し が 普
は 轟者は前祝に於て蒜の農窺循環欒動の表現方法に就いての概忍を述べ、次いで投機攣商況線・金利線の三自本瀞親指数
〃 ︵三〇こ ︼日本螢窺㌧碍救出
弟十六令弟三擁︵憫独和駈桝︶
傑時 重
景気欒勤とに如何に景気循環律の欒韓が親られるかを鸞詮的に述べたのである。
現下の複雑多岐なる定済界に於てはガ等の盈来襲動の結合的研究、それは勿論重要なることであるが、それよ
すも個別系列の景気欒勤の研究及び個別と他の僻別との聞の相拍闊係の研究の方がより仙巌重要であり、唯だ説
明の便宜上綜合的研究を兜に遊べたに過ぎない。換りて女に個別研究に移るのであるが、其の中故に物情指数、
親衛流通高及び日銀二般貸出高に就いて蜂前披に述べしを以てこれよりそれ以外の爛別の景刹攣動に戯いて油べ
よう〇
四、金団字形交換品の畳筑循環鞄劫 ︵〓 概 説 〟俄に相首大なる商取引は手形で決済され、然かも其の手形の大部分は手形交換所に廻はされるを以って手形交換高は大略商取引澄を代表するものと喝へられる。而して乎形交換高は手形崩毎と赦数の凍
鏡たる金額にで表されるを以つてそれは数濃的意味を有し、景気資料として甚だ鬼婆なものである。併し此の手
形交換高席捻次の如き種々の紋隋を有す。即ち︷こ臍格欒動の影響を受けるこ之、三︶取引日と支沸貞との間 に若干の期間が在ること、︵ニ〇純商取引と認め得ぎる銀行間の金閣取引を含むこと二囲︶手形交換所の設☆が隆 々で全図手形交換高に虚々断屠を生じ不規則攣動が激しいこと等の諸種の紋略を有するのである。然るに︵この紋隋は手形交換高を物慣指数で除せば犬鼎其の影響を除き得るのであるが吾人は原資料其の健髪極りかゝる手
癖を行嫁ぎることゝした。叉最後の︵四︶の紋格も仝園手形交換高循環指数欝定に際し原資料より趨勢変動の影 弟十大替 第三紋 ︵三〇二︶ 二︵〓︶ 資 料吾人は明治大正閻魔総璧及び金融事項参考書より明治十七年以降の全図手形交換高の賓斜 然かも街明治甘嵐年以降同酢年間に急激なる増減攣化を見るので糾紅向期間に就き大阪手形交換高を搾b前者 ▲ ︵三︶ 趨勢欒勤 全図手形交換高の長期的張展傾向は樹を省略するも、明治廿五年より同型二年造は急激に檜 や日本贋親指数 ︵三〇三︶ 三
︵ニ6四︶ 閤
第土ハ替 第三耽
加し、一其の後は檜加歩調を攻めながら大正凶年迄増血し、大正尤年より同八年迄大我の影聾彦受け激増し、後昭
和五年迄大なる変化なく昭和六年以降より漸槍傾向に移ってゐるのである。仝鰻的に此の金団手形交換高は他の
系列に比し極めて顕著なる増加傾向を濁し明治廿五年に比し大聖毎は約百倍に、大正八年に至つて峰貰笹約千
偶に増加してゐるの.でぁる。次に全図手形交換高の趨勢級を算定せんとするのであるが、其の際の全期瀾の闊分は常初の明磯甘五年乃至何
升三年の隈問の外敵逮の物債指数の場合と同様にして、其等の各区間に於ける趨勢線先の如し。
兜づ明治廿五年乃至同丼三年ゐ九筒年は短期間であるが曲線的に攣化するを以つて二次曲轡告巌むるヱとゝ
し、明治廿九年六農馨、二竺単位の要級︵謂棚酎詣謂銅囲﹀ y=畠・彗+芦○紆+忘○評匝 同株に明治井四年乃芙正三年の十翠聞の趨勢紙は明治誓年十二菜葦・等軍使で︵炬鑓雛翠︶笥笥ご○十寧箋∽舛と・法会も
同株に大正九年乃至昭湘五年の十一年間の趨勢級は大正十四年六月末基準、右⋮荏で
y=意声−の⊥声l浩舛−軍票紆ヤ寅に阿和犬年乃至何十四年の九年間の趨勢級ぼ昭和十年六月宋基準、〟牛革位で
q=名声諾+∽芦£紆以上の趨勢奴等走に際し杢北サニ年の関東大纏災及び昭和二年の金融恐慌の不規則奨励は其の傲計算に入れて
︵竪 季節攣勤 以上の趨勢攣和渕克斬場合ま同﹂の各置問に於ける重囲手形交換高の季節指数を操環指数法
経
日本免責指数
本衣に依牒金閣手形交換高の季節攣動は吾人の拾筒の系列中門鋭叫般貸刑高及び輸入貿易額に次いで季節性の 強大なるもので即ち完間の季節指数の拡幅︵讐珊鎧糾紺の︶憂取諜警笛で竺六、七讐筒問で竺 七、九夢二罷間では二五、九第匹l罷間では≡て川第五隈問では三年○の如く約亭0内外の軍帽を有するのでぁ る。次に之等の振幅の時間的欒枕を見るに大正八年頃蓬は段々減少し、其の後は漸檜してゐる齢其の差異接伴少 である。伶此の公園ヰ形交換高の季節攣勅の内容を検するに他系列のそれと少しく異正し仙月に澱も少く十二月 に汲も多い、、次いで一二月及び六月に多く九月に少い即ち手形交換高は年末、年度末及び六月に多く、年始及び九 月に少いことが看られ、之れ商取引決済の関係である。 ︵五︶∵農家循環変動 次に全図手形交換高の各月資料から前述の如くして得られた趨勢攣勤及び季節欒劫の影 革移設儲−云﹁ 崇高 革罫蕊葡1料隷∴凛 汁白川皇慨−☆q+m廟 渋色川p偏−一嘩苫d葡 員彗の槌i司一串令 第十六懲 第三渋
砂国側認柑溶融㊦悌軍都潜
・甲 声 芦 鍔 夢 の の の N (カ 芦 芦 芦 置\鍔 の ・」 0〕ノ (刀 (》 一..Jヽ .−、‥.・..∴.ニ:iご _._且___殴_.よ」」.L C〉 ⊂) く9 ⊂〉 (D O ご N 串 ゆ 沌 .b 、」 ノ 0「 (刀J ....−.▲ 芦 3 寧 8 笥
(O l\O h〇 卜) の _−▲一一 C〉 ⊂) ⊂) L∽ ⊂〉 −▲ ■」 し〉 く0 ・A S 怒 8 8 ____E」_≦ユ_二≧__」二 ∽山一ふ (8 (ロ ⊂〉 (9 (○ (:D _P ・− 、j (9 CO (カ ロ) くD (刀 】 ⊂) (0 くO N (刀 (J ■・」 〔J ⊂: /ヽ \_ノ 一_.▲一 (○ (¢ ⊂) ⊂) 」=) .__次に各区間に於ける金団手形交換高の循環欒勤の撮幅の算術平均及び棟準偏差を示せば次表の如し。
紗園側懇捕落剥轟戯瀾瞥⑳餌粛⑳悩凝固窃詔騰蔚淋
