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企業会計上における保険負債のマージン に関する考察

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企業会計上における保険負債のマージン に関する考察

上 野 雄 史

■アブストラクト

マージンは 予期しえないリスクへの対応 と 将来の利益 という二つ の性質を有する負債である。我が国におけるマージンは,危険準備金や異常 危険準備金のような準備金だけでなく,責任準備金の計算過程においてもマ ージンを設け,予期しえないリスクに対応している。一方,国際的な基準設 定では,保険負債を,将来キャッシュ・アウトフローの最適な予測値(最良 推定負債)とマージンとに,明確に区分する方向で議論されている。国際的 な基準に沿って,我が国の保険業において情報開示が行われることは,リス クに対応するマージンを明確化することを意味する。しかしながら,将来の 予測はある一定の不確実性を有することは避けられず,さらに測定の対象が 不確実性を取り扱う保険事象である以上,二重の不確実性が生じることにな る。開示された数値が絶対的なものではなく,見積もりの限界を強く意識す ることが,情報の作成者側と読み手側の双方に求められる。

■キーワード

マージン,責任準備金,企業会計

1.マージンを巡る諸問題

欧州連合(European Union,以下,EUという)が2005年から国際的な

*平成23年10月23日の日本保険学会大会(神戸学院大学)報告による /平成24年10月23日原稿受領。

(2)

会 計 基 準 で あ る 国 際 財 務 報 告 基 準(International Financial Reporting Standards:以下,IFRSという)を EU域内上場企業の連結財務諸表に適

用してから,IFRSを適用する国は,オーストラリア,中国,韓国など他の 諸外国にも広がっていった。2010年3月期から,日本でも任意適用という形 でIFRSを適用することが認められている。米国ではIFRSを適用していな いため,本当の意味で国際的な基準かどうかについては異論があるものの,

国際的な基準として認知され始めていることは間違いない。

しかしながら,そのIFRSにおいても未だに未整備の基準が存在する。保 険業が主な適用対象となる保険契約の会計基準である。現在,IASBが暫定 基準としているIFRS第4号 保険契約 は最低限の基準しか示しておらず,

各国独自の会計処理が事実上容認されている。つまり,IFRSでは,保険契 約に関して統一した基準を示すことが出来ていない。

国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board:以 下,IASBという)はその前身である国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee:以下,IASC  という)時に1997年から

保険契約に関する基準設定の議論を開始している。しかしながら,未だに基 準化に至っていない。IASBは保険契約の測定においても時価評価(経済価 値ベースの評価)を取り入れることを予定しており,その方式を巡り議論は 長期化している。

この事実は,不確実な要素が多い保険契約を時価で評価することがいかに 困難であるかを示している。現在,保険プロジェクトは,IASBと米国財務 会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board,以下,FASB という)の共同で進められている。その両団体の意見の隔たりが大きく,折 り合う見込みがないのは マージン に関する議論である。予期しえなかっ た不確実な事象に伴い,予想した以上の保険給付の支払が求められる可能性 は,保険契約というその性質上少なからず存在する。マージンは,予期しえ ない不確実な保険給付の支出に対応する部分である。その一方で,将来の利 益を表す部分でもあり,予期しえない不確実な事象が生じなかった場合は,

(3)

その時点でマージンは開放(リリース)され,保険会社の利益もしくは資本 として組み入れられる。

利益(純将来キャッシュ・フロー)の源泉が,一般の企業では資産にある とすれば,保険会社では負債にある。保険業は,貯蓄性の商品を除けば,保 険契約者のリスクを引き受け,それに応じた対価を受け取ることで成り立っ ている。当初の予想よりも保険事象が多く生起すれば(死差損または危険差 損の発生),また資産の運用が当初の予定通りにいかなければ(利差損の発 生),さらには事務的なコストが当初の予想以上に掛かれば(費差損の発生),

保険商品から得られる NPV(正味現在価値)はマイナスになる。そのため 保険商品の設計では,リスクの期待損失に対して,どの程度のマージンを設 定するかが非常に重要になってくる。このマージンは保険会社の利益の源泉 であり,万が一の事態が生じた場合の備えの役割も果たしている。

