D&O 保険の免責条項に関する検討
内 藤 和 美
■アブストラクト
本稿は,D& O保険の免責条項に関して,とりわけ故意免責との関係など 議論となることが多い, 法令に違反することを被保険者が認識しながら行 った行為に起因する損害賠償請求 を免責事由とする規定(法令違反行為免 責条項という。)に焦点を当てて,その規定の性質,適用範囲および今後の 課題について検討している。法令違反行為免責条項は,米国のいわゆる不誠 実免責条項をその前身とするが,認識ある法令違反について保険者免責とす る現行の規定振りは,ドイツの故意除外条項の 認識ある義務違反 という 危険事実について除外する旨の規定に近いといえる。したがって,理論的に は,ドイツの故意除外条項に関する学説および判例の状況を参照して,法令 違反行為免責条項は,故意免責の特別な(制限的な)形式であるということ ができるだろう。
■キーワード
D& O保険,免責条項,故意免責
Ⅰ はじめに
D& O保険約款の免責事由は,非常に多岐にかつ広範囲にわたるのが特徴 であり,保険者免責の範囲をいかに定めるのか,あるいは,約款規定として いかなる文言を使用するのかはきわめて重要な問題である。中でも,米国の
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*平成22年10月24日の日本保険学会大会(早稲田大学)報告による。
/平成23年9月27日原稿受領。
欧文のやり方 例Laws,.-欧文の中の数字11.,‑ “”
和文のやり方 昭和15.7.12全集
D& O保険約款におけるいわゆる 不誠実免責条項 を前身とし,その後 平成5年に認可された和文約款において, 法令に違反することを被保険者 が認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含み ます。)行った行為に起因する損害賠償請求 に起因する損害に対して保険 金を支払わない旨の規定 に改められた免責条項(以下, 法令違反行為免 責条項 という。)については,故意免責との関係など議論となることが多 い。本稿は,法令違反行為免責条項に関して,規定の性質,適用範囲および 今後の課題について検討するものであるが,その際,沿革的にその前身であ る米国の不誠実免責条項およびドイツにおいて近年議論の的となっている故 意除外条項を概観し,比較検討する。
Ⅱ 法令違反行為免責条項
2008年5月に成立した保険法は,17条(保険者の免責)1項前段において 保険者は,保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた 損害をてん補する責任を負わない。 と規定し,保険契約の当事者である保 険契約者や保険給付を受けることになる被保険者が故意又は重過失により保 険事故を招致する場合に保険者の免責を認める一方で,2項において 責任 保険契約(損害保険契約のうち,被保険者が損害賠償の責任を負うことによ って生ずることのある損害をてん補するものをいう。以下同じ。)に関する 前項の規定の適用については,同項中 故意又は重大な過失 とあるのは,
故意 とする。 と定め,責任保険においては,免責事由を故意のみとして いる。この場合の故意とは,自己の行為が保険事故を生じさせることを知り ながら当該行為をなすことを意味し,行為者が結果の発生を意欲する場合の ほか,結果の発生を意欲しないが,結果の発生を認容する場合も含まれると 1) 甘利公人 会社役員賠償責任保険と不誠実免責条項 竹内昭夫先生追悼論 文集・商事法の展望⎜新しい企業法を求めて⎜ 商事法務研究会,1998年,
29頁以下を参照。
2) 損害保険講座テキスト 新種保険論(賠償責任) 三井住友海上火災保険,
2011年,113頁以下の約款を参照。
解される 。そして,故意免責の趣旨として,故意による場合に保険者が損 害をてん補することは公序良俗違反であり ,とくに損害保険契約において は,被保険利益の帰属者である被保険者が故意に保険事故を招致して自ら保 険給付を受けることは,保険者との関係では著しく信義に反する行為である とされる 。ただ,本来的に保険保護の範囲を決める免責事由の問題であり,
保険契約においてどのような理由を免責事由とするかは,個々の商品性にか かわる問題であることから,本条の規定は任意規定とされている 。
D& O保険は,Liability Insuranceとして責任保険の一種である が,
D& O保険約款では,一般の賠償責任保険のように故意免責は規定されず,
代わりに法令違反行為免責条項が規定される。その理由は,一般の故意免責 では,会社経営者の損害賠償責任にかかわる多分に特殊な事情にうまく対処 できないからである。すなわち,D& O保険の存在が取締役などの法令違反 行為を助長させるという事態は公序政策的見地から阻止されるべきであるが,
被保険者の故意によって生じた損害賠償責任について保険者が免責されると いう一般の故意免責条項のもとでは,取締役が会社の利益をあげることを目 的として(損害賠償責任を負担することが目的ではない。)法令違反行為を
3) 落合誠一監修・編著 保険法コンメンタール(損害保険・傷害疾病保険) 2009年,損害保険事業総合研究所,53頁〔山下典孝〕。
4) 石田満 商法Ⅳ(保険法)【改訂版】 青林書院,2003年,194頁および大森 忠夫 被保険者の保険事故招致 保険契約の法的構造 有斐閣,1961年,221‑
223頁を参照。
5) 山下友信 保険法 有斐閣,2005年,369‑371頁(被保険者の故意免責は公 益違反に基づくものというべきであるが,公益という概念自体幅のあるもので あり,それぞれにおいて公益に基づく絶対的強行規定性が妥当すべき範囲が考 慮されるべきである)。
6) 落合・前掲注3)54‑55頁〔山下典孝〕および竹濵修 損害保険における保険 事故招致 竹濵修=木下孝治=新井修司編 中西正明先生喜寿記念論文集・保 険法改正の論点 法律文化社,2009年,181‑182頁を参照。
7) 山下友信編著 条 D&O保険約款 商事法務,2005年,1頁〔山下友 信〕(会社補償担保の部分は,会社が被保険者となる損害保険であり,一種の 費用保険ということができる)。
行った場合には,故意がなかったとして保険保護を受けられるという結論が 生じかねない。そこで,法令違反行為免責条項を規定することにより,D&
O保険の存在が法令違反行為を助長することを防止するという趣旨を明確に したものである 。したがって,法令違反行為免責条項は,その文言通り,