日本妖気指数 革諒浮崩−一鱒彗一ふ屈 真空の葡−選一や償 ※鈷始点−轟碧ひ葡 ※鉛∵ぶ†⊥遡+m廟 萄詳望崩十料隷∴届 革諒㍑廟−屈 ∽ひ葡 軒昂8極寒世塵 j ⊂) (Jl 弼 」_、 ∞一時N♪ 〇.∽Ⅷの 柑〇.∽○00 O﹂00○ (カ .ト の 聖 二 誌 (》 ∝〉 .P 」ゝ .ト .( ・七 ヽノ セ本表中の明治廿五年乃至同州三年中の靡隔の算術平均及び擦堆偏差の大なるは前述の如く此の期間中特に明治 甘煮年乃至何廿八年間の手形交換高の激将に鮮肉し、大iE肘年乃至同人年間の大なるは勿論太吸中に隠するから である。 ︵大︶ 手形交換高と物慣指数との関係 物慣は資本主義経済糾織下に於て捻哲嬰供給の叫致鮎に依り決定す牒 のである軒、手形交換高はか∼る慣格を有する物資の取引倍額の挽計の意味止於て物慣指数と密接なる欒動を褒 すので多少時間的遅速の差あるも大略平行踊係を垂するのである。然るに統制経済下に於ては棺絡の単なる二敦 鮎ならすして図集の下に適正慣格が定められ、其等の債格に依る帝給調節に苦心されるので、それに鯨じて取引 倍舶も奨励するのである。勿論政近の館勢でげ軍需生産力携充の級に滑ひ取引倍額も増大し物慣も釣上げられる 傾個室不すのであるが囲民生活の安定、輸出貿易の埼進、東館生産力頻発の馬め低物憤政策で物慣は抑制されつ. ゝあるのである。併し何れにしても物慣と手形交換高とは緊稗なる関係にあることには攣りがない。 次に手形交換高と物僧指数との、関係を驚許する馬めに其の同時的粕紺係数を堺嘉したのである。其の結娘堅許 せば次の如し。
明治井関年乃至大正三年
意九年乃至昭和濁︵監助胆㌫拍至︶昭和六年乃至何十四年
︵三〇八︶ 八 第十大魯 第三鍍 刑陣係数 ク ク ○、闇八三脚 ○、二曇三〇 〇、七〇二六之れに揚サ明治鮎川年よや第■攻疲洲大戦迄の期間は手形交換高と物肝指数の問に州営の相闘々係が存ねした のであるが同載苧後昭和五年迄の期間に至り相細々係が弱くなり、清洲事攣の昭和六年以降では又々相関々係が 秘めで甥接になれるを如るべし。ハ︵簡三隅参照︶ 仙股に景気の動向を示す資料として物慣指数が盛宴なる役割を 演ずるのであるが、手形交換高も商取引の代表値として物憤指数に劣らざる好資料にして、殊に蚊近の統御経済 下に於ては寧ろ物曙指数よ㊤て優れてゐるやうにも見られるのである。 \ ︵〓 概 ∴詫 輸入貿易額の横蘭は取引及び生産の活況を物語り其の欒動は財界の盛衰を示すよきバロメー ターである。而して輸出貿易額も墟入貿易額と同様に財界のよきバロメーターであるが、輸入が増加されゝば輸 出も盛んとなり、両者が約近似的動き空不し、輸入貿易額の方が輸出貿易繊よりも原因的であり物慣、生産及び 取引に聞き閲聯を有することが理解されるので吾人は輸入貿易額を痍用することゝした。 佃貿易関係で翰封入差額ヾ輸出入合計及び輸出入比率等が問題に姦るのであるが何れも黄菊資料として輸入貿 易額よけ劣るものである。 次に輸入貿易額揉慣叡で表され輸入貿易商羞の倣格欒勤に影響されるので、此の快格を除く蔑め輪人償易憤鶴 指数を同債格指数にて除したる輸入貿易数盈指数の方が鵬履景気資料として好ましいのであるが、上記の如き慣 日本旗免指数 五、輸入貿易額の景気循環蟹勤 ︵三〇九︶ノ 九
● ︵三血○︶ 叫○ 第十六啓 第三渋 格指数を長期に遡り求むること困難にして吾々は上述の如き加工草餅敏行はや輸入貿易額其の健の偽を用ひるこ とゝし明治大正囲勢政党及び金融膚項参考寄より明治十た年以降の内地散人貿易額訂其の資料として蝶用したの である。 ︵〓︶.趨静牽動 輪入質易叡の敬展的傾向を見る隼′︵胞は省略す︶明治十七年よう同正二年頃迄可なり急激托 増加し、同朴二年に少しく下少、其の後大聖二年頃進攻浸跨がら漸増し、大正′四年より同八年迄急激に増加し、 大正九年の急落の底より昭和先年蓬僅少なる上下波動を校け、昭和六、七年の下落の底よわ漸騰気配を鎮けなが ら物憤指数の如く経済統制の馬め拾勢の抑制されてる傾向を如驚に示すのである。 次に趨勢欒動測定に際し全期間を繋干博聞宛に分け各区間別の趨勢線を認定するのであるが﹂昇の虚聞の分け 方は克く前彼の物慣指数の場合と同株である。 先づ明治十七年乃至阿世二年のね七年間は長期間にして且つ曲線的に変動するを以って二次曲線を常鼓むるこ∴ とゝし明治甘お年六月末基準、毒毘にて︵諸相射箭雛︶ ︸=ご讃土.∽−票首+言誤票㌔ 同様に明治加四年乃至大事二年の拾囲年間の趨勢練成明治掴十年十二月末基準、申年単位で y とし之を晋数倍と睨み合せで大草二年十二月末迄延長することゝしね。
同様に太jE九年乃至昭和琵年の拾山年間の趨勢練は大正十川年六月朱基準、山年罫位で リ iマ与︰=㌧=ヂ∴・ニぎー■1こ 此の曲灘も賓数倍の銅像上大正八年十二月末迄遡り延長すること、虜した。 間接に唱和六年乃至固十明年の九年間の趨勢放は唱和十年六月末基準、叫年革位で ︸=柏芦∽00十寧∽㌫舛−∽・慧器㌔ 次に之等の年単位或は牛年認位の趨勢線より月別趨勢練を誘導し各月申趨勢催を算定するのである?薗上記趨 勢線の間隙即ち明治井三年七月乃至同井川年六月中の趨勢偲は両端の朴三年及び井閏年各六月末遜勢佑を直線的 に結び付け中間の各月趨勢借を比例的に求め、叉大正周年㌦月乃至闇八年十二月申の趨勢伍は開端の大正三年及 び同八年の各十二月未の趨勢他の判数倍を直線的に結び付け中間の封数値を此奴的に求めそれより其の各月趨勢 値を堺定するのである。次に昭和五聖ハ月乃至同パ年六月中の各月趨勢傲は両端の昭和五年及び翌年各六月末趨 勢侭より比例的に中間の各月趨勢倍を求めるのである。 ︵三︶ 季節欒勤 以上の趨勢欒勤を測定せし寝間と同じ置間に於ける内地輸入貿易額の季節変動を連環指数法 に依り求めし結児次表の如し。 日本景嵐指数 ︵三一ニー叫
本衣に依り輸入貿易額は他系列と少しく異なれる季節性を有し、郎五二月、二月と急騰し、≡月に汲も多く四 月に杓下旬花月に叉少しく多くなり後急激に少くなり九月、十月に最も少く後年末に急激に多くなつてゐる。か くして大略上年期に多く年末は別として下年期に少い傾向を有す。此の傾向偲大義九年以降特に顕著になつてゐ る。併しかゝる型式は近東のことで明治十七年乃至同朴三年の如き期間で席上年期と下年期とを通じて殆んど季 節性の欒化が見られないのである。而して輸入貿易額の季節欒動の根暗の時間的欒化は漸増傾向を辿るので即ち ㌧ 上奏よヱ年間の季節欒勤の振幅を堺出すれば讐隈問では二て四琴雇間で望嘉、四璧哀問ではニ5、四 第掴置問では囲九、六第五博聞では管に∬○、二に増決してゐる。即ち内地輸入貿易額の季節性は常人の拾租の系 ト 第十六魯 第三教
