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佳 世 子

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(1)論. 説. 製造物責任をめぐる刑法上の問題点 ︵lV. ー. ヌ. 佳世子. ドイツ連邦通常裁判所の皮革用スプレー判決をめぐる議論を手掛かりに. レし. 斗. 2. 小括. 学説の対応とその検討. 間の因果関係 3. 1. 刑法の謙抑性−他の法分野との関係. 危険社会の刑法理論とその問題性. 五結びにかえて 2. 一七一. 集団的意思決定と個々の関与者の投票態度等との. 失不作為が競合する場合の因果関係. 問題の所 在. 一. 事実の概要. 1. 1. 一一皮革用スプレー判決︵ωO国ω葛8ε9. 2 連邦通常裁判所の判決要旨と判決理由. 前提問題−企業活動と取締役の行為の関係. 三 欠陥製品の回収義務の発生根拠. 1. 2 回収義務の発生根拠をめぐる学説とその検討. 集団的意思決定における因果関係1とくに複数人の過. 3 小括. 四. 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(2) 1. 早法七一巻二号. 一 問題の所在. 一七二. 製造物の欠陥により人の生命︑身体又は財産に係る被害を生ぜしめた場合︑製造業者等は法的にいかなる責任. を負うべきであろうか︒. 周知のごとく︑製造業者等の損害賠償責任については︑製造物責任法︵PL法︶が我が国においても制定され︑一. 九九五年七月一日から施行されることになった︒これにより︑欠陥製品を製造した業者に対して︑被害に遭った消. 費者は︑従来の民法上の過失責任よりも損害賠償責任を請求することが容易になったわけである︒この製造物責任. 法の制定は︑消費者保護の必要性とその要求の高まりを背景とするものである︒現代社会において︑我々は消費者. として︑生活のあらゆる面で企業が大量生産する製品やサービスの提供を受けている︒目まぐるしい技術革新の御. 蔭で我々はさまざまな利益を享受する一方で︑これら製品やサービスに欠陥があれば︑構造的に大きな被害を受け. ることになる︒企業と一般市民の間には︑諸々の力関係や知識の上での歴然とした差があるので︑専門的知識を欠. き一方的に提供された製品を購入せざるを得ない一般の消費者を欠陥製品の被害から救済するために︑製造業者の. 負担を加重することにより︵被害者の証明負担を過失責任から欠陥責任へと緩和する等して︶︑事後的救済の拡大をは. かり︑あるいは事前に事故を防止するのが︑合理的かつ効果的となる︒このような事情と相侯って︑消費者側から 企業に対する安全性の信頼と要求もますます高まってきている︒. ところで︑一般的に︑製造物の欠陥により人の生命︑身体又は財産に係る被害が生じる場合の被害者の救済ない.

(3) し保護の必要性という観点からは︑刑法による保護の必要性も導き出すことができる︒刑法の法益保護機能から︑. とくに個人の生命︑身体等を保護することが刑法の主たる任務であるからである︒実際︑製造物責任法の制定やそ. の背後にある消費者保護の要求の高まりに影響を受けて︑刑事法の分野でも︑積極的に製造物責任を追求してゆこ ︵2︶. うとする動きが︑ドイツにおいて見受けられる︒このような動きは︑刑法における積極的一般予防論の展開や環境. 刑法等に見られる法益保護の早期化︑抽象的危険犯化︑法益概念の抽象化等とも合い通じるものでもあるように思 われる︒. しかしながら︑一般的に︑民事法上の製造物責任ほど広い範囲で刑事責任がただちに認められるわけではない︒. 刑罰という最も厳しい制裁を伴う刑法はウルティ了ラティオ︵最後の手段︶でなければならないことから︑過失︵い. うまでもなく﹁欠陥﹂とは異なる︶の内容・程度も︑過失や因果関係等の立証の程度も︑より高度で厳格なものが要求. されている︒問われるべき責任の質や意味も異なる︒例えば︑責任主体の観点を取り出してみても︑両者の違いは. 明らかである︒人の生命︑身体に被害を及ぼす欠陥製品を製造した場合の刑法典上の刑事責任の主体は企業自体で. はなく︑企業内部の個人であり︑しかも当該個人の行為責任が問われるのが通常である︒そのため︑企業内のどの. 個人がどういう行為から刑事責任を負うのかが重要な問題として浮かび上がってくるのである︒とりわけ︑近年︑ ︵3︶. 企業が人の生命・身体に関わる重大な災害を引き起こした場合には︑その企業の経営陣らが刑事責任の追及を受け. ることが多い︒確かに彼らは企業の経営・活動方針を決める意思決定機関であり︑企業内部で重要な役割を担うも. のである︒しかし︑他方において︑彼らは現場従業員とは異なり︑直接結果を生ぜしめる行為を行ったわけでも︑. 一七三. 結果発生時に現場にいたわけでもない︒また︑とくに科学分野等については専門知識を有しているとは言い難い場 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(4) 早法七一巻二号. 一七四. 合もある︒にもかかわらず︑彼らに刑事責任を問うのであれば︑その根拠が刑法解釈上明らかで︑従来の刑法理論. の枠内にあるものであるのかを検討しなければならない︒仮に処罰の範囲を拡大する必要があり︑そのために現存. の理論の枠組みを越え︑新たな理論構築を行うのであれば︑余程の理由づけが必要である︒刑法はウルティマ・ラ. ティオであり︑その謙抑性からしても︑安易に責任の拡大がなされてはならないのである︒こうした点から︑同じ. く消費者保護に資するといっても民事製造物責任には現れない︑またそれと同一視すべきでない︑刑事製造物責任. このような刑法上の製造物責任特有の問題点を含んだ判例として︑一九九〇年七月六日のドイツ連邦通常裁判. 特有の問題点が生じるのである︒. 2. 所の皮革用スプレー判決︵切○鵠ooけ︒ G 8ε9が挙げられる︒これは︑皮革用防水スプレーの使用後に使用者に多数の. 健康被害が出た場合の同製品の製造・販売会社の取締役らの刑事責任を肯定したものである︒連邦通常裁判所判決. において議論された問題の中には︑本事案特有の問題だけでなく︑他の︑これからの刑事製造物責任の事件で繰り. 返し議論の対象となるであろう次の三つの重要問題が含まれているがゆえに︑刑事製造物責任の判例の典型例とし て大変意義深いものであるように思われる︒. 3 まず︑そのうちの一つが︑疫学的因果関係︵疫学的証明寅窪霞色Φ国きω巴鼠け︶の問題である︒とくに科学技術. の進歩がめまぐるしい現代社会のおいては︑未知の危険がつきまとう︒その結果︑行為時のみならず裁判時におい. ても︑原因物質と被害結果との聞の因果法則が生物学的・理化学的に証明され得ないといった事態がしばしば生じ. ることになる︒この場合に︑通常の因果関係の認定に代えて︑統計的な大量観察を通じて原因解明を行う疫学的手. 法を用いた因果関係の認定で足りるとして因果関係を広く肯定するのが︑疫学的因果関係である︒かつての西ドイ.

