建築請負人の債権担保 に関す る考察
‑スイス法, ドイツ法を手掛 りに,
転用物 ( ve rs oi nr em) の視角か ら‑ ( ‑)
藤 原 正 則
目 次
一. は じめに 二. スイス法
日建築請負人 の法定抵 当権立法 とその基礎 とな る思考 図式 に) 建築請負人 の法定抵 当権 の成立要件
∈) 法定抵当権設定 の手続 ( 四) 法定抵当権者 の取消権 伍) 二重弁済の防止
( 村中括‑ スイス法の評価‑
( 以上本号)
≡
. ドイツ法 ( その‑)二 一一 」弐法典か ら GSB まで‑
四. ドイツ法 ( その二) . 一 一一 一GSB の挫折か ら BGB § 6 48a まで‑
五.おわ りに
〔 9 5 〕
96 商 学 討 究 第 46 巻 第 2 ・3 号
‑.はじめに
‖本稿 の 目的は,請負契約 に基づいて他人の土地 に建物 を建築 した請負人, しか も注文者 と直接 の契約関係 に立っ元請人 だけでな く,元請人 と契約 して建 築 に従事 した下請人 の請負代金債権の担保のあ り方 を検討す ることにある。 さ らにその主な る対象 は,スイス法, ドイツ法で建築請負人 に与え られ る法定抵 当権 を中心 とす る法制度 の法技術的特徴 の分析 に置かれて い る。本 間を こう い った角度か ら論ず るに至 った契機乃至 は理 由について は,説 明が必要であろ
う
。まず, これを三点 にまとめて分説す ることと しよ う
。日第一 のそ して発端 とな るの は,わが国の建築請負人の請負代金債権担保 に 関す る議論 に対す る疑 問である。周知 のよ うにわが国では ( 主 に)完成建物の 所有権帰属をめ ぐって,まず これを材料 ・労務を提供 した請負人が取得す るの か,それ とも注文者が原始的に所有権 を取得す るのか, とい う形で議論が積 み 重 ね られて きた 1 )。近 時の有力説 は後者 の立場 ( 注文者取得説) に収束 しつ つあるが,その理論的骨格 とな ってい るのは, 旧来の通説 ( 請負人取得説)の 添付主義の発想「 土地 ・建物が別筒の不動産であ ることを前提 と して,材料
・労務を出指 した請負人が建物所有権 を取得す る‑ への反発であ り,所有権 は観念的に帰属すべ き者‑ と割 り当て られ るべ きであるとい う思考図式であろ う
2)。これを解釈論 の レベル に置 き換 え ると,注文者取得説 の主 な論拠 は,
1 )請負契約における建物所有権の帰属に関 しては数多 くの文献があるが,坂本武憲
「 請負契約における所有権の帰属」星野英一他編 『 民法講座 5 』( 有斐閣 ・昭 60 ) 439 頁以下,及び下請人も含めた三当事者関係 も併せて問題を論 じたものとして,山口 和夫 。太田剛彦 「 建築請負における完成建物の所有権帰属」判 夕61 0 号 7 頁以下を 指示 してお くのが適当であろう。なお拙稿 「 建築下請負人の注文主に対する請求
⊥ 下請負人の債権担保の視角から一一一」北法 38 巻 5 ・6 号 ( 下) 221 頁以下では, 三当事者関係に絞ってわが国の判例 ・学説を整理 しておいた。
2 )こういった思考図式の典型として,滝沢幸代 「 建物建築工事について注文者の承諾
がない下請負人は出来高部分の所有権帰属に関する注文者 ・元請人間の特約と異な
る権利関係を主張 しえない」判評 426 号 31 頁 ( 判時 1 494 号)の 34 頁以下,特に 「 当
面の問題を解 く鍵 もまさにこの所有権の観念性の肯定にある 」( 34 頁) , 「 請負契約
における所有権帰属の問題は,右のようなかたちで所有権移転時期の一般論とパラ
レルな議論が可能となるのであり,またそのように論 じられるべきもの 」( 35 貢) ,
建築請負人 の債権担 保 に関す る考 察 97 建物所有権を取得 して も請負人に土地利用権はな く,また請負人の所有権取得
は債権担保の為の ものであり一時的 ・手段的性格を持 ちいずれは建物所有権は 注文者に移転すべ きこと,及 び請負人の債権担保 は留置権,不動産工事の先取 特権 ( 民法325 条 2号)の行使で足 る, さ らに実務上注文者か ら工事進捗 に応 じて分割払 いがなされ ることが多 い, とい う点 にあ る
3)。確か にその説 くと
「ただ担保 目的 とい うことであれば, 債権者 自らが主体的 にそれに対処すべ き 」( 3 5 貢)等の記述を挙げることがで きよ う。即 ち, こういった見解 は請負契約 において
も売買契約のよ うに完全 な同時履行関係が成立す る契約を範型 ( ‑問題設定 と解決 の し方の枠組) として所有権移転を論 じ,請負人の債権担保 は請負人の 自助努力 に よるべ きであるとしている。 しか し,仕事の完成 とい うその給付の ほとん ど全部 に っ き請負人 は先履行義務を負 うこと,及 び建築市場下での注文者 ( 元請人) ・請負 人 ( 下請人)間の力関係か ら当事者間の合意 に解決を委ね ろのは不可能 ( 本文で後
に詳述) とい うのが,本稿 の視角である。
なお,坂本 ・前掲注( 1 ) は注文者取得説の根拠 と して所有権の観念性,請負人取得 説 のそれが添付主義である と説 くが,同時 に請負人 の債権担保 の必要性 を強調 し て,注文者 に建物所有権が移転すべ き契約 と請負人 に所有権が留保 さるべ き契約類 型の並存の可能性を示唆 している 。4 7 0 頁。又,坂本武憲 「 建築工事代金債権 の確 保一一 一 」物権理論 の変遷 の中での展望」米倉 明他編 『 金融担保法講座 Ⅳ 』 ( 筑摩 ・ 1 9 8 8 )3 5 1 貢以下 ,3 8 4 頁以下 で は,不動産工事 の先取特権 に対 す る提言 も併せ行 な っている。
3 )例 えば,坂本 ・前掲注( 1 ) 4 5 6 頁以下参照。但 し,米倉 明 「 完成建物 の所 有権帰属 一 一 一・ 一 請負人帰属説でなぜ いけないか‑ 」金商 6 0 4 号 1 8 頁以下の強力な反論がある。
ところで本稿 は請負契約での建物所有権の帰属を論ず ることを直接の 目的 とは し ていない。 しか し, ここで筆者の考えを提示 しておきたい。 まず建物の敷地利用権 は,請負人取得説の技術的難点で はあ って も,所有権移転の決定的論拠 とはな り得 ないと考え る。敷地利用権 は,土地 ・建物が別街の不動産 とされるわが法制で一般 的 に生ず る問題であ って,例えば 自己地上権の代 りが法定地上権 といったや り方で 解決 さるべ き課題であろ う ( 更地 に抵当権を設定 して銀行が建築資金を融資 したが 建主 は資金 を流用,請負人 は建物所有権を主張。銀行が抵 当権を実行 した ら法定地 上権 は成立す るか, とい うの も,同様 に法定地上権の課題であ って建物所有権の帰 属 の問題で はない。本設例 につ き , 「 特集 ‑ ビル ・マ ンシ ョン業者の倒産 と債権 回 収」金法 NO. 1 3 3 3 , 6 頁以下,特 に旗 田庸 「 E Z ] ビル ・マ ンシ ョン業者への融資 と 実務上 の留意点 」1 5 頁以下) 。それ故 に,米倉教授 の土地所有者 た る注文者 か らの 請負人 に対す る建物収去請求 は権利濫用 とい う解決 は,単 なる禰縫策で はない。
次 に,確かに請負人の建物所有権 は,代金債権確保 の為の手段的権利である。 し
か し,請負人, しか も元請人のみな らず下請人の債権担保 とい う目的の正当性 ・必
要性‑ これが本稿 の課題である‑ を承認す るな ら,所有権以外の有効な担保手
段が与え られて こそ注文者取得説 はその存在価値 を持つ。 さらに端的に言えば,荏