牙さ夢y補軸☆㊦勝野蒜禅
︵三〓〇 鵬〓\ 列中ロ銀叫阻貸出高のそれに次いで強大なものである。 ︵四︶ふ還循環攣動 原系列より長期的壊展傾向並び氾季節攣動の影響を除材ぼ偶然攣動を含ひ術環欒動を得 ペしCそれには原系列を上述の如くして得られた各区間の趨勢備にて険し季節指数を接除せば各院問の循環奨励 を得べし。之を全期間を通ずる術環欒動の振幅の療嘩偏差にて除せば棟準偏差髪単位とする景気循環指数を得べ し。斯くして内地輸入貿易額の貴家術環指数を求めし結果隻不せぼ前掲葬二琴及び夢二問の如し。 次に各値間に於ける内地輸入貿易額の循環欒動の振幅の算術平均及び棟準偏差蜜不せば次表の如し。 遜晶静′㌢樽蜘淵轟錦磯瞥㊦謝覇⑳増題囲q親購読鞭 日本景嵐指数 ′、
琴ヱハ啓 発三甑
︵ニ二四︶ 蒜本表中明治十七年乃至同舟≡年に放ける振幅の梗準偏差の犬なるは明治甘年乃至同甘三年の好景寮に伐る多額
の輸入貿易額を含むからで昭和六年以降の疲準偏差の小なるは貿易統制の結兇である。
︵吾内地輸入貿易額と物慣指数との関係内地輸入貿易額は商取引の重要なる部分を占め且つ生産が之れに 依り塘進せられ従って物慣と密接姦る摘係にあるは雷魚である0次に少しく典餞的に補者の紬係を検討するに輸入貿易額は物憤指数に比し上下の波瀾多く従って季節欒劫も央であり、冬英の磯勢欒動も大領に於て類似するが
物慣指数青魚激である。然るた両者の循環欒動は欒雲上致せる動きを哀し、仔細に観察すれば物慣指数の方
が輸入貿易観に少しく危行してゐるのが看取せらる。、
次に内地瞼入貿易胡と物憤指数の同時的相闘係数せ求めれぼ次の如し。
明治井関年乃至大正三年/御踊係数
○、五五七
○、ヒ讐
歪九年乃若和寒︵蝕Ⅶ詣競い三︶ ク
昭和六年乃至同十川年
ク
○、二七一
之弟に依つT昭和嵐年以船は雨着の相紺々係緊密にして、昭和六年以降総柄細々係銅ぐなり雨着の動きが柿酢︵六︶内地冨額豊讐形交換高との関係商政引畏表する高手形交俄雪西側常数合計の比率各
個れば漸次時の群過と共にそれが減如しで乗るのである。
れて莞こ妄示すのセ雷。−
ニ聞 照
/ ︶⑳ 明治甘煮争代 年代に於て僅か六分内外迄減少してゐる。之れ商取引が常初現金で多ぐ決済せられ其の後次第に手形で決済せら れるやうになり手形交換高が急檜せる蔑めであるが、貿易覇の占むる地位も漸次低下せしものと考へられ、景来 賓料として其の憤倍数多少喪失せるは事鮮なるも現時に於て俺粕箇の豊野性が認め得られるものである。 六、贋物儲途噸敬の曇熟静磯野勤 〓︶ 概 説 貨物教法噸数は貨物の移動を表し﹁種の商取引数量蜜ポすものと考へられ大略好寮束のとき 多く、不景気のとき少いのである。鷺に景気資料中敷畳的方面を代表す名もの∼︸つとして極めて濱安なるもの と謂ふべし?併し乍ら其の噸数が貨物の露盤の単純飽和にして石淡及び餓の如き慣賂に比し凍畳の犬なるもの⊥ 欒化の影響大きく、之れに反し瞳盈ではあるが高憤なる貨物の欒化の影建基き快鮎を有するわで、若し憤格k臆 日本景親指数 ︵三仙五︶ 叫五 ・ .____......_.___■■1−
じ墟常なる評畳が附せられるならば一屠よき豪気資料となるであらう。 此の貨物費迭噸数の資料として醸造運輸局調の固有織道翰迭褒物紙噸数と同国軍鋳造唐物畿迭噸教主があるの せあ・るが蟄表の速なる鮎に於て後者が僚である。此魔では更に費衣の遽な電鮎より無賃貨物及び偶因線を食ま㌢ る固有鋳造孜迭貨物噸数を接潤したのである。但し其の資料は大垂二牢以降の教義なるが改に更に遡る馬場明治 四十二年以降大聖一年迄の固有絨道輸送貨物噸数を併用することにした。之等の資料は何れも明治大正圃勢組党 及び東洋療番新報祀経済年鑑より採ったのである。錦上寵敬迭噸数に於で昭和五年三月迄ば千噸革位であるが其 の翌月より子崩叩単位に欒へられてゐるを以って計事の便宜上昭和五年十二月迄之れを千噸罫位に換算せり。 ︵〓︶、過労欒劫 貨物東進嘲数は大正八、九年頃と昭和五、六年頃に少しく減少する断暦ある外明埼かに増加 傾向を辿るのであるが其の増加率は此虚に闘示することを省略するも他釆列に此し憂れ桂多からず。 此の資料ば大正二年迄が除法貨物姐噸数にしで太宰二年以降が蟹迭貨物噸数なるが故に趨勢欒動を測定するに へ町ゝ\ 際し大正二年を境として全期間を分割する外敵速の物慣指数と同様な囁間に分けるのである。 ∴埋草明治川十二年乃至大正二年の趨勢慧明治川十四年大月歪準、壷霞にて︵謂鰐耐酎倣︶ ∵に.ミ﹂∴にこごニ′ 同株に大軍二軍乃至同八年の趨勢線は大正五年十二月末基準年年革伊にて ︸=∽︸諾P∽+︼声00諾 第十六懸 軍三浪 ︵三川六︶ 山大
結果次表の如し。 大韮九年乃至昭和五年の趨勢線は大正十四年六月末基準、一年革位にて 寄せ恵●沌+−00り.設−−の.〇∽評柏
昭実年乃苗蒜諸著線は昭苧年ふ㌻末輩∵年畏にて︵謂相野
︸=名声り+∽り慧00舛+亭○詔舛帖 一 次把之等の年箪位成ほ隼年盟位の趨勢級より月別趨勢練を誘導し各月魔勢値訂算定するのでぁる。帝大璽︰年 七月乃至#年三月に於ける間隙は大挙︼年及び同三年各六月末の趨勢低を直線的に結び付け中間の各り趨勢偶牢 比例的に箇定するの箪ある。斯くするてとは前後の資料の異なるこ、とから多少無理なる鮎あ臥㍍大勢には芸文へ な小程度である。次に大jE八年七月乃至翌年六月及び昭和五年七月乃至翌年六月の各間隙は両端の天恵八年及び 同九年、昭和五年及び固ぺ年の各六月末の趨勢侭を直線的に結び付け中間の各月趨勢値を比例的に廃定するので 透る。 ︵三︶ 季節艶劫 貨物豪速噸数は叉特有の季節攣動を亀すものにして連環指数淡に依b其の季節指数を求めし 日本巌\親指数 ︵三山七︶ 岬七本家に依b貨物敬遠噸数竺有に食も多く次いで五月及び年末に多し。之に反し少いのはÅ月及び方であ牒 即ち貨物費造噸激は大略年度末或は年末に多く虞夏及び正月に少い季節性を有す。箇此の季節癖前石二年間の振 幅の欒枕は第仙期が二二、四第二期が山八、九夢二胡が山九、○第初期が二〇、○の如く殆んど罷聞に依って攣らな いことが見られ且つ吾人の拾種の系列中にて.中位の季節性を有するのである。 ︵四︶ 景気循環欒動 貨物費迭噸数は上造の如く明瞭なる趨勢攣劫及び季節欒動を有するのであるが原系列よ り之等の趨勢欒動及び季節欒動の影響を除きたる循環欒動は次表の如く物情指数と同様飴り犬なふ振幅を示さな いのである。 次に貨物教法噸数の各寝間別の循環欒動の振幅の棟嘩偏差堅不さう。 第十大替 第三洗
