第第
第第1111章章章章 序序序序 論論論論
1.1 本研究の背景と目的 1.1.1 土木分野における設計技術
土木分野において,長い間世界各国で採用されてきた設計法は,許容応力度設計法であ る.許容応力度設計法(Allowable Stress Design)とは,一口で言うと,「構造物に発生する 応力度がその構造物を構成している材料の許容応力度を超えないように断面寸法などを決 定する方法」と言える.
日本における土木構造物を対象にした許容応力度設計法は,内務省による1926年(大正 15年)の「道路構造に関する細則案」において初めて示された 1).そして 1989年(昭和 61年)の土木学会コンクリート標準示方書 2)改訂まで,実に約 60 年近く主流の設計法で あった.同示方書では,限界状態設計法が採用された昭和61 年版(1989 年)以降,それ までの許容応力度設計法は末章に付記され,限界状態設計法が主,許容応力度設計法が従 となっている.図-1.1 に,許容応力度設計法における安全性の照査に至るまでの流れとそ の照査方法を示す.
限界値の例 応答値の例
材料強度(設計基準強度)fk 荷重 Fk
γ 断面力S 許容応力度 σa=fk/γ 作用応力σ
照査 σ≦σa
図-1.1 許容応力度設計法の安全性照査までの流れと照査方法
荷重 断面力 作用応力度 安全性の照査 許容応力度 材料強度
安全率γ
基本的な設計手順は,まず,与えられた作用荷重(外力)Fkに対して,部材の断面力(曲 げモーメント,せん断力など)S,各材料(コンクリート,鉄筋など)に生じる応力度σが 得られる.一方,使用される材料と同じ品質の材料の強度試験からコンクリートの圧縮強 度,鉄筋の降伏強度が与えられ,これを設計基準強度(材料強度の特性値)fkとし,さら に十分な安全性を見込んだ安全率γで除することにより,許容応力度σa が得られる.そ して,材料応力度σが許容応力度σaを超えないことを確認するのである.
許容応力度設計法の特徴は,下記のように要約できる.
○ 許容応力度設計法では,安全性の余裕は主として材料安全率(>1)によって大きめ に配慮され,許容応力度を非常に低くとっている.このような余裕に対する配慮は,
従来の経験から定められ,必ずしも経済性という観点も含め合理性を検討して定めら れたものではない.
通常,材料安全率として,鋼では,降伏点に対して1.7(最大強度に対しては3),コンク リートでは設計基準強度に対して 3 程度が用いられる.この他にも余裕を持たせるために,
材料強度には小さめの値が,作用荷重には大きめの値が設計用値(公称値)として用いら れる.
○ 構造物の設計とは,広義には,作用する荷重あるいは環境に対して構造物が要求され る性能を有することを確かめることである.例えば,「道路橋示方書」3)で用いられて いる許容応力度設計法においては,部材の断面に発生する応力の制限値が,どのよう な性能を確保するためのものであるか,必ずしもその意味するところが明確でない.
しかし,この設計法は構造物の安全性を一定水準以上に保つのに有効であることを 我々は経験的に知っている.許容応力度設計法は,この意味において,性能設計の原 始形と言える.
○ 許容応力度設計法は,構造物の全うすべき機能の最も大事なものである破壊に対する 安全性を保証するが,実は他の機能に対しても材料安全率の余裕によって保証してい る.
○ 許容応力度設計法は,構造物の破壊に対する安全性の保証として,線形弾性理論に依 っている.したがって,比較的簡便であり,わかりやすい.
しかし,この設計法にはいくつかの欠点のあることが指摘されており,それは下記の2
点に要約できる4).
○ 許容応力度と対比・比較される材料の作用応力度が必ずしも断面力に比例しないので,
部材崩壊に対する安全度を必ずしも合理的にあるいは直接的に表現できない.
○ 荷重に対する安全性も含めて,全ての安全係数を材料の許容応力度のみによって扱っ ているが,荷重の変動,材料のばらつき,構造解析上の不確実性は互いに次元の異な るものである.
このような欠点を克服するため,提唱され採用されたのが限界状態設計法である.
限界状態設計法(Limit State Design)とは,「まず構造物の施工および使用期間中に,そ の構造物が遂行すると予期されている機能を全うしなくなる状態(その状態に達すると不 都合さが急激に増加する状態で,設計で照査しなければならない状態)を明確に定義する.
そしてその可能性が十分小さくなるように,できるだけ信頼性理論の助けを借りて構造物 を設計する方法」と言える5).
ところで,許容応力度設計法も,材料強度の降伏点に対して何がしかの安全率を取って 許容応力度を定めており,考え方としては限界状態設計法の1つの状態であるとも考えら れる.従来は,許容応力度という1つの項目だけを照査しておけば,終局状態に対する安 全性と使用状態に対する使用性の両方とも満たすものと考えてきた.しかしながら経済設 計に対する要求が高まっている現在,使用する材料の強度を高くする,あるいは降伏点を 上げるなどの他に,新しい材料を使うなどそれぞれの目的に合った材料の改良,開発が行 われている.そのため,構造物の安全性と使用性を1つの項目である許容応力度だけで満 たすことはできなくなってきた.限界状態設計法は,このような不都合さ(欠点)を克服 することができる.
限界状態設計法において扱われる限界状態 6)(その状態に達すると不都合さが急激に増 加する状態)とは,
○ 終局限界状態:構造物または部材が破壊したり,転倒,座屈,大変形等を起こし,安 定や機能を失う状態
○ 使用限界状態:構造物または部材が過度のひび割れ,変位,変形,振動等を起こし,
正常な使用ができなくなったり耐久性を損なったりする状態
○ 疲労限界状態:構造物または部材が変動荷重の繰り返し作用により,疲労破壊する状 態
の3通りであり,限界状態設計法は,前述の限界状態に対し,安全性を照査する.図-1.2 に,限界状態設計法における安全性の照査に至るまでの流れとその照査方法(断面破壊の 終局限界状態に対する安全性の検討例)を示す.
限界値の例 応答値の例
耐 力 断面力
材料強度の特性値fk (=ρmfn) 荷重の特性値Fk (=ρfFn) γm γf
材料の設計強度 fd = fk/γm 設計荷重 Fd =γfFk
断面耐力 R(fd) 断面力 S(Fd) γb γa
設計断面耐力 Rd = R(fd)/γb 設計断面力 Sd =ΣγaS(Fd)
照査 γi・Sd /Rd≦1.0
図-1.2 限界状態設計法の安全性照査までの流れと照査方法
(断面破壊に対する安全性の検討例)
荷重 断面力 安全性の照査 材料強度
材料係数γm
断面耐力
部材係数γb 構造解析係数γa
荷重係数γf
構造物係数γi
基本的な設計手順は以下のとおりである.
