• 検索結果がありません。

公立保育所廃止・民営化訴訟における相対効的紛争解決の可能性 : 取消判決の第三者効及び国家賠償法上の違法性を中心に

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "公立保育所廃止・民営化訴訟における相対効的紛争解決の可能性 : 取消判決の第三者効及び国家賠償法上の違法性を中心に"

Copied!
21
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

公立保育所廃止・民営化訴訟における相対効的紛争解決の可能性

−取消判決の第三者効及び国家賠償法上の違法性を中心に−

亘 理  格

Ⅰ.はじめに Ⅱ.公立保育所廃止処分取消判決後の事後処理のあり方 ―取消判決の効力論との関係で Ⅲ.事情判決の可能性 Ⅳ.違法な保育所廃止処分による国家賠償責任

Ⅰ.はじめに

近年、市町村財政の悪化等を背景に、市町村がみずから設置した公立保育所を廃止したり、 廃止と同時に民営化するケースが増えており1)、かかる公立保育所廃止・民営化の結果、保育 開始時に予定された保育期間が終了する前に他の公立保育所や民間保育所への転園を強いられ た児童の父兄が、当該市町村を相手取って保育所廃止処分の取消しや損害賠償(国家賠償)を 求める訴えが、何件か提起されている。大阪府高石市立東羽衣保育所の廃止・民営化に関する 事件及び大阪府大東市立上三箇保育所の廃止・民営化に関する事件で、既に、第一審判決が下 されている。高石市立東羽衣事件に関する判決は、「公の施設」(地方自治法244条1項)であ る公立保育所を廃止するか否かは、設置者である市町村の広範な裁量が委ねられているとした (地方自治法244条の2第1項・2項参照)上で、当該廃止処分にはかかる裁量権の逸脱・濫用 はなかったとして取消請求を棄却している2)。大東市立上三箇保育所事件に関する判決も、公 立保育所の廃止に関する市町村の裁量権の範囲についてはある程度制約されるとしたが、当該 廃止処分においては裁量権の逸脱・濫用はなかったとして、廃止処分取消請求を棄却するとと もに、国家賠償請求についても棄却している3) 高石市立東羽衣事件に関する第一審判決を検討した拙稿4)において明らかにしたように、こ れらの事件で主に争われているのは、保育所の設置主体である市町村は、就学時までを保育期 間に予定して入所した児童に対し、右保育期間の終了前であるにも関わらず、当該保育所廃止 を理由に保育の実施を解消し又は他の保育所への転園を求めることができるか、という問題で ある。この問題との関係では、特に、1997年の児童福祉法改正(1997年法律第74号。翌年4月

(2)

1日施行)によって、保育所入所のあり方が従来の措置制度から要保育児童の保護者に保育所 選択の可能性を保障した申込みに基づく入所制度への転換が図られたことが、市町村による保 育所の廃止に対して何らかの制約を課することになるか、という問題が主たる争点となる。 1997年改正による保育所入所方式の転換のポイントは、従来の措置による入所方式から保護 者の申込みによる入所方式へと改めるとともに、申込書には「入所を希望する保育所」名等を 記載することを要求し、また、当該保育所が保護者の依頼を受けて申込書を代わって提出する ことを可能とし、さらに、市町村に対しその区域内にある保育所の設置者、設備及び運営状況 等に関する情報提供を行う義務を課したという点にある(児童福祉法24条、特に1項、2項、 5項)。かかる法改正による保育所入所方式変更の立法趣旨について、行政実務書によれば、 「利用者の立場に立った良質かつ多様な保育サービスが弾力的に提供される制度的枠組みを整 備するため、措置制度(申請を前提としない職権による行政処分)による入所方式から、保護 者が保育所に関する十分な情報を得たうえで、入所を希望する保育所を選択して、申し込みに 基づき市町村と保護者が利用契約を締結する仕組みに見直したものである」5 )と説明されてお り、以上のような理解は、法案作成に当たった行政実務の認識に共通の理解である。 そこで、以上のような1997年の児童福祉法改正の趣旨に照らして考えると、公立保育所を廃 止・民営化しようとする市町村の判断には、保育期間中の児童の父兄への保育所選択権の保障 との関係で、如何なる法的制約が課されるかが問われていることとなる。かかる争点について、 上記二つの判決は、いずれも、要保育児童の保護者に保育所選択権が認められることは肯定し たが、かかる保育所選択権の保障といえども、「公の施設」である当該保育所の設置者である 市町村が裁量的判断によりこれを廃止することもあり得ることを前提としたものであり、この 意味で、保護者の保育所選択権は、当該保育所が存続する限りで保障されるに止まるとの立場 から、当該公立保育所廃止処分における裁量権の逸脱・濫用を否定したわけである。 これに対して、私は、既に、上記別稿において、以上のように保育所入所の方式が従来の措 置制度から要保育児童の保護者に保育所選択の可能性を保障した申込みに基づく入所制度へと 転換したことを以て、契約方式への転換と見るべきか否かについては、論議の余地があること を指摘した上で、契約方式への転換と見るか否かに関わりなく、上述の入所方式の転換により 公立保育所の廃止に対しても一定の制約が課されることとなるとの理解の下に、以下のような 見解を公にしている。 第1に、改正後の保育所利用関係は依然として利用契約関係ではないと仮定したとしても、 個々の保育所の運営状況や保育条件に関する客観的情報を基に保護者が行った保育所選択の意 思は、入所後の保育所利用関係の継続時においても最大限尊重されるべきである。したがって、 保育所を設置した市町村には、天災事変等により当該保育所の施設が利用できない状況になっ た場合や、市町村財政の急激かつ極度の逼迫により保育所運営の財源が一刻の猶予もない程払 底した状況にある場合等の特段の事情がない限り、当該保育所における保育実施の継続を求め る保護者の意思を尊重すべき義務が課せられると考えるべきである。 第2に、改正後の保育所利用関係が全面的に利用契約関係であるとの前提に立った場合には、

(3)

