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章 遺 伝 情 報 メ カ ニ ズ ム
宮本 勉
1節 生命現象の理解と遺伝情報 (1) 科学的立場での生命現象の理解
宇宙,すくなくともこの地球は約100個の元素より出来ている。地球上の全て はこの元素から構成された化合物:分子の集合体である。生物も例外ではない。
地球は今から約50億年前に出来たと考えられ,生物が発生したのは約30億年前 である。この 30億年の聞に生物は進化し,現在一番進化した生物がヒトである
と云われている。生物が持っている最大の特徴は自己増殖すると云う事で,短 期的には自分と同じ生物を作る。この基本となるのが「遺伝情報(geneticinfor‑ mation) Jで,この情報が誤りなく子へ伝えられる事により,同じものが出来
る。
生命現象の理解の方法(アプローチ)には色々なやり方があろう。哲学的,
宗教的,芸術的,法学的その他の種々のアプローチの方法がある。地球上の殆 んど全ては化合物から成れその性質や反応が物理化学的法則によっている以 上,生命現象の理解もこの面からのアプローチが可能であり,より客観的であ ると考えられる。この章では物質を基盤とした科学的立場(科学:scienceは唯 物論を基盤としている)から生命の基本である遺伝情報を考えてみよう。
(2) 生物は細胞から出来ている
細胞は化学物質の濃い水溶液に満たされ,膜で固まれた小さな宇宙である。
大きさは一般に10マイクロメ}トル (μm:100万分の1メートル)前後で最も 単純な生命は単細胞生物(ゾウリムシなど)である。ヒトの様な高等生物は多 細胞生物であるが,細胞が生きている基本的なメカニズムは殆んど同じである。
即ち地球上の生物は皆兄弟で,同じ「モトJから進化してきた事が理解できる。
これら細胞の構成,分裂増殖は全て遺伝子の指令で行なわれている。
円d
(3)遺伝情報の物質的成分は核酸である。
昔から,ある生物の特徴がその子孫に伝えられるのは,植物ならタネ,動物 なら受精卵にその増殖や成長の為の計画,設計図があって,細胞分裂の度にそ のワンセットが移されて行く事が感覚的に分っていた。そのような設計図(物 質)が細胞の核の中にある染色体にある事がわかったのは19世紀末の事である。
染色体は蛋白質と核酸から出来ているが,設計図(遺伝子情報)は核酸そのも のである事が証明されたのは約40年前に過ぎない。
核酸には2種類あって,一つはDN A Cdeoxyribonucleic acid :デオキシリ ボ核酸)で,もう一つはRN A Cribonucleic acid :リボ核酸)である。このう ちDNAが遺伝情報の担い手である。遺伝情報の担い手は蛋白質だと考えられ た時期もあった。ところがよく調べてみると,同じ生物の細胞で蛋白質の量は 細胞毎に異なっている。しかしD N Aの量はその生物のどの細胞でも一定で あった。また1928年にGriffith,A veryらによって次の様な実験が行なわれた。
動物に肺炎を起こし,死に至らしめる細菌の一つに肺炎双球菌がある。この菌 には2種類の型 :S型とR型があって, s型の方が毒力が強く肺炎を起こす。
R型に感染しでも肺炎は生じない。 S型菌に熱をかけて殺菌してから動物(こ の場合はハツカネズミ)に感染させても勿論肺炎は起こさない。ところが加熱 S型菌と R型菌を混ぜて感染させると,予想に反してハツカネズミは肺炎で死 亡し,その肺からS型菌が回収された。即ち死んだはずのS型菌から「何かj がR型菌に乗り移って復活したのである。この「何か」が実はDNAである事 がわかったのは, 16年後の1944年であった。つまり,菌の毒性を決めている情 報がDNA上にあって,これがS型からR型に移り, R型を遺伝的にS型に変 えてしまったと云うことである。この様な事実が蓄積し, DNAが遺伝情報の 担い手である事が理解されるようになった。
(4) 遺伝情報の流れ(発現)