まず対象構造系に対して,各種の荷重の特性値Fkを組み合わせて設計荷重を設定する.
この荷重が作用したときの断面力を構造解析によって算出し,さらに安全側に割増したも のが設計断面力Sdとなる.一方,耐荷力としては,材料強度fkからばらつきを考慮して若 干割り引いた値が材料の設計強度fdであり,これを用いて計算された断面耐力を部材係数 γbで除したものが設計断面耐力Rdとなる.設計断面力Sdに対する設計断面耐力Rdの比を とり,γi・Sd/Rd≦1.0を満足すればよい.別の言い方をすると,想定される荷重・環境作用 に対して計算される構造物の応答値Sが設定した限界値Rに到達しないことを確認する.
限界状態設計法の特徴の一つは,荷重に対する安全係数と材料に対する安全係数を分離 して考え,最終的に曲げモーメント,せん断力などの断面力のレベルで対比することにあ る.また,ある構造物に荷重が作用すると,その大きさによっては構造物の使用にとって なんらかの不都合が生じる,あるいは破壊に対して不都合が生じるなど,問題になる荷重 レベルに差があることに注意を要する.このことから,この設計法は,種々の限界状態に ついて適切な方法で,各限界状態に達する確率を十分小さくすることによって安全性を確 保するための設計体系と言える.
しかしながら,荷重の大きさや材料強度を確率論的に十分把握することは,現在のとこ ろ,極めて困難であることから,これらを特性値(characteristic value)として表現するこ ととし,これに安全係数を乗じて設計に用いる値に変換する方法を採用している.
土木学会コンクリート標準示方書設計編6)では,安全係数として,荷重係数γf,材料係 数γm,部材係数γb,構造解析係数γa,構造物係数γiの5つが用いられている.
これら部分安全係数については,表-1.1で説明する.
表-1.1 部分安全係数により配慮されている内容6)
配慮されている内容 取り扱う
安全係数
断 面 耐 力
1. 材料強度のばらつき
(1)材料実験データから判断できる部分
(2)材料実験データから判断できない部分
材料実験データの不足・偏り,品質管理の程度,供試体 と構造物中との材料強度の差異,経時変化等による 2. 限界状態に及ぼす影響の度合
3. 部材断面耐力の計算上の不確実性,部材寸法のばらつき,
部材の重要度,破壊性状
特性値fk
材料係数γm
部材係数γb
断 面 力
1. 荷重のばらつき
(1)荷重の統計的データから判断できる部分
(2)荷重の統計的データから判断できない部分
荷重の統計的データの不足・偏り,設計耐用期間中の 荷重の変化,荷重の算定方法の不確実性等による 2. 限界状態に及ぼす影響の度合
3. 断面力等の算定時の構造解析の不確実性
特性値Fk
荷重係数γf
構造解析係数γa 構造物の重要度,限界状態に達したときの社会的・経済的影響度等 構造物係数γi
許容応力度設計法では,1つの項目だけ,つまり応力度だけに着目して照査を行ってき たが,限界状態設計法に移行すれば,終局状態,使用状態,疲労状態と照査すべき状態が 多くなり,複数の視点から検討することになる.このような観点から,許容応力度設計法 との大きな違いは,構造物の挙動に関する理解の程度の違いにあると言える.このため,
下記のような利点がある5).
○ 設計において照査しなければならない状態を明確に区別して統一的に定義し,それぞ れの状態で用いるべき材料強度,荷重,安全係数をはっきり区別できる.
○ 性質の異なる種々の不確定要因について,相対的な数値評価が可能ならば,これらを 個別に配慮できる.
○ 終局限界状態の照査において,断面の耐力の算定に塑性論が採用され,断面耐力を算 定する際に合理化が図れる.
○ 構造物の個々の設計者および管理者が,種々の不確定要因を意識して設計し,管理す ることにより,創造的な設計,合理的な管理をする可能性が大きい.
例えば,鉄筋コンクリートの場合,圧縮破壊やせん断破壊は曲げ破壊に比して脆性的で あり避けるべき破壊形式である.よって,圧縮・せん断破壊に対する部材係数γbを曲げ 破壊に対するものよりも大きく採ることにより,脆性的破壊(終局限界状態)を回避する ことを意識した安全かつ合理的な設計が可能となる.
許容応力度設計法から限界状態設計法へと移行する中,信頼性理論を基礎とする信頼性 設計法という厳密な方法も諸外国で研究開発されてきている7),8),9),10),11).
信頼性設計法とは,「安全性・使用性・耐久性等の機能(性能)を支障なく遂行する度 合い(=信頼性)がある合理的な水準以上に保てるように,確率統計理論を何らかの形で 取り入れて行う設計」5)と言うことができ,限界状態設計法が理論の拠り所としている信 頼性理論がその基礎にある.信頼性理論は土木建築構造物の設計理論としてすでに 1920 年代には現れ,1950年代になると制御工学,品質管理工学などの分野でその必要性から研 究開発され,体系化されていった.その後,構造物の設計理論へとフィードバックされ,
今日の信頼性設計法に至っている5).
どんな設計法を用いるにせよ,構造物の設計の目的は,「施工および使用期間中に,その 構造物が遂行するとされる機能を全うさせること」である.ところが,構造物を設計する という行為は,表-1.2 に示すように,はっきりしない要因,すなわち不確定要因を抱えた ままなされなければならないという宿命を持つ.よって,このような要因が不利に働いて も,機能を全うしなくなることがほとんど起こらないように,通常の状態では機能に十分 余裕があるように設計される.しかし,この余裕を多くとりすぎると不経済な設計をする ことになる.つまり設計には,余裕を見込むということと経済性も配慮するという二律背 反の要求のバランスを図らなければならないという難問が常につきまとっている.
したがって,信頼性設計の意義とは,「種々の不確定要因と構造物の安全性との関係を定 量的に評価する」ことであり,構造物が供用期間内に限界状態を超過する確率が許容確率 以内にあることを確かめることにある.
表-1.2 構造物の設計に関連する不確定要因5) (1) 作用荷重の不確定性
a) 荷重の変動性(ばらつき) b) 荷重の時代による変遷 (2) 強度の不確定性
a) 材料強度の変動性(ばらつき) b) 構造物内の強度の不明確さ (3) 製作・施工誤差
(4) 算定・解析方法のもつ不確定性
a) 断面力の算定の不確実性 b) 強度の算定の不確実性 (5) 設計で考慮しなかった要因(応力集中,未知など)の存在
(6) 人的過誤の存在
なお,信頼性設計法は,信頼性理論を取り入れる程度により,水準Ⅲ,水準Ⅱおよび水 準Ⅰと大きく3つに分類される.