以上のことは一層強く当てはまるのであり、それ故、保育所を設置した市町村は、契約締結時 において契約の相手方である保護者が想定していた契約締結の目的及び本質的契約条項に拘束 され、かかる拘束に矛盾するような契約条件ないし契約条項の変更をなし得る地位は認められ ないと言うべきである。公立保育所の廃止を理由として保育実施期間等の保育実施条件を変更 することは、この意味での本質的契約条項の変更に当たると解されるから、当該保育所の廃止 自体が「事情変更の原則」の適用を可能とする特段の事情により正当化されない限り、許され ないと考えるべきである。 ところが、上記二つの事件においては、原告らの子弟である保育児童の保育実施期間の途中 で公立保育所の廃止・民営化が行われたにもかかわらず、上述のような「事情変更の原則」の 適用を正当化できる特段の事情を認めることはできない。かかる状況下で行われた保育所廃止 処分は、保育所入所時における保育児童の保護者の保育所選択意思への尊重を義務づけた児童 福祉法24条(特に1項、2項、5項)の趣旨に著しく反する違法な処分であり、取消しを免れ ない。以上の理由により、私は、保育児童の保育期間中に行われる公立保育所の廃止に対して は、保育所入所時における保護者の保育所選択意思による制約が課せられており、したがって、 かかる法的制約を無視して右保育期間中に行われる公立保育所の廃止・民間化は、特段の事情 がない限り違法であると考えている。 児童の保育期間中における公立保育所の廃止・民営化の適法性という問題に関する私見は、 以上のようなものであり、その詳細については上記別稿を参照されたい。他方で、この種の事 件のように公立保育所が廃止・民営化される場合、当該民営化された保育所又は他の保育所へ の転園を受け容れる保護者と、かかる転園を拒否し当該廃止処分の取消し等を求めて訴訟を提 起する原告ら保護者との間に、何らかの利害対立が生じることが予想される。そのように、保 育所廃止処分との関係で保育期間中の児童の保護者という同一の法的地位にありながら、具体 的事情により利害を異にする利害関係者間においては、適切な利益調整を踏まえた訴訟による 紛争解決は如何にして可能か、という問題が生じる。 以上の問題は、より具体的な形では、まず以て、保育所廃止処分が違法である場合の取消判 決の効力は原告以外の保育児童や父兄にも一律に及ぶと考えるべきかという問題として現れ る。また、国家賠償制度は、専ら、行政主体と被害者という当事者間における相対的な紛争解 決を指向する救済制度であることからすると、違法な保育所廃止処分により保育児童と保護者 に生じた損害に関する国家賠償訴訟には、同廃止処分取消訴訟とは多少とも異なった独自の救 済機能や紛争解決機能の発揮が期待される面がある。そこで、保育所廃止処分との関係で保育 児童と保護者という共通の法的地位にありながら、現実には利害の対立した原告及びその他の 関係者間の適切な利害調整を踏まえた妥当な訴訟的紛争解決を可能とするには、取消判決の効 力が及ぶ主観的範囲の限定や国家賠償訴訟の活用により、原告と市町村という訴訟当事者間に 限定された紛争解決を図るのが合理的である場合もあるように思われる。本稿は、以上のよう に、訴訟目的を当事者間における妥当な紛争解決に限定するという意味で、相対効的な紛争解 決という方法が果たし得る役割に光を当てた検討を行うこととする6)

(4)

Ⅱ.公立保育所廃止処分取消判決後の事後処理のあり方―取消判決の効力論との関係で

1.取消判決の第三者効(対世的効力) 一般に取消判決には、行政事件訴訟法32条1項に基づき第三者効(対世的効力)が認められ るが、以下ではまず、公立保育所廃止処分に対する取消判決の第三者効とは、厳密にはいかな る効力を意味するかという問題について検討しよう。 取消判決の第三者効については、当該第三者が原告との関係でいかなる利害関係にある者で あるかが問題となる。そして、原告と対立した法的地位にある第三者が問題となるケースと、 原告と共通の法的地位にある第三者が問題となるケースとに二分して考察するのが一般的であ り7)、本稿でもかかる二分法に従うこととする。収用裁決取消判決における起業者や農地買収 処分取消判決における売渡処分の相手方のように、原告にとって対立関係にある第三者である 場合(α類型の第三者ケース)には、取消判決の効力は、行訴法32条1項に基づき、これらの 第三者にも当然及ぶこととなり、したがって、第三者は収用裁決や農地買収処分が処分時に遡 って効力を喪失したことを争い得ない立場に置かれる。この意味で、取消判決の第三者効は、 原告と対立関係にある第三者に対しては問題の余地なく及ぶ8) これに対し、取消判決の効力は、処分との関係で原告と同様の法的地位にある(その意味で 原告と共通の法律上の利益を有する)第三者に対しても等しく及ぶかについては、従来から学 説対立があり、定説が確立した状況にはない。収用事業の事業認定に対する取消判決の効力は、 事業対象地域内の原告以外の土地の所有者に対しても及ぶことになるか否かという問題、公共 料金の値上認可処分や医療費値上げの告示を取り消す判決の効力は、原告以外の利用者に対し ても及ぶか否か(このケースでは、処分性と原告適格が別途問題となるが、それが肯定される と仮定して取消判決が下された場合の取消判決の効力が問題となる)という問題等が、典型的 な例である(β類型の第三者ケース)。保育所廃止処分の取消判決が、原告以外の入所児童の 保護者に対しても及ぶか否かという問題も、このように処分との関係で原告と同様の法的地位 にある(その意味で原告と共通の法律上の利益を有する)第三者に対する判決の効力如何が問 題化するという点で、同様の事件類型に属する。そこで、本事件との関係では、このβ類型の 第三者ケースをどのように解決すべきかが問われることとなる。 この問題につき、一方では、取消訴訟の目的をあくまでも訴えを提起した原告の個人的権利 利益の回復に限定しようとする立場からは、取消判決の効力は、原告と同様の法的地位にある 第三者には及ばないという結論が導かれる。この立場からすると、行訴法32条1項の第三者効 の趣旨は、もっぱら、原告と対立した法的地位にある第三者(α類型の第三者)に対しても取 消判決の効力を及ぼすことにより、原告個人の権利利益の救済に対する支障を取り除こうとす る点のみにあることとなる9)。これに対し、第三者効の承認の趣旨は、利益を共通にする複数 ないし多数の利害関係者が存在する取消訴訟においては、原告が提起した取消訴訟に代表訴訟 的な機能を認め、取消判決による画一的な事案処理を可能ならしめる点にあるという立場から

(5)

すると、行訴法32条1項の第三者効は、こうした共通の法律上の利益を有する第三者(β類型 の第三者)に対しても及ぶべきであるということになる。 取消判決の第三者効をβ類型の第三者に対しても及ぼすことに肯定的な立場(以下では、単 に「肯定説」と呼ぶ。)に立てば、本事件で争われている保育所廃止処分に対し取消判決が下 された場合には、当該取消判決の効力は、原告以外の保育児童の保護者に対しても等しく及ぶ べきであるということになる。そして、今日では、取消訴訟に代表訴訟的機能を積極的に肯定 する立場から、共通の法律上の利益を有する第三者に対する関係でも取消判決の第三者効を肯 定する学説が、次第に拡がる傾向にあると言えよう1 0 )。とはいえ、以上の問題は学説上決着が ついているわけではないし、また、この問題について明確な判断を下した判決例が存在するわ けでもない。このような状況の下では、立法措置により明確な解決が図られることが望ましい が、近い将来立法的解決が図られる見通しもない。また、基本的に肯定説の立場から原告と共 通の法律上の利益を有する第三者にも第三者効が及ぶとした場合にも、既に当該処分を受け容 れてその後の法律関係を形成していたり、後続の処分に服したりしている第三者の法的地位を どのように処理すべきかといった問題など、第三者効の承認に伴って生じる「後始末上の問題」 に対しても、適切な立法措置を待たなければならない1 1 )。以上のことを考慮すると、かりに肯 定説の立場から、原告と共通の法的地位に立つ第三者にも広く第三者効が及ぶべきであるとい う見解を基本的に採用したとしても、取消判決時に個々の第三者が置かれた具体的状況次第で は、こうした「後始末上の問題」には複雑かつ困難な解決が予想されることとなるのである。 2.公立保育所廃止処分取消判決後の「後始末上の問題」 以上のような「後始末上の問題」は、取消判決に第三者効を認める現行行政訴訟制度の建前 と、原告と同様の法的地位にある第三者と原告との間には個々の事案に応じて実際には重大な 利害対立があり得るという実態との間に齟齬があることに起因しているわけであるが、かかる 取消判決の第三者効をめぐる制度と実態間のズレに起因する問題点への対処方法を講じるに当 たっては、少なくとも以下の三点に留意する必要がある。 第1に、取消判決の第三者効は原告と共通の法的地位にある第三者にも均しく及ぶべきかと いう問題は、複数ないし多数の者の利益に関わる処分に対する取消訴訟においては、すべての 取消訴訟において多少とも生じ得る問題であって、本件のような公立保育所廃止条例に関する 事案に限って生じ得る問題ではない。道路・空港等の公共施設設置のための公用収用事業に関 して、収用地の一部の所有者が事業認定取消訴訟を提起して認容されたケースで、原告と他の 収用地の所有者間に利益対立が存在する場合や、土地改良事業の実施に反対して土地改良区の 組合員が当該土地改良区の設立認可に対し提起した取消訴訟が認容されたケースで、原告と他 の組合員間に利益対立が存在する場合等が、その典型例である。かかる場合、敗訴した行政庁 は、行訴法32条1項により取消判決の効力がこれら第三者に対しても生じる(第三者効の範囲 が、単に当該行政処分が、原告に対する効力を否定されたことを意味するに止まるのか、それ とも、当該第三者にとっても一切の効力を否定されたことを意味するのか、という対立点を残

