――目次――
1,
ヒットレルの宗教政策に対するドイツ国内の反撃,石橋智信,Tomonobu ISHIBASHI,pp.1-11.
2,
阿頼耶識説解釈の視点と,転変の概念並びに三十頌第二偈の読み方
,
世親の唯識教学研究解釈の一節,稲津紀三,Norizō INADSU,pp.12-26.
3,
人間死後の霊魂信仰の心理学的研究(上),安倍三郎,Saburō ABE,pp.27-50.
4,
了別者と被了別者との関係,唯識四分説の一部として,富貴原章信,Akinobu TOKIHARA,pp.51-63.
5,
政権を背景とする神学思想の推移,中世における,朝日融溪,Yūkei ASAHI,pp.64-83.
6,
婆羅門僧正について,寧楽仏教史序考,堀一郎,Ichirō HORI,pp.84-101.
7,
般若経の原形について,塩見徹堂,Tetsudō SHIOMI,pp.102-120.
8,
ナチスの宗教文化政策,独逸福音教会の成立過程,相原一郎介,Ichirōsuke AIHARA,pp.121-136.
9,
アメリカ宗教の見学,上田嘉成,Yoshinari UEDA,pp.137-142.
10,
最近の宗教関係雑誌の傾向,その反動的傾向について,古川恒樹,Kōki FURUKAWA,pp.143-145.
11,
『勘の研究』考,黒田教授の東洋的心理の究明について,柴田道賢,Dōken SHIBATA,pp.146-152.
12,
宇井博士の『仏教倫理学』,楠原龍爾,Ryūji KUSUHARA,pp.153-160.
13,
新刊紹介,pp.161-175.
Posted in 1933
(昭和8)年
ヒットレルの宗教改発に対する ド
イツ園内の反撃
石 橋 智・信
ヒットレルはその宗教政策として、此度、ドイツ全土の教倉の説教題目としての聖旬に背約・を用ゐることを禁じ
た。忽ちにしてDieAbscha苧一gdes A−tenTestamen三 背約排除が宗教界の大問題となつを靂■今度は活きヽヽヽヽ
た人間の信仰のいきぎもを烙祭として火あぶりにしやうといふのであるから。到底、愚策、暴策たるを免かれま
い。蜂の巣をつツついた様に騒然たる物議がかもされた。蜜蜂の如く勤勉に学者はこれに反撃を加へてをる。反
論が力癖を入れ1ぼ入れるほど、わかりすぎて反つて異な束持がする。時に、滑稽な感さへ禁じ得たい。然し・そんなことにはおかまひなしに、正面から根気よく反封して居るのが聾者である。フォルツや、ゼリーンなどの
単著たちである。い立ム、その諭するところの反駁を据介しよう。
ゼリーンErnstSe〓inは二十年来、ベルリン大畢の哲約畢講座括任の教授として、また、フォルソ謬t−=、○︼zも、やはり、二十年来、ティユービンゲン大挙薦約蟄教授として現代背約畢界に重きをなす畢徒であるっ前者は
故近、這bs旨芦ngdesA−−e−ニ.est琶eまsて、﹁背約排除問題﹂を表はし、後者はこDerRamprtlmd誌A芹e J.。St琶。。t。﹁粥約に閲する軍闘盲公けにした。いま、こ1に、両署に即してヒットレルの㌫教政策に封する畢 ヒソトレルの症教政鍍に封するドイツ閣内の反撃 JJβ占君側からの反駁を勘へあはすこととしたい。 畢従としてのみならす、堆軒家として周く定評あるゼリーンは巻頭、まづ、園内、現在の世相を説き、かゝる 問題惹起にまでの遠因を論じてをる。