マージン の測定は,保険契約の会計基準(以下,保険会計という)の 設定において,最も困難,かつ重要なポイントと言っても過言ではない。我 が国では,保険会計に関する学術的な検討はほとんど進んでいない。これは マージンについても同様である。本稿の目的は,技術的な側面に焦点が当て られがちなマージンに関する理論的な考察を行うことにある。

2.保険業のビジネスモデル

保険業は,リスク移転を生業にしたビジネスである。保険契約者の保有す るリスクを引き受け,そのリスクが生起した場合の補償を行う代わりに保険 料を受け取る。保険業は,異なるリスクを大量に引き受けることでポートフ ォリオを形成し,リスクを分散させることによって成り立っている。

ビジネスの主目的を,利益(キャッシュ・フロー)を獲得することにある とするならば,保険業においても,製造業などの一般の企業とその目的は変 わらない。たとえ,相互扶助を掲げる相互会社であったとしても,経営を維 持し,発展させていくためには利益の継続的な獲得は欠かせない。その意味 では,保険業は一般の企業と同一の目的を有している。しかしながら,利益

保険学雑誌 第 620号

(4)

の源泉は保険業と一般の企業では明らかに異なる。一般の企業の利益の源泉 は資産にある。企業は資産を購入し,それを有効に活用することで利益を獲 得することが可能になる。製造業であれば,生産手段のための工場,組み立 てのための部品,機械が必要になる 。さらに得られた利益を新たな資産の 獲得に使うことで,その事業規模を拡大していく。

一方,保険業のビジネスモデルは,まず保険契約を引き受けることから始 まる。契約を引き受けた時点で,保険負債という形の保険会社(保険者)側 の負うべき義務が発生する。そして,その対価として保険料を受け取る。受 け取った保険料は,請け負ったリスクに対応するために資産運用され,保険 負債のうち保険契約終了時にキャッシュ・アウトしなかった部分が,最終的 な保険会社の利益になる。

費用の発生過程を一般の企業と比較するとその違いは明らかである。一般 の企業では,費用が先に発生し,その成果として収益が発生する。この費用 が資産の費消により生じているのであれば,次のような仕訳で表される。

(借方)費用 10万円(費用の発生)╱(貸方)資産 10万円(資産の減少) 一方で,保険業であれば,次のような形になろう。

(借方)費用 10万円(費用の発生)╱(貸方)負債 10万円(負債の増加) 一般の企業であれば,費用の発生に伴って資産が減少していくのに対して,

保険業では,費用の発生に伴って新規の契約を取得すればするほど負債が増 大していく。この負債は保険契約に伴う負債(保険負債)であり,我が国に おける責任準備金に相当する。

生命保険契約のように契約期間が長い場合,初期は受け取った保険料では 賄いきれないほど多額の準備金を積まなければならない。いわゆる新契約費 である。契約が後期になり,十分な額が積み立てられると責任準備金に対す る必要積立額を超える保険料を受け取ることができる(キャッシュ・ベース

1) 非製造業であれば,そうした目に見える固定の資産よりも 人 ,すなわち 働く従業員が資産と言えるかもしれない(ただし,どんなに優秀な従業員がい たとしても会計上では資産計上は出来ない)。

(5)

で見た場合,収益が発生)。

損害保険業も基本的には同じサイクルではあるが,短期の契約の場合は,

初期の費用が多いので,利益の確定は早い。そのため,短期契約が多い損害 保険業においては,生命保険業のような問題は発生しない。

3.保険負債とは何か?

保険負債(責任準備金)には,一般の企業において,企業が資金調達の結 果として生じる借入金や社債などとは異なる性質を有している。キャッシ ュ・アウトが予想される部分の他に,将来の利益や不確実性に備える目的で 計上される負債が存在している。

図1 通常の負債と保険負債との性質の違い

(出所)筆者作成

保険学雑誌 第 620号

先方指示により、脚注が泣き別れならないように 4行分を次ページに送るため、アキを作成しています。

(6)