法令違反を被保険者が認識して行った行為について保険保護を否定しようと するものであり,被保険者の故意による事故招致を免責とする保険法17条の 適用は排除されていると解される 。一方,法令違反行為免責条項の解釈と して,違法性を考えるときには行為を故意ないし過失で行ったのかというこ とが問題にされるのであり,本免責条項の規定の仕方には問題があるとの指 摘も存在する 。また,米国での議論を踏まえて, 実質的には一般の故意 免責に限りなく近く,故意と非常に高度な重過失という解釈が妥当であ る。 と主張される。さらには,D& O保険は責任保険であり, 重過失 保護を出発点とするとの見解 がある。
法令違反行為免責条項は,沿革的には,平成5年にD& O保険の和文約 款が作成された際に設けられたものであり,平成2年に認可された英文約款 では,かわりに dishonest act (不誠実行為)が免責事由に掲げられてい た 。この dishonest act はもともと米国の約款で広く用いられていた 免責事由の文言であり,日本では馴染みのない概念であるため,具体的に何
8) 山下・前掲注7)77‑79頁〔洲崎博史〕を参照。
9) 山下・前掲注7)77‑80頁〔洲崎博史〕(故意の事故招致のケースでは,法令違 反を認識しながら行った行為とみることにより保険保護を否定することができ る)。
10) 永井和之 役員責任保険の填補の範囲はどこまでか 取締役の法務・取締役 シリーズ7号,1994年,100‑102頁。
11) 甘利・前掲注1)39頁および江頭憲治郎ほか 特別座談会・会社役員賠償責任 保険の検討(その三) 取締役の法務・取締役シリーズ6,1994年,82‑83頁
〔山下友信〕を参照。
12) 山下丈 独立役員の会社役員賠償責任保険(D&O保険)〔上〕 商事法務 1923号,2011年,28頁。
13) 山下・前掲注7)77頁〔洲崎博史〕。
を指すのかが明確ではないことから,現行の 法令違反行為免責条項 が規 定されるに至ったという 。そこで,以下ではまず,法令違反行為免責条項 の前身であり dishonest act を免責事由とする米国の不誠実免責条項に ついて,発展の経緯および最近の状況を概観するとともに,その適用範囲を 検討する。
Ⅲ 米国の不誠実免責条項
1.不誠実免責条項の発展および最近の状況
不誠実免責条項はもともと,米国の保険約款の基礎となったロイズの標準 的な保険証券であるALS(D4)╱ ALS(D5)January,1974 に規定され,
それは,被保険者たる会社役員の不誠実な行為に基づくかまたは起因する請 求を免責としていた。ただし,現実の不誠実な目的および意図をもってなし た積極的かつ意識的な不誠実行為が,敗訴した判決の原因において重要であ ると確定しない限り免責とはならず,この 積極的かつ意識的な不誠実 (active and deliberate dishonesty)という文言がわかりにくいこともあっ て,全体として非常に不明瞭であると評価された 。その後,ロイズは,
1976年に新たに発売したLydando No.1において,この 積極的かつ意識 的な不誠実 という文言を削除し,不誠実行為,または,法律違反を認識し またはそう信じるにつき合理的な理由をもって不誠実に行為した場合を免責
14) 江頭憲治郎ほか座談会・前掲注11)82頁〔山内稔彦〕(当時の実務では, dis-
honest act は認識ある違法行為あるいは犯罪行為に準ずるようなものと解さ
れていた)および山下・前掲注7)77頁〔洲崎博史〕。
15) 会 社 補 償 保 険(Reimbursement for Directors and Officers Liability Insurance-ALS(D4))および会社役員賠償責任保険(Directors and Officers Liability Insurance-ALS(D5))の2つの保険契約により構成されていた(甘
利公人 会社役員賠償責任保険の研究 多賀出版,1997年,40‑41頁)。
16) Bishop, J. W., The Law of Corporate Officers and Directors :Indem- nification and Insurance, Minesota,2002,chap.8,p.26.不誠実行為の免責 は文言上狭く解釈されるにもかかわらず,実際には意識的な違法行為を含めて 解釈されていた(甘利・前掲注1)31頁)。
とした。この新たな文言は,すべての意図的な違法行為が不誠実免責条項に 該当する(したがって,保険によっててん補されるのは過失に基づくものに かぎられる。)という保険者の意図および本免責条項の位置づけをより正確 に反映したものであり,すべての当事者がそれを知ることができるという点 が評価された 。その後,多くの保険者がD& O保険市場に参入するにつ れて不誠実免責条項は修正され,またその文言は多様化していったのである。
最近の典型的な不誠実免責条項は, 被保険者の詐欺的な,不誠実な,ま たは犯罪行為から生じたか,理由とするかもしくは関係する損害 について はてん補しない旨を規定し ,被保険者の詐欺や犯罪行為を強調する傾向に ある 。詐欺,不誠実または犯罪行為といった行為は,通常,公序(public
policy)の観点から保険に付されないか ,または,概して,州法によって
補償することが認められないことから,このような免責条項は合理的である とされる 。また,多くのD& O保険約款フォームは,そのような免責条 項に修正を加えて, 被保険者によって意識的になされた詐欺行為もしくは 不作為,または,故意による(willful)制定法もしくは規則の違反に基づく か,生じるかもしくは起因する いかなる被保険者に対する請求による損害
17) Bishop, supra note16,chap.8,p.27;Hinsey, J., The New Lloydʼs Policy Form for Directors and Officers Liability Insurance― An Analy-
sis,33BUS. LAW.1978,p.1971および甘利・前掲注1)31頁を参照。
18) FC&S, The D&O Book :A Comparison Guide to Directors and Offi- cers Liability Insurance Policies, Kentucky,2007,EXCLUSION A.5‑1.
