損害保険会社の 保険料の過徴収問題 についての一考察
⎜⎜ 募集教育の再考 ⎜⎜
濱 田 裕 介
■アブストラクト
損害保険会社の 保険料の過徴収問題 は,特定の損害保険会社でたまた ま発生した問題ではなく, 保険自由化 から始まった保険商品の多様化,
複雑化,そして過当な効率化競争や販売競争が引き起こした損害保険業界全 体が関係する事態として社会に受け取られ,その結果,各社は,抜本的な募 集業務の改善および保険商品の改定,簡素化に取り組むことになった。
しかし,損害保険契約の入口で発生した 保険料の過徴収問題 について は,その要因としてあげられる募集態勢や保険商品の問題の発生源が,損害 保険会社が,その保険事業者としての特性ゆえに,保険の募集に携わる者に 対して実施してきたこれまでの募集教育にあるのではないかと考えられる。
本稿では,損害保険会社の 保険料の過徴収問題 の要因発生源としての 募集教育について再考し,本来そこから培われるべき募集倫理と,そのある べき姿について考える。
■キーワード
募集教育,募集倫理
*平成19年3月19日の関東部会報告による。
/平成20年3月3日原稿受領。
1. 保険料の過徴収問題 の発覚
保険料の過徴収問題 は,最初は,ある特定の損害保険会社が自主的に,
自動車保険,火災保険,傷害保険など,過去5年間で25万件,約4,000万円を 超える保険料の取りすぎがあったと発表 したことに端を発したものである。
さらに,翌2006年10月には,約定の保険金額が保険価額を超えている 超 過保険 状態での保険契約に対して支払っている保険料を, ムダ払い と 報じられた 。しかし,この超過保険に関する過徴収問題については,商法 第631条に規定する超過保険の保険価額を超過する部分についての無効が,
損害保険契約の射倖性に因るその道徳的危険の予防の観点からにしても,保 険給付の不正取得を目的とする場合を除いては,当然に無効であるというこ とは妥当ではないとされており,それは,保険実務においても,超過保険の 判断は契約締結時では行なわれず,事故発生時における保険価額と保険金額 との関係で判断されることが実態となっていることから考えると,これを理 由とする 過徴収問題 は,実際には超過保険の問題ではなく,既存契約の 場合,通常,年に1回は行なわれる保険契約の更改時において,適切な保険 価額の算出,提示が行なわれてこなかったこと,および,罹災時の保険金の 支払いにおいては,保険金額とその時の保険価額との割合が関係するという 火災保険契約における最も基本的な保険金算出の部分について,保険募集人 が保険契約者に対して,適切な説明を怠ってきたという,保険契約者保護の 観点からみる募集体質の問題点がその真の姿であると捉えるべきである。
続いて,同年12月には,一般の木造住宅に比べて耐火性に優れた構造(準
1) 2005年2月11日 日本経済新聞 このとき,保険金の未払い(約1億2,000 万円)についてもあわせて報じられた。
2) 大森忠夫 保険法 (補訂版)1994年pp.103‑107,山下友信 保険法 2005 年pp.394‑396,西島梅治 保険法 (第二版)1983年pp.185‑186,田辺康平・
石田満・棚田良平・戸出正夫 註釈 火災保険普通保険約款 1976年pp.147‑
149。
3) 2006年10月30日 朝日新聞。
耐火構造)となっていることで,1999年から割安な保険料率の適用が可能と なっていた2×4(ツーバイフォー)住宅に対して,割引を適用せずに従来 の木造住宅の料率を適用して保険料を徴収していたことも報道された。
これら一連の過徴収の問題は,これ以前に発覚していた, 保険金未払 い・不払い問題 とあわせて,損害保険業界全体の問題として大きくクロー ズアップされることとなり ,この事態を重くみた金融庁は同月20日に,当 時,火災保険を引き受けていた損害保険会社30社に対して,火災保険の適切 な募集態勢を確認する観点から,この過徴収の問題についての調査を要請す るに至った 。