保険負債において明確に区分しておかなければならないのは,図1に示し ているように,将来キャッシュ・アウト(現金支出)の可能性の高い部分と,

不確実性に備える部分では,同じ負債でもその性質が異なるということであ る 。

保険事故が一定の確率で生起すると考えれば,これまでの経験に基づき予 測を立てることは可能である。そのためには不確実な事象であっても,なる べく同一種類のリスクを保有する契約を数多く集めることが必要になる(大 量性要件の充足)。観察数の増大にともなってその安定度は一段と高められ ていくという統計学上の法則を巧みに利用することによって保険は成立す る 。

保険負債において将来キャッシュ・アウトすると予想される部分が 最良 推定負債 である。これは現時点 に お け る 最 良(ベ ス ト)の 推 定(esti- mate)された負債(liability)である。保険負債は,その性質上,様々な見 積もりに基づき計算される。当然ながら,あくまでも 現時点 であって,

次期以降の最良推定負債は変化する。

保険契約によって生じるキャッシュ・フローは複雑で予測が難しい。保険 事故が生じるタイミングは不明であり,契約によっては保険金額も未確定で ある。そのため,保険契約がキャッシュ・フローにもたらすファクターは金 融商品と比べて遥かに多い。そのため測定の不確実性に対する備えが必要に なる。その不確実性を想定したものがマージン(margin)と呼ばれる。不 確実性(リスク)に備えることから,リスク・マージンとも呼ばれる。保険 会社全体の想定外の不確実性に対する許容量を表すのがソルベンシー・マー ジンとすれば,リスク・マージンは特定の不確実性に対する許容量を表すも のである。

2) 本稿では支払いが確定していない保険負債の部分に言及している。決算日時 点で保険金の支払事由が発生しているもののうち,保険金の支払いが行われて いない負債(支払備金)も保険負債の一つである。

3) 水島(2002,10頁)

(7)

保険契約は二つの不確実性を有している。一つは超長期の保険契約に起因 する不確実性である。特に生命保険契約の場合,30年を超える契約になるも のも珍しくない。保険商品の設計もその当時の状況を踏まえて行われる。そ のため,予想しえなかった極端な経済状況の変化により多額の損失が生じる 場合がある。特に記憶に新しいのは逆ザヤの問題であろう。

バブル期の金利の高い時期に,高い利回りを保証した多くの保険契約が,

長引く低金利政策の影響を受けたため,保険会社は実際の運用利回りが予定 利率を大幅に下回る状況が発生した(多額の利差損が発生した) 。

もう一つは,予期していなかった突発的な事象により生じる損害である。

これは多くの場合,損害保険業において生じる。例えば,9.11のテロのよう な想定されていなかったリスクが生じた場合,当初の最良推定負債を大きく 上回るキャッシュ・アウトが発生する可能性がある 。

不確実な事象が起きず,最良推定負債の部分のみがキャッシュ・アウトし た場合,配当として保険契約者に還元される部分を除けば,積み立てられた マージンは保険会社側の利益となり,資本として組み入れられることにな る 。

マージンの不確実性に備える性質については,アクチュアリーの国際組織 で あ る 国 際 ア ク チ ュ ア リ ー 協 会(International Actuarial Association :

4) 1980年には公定歩合が9%という時期もあった。次の 日本銀行:基準割引 率および基準貸付利率(従来 公定歩合 として掲載されていたもの)の推移 公表データ一覧 の

URLを参照されたい。http:

//

www.boj.or.jp

/

statistics

/

boj

/

other

/

discount

/

discount.htm/

5) こうしたリスクを想定して,再保険契約を利用することが考えられる。ただ し,引き受けた再保険契約により逆に大きな損害を負うリスクもあることに注 意が必要である。例えば,大成火災海上保険株式会社は,米同時テロで被害を 受けた航空機向けの保険契約に関する再保険によって莫大な額の負担を求めら れ,債務超過に陥り破たんした。

6) 会計処理上,資本に直接計上(資本直入)され,利益として計上されないこ ともありうる。会計処理上の違いはあったとしても,マージンが最終的に保険 会社側の取り分になることは変わらない。

保険学雑誌 第 620号

(8)

IAA)が組織したマージン測定に関するワーキンググループ(the ad hoc Risk Margin Working Group)が2007年に公表した報告書の中で次のよ 