19) 甘利・前掲注1)31頁。
20) 米国では,デラウェア州をはじめとするすべての州の会社法が,会社がD&
O保険を購入し維持することを認めているが,会社がその取締役や役員のため に責任保険を購入することを無制限に認めているわけではなく,一般的には,
公 序 の 観 点 か ら,故 意 ま た は 意 図 的 な 違 法 行 為,詐 欺,認 識 あ る 法 違 反
(knowing violation of law)に つ い て は,保 険 に よ る 担 保 が 禁 じ ら れ る
(Knepper, W. E. and Bailey, D. A., Liability of Corporate Officers and Directors,7th ed., New Jersey and California, 2002to date, chap.23,
pp.5‑6)。
21) FC&S,supra note18,EXCLUSIONS A.5‑1.
についてもてん補しないとしつつ,ただし 被保険者を敗訴とする終局のか つ上訴が許されない判決が,そのような意識的な詐欺行為もしくは不作為,
または,故意の違反を確定した場合とする。 と規定する 。さらに,故意 による法律,ルール,制定法,規則への違反に基づく請求が単独で免責事由 となる場合もある 。このように,不誠実免責条項においてそもそも 不誠 実行為 という文言が使用されない場合もあるなど,免責が適用される取締 役および役員の行為の態様は多様化している 。また,上述のとおり,不誠 実免責条項において, deliberately という副詞が使用される場合には,問 題となる行為が検討および熟慮のうえに決定され,かつ,その検討のうえで の行為の結果が十分に考慮されていることを免責適用の要件とするとして,
免責条項の範囲が限定的に解される傾向がある 。
2.不誠実免責条項の適用範囲
不誠実免責条項の対象となる不誠実行為とはいかなる行為であるかを示す いくつかの学説および判例がある。まず,学説上は,不誠実行為は意図的な 不正行為よりもある程度悪い意味であるという見解 ,利益相反的な行為を 想定しているとの見解 ,および,概してその可能性が保険の存在によって 高められるあらゆる意図的な不正行為をいうとの見解 がある。一方,判 22) Zurich American Insurance Company, Directors & Officers Liability
Insurance Policy―Zurich D&O Select Form No. U-DO- 755-B CW (08/
09)).
23) FC&S, supra note18,EXCLUSION A.5‑1and A.5‑2.
24) 例えば, 不誠実行為 , 詐欺,不誠実もしくは犯罪行為 , 意識的な詐欺 行為 , 意識的な不誠実行為 または 故意による制定法,ルールもしくは規 則への違反 などが免責適用の対象となる(Knepper, supra note20,chap.
25, p.7)。
25) FC&S, supra note18,EXCLUSION A.5‑2.
26) 甘利・前掲注1)31頁。
27) 江頭憲治郎ほか 連載・改正会社法セミナー【第14回】企業統治編① ジュ リスト1277号,2004年,108頁〔江頭憲治郎〕。
28) Bishop, supra note16,chap.8,p.32.
例では,(同じ持ち株会社傘下の)問題ある子会社への融資がきっかけで破 産した会社(DSCO)の2名の取締役が,破産管財人によって信認義務違反 の責任を追及されて多額の損害賠償金を支払うよう命じられたが,その賠償 金をDSCOのD& O保険によっててん補するよう保険者(Federal Insur- ance Company)に求めたところ,D& O保険約款の不誠実免責条項 およ び個人的利得免責条項の適用が問題となった事件がある 。本事件では,そ の審理の過程で,裁判所が 不誠実 (bad faith)について次のように陪審 に説示している。すなわち, 不誠実とは,他人を誤った方向に導くかまた は欺くためになされる行為を含む。不誠実は,何らかの義務(duty)もし くは契約上の債務(contractual obligation)の履行を,誠実な誤りによる のではなく,むしろ何らかの利己的なもしくは邪悪な動機によって怠るかま たは拒絶することを含んでいる。不誠実は誠実になされた単なるbad judg- mentではなく,むしろそれは,意識的に違法行為を行うことを意味する。
それは不注意といった過失とは異なるものである。というのも,不誠実は利 己的な意図(selfish design)または邪悪な意思(ill will)をもちそれを容 認して(affirmatively)行為する精神の状態を示しているからである。 と 説明した。本事件では,結局,このような 不誠実 に関する解釈に照らし て両氏の行為は不誠実ではなかったとして,不誠実免責条項は適用されなか ったが,D& O保険の不誠実免責条項の適用に際しての 不誠実 の解釈を 示したものとして注目される。
なお,不誠実免責条項の適用に関しては 無謀 (recklessness)という 概念もまた問題となる。 無謀 の意味するところは漠然としており,グロ ス・ネグリジェンス(重過失)の一種と解することもできるし,誠実性を欠
29) 被保険者の不誠実によってもたらされたかまたは起因する いかなる請求 に関連する損害についてもてん補しないとする一方で, 被保険者による積極 的かつ意識的な不誠実が現実の不誠実な目的および意図をもってなされたこ と が終局判決で確定することが要件となっていた。
30) In re Donald Sheldon & Co.,186B.R.364 (S.D.N.Y.1995),affʼd, 1999U.S. App. LEXIS 13954 (2d Cir. June22, 1999).