(5) ︵4︶. ︵7︶. ︵5︶. ︵6︶. ︵8︶. ツのサリドマイド事件や我が国の熊本水俣病事件︑千葉大チフス菌事件︑本皮革用スプレー判決後に出たフランク. フルトのラント裁判所判決の木材防腐剤事件︑スペインの食用油中毒事件でもこの問題が取り扱われている︒もっ ︵9︶. とも︑この問題は実体法上の因果関係の存否の問題というよりも︑むしろ主に手続法上の因果関係の認定の問題と いうべきであると考えられるので︑本稿ではひとまず検討の対象外としたい︒ ︵10︶. 4 あとの二つの問題は︑企業活動には通常複数人が関与することから生じる︒まず一つには︑企業活動の一環と. して︑ある製品が製造・販売されて市場に出回り︑それを購入した消費者の多くに健康被害が生じた場合︑誰がど. のような理由から刑事責任を問われるのか︑つまり︑誰のどのような行為に結果が帰属せしめられるのかという点 ︵11︶. が問題になる︒とりわけ︑皮革用スプレi判決では︑企業のトップ︑取締役らが主に欠陥製品を回収する義務を怠. ったがゆえに健康被害が生じたとされた点が議論されたのであるが︑取締役らがなぜこのような義務を負うのかが. 説明されなければならないのである︒即ち︑いかなる理由から取締役らは保証人的地位に立って回収義務という作 為義務を負うのか︑その発生根拠が問題になる︒. 5 さらにもう一つには︑被害結果が複数人の不作為的関与によって生じた場合には︑因果関係の判断を極めて困. 難にする場合があるとして議論されている問題がある︒即ち︑複数人の個別の不作為の競合により結果が生じたと. みられる場合に︑たとえ行為者が義務に適った態度をとったとしても︑他の関与者がなお不作為のままであれば結. 果が発生してしまうであろうならば︑条件関係を肯定できるのかという問題である︒不作為の因果関係︵条件関係︶. を判断する際に︑通説であるコンディティオ公式を用いれば︑義務に適った態度を仮定して︵付け加えて︶十中八九. 一七五. 結果が発生しないであろう場合は条件関係が肯定されるが︑結果が発生するであろう場合は︑条件関係は否定され 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(6) 早法七一巻二号. 一七六. ることになる︒そのため︑この論法を貫くと︑個々の不作為者は他人み不作為を理由に各々免責されてしまうが故. に︑共同正犯が認められるのでなければ全員無罪という不合理な結果を招いてしまうというのである︒皮革用スプ. レー判決の場合︑すでに市場に出回っていた欠陥製品の回収義務を履行するには取締役会で回収を実施する決議を. 成立させなければならなかったが︑侵害結果を認識した臨時取締役会の時点でも︑又それ以前の侵害結果を認識し. 得た時点でもそうしなかった︵前者は故意不作為犯︑後者は過失不作為犯︶︒このような集団的意思決定の場合︑行. 為者一人が仮に回収実施に賛成しても︑他の者の賛同を得ない限り︑多数決では彼の意見は功を奏しないことにな. る︒しかし︑だからといって︑彼の不作為責任を不問にしてよいかという問題が︑とくにドイツで判例・通説が共. 同正犯を認めていない過失犯の場合に議論され︑どういった理論的解決が図られるべきかが問題になっているので ある︒. そこでまず︑これらの問題を理論的に検討する前に︑次章で皮革用スプレー判決を概観しておくことにする︒. ︒8一8曾なお︑この判決に関する主な文献や評釈の中で︑一九九五年初春の本稿執筆時までに筆者の目に触れたもの ωO=ωρら. として︑浮どヨ一舞あ巴器さω霞鉱80辟一8箒即a爵芝①轟暮妻自δ毒堕∪器ぴ8①お肩昌−qN叶亀α8ωO鍔Z一名お8︸ψN霧R節. ︵1︶. αRω←牢・q爵跨鉱9謁﹄9︾琶︒レ︒︒︒︒ ︒ ︸ωα﹄ω什圏鋤笏こO・=あ嘗臥お︒圧一魯①ギo儀爵2Rき薯o﹃9轟﹂﹃<︒≦Φω8ぎ一Φp零・&−. Nニヨω霞9ヰ8浮αR匹ω鱒oののωΦ一一の3臥戸の>一︒鐸ω畳認︒ ︒律旧αRω. o罠一8︒あひ①無ごα①お︒ Zo. 9⊆&ヰ謎8血Rω貸鷺お9こ凶・. 宰四αqgoぎRω霞緯おoげ豊畠窪. 耳富津§鴨富包ぎ魯一﹂︒︒︒︒﹄魔−鳶︵oo︒㎝零斥ご囚昌一Φpω賃鋤酔緯葺轟び①ご艮Φ二餌のω窪①B力自oξ亀鵯ω§爵①一件ω鴨騰警a①民段. 零&呉浮母窪畠﹂︒︒︒︒旧血段ω. 牢&爵8−N轟一Φ一90旨色ωきヨ①詩琶閃..いa①お賓身㌧.国算ω魯①こ琶ひQ. 9窪零a良夢鉱9農﹂N這︒斜︸ω﹂置曽ごくoひq9くRぼ墜o冨お号葺N身目畠の霞鋒お畠島9Φ即a鼻9曽ヰ毒ひq−囚ユ巨ぎ一〇αq一ω9①.

(7) あ霞臥話9良畠①肉ぎ評歪甘−. 琶血眺§窪8巴Φ蔚冨簿pO︾一8ρω﹄﹄律あ曽ヨωop汐o亘①BΦ弩蝉ヰ①9象oげR即&爵夢臥一§堕oo耳く一8ドω﹂︒︒疑∴ ω岳導ヨω①p囚翌舞一惹誘−Ω&↓痒Rの9象鼠蚕鵬窪びΦ一即02耳律謎①p冒声お︒鮒ω●㎝し ︒窪引号お. 臣g80び︒=豊Φ旨緯叶窪零&爵け①巳る>一︒︒ρω︒︒隷沖宮①一gく①3目磐9①﹃ω9暮Nα貫9ω欝替Φ魯=Oσ包①讐薦窪N霞. ωq織お9象昌g即・身屏9錬ε轟召9匹R︑︑rgRω榎亀.︑−浮富9Φ凶身鑛留のωの炉呂≦屋貫ω︐︒︒一︒罠山勺唇℃ρ︾p目①詩琶㎎. 藻引霞旨ρ9①N三冨9象9①. 警Rω○=ω叶ω8一︒8舅一8蝉ω9ミ眺︷●旧O暮p↓警Rωo訂津q昌α弓Φぎ魯日①巨評乞舘の一閃犀①一富げR虫oF寄総oぼ澤脇辞O●. ∪一Φ︑.い亀Rの冥塁−穿§冨民琶閃..−. ω冨&①一﹂︒︒N︾ω曾曽集←αRωこζ葺讐Rωo鼠津びΦぎ問号鼠ω臨讐警毘の穿戸冒蚕一︒︒ρψ. 写巳爵叶冨嘗鑛︿8召富号Φ詳①旨§血寓き認震p蕊一8押oo・謡醍こω①巳犀㊦\評昌ヨ餌§. ギ︒登NΦ§嘗聾琶讐区①牧.空ω涛︒鳴ωΦ一一ω︒冨津︑︑ロ§旧号﹃ωこ9び3ωΦ一昌︑φ欝胤§ぽ巳Φる凶ω爵・磯①ω①一一の︒ざ津寸.︑−国ぽOび︒琶莫. 閃の寓ω蕊8一︒9冒ω這βω●お相律魯霧ωのヨのぴ汐oα爵跨聾琶鵬巨旨&Φ巷窪ω嘗臥8魯け口︒︒合震蒔Φ&・ほvの嘗珠お9島︒冨. −一Zω魯一︒貫ω﹂︒R甲qR¢堕写鋤αq窪儀R囚翌鍔一営警ごΦ一〇Rgo巨o器旨ω90一身渥磐㊤ヨω①一︒︒豆①一q①ωい8Rω冥塁−C昌①凶一ω︶. における判例及び学説からー﹂愛媛法学会雑誌一八巻四号︵一九九二年︶四一頁以下︑同﹁欠陥製造物を回収すべき刑法的義務の. Zω蕊這鐸ωひ2Rまた︑日本文献としては︑岩間康夫﹁刑法上の製造物責任と先行行為に基づく保証人的義務−近時のドイツ. 発生根拠についてーブラムゼン説の検討ー﹂愛媛法学会雑誌二〇巻三・四合併号︵一九九四年︶︑内田文昭﹁最近の過失共同正犯論. について﹂研修五四二号︵︻九九二年︶二三頁以下︑松宮孝明﹁ドイツにおける﹃管理・監督責任﹄論﹂中山・米田編著﹃火災と. 刑事責任﹄所収︵一九九三年︶一八九頁以下︑堀内捷三﹁製造物の欠陥と刑事責任﹂研修五四六号︵一九九三年︶三頁以下︑ヴァ ﹃号︵﹃九九四年︶一頁以下︒. ルタi・ペロン︑高橋則夫訳﹁刑法における製造物責任ードイツ連邦通常裁判所﹃皮革用スプレr判決﹄をめぐってー﹂比較法三. ︵内碧ト>昌ヨヒ養お箕ω﹂置駅ごω轟Bヨ紹P勲勲ρ︵囚碧ト>p5一ン○︾お鐸ω︒零糞等︒なお︑ドイツにおいても︑製造物. ︵2︶ω︒ど巨身−留一N①ぴ餌︒穿09︵>昌實一︶︸乙≦一︒︒ρω●N89内昌一①p9φ︵困三︶身壼一γZω罠一8ρψ9︒己R9︶岩︒ρ. 掲︵注1︶一八九頁︒. 責任法が一九八九年に制定されたが︑この事実も消費者保護の要求の高まりと関連しているであろうと指摘されるのは︑松宮・前. 日本で特徴的なのが︑大規模火災事件におけるホテル・デパートの企業トップの刑事過失責任である︒この問題に関する私見. 一七七. については︑拙稿﹁ホテル・デパート火災事件における実務の動向と管理・監督者の刑事過失論︵一︶︵二︶︵三・完︶﹂早稲田大学. ︵3︶. 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(8) 早法七一巻二号. 一七八. びO>8冨P一︒︒﹂P一零ρ一Nおβ層o 0づP冒一零どω勧$●なお︑この判決とアルミン・カウフマンの oひ08く騨>﹃ヨぼ閤¢象ヨ9. 大学院法研論集六三号︵一九九一一︶一〇九頁以下︑六五号︵一九九三︶五五頁以下︑六六号︵一九九三︶一〇五頁以下︒. 鑑定書を紹介した日本文献として︑藤木英雄﹁西独のサリドマイド刑事訴訟打切決定︵一︶︵一一︶︵三・完︶﹂ジュリスト四九三号︵一. ︵4︶. 係﹂法律時報四三巻一〇号︵一九七一︶一〇六頁︑. 九七︸︶九八頁︑四九四号︵一九七︸︶︸○一頁︑四九五号︵一九七﹃︶七六頁︑中森喜彦﹁奇形に対するサリドマイドの因果関. 最決昭和六三年二月二九日刑集四一一巻一一号三一四頁︒なお︑梅崎進哉﹁熊本水俣病刑事事件と因果関係の疫学的証明﹂刑法雑. 誌一三巻二号八二 頁 参 照 ︒. ︵5︶. ピ○零きζξけるS8一竈ρZωRお8あひ8忌O牢きζ仁昼d旨亀<﹄㎝ひ︒お貫N¢力お鐸ωる9なお︑この判例を紹介. ︵6︶ 最決昭和五七年五月二五日判時一〇四六号一五頁︒. した日本文献として︑山中敬一﹁フランタフルト・ラント裁判所﹃木材防腐剤判決﹄についてー判決︵抜粋︶およびシュルツの判. ︵7︶. ↓ユ害巨巴ω8おヨρダ器﹂﹂8Pなお︑この判例を紹介したドイツ文献としては︑H鑛魯o茜℃葛℃や乞即N這リトω己N. 例評釈の邦訳ー﹂関法四四巻一号︵一九九四︶一三三頁︒ ︵8︶. 内藤謙﹃刑法講義総論︵上︶﹄︵一九八三︶二五七頁︒. なお︑皮革用スプレi判決では問題にならなかったが︑複数人が関与する場合の重要問題として︑さらに信頼の原則の適用問. ︵9︶. ︵10︶ 題が挙げられよう︒. 二 事実の概要. 皮革用スプレー判決︵閃○国ωけ鴇口︒9. O唇ωoぴ︑. ︵1︶. ︵n︶ もっとも︑次章で紹介するように︑一部では︑臨時取締役会以後に欠陥製品を製造・販売した作為も刑事罰の対象になった︒. 1. 本件の被告人は︑ 皮革用の防水スプレーを製造する有限会社W.u.M.社︵以下同社と略記︶の取締役S︑.