場昏沖院題辞◎僻事嘲m打砕
( 八 ) 八次に姦的に姦悪噸数の蓑術肇動品掌るにほ前述の如く各区間の月別貨物慧噸数︵軌祀陀胴鮎 舶摘法︶買別趨勢他にて険し季節指敵姦瞥て待望各虚聞別循環攣動を前後の資料の紺係上蓋二年以前
と同三年以後の二期問に分ち大言期阻の循環欒勤の振幅の槙準偏差にて除し梗準偏差藍単位ょする景気循環指
数姦るのや雪。︵謁醐監殿︶︵五
ぁる。従つ芋慣格礎動の影響を食まざる特長を有す。而して、それが全部ではないが東部分商取引蟄を表すものと
考へられるが故に物慣と密接なる摘係宙有し略平行摘係の存することが察せらる。
第四囲に見る如く貨物牽迭噸数と聯慣指数の循環変動は大正十二年九月に前者が紺東大塞災の薦め著しく下降
し引腰き大正十去年より翌年にかけて病者の欒化に少しく異なれる動きが見られる外昭和五年以前に放てほ略妃
大正三年力室岡八年 大正九年乃至昭和五年 昭和六年乃至同十川年 大更二年乃至昭和十初年 明治四サニ年乃養女正二年 日本発嵐指数 五、㌦五 棟準偏差 ク ク 棲準偏差 標準偏差 四、三七 ︵三叫九︶ 叫九之れに依り貨物賛迭噸数と物貸指数との問に唱和五年以前は同時的に略相踊々係を有するのであるが昭和六年 以降は同時的に甚だ海霧なものとなり此虚にも物債統制の影響の踊れを知るべし。 七、エ共生鹿塵指数の楯喝攣勤 土︶ 概 由一駁の生産量指数は幾度物、水産物、畜繚物等の原始生産螢指数と専業生産蛍路恋とに東別 されるのであるが現今農鼠資料として問題になるのはエ発生度盛指数である。かゝる工発生薦盈指数に婚り工畢 界の活況が崩ひ得られ、特に最近の哉事統制経済下に於て生耗力礪充が叫ばれてゐる時に此の工業生産盈指数の 劫せは極めて重要成さるべきである。然るにエ柴生産塵指数の構成要素の劇部分ば故近に至り常局の蟄表なく綻 って民間の研究朗に′於ける此の稀の生産認指数が得られなくなト商工省調工共生庶螢指数館現今認表せらけてゐ 爵 る灘︼のものとなれり。此の商工省調草葉生産畳指数は製造業二点種、錬業六種晶目の構成要嚢よトなゎ生席憤 東十大巻 第三渋 三ニ○︶ こ○ 似的奨励を為すことを知るべし。然るに昭和六年以降に至り貨物牽迭噸数が物慣喘数より多少遅れる路傍にある を看るべし。 次に貨物蔑逸噸数と物憤指数の同時的相開係数を求めれば次の如し。 大正九年乃至昭和五年 相関係数 ○、三三九 昭和六年乃至同十四年 同 〇二四三
額に基く加業平均法に依卜作成されたものである。耐しT其の教科は金融事項参考書よら採るのであるが昭和一ハ 笈降ハ鞘抑詣鍔謂年︶のみ得られるに過暮して甚だ短期間の資料森岳む以て之れより遡り鉄鎖及び銅の 生産高、綿糸供給高等の資料に依り柿ふべきであるが此鹿では一應此の商工省調工菓生産量指数の循環攣勤のみ を算定す牒七とゝし、他日の■械脅に上記の如き他系列の生産食指数に就いて研究し此の部分の完壁を瓢せんとす るの、である。 ′= 三︶趨勢変動唾不するr㌦とは省略するも此のエ米生産盤指数ば隊和六年以降可なゎ著し計上昇傾向を示す 訂である〇傭此のエ柴生産食指数中には軍需方面の工来生帝畳指数のみなら源平和産兼方面の生産量指数をも含 むを以つて軍需的烹莞蒜墓相数揉仙暦の上昇傾向を示すであらう。 次に昭和六年乃至同十四年の趨勢紙を複利曲線にて示せぼ昭和十年六月末基準一年罫位にて ー○明y=ドー彗遥∽十〇.〇智慧○舛 之れよ旬月別趨勢級を誘導し各月趨勢倦む算出すること前述の如し。 六三︶ 季節挙動 商工省調工発生産畳指数の季節欒動を前述の連環指数法に依って求めし結果次表の如し。 朝日鵬溺H蠣粋瀞帥轟㊦爛l弼蒜静︵最善の勘−雪上勘︶ 日本旗魚用数 ︵三二こ こ叫
○ ︵三二二︶ 二二 第†六替 第三駅 之れに依ち商工省調工発生應畳指数は大路年度末及び年末に多く〟月及び六月の如き年始及び年の中央に於て 少き傾向聖不すのである。併し乍ら此のエ共生庶盈指数の平均二笠間の季節攣励の振幅蒜二〇、別にしでそれ程 季節性は強ぐないのでぁる。 ︵四︶ 景気循環欒勤 前述の如くして商工省調工柴生産畳指数の趨勢欒動及び季節欒勤が得ら肌るので優るが 商連の如く其溜朝原系列を月別鞄 し。之れを其の循藻攣勤の振幅の棟準偏差囲、九九にて除せぼ求むる商工省調工柴生産盈指数の景気循環指数を 得べし。夷の結果を示せ堅剛耽第㌦衣及び本牧第四粗の如し。 ︵五︶エ叢生産薦指数と物慣指数との関係 第明問に見る如く工発生慧喝指数と物慣指数との循環欒動は太略 相反関係にあるを知るべし。即ち生産盈が多くなれば物慣は下落し生床畳が少くなれば騰貴するLのである。併し 乍ら其の騨係も昭.和十二年頃より以降不明瞭になつてゐる。之れも戦尊下生産力境発と端物僧抑制との二面改発 。 ︵l︶ 概 説 金利と〓堅深窺の欒勤に就いて贋く構へられてゐる挙証がある。即ち金利が下落するとき景 気が好くな少、好展嵐の進むに作ひ金利は騰貴し始め金利の騰責に従ひ酪農束は恐慌に韓ずる。空音すれば低金 の斯れであらう 凡、食酢の景気循環艶勤
利は景気上昇の原因を残し恐慌即ち景束の逆韓は高金利に依って惹起されるとの詭である。之等の理論的富者の _ の研究は其の方耐に誘わ後説に於て褒詮的に本間題に就いで述べよう。 金利に闘イる資料に種々あり。最も届きものは東京銀行集合所調の明治七年以降の貸付利率で、ある。併し果菜 資料として揉長期の貸付利率よりも短期の割引歩合の方が鋭敏性強く優れてゐることが察せられるを以って吾人 簑某銀行集合所調の東京手形割引日歩︵朋桝︶鳥ふるナjどゝし、それが明治+七年以降増援的に銀行通信線 に蟄表され、此魔ではそれ︵はり採録せる明治大正国勢綿兜及び金融事項念考番より其の資料を探ること一ゝし允。 然るに上記の割引日歩も第一義欧洲大戦後尭の循環欒動の欒枕が綬漫となり之れを補ふ蔑め市場の情勢に伴ひ敏 感に動くコール日歩等を併用すべきであるが喜入捻取り敢えや上記割引日歩のみ℃就いて研究することゝし挺の である。 ︵≡′趨勢鍵動議利の趨勢変動は多少の波瀾があるも大略下降時向を辿るのであるが他系列は此餃して甚だ 靡漫なる攣動を馬すのであノる。 哀に感勢銀笛定に際し全期間を通常に分割するのであるか明治十七年乃至同升二年を第﹂期とし、欧沖天戦中 も犬なる欒化なきを以つで明治埜二年乃至大正八年む蟄一期とし、大正九年乃至昭和五年を琴l顛、昭和六年以 降を第ilq期とし各期間に於ける趨勢換を算慮すること次の如し。 先づ明清十七年乃至同朴二年に於て金利は殆んど水準的に欒化を盛すを以つて其の趨勢線は直線を常朕むるこ 翰 日竹本紫嵐指数 ︵三二三︶ 二三