うに言及されている。

出口価値の要素としての取扱いを加えるならば,リスク・マージンは,

実績に基づく合理的なボラティリティを避けることが出来る。もし,実績 が現在推定下で仮定されるよりも有利であるならば,リスク・マージン無 しでも,過度なリスク・マージンの開放は,投資家がリスクを取るための 報酬として受け取る利益を作り出す。もし,実績が予想されたより悪けれ ば,リスク・マージンは予想した損失(達成する利益の機会とも考えられ る)に関する一定の部分をカバーする。通常,保険者は,予想した費用だ けでなく,提供されたリスク・マージンをカバーするための予想された報 酬なしに,進んでリスキーな債務を引き受けることはしない。 (IAA 2007,p.39)

マージンは保険会社にとって 不確実性への備え と 将来の利益 とい う2つの性質を併せ持っている。仮に,常に想定を超えるキャッシュ・アウ トが生じていれば,保険会社の事業は成り立たない。保険会社は不確実な部 分をどのように想定し,さらにその中でいかに利益を捻出していくかが求め られている。

4.我が国におけるマージン

理論的には,保険負債はマージンと最良推定負債に分けることが出来る。

しかし,理論上の話が企業会計上に取り入れられているとは必ずしも限らな い。保険契約自体の不確実性を考えれば,マージンと最良推定負債に区分す る処理はかなり複雑で,かつ困難なものになる。さらに,仮に区分出来たと しても,その数値が正しいかどうかを外部から判断するのは困難である。計 算過程は,保険会社の経験的な要素も必要となる。つまり,保険会社の内部 モデルに基づき数値を算定せざるを得ない。企業会計上で公表される数値は,

客観性,信頼性を保証することが必要であり,内部モデルに基づき作成した

(9)

数値では客観性,信頼性を担保すること難しい。

測定上の問題から,各国の企業会計では保険負債について公表される数値 に,契約当初のものを用いる ロック・イン 方式を採用し,マージンなど の数値については公表しない国もある 。これは我が国や米国において採用 されている考え方である。本節では,我が国におけるマージンの考え方につ いて論じる。まず,我が国における保険会計の特徴を明らかにしておく。

⑴ 我が国における保険会計

我が国における保険会計の特徴は,保険業法上での責任準備金などの計算 要素が,企業会計上にそのまま組み入れられている点にある。規制監督上の 会計(監督会計)と企業会計とを融合させるか,それとも分離させるかは各 国によって方式は異なる。

監督会計と企業会計とのあり方にはおおむね2つのタイプがあるといえる。

1つは,監督会計,もしくは企業会計が相互に調整し(あるいは一方が歩み 寄り),ひとつの財務情報を作成するパターンである。一元的な財務情報は,

作成のコストが安く済み,比較可能性が高まるというメリットがある。ただ し,相互の調整により,本来の目的が損なわれる可能性もある。監督会計と 企業会計との情報が同一なのは日本のほかにもカナダ,オーストラリアなど が挙げられる。

一方で,監督会計と企業会計の情報とを別個に作成するのが,イギリス,

アメリカなどの方式である。監督上の規制は会計基準の作成にも影響し,調 整されるため,それぞれは全く独立した存在ではない。しかし,相互に調整 し合うことはあっても,最終的に作成される情報は別々である。

ついては上野(2009)を参照されたい。

保険学雑

7) 詳細に

62 誌 第 0

表 が入らないため空きを作成しています。訂正時注意 図

(10)

図2によれば,我が国はパターン1に該当する。ただし,相互に調整する という訳ではなく,責任準備金の算定など保険業法上で定められている規則 を,企業会計上の情報としてそのまま組み入れている点に特徴がある。企業 会計上の目的に沿った形ではなく,規制監督目的の情報が,負債側にそのま ま組み入れられているのが特徴である。一方で資産側に計上される金融商品 等については,企業会計の評価の枠組みで情報作成が行われる。ただし,資 産側についても責任準備金に対応する債券については時価評価ではなく,取 得原価を基準とした償却原価で会計処理を行うことが認められる(責任準備 金対応債券等という勘定科目で取り扱われる)など,保険業独自の処理も存

図2 企業会計と監督会計との相互関係

(出所)筆者作成

(11)