(9) 同会社グループの中央研究所所長Uμω︑および同社の子会社で同社の皮革用スプレーの販売元であるS社の取締役 W︑並びにE社の取締役Dであった︒. 一九八○年の晩秋以来︑同社が製造し︑S︑E社を通じて販売していた皮革用スプレーの使用に伴い︑呼吸困難. や咳き︑吐き気︑悪寒︑発熱といった健康障害が生じたという被害報告が相次いで寄せられた︒被害者の多くは医. 師の診察を必要とし︑中には生命の危険に晒され︑集中治療室に入院した被害者もいた︒診断の結果はほとんどの 者が肺水腫であった︒. 最初の被害報告の後︑同社内で調査・研究が進められたが︑その原因を化学的に解明することはできなかった︒ その間も被害報告は相次いだ︒. 一九八一年五月一二日に同社の臨時取締役会が︑被告人S︑9ω魯を含む同社四人の取締役と研究所所長U﹃㊥. の出席の下に開催され︑この皮革用スプレーをめぐる今後の処置が議題となった︒会議の席で︑研究所所長U同ゆが. 事情報告を行い︑これまでの調査の結果︑皮革用スプレーの有毒な性質とその危険性を根拠づける手掛かりはなく︑. そのため︑同製品を回収する契機は存在しないことを指摘し︑さらに︑﹁原因究明のために外部機関に調査を依頼し︑. そのうえで全スプレー缶に警告表示を付け加え︑場合によっては既存の表示を改める﹂ことを提案した︒取締役会. はこの提案を受け入れ︑﹁今後の調査で本当に製品に欠陥が存することや消費者に対する危険が判明するまでは︑販. 売停止命令︑製品回収命令︑および警告活動は行わない﹂という決議を採択した︒この会議の決定は︑S︑E社の 取締役WとEにも報告され︑彼らはこの決定に従った︒. 一七九. その後も被害報告は続出した︒しかし︑再調査によっても︑原因物質を突き止めることはできなかった︒が︑こ 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(10) 早法七一巻二号. 一八O. の間に︑スプレi缶の警告表示は改善された︒結局︑一九八三年九月二〇日に︑所轄官庁の介入により︑同社は︑ 同製品の販売停止および回収活動を始めた︒. 本件では公判時においても同製品と健康障害の間の因果関係は解明されなかったが︑原審のマインツ地方裁判所. ︵いΩζ巴農︶は︑被告人S︑Uけω畠︑W︑Dに対して︑一九八一年二月一四日以後に生じた四件の被害については. ドイツ刑法二三〇条の過失致傷罪の併合罪を︑一九八一年五月一二日の臨時取締役会以後に生じた三八件の被害に. ついては二二三条aの危険傷害罪の観念的競合を認めた︒また︑被告人Uきωに対しては︑一九八一年五月一二日の. 臨時取締役会の席上にて不適切な報告・助言を行ったものとして︑危険傷害罪の封巾助を認めた︒. この有罪判決に対して︑被告人らが上告した︒連邦通常裁判所は︑O同bを無罪にしたほかは︑以下のような理由 から上告を棄却した︒. 2 連邦通常裁判所の判決要旨と判決理由 ︵2︶ まず︑連邦通常裁判所の判決要旨は以下のようなものである︒. ︵1︶侵害を引き起こした物質が何であるのかは不明であるとしても︑他の侵害原因の存在の可能性が否定される. 場合には︑製品の性質とその使用者の健康侵害との間の原因関係を︑認めることに法的な誤りはない︒. ︵2︶定められた用法に従って製品を使用した使用者に対してi彼らの正当な期待に反してー健康被害を生ぜしめ. る危険を基礎づける性質をもつ製品を︑製造者および販売業者として市場に流通させた者には︑侵害回避が義務づ. けられる︒この義務に有責に従わない者は︑それによって生じた侵害に対して︑刑法上傷害を不作為によって犯し.

(11) たという点で責めを負う︒. ︵3︶製造者および販売業者の保証人的地位から︑既に販売されている健康にとって危険な製品を回収する義務が 生じる︒. ︵4︶有限会社の複数の取締役が共同して回収命令について決定すべき場合には︑取締役全員に︑回収命令を決定 するために︑自己に可能であり︑また期待される全てのことを行う義務がある︒. ︵5︶有限会社の取締役が一致して必要な回収をなさないことを決定した場合には︑彼らは共同正犯として︑不作 ︵3︶ 為から生じた侵害に対して責めを負う︒. ︵6︶関与権限︵竃一薯ぼざ躍路o菖冨滋目︶があるにもかかわらず︑必要な回収の決議を実現するのに関与しなかっ. た取締役らは皆︑当該措置を怠ったことについての原因を設定したものであるから︑仮にある取締役が回収決議を. 行うよう要求しても他の取締役の反対によって失敗に終わったであろうような場合であっても︑彼の刑法上の責任 は基礎づけられる︒. ︵7︶同一の行為命令侵害から相次いで複数の侵害が生じた場合には︑総じて一個の不作為の所為が存在する︒. このうち︑本件に関する判例評釈等でこぞって取り上げられ︑本稿でも以下で取り扱う実体法上の二つの論点︑. ﹁取締役の回収義務の発生根拠﹂︑及び ﹁各取締役の回収決議に至るための努力の解怠と回収決議不成立の間の仮. 一八一. 定的因果関係﹂に関連する部分は︑上記判決要旨の︵2︶から︵6︶であるが︑次に︑これにかかわる限度で判決 ︵4︶ 理由を概観しておこう︒ 製造物責任をめぐる刑法上の間題点.