上記む年鼠位或は平年箪位の趨勢 級よれ月別趨勢線を誘導し各月中越勢侭歓甘足するのである。但し上記′趨勢 銀聞の聞躍即ち明治肝二年七月乃至同肝三年六月、大正八年七月乃至同九重ハ‖及び昭和五年七月乃至同六年六 い八や 月の問の各月趨勢値は各耐端の明治肝二年及び豊年の各六月、大正八年及び翌年の各六月・昭和五年及び翌年の 一や 各六〃宋蓮如砧一笠隕鉄的に結び付け比例的に算定するので革る。 上記の満洲事欒の昭和六年以降何十四年の趨勢線把於て吾人の拾筒の系列中食利を除き殆んと総べて上昇傾向 にあるに勤し金利のみが下降傾向を祷綬せるは注日すべきことである0
とゝし明治甘囲年十二農葦∴若畏にて詣瑠錆詣︶
y=柏・$−−ムこ岩函=首 明治型二年乃至大正八年の趨勢線は此の期間下降傾向にあら乍ら商銀的婁化を辿るを以って二次的練を常朕む るイjと、し明治四十二年十二月釆基準、年年輩位にて ︶ に●ニ;∵⊥亡一に憲二・〓.こ三〓′. 同株に大正九年乃至昭和温牢の趨勢放は大正十四年六月末基準鵬牛革位総て ︶ ド・︻ご⊥∈笠−/−こ.U毒ご′し 昭和一ハ年乃至同十川午の趨勢級は瀾和斗聖ハパ朱基準、∵年罫線kて 第十大奄 第三洗 yほー.認∽−〇.署虻好 ︵三二四︶ 二囲︵羊︶ 季節攣勤上記の如ぐ金利の趨勢欒勤は棲めて緩慢であつたのであるが其の季節欒劫も振幅の少い攣化 を為すのである。併し北ハの癖殊的傾向は比較的明瞭に表はれるのである。次に連環指数法に依り求めし共・の季節 指数を示せぼ次の如し。
椒抑.塑望皿喘㊦悌靭毒静
本来に依h爽涼割引H歩は欧洲大堅剛では大略年末、年始に高く年の中頃が低い傾向にあり、然るに大正九年 後に至わ少しく構勢を親丹にし年末に高いことには欒りないか其の他の月は大髄低いのである。次に季節指数の振 幅を見るに第⋮期が二︺小筆一期が二、四孝二期が○、八舞凶期が二、七に過ぎすんて物憤指数と同株季節欒動の振 幅峰極めて小である。 ︵堅 塁瓢循環攣勤 上記の如くして金利の趨勢欒勤及び季節欒勤が得られた鳳であるが次、に原系列より之等 日本景免指数 ︵三二五︶ ニ五之れに依り大正九年以降の療準偏差がそれ以前と比較して年分以言卒つてゐることが知られる。即ち金利の
循環欒劫が大正九年以降如何に欒化の少きものとなれるむ示し近来の低金利政策の特殊傾向が嚢痕れるのであ
る○
釜︶金利線豊是線との閻係∵資束主義療顔鹿感の下に於ては金利線ば常に景気線よ抄遅れ\る閲係にあり。従って景気練が原発免の頂上より下るとき金利は上昇を渋け、呆気扱が谷底よわ上昇に縛ずるとき金利は下降を
蹄けてゐるときである。斯くしで前述の畢訟の高金利が鮮魚棄よ旦衆週に導き低金利が展東上昇の原因であると
′第十六巻 第≡戟
三二大︶ 二六の欒勤の影響を除き循環奨励を得べし。即ち各港間に於ける月別酎引日歩を月別趨勢他にて除し季節指数を差引
くことに依って各博聞別の金利の循環欒動を得べし。之を全期願を通じての循環欒動の振幅の標準偏差にて除せ
償魔の不均∵性を除き得て其の楔準偏差纂位与る金利の芸術諾警得ペし︵梱群議紅撃次に各隈間別の金利術環欒動の振幅の梗準偏差堅不せば次の如し。、
明治寸五年乃至昭和十四年 昭和六年乃至同十四年 大正九年力至暗和五年 明治些二年力至大正八年 明治十七年力至間肝二年 標準偏差 ク ク ク 棟準偏費 l二、九︸九 叫四、〇二 五、〇七 四、ガ八 一仙、二八の誰が裏付けせられるのである。之等の理論の詮議は本稿の目的外であるが次に常人の恩菊根と金利級に就いで 本間堪紅閥し鸞謹的に論究せんとす。 一塊 って第誹園に於て金利放と商況級とを具鰻的に比餃すれば大正十四年以前は大略金利扱が商況級より遅れてゐる ことが見られ其の後は進み遅れの踊係が不明瞭になつてゐる。之れを更に仔細に観察すれば商況紡が明治甘二年 十一月を頂鮎とし後下降に極じてゐるに封し金利根は翌旦二年二月を演鮎とし下降に殉じてゐる。次に商況扱が 明治甘五年こ月む底鮎とし以降上昇に韓じてゐるに封し金利練は翌廿六年七月を捧向鮎として る。斯の如く金利扱が商況繰より常に遅れて動き商況級即ち景気線の欒動が金利の高低の原聞とも見られるので あるが商法の如く高金利が畢凰生米週に導き低金利が景気を上昇せしむる原因を為すとの扱が づけられるのである。か1る金利繰が商況級に遅れる酪係は其の後随時、随虚に見られるのである。即ち商況級 が明治朴一年三月を韓向鮎とし以後下降してゐるに封し金利線は同年六月を韓向鮎とし下降を始め、、賓に商況線 が明治柑二年二月を、金利級は同年九月を纏向恋とし以後上昇してゐる。次に商況繰が明治朴四年八月を金利線 は同年十月を醇向鮎とし下降し次の明治升六年は商況線に付き縛向鮎が不明瞭であるが同年十二月を韓向鮎とし て上昇に韓するものと見れば金利蝕は同年十月を碑向鮎として上昇してゐるので此の場合だけ逆に商況練の方が 金利線よ幻遅れたことになる。 日本景親指数 ︵三二七︶ こ七 /立∴∴メ憲