【水準Ⅲの方法】
水準Ⅲでは,限界状態を超える確率を許容範囲内におさめることを目標とする.荷重・
強度などの不確定性を評価して確率分布または確率密度関数を求め,構造物が設計耐用期 間内に限界状態を超過する確率を計算して,許容確率以内にあることを確かめる.式で示 すと,(1.1)式のようになる.
fa
f P
P ≤ (1.1) ここに,Pfは構造物がある限界状態を超える確率(破壊確率とも言う),Pfaは許容破壊確 率である.
ここで,設計される構造物の安全性を考える.安全性の状態を,例えば,構造物に作用 する外力Sとそれに対する抵抗Rによって生じる力の差R−Sで表すとする.R−Sは,外 力に対する抵抗力の余裕分であり,安全性の程度を表すものである.よって,安全裕度は,
(1.2)式で表される.
S R
Z = − (1.2) ここに,Zは限界状態関数であり,Z=R−S=0が「限界状態」,Z=R−S<0が「破壊・危
険」,Z=R−S>0が「安全」であることを表す.よって,Z<0になる確率が限界状態を 超過する確率(破壊確率)になる.
=0
−S
R :限界状態
<0
−S
R :破壊・危険 (1.3)
>0
−S
R :安全
RとSが確率変数(偶然性によりランダムにいろいろな値をとる変数)であるとすれば,
S
R− も確率変数となる.すなわち,外力に対する抵抗力の余裕は確定した値にはならず,
確率値として示される.
したがって,破壊確率 Pfは下式のように定義できる.また,信頼性 Reはその余事象の 確率で表される.
[
= − <0]
=PZ R S
Pf (1.4)
[ ]
fe PZ R S P
R = = − >0 =1− (1.5) 破壊確率PfはSとRの同時確率密度関数を領域(0<R<S)で積分することにより,次 式で表される12).
[
>]
=∫∫
∞( )
=∫∫
∞ ∞( )
=
0 , 0 0
, , ,
y R S x
R S
f PS R f x ydydx f x ydxdy
P (1.6)
ここに,fS,R( )x,y はSとRの同時確率密度関数である.
また,SとRが統計的に独立ならば,fS,R
( )
x,y =fS( ) ( )
x⋅fR y であるので,(1.6)式は次のよう になる13).( ) ∫ ( ) ∫ ( ) ( )
∫
∞∞
=
=
0 0
0
dx x F x f dx dy y f x f
P S R
x R S
f
( ) ∫ ( ) ∫ ( ) { ( ) }
∫
∞ ∞∞
−
=
=
0 0
1 F y dy y
f dy dx x f y
f R S
y S
R (1.7)
ここに,FS( ) ( )x,FR yはそれぞれSとRの分布関数,fS
( ) ( )
x,fR y はそれぞれSとRの確率密度関 数を表す.(1.7)式は次のように考えることができる.
SとRが図-1.3のような確率分布であるとする.Sがxとx+dxの間にある確率はfS
( )
xdxであり,Rがこのxより小さくなる確率はFR( )x で与えられる.SとRが独立であるから,こ の2つの事象が同時に生ずる確率はその積FR( ) ( )x fS xdxで表され,これを S の全領域にわた ってたたみ込み積分すれば,(1.7)式が得られる.
図-1.3 破壊確率算定の概念図(水準Ⅰの場合)
水準Ⅲの方法は,設計技術者が各種のデータに基づいて,設計対象となる構造物に作用 すると考えられる各種の荷重の性質を評価して,構造部材断面の強度Rと荷重によって生 じる外力Sのばらつきの程度を確率密度関数の形で求め,そして破壊の生じる確率を計算 するのである.このため,設計技術者にも確率・統計に関する知識が必要であり,限界状 態の超過確率の解析にも荷重や耐力の確率モデルに基づいた煩雑な専門的作業が必要と なる.
【水準Ⅱの方法】
水準Ⅱは水準Ⅲの煩雑な作業を1段階簡略にしたもので,荷重や強度の確率分布(確率 密度関数)を仮定して,平均値と標準偏差から,信頼性指標βを求める方法である.
仮にRと Sがともに正規分布,そして互いに独立である場合を考えてみる.このとき,
両者の差で表される限界状態関数Z(=R−S)もまた正規分布となる.いま,Zの正規確 率密度関数をfZ(x)とすると,破壊確率Pfは図-1.4の斜線部分の面積で表され,(1.8)式で計
µS µR
σS σR
抵抗力Rの確率密度関数fR(x) 外力Sの確率密度関数 fS(x)
x )
(x FR
x
dx S x f ()
算される.
∫ ( )
∞
−
=
0
dx x f
Pf Z (1.8)
図-1.4 破壊確率算定の概念図(水準Ⅱの場合)
したがって,累積確率を表す標準正規確率分布関数Φを用いれば,破壊確率Pfは(1.9)式 のようになる.
(
Z Z)
Pf =Φ−µ /σ (1.9) ここに,μzはZの平均(R,Sが正規分布の場合,µZ =µR−µS),σzはZの標準偏差(R,
Sが正規分布の場合,σZ2 =σR2 +σS2)である.
(1.9)式に示すように,破壊確率はµZ/σZによって規定できる.言い換えれば,µZ/σZを
扱うことで,間接的に破壊確率そのものを扱うことができることになる.そこで,µZ/σZ をβと表し,信頼性を表す指標として定義することができる.
( )
−β Φf =
P (1.10) 設計では,(1.11)式に示されるように,計算された信頼性指標が目標信頼性指標と等しい か,やや上回るようにする.
0 µZ =µR−µS
σZ
限界状態関数Zの確率密度関数 fZ(x)
x
βT
β ≥ (1.11)
ここに,βは Pfから求まる信頼性指標,βTは許容破壊確率から求まる目標信頼性指標で ある.
なお,破壊確率Pfと信頼性指標βの間には図-1.5のような関係がある.
Pf β
0.5 0
10-1 1.29 10-2 2.32 10-3 3.09
図-1.5 破壊確率Pfと信頼性指標βの関係
【水準Ⅰの方法】
水準Ⅰは水準Ⅱを更に簡略化し,かつ従来の計算法・設計法の連続性を保とうとする方 法である.部分安全係数法とも呼ばれ,土木学会コンクリート標準示方書[設計編]6)で は,この水準Ⅰの方法を採用している.設計式に含まれる係数の設定には,確率計算を援 用しているが,設計者自身はいっさい,確率計算をする必要はない.内容は信頼性設計法 であるが,図-1.2に示すように,形式としては部分安全係数の値は確定的に与えられる.
なお,上記で示した信頼性設計で算定される破壊確率は,リスクマネジメント手法の中 でリスクを定量化する際に用いる,負の影響を及ぼす事象の発生確率に当たるものであり,
リスクマネジメントという観点からも非常に重要な算定項目である.
