国際会計基準公開草案 保険契約 に おける保険契約の測定および表示
佐 藤 元 彦
■アブストラクト
2010年7月にIASBから公表されたED 保険契約 では,保険負債の測 定および表示について重要な提案がなされている。本稿は2007年5月に公表 されたDP 保険契約に関する予備的見解 からEDに至るまでのIASBに おける保険負債の測定および表示についての検討を跡付け,保険負債の測定 において初期利益を認めるべきではないこと,保険負債の測定に際し不履行 リスクを含めて考えるべきではないこと,OCIを活用して保険負債の変動 を2つの利益に分けて表示すべきこと等を考察するものである。
■キーワード
初期利益,不履行リスク,OCI(その他包括利益)
1.国際会計基準における保険負債の公開草案の公表
2010年 7 月,国 際 会 計 基 準 の 設 定 団 体 で あ る 国 際 会 計 基 準 審 議 会
*平成22年6月18日の日本保険学会関東部会報告による。
/平成22年12月24日原稿受領。
1) 国 際 会 計 基 準 に は,IASBが 策 定 す る 国 際 財 務 報 告 基 準(International
Financial Reporting Standards, IFRS)と,IASB
の前身である国際会計基 準委員会(International Accounting Standards Committee, IASC)が策定 した国際会計基準(International Accounting Standards, IAS)があるが,日本では一般的に両方を合わせたものを国際会計基準と呼び倣わしており,本 稿でも
IFRS
とIAS
を合わせたものとして, 国際会計基準 という用語を使 用させていただく。(International Accounting Standards Board, IASB)が公開草案(以下,
ED ) 保険契約 を公表した。IASBの前身であるIASCが保険負債 の会計基準の策定に取組み始めたのが1997年であるので,このEDは10年を 超える検討の末に産出されたものである。なお,2004年3月にはIFRS第4 号 保険契約 が公表されているが,これはEUが国際会計基準を強制適用 するに際しての最低限の暫定基準であり,それ以前の実務を広く容認してい る。このため,恒久基準の策定が待望されていたのである。
そして,その待望されていたEDのなかでも,とりわけ保険負債の測定お よび表示については,日本の現行保険会計基準とは大きく異なるため,日本 に導入された場合の保険会社への影響は極めて大きいと言わざるをえない。
本稿では,EDで提案されている保険会計基準案のうち,保険負債の測定 および表示についてIASBにおける検討を跡付け,初期利益,不履行リス ク,その他包括利益(以下, OCI)を中心に考察するものである。
2.保険負債の時価評価
EDにおいて,最も顕著な特徴は保険負債の測定方法を時価 に統一する ことである。従来,保険の会計基準は国ごとに大きく異なり,また,従来の 多くの保険会計基準は保険負債の評価基礎率を契約時にロック・インするた め,必ずしも実勢を反映しない測定金額になっていた。このため,保険負債 の評価基礎率を評価時のものとするロック・フリーにすることにより,実勢
2)
IASB
のデュー・プロセスにおいては,論点の説明とコメントの募集をする ために公表するディスカッション・ペーパー(以下,DP
),DP等に寄せら れた意見を反映し,再度のコメント募集をするために公表するED
を経て会計 基準は策定される。3) 保険会社の会計処理ではなく保険契約の会計処理を基準化するとの考えから,
保険契約 の会計基準となっているが,保険契約者の会計については基準化 が間に合わなかったため,この会計基準案の対象となっている保険資産は再保 険資産に限られている。
4) ここでは, 時価 を極めて便宜的な表現として使用していることにご留意 いただきたい。
を反映した測定金額にしようとするものである。
3.DP における保険負債の測定
IASBはEDの公表に先立つ2007年5月,DP 保険契約に関する予備的 見解 を公表している。DPでは,保険負債を将来キャッシュ・フロー,貨 幣の時間価値の影響(割引率),マージン の3つのビルディング・ブロッ クを積上げることで測定するとし(DP第31項),この測定値は 現在出口 価値 であり, 残存する契約上の権利と義務を直ちに他の企業に移転する ための対価として保険者が報告日時点で支払うことを見込む金額 であると 定義している(DP第93項)。
この測定方法には3つの問題点があると考えられたが ,筆者はそのうち,
初期利益の発生と保険者の不履行リスクの反映について特記したい 。 初期損益の発生メカニズムについては,図表1にまとめたが,保険料は,
安全割増を含まない保険料と安全割増により構成されていると考えられる。
5)
DP
では, リスク・マージン と サービス・マージン の2つがある。6)
DP
に対するコメント提出者が現在出口価値に反対した理由として,ED結 論の根拠(以下,BC