第十六智 第三渋 ︵三二八︶ニ八 次に明治肝八年五月商況扱が稗向鮎としてゐるに勤し、金利線は同年十月を碍同鮎として下降してゐる。途中 は省略するが般近に至っては商況紘が大正九年三月そ金利戯は同年六月を樽向鮎とし下降し叉商況紡が大正十 年三月・曾、金利線捻同年九月皆韓向鮎とし上界してゐる。其の後金利線Q動きが躍漫に←て輔向戯哲求むるに困 難を鳳するも大略大正十明年㌦月が海鮎と看られるに封し商況線はそれより十〟ケ月遡る大正土二年二月が潰鮎 ℡以後下降してゐる。以上の波高、鼠底の綺打鮎に依り商況線に封する金利放の遅れを測定すれば平均約七ケ月 であるが衝々の遅れの間隔は畷々にしてニケ月乃至十八ケ月に亘るのである。 斯くしで大正十四年以前は金利紘が商況線化数箇月明瞭に遅れてゐるのであるが其の後は不明瞭になり鹿浸由 和七年乃至周十年頃は却って金利組が商況級に発行してゐるとも見られるのである。′ ︵六︶ 金利と金塊辞畿行高との関係 金利と通貨との閲係は古来より有名なる問題なるを以つて次に吾人の得 たる計数に掠ら金利と允換券教材高との術環欒勤の紺係を観察するに囲は省略するが東五十年頃追放明瞭に金利 が允換容姿わ高に封し遅れ其の後は明施ではないヤ次に両者の紺係を統計的に驚詮する番切開術瑳指数の問の相 紺係凝を欝足せるに明治壁二年乃至大草二年に於て金利を十囲ケ月進めるとき相闘係数駿東にして○、六仙三と
†歪九重昭和葦に於ては牒八患冨き垂虹囲紬藍謂撃磯撃とな
り○、丑○掴である。之れに纏って明治鮎ご年力大至正曇年間では金利が免換券敏行高よりも十四ケ月遅れ、大 正九年乃至昭和五年問では金利が変換界敏行高よりも八ケ月遅れることが知られる。斯くして昭和数年以前の比較的資本主義経済鍋織の下に於ては免換券行高の欒動が令利の高低の原因とも看ら れかが蹄述の金利と景気の関係に於ける如く低金利が允換券蟄行商の増大を導き高金利が膨張せる允換券敬わ高 を収縮せしめる導因の山部を為すものとも考へられよう。昭空ハ年以降は逆に金利扱が允換券敢行高よ↓も先行 しでゐるやうにも見られるのである。之れ允換券改行高が多少の経済統制の影響を受けながらも比較的覇自の裾 顔徐にで奨励してゐるに拘らす金利に就いては低金利政筍が依蛮盲して堅持せられてゐる結兼である。 九、梯慣及び棟債指数の景気循環鞄動 二︶ 概 説 株慣及び株慣指数の循環欒動を壁際に測定するに先だち株慣と景気せの相続に就いて述べよ えノ0 ノ 景気上昇開始期に於て株慣が精嚢すると謂はれる。其の理由を略述せんに、株惜は配常蹴を別掲にて\給したる 商なるが、不景気の際は利廻低きを以、つて株慣は高かるペきであるが驚際にはそれ程聡史せや。それは不景気の 鹿なるむ以って利潤率即ち配常率が〟屏低下する懸念濃厚であるからである。然るに〟度び景気上界気配ともな れば利潤寒の増大の見込みがつき投資家は株式異に出動し祐式諸費旺盛となり此鹿に株慣は釈賞するのである。 次に恐慌の場合蔽は株慣は崩落するで透らう。何故ならば斯の如き恐慌局所に於ては生産過剰を件ひ利潤率低 下し配常挙が引下げられる危険あり、同時にかゝる場合陀は前逮の如く一般利子率が借上昇を拡け居り高利廻な 日本景親指数 ︵ニ山二九︶ ニ九
第十六啓 発三渋 、 三三〇︶ 三〇 るを以つて此應に株債は崩落せぎるを柑や。之等の詳細なる理論的研究は其の方に護るも落人は山根に株惜が農 戴線に億行するこせを管謹せんとす。 ︵〓︶ 資 料 株偶に の長期党眼力中平均相場を採用すること㌧し、其の明治旦ハ年十月以降の資料を株界二十年より得たのである。 然るに此の資料は大正十年以降より極めて横波なる欒動を為すを以つて之を柵ふ意味もあつて別に大正室年七甘 以降の日銀調主賓株式償格指数む金秘事項参考寄より採ら繭由のものと糾合せることにした。此の株倍指数は大 正十二年迄は大卒二年七月を剛00とし、大正十二奉以降は同十三牛山月を山00とする指数にして指数の基準 欒更を行ってゐる。併し之等を連結すれば兎に角天童二年七月以降の資料を得たことになる。 上記の如き株慣及び株債指数の動きは慣格奨励にして投機放の構成安東としては其の数畳的欒動たる株式増罰 ∴偽計考讐べきである。撮って薔々ほ東棟株式害高姦界二十卑より採甘其の循環欒働と前記親株相場廠び 株債指数の顆環攣勤とを和合せんとしたのであるが東棟相場と東棟株啓蟄誉同の鷲敷借切動きは大略平行し貝つ
億囲身恩が管激し長閑銅管式蓋の循環響求誓とは酪念したのでぺ
館株慣指数として著名なかものに衆京株式取引所調査の株倍太指数あり、それ竺八蒜の銘柄により取引所 の聾買高を評盈倍としてフィシヤーの理想範式に俵勺大正十年石基準にて算定したるものにしで株慣指数とし で理想に近きものである。此の外日本観菜銀行調の重要株式平均月初相場あり。之れ姦の株債指数と看徹され︵三︶ はしが尊 東棟相場の趨勢攣動を測定するに懲り一般の株式相場に噛資新株落と謂ふことあり、胤ハの意 味並びに取り扱ひに付き賂べ置かざるべからず。 株債が挑込金を超過しでゐる場合増資に常り敏行する新株に封しプレミアムが附せらる。此のプレミアムは禽 赦の利益となるのであるが背振主に輿へることがある。即ち懲株一株に付き新株若干の割合にて懲株主に新株取 得の穂別を輿へ愈赦は崩面のみの彿込を受ける場合で針る。然るとき曹株主は額面のみ締込み、得たる新株を市 場に資却すればプレミアムだけ利得する。か1る増資に於ては餞株はそれを見込んで増資を行ふ前に陪食し、新 株認行後厄プレミアムに相督するだけ下落する。之を檜資新株落と謂ふ。其の場合急激に下落す、る断厨が締れ、 かゝる不規則欒動を除く革め前後を連結し中間の倣を比例的に昇定するのも叫方法であるが前後の騰落の他等し ん けれぼよいがさうは考へられす寧ろ饗際の野党を循環欒勤に反映せしめた方がよいと信じ此鹿では其の健の数値 る0 は他月の磯食紅譲り株倍指数として算出内容の単純往る上記日銀株慣指数のみの循環欒勤の測定に止めたのであ 且つ此の資料を株債指数とすれば最も古く遡ることゝ篭り大草光年以降が知られでゐる。之等の資料に基く研究 に依るとと1した。 日本発親指数 ⑳ 東棟相場の景気級環攣勤 ︵三三こ 三︼ ㊨