生命現象は全て蛋白質の作用によっている。従ってDNAに書込まれている 遺伝情報は蛋白質におきかえられなげればならない。 DNA中の情報によって,
どんな蛋白がどれだけ作られるかが決っており,それによって細胞の物理化学 的及び生物学的性質も決り,生物の種類も決定される。
蛋白質はアミノ酸が数珠繋ぎに連なった組(ポリペプチド:polypeptide)
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9章遺伝情報メカニズム
で,これがいくつか集ったり,折りたたまれたりして蛋白の分子が構成される。
アミノ酸は20種類あるので,ある特定の蛋白質はこれらアミノ酸の数と配列で 決ってしまう。従ってDNAの情報は,どのアミノ酸を,何個,どんな順序で 並べるか,を指定している。
ところでDNAの遺伝情報は4ツの文字で書かれている(後述)。この文字を アミノ酸に変換すればよい(これを翻訳:translationと云う)0DNAは大切だ から,核の染色体と云う金庫の中に保管されていて門外不出である。蛋白質の 合成工場(アミノ酸に翻訳する所)は核の外の細胞質にあるリボゾームで行な われるので遠く離れている。 DNAはそんな所まで自分で出かける事はせず,
DNAの遺伝情報(即ち蛋白質設計図)のコピーをそこへ届けさせる。この設 計図コピーを運ぶ、郵便屋の役目をするのがメッセンジャーRN A (messenger RNA:mRNA‑前に述べたもう一種の核酸)である。 DNAの情報をコピー する事を転写(transcription)と云う。従って遺伝情報の流れは,
DNA 多mRNA 多アミノ酸(蛋白質)
(転写) (翻訳)
となり,これは地球上の全生物に共通している。
2節 核 酸 の 構 造 (1) 核酸の素材
基本的に核酸は3ツの化合物が結合したものである。即ち炭水化物(糖),リ ン,塩基である。これらが繋がって長い紐状になっている。簡単にこの素材に ついて見てみよう。細かな構造は知らなくても理解できる。
①糖:これは5ツの炭素とあといくつかの水素と酸素から出来ている簡単な ものである。 DNAの素材の糖はデオキシリボ}スと呼び, RNAのそれはリ ボースと云う。リボ}スとデオキシリボースのちがいは,前者から酸素が1個 とれたものが後者である。以後リボースをR,デオキシリボースをDと呼ぶ事 にする。
②リン (p):これは糖と糖を結ぶ役割をしている。
③塩 基 : 5種類あって,炭素,窒素,水素,酸素から出来ている簡単 な化合物である。その構造のちがいで,アデニン (Adenine: A),グアニン
(Guanine : G),シトシン(Cytosine: C), (Uracil : U) と呼び略記号で書く。
チミン(Thymine: T), ウラシル
核酸の素材はこれだけである。
(2) 核酸の構造
前述の3ツの素材が繋がって紐状になっている。糖と塩基とリンがくっつい た単位をヌクレオチド (nucleotide),この単位が長々と紐になったものがポリ ヌクレオチド (polynucleotide),即ち核酸である。
まずD N Aの場合は,一一D ‑ P ‑ D ‑ P ‑ D ‑ P ‑,R N Aの場合は 一‑R‑P‑R‑P‑R‑P一一の様に糖とリンが核酸のパックボーンを形
f乍っている。このD‑P‑DまたはR‑P‑Rの間隔は3. 4オングストロー ムである。塩基は糖に結合している。先に塩基は5種類あると述べたが, D N AもRNAも使用する塩基は4ツである。即ちD N Aは, A, T, C, G
,
で, R N AはA,U, C, Gで,両者はTとUを使い分けているだけで,他の3ツ は同じものを使っている。大切なのは,この4ツの塩基の並び方で,パックボー ンの糖とリンは同じだから,示すれば,下の様になる。
今これはあまり問題にならない。そこで核酸を図
DNA RNA
T c c T G A G ••• ‑̲..