く行為と解される余地もある 。D& O保険に関して,無謀な行為とは,会 社役員が会社の利益とはならずむしろ損害を被らせるであろうことを知って 取引を行ったような場合であり ,故意による不正行為を十分に構成すると して,不誠実免責条項により保険者免責となる 。
以上のことから,米国の不誠実免責条項は,使用される文言によって,ま た,具体的なケースに応じて,その適用範囲は異なるものの,一般的にはよ り厳格にかつ制限的に免責が適用される傾向にあるといえる。
Ⅳ ドイツの故意除外条項
1.除外条項
⑴除外条項の性質
ドイツのD& O保険約款は通常,被保険者に対する一定の損害賠償請求
については保険者の責任範囲から除外する旨の規定(除外条項)を含んでい る 。ドイツ保険協会(Gesamtverband der Deutschen Versicherungs-
wirtschaft e. V.以下,GDVという。)が模範約款として作成した 監査
役会,取締役および業務執行者向け財産損害責任保険普通保険約款 (All- gemeine Versicherungsbedingungen fur die Vermogensschaden- Haftpflichtversicherung von Aufsichtsraten, Vorstanden und Geschafts-
fuhrern.以下,AVB-AVGという。)の5条は,一定の事実または損害を
理由とする損害賠償請求については保険保護から除外する旨を規定し,その
31) 伊勢田道仁 会社の法令違反行為を認識しつつ対応策をとらなかった取締役 の責任 商事法務1803号,2007年,29頁。 未必の故意ないし認識ある過失に よる と訳される(田中英夫編集代表 英米法辞典 東京大学出版会,1991 年)。
32) 甘利・前掲注15)47頁。
33) Knepper, supra note20,chap.25,P.11. 会社役員賠償責任保険では,
会社役員の通常の過失による違法行為のみがてん補され,重過失または無謀に よるものはてん補されない。 と指摘される(甘利・前掲注15)48頁)。
34) Terbille, M ., M unchener Anwalts Handbuch :Versicherungsrecht,2.
Aufl., Munchen2008,SS.979‑980.
内容は諸外国と同様,非常に多岐かつ広範囲にわたるが,一般的には,ドイ ツのD& O保険約款における除外条項は,主観的Risiko除外事実(subjek- tiver Risikoausschlu tatbestand) および客観的Risiko除外事実 (objek- tiver Risikoausschlu tatbestand)に分類することが可能である 。ドイ ツでは,保険者がRisiko(保険者の経営価値関係の不意の侵害の可能性)
を制限・限縮するために,保険契約法の危険(Gefahr)の負担および責任に 関する規定を援用し,約款においてこれらを制限する条項を設定する 。し たがって,D& O保険約款の除外条項は,保険者がその保険保護範囲から一 定の事由を除外する規定であり,特に一定の危険を構成する種々の危険事情 につき,その一部を除外し,保険者の危険負担を軽減する危険事情除外規定
(Gefahrumstandsausschlu klausel)として捉えることができる 。
⑵主観的危険除外事実と客観的危険除外事実
ドイツのD& O保険約款における除外条項は,前述のとおり,主観的危険
事実の除外と客観的危険事実の除外に分類されるが,これは,保険事故を発 生させる危険事実はその源泉に応じて主観的危険事実と客観的危険事実に区 別されるという主観的危険除外説の考え方に基づくものと思われる 。危険 事実の除外条項を主観的なものと客観的なものに明確に分類したMollerに よれば,主観的危険事実とは,保険契約者自身の人格・知力内にその原因を 有する事情,あるいは,保険契約者の頭脳内に存在する事情であり,その例 として保険事故招致が挙げられるのに対して,客観的危険事実とは,保険契 約に関わる人の知力外にその原因を有する危険事情,または,保険契約者の 35) Olbrich, C., Die D&O-Versicherung,2.Aufl., Karlsruhe2007,S.180;
Terbille, a. a. O., SS.999‑1000.