汚され、貧しうされたる租図、例はば、うけし無数の手傷より流れおつる 血滴いまだとどめもやらぬ組閣に於て、平痺の切厩、自由の渇望、しきりなるは自然の趨である。国民は、今や、 自己を祓つめ、自国を硯つめ、純ドイツを欲してやまぬ。虚で、国家生活と恒に最も密接な匂は宗教生活である。 依ってこ1にまた国家の更生とともに切望されつ1あるものは宗教の更生、純正である。手段、方法、意見、所 詮には相違もあり、争闘をさへ見る。然し、めざすところは一、民を強めて﹃サタンに満つる世﹄と闘はんとす るのみである。問題の枝葉に捕はれ、本格的素地を逸してはならぬ。ところで、問題は具髄化されて膏約排除論 議となつて規はれてをる。 まづ、蕃約排除の理由とするところは郊遽に存する。 ヽヽ 理由としてあぐるところ、一つ蓄音機のばんの如く同じである。悉く一つ型に庖さまつてをる。Man sagtsO︰
Das A・T.mtlSS auS der cFist−ic訂n拭Lrche完rSChwinden、deロneSist einj註isches出ucF aussch−iess−ic11言n
ludenこmHnteresseder lllden亡ndNur宕rFerユichllngderludengeschrie訂n・日く、背約は基督教脅から排除 されねばならぬ、それはユダヤ人の本であるから、ただただユダヤ人に閲し、ただユダヤ人の利益のため、ただ ユダヤ人をLて光輝あらしめんため、ものされたものであるからといふのである。か1る書を使用することはド イツ民族をして﹁選民﹂を以て白負するユダヤ民族に奴祢化することである。ユダヤの紳は、キリスト教徒の紳と ヒサトレルの宗教政架に射するドイツ国内の反撃 JJβヴ
、ご 何等閲はるところはない、それは、にくしみの紳であつて、嘩背書の紳の如き愛なる紳とは興る.頑ななる唯物 主義者の帥である。エリアン民族の紳と、ユダヤの紳との問には、たちこえ難き溝が存するといふのである。 なほ、また、殺人犯、而も、兄弟殺しのカイン。貴子、イサクを捧げものにせんとせしアブラハム。ぺてん師。 ヤコブ等の物語などはドイツ見童の精細を毒する、また、罪を負ふ小芋の教理の如き、既に︰ハウロを毒せるユ ダヤ教の宰毒にすぎぬ。排除すべきのみといふにある。 !以上が膏約排除にまでの立論の凡てである。長か、香か。論議に値へする問題なるかを疑ふほどである。 が、然し、こゝには、ただ.むしろ、か1る問題をさへ論じて倦まざる簡単究の熱意に敬意を表することとした い − さて、如上の問題に封してゼリーンは反駁を詳かにして左の如く述べてをる。 第一に彼れの考.へたのは書約排除よりして普然結果すべき蕗着粘についてである。 要するに、背約排除たどと云ふ暴発が出現するに至つた消極的源因は、暴発の提案者が背約排除を緻臨した場 合、如何なる意外な踪若鮎を結果すべきかを、全然、思慮せざりし軽率乃至無智に起因する。 背約は外来思想、ユダヤ人のもの、これを奉するユダヤかぶれj姦scheHn訂ktiOn乃至、ユダヤ化宕rjudtlng
は、ドイツ図枠die声ei已12itder AllSbi−dllロgunSel・eSd邑schenく01ksc:己ra打ters を桐し、毒すkral︼km邑−t
l一ndくergi昏として背約を排除せんとする者、果して、それを徹底せL場合、哲約を終に愛好、尊重せし同罪の
故を以て、反つてドイツ図の粋、クロッブシュトック、ヘルデル、特にゲーテ、乃至は愛閑話人.アルント、否.