2. 保険料の過徴収問題 の要因
この 徴収してはいけないものを保険料として徴収してしまった 問題の 要因には,1994年の日米経済包括協議の保険分野合意から,1996年の改正保 険業法施行,1998年の算定会料率遵守義務廃止へと続く,いわゆる 保険自 由化 以降から本格化した,損害保険料率の細分化や膨大に開発された特約 による保険商品の多様化,複雑化,そしてそれに伴って発生する度重なる保 険商品の改定に対して,その募集にあたる代理店の指導,教育を受け持つ損
4) 2007年3月末の段階では,中間調査として,大手6社で57億円の火災保険料 の取りすぎが判明した。2007年3月31日 日本経済新聞
5) 金融庁は, 火災保険の適正な募集態勢等にかかる点検の要請について と 題して,以下の事項について調査を要請している。
①火災保険について,保険会社向けの総合的な監督指針Ⅱー3−3−5に規定 する適正な損害保険募集態勢,Ⅱ−3−3−6に規定する損害保険契約の締結 及び保険募集のうち,代理店等に対する指導態勢及び顧客への説明態勢が整備 されているか,その結果,適正な保険料が算出されているかどうかについての 点検,②上記①にかかる点検について,その対象範囲,点検方法,点検未了予 定時期について当課あてに報告,③効果的な再発防止策の策定・実施,④顧客 への適切な対応。
また,平成19事務年度保険会社等向け監督方針(2007年11月19日 金融庁)
の中では,火災保険料等の過徴収への対応として,保険料率適用の適正化等の 状況について検証することが盛り込まれている。
害保険会社の社員が,保険商品に対する十分な知識の習得が不十分な状況で,
販売促進活動に多大に時間を費やされ,その結果,本来の業務である募集人 の指導と教育に必要な時間をとれなかったことが挙げられる。また,保険会 社としての適正な組織態勢という点では,火災保険で言えば,保険の目的物 である建物の構造級別のチェックおよびそれに基づく料率検証態勢の整備が 後追いとなったことも大きな要因であろう。つまり,このことは,新しい保 険商品,特約の開発や募集活動(発売に向けてのプロモーションも含む。)
に比べて,損害保険会社が適正な募集態勢の確保のために,代理店とその代 理店を指導する側の社員に対して行わなければならなかった商品内容と募集 ルールの研修,指導といった業務を,そして,新しい保険商品の開発,募集 が起これば,当然のごとく発生する新しい保険事務オペレーションの構築を,
軽視していたといわざるを得ない。また,商品が多様化,複雑化すれば,こ れまで以上に必要となるシステムにおける管理態勢も販売促進活動と歩調を 合わせているとはいえなかった。
図表1は,火災保険料を過徴収していた代表的な契約例を挙げている。
2007年3月末当時,ある大手損害保険会社では,本来M構造の料率適用物 件であるマンション住居に対してA構造の料率を適用し,保険料の返戻対象 となったものが,調査点検対象物件の90%を超え,結局,この時期,大手6
図表1
火災保険料を過徴収していた契約例
・建物の外壁全面にALC版(軽量気泡コンクリ ート)を使用している木造建物の契約
・2×4(ツーバイフォー)住宅の構造級別誤り または割引の適用漏れの契約
・マンション住居のM構造料率適用漏れの契約
・説明もなく、何年間も保険価額を超えた保険金 額を設定している火災保険契約
社が行った構造級別誤りや保険金額の修正による返戻対象物件は,全調査対 象物件の約60%に達していたことが判明した 。
3. 損害保険料の過徴収問題 の背景
確率論と契約を基礎とする合理的なリスク処理方法 である損害保険制度 を損害保険契約の引き受けを通じて運営する損害保険会社は,多数の加入者 から徴収した保険料を管理・運用し,家計や企業の経済生活を脅かす保険事 故の発生に際して,契約内容に基づき,確実に保険契約者または被保険者に 対して保険金の支払をすべきこと が,保険事業を営む者としての存在価値 である。したがって,取扱う保険商品の契約内容および事業の健全な運営,