36) 近見正彦 保険者のRisiko制限に関する規定について⎜特に体系的整理の 素描を中心として⎜ 専修商学論叢第25号,1978年,137‑139頁。
37) 近見・前掲注36)146‑147頁を参照。なお,本稿では,原文が Umstand で
はなく Tatbestand を使用している関係で,以下,危険除外事実という訳
語を使う。
38) 主観的危険除外説につき,竹濵修 保険事故招致免責規定の法的性質と第三 者の保険事故招致㈡・完 立命館法学第171号,1983年,644‑649頁を参照。
頭脳以外にある事情であり,戦争・内乱・内戦等がその例である 。
したがって,D& O保険約款の除外条項における主観的危険除外事実とは,
被保険者たる機関構成員の人格・知力や頭脳に存在するのに対し,客観的危 険除外事実は,被保険者の人格・知力や頭脳以外のところに存在するといえ る。とりわけ,主観的危険除外事実に該当し,ドイツのD& O保険約款に おいて一般的に規定される故意除外条項は,とくに 優先的な意義 (vor-
rangige Bedeutung)を有する ものであり,その意義および範囲が重要
な問題となっている。
2.故意除外条項
⑴故意除外条項の法的根拠
ドイツのD& O保険 は,保 険 契 約 法(Versicherungsvertragsgesetz.以 下,VVGという。)を法的根拠とし,VVGの一般規定とともに,100条以 下の責任保険に関する規定が適用される。このうち,故意除外条項に関して は,VVG103条が適用される 。VVG103条は,損害保険の総則規定として 保険事故招致免責を定めたVVG81条の特別法と位置づけられる 。
⑵VVG103条
VVG103条はVVG81条と同様保険事故招致免責を規定するが,VVG81条
の内容を制限している。すなわち,責任保険の保険者はすべての過失(重過 失を含む。)についててん補責任を負うとともに,違法性のない故意の場合
39) 坂口光男 保険者免責の基礎理論 文眞堂,1993年,77頁および竹濵・前掲 注38)647頁を参照。
40) Terbille, a. a. O., S.1000.
41) Terbille, a. a. O., S.1000.
42) Terbille, a. a. O., S.1482.
43) 例えば,民法典228条(防御的緊急避難)の場合,229条(自力救済)の場合 または,904条(攻撃的緊急避難)の場合が挙げられる(ディーター・ライポ ルト(円谷峻訳) ドイツ民法総論⎜設例・設問を通じて学ぶ⎜ 成文堂,
2008年)。
にもてん補責任を負う 。具体的には, 保険契約者が第三者の受けた損害 を故意にかつ違法に(vorsatzlich und widerrechtlich)生じさせたときは,
保険者は給付義務を負わない。 と規定し,保険者について責任の除外が生 じるためには,ここでいう故意(Vorsatz)は行為についてのみでなく損害 結果についても存在しなければならないことを明らかにしている 。
ところで,保険事故招致における故意について定義する規定はVVGに置 かれていない。学説上,故意とは,自己の行為(作為または不作為)が一定 の結果を生ずべきことを認識し,しかもこれを容認する心理状態をいう 。 また,故意の特徴は,認識の要素(Wissensmoment)と意思の要素(Wil-
lensmoment)の点に求められ,故意とは,認識と意思にもとづいて行為を
行うことであり,結果ないし損害結果を招致するという目的・意図まで存在 することは要しないことである 。さらに,一般的な民法上の故意概念に基 づいて,故意とは 違法な結果に対する認識 お よ び 意 思 (Wissen und Wollen des rechtswidrigen Erfolgs)であるとした上で, 違法な結果
はそれぞれの文脈(例えば保険約款)における違法な結果と結びつけて理解 されるべきであり, 客観的事実 (objektiver Tatbestand)ということも できるから,D& O保険約款に関していえば,違法な結果とは損害の招致ま たは義務違反(この点に関しては基準点の問題として後述する。)である との見解も見られる。故意には,いわゆる条件付故意 (Bedingter Vorsatz)
(未必の故意(Dolus eventualis)とも呼ばれる。)が含まれ ,故意の形式 のスパンは,条件付故意からグレード1の直接的故意(Dolus directus1.
44) Prolss, in Prolss/Martin, Versicherungsvertragsgesetz,28.Aufl., M un- chen2010,S.721.
45) 新井修司=金岡京子 共訳 ドイツ保険契約法(2008年1月1日施行) ㈳日 本損害保険協会,㈳生命保険協会,2008年,333頁を参照。
46) 加藤由作 海上危険新論 春秋社,1961年,199頁。
47) 坂口光男 保険法学説史の研究 文眞堂,2008年,353‑354頁を参照。
48) Seitz, B., Vorsatzausschluss in der D&O-Versicherung―endlich Licht im Dunkeln!,Versicherungsrecht, Heft 31, Koln2007, SS.1476‑1477.
49) 坂口・前掲注47)353頁およびSeitz, a. a. O., S.1477を参照。
Grades),そしてグレード2の直接的故意(Dolus directus2.Grades)に まで及ぶ。直接的故意は, 確信的な知 (sichere Kenntnis)が存在する点 において条件付故意とは区別され ,さらに一定の結果の発生に対する 意
図 (Absicht)が認められるか否かによって,グレード1の直接的故意と
グレード2の直接的故意に分けられる 。
なお,VVG103条は当事者間の合意によって変更することが可能な任意規 定であり ,D& O保険についても,AVB-AVGおよび実際に保険市場で 提供されている保険約款の故意除外条項の文言は,VVG103条の規定とは異 なっている。まず,D& O保険約款の故意除外条項では,保険契約者ではな く被保険者の故意が要件とされる。D& O保険は,企業などを保険契約者と しその機関構成員を被保険者とする保険契約であるため,VVG43条以下に 規定する 他人の計算における損害保険 (Versicherung fur fremde Rech- nung)である 。この他人の計算における損害保険の場合には,保険者免 責は被保険者にまで拡張されるから,保険者は被保険者について故意という 主観的な免責の条件を満たせば給付を免れるのである 。また,除外となる 危険事実の内容にも相違が見られる。したがって,D& O保険における保険 事故招致免責規定,すなわち故意除外条項に関しては,保険約款において個 別に規定される内容に基づいて検討していくことが有用である。
3.故意除外条項の内容
⑴具体的な規定の文言
AVB-AVG5.1条は, 故意の損害の招致(vorsatzliche Schadenverursa- chung)を理由として,法律,規則,決議,委任状もしくは指図からの認
50) Penner, E., Tod eines Wiedergangers? “Vorsatzliche”contra “wissent- liche”Pflichtverletzung in der D & O-Versicherung, Versicherungsrecht, Heft28,Marburg 2005, S.1360.