第+大智 節言渋 へこ二二三 二三 ︵四︶過労欒動 此の寓株相場の取掛ば波瀾を塵め、斯の如き場合にこれまで糊ひた最小自乗淡に依る地勢緑 やは其の傾向を知ること困難なるを以ってか1る際移動率均洪に依るのが原則である。其の場合何筒年の移動平 均に依るべきかゞ開高で、蒜に其の年数は循環欒動の周期によるべ寧であるが此ハの周期が好凝の場合確定せ す。せ界経済の周期に就いて粒々の詮ありでプー;チアンは九年乃至十仙年、ワァーゲマン′ぼ七年乃至九年、ピ グウは八年なりと謂ふ。筆者が商工経臍研究第十四巻第一故に於て教義したのであるが昭和十二年以前六十二年 間の牽見地方年降開螢の周期をシュスクーの方法に慮って計算した結果十年なることが知られた。かヽる降網愚 の周期が収穫高の周期と密接なる紬係を有することはム、−アの管記せることでかゝ.争農産物の周期と経済界の周 期と躇聯を持つ、こ、とに就いでは多大の議論の飴地あるも前記諸単著の籠を参照し、吾人は明治甘七年乃至大正十 四年の年別東條平均相恩に付き十簡年の移動中均に偲ることゝし篭而しで前祝に述べし如く吾人の商況線の周 期は概算の 常 夫なる間違ひな蜜べし。 斯くして明治鼎二年乃至大1E九年の年別移助平均を得たので︵十暦年移動中均なるが故に両端の各瓦解年の値 は求め得す︶其の紡果次表の如し。
之等の趨勢倍は各年の六月末の倍にセ之れより各月趨勢偲を求むるには幾何平均法に基き毎年両端の各六月
宋趨勢値の函数を直線的担連結し中間の各月趨勢偲の封数を比例的に求め之れよ豊ハの虞数たる各月趨勢偲を算
定したのである。
斯ゐ如き移動平均の両端の端数年数の申の→万挺る明治甘七年乃至同舟左に就いては格別の手段なき.を以っ て此の期間には政小自乗法に依る複利曲線を箇兢むるこ\号し其の趨勢級は明治甘九年六月末基準毒革位に て︵哨此の年輩位趨勢紐よ少月別趨勢繰を誘導し明治埜ハ年十月乃至同竺年六月の問の各月趨勢値を算定したので
勢憤ふ 冊丹蘭囲\ −Ogy=慧合智瓜−言た讐00舛 日本祭免指数 報昇謡曲望¢固執囁皆掘量目涼が訪噂藤 ︵三三三︶ 三三ある。
次に大正十年乃至昭和十川年の問は此の東棟相場は殆んど奨化なく其の推移は略水平線を馬すを以つて此の十
九年間の年別平均の幾何平均を求め二四∵霜讐ハ○餞七得た依って此の値で水平線を引き趨勢線としたのである。
次に上記趨勢線の間隙即ち明治竺年七月乃至翌年六月、大正九年七月乃至翌年六月の問の各月趨勢低は蘭端
の各六月宋の趨勢値の封数を直線的に結び付け中間の各月封数を比例的に求め其の贋数ねる各月趨勢他を得たの
であるd ︵五︶ 季節攣動 東棟相場の季節欒動測定に際し通常に全期間を分割せざるべからざるが明治四十毒が其の波動の底なるが故に明治廿年乃至同四十年を第〟期とし闇十左乃至大正八年を第二期とし、以下物慣指数と同
株に期間を分割し、各隈問別に連環指数法に依り季節指数哲求めた其の結果む示せば次表の如し。
抽猫柳選者亜⑳悌暫毒弊
第十大替 第三渋 三ニュ四︶ 三四本表に見る如く株債には特に著しき季節性を有せす。大豊上四年期に高い傾向を有し︵大正九年以降では年末 に.も高い︶年P中頃は低いのである。 昇の季節攣動の振幅努求むれば第表竺三、れ琴頑禁、○第三期は6三第周期は九、八にして徽少大な
る方でなく略前述のエ発生産畳指数の季節欒動の鋸幅に等しい。
︵六︶ 曇汎循環欒劫 上述の如くして移動平均法及び幾何平均法に依る東棟相場の趨勢欒劫を測定し得、更に泰節攣動をも測定し得たのであるが次に繭蓮の如く各区間に於ける月別東棟相場を月別趨勢他にで険し季節指数
を差引くことに依って各区間別の循環欒動を得、之を全期間の循環欒動の振幅の検準侃差濫て除せば梗準偏差を
訝与る東棟相場の嘉卦莞警得べし。︵詣監謂鬱
攻.に各笛間別む東棟射場の循環欒動の棟準偏差を求めし結果を示せば次の如し。之れに依って見るに東株相場の循環欒動の振幅は督初の明治廿大年より年の経過と共に漸次減少し昭和六年以
明治廿穴年力重昭和†四年 昭和六年力至同†四年 大正九年力至昭和五年 明治四†叫年力至大正八年 明治廿六年力至同四†年 日本東泉指数 標準偏差 ク ク ク 標準偏壷 三四、七 ∵四、六 三〇、則 三五、七 四四、五 へ三三五︶ 三五︵奄︸ ‖株億と金利との関係 株慣は企共利潤と密接なる紺係を有し、利潤多きときは株式に投資する方が有利 にして株式資本の需姿見大な少。斯くして株慣は隋貸するのである。而して利潤率と配常率とは平行するが故に 金利と利潤が逆行する場合には金利と株憤は逆行する。此の場合配常は増加傾向にあるにも拘らず金利が下落サ をが如き関係にあるを以って株慣攣動は金利欒動に比して激しかるべし。之れに反し金利と利潤が平行する場合 紅ば金利と株債は平行し、此の場合株慣欒勤は金利欒動よ少小である。吾人の場合前披第ノ山園に見る如く大鰐金 利上磯慣は逆行する場合多し。 ︵八︶ 昧慣と手形交換高との関係 前述の如く株傭の高低は利潤の多少を意疾し従って生産の旺盛なるや否や を表現し、ひいては商取引の盛衰藍息味し斯くして手形交換高の埼猟と据援なる閲係を有すべし。密際に於で株 債の循環欒動は物偶のそれよ少も手形交換高の循環攣勤によく一致するのである。これは物慣指数の循環欒勤が 株慣のそれよカ遅れる傾向があり手形交換高の術環攣動にはそれがないからである。吾人の場合でも園は省略す るが東株相場と金団手形交換鳥の術理変動は数衝虚を除き極めてよく一致するを見るのである。 斯くして手形交換高は物像指数よりも的確に財界情勢を示すべし。但し手形交換高に依って株倍欒劫を箪渕す るこ小とは困難にして金利と株債と級行す者とき金利に依って株債の動き従って財界情勢を略琢測するを得べし。 第十大替 第三署 降に至って甚だ小なる振幅のものとなれるを知るべし。 併し之れも比較的自由経済のときのことにて現今の如き統制経済下軋於て低金利政策が持続されてゐる際金利に /. ︵三三六︶ニニハ
依って株憤欒勤をひ、いでは財界情勢を琢渕すること困難なるべし。文殊倍欒動も配常率制限其の他に依り種・々臥
製肘を受け之れに依つても財界情勢を預渕し得居とは疑問である。斯くで残された手形交換高の欒動が財界情
勢を綾測するに有効なる草餅りと
日鼠繚慣指数の循環蜃動
箸月よ品十二年八月に至る期間︵紙欝宗純那附ほ針↑月︶は短期間で雪が可嘗欝激し㌢を以って十 ︵九︶ 趨弊攣勤 日銀主要株株慣指数の趨勢欒動を求むるに、此の場合も特別の考庶を彿ったので即ち大空一二ケ月移動中均法を施し大正川年仙月乃至何十二年二月の各月趨勢侭蓉得ためであふ。
次に大慰十三年乃至昭和五年の問はそれ程大なる欒化を為さざるが散に其等の年別平均に就小て最小自乗殊に