とりわけ,募集態勢についての適否が,保険契約者のみならず,国民経済全 般の利害に影響するところが非常に大きいことから,損害保険契約の内容や 損害保険会社の経営状況について,詳しい情報を持つことが容易でない一般 の保険契約者(主として,個人消費者)も過度の心配をすることなく保険契 約の締結をすることができるようにするため,その事業を営む企業は,内閣 総理大臣の免許を受けなければならない とされている。
このように損害保険会社は,一私企業でありながらも,その主たる債権者 が,一般消費者であり,かつ,その生活の経済的安定に対する寄与度が他の 業種に比べて大きいという公共的・社会的存在感の強い業種であるという位 置付けから,計らずとも発生した 保険料の過徴収問題 に対する収拾策
6) 2007年3月末時点では,大手6社各社の社内調査の報告から,調査対象件数 約18万件に対して,保険料の返戻が必要な件数が10万7千件を超えていた。
7) 田村祐一郎 掛け捨て嫌いの保険思想 2006年p.19。
8) 大森・前掲p.315。
9) 保険業法第3条第1項,この保険事業の免許制についての例外として,2005 年の保険業法の改正で,内閣総理大臣の登録によって保険事業が行なうことが できる少額短期保険業(第272条第1項)が創設されている。
10) 損害保険会社各社は,保険料の返戻が必要な契約について,契約データが確 認できる過去に遡り,その返戻手続きを進めている。
をすみやかに実行し,再発防止策 を策定しなければならないことはいうま でもない。しかし,その再発防止策を真に効果のあるものにするためには,
この問題の背景にあるもの,つまり要因の発生源を見つめ直して,策定され る再発防止策を実行に移す者の意識の中に確実に留め置く必要があると考え る。そして,ここで留意しなければならない重要な背景には,損害保険会社 が有する保険事業者としての特性と,損害保険業界における一過性の現象と が合流した結果,実施されてきたこれまでの募集教育がある。
⑴ 一過性の現象
損害保険業界における一過性の現象としては,保険の自由化への枠組みを 規定した1996年の改正保険業法の施行,1998年の算定会料率遵守義務の廃止,
料率の弾力化,商品認可手続きの簡素化,第三分野など事業領域の拡大,コ ンプライアンスの旗印のもと 自己責任 ・ 事後チェック型 監督行政への 転換,そして業界再編(保険会社の合併等)など,全面的な 自由化 ・ 規 制緩和 から生じた商品開発競争と保険料率競争の基盤として,事業の効率 化競争=事業比率の低減化に各社が一斉に突入し,その結果,販売競争に偏 向していったことが挙げられる 。
11) 損害保険会社各社は,2007年4月より,それまでの重要事項の説明書類(契 約概要・注意喚起情報)とあわせて金融庁の監督指針の一部改正に基づいて,
保険商品が顧客のニーズに合致しているかどうかを契約時に確認する 意向確 認書面 の制度を導入し,募集ルールの再整備に取り組んでいる。
12) 1992年の保険審議会答申 新しい保険事業の在り方 でも自己責任の下で,
適正な競争の促進と事業の効率化の要請が謳われていおり,事業の効率化につ いては以前からも本格的に取り組んでいたことではあるが,本答申によって骨 子が決定し成立をみた改正保険業法(1996年施行)がもたらした自由化以降の それは,募集現場との結びつきが直接的になったという点で激甚なものであっ たと考える。
図表2は,1996年の改正保険業法施行から10年間の募集活動の結果(火災 保険関係を中心)および,それに影響をあたえたと思われる主な数値を比較 したものである。
この図表内の数値は,事業の効率化競争=事業比率の低減化について,次 のことを示している。
①元受保険金額(比較項目1)は,18%増加しているが,元受正味保険料
(比較項目2)は,5.8%減少している。これを保険料率に単純に置き換 えると,約20%の保険料率の引き下げが起こっているといえる 。これ は,契約1件あたりの保険料と代理店手数料単価に大きな影響を及ぼし 図表2