51) Olbrich, a. a. O., S.179.なお,グレード1の直接的故意とグレード2の直 接的故意が反対の意味に使われる場合もある(Seitz, a. a. O., S.1477)。
52) Prolss, a. a. O., S.723.
識ある逸脱(wissentliches Abweichen von Gesetz, Vorschrift, Beschluss, Vollmacht oder Weisung)によって,または,その他の認識ある義務違反
(wissentliche Pflichtverletzung)によって 損害賠償請求がなされる場合 について保険保護から除外する旨を規定する。また,実際に市場で提供され
ているD& O保険はそれぞれ独自の取り決めをしており,個々の約款上の
文言には相違が見られる。代表的な保険約款の規定は,以下のとおりである。
●AIG EUROPE:企 業 指 導 者 向 け 財 産 損 害 責 任 保 険 普 通 保 険 約 款
(BusinessGuard D&O2007MM)
Ⅲ.除外 1.故意の義務違反(Vorsatzliche Pflichtverletzung)
保険保護は,損害賠償を請求された被保険者の故意の義務違反を理由 とする請求には及ばない…。
●CHUBB INSURANCE COMPANY OF EUROPE S.A:機 関 お よ び管理的労働者向け財産損害責任保険普通保険約款
第5条:除外 本保険は,以下の保険事故に関連する財産損害は対象 としない。
1.【認識ある義務違反(Wissentliche Pflichtverletzung)】
被保険者による不正直な行為もしくは不作為(betrugerische Hand- lung oder Unterlassung),または,認識ある義務違反によってのみ 基礎づけられる…。
したがって,典型的には,ドイツにおけるD& O保険の故意除外条項は,
故意の義務違反(vorsatzliche Pflichtverletzung)を理由とする損害賠償 請求 , 故意の損害の招致(vorsatzliche Schadenverursachung)を理由 とする損害賠償請求 または 認識ある義務違反(wissentliche Pflicht-
verletzung)を理由とする損害賠償請求 について除外する旨の規定であ
53) Prolss, a. a. O., S.1703. ドイツでは,わが国の他人のためにする損害保険 契約に相当する契約は 他人の計算における損害保険 として概念化される
(山下・前掲注5)264頁)。
54) 今井薫 他人のためにする保険契約は,本当に第三者のためにする契約か?
⎜ドイツVVG改正を契機として⎜ 保険学雑誌第613号,268‑269頁を参照。
るといえる。このような故意除外条項の規定内容は,理論的には2つの観点 から検討することが有用である。一つは, 故意の義務違反 および 故意 の損害の招致 における故意の基準点(Bezugspunkt)の問題である。もう 一つは, 故意 とは異なる概念として規定される 認識すること (Wis-
sentlichkeit)の意義と 認識ある義務違反 の除外範囲の問題である 。
⑵故意の 基準点 の問題
VVG103条によれば,故意は,行為についてのみならず違法の結果である 第三者の損害についても存在しなければならない 。しかし,個別の約款に おいて故意除外条項が定められる場合には,故意が損害という結果について も存在しなければならないわけではない 。したがって,D& O保険約款に おいて,故意の基準点が 義務違反 とされる場合には,故意はただ 義務 違反 という行為にのみに存在し,その結果として生じる損害にまでは及ぶ ことはなく,同様に, 故意 の基準点が 損害の招致 である場合には,
故意は損害という結果にもまた存在しなければならない 。
かりに,D& O保険約款が故意除外条項として 故意の損害の招致 を規 定するならば,VVG103条の規定に整合的である が,D& O保険の被保険 者たる機関構成員が,自ら損害賠償を請求されるような損害を故意に,すな わち認識と意思をもって会社にもたらすことはほとんど考えられず,通常は,
その行為が直接的には損害にむすびつかないことを前提とする。したがって,
55) ち な み に,vorsatzlichお よ びwissentlichは,英 語 で は そ れ ぞ れ inten- tional, deliberate, willful お よ び knowing, conscious と 訳 さ れ る
(Klatt, E. und Roy, D., Langenscheidts Taschen Worterbuch Englich, 1984を参照)。
56) Seitz, a. a. O., S.1476.
57) Looschelders, D. und Pohlmann, P., VVG-Kommentar, Koln 2010, S.
1007;Prolss, a. a. O., S.722および新井=金岡・前掲注45)333頁を参照。
58) Prolss, a. a. O., SS.723‑724.
59) Penner, a. a. O., SS.1359‑1360;Seitz, a. a. O., SS.1477‑1478.