(6)

してはいるが。)ことを前提に、同法33条1項に基づき、係争処分を違法とする判決理由中の 判断に即した事案の事後処理に当たらなければならない。その過程では、対立する利害関係者 間の利益調整が必要とされることも当然予期されるわけであるが、裁判所としては、かかる利 益調整の困難性を理由に、上記諸ケースにおける取消訴訟の提起自体を不適法として却下し、 あるいは、違法とする判断の範囲を狭めることにより取消の訴えを棄却したりすることがあっ てはならないことは言うまでもない。 第2に、取消判決の第三者効の承認に伴う「後始末上の問題」の実際的な解決困難性を考慮 するならば、そのための適切な立法措置が行われていない現行法の下では、保育所廃止処分取 消判決の効力は、差し当たっては、当該訴えを提起した原告(及びその子弟である園児)と保 育所設置者である市という訴訟当事者間の法律関係に限定して生じると解した方が、妥当な利 益調整に基づく紛争解決をもたらすと考え得ることにも、留意すべきである。その場合、同一 の施設である保育所の中に、取消判決を勝ち取った原告を保護者とする児童と市との間の公立 保育所利用関係と、原告以外の者を保護者とする児童と民営化後の保育所設置主体である社会 福祉法人との間の民間保育所利用関係とが、並存するという、通常はあり得ない状態が生じる こととなる。かかる状況をもたらした責任は保育所廃止処分を行った市の側にあるのであるか ら、かかる状況を理由に、保育所廃止処分自体が違法ではなかったとしてその取消請求を棄却 するということがあっては断じてならないのであるが、他方、原告の児童が保育期間を終了す るまでの期間を民営化への移行期間として捉え、公民協働による財源確保と管理体制を採用す る等の措置を講じることにより、「保護者の入所選択権を侵害しない形での保育所の廃止」(大 東市立上三箇保育所事件における第一審原告側主張の文言による)を図る方法を講じる余地も ある。いずれにしても、このような状況が生じる原因は、上述のように、取消判決の第三者効 承認に伴う「後始末上の問題」に対する適切な解決策をあらかじめ講じる立法措置が不備であ ることに起因しているのであるから、かかる立法の不備に起因する問題の解消を、訴えを提起 した原告の請求を棄却するという形で図ることがあってはならないのである。 第3に、以上のように、本件事案における取消判決の効力が及ぶ主観的範囲は、原告(及び その子弟である園児)と保育所設置者たる市という訴訟当事者間の法律関係に限定されるとし た場合、上記第2で述べたように原告と市との間に成立する公立保育所利用関係と原告以外の 保護者と民営化後の経営主体である社会福祉法人との間の民間保育所利用関係とが並存するこ とになる。そのような公立と民間という異なる保育所利用関係が同一保育施設において並存す るという事態が、児童福祉の実現という児童福祉法の趣旨目的に適合的ではないことは、別途 考慮すべき点である。かかる事態は、原告の子弟か原告以外の保護者の子弟かの差違に関わら ず、すべての保育児童の健全な精神的発達にとって深刻な障害をもたらすことも考えられる。 したがって、かかる児童福祉法の趣旨に著しく反する事態の出現を回避すべきであるとの考え 方にも、それ相当の正当性が認められよう。そこで、かかる考慮に基づく事案解決の方法とし て、行訴法31条の事情判決制度を適用し、判決注文で違法判断を下しつつ取消請求を棄却する という方法の採用可能性についても、一考を要するように思われる。

(7)

そこで、事情判決制度の適用については独自に論すべき問題点があるので、以下では、節を 改めてこの問題について検討を加えよう。

Ⅲ.事情判決の可能性

1.事情判決制度の趣旨 取消訴訟においては、原告に係争処分の取消しを求める法律上の利益があり、かつ、当該処 分に取消原因たる違法の瑕疵がある以上、裁判所は取消判決を下すことが当然の前提とされて いるが、事情判決は、以下のような考慮に基づき、かかる原則に対する例外を認める制度であ る。すなわち、この制度は、違法な処分であっても、当該処分を基礎として既に成立している 法的及び事実的諸関係が取消判決により覆されることによって著しく公共の福祉に反する事態 が生じる可能性があること、他方、原告に対する救済は、必ずしも常に処分の取消しによるほ かないわけではなく、損害賠償、あるいは、損害や障害を除去する行政的措置を別途講じるこ とにより実質的な救済を図り得る場合があること等を考慮して、設けられた制度であるとされ てきた1 2 )。したがって、事情判決をなし得るケースに当たるか否かの判断に当たっては、係争 処分の取消しにより公の利益に生じる「著しい障害」の程度を考慮するほか、当該処分による 原告側の「損害の程度」、「その損害の賠償又は防止の程度及び方法」その他一切の事情を考慮 した総合的判断を要する(行訴31条1項)。具体的な適用対象としては、電力用ダム建設のた めの河川使用許可や公用収用の事業認定ないし収用裁決が違法と判断され、あるいは、大規模 な土地改良事業や土地区画整理事業の実施のための事業計画の決定や認可が違法と判断される にもかかわらず、これらの処分に対する取消訴訟の係属中に当該事業が完成してしまったとい うケース等、取消判決によりきわめて重大な公共の利益に反する状態が出現するケースに限定 されていると解されてきた。実際、行訴法31条の下で事情判決が行われたケースの大半は、議 員定数不均衡事件において、事情判決の原理や趣旨を援用しつつ選挙無効請求が棄却されたケ ースを除けば、土地改良事業又は土地区画整理事業に関する事件及び公用収用事業に関する事 件で占められている1 3 )。異なる領域での適用例としては、私鉄特急料金の値上げ認可の取消し を利用者が求めた近鉄特急料金訴訟において、値上げ認可を違法と認定しつつ、これを取り消 せば「利用者が1日約10万人にものぼる近鉄特急の運行に多大の混乱を惹起するばかりか、特 急料金を徴収している他の私鉄・・・にも影響を及ぼしかねない」ことを主たる理由に事情判 決を下した第1審判決14)がある程度である。この制度の適用可能性がこのように厳格に限定さ れてきたのは、事情判決は、違法処分の有効性を前提に形成された既成事実が有する高度の公 益性を理由に、本来取り消されて然るべき違法処分の取消しの回避を可能とする制度であるか ら、事情判決の利用を緩やかに認めることには、取消訴訟における違法処分の排除という裁判 所本来の任務を後退させる15)面があり、ひいては法治主義ないし「法律による行政の原理」の 実現を阻害する要因ともなり得るからである。したがって、事情判決の適用については、慎重 の上にも慎重を期す必要がある。