比較項目 割合(ロ/イ) 1996年度 2006年度 1 元受保険金額(火災保険)
※地震保険除く 118.0% 622,156,750 734,451,323 2 元受正味保険料(火災保険)
※地震保険・収入積立保険料除く 94.2% 1,135,521 1,070,095 3 保険引受事業費(火災保険)
※地震保険除く 76.8% 535,449 411,117 4 手数料及び集金費(火災保険)
※地震保険除く 94.4% 241,038 227,606 5 従業員数 74.2% 114,358 84,845 6 人件費 78.3% 1,037,244 812,219 7 代理店数 40.7% 623,741 253,810 8 募集従事者数 168.0% 1,181,865 1,986,035
※比較項目1〜6は,インシュランス損保統計号より,7,8は損害保険ファク トブックより作成
※比較項目1〜4,6の単位:百万,5,8の単位:人,7の単位:店
※比較項目3は,諸手数料及び集金費+保険引受に係る営業費及び一般管理費を いう。
13) 簡易的に,次のように計算した。{2006年度数値(1,070,095÷734,451,323)÷
1996年度数値(1,135,521÷622,156,750)}−1 ‑0.202
ている。
②保険引受事業費(比較項目3)が23.2
%減少しているのに対して,その
数値の中に含まれている手数料及び集金費(比較項目4)は,5.6%の
減少に留まっている。これは,事業費削減の対象が代理店手数料(率)よりも保険会社の社費にあったことを示している。少なくとも火災保険 における代理店手数料率は1996年度,2006年度も共に単純計算{(比較 項目4÷比較項目2)×100}で約21.2
%である 。
③従業員数(比較項目5)および人件費(比較項目6)の減少は,それぞ れ25.8
%,21.7 %と,それぞれ20%を超えており,効率化競争を象徴し
ている。④代理店数(比較項目7)は,実数で369,931店,59.3
%の減少に対して
(生命保険募集人の影響を受けていない1995年度との比較でも実数で 222,407店,46.7
%の減少),募集従事者数(比較項目8)は,実数で
804,170人,68%増加している 。この大幅な募集従事者の増加要因と
しては,代理店の大型化 や2001年4月の銀行による保険募集の解禁が 14) 2001年3月末でそれまでの 損害保険代理店制度 (種別制度・個人資格制 度)は廃止され,4月から損害保険会社各社別の代理店制度が開始されたと同 時に,手数料体系も各社一律から各社別に変わったが,損害保険会社各社は,代理店手数料総額の減額という直接的なコスト低減ではなく,その配分方法の 見直しにより 会社側が負担する代理店管理コストの低減に,より重点を置い たと思われる。
15) 代理店数については,1996年改正の保険業法施行により,生命保険会社の子 会社方式による損害保険業への参入が解禁されたことで,生命保険募集人が 個々に代理店登録を行なったため,前年度から約147,000店の増加があった。
しかし,2000年8月に金融庁から,保険業法第98条に規定されていた保険会社 による他の保険会社の 業務・事務の代行 の範囲を明確化する方針が示され,
2001年3月に保険業法施行規則が改正されたことで,生命保険会社が本体で損 害保険会社の代理店となることができるようになり,個々に代理店登録をして いた生命保険募集人が廃止され,代理店となった所属生命保険会社の使用人と なったため,2000年度から2001年度にかけて代理店数は約164,000店減少して いる。
16) 代理店を法人組織で行なう者は,1996年度は全体の21.9%であったのに対し
影響していると思われる。