. . . . J
l ‑・・・・・4一一D‑P‑D‑Pの骨格•••. C G A U A U G G'‑・・・・・・
1I I I I I I 1
・・・・…一一一一一一一一一一一"‑一......ー‑R‑P‑R‑Pの骨格 この図でわかる様に,核酸の長さは塩基の数で決ってしまう。また塩基の並 びかた(配列順序)そのものが即ち遺伝情報である事が直感的に理解できる。
要するにD N A上のATCGの配列そのものが遺伝情報で,いわば 4ツの文 字(アルファベット)で書かれた手紙である。英語や日本語よりはるかに簡単 で(英語のアルフアベットは26文字もあり日本語に至ってはイロハ48文字以上 あり,複雑すぎる),暗記する程の事もない。これで何種類の文章が書けるのだ ろうか。最初の塩基の次に何が来てもよいから(4種類どれでも可)10個の塩 基が並んでいれば,それだけで100万種類の文章が書ける(4 10 : 4を10回かけ る)。 ヒトの1個の細胞染色体の遺伝子に含まれる塩基の数は約109(10億個)だ
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9章遺伝情報メカニズム
から,文章の数は無限と云ってよいほどの情報が詰っている事になる。
さて,前述の図は実は正確で予はない。 RNAの紐(ポリヌクレチオド)は1 本で,図は正しい。ところがDNAの方は実は2本の紐から出来ている。 2本 が両方から向い合っている。従ってDNAの正しい構造を下に示す。
ー ‑ ‑ ‑ ‑
TAT‑‑TTA‑‑
守C G
・
F・
‑
n H F M
・
‑
干A T
‑
守T
A
晶
守G
e ‑
‑
FAT‑‑
•
• •
ー ー ‑ ‑ ‑
そして2本の紐の向い合った塩基は相手が必ず、決っている。 A:T. C: G の組合せになっていて,これ以外の組合せ(例えばA:C)は決して存在しな い。これはAとT. CとGの化合物の化学的性質がそうなっているからで,そ れぞれのペア (basepair)同志で,結合しているので.DNA全体としてはき わめて丈夫に出来ている。丁度ハシゴの様になっていて,しかも全体がラセン 状にねじれている(中国の菓子「よりよりJ:長崎の銘菓と同じ形)。従ってD
N Aの塩基の数はC=G. A=T. A/T=C/G= 1となる。この様に相手 が決っている事を相補性 (complementarity)と云い.DNAの一方の紐(どち らでもよい)の相手は相補的 (complennentary)であると云う。別な云い方を すれば.DNAの一方の構造さえ決まれば,もう一方は調べなくても自動的に わかってしまう。この事は非常に大切な事である。
3節 DNAの増え方
細胞が分裂して2個になり,遺伝子のDNAが2個に均等に配分される為に はDNAも2倍にならなければならない。勿論親細胞とまったく同じDNAで なければならない。 DNAは2本 の 紐 (2本鎖と云う)でお互が相補的である。
DNAが増えるときは,この2本の鎖がほどげ 2本の平行線がY字型に聞く。
丁度ジッパーを開く様にほどけ,ほどきながら新しいDNAが作られる。この 様子を次に示した。
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(
J 、 ¥
:ダグ
(イ) (:::)
付)と(ニ)はもともとのDNAが相補的にペアを作っていたが,ジッパーが聞き つつ新しいDNA:('ロ)と付が作られる。前の節で述べたように塩基 (A,T, C, G)は相補的に相手が決っているから, (イ)の配列の相手の鎖伊)はまたお互 いに相補的である。そうすると(ロ)とい)は自動的に全く同じものが出来る事にな る。この関係は付とLイ)でも同じである。すると(イ):(ニ)の2本鎖が全部ほどけて 新しい,元と同じ長さの(イ): ('ロ),やす:(ニ)が出来上がれば,結局(イ):(ニ)と全く同
じDNAが2対出来上がり, DNAは倍になった。
この様にDNAの2本鎖が相補的であるが故に,まちがいなく元と同じDN
Aが自動的に出来上がるのであり,ヒトからヒトが, トマトからトマトが出来,
別のもの(例えばカボチャからピーマン)が出来ない理由はここにある。
図で付)や{ニ)は(吋や付の鋳型となっていると云う。図から想像すると,最初の 細胞遺伝子DNAの(イ)とい)は必ずどこかの細胞に保存されて存在する事になる ((ロ)やりも次の細胞分裂で同じ事が起こり,以下無限に同様な現象が見られ る〕。このような元の遺伝子の2本鎖のそれぞれ1本は,永遠に消える事はな い。この様に2本鎖の半分がどこかに保存されて増えて行くので,これを半保 存複製と云う。極言すれば,我々の先祖(あるいはもっと前のヒト)の遺伝子 は今でも誰かの遺伝子としてどこかに存在するはずである。人類皆兄弟たる所 以である。