(12) 早法七一巻二号. ︵5︶. ①取締役の回収義務の発生根拠について. 八二. まず︑本判決は︑危険傷害にあたる事例のうち︑臨時取締役会以降に製造・販売した製品から生じた一〇件の被. 害については︑企業目的の範囲内で活動している会社による製品の製造・販売は取締役らに自己の行為として刑法. 上も帰属し得るがゆえに︑作為による危険傷害罪が成立するが︑これに対して︑臨時取締役会の時点で既に市場に. 出回ってはいたが消費者の手には達していなかった製品から生じた被害︵危険傷害罪に関する二八件と過失致傷罪に関. する四件の被害︶については︑取締役らは不真正不作為犯の観点においてのみ責任を負うとする︒. そして作為義務の発生根拠に関して以下のように述べる︒被告人には会社の取締役として︑会社が製造・販売す. る皮革用スプレーを定めにしたがった用法により使用した者がその性質より発生する恐れのある健康被害から保護. されるよう配慮する義務がある︒健康を危険に晒す生活必需品を流通においた者は結果回避を義務づけられ︑この. 義務に有責に従わない場合には生じた結果につき刑法上の責めを負わねばならない︒原審はこの結果回避義務を民. 法上の安全確保義務︵く①算①ξ隆魯R巨暢旨8琶︑とりわけ製品監視義務によって直接根拠づけた︒事実︑民法上の. 製造物責任の義務が刑法上の責任の基礎にもなることを是認する見解もあるが︑民法の損害賠償を導く責任原理が. ただちに刑法上の責任を確定するために用いられてはならない︒もっとも︑ここでは民法上の損害回避義務が刑法. 上の責任を基礎づける義務と一致するか︑どの程度﹃致するのかについては決定する必要はない︒なぜなら︑本件. の場合には刑法上の原則によっても被告人らは保証人的地位に立つからである︒即ち︑保証人的地位は︑先行する︑ 義務に反した危険な態度︵先行行為︶から発生するのである︒.

(13) 被告人らの危険な先行行為は︑会社の取締役として︑用法通りに使用しても使用者に健康被害をもたらす恐れの. ある皮革用スプレーを流通においた点に認められる︒健康を危殆化する危険な製品であることは因果関係の検討か. ら明らかである︒被告人らの行為は客観的な義務にも反しているが︑それは法秩序が︑さらに進んで第三者に対す. る傷害へと発展する危険の創出を原則的に禁止しているからであり︑基本法二条二項一文の身体の不可侵性の一般. 的保護や食品及び必需品法三〇条二号に対する違反にもあたるからである︒﹁許された危険﹂によっても義務違反性. が否定されるわけではない︒なぜなら︑︵本件の場合︑被害件数が多数であることを鑑みると︑︶一般的にいって申し分. のない大量生産品の製造の場合にも生じるような︑回避しえないが故に何らの刑法上の責任をも基礎づけえない﹁歩. 留まり︵偶発事故︶﹂が問題になったわけではないからである︒先行行為の客観的義務違反性は︑先行行為自体が注. 意義務を侵害すること︑つまり過失的態度であることを前提にするものでもない︒その限りで︑危険な結果が法的. に否認されていることで十分なのである︒危険を惹起した態度が個人責任の意味で非難可能か否かは問題ではない︒. 危険状況の創出は︑たとえ創出の点に何ら注意違反が存しなくても︑損害回避のために義務づけられた保証人的義. 務を基礎づけるのであり︑保証人の義務に反した先行行為は有責である必要はないのである︒. 以上により肯定された保証人的地位から︑既に市場に出回っている︑健康を危険に晒す皮革用スプレーの回収義. 務が生じる︒この種の事例において刑法上重要な回収義務を一般に否定するシューネマンの反対説には従うことは. できない︒この見解は︑経営者の保証人的義務が危険物の事実的支配からのみ生じることを前提にする︒従って︑. 危険な製品が経営者の支配領域を離れれば直ちに支配が欠けざるを得ないことになる︒これは妥当ではない︒なぜ. 一八三. なら︑製造・販売業者の処分権限︵く①諜凝巷鴨ヨ碧琶は支配領域下の製品にだけでなく︑消費者の手元に届くまで 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(14) 早法七一巻二号. 一八四. の製品にまで及ぶからである︒企業は既に流通に置かれた製品の運命を左右すべき法的権限を有しないという彼の. 批判には︑そのような時点においてもなお︑商取引では一般的に行われている回収という形態により影響を与える. 事実的可能性があると反論できる︒いったん製品が自己の支配領域を離れてしまえば︑製造業者は無関係の第三者. と同じだとの主張も不適切である︒なぜなら︑製造業者のもとには製品による被害報告が集まるため︑被害防止の ための予測が第三者より容易であるからである︒. なお︑被告人各人の保証人的地位は︑各人の業務分担により制限を受けるものではない︒確かに一般的にいえば︑. 取締役の保証人的義務は︑各人の受け持つ業務領域及び責任領域と関連するものであるが︑しかし︑製品を使用し. た消費者より被害の苦情が相次ぐ場合のように︑危機的・例外的事情が存する場合には︑取締役各人は会社の業務. 執行全般に関して一般的職責があり︑全面的な関与権限を持つのである︒もっとも︑このようなーまさに回収活動. の場合のようにー個人の管轄を越え︑会社全体に関わる措置には取締役全体の決定が必要であるので︑これにより. 各人は︑関与権限を完全に投入して自己に可能で期待されうる限度で義務を負うにとどまるのである︒. ︵6︶ ②各取締役の回収決議に至るための努力の解怠と回収決議不成立の間の仮定的因果関係について. ︵不真正︶不作為犯の場合には︑義務に適った作為を行っていれば構成要件該当結果が生じなかったであろう場合. に因果関係がある︒作為を行うことにより結果発生の危険が︵著しく︶減少したであろうならば︑︵因果関係を認め. るのに︶十分であるとする学説上広く主張されている見解︵いわゆる危険増加説︶を︑判例は採ってはいない︒命じ. られた行為を行えば結果発生が﹁確実性に境を接した蓋然性でもって﹂回避されたであろうことを判例が要求する.