)第49項aでは,市場変数,保険者の不履行リスクの
反映,初期利益の3点を挙げている。7) 現在出口価値に対する反対意見については,小川淳平 保険契約に関する会 計上の測定 ( 生命保険論集 第164号,2008年9月)もご参照。
図表1 初期損益発生のメカニズム
この安全割増にはDPで言うところのマージンだけではなく,保険会社が保 険期間にわたって享受する利益やその他の要素が含まれ,現在価値がマージ ンの算定金額と一致するとは限らない。むしろ,何十年分の利益が即時認識 され多額の不一致が生じえよう。反対に,何らかのミスプライシング(ある いはシェア獲得のための安売り)が生じた場合には初期損失が発生しうる。
このうち,初期損失については是認されるが,初期利益については,保険 期間にわたって認識すべき利益を契約時に即時認識する場合がほとんどであ ると想定され,そのような利益認識は適正ではないとの批判である。
他方の,保険者の不履行リスクの反映問題とは,格付けが低下する等,保 険会社の信用リスクが悪化した場合,保険負債の測定金額が減少し,保険会 社の経営が悪化するごとに利益が生じるという問題である。この問題は負債 の時価評価におけるパラドクスと言われており,リーマン・ショック後に多 くの金融機関が自己の信用悪化に伴う評価益を多額に計上し,大きな批判を 集めたことは記憶に新しいところ である。このような不履行リスクの反映 を,満期までの期間が長くプレミアム1単位の変動当たりの金額の変動の大 きい保険負債に適用するということが問題なのである。
4.DP 後における保険負債の測定アプローチの検討状況
⑴ DP 後における5つの候補の検討
2007年5月に公表されたDPには,多くの意見が寄せられたが,それらの 意見を踏まえ,IASBは2008年9月の理事会から検討を再開している。この 2008年9月から2009年初頭にかけての検討で,IASBは現在出口価値に加え 現在履行価値という考え方を提起した。具体的には図表2にまとめたが,
候補1 から 候補5 までの測定アプローチを比較検討したものである。
8) 金融負債の時価評価に際し,国際会計基準やアメリカ会計基準では割引率に 自己の信用リスク・プレミアムを加算することとされている。
ここで,現在履行価値が提起された理由は,現在出口価値を提案したDP に対して, 測定アプローチの目的は,負債を第三者に移転する際の価格の 見積りを反映することではなく,一般的には,保険者が支払期限到来時に給 付金および保険金を保険契約者に支払うことによって,時間とともに負債を 履行することになるという事実を反映すべきであると,多くのコメント提出 者が提案した (BC第49項)ためである。IASBは,現在履行価値を 保 険者が支払期限到来時に,保険契約者に支払う給付金および保険金を通じて 義務を履行することにより,負債を消滅させることについて,どのように予 想しているのかを反映している (BC第51項)と説明している。
図表2に戻り, 候補1 から 候補5 までの測定アプローチについて 説明すると, 候補1 はDPで提案されていたものであり,検討の過程で 初期利益のあるタイプと初期利益のないタイプに分離されることとなった。
初期利益のないタイプについては,初期利益相当分は繰延べられる。
候補2 は初期利益があり,リスク・マージンは別途算出するというも のである(ただし,サービス・マージンは算出しない )。初期利益のある
図表2 測定アプローチ候補
候補1 現在出口価値 初期利益のあるタイプとないタイプに分離。
初期利益のないタイプは初期利益相当分を繰延べ。
候補2 現在履行価値 初期利益あり。マージンは別途算出。
候補3 現在履行価値
初期利益なし。
別途算出するリスク・マージンと保険料から算出する 追加マージン。
候補4 現在履行価値 初期利益なし。
保険料から算出するマージン。
候補5 未経過保険料 短期契約もしくは損保契約にのみ簡便法として適用。
9) 履行コストにはリスク・マージンが含まれているが,保険料に含まれている その他のいかなるマージンも義務の履行コストの一部ではないとされている
(2009年2月
IASB
理事会資料10B
マージン 第20項)。候補1 と 候補2 の違いは現在出口価値であるか現在履行価値である かにある。EDでは,現在出口価値と現在履行価値の相違点について必ずし も明確な記載がないが,主要な相違点は初期利益,保険者の不履行リスクの 反映と市場変数の3点である 。もっとも, 候補2 が検討されている段 階では,初期利益は相違点ではなく,保険者の不履行リスクも現在履行価値 では反映しないものとして提案されている ものの,その取扱いは後日検 討するとされており ,この段階では市場変数が主要な相違点である。