(8)

2.事情判決積極的活用論の存在 他方でしかし、事情判決制度のより積極的な活用可能性を唱える学説も存在する。というの は、違法処分を基礎に築き上げられた既成事実の重み故に取消判決による原告の権利利益救済 や紛争解決が事実上極めて困難であることを理由に、訴えの利益が否定されることに比べれば、 事情判決は、判決主文による違法宣言を通して原告に対する損害賠償を基礎づけつつ事案の妥 当な解決を図ることを可能とする。この意味で、事情判決には、訴えの利益の否定による却下 判決という、それ自体正当性のない安易な結末を回避させるという事実上の効果があり、また、 処分を前提に形成された既成事実を尊重しつつも、「原告の受ける損害の程度、その損害の賠 償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮」した判断により、既成事実の尊重の要請 と違法処分の相手方(原告)の権利保護との適正な利益調整を可能とする機能があると考えら れているからである。この意味で、事情判決制度の活用は、「判決後の混乱防止に寄与し、紛 争を和解的に解決するという機能を営む」との指摘がなされ1 6 )、また、特にダム建設等に関す る公用収用事業、大規模な土地区画整理事業や土地改良事業等のようなケースでは、事情判決 が、原告及び原告以外の「多数の利害関係人の利益保護にも役立つことがある」との指摘がな されてきた1 7 )。以上のような考慮の下に、今日の諸学説では、事情判決のより積極的な活用を 促す考え方が、拡がっているように思われる18) 3.公立保育所廃止処分取消訴訟における事情判決の可能性 以上のような事情判決制度の和解的機能及び利益調整的機能に照らして、公立保育所廃止処 分取消訴訟に事情判決制度を適用する可能性について検討してみよう。まず、違法な処分であ るにもかかわらず取消判決によりもたらされる公共の利益への「著しい障害」の発生を理由に 訴えを棄却することが可能か、という問題については、取消判決がもたらす上述の事態により 保育児童の健全な精神的発達に対して深刻な支障を及ぼすということと、一個の完成したダム を原状回復のために破壊することとの間に差違があるか否かを論じることは、次元を異にした 二つの事情を比較することであって、後者の方が公益に対する支障の程度がはるかに高いとま で、一概には言えないという側面を有する。また、事情判決が多数利害関係者間の利益調整に より適正な紛争解決を可能ならしめるという点でも、保育児童やその保護者間に現実には著し い利害対立が存在し得るケースでは、事情判決の適用を通して、行政と相対立する保護者間で の利害調整のための契機を提供するというメリットが認められる。従来の事情判決に関する議 論では、かかるケースでの事情判決の適用を想定するという問題意識が稀薄であった。しかし、 一人ひとりの保育児童にとっての健全な精神的発達保障という価値の重要性を直視するなら ば、そのような事態の発生は、事情判決という強度の例外性を条件とした制度の適用対象とし て相応しいと見ることも、不可能ではないのある。

(9)

Ⅳ.違法な保育所廃止処分による国家賠償責任

1.国家賠償制度が果たし得る救済機能の独自性 Ⅱ及びⅢでの検討により、裁判所が、保育児童の保育期間終了前に行われる公立保育所の廃 止・民営化処分は違法であるとして、これを取り消すべき正当な理由があると考える場合であ っても、原告を父兄とする保育児童と原告以外の者を父兄とする保育児童との間には廃止・民 営化を既に受け容れているか否かの差違に起因する重大な利害対立が存在しており、かかる利 害対立は児童福祉法の目的実現にとって重大な障害をもたらし得るものであることを考慮する ならば、上述の廃止処分取消判決の第三者効を原告以外の父母と市との関係にまで一律に及ぼ すことが、必ずしも適切な問題解決をもたらすものではないことを、明らかにした。また、以 上の理由により取消判決の第三者効を限定するだけではなく、事情判決制度の活用により、一 保育所における保育児童間の利害対立を適正に調整しつつ和解的解決を図るという、割り切っ た紛争解決方法を採ることが不可能ではないことにも言及した。以上により、公立保育所の廃 止・民営化をめぐる法的紛争につき相対効的な紛争解決を図ろうとする場合、その反面では、 違法な廃止・民営化処分により自己の法律上の利益を侵害された保育児童及び保護者への適正 な国家賠償が、救済措置として重要な意味を有することとなる。廃止処分が違法であるとの理 由で取り消される場合にも、当該違法な廃止処分により保育児童及び父兄にもたらされた損害 に対しては、国家賠償請求が認められるべきであることは言うまでもないが、取消判決の効果 を限定することにより若しくは事情判決制度の適用により、原告側にとって本来受けるべき十 分な救済措置を受けることができなくなる場合には、国家賠償による救済が果たすべき役割は、 それだけ重要度を増すこととなるのである。 ところで、以上では、公立保育所廃止処分が保育期間中の保育児童の保護者に対する関係で は違法な処分であり取り消すべき正当な理由がある場合に該当することを前提に、すべての叙 述を進めてきた。他方でしかし、取消訴訟の場において取消されるべき正当な理由を欠いてい る場合であっても、国家賠償請求との関係では、当該保育所廃止処分を違法として賠償請求を 認容すべき場合が存在しないかが、独自の検討課題となる。そこで、以下では、国家賠償訴訟 に関する一論点として、特に保育所廃止処分の国賠法上の違法性成立要件に関する問題に対象 を絞って、検討を加えることとする。 2.国家賠償における公権力行使の違法性と取消訴訟における処分の違法性との基本的同一性 課税処分や営業不許可等の典型的な行政処分との関係で、当該行政処分が違法に行われた結 果として損害が生じた場合の国家賠償請求における違法性の要件は、通常、課税標準の算定基 準や許可基準等の実体的要件及び手続的要件を満たしているか否かを判断して行われる。この 意味で、かかる定型的な行政処分の場合、国家賠償法上の違法性は課税権限や許可権限等の公 権力発動のための要件への適合性の判断により決せられるのであり、その限りでは、取消訴訟 における当該処分の違法性の判断と同様の判断がなされる。したがって、上記のような定型的

(10)