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ころ は も っ と もで はあ るが , こ こで の議 論 の焦 点 が 請 負 人 の手 段 的所 有 権 の取 得 で はな く債 権 担 保 の必 要 性 で あ る こ とを認 め るの な ら, 注 文 者 取 得 説 の消 極 的論 拠 は請 負 人 取 得 説 の欠 陥 で は あ って も,積 極 的論 拠 は所 有 権 取 得 以 外 の請 負 人 の債 権 担 保 手 段 ‑ の立 ち入 った手 当 て の はず で あ る。 と ころが ,近 時 の有 力 説 に は元 請 人 は も とよ り下 請 人 につ い て は一 層 そ の債 権 担保 手 段 へ の充分 な 配 慮 が欠 けて い るよ うに思 わ れ る。 とい うの は, まず 請 負 人 が取 得 す るの が民 事 留 置 権 な ら自 らの イ ニ シア チ ブで競 売 して も優 先 弁 済 を受 け られ な い の は も
と よ り, 債 務 者 の 破 産 財 団 に は対 抗 で き な い ( 破 産 法 9 3条 2項)
4)。 さ らに
文者 ・請負人 とい う当事者 間で は所有権移転 時期 を問題 とす ること自体意味がな い。排他的帰属割当た る所有権 は,( 少な くとも物 自体 の支配 は争点 とな っていな いのだか ら)対第三者関係で しか も相手方無資力 とい う局面で は じめて意味を持っ ( 即 ち,所有権 は最強の担保権である) 。そ ういった観点か ら,注文者 ・請負人 とそ の各 々の一般債権者 ・転得者 との間,即 ち対第三者関係での米倉教授 の利害状況の 分析一一一その結論 は,請負人帰属説が妥 当とされ る‑ に左担 したい。ただ問題な のは,請負人取得説 によ った場合,注文者 は元請人 に弁済 したが下請人 は支払 いを 受 けていないケースの解決である。 ここでは注文者 に元請人への弁済以上 に,下請 人の存在,元請人の下請人‑の未払 い等 につ いての善意 ・無過失 まで も要求す るか 否かは別 と して,注文者の所有権取得の為の法律構成を考えてお く必要がある。但 し, 同様の問題 は, 下請人 に独 自の債権担保手段 ( 例えば,不動産工事 の先取特権, 留置権)の行使 を認 めた ときは,その担保権 の効力如何 とい う形で生 じて くるか ら, 注文者取得説 も下請人の債権担保の必要性を認める限 りで,共通 の課題 に直面 して
いることとなる。
今一つ,建築請負契約の性質及 び当事者意思の問題がある。 この点 につ き注文者 取得説 は売買契約 とパ ラ レルに考えているよ うであるが ( 例えば,滝沢 ・前掲注
(2)参照),請負 は所有権移転を 目的 とす る契約 なのか とい う疑 問 ( 坂本 ・前掲注( 1 ) 及 び 「フラ ンスにおける建築請負契約の基本法理」北法29 巻 3 ・4 号381 頁以下等参 照), 請負人 は物の売主 とは異な り引渡以前 に仕事完成 とい う給付 の大部分 につ き 先履行義務 を負 っている点 ( 本文で後 に詳述)を指摘 してお きたい。
代金分割払 いの慣行 の事実が,それだけでは代金未払の場合の建物所有権移転を 基礎づ けるもの とはな りえないのは,言 うまで もなかろ う。以上をまとめると,覗 下の債権担保手段の不充分 さを前提 と して,注文者が元請人 に対 して弁済 したこと で ‑弁 済の態様‑の評価 は分れよ うが一 一 ‑1こ請人か ら建物所有権を取得す る余地 を認めた上で,請負人取得説の方 に理があると考えたい。
4)谷 口安平 『 倒産処理法』( 筑摩 ・昭5 1 )223 頁以下で は,民法上の留置権が成立す る
ときは通常先取特権 も認め られ るか ら実際上 あま り支障はないが,立法論上 は問題
があると指摘 されている。又,会社更生法 ( 1 23 条)上 も民事留置権 はその効力を
認 め られていない。
建築 請負人 の債権担保 に関す る考察 9 9 元請人 には認め られ る不動産工事の先取特権 は度 々指摘 され るよ うに実効性が
な く5 ),又下請人 は元請人 の建物所有権取得 を前提 と して この先取特権 を行 使で きる可能性があ ると解 されてい るにす ぎないか らで あ る
6)。もちろん請 負人取得説 といえども特 に下請人 についてはその債権担保手段 は完全 とは言え ない。建物の一部を工事 したにす ぎない下請人,例えば内装 ・塗装工事を した 者 は,最初か ら建物所有権取得 はおろか留置権す ら行使す る余地 もないであろ う
。しか し,注文者取得説 によると,請負人取得説では限 られた範囲内で しか も法技術的問題を抱えつつ も一応 は建物所有権 とい う形で強力に保障 されてい た ( 下)請負人の債権担保方法が シリアスな問題 となろう。
そ して この間の事情 を顕在化 させたのが, 最判平成 5 年 1 0 月1 9 日 ( 民集 47 巻 8 号 5 0 61 貢)であろ う
。そ こで は, 建物 を棟上 げまで仕上 げたにもかかわ らず 元請人か ら全 く代金支払 を受 けていない下請人の建物所有権取得, 及 び他の請 負人 による続行工事で建前所有権が失われた場合の注文者 に対す る不当利得の 主張がいずれ も退 け られてい る
7)。 確かに下請人の存在を知悉せず元請人 に対
なお,請負人の留置権の成立の可否 その ものについて も様 々な問題提起が されて いる点 につ き,例えば,山岸憲司 「 請負人 の留置権行使が可能な範囲」椿寿夫他編
『 担保法の判例 Ⅱ 』 ジュ リ増刊 ( 1 9 9 4 )1 3 4 頁以下参照。
5) 加野木精一「 不動産工事 ・保存 の先取特権」 星野英一他編『 担保法の現代的諸 問題』
別冊 NBL1 0 号 ( 商事法務研究会 ・1 9 8 3 )2 7 亘以下 ,2 8 頁注 ( 2 ) ( 3 ) ( 4 ) ( 5 ) が, この間の 事情を明快 に説 明 している。
6 )石田文次郎 『 担保物権法論 ・下巻』( 有斐閣 ・昭 1 1 )7 3 4 頁,勝本正晃 『 担保物権法
・上巻』( 有斐閣 ・昭 2 4 )1 9 3 頁。注文者 と元請人の間で は不動産売買の先取特権が 成立 し,実際に工事施行 した下請人 は不動産工事の先取特権を取得す る, とされて いる。
7) 本件のよ うに建築途上の ( 不)動産たる建物 に他の請負人が続行工事を施 して建物 を完成 させた場合 の完成建物所有権の取得 につ いては,瀬川信久 「 建築途上 の建前 に第三者が材料を供 して建物を完成 させた場合 における当該建物所有権の帰属」判 評 2 4 9 号 1 3 真以下 ( 判時 9 3 8 号)を参照。
本判決 の原審,大阪高判 昭和 6 3 年 1 1 月 2 9 日 ( 判夕 6 9 5 号 21 9 頁) は,本判決 とは 異な り,注文者 に対す る下請人の失われた所有権の代償 としての不当利得返還請求 権を認めている。同判決 も注 目されていたが,学説 はこぞってその結論 に反対 して いる。例 えば,青野博之 「 建築請負契約 におけ る注文者 と下請人 の関係」 ジュ リ
9 4 4 号 1 2 5 貢以下,加藤雅信,民法判例 レビュー ( 不動産)「 建築請負契約 と所有権
の帰属」判夕 7 0 7 号 6 8 頁以下等。
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価支払 した注文者を保護するという結論 自体は決 して不当ではなかろう
。また 本判決 も文字通 り注文者取得説を採 ったのではな く,注文者 ・元請人間の所有 権移転を両者の特約により基礎づけている。 しか し,注文者 と元請人間の建物 所有権移転の合意が,「 特段の事情のない限 り」元請人の 「 履行補助者的立 場
8)9)」 に立っ下請人を も拘束す るとい う判示が本件の事実関係を離れて‑
8 )民集47 巻 8 号 5065 貢。本判決 の この文言 と類似 の表現 を用 いて い るが,仙台高決 昭和 59 年 9 月 4日 ( 判夕542 号 220 頁) の下請人 は元請人 の 「 一種 の履行代用者」