(15) 限り︑原因と結果との間の関係を作為の場合よりも広く認めようとするものでもない︒. 本件において︑因果関係の問題は︑三段階に分けられる︒第一段階で︑必要な回収活動はそもそも実現したであ. ろうかが︑第二段階で︑回収命令が小売商に適切な時期に達していたであろうかが︑第三段階で︑小売商が回収命. 令を守ったであろうかが判断され︑原審の第二及び第三段階の︵仮定的︶因果関係の認定には法的に誤りはない︒第. 一段階の︵仮定的︶因果関係についても認定事実を基礎に肯定されるべきである︒この場合︑必要な回収の命令及び. 実施について取締役会の決議を得るために自らに可能でありかつ期待される全てのことをなすという各取締役の作. 為義務が履行されれば︑このような決議が行われていたであろうかが問題になる︒この問いが各取締役に対して個. 別に設定されるのであれば︑取締役各人が必要な決議を得るために努力しても︑回収を拒否する他の取締役の反対. によりその努力が失敗に終わったであろうということが否定し得ないがゆえに︑因果関係は疑わしいものになる︒ それにもかかわらず︑次のように各取締役の刑事責任は認められるのである︒. 危険傷害に関しては︑四人の被告人は元共同被告人たる野︑困○と共に回収の不作為につき共同正犯である︒共. 同正犯は︵不真正︶不作為犯の場合も可能である︒共同正犯は︑とりわけ︑共同で課せられた義務を共同でしか履行. し得ない複数の保証人が︑当該義務を履行しないことを共同で決定した場合に認められる︒被告人S及び9ω魯も. 加わったW.u.M.会社全取締役による一九入一年五月一二日の臨時取締役会に際して︑関与者らが一致して回収を. 実施しない決議を行った点にこれが認められる︒さらに販売会社の取締役W及びDは︑親会社の取締役ではなく︑. この臨時取締役会への出席は認定されていないけれども︑当該会議の後に︑問題となった決議の報告を受け︑それ. 一八五. を是認し︑自己の責任領域に関してその決議内容を自己のものとなしたがゆえに共同正犯の責めを負う︒共同正犯 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(16) 早法七一巻二号. を基礎づけるためには︑事前の共謀は必要なく︑行為途中で生じた合意で十分なのである︒. 一八六. 過失致傷に関しても︑被告人各人は必要な回収をなさなかったことにつき責めを負う︒この点につき︑各人は︑. 被害を回避するために必要な回収決議に賛成しないということに︑単に部分的に寄与するだけでよい︒なぜなら︑. 各人の部分的寄与が!他の取締役の部分的寄与と共働して1原因になったからである︒取締役会の回収決議の実現. に向けて義務に適った努力をなしても︑他の取締役らの反対に遭い︑失敗に終わったであろうからといって︑因果. 関係が否定されるわけではない︒作為犯の場合には︑複数人が互いに別々に行為をなしたが各人の行為が競合して. はじめて構成要件該当結果が発生する場合︑各々の行為が原因になる︒作為犯について当てはまることは不作為犯. にも妥当しなければならない︒取締役会によって決議される回収が︑複数の関与者の協働によってしか実現しない. 場合には︑関与権限があるにもかかわらず関与しなかった者は回収を怠った原因を設定したものである︒その際に︑. 必要な合議決定に至るために尽力しても︑他の関与者が反対投票を行うであろうが故に失敗に終わるだろうからと. いって彼を免責することはできない︒彼が免責されるのは︑必要な決議に至るために彼に可能でありかつ期待され. る全てのことを行った場合だけなのである︒しかし︑被告人のうち誰も回収決議の実施の発議をそもそも行わなか ったのであるから︑被告人らはこの場合に当たらないのである︒. 従って︑被告人は各々︑回収の解怠とそれによる侵害結果につき刑法上責めを負う︒このような結論のみが︑取. 締役らの共同でありかつ同等の責任にとって正当なものである︒そうでなければ︑複数の取締役がいる会社の場合. には1不作為の共同正犯の場合を別にするとー︑各人が他人の同種で同じく義務に反した不作為を指摘するだけで. 責任を免れうることになってしまうであろう︒だとすれば︑このような場合には︑常にどのような場合であっても︑.

(17) 構成要件に該当する侵害結果を刑法上帰属する余地がなくなってしまうが︑これが正当なことであり得ないことは 明らかである︒. 以上のような︑皮革用スプレー事件の事実の概要と判決理由をもとに︑次章以下は︑回収義務の発生根拠の問題︑ 及び集団的意思決定の際の因果関係の問題を検討することにする︒. なお︑当初は他にも卑︑ω○の二人の同社取締役が訴追されていたが︑ひとりは係争中に死亡し︑もう一人については後に手. 続きが分離された︒. ︵1︶. この箇所は過失犯ではなく︑故意犯の共同正犯の成立を判示した部分である︒. ︵2︶ωO国ωけ巽一︒︒い. ︵3︶. き︑既に精確な日本語紹介が前章︵第一章︶の注︵1︶に挙げた日本語文献に掲載されている︒. 一八七. ︵4︶ 以下の判決理由は︑便宜上筆者が後述の議論に必要と思われる部分をあえて抜粋又は要約したものである︒この判決理由につ. ︵5︶ωO=ωけω8一お味. 欠陥製品の回収義務の発生根拠. 前提問題−企業活動と取締役の行為の関係. 三. ︵6︶ ゆO寓ωけoo凶旨①矯. 1. 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(18) 早法七一巻二号. 一八八. 本判決では︑人の生命・身体を危険に晒すような欠陥製品を製造・販売した企業は︑製品の欠陥が判明した時点. ︵本事例では被害報告が続出して危険の疑いが明らかになった時点︶で︑ただちに製品の製造・販売を中止するだけでな ︵1︶. く︑既に市場の流通に置いた製品についてはこれを回収することによっても︑当該製品から生じる被害を回避しな. ければならないとされた︒既に流通に置かれていた製品からの被害結果を回避するには︑回収以外に有効な手段は あり得ないとされたのである︒. そこで製造者に回収義務を課す際に間題になるのが︑第一に︑企業の場合︑回収義務を取締役に個人の責任とし. て課しうるのかという問題と︑第二に︑この回収義務は何を発生根拠とするのかという問題である︒この二つの問. 題は︑取締役の法的権限・地位という観点からみると密接不可分に結び付き得る問題でもあるが︑一応分けて考え. ることが可能である︒第一の問題は︑刑法の場合には︑企業組織体の責任が問われるのではなく︑企業活動に関連. した個人の責任が問われるところから生じる問題である︒これより︑企業活動及び企業自体に課される回収義務が. 個々の取締役の作為及び回収︵決議︶義務に直結するわけではないことは明らかである︒この点︑連邦通常裁判所は︑. 企業活動を取締役個人の行為となし得るために︑まず作為犯の場合は間接正犯類似の構成を採っている︒つまり︑. 各取締役が実際に製品を製造・販売したり︑回収を行ったりするわけではない︒厳密にいえば︑現場の従業員に製. 品を製造・販売させたり︑回収を行わせたりするわけであるが︑企業の目的の範囲内で活動している会社の製品の. 製造・販売は取締役らに﹁自己の行為﹂として刑法上も帰属し得るとするのである︒これら行為を取締役自らの行. 為と同視するのは︑取締役の権限・地位から︵間接︶正犯として認めるに足る抽象的な行為支配が肯定されることに. よるものであろう︒他方︑不作為犯の場合には︑回収決議自体は取締役会全体による決定が必要で︑取締役個人は︑.

(19) 取締役会で回収決議に至るために彼にとって可能で期待され得る限りで作為義務を負うとした︒とはいえ︑判例の. 立場は︑取締役の事実的支配からではなく抽象的なレベルでの法的権限・地位を媒介として︑個人の事実上の業務. 担当領域を越えてなお企業活動をそのままの形で取締役個人の行為と同視するものであって妥当でないように思わ. れる︒とくに︑臨時取締役の時点で既に出回っていた欠陥製品から生じた傷害につき故意犯︵危険傷害罪︶を問題に. する際には︑全員の行為を一律に不作為とすべきでないように思われる︒本件過失犯の場合とは異なり︑実際回収. 不実施は決定されていることまで考慮されるので︑具体的に取締役各人の採った態度を認定するとすれば︑場合に. よっては積極的作為により回収不実施決議を実現した者もあれば︑何の働きかけもせずに回収不実施へと至った者. もあったであろう︒ここでも判例は︑回収を行わなかったという企業の態度自体に目を奪われている疑念がある︒. 従って︑刑事責任を問われるのは個人の個別的態度だということからすれば︑当該事案において取締役個人のどの. ︵2︶. 個別的・具体的行為i作為・不作為1から結果が発生したのかがより詳細に検討されるべきであったように思わ. れる︒そして︑この個別的・具体的行為の確定につき︑十分な検討なくしては︑第二の問題である回収義務の発生 根拠を問題にするのはナンセンスなことであろう︒. もっとも︑本件過失犯の場合だけを取り出して取締役各人の行為を検討すると︑まず︑結果発生ないし結果回避. に向けて取締役個人がとった実際の態度︵実行行為︶は︑作為ではあり得ない︒なぜなら︑当該被害結果は既に流通. に置かれた︑製造・発売当時には欠陥が客観的に予見できなかった製品から生じたものであり︑しかも取締役会に. おいて回収しない決議を行う以前の行為が対象になるからである︒そこには︑既に流通に置かれていた製品からの. 一八九. 結果発生の防止に向けて何もしない各取締役の態度があるだけで︑不作為以外ありえないのである︒そのため︑回 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(20) 早法七一巻二号. 一九〇. 収を実施しなかった態度︑より詳細にいえば︑回収の指示ないし回収実施の発議を行わなかった態度が取締役個人 のとった不作為的態度として確定されることになる︒. こうして次に︑この取締役個人の不作為的態度により不真正不作為犯の刑事責任を問われるためには︑取締役が. なぜ回収しなかったことに責任を負うべきなのか︑即ち︑なぜ回収すべき義務を負うのかが問われることになる︒. 回収義務の発生根拠をめぐる学説とその検討. この問題が上記第二の︑学説上も議論の中心になった回収義務の発生根拠の問題である︒. 2. 皮革用スプレー判決で問題になった﹁欠陥製品の回収義務﹂の発生根拠をどこに求めるかの議論については︑と. くに本判決の評釈類に現れた学説を整理すると︑ω法令︵とくに民法︶に求める立場︑⑭先行行為に求める立場ー①. 義務違反性要件不要説︑②義務違反性要件必要説︑⑥危険源の支配に求める立場ー①法益に対する密着性ないし事. 法令︵とくに民法︶に求める立場. 実上の支配領域性説︑②規範的な支配領域性説︑に分けることができる︒ ①. 本判決の原審は︑刑法上の回収義務を民法上の安全確保義務︵<Φ詩R隆9R巨甥監一︒ε︑とりわけこの種の健康. の危険における民法上の製造物責任で認められている製品監視義務から導き出している︒しかし︑連邦通常裁判所 ︵3︶. は︑損害賠償という目的のために展開されたこの民法上の原則を無条件に刑法上の責任を確定するために援用する. ことは許されないとした︒この刑法外的な民法上の義務をただちに刑法内的な作為義務の根拠とせずに︑この二つ ︵4︶ を峻別した連邦通常裁判所の態度に対しては︑学説上も肯定的に評価されている︒もっとも︑連邦通常裁判所は︑.