ヒリトレルの宗教政策に射するドイツ閣内の反撃
彼れの十字架上の最期のことばにも簡約のことば︵詩篇、二二ノー︶があつた。 使徒。ハウロ、ペテロ、ヨハネ、悉く、背約を以て紳のことばとなしてをる。 膏約を斥くる者、また、常然、イエスを斥けざる可からざるに至るをいかにか見る。イエ.スこそは背約を愛好 尊重せる以上に、天父の聾として信奉せるものである。自らは蕾約を排除せんとして来りしに非す、反つて背約 を成就せん薦めに氷ったとしてをる︵鴇太、五ノ一七︶。又、..彼れは背約倦統のメシアを以て自ら任じてをつた。 背約を以て外釆思想な少、国粋に反すとしてこれを斥けんとする者、ひいては、ドイツの古典を斥け、新約の 聖典をも斥けねばならぬ結果に郎着せざるべからざるをいかにか見ると論駁して居る。 第二に、また、蓄約排除策の謀膠は a、背約の物語等を部分的に決別してその全部の通読を怠つた鮎からも由来してをる。例へば、イサクをさゝ げものにせんとする物語も、その物語の終局まで熟議翫味するとき、その精神の存するところは、凡てを紳にさ わナこむナめ 1げて悔いなき精神であつて、その鮎は﹁我よりも父母を愛む者は我にかなはぎる者なり、我よ少も子女を愛 む者は我にかなはぎる者なり、その十字架をとりて我に従はぎる者も我にかなはぎる者なり﹂とのイエスのこと ばと同じ精紳である。又、この物語に於ける帥は、終局に於てはiユダヤの周閣の諸民族の神々とは反封に1 −人身御供を欲するには非る紳である。 叉、ダビデの物語にしても、物語自身のねらひどころは、寧ろ、後ち、禄言者、ナタンが起って大※の罪を詰 ヒットレルの宗教政旋に封ナるドイツ国内の反撃 ルッテルまでをも排除せざる可からざる結果に辟着せざる可からざるを思へりしや香号 四. JJβ∂
り、これに神罰を甘tたところに存し.また、後ちに至って大王、自らも悔いをなしたあたりに存する。
これらの物語を用ゐて萄約排撃を敢てしっつある者は、これらの物語の全部を読んではをらぬ。講まんとして
をらぬ。膏約排撃の目的よりして、その目的に適すと彼等が信する物語中の一局部をのみ傾向的に捨ひ集むるに
唯だ腐心してをるのである。これでは奮約に封する正しき批判には程遠い。
b.一つ物語をさへ通講を快いてをる彼れは奮約金牌を通観することは全然、試みてをらぬ。彼れが試みてを る奮約排撃は、一に背約中の物語からのみである。︵物語としても彼等が川ゐてをるのはモーセの五書と.飛んで ダビデの物語のみである︶然し、背約中にあつて重きをなすは、むしろ、それらの後に続くもの。預言書、詩篇、 箋一一口.ヨブ記等等である。こ1にも彼等、節約排撃の徒が全部の通観を怠つて、而も、一般を通論した誤膠が明らかである。
。、奮約排撃の徒は背約を以て﹁天啓﹂の菩に非すとして、これを斥けてをる。かうした場合、彼等には﹁夷
啓﹂の意味のとり方に錯誤がある。彼等が内容づけてこれぞ﹁天啓﹂てふ概念の内容なりとなすところは、賓は、
十七、八世紀の天啓観であつて、今日の新教教倉が既に共に耽離しをはつた天啓信仰の背嚢に過ぎぬ。いまさら、
さうした天伴概念に基いて信仰上の活問題を。p2rieren料理せんとするのは錯誤も甚だしい。今日の天啓信念は昔てのと全然異る。現今は天啓を解して、その内容には鮭史あ少、進化ありとなす。紳とて、
人が解し得る限り、人がうけ容れ得る限りに於てのみ人と語らひ得る筈。而して、人のうけ容れ得る能力、解し
得る力は時と共に熱し氷るのみ。従って、紳の語ひにも時あり、膵史あり、進化ありとなすもの、今日の天啓観