これらの比較項目から,損害保険会社は,自由化・規制緩和進展の下,価 格競争力を維持するための事業比率の引き下げ競争を行い,それに反して既 存の大型な代理店,また,銀行をはじめとする新しく有力な代理店を確保す るために代理店手数料率については自由化以前の水準に近い数値を継続して きたことがわかる。そして,それら大型で,募集従事者を多数かかえる代理 店の管理や営業推進にこれまでより,いっそう少ない社員で対応するため,
代理店網の再構築に着手してきた。
しかし,代理店側も手数料率は維持されているとはいえ,保険料率の引き 下げによって,手数料実額の減少は避けられず,事業継続のため,保険会社 と同様に,効率化の徹底と過当な販売競争を強いられていたことが予想され る。
また,図表3は,生損保相互乗り入れ解禁時,1996年の生命保険一般課程 試験合格者を,在籍する所属保険会社の属性別(母体となる親保険企業)に みたものであるが,規制緩和の目玉ともいえる子会社方式による生損相互乗 り入れで,生保子会社を設立した損害保険会社の営業現場は,商品ラインに
て,2006年度は,45.7%となっている。損害保険ファクトブックより。
図表3生命保険一般課程試験合格者数(1996年度)
会社属性 人数
人
構成比
% 既存生命保険会社(内国会社) 196,432 75.7% 既存生命保険会社(外国会社) 7,463 2.9% 損保系生命保険会社 55,521 21.4% 全社計 259,416 100.0%
※INAひまわり社分については,当時の大手損保社 との関係から,損保系生命保険会社の人数に算入
※インシュアランス生命保険統計号より作成
生命保険が追加され,営業現場ではいっそう販売競争に偏向していったと思 われる。
⑵ 損害保険会社が有する保険事業者としての特性
自由化と規制緩和による,料率の自由化が引き起こしたといわれている過 当な販売競争が 保険料の過徴収問題 を引き起こした要因の最大の発生源 とする考え方もあるようだが,筆者は一過性の現象と考えている。
1879年の東京海上保険会社,また1887年の東京火災保険会社の設立から始 まる日本の近代的保険事業の100年以上にわたる歴史の間には,日清戦争後 の保険需要の増大に呼応するように濫立された保険会社による激しい料率競 争と経営基盤の薄弱化による社会的弊害,第一次世界対戦を契機とした各種 産業の進展による火災保険契約高の増加と料率競争,関東大震災後の業績回 復を急ぐあまりの保険料の割引,代理店手数料および紹介人手数料の規定以 上の支給や当時制限されていた代理店の規定数以上の設置に対する違反行為,
そして第二次世界対戦直後から昭和22年初めにかけて,代理店による保険料 増収のために行なわれた危険の選択を無視した不健全な募集や超過保険の募 集の誘発 など,損害保険会社と過当な販売競争の問題は,損害保険史上も 起こっては消えてを繰り返し,今回の自由化・規制緩和に始まったことでは ない 。
そのように考えると,損害保険会社と過当な販売競争との関係は,損害保 険会社が有する保険事業者としての本来の特性(行動原理)であるといえる のではないか。
17) 終戦直後のこのような状況から,保険募集においても法律上の規制が必要で あるとされ, 保険募集の取り締まりに関する法律 (募取法)が,1948年7月 に制定された。鴻常夫監修 保険募集の取り締まりに関する法律コンメンター ル p.6。塙善多 損害保険代理店100年の歩みと今後の展望 1981年pp.132‑
133。
18) 塙善多 損害保険代理店100年の歩みと今後の展望 1981年pp.127‑128。
東京海上火災保険 損害保険実務講座第1巻 1983年pp.298‑309。
損害保険会社は,積極的な需要を生み出しにくい弱需要性という特性をも つ将来財としての保険サービスの提供を事業とする。それでも,保険はその 技術的基礎から,等質な保険契約を大量かつ広範囲に保有する ことにより
(保険経営の3大原則),大数の法則がより働き経営の安定につながり,また,