であ り,又実質的な評価 も元請人‑の支払 いによ り注文者 は下請人 に も弁済 した こ とにな るとい うものであ り,本判決 との連続性が見て とれ る。 さ らに鎌 田薫,民法 判例 レビュー ( 不動産)「 建築工事の一括下請 と建物所有権 の帰属」判夕522 号 101 貢以下 も 「 下請人 の履行補助者 的地位」 とい う表現を用 いる。但 し,鎌 田教授 は本 件類似 の事案 に即 しての コメ ン トで はあ るが,下請人 の留 置権取得 を否定す る為 に,下請人 は元請人の 占有補助者であ り占有者で はない とい う主張の根拠づ けに こ の表現を持 ち出す。建物所有権 自体 の帰属 につ いては,前記仙台高決 とは異 な り注 文者取得説を採 ってい る。
ところで,下請人の債務不履行が注文者 との関係 で元請人 の債務不履行 とな るの は当然であろ う。又,その理 は例えば一括下請 に対 して注文者が承諾 を与えた場合 で も変 らない と解すべ きであろ う。その意 味で は, 下請人 は元請人 の「 履行補助者」
である。 しか し, その ことと下請人 に独 自の担保手段を与え るべ きで はない とい う 評価 との間に論理必然的連関が あるわけで はな く, ここでの履行補助者論 は単 なる レ トリックにす ぎない。但 し,下請人 も関与す る三 当事者関係で は,た とえ注文者 に所有権取得 を認 めて も下請人 の留置権 による対抗 を首肯 しては,注文者保護 は画 餅 に帰す こととな る。だか ら, この要請 を貫徹 させ るな ら,注文者取得説 を採 るだ けで はな く,一 二二 当事者 間 とは異 な り注文者 は元請人への弁済 によ り留置権 を消 滅 させ ることはで きないか ら‑ 下請人 との関係でその留置権を否定す る根拠づ け が必要 とな る。 しか し,そ うす ると,下請人 は元請人 との契約上 の清算だ けにその 権利 を制限 されて良 いのか, とい う点が正面 か ら問われ ることとなる。
9 ) このよ うに下請人か ら独 自の債権担保方法を奪 い,元請人 との契約上 の清算 に制限
して い こうとい う方 向性 を一層 明 らかに して いるのが,本判決の可部裁判官の補足
意見であ る。 さ らに可部裁判官 は,原審で は認容 された下請人の注文者 に対す る不
当利得返還請求 につ いて も , 「問題 の多 い不 当利得 によ る構成 よ りも」注文者,元
請人 間の特約 の効力が下請人 に も及ぶ ことを肯定 して,元請人の注文者‑ の債権 に
対す る下請人 の代位行使 を認めれば足 る, と してい る。 ところで可部裁判官の この
見解 は,加藤雅信 『 財産法 の体系 と不 当利得 』 ( 昭 61 ・有斐閣)65 4 頁以下でいわゆ
る金銭騒取 の不 当利得 に対 して与え られた法律構成であ る。 ここでは,元請人 の注
文者 に対す る請求 の代位行使 は,下請人 のみな らず元請人 の一般債権者 に もこれが
可能 な点 を指摘 し,その妥 当性 に疑問を提示 してお きたい。この点 に関 し詳 しくは,
本稿 の叙述で明 らかにす ることとな る。
建築請 負人 の債権担保 に関す る考察 10 1 般化すれば,注文者 ・下請人間では結果的に注文者取得説の説 くように当初か
ら下請人に建物所有権の取得を排除 し,同時に元請人 との間の債権的清算だけ にその権利を制限す る方向で議論が収赦 してい く可能性 も存在 しよう
10)0
E) こうして見て くると,従来の学説 は注文者取得説のみな らず請負人取得説 も,請負人の債権担保ではな く,専 ら請負契約の局面での所有権移転だけの理 論にす ぎなか ったのではないか という疑問が生 じる。そ してこの推測を裏書 き す るのが,従来の学説は請負人の債権担保の重要性 は認めっっ も, しか も特に 注文者取得説 は所有権の手段性を強調 しなが らも,その日的たる請負人の債権 担保の内在的根拠 に対す る考察が不充分であったとい う事実である。そこで, 本稿ではまず冒頭で ( 主に,スイス法 ・ドイツ法か ら示唆を受 けたアイデアで
あるが)請負人の債権担保の根拠を提示 したい。
請負人, しか も建築請負人に法定の債権担保手段を与えることは,単 に材料
・労務を供給 したのが請負人であるという理 由か らだけではな く,請負 という 契約の事物の本性か ら出て くる要請である。即ち,請負契約では有償双務契約 でありなが ら売買契約 と同 じ意味での同時履行関係 は成立 しない。民法の準則 に従えば請負契約で同時履行関係 に立たされているのは仕事の引渡 と代金支払 であるが ( 民法633 条) ,そ こでは請負人 は既 に仕事を完成 させ 自己の給付の大 半を先履行 している。 しか も仕事の完成 という労務の給付,建築請負ではさら
1 0 )現に,奥 田呂道 「 注文者 ・元請人間に帰属特約がある場合の一括下請 と出来形部分 の所有権」『 私法判例 リマー クス1995 ・下』39 頁以下 は,本判決 を注文者取得説 を 一般的に採用す る内容を含んだ もの と評 している。又,高橋虞 「 建築物の所有権の 帰属」法教176 号 55 頁以下 は,. 下請人の保護 は民法理論だけで は対処で きず,経済 法 ・行政法上の規律 も必要, と している ,60 亘。湯浅道雄 「 元請人の倒産 と一括下 請人 の築造部分の所有権」 ジュ リ平 5 重判88 亘以下の,本判決 は注文者取得説へ向 けて一歩踏み出 した とい う評価 も可能, とい う位置づけ。鎌 田薫 「 一括下請人が材 料 を提供 して築造 した未完成建物の所有権 の帰属」NBL519 号69 頁以下 も,本判 決の履行補助者論 を強調 して下請人 には留置権 も認めるべ きではない, とす る。
他方で, 本判決 自体 の理解 として は事案の特性 に注 目す るの は, 滝沢 ・前掲注 ( 2) 。 又, 坂本武憲「 元請負契約での所有権帰属特約が下請人を も拘束す るとされた事例」
法教1 65 号 1 04 頁以下 は,本件での注文者 ・元請人間の特約を本件 の解決 について
は重視す るが,特約のない場合を も考え ると注文者寂得説 との関係が問題 になると
す る。
102 商 学 討 究 第 46 巻 第 2 ・3 号
に併せて給付 した材料 も,注文者の支払 いがない ときに も契約を解除 して これ を回復す るとい うのは,不可能乃至無意味である。他方で請負人か ら先履行義 務 を取 り除 くとすれば,今度 は注文者 に代金前払 とい う先履行義務 を課す他 は ない。しか し, 注文者の先履行義務 は,建築請負の競争市場下 の力関係 か らも, 又前払 いを受 けた請負人 に対す る履行確保手段の欠如 とい う点か らも非現実的 である。そ こで民法 は請負人 に先履行義務 を課 し,その不可欠の補完物 と して 請負人 の給付 の化休 した物 の上 に法定担保権 ( 不動産工事の先取特権,同様の 理で,不動産保存,動産保存 の先取特権)を与えた。だか ら,建築請負人の先 取特権 は,請負人の所有権喪失だけで はな く,その先履行義務の コイ ンの裏面 である。当初か ら完全 な形で与え られている同時履行関係 を 自 ら放棄 した物の 売主です ら,所有権留保の合意,売買先取特権の行使が可能であ り,契約 の解 除 もその権利の回復を助 ける余地がある。そ うであるに もかかわ らず,何故契 約の性質上完全 な同時履行,所有権留保が不可能で解除 もまた効果のない建築 請負人 に,その先履行義務 と対 にな った実効性 あ る法定担保権乃至 は建物所有 権 の取得 が認 め られ ないのか, とい うのが本来 問題 の焦点 とな るべ きであろ う1 1 ) 。 しか も, この理 は,元請人のみな らず下請人 について も変 りはない。だ