(21) 民法上の義務により刑法上の作為義務が導かれる可能性を全く否定したわけではない︒その当否や範囲に関しては︑. 不問に付したのである︒なぜなら︑本事例の場合は︑後述のように︑先行行為によって被告人の作為義務︵回収義務︶ を根拠づけられるとみたからである︒. ところで︑民法上の製品監視義務を刑法上の作為義務と︵その程度はともかく︶同視しうる可能性を述べる立場は︑ ︵5︶. 企業が製造した欠陥製造物からの被害について刑法上も広く製造物責任を認めようと主張してきた従来の刑事製造. 物責任論肯定論者にも見受けられる︒しかし︑民事の製造物責任や民法の不法行為責任上の義務︑あるいは薬事法. や食品及び生活必需品に関する特別法上の義務といった法令のみを根拠に刑法上の作為義務を認めることは︑義務. 違反の一人歩きを許し︑刑法上の法益侵害とは関連の薄いところでも処罰を認めてしまう恐れがあるように思われ. る︒不真正不作為犯が基礎づけられるためには︑作為と同視し得るほど現実の法益侵害に携わった者でなければな ︵6︶. らない︒つまり︑﹁法益の危機的状況に際して︑その後の因果的発展の支配者・促進者としての﹃地位﹄に就いてい. たといえるかどうか﹂という観点から捉えるのが正当なものと解するべきであろう︒このような立場からは︑民法 ︵7︶ 等の法令違反があるだけでは刑法上の作為義務の発生を認めることはできないのである︒. ω 先行行為に求 め る 立 場. 結局︑連邦通常裁判所は︑被告人らが会社の取締役として︑用法通りに使用しても使用者に健康被害をもたらす ︵8︶ 恐れのある皮革用スプレーを流通に置いたという先行行為に回収義務の発生根拠を求めた︒. ①義務違反性要件不要説. 一九一. 先行行為を回収義務の発生根拠にするために︑最も問題になったのが︑ドイツの判例・通説がほぼ一致して︑不 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(22) 早法七一巻二号. 一九二. 作為犯の無制限の処罰の可能性を回避するために︑先行行為に義務違反性を要求しでいる点であった︒この義務違 ︵9︶ 反性は︑︸般に︑客観的義務違反︑即ち事前に存する危険によって基礎づけられている︒つまり︑﹁態度が︵客観的 ︵10︶. に︶義務に反するのは︑その態度が行為時において︵客観的に︶認識可能な法的に非難された危険の創出と結び付い た場合に限られるのである︒﹂. この先行行為の客観的義務違反性を過失犯の客観的注意義務違反と同視すべきかについては議論がある︒とくに. 本事例は︑皮革用スプレーを流通に置いた際にはまだ客観的に危険が認識し得なかったので︑客観的注意違反は認 ︵11︶. められない場合であった︒そこで︑連邦通常裁判所は先行行為の客観的義務違反性は注意義務侵害でなくても危殆. 2︶. 化結果の法的否認があれば十分に認められるとしたのだが︑この点に学説の批判が集中した︒ ︵1 まずは︑クーレンの言葉に代表されるように︑判例変更もせずに︑先行行為の義務違反性要件を放棄したという. 批判であった︒プッペは︑連邦通常裁判所は口先ばかりで先行行為の客観的義務違反性を必要だと述べているにす ︵13︶. ぎず︑先行行為の危険性をそもそも義務違反性に含めるのであれば︑危険性と並んで義務違反性を要求することに. どのような機能と意義があるのか疑問であると指摘した︒さらに︑ザムゾンも︑保証人の先行行為は有責である必. 要はなく︑注意違反を前提としないとして︑危殆化結果の法的否認で十分だとする連邦通常裁判所の見解は︑客観. 4︶. 的注意義務と主観的注意義務を混同した結果︑実際には先行行為の違法性を放棄しているにもかかわらず︑それを ︵1 隠蔽して解釈をねじ曲げたものだと厳しい非難を行っている︒つまりは︑連邦通常裁判所は︑実質的には義務違反. 性要件を放棄しながら︑見せかけだけはこれをどうにか維持しようと空しい努力をしている︑しかし︑客観的注意. 義務違反を要件とせずして︑先行行為の義務違反性を語っても無意味であるということである︒この批判は先行行.

(23) 為の義務違反不要説からも必要説からもなされたものであった︒. そこで︑学説上は︑いっそのこと︑義務違反性要件は不要だとしてしまおうという見解も見られる︒事後によう. やく製品の危険性が客観的に認識し得るようになった場合にでも︑先にそのような製品を無過失で製造・販売した ︵15︶. 点になお回収義務の発生根拠を求める学説上の見解は︑先行行為の限定を︑義務違反性要件に代えて︑﹁日常行為と. 比べて危険を高める先行行為﹂に求めている︒クーレンは︑﹁今日の社会においては︑製品の製造及び販売は︑当該. 製品の不相当な危険性が既に販売時に認識し得たか否かにかかわらず︑製造業者及び販売業者の保証人的地位を生 ︵16︶ ぜしめる危険な行為﹂であるから︑この危険な行為に回収義務の発生根拠を見いだすのであると主張する︒ペロン. も︑適法ではあるが︑客観的に危険な事前行為から保証人的義務が生じることを認め︑﹁経済的企業が︑潜在的に危. 険な製品の製造および販売をすることが許されるのは︑これらの製品が販売後もその作用について監視および統制. に服されるという条件のある場合だけです︒事前には認識できなかった危険が事後的に明らかになった場合には︑ ︵17︶ 企業は︑消費者を十分保護し︑やむを得ない場合には︑製品を回収しなければなりません︒﹂としている︒. このような見解は︑先行行為の危険性に目を向けようとするものではあるが︑事前のみならず事後にようやく明. らかになった危険性をも考慮に入れることで︑先行行為を理由とする不作為犯の処罰を無制限に広げてしまってい ︵18︶. る︒その為︑無過失の先行行為者を不作為犯に読み替え︑ないし転化することにより処罰を可能にしてしまう危険 性をはらむものだと言うべきである︒. ②義務違反性要件必要説. 一九三. 回収義務の法的性格の詳細な分析を試みたブラムゼンは︑﹁刑法上の義務違反性は︑しかるべく刑法において特殊 製造物責任をめぐる刑法上の間題点.