市場変数については,現在出口価値では,将来キャッシュ・フローを見込 む際に,企業固有のキャッシュ・フローを除くとしており(DP第56〜第62 項),保険会社は他の市場参加者よりも著しく効率的または非効率的である という明確な証拠がある場合,企業固有のキャッシュ・フローを使用するの ではなく,他の市場参加者が行なうであろう見積もりと整合的であるべきと されていた。これに対し,現在履行価値では,将来キャッシュ・フローを見 込む際に,保険金請求の頻度および程度や死亡率等の非市場変数の見積もり については,外部と内部の両方のすべての入手可能な証拠を反映しなければ ならない(ED第B48項)とされている。
候補3 は 候補2 と同じく現在履行価値であるが, 候補2 と異な り初期利益がなく,初期利益を発生させないために,リスク・マージンに加 え追加マージン を別途算出する。現在出口価値であるか現在履行価値で あるかの違いを除けば,初期利益のない 候補1 と同じである(ただし,
候補1 では,マージンはリスク・マージンとサービス・マージンであり,
候補3 では,マージンはリスク・マージンと追加マージンである)。
候補4 は 候補2 候補3 と同じく現在履行価値であり,初期利益 がない点で 候補3 と同じであるが 候補2 とは異なる。また, 候補
10) 前掲注6)ご参照。
11) 2009年2月
IASB
理事会資料10A
測定アプローチ 第18項 12) 2009年2月IASB
理事会資料10A
測定アプローチ 第19項13) この後の検討過程において, 追加マージン は 残余マージン と名称を 変更することになる。
3 との相違点は, 候補3 がマージンをリスク・マージンと追加マージ ンに分離するのに対し, 候補4 がマージンを分離しないところにある
(この分離しないマージンを複合マージンと呼んでいる)。
候補5 は 候補1 から 候補4 までと異なり,短期契約 に簡便 法として適用するものとして提案されたものである。
⑵ 初期利益を否定した2009年2月 IASB 理事会
2009年2月の理事会では,事務局は現在履行価値の採用を提案した が,
この段階では理事会の同意を得ることができなかった。
一方,事務局は,理事会が現在出口価値と現在履行価値のどちらを採用す るかにかかわらず,初期利益を認めないことを提案し ,この提案は理事会 に受容れられ暫定決定された。これにより, 候補1 の初期利益のあるタ イプと 候補2 が候補から外れることになった。
初期利益を認めない決定について,EDでは明確な根拠を示していないが,
この決定の背景としては,公正価値測定プロジェクトでの検討があると筆者 は考えている。2009年2月の理事会では,公正価値測定プロジェクトの検討 もなされているが,そこでは初期損益が検討されている からである。
もともと,IAS第39号 金融商品:認識と測定 適用指針AG第76項で は,活発な市場がない金融商品の公正価値が,同一の金融商品についての他 の観察可能な現在の市場取引との比較によって証拠づけられる場合,または
14) ただし,当初は,短期契約に適用するものとして考えるのか,損害保険契約 に適用するものとして考えるのかといった論点もあった(2008年10月理事会資 料3B 測定アプローチ候補 第43項
C)。しかしながら,審議の過程におい
てIASB
事務局から,日本の損害保険には長期のものもある旨の説明がなさ れており,それを踏まえたためか,その後は短期契約に適用するものとして位 置付けられている。紙幅の関係から,本稿では短期契約に対する測定方法につ いては割愛させていただく。15) 2009年2月
IASB
理事会資料10A
測定アプローチ 第21〜27項 16) 2009年2月IASB
理事会資料10A
測定アプローチ 第28〜35項 17) 2009年2月IASB
理事会資料6B 初日の損益観察可能な市場から得られるデータのみを変数として含んでいる評価技法に 基づいている場合を除き,当初認識時の当該金融商品の公正価値の最善の証 拠は取引価格とされ,初期損益の認識は禁止されている。また,同適用指針 AG第76A項では,取引価格と,観察可能な市場から得られるデータ以外を 変数として用いている評価技法に基づいて計算されている評価額との差額は,
当初認識後,市場参加者が価格設定した際に考慮したであろう時間の経過を 含む要素の変動の範囲内でのみ損益認識することが求められている。
このような取扱いはアメリカ会計基準と異なる取扱いであり,また,折か らの金融危機により不活発な市場における公正価値の取扱いについて議論が 高まったことから,初期損益の取扱いについてIASBでは2008年10月の理 事会から2009年2月の理事会まで毎月検討している。この検討は,2009年2 月の理事会で,IAS第39号の初期損益の認識基準を確認する結論となって おり,金融商品においても,活発な市場がない場合においては初期利益を認 めない取扱いが確認されている。この検討が,活発な市場がない保険につい て初期利益を認めないとの暫定決定を導いたと考えられよう。
な お,ア メ リ カ 会 計 基 準 審 議 会(Financial Accounting Standards Board. FASB)もIASBの保険契約プロジェクトの検討への参加を2008年