在している 。

⑵ 保険業法上で定められたマージン

先述したように保険負債に該当する責任準備金については保険業法上の規 則に従い算定される。そのため,マージンについても保険業法上の規則に従 い算定されることになる。しかしながら,我が国では最良推定負債とマージ ンが明確に区分されている訳ではなく,実際には責任準備金の中にマージン と最良推定負債が混在している。ただし,明確に積立額が分かるマージンも 存在している。具体的には,危険準備金,異常危険準備金がそれに該当する 。

危険準備金は各種の予想を超える不確実性に備えて積み立てられる。保険 業法第116条では,危険準備金の対象となるリスクは,次のものであるとし ている。

① 保険リスク…実際の保険事故の発生等が通常の予測を超えることにより 発生する危険

② 予定利率リスク…責任準備金算出の基礎となる予定利率を確保できなく なる危険

③ 最低保証リスク…特別勘定を設けた保険契約に対する最低保証金を確保 できなくなる危険。具体的な保険契約には変額保険,

変額年金保険が該当。

④ 第三分野保険の保険リスク…第三分野に対する保険リスク。リスクの内 容は,①保険リスクと同様で実際の保険事 故の発生等が通常の予測を超えることによ り発生する危険

8) 当時の具体的な状況や会計処理の特徴については上野(2010)を参照のこと。

9) 本稿では負債側に対する不確実性への備えとして危険準備金と異常危険準備 金を取り上げる。資産側に対する不確実性への備えとしては価格変動準備金が ある。

10) 第三分野とは,がん保険などに代表される,第一分野(生命保険分野),第 二分野(損害保険分野)に該当しない保険のこと。

保険学雑誌 第 620号

ー 処 理 を し て い ます。

ジ ュ ラ

←1 行 に す る た め イ レ

(12)

上記の4つの対象リスクに対して積立基準,積立限度額,取崩基準が定め られている 。積立基準では,各リスクに対して一定の算定方法に基づいて 危険準備金を積み立てることが求められている。取崩基準については,各種 リスクが顕在化した場合を除き,危険準備金を取り崩すことは出来ない。例 えば,保険リスクについては,死差損がある場合に,その差額を補てんする 場合以外には取り崩しを行うことは出来ない。ただし,積立限度額を超える 部分については,取崩しを行うことになる 。

異常危険準備金の積立は,今回の東日本大震災のような予測困難な自然災 害リスクに対して,複数年度にわたって積立てを行い,異常災害の発生時に 取り崩すことを目的としている。異常危険準備金は,保険業法施行規則第70 条に基づき,自賠責保険契約および地震保険契約を除くすべての保険種類に ついて累積的に積み立てることになっている。

異常危険準備金の最低限度額は,大蔵省告示第232号1条の2に規定され る大規模自然災害リスクに伴う異常危険準備金の取崩額の期待値に相当する 金額を下回らない額とされている。大蔵省告示第232号1条の2では,その 計算は,工学的事故発生モデル(工学的事故発生モデルがない場合は,理論 分布的事故発生モデル)により,保険の目的の属性,保険金支払条件別に,

合理的に推計しうる数のデータを用いて算定することが求められている 。 11) 保険業法施行規則第69条第7項において,生保会社の業務又は財産の状況等 に照らし,やむを得ない事情がある場合には,金融長官が定める積立てに関す る基準によらない積立てまたは取崩し基準によらない取崩しを行うことが出来 る。

12) ただし,生命保険会社については,その業務又は財産の状況等に照らし,や むを得ない事情がある場合には,こうした規定に従わず,積立てと取崩しを行 うことが認められている(保険業法施行規則第69条)。

13) 大蔵省第232号1条の1条では, 大規模自然災害リスク の定義は次のよう にされている。 風災,水災,地震の別に,推定支払保険金と当該事業年度に おいて当該推定支払保険金を超過する災害が発生する確率(以下 超過確率 という。)との関係を表す曲線(以下 リスクカーブ という。)において,超 過確率が一定のパーセンタイル値(3.3%点,再現期間30年)に対応する災害 を超える規模の災害が発生するリスクをいう。

(13)

