(書女鱗27第繍,謂脅)
〔臨床報告〕
重症仮死新生児の治験:1例
東京女子医科大学麻酔三教室G三二 藤田昌雄教授)
福内明子・柴田佳世
7ク ウチ アキ コ ツパ タ カ ヨ
大江容子・古谷幸雄
オオ ニ aオ コ フル ヤ 凪キ オ
(受付 昭和50年6月20日)
L はじめに
新生児仮死とは,胎児娩出時における呼吸循環 不全を主徴とする症候群であり,直ちに適確な蘇 生術を施行しなけれぽ予後は不良である.私共 は,娩出時に無呼吸と肺拡張不全を主徴とする重 症仮死新生児の1症例を経験し,気管内挿管,加 圧呼吸,気管内洗浄等によって救命し得たので,
その病態,症状,診断,および治療法について文 献的考察を加え報告する.
皿・症 例
母親は25歳の初産婦.既往歴として14歳時に腎 炎に罹患したことがある。妊娠中に浮腫,タンパ
ク尿,高血圧(150/100㎜H9)等が出現し,単 純性妊娠中毒症と診断された.
分娩予定日を10日経過した3月25日より陣痛が 開始し,午前7時30分に分娩室へ入室した.午後
1時に自然破水があり,普通分娩を試みたが容易 に娩出せず,骨盤写真でも児頭骨盤不適合が疑わ れ,胎児心音も微弱となったため,午後11時に帝 王切開術が施行された.
麻酔は全身麻酔で行なわれた。thiopental 250
㎎で導入し,S・C・C・60㎎で気管内挿管を行い,
笑気2」,酸素2ZのGOF麻酔で維持した.子
宮切開直前に笑気を切り純酸素とした.麻酔開始 約1G今後に体重32009の女児を娩出した.
新生児は,分娩後暗照せず,無呼吸でcyanos三s が著明であり,筋緊張が低下し,対光反射や角膜 反射も消失しており,Apgar score 2とみなされた そこで直ちに気管内挿管(チューブNo・16)を 行い,加圧呼吸を施行した.肺拡張は不十分であ
り,呼吸音も左肺野で聴取されなかったが,気管 内吸引により平調な黄褐色の羊水が吸引された.
同時に心音が微弱となり徐脈となったため,atro−
pine, Camigen,重曹水, Theraptique, d量9量taHs,
抗生物質等を投与し,聞もなく心音は回復した。
その後生理的食塩水を用いて気管内洗浄を行い,
加圧呼吸と気管内吸引を繰り返したところ,円柱 状の疑固物が吸引され,呼吸音が聴取されるよう になった.
分娩約40分後に左手を動かすようになり,嚥下 運動,対光反射,角膜反射等も出現し,1時間後 には自発呼吸が始まった.まだ下顎呼吸と呼吸時 の胸骨上窩および季肋部の陥凹は見られたが,
cyanosisは消失し,皮膚色調が良好となった.気 管内挿管で自発呼吸のまま保育器に収容し,時々 加圧呼吸および気管内吸引を行なって,様子をみ
Akiko FUKUUCm, MD。, Kayo Sm3ATA, M。D., Yohko OHE, M.D. and Y駆k蓋。 FURUYA, M.D.,
Department of Anesthesiology(D量rector:ProL Masao FUIITA), Tokyo Women,s Medical Collage:Acurative
case of the depressed newborn.
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図1鈴○,女児,生後1日目の心電図 ることにした.保育器の条件は30%酸素で100%
湿度とした.
分娩7時間後,再びcyanosisが出現したため補 助呼吸を1時間続け,cyanosisは消失した.
分娩8時間後,心電図(図1)をとるために加 圧呼吸を中止したところ,突然心停止を来たし た.直ちに心臓マッサージを行なった結果,心拍 動が再開した.また加圧呼吸を開始したが,呼吸 抵抗が強く,肺拡張が十分に得られなかった.分
写真1 鈴○,女児,生後1日目の胸部X線像,両 肺胞拡張不全,右上葉無気肺.
娩10時間後,呼吸状態がやや安定したので,一旦 抜脱した後に再挿管を行なった.その際抜管チュ
ーブの先端に凝固物が付着しており,このための 気管閉塞も疑われた.
胸部X線写真(写真1)では,右上葉の無気肺 と全肺野の拡張不全が認められた.またAstrup法 による動脈血ガス測定値では(表1)pH 6.683,
PO262㎜取, PCo2150㎜㎏, BE−18.1mEq/1で あり,著明なanoxiaと呼吸性acidosisおよび代 謝性acidosisが認められた.そこで補助呼吸と ともに気管内洗浄および吸引を施行し,さらに補 液とともに重炭酸ソーダの投与を行なった.