行政処分の違法性が争われる場合である限り、取消訴訟における処分の違法性と国賠訴訟にお ける公権力行使の違法性は、通常、同一である。 以上のような取消訴訟における違法性と国家賠償法1条1項でいう違法性との間での違法性 判断基準の基本的な同一性は、国家賠償法1条1項の規定文言に照らして見ても妥当な理解で ある。というのは、国家賠償法1条1項は、「故意又は過失によって違法に他人に損害を加え たときは」という規定の仕方をしており、民法709条の規定とは異なって、故意・過失要件と 区別された形で違法性要件に明示的に言及しているからである。また、以下に述べる立法史的 背景に照らして見ても、二つの訴訟間における違法性概念を基本的に同一と捉える見解は妥当 である。すなわち、戦前のわが国では、「主権無答責の法理」及び「違法行為の国家帰属不能 の理論」により、違法な公権力行使により国民の権利が侵害された場合でも国の賠償責任が一 律に否定されていたが、日本国憲法17条がこれを根本的な転換し、公務員による不法行為に関 する国家賠償責任を明確に認めた。これを承けて、国賠法1条1項は、国や公共団体の公務員 が客観的法規範に基づき自らに課された法的義務(行為規範)に反して公権力を行使したとき は、国又は公共団体に賠償責任を負わせることを新たに可能とすることにより、法治主義ない し「法律による行政の原理」の実質化を図ろうとしたという点に、同規定の本来的な意義があ る1 9 )。このような立法史的経緯を踏まえれば、国家賠償法1条1項における違法性は、本来、 法令その他客観的法規に基づき公権力を行使する国家機関に対しては、当該客観的法規その他 の関連法規によって当該権限行使の要件、効果、目的及び手続等に関する種々の行為規範が課 せられており、かかる行為規範に違反する行為を国家賠償法上も違法な公権力の行使として把 握するという趣旨の不法行為責任成立要件を意味しており、かかる意味で、国家賠償法1条1 項の違法性とは「行為規範性を内容とするもの」20)なのであり、当該違法性の判断で中心とな るのは、「客観的な法秩序に照らして国家行為が違法と評価されるかどうか」である2 1 )という ことなのである。 以上のように、国家賠償1条1項における違法性は、本来、行政の権限行使に対して客観的 法秩序により課せられた行為規範に対する違背を意味し、それ故、違法性判断の核心的部分で は、公権力行使の目的や要件・効果及び手続等に関して法令等が定立した客観的な行為規範に 違反したかどうかが論じられることとなる。宇賀克也氏の表現を借りて言えば、「公権力発動 要件の欠如をもって違法と解」し、「被侵害法益ではなく、公権力(不)発動要件の欠如とい う行為態様をメルクマールとして、違法性を判断する」という意味において、「公権力発動要 件欠如説」と呼び得る考え方が、国家賠償法1条1項の違法性に関する「従来の判例の大勢」 が採用するところであったのである2 2 )。したがって、その限りでは、取消訴訟において争われ る処分の違法性と国家賠償において争われる公権力行使の違法性との間に、質的な差違は存在 しないのであって、二つの違法性は基本的には同一のものと捉えるべきである。そして、かか る違法性の同一性は、国家賠償責任と損失補償との質的差違を考える上でも重要である。すな わち、損失補償とは、公用収用の際の損失補償や希少な野生動植物や自然公園特別地域の貴重 な自然遺産を保護するために私有地の利用を厳しく制限する場合に支払われるべき損失補償等

(11)

の例に見られるように、所有権という権利の剥奪や利用制限自体は疑問の余地なく適法なのだ が、社会公共の利益の実現のため特別の犠牲を払う形で自己の権利の剥奪・制限を受ける者の 不利益を、公共の負担で償うことにより所有権の保護及び法の下の平等を回復させようとする 制度である。したがって、損失補償では私的権利を剥奪・制限する公権力行使が適法であるこ とが前提となるのであるが、これに対し、国家賠償責任は、違法な公権力行使により生じた損 害に関する不法行為責任として、国家に賠償責任を負わせる制度である。 以上のような現行の国家賠償制度の立法史的経緯及び損失補償制度との質的差違に照らして 考えれば、国家賠償責任を、単に、公権力行使によって生じた損害に関して負担の公平化を図 るための制度という側面のみに比重を置いて把握することは、国家賠償制度本来の趣旨を誤っ て理解することとなる。以上により、国家賠償法1条1項における公権力行使の違法性は、取 消訴訟における行政処分の違法性と基本的には同一のものと解されるべきであり、実際、国家 賠償制度は、従来から、取消訴訟をはじめとした抗告訴訟制度と並び、「法律による行政の原 理」の実現を支える法制度として位置づけられてきたのである。 3.国家賠償法1条1項の違法性判断における救済法的考慮―負担の公平 (1)国家賠償法上の違法性判断における「不文の法原則」の機能 他方で、しかし、取消訴訟における処分の違法性と国賠法における公権力行使の違法性との 異同については、違法な公権力行使によって生じた損害の公平な負担の実現という国家賠償制 度固有の機能を重視する見地から、取消訴訟において処分が違法とは判断できない場合でも国 家賠償請求は認容し得る場合があり得る、という指摘もなされてきた。この意味で、二つの訴 訟間では違法性の意味にズレがあると主張されることがあるのである。かかる違法性の意味の 差違が生じ得るのは、取消訴訟では、通常、処分に関する法律上の要件や手続等に関する法律 規定との適合性が審査され、かかる客観的な公権力発動要件への適合性により違法か否かが決 せられ、違法であれば取り消されるべきであるとされるのに対して、国家賠償における違法性 については、法律上の要件や手続等に関する規定との適合性の確保による「法律による行政の 原理」の実現という視点に加えて、公権力の行使により国民に生じた損害を被害者と加害者た る公法人とのいずれに負担させることが正義公平に適合的であるかという、救済法的な視点が 重視されることになり、かかる国家賠償制度における公平な負担の理念ないし救済法的観点を 重視する見地からは、国賠法上の違法性を判断する際に、目的、要件、効果、手続等に関する 個別法上の規定だけではなく、人権の尊重、平等原則、信義誠実の原則、権利ないし権力の濫 用、公序良俗等の不文の一般的法原則に違反するか否かが、違法性判断要素に加味される可能 性が生じるからである2 3 )。もっとも、これら「不文の法原則」は、行政処分に対する取消訴訟 の場でも、行政庁の行為規範としての意味を有することがあり、近年その傾向は次第に高まる 傾向にある2 4 )。したがって、行政を規律する法規範の中には「不文の法原則」も含まれるとい う点で、取消訴訟の場合と国家賠償訴訟の場合との間に本質的な差があるわけではない。しか し、上述のように、国家賠償制度においては、公権力の行使により国民に生じた損害を如何な

(12)

る者に負担させることが正義公平に適合的であるかという視点が、「法律による行政の原理」 と並んで重視されるため、個々の明示的な法律規定の適用によっては適切な事案解決を図り得 ない場合には、正義公平の観念に立脚した何らかの「不文の法原則」が、当該行政作用を規律 する行為規範として援用される可能性が高くなるのであり、以上のような国家賠償制度特有の 考慮が働くために、国家賠償法における公権力行使の違法性という要件は、取消訴訟における 処分の違法性よりも、広く緩やかに運用される可能性が生じるのである。 (2)「不文の法原則」としての合意の拘束力及び信義則 以上を前提に、次に、保育児童の保育期間中における公立保育所の廃止により保育所入所時 における保護者の保育所選択意思が不当に毀損されたという、本件事案における公立保育所廃 止処分の国家賠償法1条1項適用上の違法性如何という問題に目を転じるならば、そこではま ず、”保育所入所時に保育所設置主体である市町村と保護者との間で形成された合意は、その 後の児童保育の実施、存続、解消の過程においても最大限遵守・尊重されるべきである”とい う意味において、保育所入所時に形成された「合意の拘束力」が、その後のプロセスにおいて も一種の「不文の法原則」としての法規範性を有すると考えることが可能である。あるいは、 保護者の保育所選択意思の尊重という要請には、保護者との関係で設置者たる市町村に課せら れた信義則の一環としての法的拘束力が認められるべきである、と考えることも可能である。 もっとも、上述(本稿Ⅰ)のように、私は、保育所入所時における保護者の保育所選択意思 の尊重という要請を、1997年の児童福祉法改正による同法24の規定改正の趣旨から導き出すこ とができると考えている。したがって、私見に従えば、保育所入所時における保護者の保育所 選択意思の尊重義務は、同法24条の諸規定の解釈から直接的に根拠づけられるべきものである から、合意の拘束力や信義則といった「不文の法原則」を援用する余地はないのではないかと いう疑問が生じ得よう。しかし、国家賠償訴訟の場合は、上述のように、公権力の行使により 生じた損害の公平負担の実現という独自の考慮が働く余地が大きいため、負担の公平性に立脚 した「不文の法原則」による違法性判定の可能性が広く認められやすい傾向が生じる。その結 果、入所時における保護者の保育所選択意思への尊重義務を児童福祉法24条という個別法律規 定の解釈として導き出すことは、かりに困難である場合であっても、合意の拘束力や信義則等、 正義公平の観念に立脚した「不文の法原則」への違背を理由に、国賠法1条1項の適用上違法 と判断される可能性は、なおも広く残されていると考えるべきなのである。 4.国賠法上の違法性判断の類型化―定型的行政処分と定型的行政処分以外の公権力行使と の区別の必要性 (1)違法性二元論(違法性相対化論)及び職務行為基準説(職務義務違反説) ところで、以上のように、国賠法1条1項の違法性と取消訴訟における違法性との間で「不 文の法原則」適用の可能性ないし幅に関して差違を認めることは、結果的には、国賠法上の違 法性と取消訴訟における違法性との間に差違があることを認める考え方(「違法性二元論」ない