DNAが増えるときには図の付)と相補的な塩基を繋いで、加)を作るが,この作 業を行なうのがDNA合成酵素(D N A polymerase)である。 1秒間に50個の 塩基を繋いで行く。この酵素はまた,ペアにならない,まちがった塩基が来た 時に,これを取り除いて正しい塩基に置き換える校正能力も持っている。この 様にして遺伝子DNAは増えて行く。
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9章 遺 伝 情 報 メ カ ニ ズ ム
4節 DNAからm R N Aへの転写 (1 ) 遺伝子の転写(transcription)
第1節で述べたように, DNAの遺伝子から蛋白質を作る為に,その遺伝情 報をコピー(転写)してmRNAに写しとり,それを蛋白合成工場へ運ぶ必要 がある。即ち遺伝子上の塩基(ヌクレオチド)を,まちがいなく(数と配列) 写しとる必要がある。この時はDNAからRNAを作るわけだから, RNA合 成 酵 素 (R N A polymerase)がその役を担っている。
mRNAは1本の紐(1本鎖)だから 2本鎖DNAのどちらか一方をコピー する。この時どちらか1本の相補的な塩基(DN AはA,T, C, Gを使って いるがRNAはTのかわりにUを使う)を, DNAが増える時と同じやり方で RNA合成酵素が繋いで行く。どちらの鎖を使うかは, DNA遺伝子の上流に そのシグナルがあって,これを酵素が認識し,このシグナル(プロモーターと 云う)のある鎖を読んでそれと相補的なmRNAを作る。作るスピードは1秒 間に30個の塩基を繋いで行く。 DNA合成の時よりやや遅い。
(2) コドン (codon)
出来上がったmRNAはリボゾームと云う細胞質にある蛋白合成工場へ移動 して,そこでmRNA上の塩基 (A,U, C, G)の配列がアミノ酸に翻訳さ れる事になる。蛋白質はアミノ酸が繋がったポリペプチドである。アミノ酸は 20種類あるので, mRNAの塩基の配列に従って順序よく繋がる必要がある。
どの塩基がどのアミノ酸に対応するのであろうか。 1ツの塩基が1ツのアミノ 酸に対応するなら 4個のアミノ酸しか指定できない。 2ツの塩基の組合せだ と16個 (4X 4)のアミノ酸しか指定できない。 20個のアミノ酸に対応する為 には3ツの塩基の組合せ (4X 4 X 4 =64)でないと数が足りない。事実 3 個の塩基の組合せで1ツのアミノ酸を指定し,これで翻訳可能である。この3 個の塩基の組合せを「遺伝暗号」あるいは「コドン」と云う。コドンは64種類 あるので逆に44種類は余ってしまう。実際は,従って1ツのアミノ酸には複数 のコドンが対応している。例えばグルタミンと云うアミノ酸を指定するコドン は, CAAとCAGである。アスパラギンにはAAUとAACが対応している,
と云う具合である。このコドンは地球上の生物に全て共通した遺伝暗号である。
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ところで, DNAの鎖の上に遺伝子が4文字の塩基で書かれているが,沢山 の遺伝子が隙間なく並んでいるわけではない。長いDNAのある場所からある 場所までが「甲」遺伝子の情報で,次の「乙」遺伝子はしばらく無意味な塩基 が続いてからスタートするので,その聞はmRNAに転写する必要はない。
mRNAは甲と乙の情報だけを読みとればよい。そこでどこから甲の情報が 始り,どこで終るのかをmRNAは見分ける必要がある。実はこれもコドンが 決めているのである。即ちmRNAに転写されるスタートのコドンと,終了す るストップコドンがあって, RNA合成酵素はこれを認識して,その間だけm RNAを作っている。この読み始めのコドン(開始コドン:initiation codon)
はTAC (mRNAでは相補的な塩基だからAUGで,全てのmRNAの先頭 はAUGである)で,読み終りのコドン(終止コドン:termination codon)は
ATT, ATC, ACT (同様にmRNAの最後はUAA,UAG, UGA)
である。
5節 蛋 白 質 の 合 成 (1) 効率のよい蛋白質の合成
DNAの遺伝情報(遺伝子)からコピーされるmRNAは1本ではない。多 くは何枚もコピーされて,その遺伝子のmRNAは複数個出来る。また1本の
mRNAを使う事によって複数のポリペプチドが作られる。現在最も効率のよ い蛋白質の合成は蚕の絹の蛋白である。
絹蛋白(フィプロイン)の遺伝子は 1個であり,蚕の網糸腺と云う細胞でフィ ブロインが作られる。この時l個のフィブロイン遺伝子から作られるmRNA