0.001 0.01 0.1 1
0 1 2 3 4
信頼性指標β 破壊確率PF
信頼性指標β 破壊確率Pf
1.1.2 設計合理化の必要性
ここでは,「社会環境への対応」および「土木構造物に対する信頼性の確保」という2つ の点に着目し,最近の我々を取り巻く背景について考えてみる.
○ 社会環境への対応
多くの技術は,社会システムを反映して発達する.したがって,社会システムが変容 すれば,要求される技術の方向も変わらざるをえない.これとは逆に,ある領域におけ る技術の突出が社会システムを変える役割を果たすこともある.例えば,コンピュータ 技術の発達はわれわれの仕事のやり方をも変えつつある.いずれにしても,社会システ ムと技術とは密接に関係しており,お互い切り離して考えることはできない.
土木構造物は,社会システムを支える重要な社会基盤であり,これまでは,社会基盤 の整備が各種産業の発展を促してきたと言える.しかしながら,右肩上がりの経済発展 が終焉したことがはっきりとしてきた現在,我々を取り巻く社会環境とそれに伴う人々 の価値観が劇的に変化しつつある.このような中,建設産業を取り巻く環境も様変わり し,社会基盤整備そのものに対して厳しい目が向けられるようになってきた.
とりわけ,建設業界では,規制緩和,一般競争入札の導入,建設業評価の導入,国際 化(国際競争,設計基準の国際化),ISO 標準の浸透,PL 法の施行等,従来とは異なっ た環境になりつつあるのと同時に,低成長下の公共構造物への投資のあり方も問われつ つある.このため,情報開示という要求が高まりつつある.
一方,電力業界では,欧米の電力料金なみに日本の電力料金の引き下げを要求する声 が高まっている.これに加え,1995年には電気事業法が大幅に改正されIPP(Independent
Power Producer;独立系発電事業者)の卸供給事業への参入が可能となった14).また2000
年には同事業法の更なる改正により電力小売り市場が自由化され,PPS(Power Produce
and Supplier;特定規模電気事業者)が新規参入し小売り分野での競争が本格化した14).
さらに2005年4 月には新たに有限責任中間法人の日本卸電力取引所15)が開設され,卸 電力の取引にも本格的な競争原理が導入された.これらの制度的枠組みの変革を見ても,
可能なかぎり安い電力供給を強いられることは必至である.このように電力会社は,電 力料金引き下げの必要性に迫られ,結果,電力土木構造物の建設コストやその修繕費の 引き下げが余儀なくされることになる.
○ 土木構造物に対する信頼性の確保
一方,1995年 1 月に発生した阪神淡路大震災により,土木・建築構造物にも多大な被 害が発生した.このため,「兵庫県南部地震のような高レベル地震動に対しても,安全性 は確保すべきだ」との要求が高まってきた.
このような要求に対し,我々設計技術者は高レベル地震動に対して所要の性能を設計 段階で明確にしておく必要がある.また,地震以外でも,今後,土木技術者の仕事のウ ェイトが建設から保守へ移行するのは必至であり,設備のライフサイクルを考えた最適 な維持管理方法の見直しを行う必要もある.
このように,土木構造物に対して,トータルでの安全および信頼性の向上が迫られて いるのである.
以上のように,電力土木技術者は,コストダウンの要求のみならず,電力供給の信頼度 確保(土木で言えば,電力土木設備の安全性・信頼性の確保)という電力会社の大命題も 満足しなければならないという厳しい状況に置かれている.
設計合理化の必要性に関わる背景について図-1.6に示す.
【社会環境への対応】 【土木構造物に対する信頼性の確保】
図-1.6 設計合理化の必要性に関する背景
今までの豊かな社会による社会安全性の向上
電力供給信頼度の確保
設備安全性の確保
阪神淡路大震災によ る土木構造物の被災
高レベル地震動に対する所要性能の明確化 保守管理の最適化
安全・信頼性の向上 経済発展の鈍化と人々の価値観の変化
社会からの技術に対するニーズの変化
[建設業界] [電力業界]
・規制緩和 ・電気事業法改訂
・一般競争入札導入 ・競争原理の導入
・国際競争への突入 (IPP 電力業界参入)
低価格化(電気料金,建設単価)
投資効率の向上・設備建設費の低減
工事単価の削減 設計数量の削減
コストダウンの必要性
信頼性確保とコストダウンの二律背反解消による合理化実現
1.1.3 性能設計体系の導入とその適用性
日本の中では,土木・建築分野において構造物の設計法が仕様規定型から性能照査型へ と移行しているが,この流れは世界的な潮流といえる.ISO2394(構造物の信頼性に関す る一般原則)16)に代表されるような国際規格や欧州を中心に検討されてきた Eurocode17)に 代表される地域規格においても性能設計の考え方を基本とした骨格となっている.また米
国では,1989年のLoma Prieta地震や1994年のNorthridge地震によって経済的にも心理的
にも大きな打撃を受けた経験から,カリフォルニア構造技術者の会(Structural Engineers
Association of California: 略してSEAOC)を中心に従来の耐震設計の考え方に対して見直し
検討が行われた.SEAOCのVision200018)では,構造物の重要度に応じた柔軟な設計が行え るように設計地震動レベルと耐震性能レベルを4段階に分類した,性能マトリックスによ る設計法,すなわち,多段階耐震設計法の考え方を示した.日本においては,1989年に土 木学会コンクリート標準示方書・設計編 2)が性能設計を規範とした限界状態設計法を初め て取り入れたものの,従来設計の簡便さのためか大きな普及には至らず,1995年の兵庫県 南部地震以降ようやく,性能設計の重要さが認識されるようになった.この歴史的な大惨 事が引き金となり,鉄筋コンクリート構造物 19),20)のみならず,港湾施設 21),鋼構造 22), 道路23)などの様々な構造設計基準が性能照査型に変更されてきている.
設計とは本来,構造物を建設するにあたり,安全性・使用性などの目的を満足するよう に,今まで蓄積された技術・知見のもと,工学的な判断により構造形式・材料・構造寸法 などを決定することである.したがって,「性能(目的)」を満足する構造物を実現すると いう意味では,従来の設計も性能設計も基本的には同じである.しかし,従来設計では,
「性能」は間接的であり,材料の許容応力度あるいは安全率という形でのみ確認されるの に対し,性能設計はこれを直接的に明示することにより,性能そのものを確認しようとす るのである.