l l )このような不動産工事の先取特権の理解は,もちろんわが法で説かれる 「 公平」の 原理による制度の基礎づげとは大分異なっている。例えば , 『 注釈民法 ( 8) 』林良平 編 ( 有斐閣 ・昭 40 )1 59 貢 ・甲斐道太郎。最近のものでも,高木多善男 『 担保物権 法』( 有斐閣 ・19 84 )42 貢,道垣内弘人 『 担保物権法』( 三省堂 ・1 99 0 )49 頁以下 等参照。但 し,そこでの公平の具体的内容は,増価は請負人の工事に由来するもの であるから増価物は工事 した者に帰属すべき,というものである。だから,これは 増価の由来する財貨の出指者に一定の財貨追求を認めるという一般的な転用物
( versoi nrem) 思想の具体化に他ならない。だから,わが法では物の売主の取 得する売買先取特権と請負人の不動産工事の先取特権の制度趣旨の間に決定的な差 異が認められない。
これに対 して ドイツ法は,公示の要請とおりあわない一般的な財貨追求を認めな
いから,例えば売買先取特権の制度を持たない。その下では,動産は一定の空間的
支配( 法定質権) , 不動産は登記の順位 ( 法定抵当権)という厳格な公示に服すが,
それでも法定担保権について特別な根拠づけの必要性,例えば請負人の先履行義
務,が浮き出されて くるのではないかと考える。なお, ドイツの法定担保権につい
ては,尾崎三芳 「ドイツにおける法定担保権の展開過程1 ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ・ 担保物権構成の比較法
的考察‑ 」 早研 19 号 57 頁以下,同 「 現代 ドイツ法における法定担保権の動向‑
建築請負人 の債権担保 に関す る考察 10 3 か ら第三者たる注文者の取引の安全の為それが制限され ることは当然だとして
も,出発点 は先履行義務の代償たる下請人の債権担保の要請のはずである
。し かるに特 に近時の有力説 は,請負人の建物所有権の手段性を指摘 しなが ら,そ の手段性の内在的根拠‑の考察を欠 くが故 に,容易に下請人を元請人 との間の 契約上の請求だけ‑ と指示す る傾向を示 している
12)。
さらに本稿での比較法的検討を先取 りす ると,以上のコンテク トと関連 して わが法の不動産工事の先取特権の性格にも注 目すべきである
。即ち,フランス 演 ( Art .2103Zi f f . 4 CodeCi vi l )を継受 したわが国の不動産工事の先取特 権の特徴 は,先行す る抵当権への先取特権の優先 ( 民法 339 条) と先取特権の 被担保債権が請負人の報酬請求ではな く増価額 に制限され る ( 民法 327 条)点 にある。後述す るよ うに, これは順位の原則 ( Pri ori t at spri nzi p) を守 って 先行抵当権 に請負人の法定抵当権が劣後 し,他方で朝脚P r 請求額が法定抵当で担 保 され る,スイス法 ( 但 し,重大な例外 あり。後述二) , ドイツ法 とは異なっ
た規律の方針である。だか らわが先取特権制度の根底 に横たわるのは,契約上 の給付が第三者の利益 となった場合の第三者に対する財貨追求即 ち転用物訴権 ( act i odei nrem verso) の思想である
13)。そ うだ とすれば,請負人の債権 担保のあ り方を考える上で,必ず しも建物所有権 自体の取得を介 さず とも,出 発 点 と して は請 負 人 の 第 三 者 に対 す る財 貨 追 求 と い う思 考 図 式 を 想
法技術的特徴の析出に向けて一一二」早研 21 号109 頁以下。 さらには,横悌次 『 担保 物権法』( 有斐閣 ・昭 56 )57 頁以下には簡 に して要を得た記述がある。
1 2 ) 前掲注 ( 7) ( 8 ) ( 9 ) ( 1 0 ) 参照。即ち,下請人 は建物所有権の取得のみな らず,留置権 ・不動 産工事の先取特権の取得の余地 もな く,又注文者 に対す る不当利得返還請求 も退 け られることとなる。だか ら下請人 に残 された手段 は, 元請人か ら前払 いを受 けるか, 或いは工事進捗のプロセス毎の支払いを合意 してそれがなされないときは履行拒絶 す るという方法である。 しか し, このよ うな合意が元請人 との問で現実に可能か, 又そういったことを要求するのが妥当なのか,が ここでの問題の核心であろ う。
1 3 ) 建築請負人の法定抵当権がその基礎を転用物 ( V ersoi nrem) に置 くこと,及 び
先行抵当に対す る優先効を伴 うフランス法の先取特権 については特 にそ う言えるこ
とにつ いて は,例 えば, Di et e rZobl , DasBauhandwe rkerpf andrec ht ,de
l egel at aunddel egef ere nda.ZSR 19 82 Ⅱ.Hal bband,S.1 f f . ,S. 49
f . ,S.59 f . を参照。詳 しくは本稿 の二以下で明 らかにす ることとなる。転用物訴
権 ( ac t i odei nrem v ers o) については,後褐注( 1 7 ) 参照。
10 4 商 学 討 究 第 46 巻 第 2 ・3 号
定 してみ る意味 はあろ う。 但 し,その際は, 公示,取引の安全 を顧慮 した上で, 下請人 ・元請人 ・注文者 ・先行抵当権者のみな らず,その各々の一般債権者, 転得者をめ ぐる利益状況の考察が必要 となろう。
( 四) 以上のよ うな問題意識か ら,第三のそ して本稿の主 な検討対象である比較 法的考察が登場す る。諸外国 (ドイツ,スイス, フランス,アメ リカ合衆国) では,建設請負人 は建築の進行 とともに建築物の土地への付合 によ り材料所育 権を失い,建物所有権を取得す る余地な く注文者 に対す る請求 に指示 され る。
だか ら旧 くか ら建築請負人 ( 及 び材料供給者)の債権担保手段 は,主 に請負人 に付与 され る法定担保権のあ り方をめ ぐって激 しく議論 されて きた。 しか も建 物 の土地‑の付合故 に,特 に建物が建築 され る土地 の先行抵 当権者 との争 い
‑ 建築 の進行 とともに抵 当 目的物 た る土地 の担保価値 は増大 してい く‑
は,最 も機烈である
。強調 しておきたいのは,注文者 ( 土地所有者)の建築物 所有権の取得,ひいては先行抵当権者の把握す る担保価値の増大 は,決 してそ れが望 ま しいか らで も又請負契約の性質か らこれが導かれ るわけで もな く,
「 地上物 は土地 に従 う ( superf i ci essol ocedi t ) 」 とい う添付法の準則か ら 不可避的に招来 され るにす ぎない ことである
14)。 しか も,建築 による土地の増 価をめ ぐって先行抵 当権者 と法定抵当権者 とが衝突す るのは,先行抵当が更地 価格以上の被担保債権を把握 しているときであ り,その際には土地‑の建物建 築が予定 されているか らである。いずれに して も,そこでは請負人の債権担保 のあ り方が,請負人の法定抵当権を中心 とす る法制度を軸 として,土地 ・建物 をめ ぐって錯綜す る利害関係の下で問題 とされて きた。 ところで近時のわが国 で は,建築請負人の債権担保 につ き旧 くか ら比較的完成 された制度を持つアメ
1 4 ) 動産の土地 ・建物への付合が必ずしも妥当な結果をもたらさないことを強調するも のとして,例えば ,Baur/St t i rner,LehrbuchdesSac he nrec ht s,16 .Au‑
f l . ,S. 5 41 ∫ . 。特に S. 5 4 2 では,本間に即 して,建築請負人及び材料供給者が対 価の支払いを受けず付合により材料所有権を失い,又所有権留保も効力がなくなる
ことの不合理性が説かれている 。Zobl ,a. a.0. ,S. 2 7 r f . も参照。なお,不動産
付合法一般及び ドイツ付合法については,瀬川信久 『 不動産附合法の研究』( 有斐
閣 ・昭 5 6 ) 。特に本間との関連では 20 4 頁以下を参照。