は1万本 1本のmRNAから作られるフィブロイン分子は10万個,従って1 個のフィブロイン遺伝子は10億分子のフィブロインを作る事が出来,これが4
日続き,これで蚕は繭を作る。我々はこの絹を利用しているのである。
(2) 蛋白質の作られ方
蛋白合成の為にはmRNAのコドンをアミノ酸に置き換えねばならない。こ の場合,コドン自身がアミノ酸を認識するのではなく, mRNAのコドンを認 識し,それと指定されたアミノ酸とに対応するアダプターがある。これはmR
NAとは別の種類のRNAが行なっており,これをトランスファ‑RNA
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9章 遺 伝 情 報 メ カ ニ ズ ム
(transfer RN A : tRN A)と云う。 lツのアミノ酸は複数のmRNA上のコド ンに対応しているから(第4節), t R N Aの種類も 1ツのアミノ酸に対して複 数個存在している。
tRNAも1本鎖のRNAで一方の端にアミノ酸がついていて,もう一方の 端にmRNAのコドンに対応する所がある。この場所にはmRNAのコドンに 相補的な塩基が存在している。例えば第4節で述べたように,あるmRNAの
ある場所のコドンがCAAであれば, t RNAの端がGUUとなっていて,こ のGUUの配列をもったtRNAだけが,アダプターとしてmRNAの上に結 合できる。このGUUをもったtRNAのもう一方の端にはグルタミンと云う アミノ酸(第4節参照)がついていて,他のアミノ酸はついていない。このよ うにしてmRNAのコドンが特定の指定されたアミノ酸に翻訳される。
この様な作業を行なう所がリボゾームである。細胞には必ずリボゾームが存 在し,このリボゾームには1本の溝があり,ここにmRNAの鎖がキッチリと 桜って固定される。するとmRNAのコドンに対応する(相補的塩基の配列を もった) t RNAが結合する。この tRNAの向う端にはコドンに対応したア ミノ酸がある。次にこのmRNAのコドンの次の(2番目)のコドンにも別の tRNA結合し,このtRNAの向う端にまた特定のアミノ酸があるので,ア ミノ酸が向う端で2個並ぶ。そこにこの2個のアミノ酸を繋ぐ酵素(ペプチジ ル・トランスフェレース)がやって来て 2個がくっつく。すると,リボゾー ム上のmRNAは1個のコドン(最初のもの)の長さだけずれて,最初のtR N Aははずれ,この時,向う端のアミノ酸も tRNAからはずれるが 2番目 のアミノ酸と己に結合しているのでそこに残っている。次にmRNAの3番目 のコドンに対応する tRNAがやって来て,同様に2番目と 3番目のアミノ酸 が結合する。この様にmRNAはリボゾーム上を 1個のコドンの長さだけ移 動しながら, t RNAの助けにより 1個づっアミノ酸を繋いで行き,終止コ ドンが来る迄これが続き 1本のポリペプチド(蛋白質分子)が出来上がる。
この移動サイクルのスピードは1秒間に20である。即ちl秒に20個のアミノ酸 の鎖が繋がる事になる。一般に蛋白質のアミノ酸は100個以上(数百個)あるの が普通である。こうしてDNAの遺伝子から蛋白質が出来上がる。
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6節 遺 伝 情 報 と 生 命
以上,生命の基本である遺伝情報の流れを物質の面から,そのごく基本的な 部分を述べてきた。勿論実際にはもっと複雑な機構があるし,不明の点も多い。
しかしここに述べた基本線は全ての生物に共通の出来事であり,生命を物質的 立場から理解できる事を示した。
今後DNAの構造や塩基配列は,お金と時間さえかければ,ヒトを始め,全 てが明らかになるであろう。こうなると,現在すでに行なわれている様に,別 の種類の生物の遺伝子を切ったり繋いだりして,人工的に今まで存在しなかっ た遺伝子を作る事も可能である(遺伝子操作)。例えば,糖尿病の治療に欠かせ ないインシュリンは,動物の梓臓をすりつぶして作っていたが,これでは得ら れる量も少なく,高価なものとなる。今では,ヒトのインシュリンの遺伝子と 大腸菌の遺伝子と繋いで,大腸菌の中で大量に作らせる事が出来る。大腸菌は 一晩で1升瓶の中で1兆個にも増えるから,インシュリンは大量に安価に出来
る。
これからヒトの脳の働きも物質論的に解明される時代が来るであろう。我々 が生命をどう理解するかはそれぞれの立場,考え方で異なり,どれが正しくて どれが誤っていると云う事ではない。しかしそのような理解や考え方そのもの も物質論的に論じられる事になろうと云う事である。
この章を通して生命について何を想い,何を考えるかは各自の自由であれ その素材を提供して終る事とする。
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