(13)

し「違法性相対化論」と呼ばれてきた)につながる。そして、かかる違法性二元論に対しては、 従来から様々な批判が投げかけられてきたという経緯がある。そこで、国家賠償訴訟において 「不文の法原則」の適用による違法判断の可能性を広く認めようとするならば、違法性二元論な いし違法性相対化論をめぐって交わされてきた議論について、多少の検討を必要とする。 違法性二元論ないし違法性相対化論をめぐる議論の中で特に検討を要するのは、①上述の国 家賠償法1条1項の立法史的経緯、損失補償制度との質的な差異、違法性要件を故意・過失要 件から区別して規定する同条同項の規定態様等に鑑みて、違法性二元論は同規定本来の趣旨に 反するのではないかという論点、及び、②「法律による行政の原理」の担保制度としての国家 賠償制度に期待されている「違法行為抑止機能」の効果的発揮にとって、違法性二元論はむし ろ阻害要因となる恐れがあるのではないか、という論点である25) さらに、公権力行使により生じた被害に関しては、負担の公平化という救済法的視点を強調 することにより国家賠償責任の成立を容易にしようとする違法性二元論者の当初の意図とは裏 腹に、違法性二元論ないし違法性相対化論は、国賠法上の違法性を取消訴訟における違法性よ りも狭く限定的に解する方向へ展開する可能性も内包しているのではないか、との指摘も従前 から投げかけられてきた26) 他方、判例においては、権利侵害の発生や法の趣旨目的に反する事態の発生という結果の違 法性のみに着目して国賠法上違法であるとの結論を導き出す(このような考え方は、一般に、 「結果違法説」と呼ばれている。)べきではなく、公権力行使に当たって公務員が果たすべき職 務上の法的義務を適正に果たしたか否かという、行為規範への適合性如何により国家賠償法上 の違法性判断をなすべきである、との考え方が定着している。かかる考え方は、一般に、上記 の「結果違法説」に対立する意味で「行為違法説」と呼ばれている。しかし、ひとくちに「行 為違法説」と呼ばれる諸説の中には、国賠法上の違法性判断基準の広狭ないし厳格さについて、 異なった考え方が並存している。一方には、上述(本稿Ⅳの2)のように、行政処分等の権限 行使に関する要件、効果、目的や手続その他公権力行使の要件を充足しているか否かにより違 法性を判断しようとする考え方(「公権力発動要件欠如説」)が存在するが、これと並んで、か かる公権力行使要件を欠如しているだけでは直ちに国賠法上違法を帰結するものではないとい う考え方が存在する。後者の説によれば、国家賠償法1条1項の適用上違法となるためには、 公権力発動要件が欠如していることに加えて、「公務員として職務上尽くすべき注意義務を懈 怠したこと」27)という独自の違法性要件の充足が、上乗せ的に要求されることとなる。後者の 説は、一般に、「職務行為基準説」ないし「職務義務違反説」と呼ばれる考え方であり、「在宅 投票制度廃止国家賠償事件」に関する上告審判決(後述参照)は、かかる職務行為基準説の立 場から、「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国 民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共 団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである」(最一小判昭和60・11・21民集 39巻7号1512頁)と判示することにより、右違法性の意味を狭く限定する立場を鮮明にした。 この後、右最高裁の判示部分は、国家賠償法1条1項の違法性の成立要件について、①「職務

(14)

上の法的義務に対する違反」であること、及び②「その義務が、被害者個人に対して負う義務 でなければならない」ことという二つの要件を、加重するものであると理解されている2 8 )。し たがって、職務行為基準説に従って下された判決は、国賠法上の違法性要件を取消訴訟におい て争われる処分の違法性よりも狭く限定的に解釈することによって、違法判断の可能性を狭め る結果となる可能性を内包していることに、留意しなければならない。 以上のような経緯により、違法性二元論ないし違法性相対化論は、当初は専ら、「国家賠償 法上の救済の拡大を目的として原告によって主張されてきた」学説であるが、この考え方が 「職務行為基準説」ないし「職務義務違反説」と結合するときには、「取消訴訟上違法であって も、国家賠償法上当然には違法にならないという文脈で」被告によって主張され、幾つかの判 例によりこれが採用されることとなっている2 9 )。それ故、違法性二元論ないし違法性相対化論 には、国家賠償訴訟における違法性要件の判定を狭く厳格化する方向へ働く可能性も秘められ ていると、一般に考えられているのである。 こうした職務行為基準説の立場から国賠法上の違法性を限定する判決例は、当初、裁判官の 裁判行為や国会議員の立法活動の違法性が国賠法上争われた事案において、出現した。まず、 裁判官の判決等の裁判行為が上訴や確定判決後の再審により覆されたりした場合における当初 の裁判行為の国賠法上の違法性が争われた事件において、最高裁は、「裁判官がした争訟の裁 判に上訴等の訴訟上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによっ て当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の 問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当 な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを 行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である」 との考え方を表明している(最二小判昭和57・3・12民集36巻3号329頁)。また、国会議員の 立法行為(立法作為及び立法不作為)の国賠法上の違法性が争われた「在宅投票制度廃止国家 賠償事件」において、最高裁は、「国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)が同 項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負 う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容の違憲性の問題とは 区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その 故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない」と述べて、結果違法説の 立場を斥けた上で、「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反してい るにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的 な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわな ければならない」として、国会議員の立法行為の国賠法上の違法性を極度に限定する立場を明 らかにしている(最一小判昭和60・11・21民集39巻7号1512頁)。 以上のように、職務行為基準説の立場から国賠法上の違法性判断を限定して捉える裁判例は、 当初は、裁判官の裁判行為や国会議員の立法行為等の行政機関以外の国家機関の行為の違法性 が争われるケースに限定されていたが、その後、同様の考え方を適用する判決例は、運転免許

(15)