建築請 負 人 の債権 担保 に関す る. 考 察 105 リカの工匠の先取特権 ( Mechani c' sLi en) を参照 しよ うとい う動 きが見 ら れる
15)。又,わが不動産工事の先取特権の母法 はフランス法であ り, しか もフ ランス法ではこの制度の不充分 さ故に特別法の展開がある
16)。 しか し,本稿で ドイツ法,スイス法を検討す るのは,次の理由による。 ドイツ法 は従来建築請 負人の債権担保手段に実効性ある制度を欠 き,その為に却 ってそこでの問題性 が この一世紀余 り認識 されてきた。その意味ではわが国の事情‑の近似性があ る。さらに,近時の債権法改正及び倒産法改正の過程を通 じて本間に対す る立 法案が示 され 比較的最近の論議が盛んである
。スイス法を参照す るのは,以 上の ドイツの法改正作業が多少 ともスイス法を範 として これに影響 されてお り, しか もスイス法 自体が比較法の産物であってその意味では各国の法制度 に 位置づけを与える為に も便宜だか らである。以上の ドイツ法,スイス法の軌跡 を要約す ると,出発点 は請負人の先履行義務 と建物の土地‑の付合による材料 所有権の喪失であり,かつその下で請負人の債権担保を実現 してい く際の基本 的な導 きの糸 とな るのは,請負人 の出指 した財貨 の追求,転用物 ( versoi n rem)即 ち広い意味での不当利得思想 と法定抵 当権の法技術的構成 との相克 である。以下では, このような法思想 ・法制度が各 々の国の事情によって変形
1 5) 坂 本 ・前掲注 ( 3 ) 38 4 貢以下 ,注㈱ ( 39 2 貢) 。荒井 八太 郎 『 建築請負契約論』 ( 勤草 書房 ・昭 42 )906 頁。荒井八太郎 ・織 田晃子 「 不動産工事 の先取特権 に関す る一考 察一一請負代金の確保 につ いて‑ 」 駒紀 47 号 1 責以下 ,24 頁以下。松 田安正 「 不 動 産工 事 の先取 特権 につ いて」法 時 6 6 巻 10 号 97 頁以下 ,1 00 頁。拙稿 ・前掲 注( 1 ) 242 頁以下 で は, アメ リカ合衆国 のメカニ ックス ・リーエ ンに簡単 な概観 を与 えて おいた。
1 6 ) フラ ンス法での建築請負人,特 に下請人 の債権担保 に関 して は,そ こでの特別法の 展 開 も含 め て, Chri s t oph Saj onz , DerSchut zdesSubunt e rnehmersbe主 l ns ol ve nz des Haupt unt erne hmers nac h f ranz 6si schem , schwei z‑
er i schem unddeut schem Recht ,1 993,S.29f f . なお本書 はその題名 の通 り, ドイ ツ法 での建築下請人 の債権担保 の不充分 さ,特 に BGB § 6 48 の欠 陥を出発点 と して, 比 較 法 的 検 討 に基 づ い て 立 法 案 も提 示 して い る。 さ らに, Gt i nt er Hager,Berei cherungs recht l i cheDurc hgri f f s haf t ung,i nUngerec ht f e r‑
t i gt eBerei cherung,Symposi um de rJurl st i schen Fakul t atHe i del berg
zum GedankenanProf .Dr.i ur.Det l efK6ni g,1 984,S.1 51f f . ,S.166
f f .も参照。 ここで は,三当事者 関係での不当利得 とい う視角か ら,各国法 ( 独,
仏,莱,棉) の下請人 の保護 を概観 して いる。
106 商 学 討 究 第 4 6 巻 第 2・3 号
してい くプロセスを見 ることとなろう
。その過程を通 して,建築請負人の債権 担保をめ ぐる諸問題を探 り,併せて転用物訴権論への素材を提供 しようという のが,本稿の目的である。それ故,本稿の叙述の順序は,まずスイス法, ドイ
ツ法を見た上で,そこか ら得 られた視点に基づいて,わが法‑の若干のコメン トを行 うこととしたい。
1 7 ) 転用物訴権 ( ac t i odei nr em v e r s o) は,例えば 「 契約上 の給付が契約相手方の みな らず第三者の利益 とな った場合 に,給付をな した契約当事者がその第三者 に対 し不当利得返還請求す る場合」( 加藤 ・前掲注 ( 9 ) 5 0 貢) と定義 され る。 しか し,歴 史 的には転用物訴権の淵源 は,直接代理を知 らないローマ法 において,債務負担能 力のない家子 ・奴隷 ( M) と契約 した相手方 ( Ⅹ) が,その給付が家長 ( Y) に帰 属 した場合 に,当該給付が家長の利益 となった限度で とい う制限を伴 いなが らも, Y に履行乃至反対給付請求 を求 め る訴権 ( 付加 的性質 の訴権) にあ った。即 ち, 当初か ら転用物訴権 は,契約上の履行請求の第三者への拡張 と,第三者の利得 の追 求 とい う二つの契機 を含んでいた。だか ら, 学説史上 は, 転用物訴権 を第三者 ( Y) の利得 に注 目してよ り広 くこれを容認す る考え方 ( 不 当利得説) と,中間者 ( M) と第三者 ( Y) との間に何等かの事務処理関係が認 め られ る場合 にだけ X の請求を 制限 しよ うとい う考 え方 ( 事務管理説) 一一イセ理 との連続性‑ に分れていた(ロー マ法の付加的性質の訴権 ( ac t i one sadi e t i c i aequal i t at i s ) については,吉野悟
「 第 4 節 ローマ法‑ ローマ法律家の判断モデル とその社会的合 目的性一一 二 」川 島武宜編 『 法社会学講座 9 』 ( 岩波 ・1 9 7 3 )1 4 6 頁以下。代理 と付加 的性質の訴権 については,口石久美子 「 i ns t i t or についての一考察」国家 1 0 8 巻 5・6 号 2 1 7 責以 下。又,転用物訴権の学説史 についてはなかんず く,磯村哲 「 不 当利得 ・事務管理
・転用物訴権の関聯 と分化日( I) 」法叢 5 0 巻 4 号 3 2 0 頁以下, 5・6 号 1 頁以下) . Be r t hol dXupi s c h , Di eVe r s i ons kl age ,1 9 6 5 は転用物訴権の学説史研究であ り, ローマ法以後,主 に 1 7・1 8 世紀の普通法, プロイセ ン一般 ラ ン ト法 ( ALR) , オ ース トリア民法典 ( ABGB) の学説 ・立法を トレース し,転用物訴権 の持つ二 重 の性格,契約上 の請求の第三者‑の拡張 ( 事務管理説) と利得禁止の原理 ( 不当 利得説)の相克を明 らかに している ( 磯村論文 は, クー ピッシュの非常 に圧縮 され た先行研究であ る)。そ こでの クー ピッシュの主張は,転用物訴権 はローマ法では 返還請求で はな く,契約上の履行,反対給付請求を目的 と してお り,ただその請求 が第三者 ( Y) の利得 によ り限界づ け られていた とい う意 味で ( 直接代理 の欠如を 補 って いた)他 の付加的性質 の訴権 と異 な った特徴 が あ るにす ぎない。不 当利得 ( c ondi c t i o) が法律上の原因のない利得の回復 の制度だ とすれば ,Ⅹ ・M 及 び M
・ Y 間の給付 にはいずれ も法律上の原 因 ( caus a) が あ り,転 用物訴権 は不 当利
得の枠 内には収 ま らないはずである。 ところが普通法では,利得禁止 とい う共通の
原理の下で転用物訴権 は, 不 当利得 ( c ondi c t i o) , 事務管理 ( ne got i or um ge s t i o) と
しば しば混同された。但 し,そ こで も多数の学説 は一定の事務処理関係 によって転
用物訴権 を限定 していた 。ALR と ABGB は, この普通法 の伝統 を受 け継 いでい