弱需要性という保険需要は,保険企業側の販売努力に依存する度合いが高い ことで,自ずと保険企業側は積極的な販売活動を展開し,ときに過当ともい える競争を繰り広げることになる 。さらに,1951年の 損害保険料率算出 団体に関する法律 の一部改正を機に,一定の共同行為について,独占禁止 法の適用が除外され(海上保険事業は全面的な共同行為に対しても除外),
いわゆる護送船団体制が確立されたことで,基本的に価格競争のなくなった わが国の損害保険市場では,大量販売と大量広告を中心とする事業戦略 を して,規模の拡大行動に偏向しやすい状況が長く続いたことも,過当な販売 競争に陥りやすい事業者としての特性をさらに形成したといえる。
⑶ これまでの募集教育の問題点
損害保険会社の販売競争に偏向しやすい特性は,その募集活動において中 心的な役割を果たす代理店とその指導・教育を担当する営業現場の社員に対 する募集教育においても強い影響力を及ぼしてきた。
損害保険各社は,消費者の利益となるような質の高い販売網を構築するこ とにより,販売競争で優位な位置を確保することが,保険経営上の最も重要 な施策であるはずが,実際には,販売競争に偏向しやすい特性に強く引っ張 られるかたちで,保険需要に関係のない拡販キャンペーンを頻繁に行うこと や代理店の濫立に代表される質的向上または改善とは無縁の行動をとること が常態化してきた。そして質の向上を図る上で最も重要な募集教育において
19) 亀井利明 保険総論 2005年pp.174‑175。
20) 水島一也 保険の競争 理 論 1967年pp.4‑9,庭 田 範 秋 編 保 険 経 営 学 1992年pp.7‑9,pp.53‑59。
21) 庭田・前掲p.54。
は,損害保険契約の引き受けによって保険制度を確立する損害保険会社の社 会的存在意義について学習するといったことは,直接の販売促進に結びつか ないことからほとんど行なわれず,その時々に開発される保険商品の売り方 や保険料の計算手順,販売促進奨励策の企画,競争相手の損害保険会社の代 理店に対する委託活動,そして,それと矛盾する自社代理店の専属化推進に 関することに埋没してきた。
ただし,損害保険会社は,保険業法第100条の2(業務運営に関する措置)
の規定 に則り,健全かつ適切な保険事業運営を図るために募集教育におい てもその中心にコンプライアンス態勢の確立のためのプログラムは盛り込ん でいた 。しかし,その実効性は,営業現場が保険業法第300条(保険契約 の締結又は保険募集に関する禁止行為)に抵触したり,金融商品販売法や消 費者契約法を遵守せずに募集行為を行い,減点評価をうけることで被る,自 社に対する罰則の回避 と募集機会の喪失防止 という 防御的側面 が中 心となっていた。
4.募集教育の再考
保険料の過徴収問題 について,その再発防止策の有効性・実効性を保 障するための募集教育をどのように考え,体系構築しなければならないであ ろうか。当然,前述したこれまでの 防御的側面 が中心のコンプライアン ス教育も必要であることに疑義はないが,果たしてそれで,または,それを
22) この規定は,1998年改正において,保険会社の業務に関する規定の拡充と併 せて設けられ,具体的な業務運営に関する規制を定める法律上の根拠となって いる。当初は, 重要な事項の顧客への説明 のみであったが,2005年の改正 において, 顧客に関する情報の適切な取扱い と 業務を第三者に委託する 場合 が付け加えられた。
23) 保険業法第100条の2を受けて,損害保険会社の講じなければならない措置 の一つとして,規則第53条第1項第9号は, 公正な保険募集を行う能力の向 上を図るための措置 を規定している。
24) 保険業法第132条第1項(業務の停止等)
25) 保険業法第306条(業務改善命令),保険業法第307条(登録の取消し等)
一歩深く取り組むことで再発防止がはかれるのか。
現在,募集に関する技術的側面は,消費者とのアクセスの面においては,
インターネットや携帯電話,または電子ペンの活用によるペーパーレス化な ど情報通信技術の急速な進展により多様性・効率性・利便性の向上がみられ,