(24) 早法七一巻二号. ︼九四. 化された規制によってのみ定まる﹂のであるから︑本判決のように憲法や他の法律違反を挙げても解決できるもの. ではなく︑﹁義務を課された者の人格とその者の具体的な義務範囲とに向けられた人的不法論を基礎にして︑法益を. 危殆化する態度の義務違反性は常に専ら行為不法から規定されうる﹂ものであるがゆえに︑﹁先行行為に基づく︵保. 証人的︶義務が発生するのは︑少なくとも客観的に過失によってなされた違法な先行行為に限られるのである︒つま. り︑先行する作為によって引き起こされ︑高められた具体的法益に対する危険は︑常に許されないものであり︑客. 観的に予見可能であり︑かつ︑注意に適った態度によって回避し得たものでなければなら﹂ず︑﹁このような刑法上. の義務違反性の最低条件が守られなければ︑必然的に刑法による行為秩序が状態保全秩序へと転化され負責の拡大 ︵四︶ へと至ってしま﹂い︑﹁規範の名宛人の意思決定の自由や影響から引き離されてしまう﹂と主張している︒つまりは︑. 行為不法論を基礎に︑先行行為を作為義務の発生根拠とする以上︑先行行為に客観的注意義務違反がなければなら. ないという趣旨である︵もっとも︑彼自身は︑本件回収義務の発生事由を︑後述のように︑危険源を監視する義務に求めて. いる︶︒先行行為に客観的注意義務違反︵客観的過失︶を厳格に要求する立場からは︑本事例の場合︑先行行為は無過. 失であるがゆえに作為義務の発生根拠たりえないのである︒. 先行行為に義務違反性要件を求めるのは︑先行行為を理由にした不作為犯処罰が無制限に広がるのを防ぐためで. もあるが︑先行する作為に不作為犯処罰の契機︵作為義務の発生根拠︶を見い出すべきだとするのであれば︑すでに. 先行行為自体が刑事不法の色彩を帯びているべきだとすべきだとする義務違反性必要説は不要説よりは説得的であ. るかのようにみえる︒また︑不作為犯においては︑作為義務以前にその作為犯との存在構造上の相違を重視すべき. だとした上で︑不作為犯が作為犯と構成要件的に等価値だとされるためには︑法益侵害に向かう因果の流れを自ら.

(25) 設定したからだとして︑作為犯類似の事態を強調される日高教授の立場からも︑作為義務の根拠としては︑少なく ︵20︶ とも不作為者の故意︑過失に基づく先行行為が必要であり︑また︑それがあれば十分だと主張されることになる︒. しかし︑この場合︑それでは先行行為自体をなぜ作為犯として処罰しないのかが問題になる︒やはり︑それだけで. は処罰できない先行行為者を不作為犯に転化することで処罰し得ることになりはしないか︑もしくは過失にすぎな ︵21︶. い先行行為者を不作為による故意犯としたり︑教唆・幣助にすぎない先行行為者を不作為による正犯に転化し得る ことになりはしないかということが問題になろう︒. 結局のところ︑先行行為を不真正不作為犯の作為義務の根拠とすること自体に問題があるように思われる︒先行. 行為を作為義務の根拠とすること自体に批判的な堀内教授は︑まず︑先行行為の義務違反性をめぐる議論について︑. ﹁このような先行行為の性質を問題にすることは作為義務論にとってあまり生産的とはいえない︒なぜなら︑第一 ︵22︶ に︑義務侵害の意義は多義的であり︑論者によりその意味も︑判断基準も異なるからである﹂とされる︒この点は︑. 義務違反性要件をめぐる上述の議論にもまさに典型的に現れている︒先行行為の義務違反には過失の注意義務が必. 要だとする説や行為の危険性を意味するものだとする説︑その中でも︑危険性は事前に客観的予見可能性がなけれ. ばならないとする説や事後に危険が明らかになった場合でも危険性を認めてよいとする説︑生活必需品や薬品︑化. 学製品等の製造・販売は今日の社会状況においては危険性があるとする説など︑まさに百花練乱なのである︒とく. に危険性判断については︑事前判断か事後判断かをめぐる判断時の対立のみならず︑どの程度のものを危険とみる ︵23︶. かは﹁その時︑所︑状況によって異なる相対的﹂なものである︒この点が︑﹁第二に︑先行行為それ自体が危険かは. 一九五. 相対的であるから﹂︑先行行為の性質をめぐる議論にはあまり意味がない理由になる︒さらに堀内教授は︑適切にも︑ 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(26) 早法七一巻二号. 一九六. ︵24︶ ﹁先行行為をめぐる問題はその佳質にあるのではない︒むしろ︑それはいつ作為義務を生じさせるかにある︒﹂とさ. れる︒先行行為を作為義務とする根拠を法益侵害に対する因果の流れを設定した点に求めるのであれば︑﹁なんらか ︵25︶. の意味で結果発生の条件を設定した者にはつねに作為義務が認められることになり︑不真正不作為犯の成立範囲が. 著しく拡張し︑原因設定者に絶対責任を認めることにもなりかねない﹂のだと指摘されるのである︒このような観. 点からすれば︑本件回収義務に限らず︑およそ不作為犯の作為義務の根拠を先行行為に求めることはできないこと. 危険源の支配に求める説. になる︒. ⑬. 先行行為とは別の原理を用いて回収義務を基礎づけようとするのは︑危険源を支配した点に作為義務の発生根拠. を求める立場である︒不真正不作為犯が︑作為犯と同様に刑法上責任を負うのは︑行為時に結果へと向かう因果の ︵26︶. 流れを支配し得︑結果を防止することができたにもかかわらずそうしなかったからである︒そこで︑危険源を支配. する者は︑そこから法益侵害結果が生じないよう︑その危険源を監視する義務が生じる︵危険源監視義務︶︒危険物を. 製造・販売する者も︑自らが作り出し︑またその支配領域内にある危険物から法益侵害結果が生じないよう監視す. る義務があるというものである︒もっとも︑支配領域性をどの範囲にまで認めるかについては争いがある︒. ①法益に対する密着性ないし事実上の支配領域性説. 支配領域性をかなり厳格に限定的に解するのが︑連邦通常裁判所によっても批判された︑シューネマンの見解で. ある︒彼は︑不作為者は結果の原因に対して現実に支配をなしているがゆえに刑事上責任を問われるのであり︑﹁現. 実の事物支配︵虫器鵯鵯霧鼠&汀箒ω8浮①霞ω︒鼠ε﹂のみが保証人的地位を基礎づけるのだとする︒従って︑﹁販売.

(27) された物の有害性が後にようやく1流通におかれた後に1認識し得た場合には︑民法では肯定されている既に販売 ︵27︶. された物の回収義務は︑刑法上の保証人的義務とは等値し得ない︒なぜなら︑それにはもはや継続的な事物支配が. ︵28︶. 及んでいないからである﹂とし︑﹁企業は既に市場に置かれた製品のその後の運命に影響を与える法的権限を有し. ない﹂と述べている︒つまり︑本件の場合には︑シューネマン説に従うと︑流通に置かれてしまった後の製品には. 製造・販売した者の現実の事物支配が及んでいないがゆえに︑回収義務を基礎づけることはできないということに. なる︒作為義務を不作為者の法益に対する密着性という観点から考察される堀内教授も﹁本件事案のように製造業. 者︑卸売業者の手元を離れて流通している製造物については製品の排他性が確保されているとも︑危険物が自己の ︵29︶. 支配領域内にあるともいえない︒したがって︑製造会社にも︑卸売会社にも市場に出回っている製品をリコールす. べき作為義務は生﹂じないとされている︒堀内教授によれば︑法益の維持・存続を図る行為の開始・存在︑そのよ ︵30︶. うな行為の反復・継続性︑及び︑法益の保護についての排他性の確保という三つの要件から︑事実上の引き受け行. 為が生じたか否かで︑不作為犯の成否が決せられることになるから︑どの一つの要件が欠けても︑事実上の引き受. け行為はなかったことにより不作為犯は成立しないということになり︑シューネマン説よりも狭い範囲に不作為犯. ︵31︶. は限定されることになろう︒そもそも︑不作為犯の成立には︑作為犯同様︑結果へと向かう因果の流れを事実上排. 他的に支配したかという観点からは︑教授の挙げる前二要件は不要のものとすべきように思われるが︑この前者二. 一九七. つの要件を度外視して︑専ら法益の保護についての排他性の確保という観点だけを取り挙げて考察した場合でも︑ 本事案の場合︑堀内教授によれば回収義務は先の様に否定されている︒. ②規範的な支配領域性説 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(28) 早法七一巻二号. 一九八. 以上のような︑不作為者による危険源の支配を危険物に対して現に事実的支配を及ぼしている場合に限る必要は. ないとするのは︑ブラムゼンである︒ブラムゼンは︑支配領域性の概念を事実上のレベルだけでなく規範的なレベ. 2︶. ルにまで拡張することによって︑本事案の回収義務の発生根拠を説明している︒即ち︑危険源を監視することを要 ︵3 求する﹁監視的保証人的義務を事実的な物的支配関係がある場合にだけ制限するのが妥当でない﹂のは︑高度に複. 雑で絶えず変化する社会では全ての社会的秩序システムは相互に影響し合い︑補充し合い︑他のシステムの内部的 ︵33︶ 発展分化を伴って反応するので︑事実的支配関係のみを絶対化することはできないからだとする︒そして︑製造物 ︵34︶. 責任法等による消費者保護の高まりといった社会的変遷の中で︑製造業者の社会的地位も又︑とくに流通に置かれ. た製品の有害性に対する責任の点では︑著しく拡大しており︑消費者の安全性に対する期待も高まっている現状に ︵35﹀. 対応して︑刑法上の監視的保証人義務の根拠付けも又︑純粋に事実的な影響力からだけでなく︑法的な支配ないし. 処分権からも導かれるのだと言うのである︒今日の社会日常生活の中で製造業者の特別な社会的地位において確立. された社会構成員の期待︵予期︶を保持する為に︑製造業者による製造物監視義務は肯定される︒なぜなら︑危険な. 製品を大量に販売する可能性のある企業が回収を義務づけられていることは︑今日の社会日常生活の中では一般に. 自明のことであり︑社会的にも実際に期待され︑確固たるものとなっており︑このような期待の維持を法的にも保. 護することによって︑製造業者のための具体的態度の指針も設定されるとするのである︒こうして︑﹁製品の回収義 ︵36︶. 務は︑製品がなお企業の領域内ないし販売網内にあるのか︑それとも市場ないし消費者の手に渡ってしまったのか にかかわらず︑存在する﹂という主張に至ることになる︒. このようなブラムゼンの見解に対しては︑すでにブラムゼン説を詳細に紹介・検討されている岩間助教授から︑.