その後呼吸状態は次第に改善し,血液ガス測定 値も良好となった.分娩24時間後には,血液ガス がpH 7.366, PO270㎜㎏, PCo234.3mH9, BE
−5.1mEq/1に回復し,呼吸数が60に減少した ので,抜管を試みた.抜無難,理学的所見では呼
表1 血液ガスおよび血清電解質の変動
pH
6,683 7,366 7,199 7,233 7,316 7,315 7,353 7,372
PO2 62 70 54 38 60 40 47 54
血液ガス PCO2 >150
34.3 44.9
5834.3
61 6346.8
BE
一18.1
一5.1 一9.8 一5.2 一5.1 十1.1 十5.7 十1.0NA 140 134 145 138
血清電解質
K
5.7 4.5 5.3 一CL 103 95 95 99
一824一
日数
崖123456789101112
脈拍数 i20 P00
呼吸数
ii▽へ→一へ『/ハ
体温
@C。
37.0
R60
R5.O
酸素
挿管
一
輸液
一
ての他
↑ ↑ ↑↑ ↑ C管内心臓気管内 保育器より
浄マッサージ洗浄 ベッドへ
図2 症状の経過および治療
吸音が微弱で小水胞性ラ音を聴取し,PO2の減 少,PCO2の上昇がみられた.しかし自発呼吸の まま保育器内に収容し,経過を観察することにし た。生後5日目頃より小水胞性ラ音が消失した.
生後13日目に至り,保育器よりベッドに移動した
(図2).
皿.考 按
いわゆる新生児仮死の発生頻度は報告者により まちまちであるが,自然分娩で41%1),無痛分娩 で3.2%2)等の成績がみられる.東京女子医大麻 酔科において,1970年1月から1973年12月までの 3年間に実施された帝王切開術の麻酔症例は107 例であり,新生児に関して言えば,全身状態良好
なもの94例(87。9%),第1度仮死とみなされるも の9例(8.4%),第2度仮死とみなされるもの
4例(3.7%)が分けられた.その内容は既に報 告した3)4)が,本症例はその4例の重症仮死新生 児の中の1例である.
新生児仮死の定義は,第1呼吸発現遅延を指し ており,古くは第1度(青色仮死),第2度(白 色仮死)の分類が用いられたが,現在では一般に Apgar score5)が,用いられている.本症例は徐 脈,無呼吸,筋緊張低下,反射消失,皮膚青白色 等の症状により,Apgar score 2と判定された.
新生児仮死の呼吸不全は,Rudolph6)によれば 中枢性,呼吸循環性,代謝性の3群に大別される
という.中枢性の原因としては,無酸素性脳症,
頭蓋内出血,呼吸中枢の未熟性等が考えられ,呼
吸循環性のものには,気道の器質的閉塞,肺炎,
横隔膜ヘルニア,先天性心奇形,呼吸窮迫症候 群,羊水大量吸引症候群等が挙げられ,また代謝 性のものは,ヘモグロビン異常,貧血,多血症,
低血糖症,低Ca血症,低Mg血症等が挙げられ
る7)8)9).本症例では,出産直後から気管内挿管を 行なって加圧呼吸を実施したにもかかわらず,
十分な肺拡張が得られなかったが,気管内チュー ブより気管内吸引と気管内洗浄を反復施行し,黄 褐色円柱状の凝固物が吸引されてから,呼吸音が 聴取されるようになった.しかし出産上しぼらく は頻数で不整な呼吸が続き,胸部X線像において も肺拡張不全と右上葉の無気肺像が認められた
(写真1).そしてこれらの症状は日をおって改善 された.したがって本症例は,羊水誤飲による気 道閉塞を主因とする呼吸不全と思われた.但し本 症例では,娩出後から無呼吸であり,羊水誤飲は 胎内で発生したものと考えられる.なおいわゆる 呼吸窮迫症候群(IRDS)7)8)9)は極めて予後が悪い 疾患であるが,本症例をこれと鑑別する確証は得
られなかった。
羊水誤飲に関して,前田10)は分娩時に娩出時間 が延長すると胎児血のCO2が増加して呼吸中枢 が刺激され,胎児に呼吸様運動が生じ,肺胞内に 羊水が吸引され,胎脂その他の羊水成分が肺胞内 面を被うために呼吸障害がおこると報告している
.本症例では児頭骨盤不適合があり,娩出時間が 延長し,胎内における胎児の呼吸運動発来が推測
された.さらに早期破水のため,術前より高熱が あり,上行性の羊水感染も疑われ,これが呼吸障 害を悪化させたことも想像された.
新生児仮死呼吸不全の治療としては,まず第一・
に気道確保があげられる.第1呼吸出現の前に口 腔,鼻腔,咽頭部等を十分に吸引して気管内への 誤飲を防止し,上気道を確保することが大切であ る。その際,無理な吸引は迷走神経の緊張を強め て反射性の呼吸停止や喉頭痙李を来すことがあ り,注意しなけれぽならない.中等度の新生児仮 死で筋緊張が比較的良好な場合には,まずマスク を使って酸素吸入や人工呼吸を行うべきであり,
マスクによって換気ができない場合に,初めて気 管内挿管が必要となる.本症例では口腔内吸引に 引き続いてマスクにより酸素を与えたが,cyanosis は改善されず,止むなく気管内挿管を行なった.
