なか ったのではないだろ うか。

6.

むすび にかえて これ まで製糸業史 の研究は、 どちらか といえは 諏訪 ・岡谷地方 を中心にな されてきた。明治20年 代後半 か ら大正 ・昭和初期にかけて、長野県内は おろか、全 国的 にみて も、′そ の生糸生産高が しめ る割合 が一番多いわけであるか らそれ も当然であ ろ う。 くあえて、史料で も、岡谷市立蚕糸博物館 を中心に よ く保存 されてい る状況が、一層 、研究 を促進 させた と思われ る。 しか し、小稿 でみた依 田社 の存在 や、また、比較 の対象 とな った須坂 の 克行社 の存在 もみ のがすわけにはいかない。 それは、地域産業企業 の成 立、 とい う新たな視 点 か ら今一度、製糸業史 をとらえなおす必要か ら で もある。依 田社 に して も、東行社 に して も、生 糸生産 高、その輸 出高は、諏訪地方に次いでい る。 また、そこで働 く女工、すなわ ち女子労働者の数 も多い。 しか し、その存在形態は、明 らかに諏訪 地方 と異 っている。それは経営組織、運営形態 、 労働市場な どそのいずれ をとって も、その産業企 業 の地域性、地域的特質を担 うものだか らであ る。 諏訪地方 を軸 として、 さらに南信地方 の天竜社、 龍水社 な どさまざまな各地域の産業企業の存立形 態を今後一層 、比較検討す ることが重要 と思われ る。 小稿 はそのための一試論た るを まぬがれ ない。 (受理 1988.ll.21) 註 (1

)

F信濃蚕糸業史』下巻 1937年 P.1026 (2)山田盛太郎 F日本資本主義分析』 1934年 p.32 (3) 「俵EEl社業務要覧」大正 6年 丸子町立郷土博物 館歳。以下断わ りのないかぎり一同博物館所蔵の文 書に依っている。 土屋理恵 「小県郡丸子町の依出社とカネタ土屋製 糸

(

「千曲」第34号 1982年) (4) 龍野八郎 「長野県小県郡丸子町における器械製糸 業の生成と推移

」(

「信濃」第19巻11号 1967年) P.797- 8 (5)拙稿 「須坂における近代的製糸業の成立

」 (

「須 高」第22号 1981年 ) (6) 「会社設立 ノ沿革及定款更正ノ理由」 (昭 和5年) 霜田家文吉 (7)石井寛治 F口走蚕糸業史分析」 1972年 古島敏 雄 F産業史皿.a 1961年 (8)拙稿 「明治前期中生産者層の史的位置(1x2)」(「長 野大学紀要」第2号 1973年ー第5号 1975年) (9) F暁雲 下村亀三郎伝』 1980年 ¢C? 龍野 前掲論文 P.803ー土屋理恵 「小県丸子町 の俵田社とカネタ土屋製糸場

臼」(

「千曲」第35号 1982年 )p.8

r

丸子中央小学校百年史』 1973年 P.418 (川 F製綿工場調』 大正12年 吐功 龍野氏は前掲論文でー大正7年版の 「業務要覧」 の紹介をしている。内容は太稿の引用文とほぼ同じ であるがー構成を龍野氏は変えて使用されている。

8

3? 神津善三郎.小川勝一ー小林正洋一野原建一 「長 野県における製糸業閑適史料について

(

1

)

」(

「長野 大学紀要」第9巻第1号 1987年)拙稿

F兼行社 の史料』を読む一 須坂製糸業史の一側面として- 」

(

「須高」第27号 1988年 )

F暁雲 下村亀三郎伝』 1980年 85) F製綿工場調』長野県蚕糸課 大正11年度 -

(14)

13-u6) この場合の 「工女 前貸金」には 「工女前貸契約金

も含 まれて いる。 47) 神搾善三郎.小川 勝一ー小林正洋一野原建一 「長 野県におけ る製糸業 的連史料について(3)

」(

「長野 大学紀要」約 9巻第 4号 1988年 88) 「兼行杜定款」 拙稿 「明治後期∼昭和初期におけ る製糸業の展開 - 克行社を中心 として

-」

(

「須 高」第23号 1986年 ) 8g)拙稿 「日本におけ る F近代的』労働力市場 の成立 について

」(

「長野 大学紀要」第5巻第 4号 1984 年 ) において製糸 労働者に関す るこれ までの研究状 況 を記 したので参照 していただ きたい。龍揮秀樹 F日 大資木主義 と蚕 糸業』 1978年 伽)林巧郎F地平線 以下』1925年 ー佐倉啄二 f'製糸女 工虐待史』 1927年 (覆刻、1981年信濃毎 日新聞社 ) - 14-ei) この 「就業規則」はー 金 卜製糸場発行の ものであ るが一俵 B]社に参画 している他の製糸場の 「就業規 則」 も同一文章であ るOおそ ら くー依 田社内で協定 した もの と思われ る。 鋤 拙稿ー前掲論文 P.142 参照 C23) 拙稿 「須坂の製糸労働者について

(

「須高」第 20号 1985年 ) (記)木稿成 るにあた ってはー史料の調査一研究に丸 子町立郷土博物館の館長 をは じめー館員の方 々の全面 的協力を得た ことを記 しー ここに厚 く謝 した い。 またー太研究にはー昭和63年度長野大学地域社会研 究助成費 を得ている。

参照

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