(29) ﹁ブラムゼン流の危険物支配に基づく保証人的義務は当該危険物が不作為者の支配領域を離れた後にも存続するわ ︵37︶ けであるから︵例えば︑物が転々と譲渡されていく場合を想起されたい︶︑際限なき義務づけの危険をはらんでいる﹂と. の適切な批判がなされている︒ブラムゼン説のような︑製造者の法的地位や処分権といった規範的要素のみで結果 ︵38︶. に対する支配を認める説は︑支配領域性の事実的前提という拠り所を欠くがゆえに︑結局のところ︑先行行為説以. 上に不真正不作為犯の成立範囲を拡大する危険をはらみ妥当なものとは言えないだろう︒不作為犯の成立も︑作為. 犯と共に︑法益侵害性に還元できる範囲に︑つまり事実上の因果支配の及ぶ範囲に限るべきであるように思われる︒. なお︑今日の社会日常生活における社会構成員の相互期待︵予期︶の保持というブラムゼンの考え方は︑大量の製. 品を販売することによりひとたび欠陥製品を出せば大きな人的被害をもたらす恐れのある製造者には︑その知識量︑. 有効な措置を行い得る立場等の特別の地位に鑑みて︑消費者の安全を脅かすことのないようより大きな期待がかけ. られ︑自らも回収義務が一般的だという具体的指針の存在が予期せられ︑この相互期待︵予期︶を刑法上も保護しな. ければならないというものである︒さらにヒルゲンドルフも︑回収義務を先行行為から導き出すのではなく︑﹁危険. な製品を製造した者は既に危険源の設置という観点から保証人的義務を負うのであるから︑製品の製造・販売の際 ︵39︶ に既に危険が客観的に予見し得たか否かは関係ない﹂と述べている︒彼によると︑﹁自由であり︑かつ助成の原則を ︵40︶. 義務づけられた社会においては︑危険源の設置や経営によって利潤を得︑危険の統制について独占的地位を占める. 者は︑当該危険について責任をもつことも正当に期待されているのである﹂のであり︑危険源の安全確保義務から. 一九九. 回収義務は基礎づけられるとする︒彼も又︑危険源の支配をシューネマンのように危険物の事実上の支配に限る必 ︵姐︶ 要はなく︑保証人の支配可能性の及ぶ範囲にまで保証人的義務を認め得るとしている︒ 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

(30) 早法七一巻二号. 二〇〇. しかし︑刑法という手段を用いて積極的に社会生活の安定化を図り︑社会構成員の安心感そのものを保証しよう. とする社会システム的思考は︑刑法の社会生活への介入を大幅に認める危険にもつながる︒さらに︑製造業者の特. 小括. 別地位の視点から厳しく作為義務を課すというのは︑生活領域毎に刑法の適用基準を異ならしめる思考になじみ︑ ︵4 2︶ 罪刑法定主義に違反するという批判が当たろう︒. 3. 不作為者が作為犯と同様︑結果に対して刑法上責任を問われるのは︑﹁既に発生した﹂結果へと向かう現実の因果. の流れを事実上排他的に支配したからである︒先行行為に作為義務の発生根拠を求めるのは︑先行行為者の作為を. 不作為犯に読み替え︑転化することによる処罰の対象のすり替えのように思われる︒処罰根拠はまさに不作為の実. 行行為の点に求められなければならないのである︒従って︑法益侵害結果へと向かう因果の流れが現実に発生した. 後の︑あるいは因果の流れが発生しているのと同視し得るほど危険な状況下に立ち至っている段階において︑現実. に法益侵害結果へと向かう因果の流れを事実上排他的に支配したにもかかわらず︑結果を防止せずに結果を発生さ ︵43︶. せた行為︵不作為︶だけが︑実質的に法益侵害の危険のある作為と同価値のものとされるべき不作為の実行行為であ. ると解すべきである︒刑法の任務は法益保護にあり︑刑法上保護される法益を侵害ないし危殆化した点が︑不法を. 基礎づけるとする立場に立てば︑不作犯の場合もまた︑現実的・具体的な法益侵害によってその不法が基礎づけら. れなければならないとする考え方が妥当なものとなり︑それ故︑﹁事実上の排他的支配領域性﹂のみが不作為犯を適. 切に限界づけるものと思われる︒このような見地からは︑回収義務も製造・販売会社の取締役各人が︑既に流通に.

(31) 置かれていた欠陥製品を現実に支配していたかという観点からのみ基礎づけられるべきだといえよう︒. もっとも︑流通に置かれた製品が製造会社の取締役によって支配されているか否かは個別具体的な事例毎によっ. て決せられるべきであり︑一般的に論じることは困難である︒製造から卸売︑小売業者を通じて消費者の手に渡る. までの間︑現実にどの程度まで製造・販売者が製品の製造・販売ルートを掌握していたのかを当該事例毎に判断し. なければならない︒例えば︑本事例において︑間に多くの独立した卸売・仲介業者が介入するといった事情が認め. られる場合には︑そもそも製造会社自体の事実上の支配領域性が確立されているとみることはできないので︑製造. 会社自体の回収義務も︑それに関連し得る取締役個人の回収の指示ないしその決定を行う義務も発生しないのに対. して︑製販一体という経営路線により︑製造・販売︑小売に至るまで︑製造・販売者の支配系統が排他的に及んで. いるという事情が存すれば︑なお回収義務を取締役に根拠づける可能性が残るように思われる︒もっとも︑消費者. の手に渡った後の製品にまで事実上の支配は及びえないであろう︒なぜなら︑製品の処分権は事実上も完全に消費 者の手にあるとしか言えないからである︒. ともあれ︑取締役という地位から生じる抽象的レベルでの法的権限や処分権だけでは﹁事実上の排他的支配領域. 性﹂を基礎づけ得えない︒刑法上︑企業活動としてではなく︑取締役個人としての回収義務を基礎づけるには︑個. 人と現実の法益侵害を結びつける具体性・現実というものがより捨象することのできないものであると考えられる. のである︒この点を見過ごせば企業の取締役に対する刑法上の結果の帰属は︑取締役個人との関連の薄い︑企業活. 動に対する経営陣の全体責任のようなものに堕してしまうであろう︒そのためにも企業自体の回収義務と取締役個. 二〇﹈. 人の回収指示ないし決定を行う義務は峻別され︑とくに後者は個別に検討されるべきであるように思われる︒ 製造物責任をめぐる刑法上の問題点.

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