の取消処分や所得税に関する更正処分等の定型的行政処分の違法性が争われた事案にまで、次 第に拡張される傾向にある30) (2)職務行為基準説の拡張的運用傾向の問題点 以上のように職務行為基準説の考え方を一般の行政処分にまで拡張的に適用しようとする判 例の考え方には様々な問題点がある。第1に、職務行為基準説のように違法性の成立可能性を このように限定的に捉える考え方は、元来、裁判官の裁判行為や国会議員の立法行為という行 政機関以外の国家機関による公権力の行使又は不行使の違法性が問題となるケースで形成され た違法性判断基準の考え方であり、「職務執行に伴う私人の権利・利益侵害の危険が、いわば 制度の構造上不可避的なものとして前提されていると考え得る場合に限って、その適用が考え られるべき」ものである3 1 )。そのような考え方をそのまま通常の行政処分の違法性について適 用することは、この考え方の本来想定外のことなのではないか。第2に、課税処分、運転免許 の取消し、建築確認などの定型的な行政処分や行政代執行等の行政強制は、その強度の公権力 性故に法律による行政の原理が厳格に適用されるべき種類の行政作用であり、したがって、こ れら定型的な行政処分の適法性は、個々の処分の要件、効果、目的や手続等に関する法律規定 への適合性により決せられるべきものであり、その点では国家賠償と取消訴訟とで異なるべき 理由はない。第3に、わが国の国家賠償制度は、違法な公権力行使であっても国の賠償責任を 免れていた戦前のあり方への反省を踏まえて立法化されたのであり、その意味で法治主義ない し法律による行政の原理の実質化を図るための不可欠の制度的基盤として導入された。かかる 歴史的経緯に照らすと、法治主義ないし法律による行政の原理の実現手段としての国家賠償制 度の意義を重視すべきであり、それ故、少なくとも定型的な行政処分に関しては、法令上の要 件、効果、目的及び手続等に関する適法性要件に適合しない場合には、特段の事情がない限り 違法な処分とすべきである。以上により、法令上の適法性要件規定に違反したとしても直ちに 国賠法上の違法を帰着するものではないとする見解を採用することには、慎重な姿勢を貫くべ きである32) (3)定型的行政処分以外の公権力行使の国賠法上の違法性―公立保育所廃止・民営化訴訟の ケース ところが他方、以上のような批判や問題点は、定型的な行政処分、即ち、国民の法的地位を 一方的に変動させる個別具体的な処分の違法性が、取消訴訟と国賠訴訟の双方で争われる場合 には妥当するとしても、行政機関以外の国家機関の行為や定型的な行政処分以外の行政処分の 違法性が争われる場合には、一律に妥当すべき批判とは言えない3 3 )。裁判行為や立法活動の国 賠法上の違法性が争われるケースや権限不行使の国賠法上の違法性が争われるケースが、その 典型例である。また、行政機関の行為のなかでも、通達・訓令等の内部的行為や行政指導等の 非権力的行為は、個々の行為の実質的内容に照らして取消訴訟による攻撃対象となり得るとし て処分性を肯定される場合があったとしても、課税処分、許認可や許認可の取消等の通常の行

(16)

政処分とは異質の行政活動であり、そのような意味では非定型的な行政処分として捉えられる べきものである。こうした行政処分以外の国家活動や非定型的な行政処分について国賠法上の 違法性が争われるケースでは、権限行使の個々の要件に対応した法律規定が明確に定められて いない場合が多く、それ故、不文の法原則等に依拠した違法性判断が要請される局面が多いと 言えよう。 他方、個々の法制度や法規定の趣旨に応じて、国賠法上の違法性を緩やかに解釈すべき場合 もあり得るように思われる3 4 )。特に公立保育所廃止処分の違法性が争われるケースは、公立保 育所廃止条例(正確には、公立保育所の設置を定める市町村条例の規定から当該保育所名を削 除する条例)の違法性が争われる事案であり、また、そこで争われる条例の違法性も、法令上 明示的に定められた目的、要件、効果や手続等に関する規定への違背が争われているのではな く、保育所設置主体である地方公共団体と入所児童の保護者との間で個別に形成された合意な いし信頼利益に対する毀損・侵害の存否である。しかも、利害関係を異にする多数の保護者間 の利益対立を適正に調整するという課題が、取消判決後における「後始末上の問題」として独 自に提起され得る性質の事案である。以上の特殊性を考慮に入れるならば、公立保育所の廃 止・民営化に関するケースは、非定形的行政処分の違法性が争われる典型的事案として捉えら れるべき事案であり、かかる特殊性に即応した事案解決が図られるべきケースに該当すると言 うべきであろう。 したがって、公立保育所廃止処分の国賠法上の違法性については、以上のように、定形的行 政処分以外の国家活動に関する国家賠償事件に特有の問題が生じるように思われる。そして、 定型的行政処分の違法性が争われるケースと対比して当該事案が有する特殊性は、保育実施期 間中の児童の保護者が入所申請時に行った保育所選択の意思は保育の実施、存続、解消の局面 においても最大限尊重されるべきであるという法的義務への違背が、争われている点に存する。 当該法的義務は、児童福祉法24条の諸規定(特に1項、2項、5項)から導かれる法律上の義 務であると同時に、当該義務の内容に即してみれば、保育児童の保護者と公立保育所設置者た る市町村という当事者間に形成された合意という主観的意思の合致の尊重を義務づけるもので ある。その意味で、市町村による公立保育所廃止の可能性を制約する行為規範の法的拘束力が、 当事者間の合意という主観法的事実にも半ば依拠しているという点に、この種の事案の特殊性 がある。このように当事者間の合意に立脚した法的義務に違反する行為により保育児童および 保護者に生じる不利益に関しては、本稿のⅡにおいて論じたように、取消訴訟の枠組みの下で 第三者効を有する取消判決によって法的救済を図るということも可能ではあるが、しかしそれ 以上に、国家賠償による救済を図ることが現実的でかつ妥当な紛争解決をもたらす可能性が大 きい。何故ならば、不法行為責任の一種である国家賠償制度には、原告たる保護者と公立保育 所の設置主体である市町村という、二当事者間における正義公平の実現を第一義的目的とした 妥当な紛争解決を可能とする条件が、具わっていると考えられるからである。

(17)