10月に決定し,2009年1月より精力的に検討を重ねてきた が,2月25日 に開催された理事会で,保険契約に初期利益を認めないこと,現在出口価値 ではなく現在履行価値を採用することを暫定決定している。
⑶ 現在出口価値を否定した2009年6月 IASB 理事会
2009年2月には現在履行価値の採用を理事会に同意してもらえなかった IASB事務局は,2009年4月の理事会では,リスク・マージンは分離して算 出すべきとして, 候補4 を否定し, 候補1 の初期利益のないタイプと
候補3 に絞込もうとしたが,再度,理事会の同意を得られなかった。
18) その後,2010年9月に,FASBは
DP
保険契約に関する予備的見解 を公 表している。次に,IASB事務局は,2009年6月の理事会で, 候補3 を 修正IAS 37モデル として衣替えする提案について理事会の同意を得たうえで, 候 補1 を除外する提案を行ない理事会の同意を得ることができた。
IAS第37号 引当金,偶発負債および偶発資産 については,当時,改 正の検討が進んでおり,2009年4月の理事会で,IAS第37号が対象とする 負債は,現在の義務から解放される(すなわち,決済または第三者に移転す る)ために企業が報告期間の末日に合理的に支払うであろう金額で測定され るべきと暫定決定されている。IASB事務局は, この 修正IAS37モデル がIAS第37号の下で会計処理される不確実な負債の一種に使用されるなら ば,他の不確実な負債(保険契約)についても検討されることが期待され る と, 修正IAS37モデル が保険契約プロジェクトにも適用可能と提 案したのである。なお, 保険契約をIAS第37号の下で会計処理することが 目的ではなく,修正IAS37モデルを保険契約の測定アプローチを開発する 基礎として使用することが目的 とされている。
なお,前記のとおり,FASBは保険契約の測定アプローチとして現在履 行価値の採用を暫定決定しており,両審議会とも,現在出口価値およびサー ビス・マージンを採用しないことで足並みが揃ったことになる。
⑷ 測定アプローチを暫定決定した2009年9月の IASB 理事会
FASBの2009年7月21日の理事会では,FASB事務局は6月のIASB理 事会で候補に加えられた 修正IAS37モデル をFASBも候補に加えるべ きか問題提起した(FASB事務局は現在履行価値を推奨 )が,理事会は 修正IAS37モデル を候補に加えないと暫定決定した。また,現在履行価 値について,マージンをリスク・マージンと残余マージンに分離(従来の 候補3 に該当)すべきか,分離せず複合マージン(従来の 候補4 に
19) 2009年6月
IASB
理事会資料10A
保険契約の測定アプローチ 第20⒟項 20) 前掲注19)第17項21) 2009年7月21日
FASB
理事会資料 保険契約 第8項該当)とすべきかについて,理事会は複合マージンの採用を暫定決定した。
これに対して,IASBの7月22日の理事会では,IASB事務局はIAS第37号 の下で会計処理される負債の測定との整合性を理由に,現在履行価値ではな く 修正IAS37モデル を測定アプローチとすることを推奨した が,理 事会の意見は分かれた。そして,7月23日に開催された合同理事会では,
FASBは7月21日の暫定決定どおり現在履行価値・複合マージンを支持し,
IASBは7月22日の理事会と同様に見解が収斂することはなかった。
2009年9月,IASB事務局は再度,IAS第37号の下で会計処理される負債 の測定との整合性を理由に,現在履行価値ではなく 修正IAS37モデル を保険契約の測定アプローチとすることを理事会に推奨し ,今回は8対7 の僅差で理事会の同意をとりつけることに成功した。ただし,現在履行価値 の支持も多く,EDでは両方のアプローチを説明すること とされた。
⑸ 測定アプローチに関する2009年10月以降の検討
2009年10月以降においてもIASBとFASBは毎月のように合同理事会を 開催し,検討を継続している。
2009年12月の合同理事会では,リスク調整 は,将来キャッシュ・フロー に関する保険者の観点による不確実性を測定しなければならないこと等が暫 定決定されているが,特筆すべきは,保険負債の測定では保険者に関わる不 履行リスクの変動は見直さないことを暫定決定したことである 。
また,すでに両理事会とも初期利益を認識しないことを暫定決定している が,2010年1月の合同理事会では初期利益を認識しないことに伴う残余マー
22) 2009年7月
IASB
理事会資料11A・FASB
理事会資料11A
保険契約の測定 アプローチ 第36⒜項23) 2009年9月
IASB
理事会資料17A
測定アプローチ 第33項 24) 2009年9月IASB・UPDATE
25) それまで リスク・マージン と呼称していたものが, リスク調整 とい う表現に変更されている。
26) 不履行リスクに関する2009年12月の暫定決定については後記。
ジンの取扱いが検討され,保険者は事後の報告期間において見積もりの変更 により残余マージンを調整すべきではないこと等が暫定決定されている。