積立限度額は,再現期間70年(1959年の伊勢湾台風の規模に相当)に対応す る災害が発生した場合の推定正味支払保険金を下回らない額となっており,

これを下回る場合は,積立計画を定め,計画的に積み増しを行う必要がある。

⑶ 責任準備金に含まれるマージン

保険業法では,保険会社に対して予期しえない複数の不確実な事象の発生 に事前に対応するために危険準備金,異常危険準備金を積み立てることが義 務付けられている。危険準備金や異常危険準備金は保険会社にとってマージ ンとしての役割を果たしている 。

しかしながら,我が国におけるマージンは危険準備金や異常危険準備金だ けではない。毎決算期に,将来の保険契約の履行に備えて積み立てられる責 任準備金の中にもマージンが存在している。

保険業法上,責任準備金は生命保険契約のような長期の契約に対するもの は標準責任準備金,損害保険契約のような短期の契約に対するものは普通責 任準備金として区別されている。例えば,標準責任準備金では,予定利率に ついて以下のように対象利率に対して安全率係数を乗じることを定めてい る。

14) これらの準備金は貸借対照表上では,責任準備金という形で統一して表示 されている。

表1 予定利率の設定方法

(出所)大蔵省告示第48号第4項より作成 対 象 利 率 安全率係数 0%を超え,1.0%以下の部分 0.90 1.0%を超え,2.0%以下の部分 0.75 2.0%を超え,6.0%以下の部分 0.50 6.0%を超える部分 0.25

保険学雑誌 第 620号

次 ペ ー ジ よ り 1 行 入 っ て し ま う の で、イ レ ジ ュ ラ ー 処 理 を し て い ま す。訂 正 時 注 意

(14)

さらに予定死亡率については,過去の一定期間の死亡率実績をベースに,

数学的危険論に基づく安全割増を加算することが求められている。

一方,損害保険契約に対応する普通責任準備金には自然災害リスクに対応 したマージンも設けられている(いわゆる,自然災害責任準備金)。自然災 害責任準備金では,各社が保有する大規模自然災害リスクについて,支払保 険金とそれに対応する発生確率を定量的に把握し,支払保険金の期待値相当 の未経過保険料を積み立てる。

⑷ 我が国におけるマージンとは

図3は理論上の保険負債と我が国における保険負債の実務とを対比したも のである。我が国における保険負債には2重のマージンが設けられている。

危険準備金や異常危険準備金の他に,責任準備金内にもマージンが存在する。

マージンの内訳が明示的なのは,危険準備金や異常危険準備金などの各種の 準備金のみで,責任準備金に含まれるマージンの額は明らかにされていない。

そのため,理論上の最良推定負債に相当する部分は責任準備金の額からは知 ることは出来ない。先述したように保険契約は,予期していなかった自然災 害等の突発的な事象(損害保険契約が該当)や,超長期の保険契約に起因す る不確実性(生命保険契約が該当)を有している。保険業法上,各種の予期 しえないリスクが顕在化した場合の備えをより手厚く行うということが,保 険会社に求められている。予想される保険金額を責任準備金内で賄えるよう に,不確実性を織り込んだ上での数値とし,さらにその織り込まれた不確実 性を超える事象が発生し,多額の保険金額が請求された場合でも,各種の準 備金で対応できるようにしている。

図表3が入らないため空きを作成しています。訂正時注意

(15)

5.IASB と FASB が考えるマージン

我が国においては予期しえないリスクへの対応を,責任準備金とそれに対 応する準備金の二重に積むことで行っている。そのため,最良推定負債とマ ージンとが明確に区分されていないのが我が国における保険負債の特徴であ る。一方で,国際的な基準の枠組みでは,明示的にマージンを測定し,計上 することが求められている。現在,IASBとFASBとの共同プロジェクト の中で進められている保険契約の基準設定における議論では,最良推定負債 とマージンを区分して計上することが暫定的に合意されている。本節では,

IASBとFASBが共同で協議して,作成を進めている保険プロジェクトの 内容について,マージンに関する検討に焦点を当て,その特徴を明らかにす る。

⑴ IASB の保険プロジェクト

IASBの保険プロジェクトは,企業が発行する全ての種類の保険契約に包 括的な測定アプローチを導入することを目指している。

図3 我が国における保険負債と理論上の保険負債

(出所)筆者作成

15) 本節で述べる保険プロジェクトの動向については次の

IASB

FASB,我

が国の企業会計基準委員会のウェブサイトに基づき作成した。

保険学雑誌 第 620号

(16)