性能設計は,殊に阪神大震災で多くの土木構造物が予想外の崩壊に至ったという事実を 背景に,「高レベル地震動に対しても何らかの耐震性能を構造物に予め設計段階で考慮すべ き」という認識が高まったことを機に,再燃し始めた設計思想であり,特段,目新しい設 計思想ではない.しかし,高性能コンピュータの普及により解析手法の高度化が進み,特 に破壊に関する限界状態が明らかにされつつある現在,現象の真実に近づけば近づくほど,
さらに踏み込んだ設計すなわち設計の合理化につながる設計が可能となる.
性能設計または性能照査型設計とは,「構造物の設計において,設計目的(構造物に必要
とする性能)を明確にしたうえで,材料,構造形式・寸法等の仮定した構造諸元がその必 要性能を満足することを直接的に確認する(性能照査する)形式の設計体系」と言える.
これは,設計基準(規定)の形式によって分類した場合の用語であり,対立する設計法は
「仕様規定型設計」である.仕様規定型設計法とは,規程・基準に定められた仕様基準を 満足することを確認する形式の設計体系であり,必要とする性能を満足することの確認は,
間接的なものとなっている.
また性能設計は,土木学会・コンクリート標準示方書 6)が採用している「限界状態設計 法」と対立する概念ではない.性能設計の形式を導入する主目的は,規制緩和による設計 合理化の促進であり,「限界状態設計法」の目的と基本的に同じものといえる.よって,「限 界状態設計法」を性能設計法の原型と考えても誤りではない.また従来の例外(特認)を 原則に切り替えたようなものと考えてもよい.すなわち,仕様規定型設計法が「原則とし て…規定仕様による.個別に確認した場合はそれによってよい.」となるのに対し,性能設 計法は「個別に確認して合理的設計を行うことを標準とする.検討・計算の簡便化を優先 させる場合には,慣用法に準じてもよい.」となる.
さらに,別の角度から見ると,性能設計とは,「構造物に必要とされる性能のみを設計者
(組織)が規定し,その実現方策も設計者自身が自由に選択しうる設計体系」とも言える.
したがって,設定した性能を実現するためには,解析手法や外力は設計者の責任で自由に 選択できる.
なお,ここでいう「照査」とは,構造物(その形状,寸法,配筋,材料など)が所定の 性能を保持しているかどうかを適切な方法を用いて確認する行為を言う.また,ここでい う「性能」とは,目的または要求に応じて,構造物または部材が果たす役割・はたらきを 言う.
表-1.3に仕様規定型設計と性能照査型設計との比較について示す.
表-1.3 仕様規定型設計と性能照査型設計との比較
項目 仕様規定型設計 性能照査型設計 備考 簡便性
責任体系
◎基準が明示的で誰でも 同じレベルの照査が可能
○ 材 料 荷 重 の 設 定 や 解 析 手 法 の 妥 当 性 を 設 計 者自 身が判断
技術の高度化 体系の標準化 が必要 性能の保証 ○ 公的保証
●間接的
● 自己責任
○直接的
限 界 状 態 の 厳 密 な把握が必要 新知見の反映 ●困難 ○ 容易
(設計者の選択) 個別の条件対応 ● 困難
● 過大評価
○ 容易
(設計者の選択)
○最適化が可能 ◎,○:長所,●:短所
表-1.3について説明する.
○ 簡便性
仕様規定型設計では,許容応力度設計法に見られるように,基準が明示的であり,誰 でも同じレベルの照査すなわち設計が可能である.これに対し,性能照査型設計では,
材料,荷重の設定や解析手法の妥当性を設計者自身が判断することになり,設計者の設 計思想が反映されることになる.設計者は,ある示方書に頼り,ただ単に,構造物の形 状・寸法・配筋・材料を決定するのではなく,事前に構造物のとるべき挙動を把握し,
それを実際の荷重作用時に再現できるような解析を行う必要がある.同様に,スムーズ に技術の高度化を図るための体系の標準化も必要となってくる.
○ 性能の保証
仕様規定型設計では,学会の標準示方書等が間接的ではあるが公的に保証することに なるが,性能照査型設計では,規定した性能そのものを直接的に設計者自身の責任で保 証することになる.このため,性能設計の普及は,これまであまり問題とならなかった
広義の技術者(設計者,現場施工者,施工管理者など)の責任関係の明確化を求めるこ ととなるのは言うまでもない.すなわち,技術力そのものが技術者の能力を代弁するこ ととなり,自己責任において性能を保証するためには,当然のことながら,対象とする 構造物あるいは部材に対する限界状態を知っていることが前提となる.設計者に責任を 課し,その責任をより明確にするというのは,性能照査型設計の一つの大きな特徴であ る.
○ 新知見の反映
「仕様規定」とは,従来型の構造材料および構造解析方法を前提に,具体的な材料,
寸法等を指定することをいう.仕様規定は,ある時期までは実質的な意味において有効 に機能していた(あるいは,機能する)が,社会環境の変化および技術の発展により新 しい知見を反映させようとする場合,細かな規則が新しい展開を阻害することになる.
すなわち,仕様規定は,選択の余地がほとんどない技術レベル,あるいはそれらに対す る理解のレベルが低い場合において有効であるが,技術が発展して選択の幅が広がった 現在,規制または規定の変更が必要となる.
一方,性能照査型設計では,設計者自身が解析技術レベル,対象構造物の重要度,
経済性などの様々な条件を総合的に判断して,自由に新しい知見や技術を採用すること が可能である.まさに構造物設計の規制緩和を促す設計である.
○ 個別の条件対応
実際に構造物の設計を行うにあたっては,地域,周辺環境,重要度など様々な社会的 な制約条件のもと,個々の構造物ごとに詳細な検討が必要である.例えば,ある構造物 の破壊や損傷の影響がその構造物のみに生じる場合と構造物のみならず周辺環境にま で波及してしまう場合では,本来,供用時の機能は同等であるにしても,破壊時の性能 に関しては後者の構造物の性能を高く設定するほうが合理的と言える.性能設計体系で は,このような構造物の固有の条件に応じた対応が可能となる.一方,仕様規定型設計 体系は,許容応力度設計に見られるように硬直的な面があり,そのような個別の条件対 応に対して融通がきかない.
また,仕様規定型と性能照査型の設計体系の模式図を図-1.7 に示す.以下に,図-1.7 に
ついて説明する.
○ 目標とする性能
従来の体系では,材料,荷重の設定方法は明確に提示されているが,目標とする性能 は明確に規定されておらず概念的である.一方,新しい体系では,材料,荷重は設計者 の自己選択的な判断により設定可能とし,目標とする性能を明確に設定することに重き を置いている.
性能照査型設計を行う場合,構造物に対してその目標とする性能を明確に提示する必 要があり,これを一般に性能規定と呼ぶ.性能規定とは,対象とする構造物に対し構成 する材料の種別に関わりなく要求される事項であり,RC,PC,鋼構造物およびその合 成構造等の種別に依らず,共通に適用される.言い換えれば,性能規定の内容(目標と する性能)は,構造物に要求する究極的かつ最も根本的な要件であるので,一般には,
時代が経過しても大きく変わるものではない.