る。 しか し,パ ンデ クテ ンで はローマ法‑の回帰が生 じ,転用物訴権 は M ・Y 間
の事務処理関係 に即 した構成が与え られた。他方でフラ ンス法では転用物訴権 は,
建築請負 人 の債権担保 に関 す る考察 107
不 当利得 ( condi ct i o) の体系が欠如 した為 に, 一般不 当利得法 に吸収 された, と
.結論 として クー ピッシュは,三つの転用物訴権, ローマ法 ・パ ンデ クテ ン,普通法
・ALR ・ABGB , フラ ンス法が存在す るとい う。その上 で クー ピッシュは,パ ンデ クテ ン,その中で も M・Y 間の事務処理関係か ら生 じた M の Y に対す る代弁 済請求を Ⅹが行使す るとい う トゥ‑ル ( AndreasYonTuhl )の転用物訴権論 を
ローマ法の伝統 を受 け継 ぎ, しか も法律上 の原因のない利得 ‑不 当利得 ( condi c‑
t i o) との混同を排 した もの と して正 当 と評価 してい る (トゥ‑ルの転用物訴権論 につ いて は,平 田健治 「フォン ・トゥ‑ルの 「 転用物訴権」につ いて日に) 」新潟20 巻 3 号 1 頁以下, 4 号 102 頁以下が非常 に詳細 な紹介 ・検討を与えている。又,わ が国の解釈論で この方向に立っ もの と して,三宅正男 「 事務管理者 の行為の本人 に 対す る効力 」 『 事務管理 ・不 当利得の研究( 1 ) 』 ( 有斐閣 ・昭45)357 頁以下。加藤 ・ 前掲注( 9) 818 頁以下 も参照) 0
他方 クー ピッシュと全 く異な った転用物訴権のイメー ジを提示す るのが,前掲注 ( 1 6 ) のハ ーガー ( Hager)で あ る。ハ ーガ一によ ると,19 世紀 には各国法での転用 物訴権 ( act i odei nrem verso,Versi onskl age )の承認 か らも見 て とれ るよ うに,契約相手方以外 の第三者 に対す る直接請求 ( Durchgri f f shaf t ung)が広 範に認 め られていた。その根底 となっているのは,一つ は中間に存在す る法律関係 を顧慮せず一方 の利得 と他方 の損失の存在 に注 目す る自然法的衡平観であ り,今一 つ は,j usadrem にも表現 されているよ うに物権的色彩を帯 びた19 世紀の債務 に 対す る観念であ った。その結果,転用物訴権 はローマ法源か ら離れて, これに物権 的色彩が加 え られ た。ライザー( Leyser ) は転用物訴権を価値返還請求権 ( Wert vi n‑
di cat i on) と位 置づ け, ツ ァ‑ リエ( Zachari a) も転 用物訴権 を所有物返還請 求 ( Sachvi ndi kat i on) とパ ラ レルに扱 ってい る。 ところが,取 引の安全,物権 と債 権の峻別の結果,直接請求 は制限 され るに至 った。例えば,j usadrem の否定 に 見 るよ うに。結論 として‑‑ガ‑は,1 9 世紀の 自然法的衡平観,物権的な転用物訴 権の理解 と対比 して, 転用物訴権を否定 した ドイツ民法典の基本的思考図式を, 取引 の安全の確保,及び契約相手方だけを頼 りにすべ Lとい う意味での契約関係‑の拘 束 とい う点 に集約 して い る,Hager,a.a. 0 ‥ S.151‑159 。但 し,‑ ‑ガ‑ は こういった ドイツ民法典の態度が複数 の契約関係 の連鎖がある場合の規律 として不 充分 な ものであ るとして, 三つの例 ( 間接代理, 本稿 の対象た る請負人 の債権担保, 割 賦販売 における抗弁接続) を挙げて個別的検討を加えている ,a.a. 0. ,S.1 59 f f . 。
以上の二つのイメー ジを前提 とすれば,転用物訴権が不 当利得 による第三者追求 として構成 され一般不当利得法の枠内に収 まるのか,それ とも契約上の請求の第三 者への拡張 ( 及至 はその否定)と して事務処理関係 の延長 と位置づ け られ るのか は, 契約上 の履行 ・清算請求 は契約相手方 との間にだけ制限 さるべ きであるとい う強固
に取 引の安全を指向 した制度一 ・ ・ ・ 一 無囲原則 はその典型であろ う一一 一 一 が どこまで貫徹 されているのかに依存す ると言えよう。今少 し具体的にこの ことを敷桁す るとこう であ る。例えば物権変動 において有囲主義を とるわが法では,契約が無効 ・取消 と なった ときは,その清算 は契約当事者 間の債権的不当利得返還請求だけに制限 され ず,契約相手方か らの転得者 たる第三者 に対 して も所有物返還請求を行使 しうる。
この原所有者か らの追求を切断す るには,第三者の側の財貨取得原因が独 自に問題
とな り ( 例 えば,民法94 条 2 項 ,96 条 3 項,545 条 1 項但書,17 7 条 の準用,192 条
等) ,当初の給付者 と給付受領者問の契約関係 の存在 を指示す るだけでは足 りない。
10 8 商 学 討 究 第 46 巻 第 2 ・3 号
無 因原則 の下 での Ⅹ ・M 間で の清算 の局 限 と対比す ると, M・Y 間の取 引か らの Y の権利取得 によ る Ⅹ の追求 の切 断が必要 とな る。 だか らここで は,無因原則 の 下 での清算 とは異 な り, M ・Y 間での Y の権利取得 態様 ( 有償 ・無償 ・善意 ・悪 意 )が取 引の安全 を与 え る上 で考慮 され る契機があ る。今一つ例をあげ ると, ドイ ツ法 の知 らない動産及 び不動産売買 の先取特権 ( 民法 323 条 ,328 条) の存在 で あ る。即 ち, ここで は有効 な契約関係 による所有権移転 に もかかわ らず, 自己の給付 した物 の価値 に対 して は給付者 の排他 的帰属割 当が認 め られてい る (もちろん,そ の追求 力 に一定 の限界 はあ るが。民法 333 条 ,346 条)。本稿の対象 た る不動産工 事 の先取特権 の先行抵 当権への一定 の優先 も,同様で あろ う。以上か ら出発す ると, 転用物訴権 はわが法で は こういった広範 な財貨追求の為の法制度 の一環 と して, こ れに符節を合せて一般不 当利得法 の枠 に組 み入れ られ る余地が ある。 こうい った角 度 か らのわが国の転用物訴権 の分析 と して,拙稿 「わが国 における 「 転用物訴権」
のあ り方一一一 東京地判昭和 50 年1 2 月 27 日を契機 に‑ ‑ 」 1 ) ( 2 ) 」 北園 2 4 巻 1 号 27 頁以下, 2 号 27 頁以下。又,わが法 と同 じく契約関係 の介在 によ り即座 に第三者追求 の切断 が語 れ ない フラ ンス法 にお いて,転用物訴権 が一般不 当利得 に吸収 されて い るの 時, クー ピッシュの言 うよ うに不 当利得体系の欠如 の故で はな く,得心 のい く現象 だ と言 え よ う。
なお, ドイツ民法典の成立前後 の転用物訴権 のあ り方,民法典の超革者が事務管 理 構 成 の一 環 と して も これ を 退 け た事 情 につ い て は, De t l e fK6ni g , Un‑
gerecht f e rt i gt eBe rei cherung ,Tat bes t andeund Ordnungsprobl emei n recht svergl ei chenderSi cht ,19 85,S.1 79 f f . を参照。 ところで ここで の コ ン テス トとの関連 で注 目 したいの は,ケ‑ニ ッヒの次の よ うな叙述で あ る。 即 ち,ケ‑