気管内挿管を行なっても,気管内に粘調な分泌 物が充満している場合には,加圧呼吸により十分 な換気を得ることは出来ない.この様な場合に は,気管内洗浄が有効な手段であることを古谷11)
12),南13),Simensted14)らが報告している.本症 例では,気管内挿予後に少量の生食水で気管内洗 浄を繰返し行い,凝固物が吸引されてから,十分 な換気が得られるようになった.気管内挿管を行 なっている場合でも,気道閉塞の危険性は常に存 在する.例えば,気管チューブの屈曲や凝固物付 着等が気道閉塞の原因となることもある15).気管 内挿管が長時間に及ぶ場合には,十分な加湿によ って分泌物の凝固を防ぐとともに,気道閉塞の徴 候が認められた場合には,気管内挿管をやり直す
ことも必要である.本症例でも,再挿管によりそ れを経験している.
自発呼吸の発現をみない重症仮死新生児に対し て呼吸中枢刺激剤を使用することは禁忌である.
これはanoxiaに陥っている脳細胞の代謝を高め る作用があるために全身痙李を起す危険があるか
らである16).このような場合には,呼吸刺激剤を 投与するよりも,人工呼吸を行うことが先決であ
る.
用手人工呼吸法あるいは呼気吹き込み人工呼吸 法は,換気効率が悪いので,新生児蘇生法として は用いるべきでない.乳児用AMBUバックまた は乳児用循環回路を用いて,胸廓の動きFをみなが
ら人工呼吸を行う方法は,最も理想的な方法であ る.この際呼吸バック加圧時の抵抗により,児頭 の気道抵抗を触知でき,また換気量を推測するこ とが可能である.新生児仮死に対する人工呼吸の 条件として,E・Smith17)らは,圧が25〜35cmH20 でt持続時間が1〜2秒以内がよいと言ってお
り,またDay18)は気管内チューブを通して30cm H20圧を0.75秒以内に加えるとよいと言ってい
る.要するに,新生児の肺を膨らませるのに十分
でしかも最小の圧を短時間にかけるのが理想的で ある4)19).本症例でも,乳児用循環回路による人 工呼吸を続け,約3時間後に自発呼吸の発現を見 たわけである.
人工呼吸にRespiratorを用いる場合には,無気 肺が徐々に発生することが知られている.それを 予防するためには,30分ないし1時間毎に加圧を 増し肺を十分に拡張させなくしてはならない.新 生児でも,長時間にわたる純酸素投与により,酸 素中毒発生の危険があるので,吸入酸素濃度は40
〜50%に止めるべきである4)19)。しかしながら高 度のcyanosisが改善されない場合には,純酸素を 用いても障害はないと考えられる,
自発呼吸が発現しても,十分な換気が得られな い場合には,年管内チューブを抜管するのは危険 である.本症例でも自発呼吸下に保育器に収容し たところ,なお努力呼吸が認められたので,気管 内挿管のまま乳児用AMBUバックにより間二丁 に加圧呼吸を行いながら10時問まで観察したので
ある.
重症新生児仮死においては,anoxiaのために嫌 気性代謝が優位となり,血中のpyrvateとlactate が著しく増加し,呼吸性acidosisに加えて代謝 性acidosisが進行し,そのために心停止を来た す危険性がある.本症例でも,分娩後8時間に心 電図検査息急に心停止を来たした.十分目換気が 得られない場合には,補助呼吸を中止する時期の 判定は困難であるが,換気量と血液ガス測定値を 参考にして決められるべきである.本症例では,
分娩後2日の血液ガスがPH 7.366, PO270㎜㎏,
Pco234.3㎜H9, BE−5.1mEq/lに好転したの で,気管内チューブの二二を行なった.
重症新生児仮死では,このように常に代謝異常 が認められる.武田20)は,娩出直後の血液でtotal co220mMol/1,または分娩前で25mMol/lの場 合に補正が必要であるとしている.本症例では,
7%重曹:水の静注により代謝性acidosisの補正 に努め,また補助呼吸によって呼吸性acidosisの 改善をはかった,さらに胎児のエネルギーの大部 分を占める糖質の投与は有意義である.このため
分娩直後に20%ブドウ糖と7%重曹水を静注投与 することがすすめられており1。)21),糖質の投与は
低血糖による脳障害の予防にも有効と考えられ る.本症例では,とくに糖質の投与は行われなか
った。
IV・結 語
帝切麻酔により娩出した重症仮死新生児に対し て,気管内挿管による加圧呼吸を中心とした呼吸 管理を施行し,これを治癒せしめたので報告し,
併せてその問題点につき文献的考察を加えた.
終りにあたり藤田昌雄教授・岩淵汲教授のご指導ご 校閲を感謝致します.
文 献
1)三谷 茂・他:現在まで行われてきた仮死蘇 生術の批判ならびに今後における利用価値.産 婦の実際16279〜297(1967)
2)長内国臣:新生児仮死の産科因子と麻酔因子.
産婦の実際19(2)499〜506(1970)
3)大江容子:帝王切開術の麻酔経験.東女医大誌
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4)古谷幸雄:重症仮死新生児に対する加圧呼吸 の実施.産婦の実際23(6)579〜587(1974)
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