1)近時における公立保育所の廃止・民営化を促進している法制度的背景として、2001年の児童福祉法改 正(2001年法律135号)により、市町村に対し、「社会福祉法人その他の多様な事業者の能力を活用した 保育所の設置又は運営を促進」することを促し、そのための手段として、「公有財産・・・の貸付けそ の他の必要な措置を積極的に講ずること」を求める旨の規定(児童福祉法五六条の七第一項)が新設さ れた、という事情がある。この点の指摘として、田村和之『保育所の民営化』(信山社、2004年)11∼ 12頁。公立保育所の廃止・民営化の手法及び現時点での廃止・民営化をめぐる全般的な訴訟提起状況に 関しても、同書13∼29頁参照。 2)高石市立東羽衣保育所事件に関する第一審判決に関しては、大阪地判平成16年5月12日賃社1385・ 1386合併号103頁。 3)大東市立上三箇保育所事件に関する第一審判決については、大阪地判平成17・1・18(平成14年(行 ウ)151号事件等三事件)判例集未登載。 なお、本文に挙げた二つの判決のほか、公立保育所廃止処分に対する執行停止申立てを斥けた裁判例 として、東京高決平成16・3・30判時1862号151頁、判タ1162号150頁がある。この決定の特質及び問題 点については、拙稿「保育所利用関係における合意の拘束力―保育期間中における保育所廃止・民営 化に対する法的制約の存否問題を素材に―」小林武・見上崇洋・安本典夫編『「民」による行政― 新たな公共性の再構築』(法律文化社、2005年)238頁参照。 4)前掲拙稿『「民」による行政―新たな公共性の再構築』208頁以下。また、当該拙稿は、高石市立東 羽衣保育所事件に関して私が控訴審へ提出した意見書を基にしている。当該意見書については、賃社 1385・1386合併号95頁以下参照。 5)児童福祉法規研究会編『最新・児童福祉法の解説』時事通信社、2000年、167頁。 6)本文における以下の叙述は、大東市立上三箇保育所事件について私が控訴審へ提出した意見書に加 筆・削除等の修正を加えたものをベースにしているが、私見の基本的内容には変更がないことを、あら かじめお断りしておきたい。 7)取消判決の第三者効を考察するに当たり、いち早く、原告と対立利害関係にある第三者が問題となる ケースと、原告と共通の法的地位にある第三者が問題となるケースとに二分する視点の必要性を唱えた ものとして、南博方編『注釈行政事件訴訟法』(有斐閣、1972年)276∼277頁(阿部泰隆執筆)参照。 8)南編『注釈行政事件訴訟法』281∼282頁(阿部泰隆執筆)、南博方編『条解行政事件訴訟法[初版]』 (弘文堂、1987年)730∼731頁(岡光民雄執筆)、園部逸夫編『注解行政事件訴訟法』(有斐閣、1989年) 397∼398頁(村上敬一執筆)、南博方・高橋滋編『条解行政事件訴訟法[第二版]』(弘文堂、2003年) 460頁(東亜由美執筆)、室井力・芝池義一・浜川清編著『コンメンタール行政法Ⅱ 行政事件訴訟法・ 国家賠償法』(日本評論社、2004年)291頁(山下竜一執筆)。ちなみに、行政事件訴訟法制定に深く関 わり、1962年制定当時における同法の諸規定の立法趣旨を忠実に伝えるものとして定評ある杉本良吉氏 の解説では、原告と対立利害関係にある第三者が問題となるケースのみを念頭に置いて、行訴法32条1 項は取消判決の形成力を第三者に対しても及ばしめる趣旨の規定であることが、説示されている(杉本 「行政事件訴訟法の解説(2・完)」法曹時報15巻4号41∼42頁)。 9)園部編『注解行政事件訴訟法』402∼403頁(村上敬一執筆)、南・高橋編『条解行政事件訴訟法[第 二版]』460∼461頁(東亜由美執筆)。 10)肯定説として、南編『注釈行政事件訴訟法』283∼284頁(阿部泰隆執筆)、南編『条解行政事件訴訟 法[初版]』731∼733頁(岡光民雄執筆)、塩野宏『行政法Ⅱ[第4版]』有斐閣、2005年、164∼165頁。

(18)

11)塩野前掲書165頁。 12)杉本前掲・法曹時報15巻4号36頁。 13)比較的近年の事情判決例として、違法な換地計画・換地処分に関する福岡高裁宮崎支判平成13・12・ 4判自233号54頁、ダム建設目的の土地収用事業につき行われた違法な収用裁決に関する札幌地判平成 9・3・27判時1598号33頁(二風谷ダム事件)、土地区画整理事業につき行われた違法な仮換地指定処 分に関する高松地判平成2・4・9判時1368号60頁、土地区画整理事業の修正事業計画につき行われた 違法な認可に関する横浜地判平成1・2・27判タ702号119頁等参照。 なお、行訴法31条は、直接的には行政事件訴訟特例法11条の規定を受け継いで再整備された規定であ るが、類似の制度は、1932年(昭和7年)の行政訴訟法案174条に規定されていた。特例法11条の事情 判決制度は、この規定の思想を受け継いだものであるとされている(杉本前掲・法曹時報15巻4号36∼ 37頁)が、この行政訴訟法案の規定において、違法処分といえども取り消さないことが可能なケースと して想定されていたのは、国又は公共団体が実施する工作物の新設・増改築等の工事、鉱業権や地方鉄 道事業等の特許事業権の設定、河川や道路等の公物使用等の領域において、違法な処分に基づき「既ニ 為シタル工事、設備又ハ其ノ他ノ施設ノ状況」に鑑みて当該処分の取消・変更を行うことが不適当であ ると認められるケースであった。このように、処分が違法であるにもかかわらず棄却判決をなし得るケ ースを、違法処分を基礎に既に何らかの工作物の工事や設備・施設が存在する場合に限定していたとい う点では、今日における事情判決制度の運用に関して本文で言及した一般的傾向は、1932年行政訴訟法 案174条の規定の趣旨に共通するものと、と言えよう。 14)大阪地判昭和57・2・19判時1035号29頁。なお、周知のように、近鉄特急料金訴訟の控訴審(大阪高 判昭和59・10・30判時1145号33頁)及び上告審(最一小判平成1・4・13判時1313号121頁)は、私鉄 特急利用者の原告適格を一律に否定し訴えを却下する旨の判決を下している。 15)南編前掲『注釈行政事件訴訟法』265頁(谷五佐夫執筆)。 16)阿部泰隆『行政救済の実効性』(弘文堂、1985年)300頁。 17)南・高橋編前掲『条解行政事件訴訟法[第2版]』440頁(石井昇執筆)。 18)註(16)(17)所掲の文献のほか、園部編前掲『注解行政事件訴訟法』375頁(乙部哲郎執筆)。なお、 事情判決制度の活用可能性をめぐる学説状況の概観として、南編前掲『条解行政事件訴訟法[初版]』 683頁(岩崎政明執筆)及び室井・芝池・浜川編著前掲書279頁(梶哲教執筆)参照。 19)塩野前掲書289頁。 20)遠藤博也『国家補償法[上巻]』(青林書院新社、1981年)166頁。 21)塩野前掲書289頁。 22)宇賀克也『国家補償法』(有斐閣、1997年)46∼47頁。 23)遠藤前掲書166頁。なお、国家賠償法1条1項の違法性要件は、「権利侵害から違法性へ」という、同 法制定当時における民法上の不法行為責任の成立要件に関する判例・学説の成果(特に我妻栄説)を取 り入れたものであること、したがって、「厳密な法規違反」に限定された意味の違法性ではなく、公序 良俗違反等の一般条項違反をも包摂した緩やかな違法性概念を意味するものであったことを指摘するも のとして、宇賀前掲書42頁参照。 24)長期在留資格から短期在留資格への在留資格の変更が事実上法務大臣の一方的措置により行われた後 に、当該短期在留資格による在留期間の更新許可申請が不許可とされた事案において、上記在留資格の 変更の具体的経緯に照らして信義則に違反するとの理由により、右更新不許可処分が違法と判断され取 り消された事例として、最三小判平成8・7・2判時1578号51頁、判タ920号126頁がある。 また、事件当時の法令の規定上は国民年金受給資格を認め得ないケースであるにもかかわらず、信義

参照

関連したドキュメント

名の下に、アプリオリとアポステリオリの対を分析性と綜合性の対に解消しようとする論理実証主義の  

児童について一緒に考えることが解決への糸口 になるのではないか。④保護者への対応も難し

 

   遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば

続が開始されないことがあつてはならないのである︒いわゆる起訴法定主義がこれである︒a 刑事手続そのものは

「分離の壁」論と呼ばれる理解と,関連する判 例における具体的な事案の判断について分析す る。次に, Everson 判決から Lemon

「文字詞」の定義というわけにはゆかないとこ ろがあるわけである。いま,仮りに上記の如く

 処分の違法を主張したとしても、処分の効力あるいは法効果を争うことに