60) Beckmann, R. M . und Beckmann, A. M ., Versicherungsrechts- Handbuch,2.Aufl., Munchen2009,S.1523.
理論上および実務上,故意の基準点として 損害の招致 が問題になること はまれである 。
⑶ 認識ある義務違反 の意義と除外の範囲
①Wissentlichkeit(認識すること)の意義
Wissentlichkeitという概念についてもまた,VVGには規定されていな
いが,この文言および前提となる条件については,いくつかの学説および判 例を通して解釈がなされている。
まず第一に,Wissentlichkeitは故意の下位の概念である。すなわち,
Wissentlichkeitの場合には,故意における認識の要素に対する要求が高め
られており,行為に際して積極的に知っていること(positive Kenntnis) が要求される 。前述した故意の形式のスパンに照らして言えば,条件付故 意では十分ではなく,少なくともグレード1の直接的故意が存在しなければ ならない 。例えば,ある人が,一定の行為によってその義務に違反するか もしれないことを単純に認めてそれを受け入れただけでは十分ではなく,少 なくともその行為が義務に違反することを積極的に知りながら義務に違反し たのでなければWissentlichkeitは存在しない。その結果,保険保護からの 除外について,故意の場合には,条件付故意があれば除外されるが,Wis-
sentlichkeitの場合には条件付故意が存在するだけでは除外されない 。
なお,Wissentlichkeitという概念についてはこれとは異なる見解 も存
61) Lange, O., Praxisfragen der D&O-Versicherung(TeilⅡ),DStR2002, Berlin2002,S.1676;M ohrle, F., Gesellschaftsrechtliche Problem der D&O-Versicherung, Koln・Munchen 2007, S.36.
62) 行為についての認識が大きくなるほど,それだけいっそう強い意思もまた必 然的に存在する(Seitz, a. a. O., S.1477)。
63) Olbrich, a. a. O., S.179.
64) Olbrich, a. a. O., S.179; Seitz, a. a. O., S.1477.
65) 故意の構成要素である 認識 と 意思 を切り離して,Wissentlichkeit は 認識 の要素があれば十分に成り立つ( 意思 の要素は前提としない。)
とする見解である(Steinkuhler, S., D&O−ad absurdum?, Versicherungs- wirtschaft, Heft 21,Dusseldorf2003,S.1734;Vorrath, B., “W issent-
在し,いまだ統一的な見解が見られるわけではない。ただし,Wissentlich- keitは故意の下位の概念であり,故意の構成要素のうちで 認識 の要素 がとくに重視されている(高められている)こと,および,それは積極的
(確信的)な知を要求するという点についてはおおむね共通しており,その 意味では,除外条項におけるWissentlichkeitは,(グレード1の形式にお ける)故意の特別の(制限付きの)形式(qualifizierte Form)であるとい うことができるだろう 。
② 認識ある義務違反 の除外の範囲
Wissentlichkeitは故意の特別の(制限付きの)形式であることから, 認
識ある義務違反 の場合には, 故意の義務違反 とは除外の範囲が異なる。
一般的には,D& O保険約款が 認識ある義務違反 を除外事実として規定 する方が 故意の義務違反 を規定する場合よりも除外の範囲が限定される と解され,また,被保険者の立場からは 認識ある義務違反 がより実務的 な意義を有するとされることから ,その点では,ドイツのD& O保険に おいて,免責範囲の縮小化・担保範囲の拡張化が図られているということも できる 。
liche Pflichtverletzung”in den D & O-Versicherungsbedingungen, Versi- cherungswirtschaft, Heft2,Frankfurt2006,SS.151‑152; Vorrath, B., Wissentliche Pflichtverletzung in der D&O-Versicherung−Ein Ausschluss- tatbestand “sui generis”?, Versicherungswirtschaft, Heft7, Frankfurt 2006,SS.575‑576)。
66) M ahncke, A., Der Ausschluss vorsatzlichen Verhaltens versicherter Personen in der D&O-Versicherung, Zeitschrift fur Versicherungswesen
17/2006, S.542.
67) Mahncke, a. a. O., SS.543‑544;Penner, a. a. O., SS.1360‑1361;Seitz, a. a. O., S.1478.
68) 松島恵 損害保険における被保険者の故意ならびに過失について⎜フランス 法を中心として⎜ 創立四十周年記念損害保険論集 損害保険事業研究所,
1974年,604‑605頁を参照(被保険者の事故招致に対する保険者の免責範囲ま たは免責の程度は,国によって,また,同一国内においても陸上保険に関する 規定と海上保険におけるそれとは趣を異にする場合がある)。フランスでは,
認識ある義務違反 という文言は,従来より財産損害責任保険の普通保 険約款4条(除外条項)に規定されていることから,この分野での学説およ び判例の蓄積がD& O保険約款における解釈にも役立つ。理論的には,D&
O保険に関して, 認識ある義務違反 についての2つのメルクマールが示 されている。すなわち,第一に,被保険者において積極的な義務の認識があ ること,つまり 義務の自覚 (Pflichtbewusstsein)があることであり,
第二に,被保険者における積極的な義務からの逸脱の認識があること,つま り, 義務違反の自覚 (Pflichtverletzungsbewusstsein)である。そして,
これら2つのメルクマールについて保険者が証明することができた場合には,
認識ある義務違反が存在するとして保険保護の範囲から除外される 。 具体的には,第一のメルクマールである 義務の自覚 とは,被保険者が,
その行為義務(Verhaltenspflicht)すなわち業務に関係する義務について 積極的に知っていることであり,実務上,そのような義務の自覚の有無は,
義務違反の重大さにより推定される。ただし,主観的な行為者の自覚が常に 客観的な法的状況と一致するわけではないから,被保険者たる機関構成員の 特別な個人的事情(例えば,業務経験が浅いこと,義務の領域における専門 教育が不十分であることなど)を考慮して義務の自覚が否定される場合もあ る 。また,第二のメルクマールである 義務違反の自覚 とは,被保険者 が,その行為の時点で義務に違反していることを自覚していることである。
したがって,義務の自覚はあったが,適切な業務の遂行のためにとられた措 置が結果的に義務違反となったような場合や,業務遂行に際して入手した適
保険法典が陸上保険に共通の免責事由として,故意による損害招致を規定し,
約款は保険法典の規定を取り入れているが,このうち責任保険契約の免責条項
(故意免責条項)については,被害者保護の観点から厳格な解釈が採用される 傾向にあるという(山野嘉朗 保険契約における故意免責条項の厳格解釈につ いて⎜日仏の最新判例の紹介を中心に⎜ 文研論集第124号,生命保険文化研 究所,1998年,71‑103頁)。
69) Lange, a. a. O., S.1676.