ニ ッヒは民法典 の立法者 ( 第一次委員会)が間接代理乃至事務処理関係 の一環 と し て も転用物訴権 を退 けた理 由 と して,相手方 ( Ⅹ) か ら本人 ( Y) に対 して直接請 求を認 めた場合 に生ず る複雑 な法律関係 と並んで,先履行 した者 ( Ⅹ)で も契約 の 清算 を契約相手方 ( 間接代理人 M) とだ け行 な うのが理 に適 って い るとい う思考 図式が存在 して いた と説 く。 そ して, こういった契約相手方 とだけの清算 とい う思 考図式 を具体化す る制度 と して,無因原則,無権利者 か らの善意 による権利取得 , 直接性 の要件 ( Unmi t t el barerf orderni s ) によ る不 当利得 の制 限 , 「自己の物 の 受領 ( suum re cepi t ) 」及 び転 用物訴権 の峻拒 をあげ る ,a.a. 0. ,S.1 84 。確 か に, ここで ケーニ ッヒの列挙す る法制度 は結果 的に契約外 の第三者 に対す る直接請 求 を退 ける点で は共通 してい る。 しか し,一方 で無因原則及 び直接性の要件 は当初 か ら給付関係 内 ( Ⅹ ・M ) に清算 を制限す る。 これ に対 して 「自己の物 の受領 ( su‑
um recepi t ) 」 は,Ⅹ の第三者 Y への直接請求 に対 して Y が M ・Y 間の契約関係 を抗弁 で きるとい う理論で あ る。だか ら,例 えば Ⅹ ・M 及 び M ・Y 問の契約が と
もに無効 な ら (いわゆる二重欠 映 ( Doppel mange l )で は この理論 で は Ⅹ の請求 を切 断で きな い ( K6ni g , Ungerec ht f ert i gt eBerei che rung,i n Gut acht en un ‑ d Vorschl age zur Ube rarbei t ung des Schul dr echt s , Bd. I r , 198 1, S.1 515 f f . ,S.158 3 参照) 。即 ち,第三者 ( Y) の権利取得 の有無 が 問題 とされ る。
言 うまで もな く善意取得 も同様 で あ る。 だか ら, これ等 の制度 も, Ⅹ ・M 間へ の 清算の 「 局 限」か,第三者 Y の権利取得 を介 しての Ⅹ の追求 の 「切断」か, とい
う点で実 は大 き く異 な ってい るのであ る。
建築請負人の債権担保に関する考察 109
ニ スイス法
‖ 建築請負人の法定抵当権立法の経緯 とその基礎 となる思考図式 1.( 1 ) 建築請負人 の法定抵 当権 ( geset z l i chesGrundpf andrecht )を認 め る現行民法典 ( Zi v i l g ・ es et zbuch‑ ZGB)が 1 91 2 年か ら施行 され るまで は,スイス法 は全国土 に適用 され る建築請負人の債権担保の為の特別な法規定 を持 っていなか った
1)。ただ フラ ンス法 ( ナポ レオ ン民法典)を継受 した地 域 ( 具体的には,Wal l i s , Tess i n , Genf の各州及 び BernerJura のカ ソ リッ
ク地域) で フラ ンス民法典 に倣 った建築請負人 の先取特権 が認 め られて い た
2) 。又,他 にチ ュー リッ ヒの171 5 年 の都市 ・ラ ン ト法 ( dasSt adt ‑ und Landes recht des Kant ons Zt i ri ch v om Jahre 171 5 ) は, 鍛 治 屋
( Schmi ed) ,車大工 ( Wagner) ,煉瓦職人 ( Zi egl er)の債権 に黙示の担保 権 によって破産法上の優先権 ( Li d 1 6 hne)を与えていた. しか し, 後者 は1 854 年 の私法典 ( daspri vat recht l i cheGeset zbuchγ om Jahre1 854 ) によ っ て廃止 され 3 ),前者 もフラ ンス法 の先取特権 と同様の欠陥 ( 後述)故 に全 く 実効性がなか った
4) 。現行 スイス民法典の基礎 となるチ ュー リッヒ州私法典
( Pri vat recht l i chesGes et zbuchf t i rdasKant onZt i r i c h1854 /1855 )の 起草者 ブル ンシュ リ ( JohannCasperBl unschl i )の草案で は建築請負人及 び材料供給者 に抵当権の請求権を与える規定が置かれていた。 しか し,チュー リッヒ州私法典の立法者 は, 「これによ り新たにこみ入 った争 いを生 じさせ る 可能性があるとい う危慎,及 び請負人の担保 は請負人 自身の努力に委ね る方が 法律で手当てす るよ りも優 る」 とい う評価の下にこの提案を退 けた 5
) 。1)Zobl ,a.a. 0. ,S. 2 4 , Rai ne rSc humac he r , DasBauhandwe r ke r pf and‑
r e c ht ,2 .Anf 1 .,1 9 8 2,Rdnr . 3 9 . なおスイス法に関して,本稿はそのほとんど をこの二つの文献に依拠 していることを記 しておくべきであろう。
2)Sc humac he r,a. a. 0. ,Rdnr . 39 . 3)Zobl ,a. a. 0. ,S. 2 4 .
4)Sc humac he r ,a. a. 0 ‥ Rdnr . 3 9 .
5) Sc humac he r,a. a. 0. ,Rdnr. 4 0 . なおこのスイスの立法者と, ドイツ民法典の
立法者が転用物訴権を退けた際の理由づけの近似性に注目。前掲一 荏( 1 7 ) 及び, Mo‑
110 商 学 討 究 第46巻 第 2 ・3号
( 2 ) ところが, こうした立法者の態度 に決定的な変化を もた らす契機 となった のが , 1 9 世紀末か ら 20 世紀初頭 にかけて ヨーロッパ特 に ドイツ, オース トリア, スイスに広が った建築詐欺 ( Baus c hwi nde l )であ った6
)0( 建築請負人の債 権担保 につ き網羅的な比較法的検討 に基づいて,スイス法の法定抵当権に立法 的検討を加えている)ツ オーブル ( Di e t e rZobl ) は,典型的な建築詐欺の例
として次の三つを挙げている7 )。
㈹無資力のワラ人形に投機家 ( Spe kul ant ) が更地を売却 して,更地価格をは るかに超える額の抵当権を設定す る。ワラ人形は請負人 と契約 し,建物完成後 逃亡。投機家 は抵当権を実行 して更地 +建物価値を回収す るが,請負人は請負 代金の弁済を受け られない。
( D) 無資力の土地所有者が建築資金の融資先を見つけて,更地に融資先の為に 抵当権を設定す る。その上で土地所有者 は請負人 と契約 して,建築進捗に応 じ て資金の交付を受 けるが,その資金を他の用途に流用 して逃亡す る
。融資先は 流用に気付いて も, これを問題 に しない。最終的には抵当権の実行により土地
・建物か ら充分に資金回収できるか らである。他方で請負人 は支払いを受け ら れない。
ぐ, ) 無資力の土地所有者が更地価格をはるかに上回る抵当権を土地に設定 し, 債務証券 ( Sc hul dbr i e f )を登記す る。その上で抵当証券を割 り引きで売 り出 し,請負人には全 く代金を支払わない。証券を善意取得 した者 は満額の満足を 土地 ・建物か ら受 けるが,請負人には土地所有者 に対す る債権的請求だけが残
される。
こういった建築詐欺の背景 となっているのは,産業化の進展 と都市への人 口 集中,その結果 もた らされた土地 ・住宅の不足であった。 しか も土地価格高騰
t i ve Ⅲ ,S.871‑873( 拙稿 「 多 当事者 間におけ る不 当利得法 の一考察一一j主文者 が動産所有者 でない場合 の請負人 の法 的地位‑ 」北法 36 巻 5 ・6 号 1 45 頁以下,1 7 8 頁注( 5 0 ) に訳 出)を参照。
6)Zobl ,a. a. 0. ,S. 3 1 f . ,Sc humac he r ,a. a. 0. ,Rdnr .7 f f .
7)Zobl ,a.a.0.,S.32 f .