2010年3月の合同理事会では,保険者が残余マージンを損益に解放する方 法について,原則として時間の経過に基づき解放するが,保険者が時間の経 過とは著しく異なるパターンで保険金給付が発生すると想定している場合に は想定される保険金給付に基づき解放することを暫定決定した。
2010年4月の合同理事会では,リスク調整や残余マージンについて検討し,
残余マージンを分離して開示すること等について暫定決定している。
2010年5月の合同理事会はマージンについて再検討したが,IASBは リ スク調整+残余マージン アプローチを僅差で暫定決定し,FASBは 単 一の複合マージン アプローチを僅差で暫定決定した。これにより,両理事 会の見解が泣き分かれたままEDが公表されることになった。
また,5月の合同理事会では,測定レベルについても検討しており,ポー トフォリオ・レベルでリスク調整を測定する等の暫定合意がなされている。
2010年6月の合同理事会では,キャッシュ・フローの適用指針案を検討し ている。ここで注目すべきは,見積もるキャッシュ・アウトフローは当該契 約に直接関係するコストであると提案されていることである。
この議論については,6月の定例理事会では結論が得られなかったが,6 月23日の臨時合同理事会でも引続き検討され, 保険契約のポートフォリオ の測定は,当該ポートフォリオから発生する増分キャッシュ・フローの期待 現在価値を含むべき であることが暫定決定された。その際,ポートフォリ オ・レベルでの増分で個別ポートフォリオに配賦される必要のあるキャッシ ュ・フロー(例えば,複数のポートフォリオの業務に従事する従業員の給 与)と,一般間接費を明確化するガイダンスの必要性が確認されている。
5.保険負債の測定に関連する事項についての ED における取扱い
⑴ 新契約費
新契約費については,IASBの判断は二転三転している。2009年4月,
IASBは新契約の増分費用に見合う収益を計上し,収支を均衡させ損益を発 生させないと暫定決定している。これに対し,同年5月,FASBは新契約 の増分費用に見合う収益を計上すべきでないとの暫定決定をしている。
そして,2009年10月の合同理事会では,IASBがFASBに歩寄り,新契 約の増分費用に見合う収益を計上すべきでないと暫定決定している。
ところが,この2009年10月の暫定決定に対し,フィールド・テストで批判 が集まり,2010年3月の合同理事会で,IASBは,再度,暫定決定を撤回し,
新契約費に相当する金額を残余マージンの当初測定から控除するとの暫定決 定をしている(FASBは新契約の増分費用に見合う収益を計上すべきでな いとの暫定決定を維持)。
2010年3月の合同理事会での新契約費に関するIASBの暫定決定は,
2009年4月の暫定決定と経済効果としては同一であるが,形式としては微妙 に異なるものである。2009年4月の暫定決定では新契約費は費用として計上 し,新契約の増分費用に見合う収益を計上するというものであった。これに 対し,2010年3月のIASBの暫定決定では,保険負債の測定に際して勘案 する保険キャッシュ・アウトフローのなかに新契約の増分費用に見合う金額 を含めることで,反対効果として収益を計上するというものである。EDで は第39項⒜で, 履行キャッシュ・フローの現在価値に増分新契約費を含め る とし,保険負債の測定の際の対象キャッシュ・フローのガイダンスであ るB61項の⒡で, 発行されており,保険者が契約を発行したことにより費 用処理した契約について,当該保険契約の販売,引受および開始するための 増分費用(すなわち,増分新契約費) を挙げている 。
⑵ 一般間接費の取扱い
EDの注目点の一つに一般間接費の取扱いがある。保険負債の測定の際の 非対象キャッシュ・フローのガイダンスであるB62項の⒠で, 一般間接費
27)
BC
第134〜140項もご参照。等の,契約または契約活動に直接関連しない費用 が挙げられている。
⑶ 移行時における残余マージンの取扱い
EDのもう一つの注目点は,移行時における残余マージンの取扱いである。
EDでは,経過措置を定めた第100項の⒜で, 保険契約の各ポートフォリオ を履行キャッシュ・フローの現在価値で測定する。したがって,これらの経 過措置が適用される保険契約については,移行時においてもその後において も,測定は残余マージンを含まない とされている。
6.保険負債の変動の表示
⑴ DP における予備的見解とその後の検討
DPでは,第329項で 理事会の予備的見解は,純利益にすべての保険負 債の変動を含むべき としており,保険負債の変動はすべて純利益に表示す ることとしている。
これに対し,日米の生保業界では,保険負債が時価評価される際には,保 険負債にOCIを適用することで,純利益ではリスクの解放に伴ない発生す る利益を表示し,包括利益では保険負債の時価を測定する際の仮定の変更を 含んだ全ての損益を表示することを提案している。