○ 設計計算
従来の体系では,許容応力度設計法に見られるように,計算・照査方法のみならず安 全率も明確に規定されている.一方,新しい体系では,計算・照査方法は,許容応力度 法,限界状態設計法,信頼性設計法やそれらを組み合わせた方法など設計者の判断で自 由に選択可能である.また,安全率や安全係数の設定も設計者の判断で選択可能となる.
○ 保有性能
従来の体系では,目標とする性能を直接的に照査していないため,保有性能は概念的 である.ただし,許容応力度設計法を用いる場合,設計者は材料の応力度チェックを行 うことで,構造物の安全性や使用性を一定水準以上に保つことができることを経験的に 知っている.一方,新しい体系では,目標とする性能を明確に設定するため,どんな設 計計算法を用いるにせよ,何らかの照査項目または照査指標により,性能が保証される
(一般には,応答値≦限界値となる)ことを確認する必要がある.したがって,保有性 能は直接的に保証されることになる.
第1章序論
-21-
図-1.7 仕様規定型と性能照査型の設計体系
このほか,土木学会コンクリート委員会示方書改訂小委員会では,性能は構造物のライ フサイクルを通じて最も経済的に確保されなければならないとしている24).性能設計に基 づく構造物の設計および維持管理の検討は,本来ライフサイクルにおける構造物の劣化等 の環境負荷も考慮して行われなくてはならない.
更には,目標とする性能のレベルは,その性能の安全裕度(安全性)とその安全裕度を 得るために費やすコスト(経済性)とのバランスから適切に設定されるのが望ましい.ま た,安全性と経済性とのバランスの取り方は合理的で,説明性の高いものであることが望 ましい.図-1.8 に示すように,目標とする性能,安全性および経済性のバランスは設計段 階で決定されることになるので,これらバランスを考えて性能を確保するためには,合理 的な設計体系のもとで行う必要がある.その体系の一つが性能設計体系と言える.
図-1.8 性能設計で配慮すべきバランス
このように性能設計体系では,構造物設計における安全性評価方法の見直しを適切に行 うことが可能である.安全性を単に確定的な安全率で腰溜的にカバーすることは,コスト 的に割高になる場合もあるし構造物を総合的に見ると安全システムにバランスを欠くこと にもなりかねない.性能設計では,要求性能を明確に設定することに加えコストパフォー マンスを高めることにその狙いがある.その意味で構造物の設計では,構造物に被害をも たらす事象を的確に抽出し,どの程度まで被害を許容するかを決定する必要がある.すな
目標とする性能
安全性 経済性
低
高 高
低 NG OK NG
設計耐用期間にわ たってバランスが 保たれている必要 がある
わち性能設計では安全のために無節操にコストをかけるのではなく,一定の範囲の安全は 確保するけれども想定を超えた外力による被害や損害の発生は容認することにもなる25).
したがって,性能設計体系では,構造物の被害程度(この被害程度を明示することが要 求性能の明確化につながる),ある想定期間における総コスト(経済性)および安全の裕度
(安全性)をバランスよく検討し設定することが重要なのである.そのためには,設定し た要求性能に応じた定量的な安全裕度とそれを実現するためのコストが常に対となって評 価できるシステムが必要である.また確率統計的手法はそのための有効な評価ツールとな りうる.
性能設計とは,このように不確定性の存在を前提にそれを積極的に取り込み,設計対象 ごとに固有の不確定性を明確化するとともに,できるかぎり定量化することにより,安全 性と経済性の定量的判断指標を基に要求性能レベルひいては設計数量を決定する設計とも 言える.
なお,性能設計を用いれば,どんな構造物でもコストダウンが可能であるわけではない.
設計の合理化を進めるうえで最も重要なのが,土木技術者の経験や実績であり,これらを 通して得られる合理化の種や新発想を具現化するための土俵を用意してくれるのが性能設 計体系である.
1.1.4 各設計法の比較検討
性能設計,限界状態設計,信頼性設計および許容応力度設計は,そのまま横一列に並べ て比較することは困難であり,切り口の入れ方によって,並べて比較できるものとそうで ないものとがある.ここでは,「安全性照査を行う状態による分類」,「安全性照査の根拠づ けによる分類」および「設計基準(設計法規定)の形式による分類」という3つの切り口 によって,この4つの設計法の分類を試み,各設計法の相違点や類似点について解説する.
○ 安全性照査を行う状態による分類
安全性照査を行う際に,「構造物および部材がチェックされるべき状態」という切り 口で分類すると,下記のように,許容応力度設計法と限界状態設計法に分類される.
・ 許容応力度設計法 → 実作用応力レベル
・ 限界状態設計法 → 各種限界状態(終局限界,使用限界,疲労限界)
表-1.4に各設計法の様々な項目に対する比較を行い,その類似点と相違点について示す.
表-1.4 許容応力度設計法と限界状態設計法の比較
項 目 許容応力度設計法 限界状態設計法 限界状態の種類(数) 1種類 3種類(終局・使用・疲労)
性能規定 なし 終局・使用・疲労限界状態
主な安全の保証対象 破壊のみ(他機能も保証可能) 終局・使用・疲労限界状態
経済性への配慮 なし 可能
安全裕度の取り方 過大 合理的・平衡的
根拠の裏付け 経験的
確率統計的
(設計者の工学的判断含む)
安全率 1種類 5種類註)
耐震設計
損傷許容しない (線形弾性論採用)
損傷許容可能 (塑性論採用可能)
特徴 レディメード
(誰が造っても同じものできる)
オーダーメイド (最小限の機能保証) 註)土木学会コンクリート標準示方書・設計編6)による.
○ 安全性照査の根拠づけによる分類
安全性照査を,その根拠付けという切り口で分類すると,下記のように,経験法と信 頼性設計法という2つに分類できると考えられる.表-1.5 に各根拠付けの方法を様々な 項目で比較し,その類似点と相違点について示す.
・経験法(慣用法)
・信頼性設計法(Reliability-Based Design)
水準Ⅰ:水準Ⅱの示方書化 → 部分安全係数γ 水準Ⅱ:近似的確率解析 → 信頼性指標 β
水準Ⅲ:厳密な確率解析 → 信頼性(1-Pf), 破壊確率Pf
表-1.5 経験法と信頼性設計法との比較 信頼性設計法 項目 経験法
水準Ⅰ 水準Ⅱ 水準Ⅲ 表現形式 確定論的 確定論的 確率論的 確率論的 不確定性
の対処
部分安全係数 φ,γ
部分安全係数 φ,γ
安全性指標 β
破壊確率 Pf
根拠付け 経験的 確率的 確率的 確率的
厳密度 低 中 高 最高
取扱い易さ 容易 容易 普通 難
安全裕度 過大 合理的(低) 合理的(中) 合理的(高)
○ 設計基準(設計法規定)の形式による分類
安全性照査を,設計基準(設計法規定)の形式という切り口で分類すると,下記のよ うに,仕様規定型基準と性能照査型基準という2つに分類できると考えられる.表-1.3 は設計法を様々な項目で比較し,その類似点と相違点について示した結果でもある.