表2はIASBの保険プロジェクトのこれまでの流れを示したものである。

保険プロジェクトの歴史は古く,1997年にIASBの前身であるIASC時か ら始まり,その都度,論点整理のための文書や公開草案が公表されているも のの,いまだに正式な基準化には至っていない。

2002年5月にIASBは議論の長期化を予想し,この保険プロジェクトを フェーズⅠ(暫定基準の設定)とフェーズⅡ(恒久基準の設定)に分割した。

2004年3月に,フェーズⅠの成果として IFRS第4号 保険契約 が公開 されている。これはあくまでも暫定基準という位置づけであり,異常危険準 備金や平衡準備金の負債認識を禁止し(過度な保守主義の禁止),負債十分 性テストの実施を要求しているのみで,詳細な会計処理を定めている訳では ない。

プロジェクト全体の方向性は,保険負債を経済価値ベースで評価すること に変化はない。これは保険契約当初の数値に基づき保険負債を計算するロッ ク・イン方式ではなく,その数値を現時点の経済的な状況等に応じて変更す るロック・フリー方式を導入するということを意味している。2010年7月に 恒久基準の公開草案が公表されており,この中では保険契約の履行の前提に 基づいて保険負債の測定を行う,履行キャッシュ・フローの概念が採用され ている。

2012年9月には,IASBは①有配当保険の取扱い,②包括利益計算書にお ける保険料の表示,③保険契約における未稼得利益の取扱い,④保険契約負 債の測定に用いる割引率の変動の影響をその他の包括利益に表示すること,

⑤経過措置へのアプローチなどの項目に絞った再公開草案を公表することを 決定しており,2010年7月に公表された公開草案の内容は大幅には変更され

IASB

の保険プロジェクトの

URL:

http:

//

www.ifrs.org/ Current

Projects

/

IASB‑ Projects

/

Insurance

Contrac ts

/

Pages

/

Insurance

Contracts.aspx  

FASB

の 保 険 プ ロ ジ ェ ク ト の

URL :http:

//

www.fasb.org/ jsp

/

FASB/

FASBContent C/ ProjectUpdatePage&cid

=1175801889812

③企業会計基準委員会の

URL:https:

//

www.asb.or.jp

/

asb

/

top.do  

HP

が う ま く 入らないので イレジュラー 処理をしてい ます。訂正時 注意

(17)

ない可能性が高い。

⑵ IASB と FASB の保険負債の概念

IASBとFASBは共同で保険プロジェクトを行っているものの,最終的 な保険負債の概念はそれぞれ異なるものを主張している。特に意見の相違が 明らかになった点は,マージンに関する取扱いである。IASBは,マージン に含まれる 不確実性への備え の部分と 将来の利益 の部分とを区分す ることを提案しており,FASBは, 不確実性への備え と 将来の利益 の部分を明確に区分しない複合マージンを提案している(図4参照)。

表2 IASB の保険プロジェクトの流れ

(出所)IASBの保険プロジェクトのウェブサイトから筆者作成

年 月 主 な 内 容

保険プロジェクト開始 論点書の公表

原則書草案の公表

暫定基準の設定(フェーズⅠ)と恒久基準の設定(フェーズⅡ)

の2段階に分割

暫定基準 の公開草案の公表 暫定基準

IFRS

4の公表

(適用は2005年1月〜)

フェーズⅡの議論開始 恒久基準 の論点書の公表

FASB

が保険プロジェクトに参加。以降,共同で基準開発を行 うことに

IASB: 恒久基準 の公開草案の公表

FASB: 保険契約の会計基準 の論点書の公表

保険契約の提案について対象を絞った再公開を決定 1997年12月

1999年12月 2001年11月 2002年5月 2003年7月 2004年3月 2004年9月 2007年5月 2007年10月 2010年7月 2010年10月 2012年9月

保険学雑誌 第 620号

(18)

IASBの提案は,マージンの細分化を強く意識している。マージンがその 性質として有する 不確実性への備え と 将来の利益 とを明確に区分す ることは,保険業が有している不確実性の程度を明確化し,さらに保険業が 獲得すると期待される将来の利益を明らかにすることに役立つ。一方,