ヒリトレルの宗教政鳩に封するドイツ囲内の反撃 五 ∫Jク9ヒ,トレルの宗教政銘に封するドイツ国内の反撃 六一 である。﹁我なほ術曹に多く語る可きことあれども、今.なんぢらさとることを得す﹂︵ヨハネ俸二六ノ一二︶ と 云ふイエスのことぼも.正に、この意を俸へたるものと解すべく、また、.ハウロが﹁時すでに至るに及びて伸そ の子を邁はし給へり﹂︵加、四ノ凹︶ とのべたのもこの意に外ならぬ。 故に、透き盲しへ、奮約のうち最も古き物語に幼稚な内容が現はれたからとて、直ちに﹁天啓﹂の埼外に移す には懲らぬ。山上の垂訓に於て、イエスも、盲の人の云へるところと自らの見解との著しい相違を鮮かに示して をる。にも係らず、イエスは背約に語へる紳が彼れの天父なるを寸竜疑った跡方は見えぬ。天啓の紳、軸の天啓 は奮約の代のはじめからであつたことを疑ふ理由は存せぬ。この意味に於ても背約は排除さる可きものでないと ゼリーンは力改してをる。 更に叉、ゼーリンは、背約宗教中に二つの異る宗教 − 国家的祭式宗教と倫理的預言者宗教とfの存するこ とを明らかにし、両者を打って一弾としての蕾約排除策がいかに菅約に封する認識不足な点かを指摘してをる。 ● 図家的祭式宗教は民衆の奉するところ、自閲を選ばれたる民となし、さらに賂釆に於て特別なる物質的隔祉の 至るべきを信じて望み、軸殿には沖、位ひし給ふと信じてやまず、こ1に献物を欝して紳意を迎ふるにのみ腐心 せるもの。この教へを培へるは祭司、この信念の所産が即ち律法である。その律法の儀文の末にまでこだは少、 俵文の一瓢一劃をさへ己が身に遵奉、成就せんと志したのがこの宗教である。 同じ嘗約の天地に在っても、これと正反封なのは濠富者の宗教である。単なる儀穏にとゞまる献物、断食、集 計、宮詣で一切を斥けて、それらを、反つて、紳意に背く罪悪と試り、それらに代うるに正漣、公平、愛、義、 JJ3()
、、 心より紳を求むる信念、くだけたる魂の所りを艮てしたのが預言者の宗教である。而も、自圃民がそれらに反す るを見るや、自闊はもはや選民に非す、紳の民に非るなりと説き ︵ホゼア、一ノ九、九ノ三︶自国は黒人と選 ぶ無く︵アモス九ノ七︶罪恵の民として正にソドム、ゴモラの民に等しく︵ヱザヤーノlO︶ユダヤ民の罪意、脾 釆に於ても断じて改まるべくもたきこと、黒人の肌の色を改め得ざるに等しからん︵ヱレミヤ一三ノニ三︶ と獅 子吼せるもの、即ち、ユダヤの像言着であつた。これら背約の複富者こそ正に ごalltisemitischて な徒と云ふべ きであらう。か1るものさへ奮約のうちに存する在るを背約排撃のへへAntisemitist。いかにか見る。 預言者連がantisemit⋮sch たりしはこ1に止まらす、か1るユダヤに封しては神罰、亡図到らざるべからざる 由を宣べてやます。神罰の罪のしもととしては紳は却ってアッシリアを奉げ用ゐ、紳の民エデブトを迷はすとさ へ喜べて居る。︵ヱザヤ一九ノ二五等等︶ かく、準富者によつて信ぜられ、説かれた帥は然し﹂式ふまでもなくユダヤのみを敵とした紳ではない、総じて 人の子の恋しきを敵とし、人の子のよろしからんをのみ心した人類一切を愛する愛の世界紳、人類紳なのである。 、 さればこそイエスもか1る信念の準富者を遠く顧みて﹁﹃われあはれみをこのみて祭祀をこのます﹄︵ホゼア六 ノ六︶といふこはいかなる意か往きて畢ぶべし﹂︵馬太九ノ一三︶と指示Lてをるのである。新約のみ我等の書、 背約はユダヤ人の書として、簡約を基督教界より排除せんとする従、このイエスの指示をいかにか見る。 とゼリーンは嘗約排除に封し鋭く反駁を加へ、反省を促して居る。 更に、なほ、此度の宗教政策上の‡際問題に即しつ1ゼリーンは反駁を披けてをる。 ヒりトレルの宗教政策に射するドイツ閣内の反撃 ヱJ3J