表現形式は確定論的
・仕様規定型基準(規制主義)
・・・材料,照査の方法,構造細目等について具体的に規定 ・性能照査型基準(規制緩和,自己責任主義)
・・・性能規定型基準(Performance-Based Design)
・・・必要最小限の性能とその評価方法の選択肢を規定
1.1.5 リスクマネジメント手法
前述の 1.1.1~1.1.4 では,設計技術者という立場から土木分野の設計技術について,そ の基本的な考え方を説明するとともに,性能設計体系の導入による合理化実現の可能性に ついて示してきた.
ところで,近年,リスクマネジメントの重要性が注目されつつある.そして,様々な企 業がリスクマネジメントに積極的に取り組むようになってきた.リスクマネジメントとは,
企業の存続や事業の継続にとって,何らかの負の影響を及ぼすような要因を抑えること,
あるいは抑えることができなかった場合の影響を可能なかぎり小さくすることによって,
企業利潤の極大化を図っていく経営手法の一つと言える26).リスクマネジメントの必要性 が高まった背景として,以下の4点の環境変化が挙げられる27).
○ 規制緩和の進展
規制緩和が進み,自己責任に基づく事後規制へと社会的枠組みが変わっていく中で,
企業が自らの判断でリスクを管理し,収益を上げていくことが必要となってきている.
○ リスクの多様化
急速な技術進歩,事業の国際化,事業展開のスピードアップ等に加えて,環境問題等 の新たな社会規制がリスクをより多様なものとしている.
○ 経営管理のあり方の変化
当事者間の暗黙の了解や信頼関係のみに依存した経営管理のあり方に限界が生じて きている.
○ 説明責任の増大
市場経済が進展していく中で,リスクの特定,評価や対応を怠った場合,広範なステ ークホルダーに損害を与えるとともに,市場の信頼を失い,企業自らも厳しいペナルテ ィを受けることになる.
このように,リスクマネジメントとは企業経営の合理化・効率化を実現し,企業の価値 を高めるために,今や一般の企業が当然のごとく取り入れている重要な経営手法であり,
設計技術者が取り組む設計合理化も,このような手法に沿ったものでなくてはならない.
リスクという言葉の意味については,必ずしも確立された定義があるわけではない.例 えば,JIS Q 2001によれば,リスクとは,事態の確からしさとその結果の組み合わせ,ま たは事態の発生確率とその結果の組み合わせと定義されており,①その事象が顕在化する と好ましくない影響が発生する,②その事象がいつ顕在化するか明らかでないという発生 の不確実性がある,という二つの性質を持つとしている27).あるいはリスクを,組織にと って不利な影響を与え得る事象と定義している文献もある28).なお,2章では,JIS Q 2001 で定義されるリスクを用い,定義中の「その結果」を損失と考え,別途,リスクについて 定義することとする.
リスクマネジメントは,一般的に図-1.9 に示されるような手順で行われる 29).ここで,
リスクの発見とは構造物に生じうる全ての事故や災害を洩れなく抽出することであり,リ スクの定量化とは抽出されたリスクについて損害の程度・規模・影響等の分析を実施する ことである.
リスクの処理はリスクコントロールとリスクファイナンスに大別される.リスクの処理 の分類を図-1.10に示す.リスクコントロールとは,例えば,耐震補強による耐震性能の向 上や劣化補修による経年劣化の抑制のように,荷重・環境作用によって生じる損害を最小 限に抑えるといった施策であり,リスクファイナンスとは,損失が発生したときに,その
リスクの発見
リスクの定量化
リスクの処理
処理後のリスクの再評価
予想外のリスクとして負担
図-1.9 リスクマネジメントの手順
発見されなかったリスク
過小に評価されたリスク
不適切に処理されたリスク
損失を経済的に補填する手法をいう.リスクファイナンスには,自分で損失を負担するリ スクの保有や保険,共済,リスクの証券化など契約に基づく第三者への損失の移転といっ た方法がある.
リスクの処理
発生率の低減 リスク・コントロール
損失の軽減
リスク・ファイナンス
リスクの保有 リスクの移転
耐震補強 劣化補修
保険など
図-1.10 リスク処理方法の大分類
リスクという不確定な事象を扱う手法として,確率論的なアプローチが一般的に用いら れる.確率論的アプローチは,損失とその発生確率とを同時に扱う.リスクを発生確率と 損失の積とした場合のリスク処理の概念図を図-1.11に示す.
図-1.11からわかるように,リスクを小さくするためには,発生確率pと損失Vのどちら かあるいは両方を小さくする必要がある.このような確率論的手法で定量化されたリスク を用いリスク処理を行うという基本的な考え方は,性能設計による合理化を実現するうえ でも非常に重要になる.
発生確率 p
小 大
損失
大
小 V
低リスク
高リスク
回避すべき リスク
保有可能なリスク 転嫁すべき リスク
等リスク線 低減すべき
リスク 想定
リスク
損失軽減
発生率低減
リスク R = p・V
図-1.11 リスク処理の概念図
1.2 既往の研究の問題点と本研究の位置づけ
性能設計に関連する既往の研究のうち,性能設計の一つと考えられる信頼性設計法に関 する研究は数多く存在するが,性能設計そのものに関する研究例は非常に少ない.しかし,
阪神淡路大震災を契機に,設計地震力および設計手順の詳細を規定したこれまでの仕様規 定型設計基準では設計外力を超える外力に対して構造物がどの程度耐えうるかという疑問 に答えられない30)という危機感から,性能設計が注目を集め始めた.米国カリフォルニア 州の構造技術者の会では,度重なる巨大地震の経験をもとに「性能マトリックス」という 新たな設計の枠組みを提案18)し,これが日本における性能設計の標準的な形態となりつつ ある.
性能設計に関する数少ない研究例の中で,宮本31),32)は,限界状態設計法による性能照査 型の設計を用いることにより,許容応力度法による従来設計に対して構造を合理化し,コ スト縮減を実現している.LNG(液化天然ガス)を貯蔵する地下タンク躯体を対象に,大 きさと頻度の異なる3段階の設計用地震動に対応して必要とする耐震性能水準を設定,発 生確率の低い高レベル地震動に対しては一定の損傷を許容し部材の断面力と変形の関係が 塑性域に入り非線形化することを考慮して耐震設計を行った.また LNG 地下タンクの所 要性能とタンクの設置される環境条件を見直し,躯体の内面は水分・酸素の供給がなく鋼 材の腐食性環境にないこと,曲げひび割れは壁を貫通しないので止水性を損なわないこと,
さらに美観上の要請もないことから,曲げひび割れの使用限界状態照査は不要と評価した.