この提案に対し,IASBの応対は冷淡である。IASBが保険負債の変動の OCI表示について理事会で取上げたのは,2009年12月理事会の1回だけで あり,しかも要望はあっさりと否決されている。また,FASBも2010年4 月14日に開催された理事会で否決している。
⑵ ED における保険負債の変動の表示とその後の各界の反応
EDでは,簡潔に第76項で 企業は,保険契約から生じるすべての収益お よび費用を純損益に表示しなければならない としている 。そしてBCで
28)
ED
では,保険料等の表示についても極めて重要な提案がなされているが,本稿では紙幅の関係から割愛する。
は第182項および第183項に以下のとおり記載されている。
BC第182項 DPに対するコメント提出者の一部は,保険者は,金融イン プットまたは市場変数の変動から生じる保険負債の変動を,OCIで 認識すべきであると提案した。これらのコメント提出者は,このアプ ローチを,以下のとおりと考えている。
⒜保険者の長期的な業績と,彼らが短期的とみなす変動とを区別する ので,保険負債の帳簿価額の変動のすべてを純損益に認識するより も,保険事業の経済性をより忠実に表現することとなる。
⒝一部の金融資産及び多くの金融負債に償却原価を用いる銀行のよう な金融機関と比較可能な基準で,業績を表示することを保険者に許 容する。
⒞退職後給付負債の再測定を報告するためにOCIの使用を提案して いるED 確定給付制度 における提案と整合することとなる。
DPに対するコメント提出者の一部は,退職後給付負債と保険負債,
特に一部の長期生命保険契約は,いくつかの共通の特性を有すると 見ていた。
BC第183項 当審議会の見解では,保険契約に係る損益は,短期間と長 期間の両方における保険者の業績のコアの部分である。したがって,
これらの損益を純損益に表示することは適切である。当審議会は,ど のようにすれば,保険負債を担保している資産からの損益との関係を 最も良く描写する方法で,保険負債からの損益を純損益に表示できる かについてのコメントを歓迎する。
これらを含め,ED全般の見解に対する各界の反応はどうであろうか。筆 者の感じるところ,最も大きな反応は損益の変動の大きさにどう対処するか ということであったように思える。2010年12月,IASBとFASBはED公 表後,初めて,理事会で保険契約プロジェクトを再開した。この合同理事会
の資料では ほとんど全ての法域で重要な課題として取り上げられたのは,
提案モデルの下での損益に発生するであろうボラティリティであった と,
課題の1番に損益上のボラティリティが挙げられている。この理事会資料で は,損益上のボラティリティの削減方法として,OCI や保険負債を現在価 値評価せず契約時の仮定で固定する案 等が記載されている。
7.ED における保険負債の測定と表示の考え方に対する考察
⑴ ED における保険負債の測定に対する考察
EDにおける保険負債の測定アプローチに関する検討過程を踏まえるなら ば,大きな枠組みで見ていくつかの特徴が挙げられると筆者には思われる 。
まず特徴の第1は,初期利益を認めないとした(ED第17項⒝および第19 項⒜)ことである。
筆者は,この判断は極めて正しいと思うのであるが,初期利益をめぐる議 論の経過については,もう少し説明すべきと考える。初期利益を採用しなか った理由について,BC第121項では, 初期利益の認識は,公開草案 顧客 との契約から生じる収益 における提案と矛盾する。契約開始時,保険者は その履行義務をまだ満たしていない 初期利益として識別された金額が不 正確であり,保険契約負債の測定の誤りから生じているというリスクがある かもしれない とするだけである。
筆者は初期利益と保険負債の測定の関係について以下のように考える。
将来キャッシュ・フローの現在価値を見積もる場合,わずかな前提の差異 が大きな金額となりうる。しかも将来キャッシュ・フローの見積もりは必ず しも客観的に行なえるものではなく一定程度は評価者の裁量に委ねられる 。
29) 2010年12月
IASB
理事会資料7C・FASB理事会資料54C
外部情報収集の 概要 第10項30) 前掲注29)第20項⒝
31) 前掲注29)第13項⒝
32) 本稿では,紙幅の関係から
ED
の解説は最低限にとどめることとする。33) 将来キャッシュ・フロー見積もりに関する評価者の裁量については,上野雄
このため,初期利益を認めることは,その裁量の濫用を許しかねない。具体 的には,保険の自由化が進展するなかで,初期利益を計上することで利益を 回収し,その後は経営破綻してもおかまいなしという保険会社の出現を惹起 する可能性があるということである。これに対し,実際に営業で使用されて いる保険料で保険負債を較正することは,初期利益を認めず,裁量を濫用す るインセンティブを取除くことになり,有効なことであると筆者は考える 。
特徴の第2は,不履行リスクを保険負債の測定に含めないとした(ED第 38項)ことである。