八・ ヒットレルの宗教政策に封するドイツ国内の反撃 凡そ説教に際し背約の使用を禁すといふ。然し、新約中に例へば如上、馬太俸九ノ三に於ける如く既に背約 が無数に使用され、引用され居るをいかにすべき。 また藷東歌中よりユダヤ的なるを除去すべしといふ。ハレルヤとかホザナとかいふ育英だけ除き得たりとして も奮約詩篇を省きて兼Lて誌美歌成立し得るや。ことに復活祭とかクリスマスなどに好んで使用せらる1もの、 反つて、啓約の語句多きを今更ら易々として改欒し得べしと信じ得べきか香か。 結局、新約をのみとゞめて曹約を排除し得べくもなきこと火を隣るより明かである。 此に於てか、一部人の問にはゲルマンの面詰、情誼を以て断じて基督教に代ふべしとの詮さへ拉唱さるるに至 って居る。いよいよ出でて、いよいよ怪。そのかみ、RatiOH︺a−isI2㌫の代にあつて新教の食堂に於て農作、牧畜、 漁業、衛生に関する説教、時を得覇に相ついで試みられしものと聞く。
SO−cheE眉2rim2nteSO−−teman nicht wiederhO−en−かうした貫験はもう津山。なにも今吏らの反履を要すま
い。と、ゼリーン結ぶ。 フォルツも背約排除問題の巾つて来ったところより詮き、一にはユダヤ人排斥、二つにはドイツ問粋思想︵こ とにゲルマン宗教を以て硯代ドイツ宗教とせんとさへ試むる世の︶三には、新約並びに其彼の教理のみを以て薗 約並用に反封せんとする者等より本間題の惹起されたるを述べ、然し、此等が罫なる誤解に基くものなることを 明かにせんと力めて居る。 JJ3.2
まづ、背約に封する畢闘は奮約白身にも見川され得る山を述べ.現在の反封論者が目して﹁簡約﹂となすもの はむしろ.背約の一部.祭司の宗教にして、簡約内にはそれに反して預言者の宗教存す竜ことを説いてゼリーン 同様反封論者の一誤解を解くに力めて居る。 次ぎに、叉、背約に吾人より視て異様に感する節も多々存する。然し、それは簡約が二つの寵、﹃紳﹄と﹃世 界﹄とを解き示さんとするに起因する。世界を宗教的に解き示して居るのである。一に宗教的に解いて、世界一 \ 切の事象、人生の萬事悉く紳に基くと観じて居るのである。自然の天災地欒、人の世のわづらひ、なやみ、戟ひ、 悉くが紳に基くと見てをるのである。これらのみをサタンの発として世界の二元的詮明に任せんとはせす、単一 に神意の一元に徹底せしめんとするものである。簡約が﹁紳の統治﹂SOuくeHぎit警GOtteSを考へるのも、この鮎 からである。これを以て人の屈辱とのみ解するのは筋違ひの疑倶に過ぎぬ。一元の神意は勝央をも導く。然しユ ダヤ人をのみ導くユダヤ人の紳とのみ視るのは誤解である。世界一切の隆史を導く一元的神意の紳なのである。 世界紳なのである。であるからこそ、敵国の王、ネブカド、ネザルを預言者ヱレミヤはよんでその﹁紳の僕﹂と倣 し、橡言者﹁第二ヱザヤ﹂は。ヘルシヤ王、クロスを以て仰の遣はすメシアな少としてその出現を待望した様なわ けであ告ユダヤ民族圏を超えて彼方の世界紳なのである。背約の紳を以て単にユダヤ民族紳の如く考へるのは 誤解に基く。等と説いてフォルツも、ゼリーン同様、ユダヤ人排斥と混渚、錯綜して執られた現下のヒヅ■トレル の宗教政策、蕉約排除について猛省を促して居るのである。 ヒサトrルの宗教政策に対するドイツ園内の反撃 九 JJ3.フ
要するに、ゼリーンとフォルツと説き方に於ては相蕾の相違を示して居る。後者は、政策が誤解に基くものな
ることを認めて、これを啓蒙せんと力め、前者は、改発が、寧ろ、強暴に失するを慨して、これに反撃を加へて
居るのである。詮き方に於て相異る両者も、然し、論述内容に於ては殆ど軌計二にLて居る。特に、両者はそこに背約思想内に祭司的律法宗教と預言者的宗教との二潮流の存する鮎を力説し、その内、特に預言者的宗教は ヽ
ヒツーレル政策が推定せる如く、選民のほこりと栄えを述べたるものには非すして、それとは正反対に、社食意、
滋る自国のほろぴと紳罰を宜べたもの、如ち、ユダヤ民族圏を遠く彼方の人類一般に於ての人道を説いてやまな
かったものたることを明らかにして.ヒットレル政策が如何に譲れる背約槻に立脚せるものかを反駁して居るのである。