70) Lange, a. a. O., SS.1676‑1677;Mohrle, a. a. O., SS.37‑38.
切な助言(Rechtrat)に従ったような場合には,義務違反の自覚が否定さ れる可能性がある 。以上を踏まえて, 認識ある義務違反 があるとして D& O保険の保険保護から除外されるのは,例えば,有限会社の業務執行者 が,進行中のビジネスを通して破産を回避できると信じていたために,時宜 を得た破産手続きの申請を怠った場合のように,確かに誠実な意図によるも のではあるが,法律上の有効範囲を(積極的に知りながら)逸脱してなされ る被保険者の行為などが考えられる 。
Ⅴ むすびにかえて
日本の法令違反行為免責条項は,米国の不誠実免責条項をその前身とし,
不誠実免責条項はもともとすべての意図的な違法行為を免責とする趣旨であ った。そして不誠実免責条項における 不誠実行為 という文言およびその 解釈は,日本にD& O保険が導入された際にも引き継がれたといえる。た だし,現行のD& O保険約款における法令違反行為免責条項の文言は 不 誠実行為 とは全く異なっており,そもそも不誠実免責条項自体の規定内容 も多様化し,その適用に際してはより厳格な解釈がなされる傾向にある。
一方で,認識ある法令違反について保険者免責とする法令違反行為免責条 項の規定振りは,ドイツの故意除外条項の 認識ある義務違反 に近いとい える。したがって,理論的には,ドイツの故意除外条項に関する学説および 判例の状況を参照して,法令違反行為免責条項は,故意免責の特別な(制限 的な)形式であるということができるだろう。また,実務上は,認識ある法 令違反が免責となるメルクマールが重要となる。これに関しては,もちろん 個別の事情が考慮されるとしても,一般的には,被保険者が法令自体を認識 していること(法令の自覚),および,被保険者が法令違反を認識している
71) Lange, a. a. O., S.1677;Mohrle, a. a. O., S.38.
72) Lattwein, A. und Kruger, B., D&O-Versicherung―Das Ende der Gold- graberstimmung ?, Neue Zeitschrift fur Versicherung und Recht, Wies- baden2000,, SS.366‑367.
こと(法令違反の自覚)が保険者によって証明される場合に,免責が適用さ れるということが考えられる。したがって,被保険者が法令自体を知らなか った場合(法の不知)や法令の存在は知っているが問題の行為が法令違反に なるとは考えていなかった場合(あてはめの錯誤のケース)には法令違反の 認識がなかったものとして保険保護は否定されない ということができる。
なお,この場合にはとくに 法令 の範囲が問題となるが,本免責条項に いう法令には,あらゆる法令が含まれると解されている 。近年,企業活動 のグローバル化に対応して,全世界を適用対象とするD& O保険に対する ニーズが高まっているが ,保険保護の範囲に少なからず影響を与える法令 違反行為免責条項が外国の法令に違反することも含むのか,また,どの範囲 まで含むのかを約款で明記しておくことは,解釈上の争いを避けるために , また,D& O保険の有用性の観点からも重要であろう 。
(筆者は関東学院大学経済学部非常勤講師)
73) 山下・前掲注7)87‑89頁〔洲崎博史〕を参照 (ただし,被保険者の行為が法令 違反となるかどうかの判断が,企業人の判断として到底合理的とはいえないよ うな場合は,保険保護は与えられない)。
74) 山下・前掲注7)81‑82頁〔洲崎博史〕。
75) 米国など海外ではD&O保険の免責範囲に相違があるため,海外子会社の 役員についても,全世界で適用される日本のD&O保険でカバーしておくこ とが検討されるべきである(新木伸一=高柳奈緒子 会社役員賠償責任保険の 最新事情と再検討 監査役575号,2010年,54‑55頁)。
76) 山下・前掲注7)83頁〔洲崎博史〕。
77) ERISA法,RICO法および証券取引所法のインサイダー取引規制違反とい
った特定の米国法に基づく損害賠償請求が免責とされる場合がある(伊藤卓 新会社法施行に伴う会社役員賠償責任保険への影響 商事法務1774号,2006 年,74頁)。