筆者は,この判断も極めて正しいと思うのだが,不履行リスクを保険負債 の測定に含めなかった理由についても,BCは,第49項⒜ で, 大多数の コメント提出者が不履行リスクを保険負債の測定に含めることに反対した と記載されているだけである。不履行リスクを保険負債の測定に含めないと 暫定決定した2009年12月の理事会資料でも 提案されている保険契約の測定 モデルは,保険者の不履行リスクの変動を含めない。事務局は,保険契約の 測定は保険者の不履行リスクの変動について更新すべきでないと提案する。
同時に,事務局は,両理事会が深い分析を必要としない限り,このトピック を理事会で採りあげる計画はない と記載されているだけであり,どうし て不履行リスクを保険負債の測定に含めないか が曖昧である。
史 将来キャッシュ・フローの見積もりと経営者裁量 ( 保険学雑誌 第609 号,2010年6月)も検討している。
34) ただし,保険料もその算出基礎が常に正しいとは限らず,その意味で限界が ある。しかしながら,そのような限界があっても,初期利益を認めないことで 裁量濫用のインセンティブを取除けることが重要であると筆者は考える。保険 料の算出基礎が正しいかどうかについては,将来キャッシュ・フローの見積も り実務が積重ねられ,見積もりの客観性が高まり,保険料算出基礎が誤まって いる場合には初期損失を発生させることで担保されるべきであろう。
35) 2009年12月
IASB
理事会資料7A・FASB理事会メモ32A
測定目的 第32 項36)
IASBは2009年6月にDP
負債測定における信用リスク を公表していた が,2009年10月理事会で,信用リスクに関する一般論としての結論を出さず,概念フレームワークの測定プロジェクトで検討していくことが暫定決定されて
筆者は不履行リスクを保険負債の測定に含めるべきではないことについて 以下のように考える。
負債のほとんどが保険負債である保険会社の場合,不履行リスクを保険負 債の測定に含めると,経営不振の保険会社は破綻リスクの上昇によりもたら される信用リスク・プレミアムの拡大により保険負債が縮小し,定義的に会 計上の債務超過があり得なくなってしまう。そのような会計情報は財務諸表 利用者にとって有益なものにはならず,このため,不履行リスクを保険負債 の測定に含めるべきではないのである。
特徴の第3は,保険負債の測定アプローチを他の基準との関係で規定しな かったことである。
検討過程から明らかなようにIASBは保険負債の測定アプローチをIAS 第37号の改正案と関連させて検討してきたが,EDではIAS第37号の改正 案との関連は一切言及されていない。このことは奇異に感じられるが,IAS 第37号の検討が順延された ことが影響しているのかもしれない。
筆者は,このようにIAS第37号から分離して保険負債の測定アプローチ を検討することも極めて正しいと考える。保険負債の測定については,その 特殊性から既に10年余の検討を経ており,対象となる負債の範囲が限定的で あるIAS第37号との整合性に拘泥するあまり,保険契約プロジェクトで積 重ねられた検討成果を制約すべきではないからである。保険契約プロジェク トとして適正な保険負債の測定アプローチが定まるのであれば,それとIAS 第37号が乖離する場合,乖離する方が妥当であったり,範囲が限定的である いる。このため,保険負債の測定に不履行リスクを含める推進力が失われたの かもしれないし,金融負債での検討を待とうと考えたためかもしれない。公正 価値オプションを使用する金融負債の測定における不履行リスクについては,
2010年5月に
ED
金融負債における公正価値オプション が公表され,不履 行リスクの変動はOCI
・ノンリサイクリングが提案され,保険ED
公表後の 2010年10月にIFRS9が改正されている。
37)
IAS
第37号については,2010年1月にED IAS
第37号における負債の測 定 を公表していたが,2010年11月に検討を一時停止し,2011年下半期以降に 検討を再開(検討後,EDを再公表)することとされている。IAS第37号が視野狭窄に陥っている可能性もあろう。このため,IAS第37 号に拘泥することなく,保険負債の測定アプローチを検討すべきである。
⑵ 保険負債の測定に関連する事項に対する考察
保険負債の測定に関連する事項として重要なものは,筆者は,新契約費,
一般間接費の取扱い,移行時における残余マージンの取扱いであると考える。
新契約費については,IASBはこれまで,新契約費の増分費用に見合う収 益を計上すべきかいなか,計上するとしたらどのような形式で計上するかに ついて検討してきたが,新契約費の増分費用にどのようなものが入るかにつ いては検討が不足している。筆者としては,今後は増分費用に何が入るかに ついて検討が深まることを期待したい。
また,EDにおける一般間接費の取扱いは大きな過ちであると筆者は考え る。 一般間接費 の定義にもよるが,保険料には一般間接費も保険契約の 維持費用として含まれている。一般間接費を保険負債の測定対象に含めない と,履行キャッシュ・フローの現在価値が過少に見積もられ,残余マージン が過大に見積もられることになろう。この取扱いは,前記のように,ED公 表直前の2010年6月に検討されただけであり,実務家からの意見が十分に伝 わっていないと想像される。基準化する際の課題の1つと言えよう 。