このように,性能設計による多段階耐震性能照査およびひび割れ規制の緩和により,従来 設計に比べ約15%の鉄筋量削減を実現した.
宮本の研究例では,限界状態設計法の活用により各々の不確定要因に対応した部分安全 係数の設定根拠を明確化した点も注目に値するが,未解明の不確定要因に対しては従来と 同等の係数値を用いており,今後の技術の進展,計測データの蓄積・分析によっては更な る設計合理化の図れる余地も残している.すなわち,各不確定要因に関わる統計データが 蓄積され,不確定性を前面に出すことが可能になれば,信頼性設計法という土俵上で,確 保すべき性能,経済性および安全性のバランス検討がより容易になる33).
ここでは,性能設計を行ううえで重要な検討項目である安全性および経済性の評価技術 の土木構造物への適用という立場から,本研究に直接関連する既往研究事例について概観 し,本研究の位置付けを明らかにする.
なお,以下で扱う既往研究事例については,性能設計と密接な関係がある信頼性設計法
およびリスクマネジメント手法の適用という観点から概説する.
1.2.1 信頼性設計法の港湾構造物への適用に関する既往研究
港湾構造物の代表的設備である防波堤に関しては,従来の確定的な安全裕度を与える破 壊安全率による設計法に対して,滑動量に代表される変形量に基づく設計概念,滑動や転 倒の遭遇確率を用いた確率論的手法,およびそれらを基にした経済性に関する検討がこれ までも行われてきている.
伊藤ら34)は,滑動や転倒に対して十分な安全率を確保するだけでは防波堤の安定性が保 証されるわけではなく,設計外力を上回るような偶発的な外力が作用した際の防波堤の挙 動についても検討すべきであると提唱した.その中で,安全率に代わり防波堤本来の性能 照査に必要な代表的変形量として期待滑動量の概念を紹介している.しかし,1960~1970 年代前半当時は,波圧等の設計外力設定上の制約問題から,精度の良い滑動量の計算は困 難であったため,変形量を設計に用いるには時期尚早であった.
合田35),36)は,防波堤の設計波圧に関して,砕波と重複波の境界における波圧の不連続性
や有義波高を用いた波圧計算などそれまでの問題点を克服し,最高波高を用いた重複波と 砕波の区別のない設計波力計算法を提案し,より適切な波力計算が可能な設計波圧算定式 を構築した.
高山ら37),38),39)は,波高や波力の算定精度,摩擦係数のばらつき等,設計上重要なパラメ
ータの不確定性を考慮に入れ,信頼性理論を用いて防波堤の耐用年数間の滑動遭遇確率を 算定する方法を提案するとともに,設計の各種要因の影響について検討している.また高 山ら40)は,滑動および転倒という二つの破壊モードに対する遭遇確率を信頼性理論を用い て計算するとともに,初期建設費用と修復費を試算し,両者の和である総費用を基にした 設計法に関して基礎検討を行っている.ただし遭遇確率の算定にあたっては,安全率算定 の延長線上で検討しており変形量による限界状態を設定していない.
下迫・高橋ら41),42),43)は,破壊安全率による従来設計法に替わり信頼性設計法を用いた滑 動量による設計法を導入するために,混成防波堤を対象に新たな滑動モデルに基づく期待 滑動量の計算法を提案した.また彼らは,ケーソンのわずかな滑動がすぐに被災とする従 来の設計思想を見直し,滑動量が小さい範囲内であれば防波堤の機能が損なわれることは ないと考え,防波堤の建設コストの縮減を目的に,滑動モデルとモンテカルロシミュレー ションを用いた期待滑動量計算に基づく信頼性設計法を提案した.その結果,新しい設計
法を用いることにより,設計条件の違いかあっても許容滑動量を同じにすればほぼ同程度 の滑動安定性が得られることを示した.
長尾ら44),45),46)は,近年における日本全国の重力式防波堤の設計事例を集め,従来設計法
による防波堤の滑動,転倒,支持力という3つの破壊モードに対し信頼性設計を用いて,
各安全性の確率的評価を試みている.また,水準Ⅰ(部分安全係数法)および水準Ⅱ(信 頼性指標を用いる方法)の信頼性設計法の適用性検討も行い,信頼性設計法を用いること により,従来設計法に比べ安全性のばらつきの少ない合理的な設計が可能であることを示 した.
興野ら47),48),49),50)は,防波堤の耐用期間中の総滑動量を算定するためには,異常時波浪の
発生特性を考慮し,滑動に寄与する高波浪の出現頻度とその経時変化を適切に評価する必 要性を唱え,太平洋岸の代表地点での波浪観測データの分析をもとに,時化モデルを構築 した.この時化モデルを用いてモンテカルロ法による期待滑動量の算定を行い,信頼性設 計法を含む解析手法の高度化を図っている.また防波堤設計に耐震設計でよく用いられる ハザードおよびフラジリティ解析を適用,沖波波高に対するハザードおよびフラジリティ 曲線を用いた防波堤の損傷確率算定法を示すとともに,性能マトリックスを基本とした多 段階滑動設計と信頼性設計を融合した確定論的な設計法を提案した.
1.2.2 信頼性設計法の維持管理工学への適用に関する既往研究
近年,土木構造物の経年劣化が問題視される一方で,これまで蓄積されてきた実験や実 構造物の計測データに基づいた劣化モデルに関する研究開発が着実に実を結びつつある
51),52),53),54),55).また,社会インフラの大量・大規模開発の時代が終わり,これまで使用して
きた資産の有効活用が叫ばれるようになり,点検・補修方法の精度や効果についても今ま で以上に関心が持たれるようになった.一方で,コンピュータ技術の高度化により計算容 量が飛躍的に拡大し,これまで実施できなかった大規模な計算が可能となり,前述の経年 劣化モデル,点検精度,補修効果等を取り込んだ,一連の維持管理モデルを用いた計算シ ステムが整備されつつある.
小池・亀田56)は,構造物が大荷重を受けて生き残ったという効果(非破壊効果)ととも に,強い荷重を受けることによる強度劣化(強度劣化効果)も考え,構造物の残存強度の 確率分布を修正する方法を提案し,繰り返し荷重に対する構造物の信頼性理論に新しい分 野を切り開こうとした.また小池57)は,構造物の抵抗力が次第に悪化していく過程を劣化