FASBの提案は,マージンを区分すること自体による不確実性,複雑性を 避けたものと言える。マージンを算定する上で実務上に存在する残余リスク とリスク調整とを区分することの煩雑性を考慮すれば,両者を分離せず取り 扱うのは現実的な選択ともいえよう。

6.リスク管理の高度化と国際的な企業会計

我が国においては,保険業が保有する予期しえないリスクに対して,責任 準備金内においてマージンを設け,さらに各種の準備金を積み増すことで対 応してきた。各種の準備金は,将来のリスクの発生が確実に見込まれた上で 計上されたものではない。負債の性質を 将来の経済的便益の犠牲 と一義 的に定義するならば,保険業における準備金は負債ではなく,むしろ自己資

図4 IASB と FASB の提案する保険負債の概念

(出所)筆者作成

(19)

本に近い性質を有している。保険業法上のこうした独自の処理を,我が国の 企業会計において,保険業における会計慣行としてそのまま受けいれてきた 背景には,不確実性を取り扱う保険業に対する社会的な意義を踏まえた上で の配慮があったと考えられる。

仮にIASBやFASBにおける提案が我が国の企業会計に導入されるとす ると,保険会計に大きな変化をもたらすと考えられる。まず,導入に伴い,

これまで不明確であった最良推定負債とマージンの部分が明確化される。こ れは,現時点における将来キャッシュ・アウトフローの額が明らかにされる ことを意味する。特にIASBの提案が受け入れられた場合, 将来の利益 と 不確実性への備え とを区分しなければならず,保険会社の収益源とそ れに対応する不確実性の部分が明らかにされることになる。

既に各保険会社は各種リスクへの対応のために実務上では,将来の不確実 性に備えるための取り組みを行っていると考えられる。保険会社を取り巻く リスクが多様化・複雑化しているなかで,全てのリスクを統合的に管理し,

事業全体でコントロールする統合的なリスク管理態勢を整備することが求め られている。例えば,金融庁では,2010年度と2011年度において保険会社等 向け監督方針において リスク管理の高度化の促進 を掲げ,その一環とし てERMヒアリングを実施している 。企業会計上でのマージンの算定もリ スク管理の高度化を反映したものとも言えよう。

しかしながら,どれほどリスク管理が高度化したとしても不確実な事象を 確実に見積もるのは難しく,かつそれに対応すべきマージンをどの程度積め ばよいかについては,最適な解を求めるのは難しい。例えば,我が国におい ては,東日本大震災やタイの洪水によって生じた損害を予め積み立てていた 異常危険準備金によって軽減することが出来た。これは,旧来の方式が功を 奏したのであって,必ずしもリスク管理の高度化が貢献した訳ではない。高 度化が,必ずしも不確実性に対する適切な対応になるとは限らない。国際的

16) 平成23年度の

ERM

ヒアリングの結果については,次の金融庁の

URL

を参 照されたい。http://

www.fsa.go.jp

/

news

/24/

hoken

/20120906‑1/01

.pdf

 

保険学雑誌 第 620号

(20)

な基準は,我が国の保険業に高度化したリスク管理とその開示を求めている。

しかしながら,その負債が不確実な事象を含んでいることは変わらない。将 来の予測には一定の不確実性があることは避けられず,またその見積もりの 対象が不確実な保険事象である以上,二重の不確実性が生じることになる。

企業会計においては,ある程度の見積もり上の限界を強く意識することが,

作成者側にも読み手側にも必要とされる。

(筆者は静岡県立大学経営情報学部講師) 参考資料

1.

International Actuarial Association, An International Actuarial Research Paper by the ad hoc Risk M argin W orking Group,   Measure- ment of Liabilities for Insurance Contracts : Current Estimates and  Risk Margins , February

2007

.  

2. 上野雄史 規制緩和後の保険業における企業会計と情報開示(保険自由化10 年特集号) 保険学雑誌 第611号,41‑60頁,2010年12月.

3. 上野雄史 生命保険負債の公正価値測定に関する考察―カナダとオーストラ リアの事例を通じて 生命保険論集 第169号,79‑101頁,2009年12月.

4. 水島一也 現代保険経済(第7版) 千倉書房,2002年.

参照

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