募集結果を管理する部分においても,今回の過徴収問題の反省をふまえ,各 社はシステムの再構築をすすめ信頼性向上も図れるにちがいない。しかし,
募集行為を行うのは,一人一人の人間である以上,どんなに募集技術やシス テム制御が進歩しようとも問題になるのは募集人の意識=倫理観=募集人と してのあるべき姿である。
保険契約は,きわめて古くから 善意の契約 , 最大善意の契約 または,
信義誠実の上に成立つ契約 であるといわれてきた。この 善意契約性 の問題は,射倖契約的構造を有するが故に,賭博的行為や詐欺行為に悪用さ れやすい保険契約が公序良俗に反しないものとして社会に認知され続けるた めに,また,保険制度の合理的な運営のための,保険契約当事者間での情報 の非対称性軽減のために,いつの時代も極めて重要なことである 。そして この善意契約性は,保険者側からみると,健全な事業運営により,損害が発 生した場合の補償を,大多数の善意の契約者に対して的確に保障すること,
つまり運営する保険制度に対しての安心感をあたえ続けることにあり,その 担い手は,やはり募集行為を行う者である。
これからの募集教育は,募集行為を行う者に対して,保険知識の習得や募 集規制の確認 と比重を同じく,保険制度の社会的意義とその担い手である という認識について自覚できる内容を盛り込んでいく必要がある。そして,
募集人を指導,管理する側である損害保険会社は,油断すれば,保険事業者 であるが故の販売促進活動への偏向が,何らかの現象や時代の潮流の中で発
26) 大森忠夫 保険契約の法的構造 1961年pp.175‑176。
27) 日本損害保険協会では,最新の業務知識の理解度を定期的に検証するため,
2008年度から募集人試験に5年ごとの更新制度を導入することを決定した。し かし,約200万人の既存の募集人に等しく受験させるため,2013年5月末まで の経過措置期間を設けて対応する。
生しやすいということを自覚し,販売促進活動と募集教育との均衡が崩れな いように,その遂行状況を観察することが望まれる。
損害保険会社も,資本主義経済社会における私企業であるかぎり,第一義 的には利益をあげることで社会の要求・期待に応えていくことに違いはない と思う。しかし,経済生活の連続性を保障するという損害保険制度の運営者 たる損害保険会社は,やはり,他の業種以上に社会の利害や正義を有する=
公共性を有する企業である。これは,コンプライアンスという言葉が本来も っている 要求・期待に応える という視点からみれば,損害保険会社のコ ンプライアンス遵守態勢とは,株主・債権者(主として保険契約者等)・社 員・取引先等の利害関係者に対して,公共性が確保されていることを保障す ることでもある。このことは, 企業は,単に利潤を追求するのみではなく,
社会や環境との折り合いをつけていくことにより,ステークホルダーズの要 求・期待に応えていかなければならない。そうすることが,社会の信頼・信 用を得ることにつながり,持続的成長を可能にする。 という企業倫理
(BusinessEthics)に基づく 。そして,募集教育の現場には,このことを,
損害保険サービス提供の担い手である募集人に対して深く浸透させていくこ とで,募集倫理 (
SalesEthics
) の確立と定着化を図っていく使命がある。5.おわりに
保険料の過徴収問題 は,損害保険会社の企業体質,とりわけ,募集体 質に大きな問題を投げかけたが,損害保険業は,その果たす社会的役割を考 えれば淘汰などどいったことがいわれてはいけない産業である。
損害保険会社には,新しい募集教育により,保険制度に対する基礎知識と 募集倫理を身につけた損害保険の専門家たる募集人が,消費者(保険契約 者)と保険者との法的商契約の締結を,より責任をもって行う適切な募集態 勢の構築が望まれる。
(筆者はエイチ・エス損害保険株式会社勤務) 28) 大塚和成編著 企業コンプライアンス態勢のすべて 2007年p.13。