EDのもう一つの注目点である移行時における残余マージンの取扱いにつ いては,IFRSでは,基準の改定がある場合,当該基準の遡及適用を求める ことが多いことから,遡及適用して算定する必要が出てくるのではないかと 実務家は懸念していた ところである。
38) ただし,履行キャッシュ・フローの現在価値と残余マージンのどちらに計上 されるかだけの問題とも言え,損益への影響は軽微とも考えられる。このよう に,見積もりには難しい点が多々あり,初期利益の計上を認めず,残余マージ ンを計上することのメリットがこの面でも発揮されている。
39) 既契約を新契約時に遡及し,遡及時点の見積もりで履行キャッシュ・フロー の現在価値を測定しなければ,残余マージンの遡及算定はできず,そのような 遡及算定は実務負荷から不可能ではないかと懸念されていた。
EDでは実務家の懸念が伝わったのか経過措置が設けられた。しかしなが ら,この経過措置では残余マージンが計上できず,履行キャッシュ・フロー の現在価値を超過する金額が移行時に一括して資本計上され,その後は,本 来ならば発生する残余マージンの取崩しによる利益が計上されない。また,
一般間接費を保険負債の測定対象に含めないと,履行キャッシュ・フローの 現在価値が過少に見積もられるとともに一般間接費が毎期損失計上され,問 題が大きくなる。この経過措置も,一般間接費と同様,ED公表直前に検討 されただけであり,実務家からの意見が十分に伝わっていないと想像される。
この問題に関して,筆者は,旧来の会計基準で計上していた保険負債と履 行キャッシュ・フローの現在価値を比較し,旧来の会計基準で計上していた 保険負債の方が大きければ,その差額を残余マージンとするのが適切である と考える。このような経過措置であれば弊害なく移行できよう。課題として は,当該移行時残余マージンを,移行後の各決算期において,どのように取 崩していくかについて何らかの簡便法を開発する必要があることであろう。
⑶ ED における保険負債の変動の表示に対する考察
EDは保険負債の変動の表示にOCIの使用を認めなかったが,果たして それは適切な判断であろうか。筆者は以下のように考える。
まず,現在価値による測定が頑健であるとは言えないことについて考える べきである。リーマン・ショック後の市場の機能不全を受け,金融商品会計 基準では,償却原価での測定を幅広く認める改正が行なわれた ところで ある。保険負債,特に生命保険負債の現在価値測定に際しては,金融商品の 公正価値測定以上に頑健性が乏しいであろう。キャッシュ・フローの見積も りには多くの想定が存在し,契約期間が長いため割引率のわずかな変動が測 定金額の大きな変動をもたらす。EDで示された会計基準(案)は,そのよ うな負債を現在価値で測定しようという試みであることを理解すべきである。
40)
IFRS9の解説については,拙稿 IFRS
第9号と生保に与える影響 ( 生命 保険経営 第78巻第3号,2010年5月)ご参照。また,IFRS第9号のBC第86項⒝には,ED 金融商品:分類および測 定 に対する多くの意見書(多くの利用者の意見書を含む)がリサイクリン グ禁止提案を支持せず,実現損益と未実現損益の区別を維持するアプローチ を支持しており,純利益には全ての実現損益を表示すべきと主張しているこ とが記載されている。筆者も純利益と包括利益の性格を明確化すべきと考え るし,その際には実現した損益を純利益で表示し,評価損益を含めた全ての 損益を包括利益に表示するのが適切であると考える。
筆者は,このような課題は,保険負債にOCIを適用することで解決可能 であると考える。現行のロック・イン会計の利益は,リスクの解放に伴ない 発生するものであり,頑健性のある実現利益である。そのような利益は純利 益で表示し,包括利益では保険負債の時価を測定する際の仮定の変更を含ん だ全ての損益を表示することで,保険会社の財務諸表利用者に2つの異なる 有益な情報を同時に提供するのが良いと考えるのである。
なお,筆者としては,保険負債を現在価値評価せず契約時の仮定で固定す るよりも,OCI表示を認める方が,より実務が進化するとともに,財務諸 表の利用者に有益な情報を提供することができ,損益上のボラティリティも 抑制されると考える。また,資産サイドに公正価値オプションを認めている のと同様に,OCI表示を使用しない選択肢を負債サイドで与えれば,釣合 いもとれ,希望者にはIASBがもともと志向していた全面時価会計も適用 できることになるのではないかと考える。
8.基準化までの道程
IASBは2011年6月にIFRS第4号を改正する予定である。本稿が活字化 された時点では改正が実施され,本稿で挙げた諸論点についても基準化され ているかもしれないが,筆者としては,これらの諸論点について十分な考察 が加えられ,適正な基準化がなされることを希うものである。
(筆者は明治安田生命保険相互会社勤務)