建築請負人の債権担保 に関す る考察 1 1 1 の為土地を入手 した者 も建築資金が不足 した ことも,建築詐欺 に拍車をかけ た
8)。ツオーブルは,立法者を建築請負人の法定抵 当権‑ と踏み切 らせた当 時の事情を次のよ うに分析 している 。 ( イ) まず建築詐欺 によ り建築に関与 した請 負人等の建築債権者の困窮 ( Baug l 畠 . ubi ge rnot )が もた らされた。先行抵 当 によって建物の建築 された土地の担保価値は吸いっ くされ,建築債権者 には注 文者に対す る事実上回収不能の債権が残 されるだけだか らである。加えて ,( 。) 当時の注文者の支払いのモラルが低いことも問題を深刻化 させた。支払いは現 金ではな く,事実上無価値の有価証券,手形で行われたり,支払期 日が長期に わたる。又,仕事の畷痕に関す る苦情 (しば しば虚言)が申 し立て られ,不当 に支払いが遅延す ることもある。さらに建築詐欺の時代 には,元 々資金不足の 建築主が建築を企てた。又下請人 との関係では,注文者が元請人に満額弁済 し て も,元請人 は自己の受注額の20‑30 パーセ ン トを ピンハネ して下請 に供 した 上, しか もそれす ら充分な支払いを しないことが しば しばであった。い) 安易な 不動産信用の供与 も問題であった。1 9 世紀末 には銀行 は資金過剰で,安易な信 用供与 に走 る傾向にあった。 しか も建築主の土地‑の抵当か ら確実に資金回収 で きるので,供与 した資金が実際に建築の為に用い られているか否か ( 請負人 等 に弁済 されているかどうか)を問題 とせず,建築進行 とともに資金が交付 さ れた。( ⇒その結果 もた らされた建築債権者の困窮 は注文者か ら支払いを受けら れなか った元請人のみな らず,連鎖的に多方面 に広が った。まず零細手工業者 である下請人が破産に陥 り,建築家 ( Archi t ekt ),材料供給者 ( Li e f erant )
も請負人 に信用供与せ ざるを得 ない為 や は り損失 を被 る。下請等 の労働者 ( Arbei t er) は失業 し ,1 9 世紀の社会保障の不充分 さ故 に,その困窮 は非常 に苛酷な ものであった。 さらに建築産業従事者のみな らず,新築 された建物の 賃借人 も被害者であった。請負人 は回収不能 となるリスクを計算 に入れて請負 代金を高額に設定 し, しか も粗雑な建物を建て るか ら,賃借人 は粗悪な建物に 高額な賃料を払 って居住す る結果 となる。さらに,一方で詐欺的な投機で財を
8) Zobl ,a.a. 0. ,S. 3 3 .
112 商 学 討 究 第 46 巻 第 2 ・3 号
成す者 と他方零落す る者 との コ ン トラス トが,社会全体 のモ ラルの低下 を招 い た
9), とい うので あ る。
( 3) 以上 の よ うな建築詐欺 ,建築債権者 の困窮 を招 いた法制度上 の欠陥 は,逮 物 の土地 へ の付合 とい う添付原則 ( Akzessi onspri nzi p) 及 び請負人 の先履 行義務 ( Vorl ei st ungspf l i cht ) に由来 す る
10)。即 ち,請負人 は建築材料 の所 有権 を合意 によ ってで はな く,建築物 の土地への付合故 に失 う。材料 の所有権 留保 も契約解除 による材料 の返還 も土地への付合 の結果意味が ない し
ll),又給 付 した労働 の返還 は始 めか ら不可能であ る。他方請負人 の損失 によ り,第一次 的 に は土地所 有者 ,実 際 に は建物 によ り担保価値 の増 大 した土 地 の抵 当権者 が, ( 抵 当権 を実行 して仮 に競売代金 に剰余 が あれ ば)第二 次的 には請負人 と
ともに土地売却代金か ら按分比例で弁済 を受 ける一般債権者が利益 を受 けるこ ととな る。 さ らに請負人 は引渡 と同時 に代金支払 を受 ける ( Art . 37 2 IOR‑
Obl i gat i onenrecht )
12)前 に,仕事 を完成 させ るとい う先履行義務 を負 ってい る。確か に同条 は任意規定で あ り,請負人が注文者 に対 して先履行 ,担保供与 を要求す ることは観念的 には可能で あ る
。しか し,それが実現可能 か は競争市 場 の状況 にかか ってお り,実際上 は不可能 であ る
。結局,請負人 は建築 の進捗 とともに,土地所有者 た る注文者‑の信用供与 を強い られ ることとな る。 この よ うに先履行義務 によ り信用供与 を強い られ,他 の 自助 的な手段 も欠如 してい
9)Zobl ,a.a.0.,S. 31 f f .
10 ) Zobl ,a.a.0.,S. 27 f f ‥ Schumache r,a.a.0.,Rdnr.55 f f .
ll )それ故に,かつて材料への所有権留保の効力を認めようという提案 もなされた。負 体的には ,( a ) 執行段階で留保所有権に優先弁済効を与える ,( b) 収去権を認める,と
いう方法であったが,前者は抵当信用を害 し,後者は注文者,請負人の双方の利益 に反する, しかもいずれも物権法秩序に対する正面か らの挑戦である。又,労務の 担保は不可能,とツオーブルは評 している 。Zobl ,a.a. 0. ,S. 46 f .
1 2 ) 但 し,スイス技師 ・建築家協会 ( Schwei zeri scherl nge ni er‑undArchi t ek‑
t e n‑Verei n‑SI A)の定 める約款,SI A‑Norm 11 8 ( Al l gemei neBedi n‑
gungenf t i rBauarbei t en)は,建築契約の内容に応 じて個別に分割払いを定め
ている。請負人の先履行義務及 び同上の規定 については ,Pet erGauch , Der
Werkvert rdg,3.Auf 1 .,19 85,Rd
nr.7 87f f . を参照。もちろん,これで問題が
解決を見る訳ではないのは,わが国と同様である。
建築請負人 の債権担保 に関す る考察 113 る
13)建築請負人を救済 し,土地への建物の付合の結果請負人の給付か ら土地抵 当権者が利得す ることを防止す るのが,建築請負人の法定抵当権の 目的であっ
た 14)
。
2. 以上のよ うな経緯 と考慮 に基づ き ,1 8 9 8 年の フーバ ー( Euge nHube r) の民法草案には建築請負人保護の規定が置かれた。但 し,同草案ではその詳細 は特別 の施行法 に重ね られていたが,1 90 0 年の司法 ・警察局合 同の準備草案 ( DerVor e nt wur fde sEi dg.Jus t i z ‑ undPol i z e i depart me nt esvom 1 5 . November 1 90 0 ) で は 直 接 に民 法 典 で 規 律 が 与 え られ, 現 行 民 法 典
( Schwe i z er i s chesZi vi l ges e t z buchv om 1 0 .Dez ember1 907
‑ZGB)
‑ と結実 した1 5 ) 。まず民法典の当該条文を一括 して掲げてお くのが便宜であろ
う 。
ZGBArt .837 法定抵当権の登記請求 は左の場合に発生す る。
1 号 ( 不動産売主),2 号 ( 共同相続人,共有者)( 略)
3 号 建物又 は土地工作物 に材料 ・労務又 は労務だけを給付 した手工業者 ( Handwe rke r )又 は請負人 ( Unt e rne hmer )の債権 は,その土地 につ い て。手工業者又は請負人の債務者が土地所有者で も請負人で も同様である。
②法定抵当権 は予め放棄で きない。
ZGB Art . 839 手工業者乃至請負人の抵当権 は,手工業者乃至請負人が労 務の給付義務を負 った時か ら登記できる。
② 〔 抵当権 は〕 遅 くとも仕事完了後三 カ月以 内に登記 されな くてはな らない。
1 3 ) 請負人の 自助努力の方法 としてツオーブルは,( j) 資力のある注文者 とだけ契約す る か,担保供与を求める。桓) 建築請負人 は集団的に不払 いの危険に対処す る。例えば 保険制度を創設す る。 ぐ, ) 先行抵当を詐害行為 によ り取 り消す,とい う可能性を示 し, そのいずれ も実効性がないと言 う。何故な ら,請負人 にとって注文者の資力を調査
し, しか も担保供与を求めるのは競争市場下で不可能,危険が余 りに大 きいと保険 は機能 しない。詐害行為取消権は一般債権者の為の制度であ り請負人保護の目的に 合致 しない,か らである 。Zob l ,a. a. 0. ,S. 4 4 f .
1 4 )Zob l ,a. a. 0. ,S. 2 7 f f . なおツオーブルはここで,請負人の法定抵当権以外の行 政的 ・刑罰的措置 も含めた手段を検討 し,結論 として法定抵当権が最 も妥当な債権 担保手段であると評 している。
1 5 )Sc humac he r,a. a. 0. ,Rdnr . 4 2 .
114 商 学 討 究 第 46 巻 第 2 ・3 号
③登記 は土地所有者が債権を承認す るか裁判上債権が確定 したときにだけ可 能であ り,かっ土地所有者が登録 された債権に充分な担保を供与 したときには 登記請求で きない
。ZGB Art . 8 40 手工業者乃至請負人の法定抵当権が複数登記 されたときは, その登記の 日イ寸の先後 にかかわ らず,抵 当権実行の際 は同順位の請求権を持
つ 。