依少趨勢級を求めたのであるが、それは昭和二年六月末基準、〓浮環位にて
︸=亡ぐれ忘∞−だ準材十ど奉告声高 上記の如く大正十享年を墳と七て趨勢級を求めたのは其の前後に於ける株慣指数の資料が夫々指数の基準を異
にするが放である。
次に昭和六年乃至同十四年の問の趨勢級は同僚に最小自乗法に依り求めたのでそれは昭和十年六月末基準、叫
年畢位にて
日本景気指数 亀圭こき言
斯くして大恵十三年乃至昭和十四年の問の年単位趨勢繰を得たのであるがそれから各月趨勢紋を誘導し夫々の
問の月別趨勢佑を算定したのである。箇上記趨勢線問の間隙たる大正十二年二万乃至翌年六月及び昭御玉年七月
乃至翌年六月の間の月別趨勢値は各両端の大砿十二年二月中及び同士二年七月中の趨勢値、昭和五年六月末及び
同六年六月末魔勢倍を直線にて結び付け中間の月中趨勢偲を比例的に算定したのである。但し上記大正十二隼二
月及び翌年七月の趨勢借覧単に直線的鱒連結することは多少無理にして、何故ならば前述の如く大正十二年以前
の指数は大軍二年七月分を二UOとし一大五十三年以降の指数は大正十三霜〓月分を州00とし、雨着は指数の基 準を異にする資料である。併し乍ら大正十二年十二月分指数が九九にして大正十三年〓月分指数仙00と大差徴く且つ此の一ケ月にそれ程大なる欒化あるもⅥとも思はれず即ち大聖面七月を基準とする同十三年㌦月の指数
が略叫00号りとしても大差なかるべく従つで上記の如き革なる直線的連結に依っても太なる間違かなかるペし 此の日銀株倍指数の昭和六年以降の趨勢曲線に依って見る如く︵紺は省略︶其の上昇象が昭和十毒頃より綬やかになト同十三年以降は下落傾向すら見られ最乾の株界情勢を如驚に示しでゐるのである。
〓0︶ 季節欒動 次に日銀株償指数の季節指数を連環指数港に依って求めし結児を示せぽ次の如し。 第十六巻 第羊渋 y=〓‡り+票−ゴ∵⊥■碧雲怒 ︵三三入︶ 三八す。叉其の季節欒勤の娠悩も第一期が年○第二期が雪五第三期が六、這過ぎゃして殆んど物債指数の季節欒〝 動の如く欒化の甚だ少いものである。 ︵〓︶ 景気循環攣勤 し、季節指数を捧除すれぼ各隈問別の循環欒動を得べし。之を全期間の循環攣動の振幅の標準偏差にて除し以っ て其の振転の不均扉を除き他系列と比餃に健なる療準備差を虚位とする日銀調株慣指数の景気循環指数を得べ し二蒜錮鵬簡︶ 次に此の場合の各寝間別循環欒動の振隔秒標準偏差計示せば次の如し。 本表に倣って日銀株慣指数の季節欒動も東棟相場と同校大略上四年期に高い外﹂ 大正掲年乃至同八年 日本虎魚指数
ロ静溺累諭宗野8鱒野蒜酵
標準偏差 六、五四 ︵三三山九︶ 三九 月に依って太なる傾向蘇れヽ 之れに依って各罷問別の梗準偏差の問に大なる差異なく従って各置問に於ける株慣指数の循環欒動の振幅の尚 鱒太なる相違がない。前述の東棟相場の循環線勤の振幅︵棟準偏差︶が年と共に減少せるにも拘らず此の日銀株 慣指数が上記の如く攣化なきはかゝる凝合株債指数に秤々の銘柄の株慣指数を含むが政 ︵二〇 寛株相場及び翠銀縁偶指数の合成 上述の如くして待たる東株相場及び日銀株慣指数の大正囲年以降 の徴税指数に就いで両者藍単純平均し以って大正四年以降の投機銀を形成し、大正享年以前は親株相場の循環指 数のみに祀投機線を表現し の株式相場にして他方は多種類の構成内容を有する株慣指数なる鮎に於て理論的に多少の危倦あり。驚は日銀株 慣瀕数に其の構成品目数に應ずる評蟄を附すべきであるが吾人は計算の簡便上より前述の如き革純奉均淡に依っ たのでかゝる方法に倣わても投機線の大勢は恐か得られるでぁらう。
以上に伐っで日本恩束指数の綜合的並びに個別的研究に敬いて﹁通り逓べ経つたのであるが、要するに我が閻
第十六番 第三批 大正九年乃至昭和五年 昭和六年乃至同十四年 大正四年力至昭和十四年 標準偏差 六、叫八′ 七、六三 七、○仙 ︵三四〇︶ 四〇の景気攣劫は次の如き三期間笹東研さるべし。即ち第■期間は第山吹欧洲戦寧彼の大正八年以前にして、第二期 ヽ、. 問は同九年より昭和琵年迄第三期間は満洲事欒の昭和元年以降の三期間である。 第﹁期間は資本主義花やかな勺し頃にして投機組成商況線に十ニケ月内外先行し金利線は商況線に七ケ月内外 遅れる等各系列の循環禅が白由経済のまゝ比較的規律正しく邁動する。、然るに琴一期間即ち大我後の太不景気に 見舞はれた大正九年以降ともなれぼ各系列の前述の如き自由経済下に於ける循環律は乱れ、先行性循環指数は漸 次歩調を改め㌧遅畿性循斑指数は漸次速くなり謂はゞ此の期間は準資本主義経済組織にあると怒らる。次に最後 の夢二期即ち満洲寄攣を契横とする昭和六年以降に至っては其の後支那奇警引続を第二次欧洲大鹿勃聾し、此 魔に自由経済は克く没落し統制踵顔の時代となふ㌔各系列に多かれ少かれ経済統制が加へられ、彼等の自律的循 環蟹勤に大なる翠肘が加へ 本主義時代と発く逆の関係すら呈するものあり。即ち投機級は商況級正備行せず一致的攣動を馬上、金利級は商 況線より遅れす却って発行するかの観あb。斯くしで統制経済的循環欒劫を顕現するに至れり。 かゝる統制脛臍の南は趨勢欒動にても麒れ、物情輸入貿易額の如く鵬勢を抑えられたもの、生産畳指数の如く 騰勢を助長せられし様子を合けもの、党換券堕行商、貨物敬迭噸数の如、く躊勢いよくー張きもの、金利の如く益 々低下せしめられるもの、株債の如く停滞するもの等軽々の趨勢攣動の様相が見られるのである。 訂正 前渋︵第十六携第二新︶草〓汽大正元年九月手形交換高へー〇・〇J商況指数︵○︶河上六二見、昭和十三年叫月輸入貿易 額︵−一・牒し商況指数T〇・∽の︶ 日本兵嵐指数 ︵三四こ 四叫
第十六巻・第三択 部〓鮒
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烹 品18望 2 __ユし」象脚些_⊥⊆L ∽心 .〇N !・・ .柑、 l1 .∽串 − .Nひ 」 」 ∽ 柑 ロ)(n ・一’(9参考文献 田村市郎著我国の景窺循嘩と放免指数 東洋経済新報赦編董、日本の農気軽釣上啓 汲多野鼎著、涙免建勅諭 日本景観指数 ︵三五こ 五仙