この鮎、ゼリーン、フォルツ両者に共通な所論である。香、両者に限らす、朝かたカとも奮約内容を心得る者
よりすれば、ヒットレル政策が無暴極るものなることは、何人にも極めて明白なところである。
ま汽ゼリーンが指摘せるやう、奮約排除よりの常然の結英は反つて、ドイツ文化排撃に由着サざるべからざ
ることを児ふ。一例・と蓼ぐれば、奮的中のヨブ記がゲーテのファウストの原型たることは、周く知られたる如く、
飴りにも明白である。背約を斥くる結英は、ファウストを斥くるに到らざるべからざるは事の必然であらう。
また、いまさら、ヘレニズムと並んでの西洋文明の放流、ヘブライズムからの純化を企てても時機既に遅から
ぅ。ヘブライズムは、既に、ドイツ語のことばのうちにさへ肉とな少、血となつて交って丁つて居る。ドイツ語
ヒサトレルの宗教政策に劃するドイツ園内の反邸 * * JJ34、
申の直接ヘブライ語、例へば当ascEだとか㌘usche↓だとか乃至は2訂ssi已︸なぞは、ドイツ語から省けば省け
もしよう。然し、例へばdesLebens−eben−desTOdessterbenの如き、又は、Das Lied der Liedel の如きヘ
ブライ語猫特の語法一計b邑smenは一日本譜だったら﹁活きに清くべし﹂﹁死にに死ぬべし﹂﹁歌中の歌﹂とし て普通であるが ー ドイツ語には元来なかったものが、ルッテル諜と共に古く以前からドイツ語中にはいつて、 いまは、ドイツ語の血となカ、肉となつて丁つてゐる。言語に於てさへ然少、まして思想に於てをヤである。い まさら、背約排除などを試みることは、徒らに、思想、信仰界をざhuwabOhu︵ヘブライ語起源のドイツ語︶に導く わざではあるまいか。 ヒヅトレルの宗教政袋に対するドイツ国内の反撃 JJお
阿頗耶識説解輝の親鮎と、博愛り概念
並びに三十項第二偶の讃亮方
!世親の唯識数学研究解梓の一節﹂・
宿 敵 紀 三
無著世親の阿棋耶識誼は宗教の立場に於て信知せられたる絶封的衆生軌の組椒的に述べられたものと考へるな
らば、其れを解樺する場合には其の教詮中に宗教的意味を観るといふことが最も根本的な税鮎になつて乗る。そ
してこの視野が若し阿税耶識語そのものの本質に適ふとするならば、この祀鮎を根本に遣いてのみ敷設上の諸種
の記述も比較的矛盾なく理解できることであらう.此のやうな見地から世親の三十朗に接したとき、そこに出てゐる阿頼耶識翫の叙述には、宗教的意味をあらはすものとしては理解し難い鮎があつた。然るにそれは主として特
欒の概念並びに第二偶の譲み方についての誤解 − 若しくは先入見 − から米てゐたので、其れの考へなほされ たとき三十頒の叙述も充分宗教的意味をあらはすものとなり、同時に阿械耶識詮そのものについて.の解樺も略史定め得るやうに思った。然るに私に於て先入見になつてゐた鮎は、算は漢籍以来今日迄倦承されて釆たものらし
く思はれるので、その難鮎を一般的に反省して檻くことも徒爾ではあるまい。それで此の稿では、其れから辟結
せられて氷る阿棚耶識詮の理解を述べろことを首とし.その中で右の一概念一偶の取扱ひに慣れたいと思ふ。 阿覿耶識詑解梓の祀瓢と、特労の概念並びに三十頚飾二偶の読み方 JJ3βー阿械耶識詮解樺の槻瓢 自己を内省Lて個性としての自己に於て虞貴に責存するものに達すれば、それは亦佃慣としての他に於ても眞 賞に在るものと言ふことかできる。そし.て佃鰹としての人間に於て平等に貴存するところのものは、亦其の個鯉 の身鰹的精神的行動を通じて存在せしめられてゐるところの一切の現象・−例へば家庭杜昏乃至草間輩術等−・ に過して算在してゐるものである。若し斯く言ひ得るならば外の存在 − 外と言ふ概念は曖昧であるが我々の個 人的意識に封敦的に嫉現して来る一切をさす意味に解して − を統.一する貴在は却って内を通して達せられねば ならない。内を通して見出されたものが内を超えて外を包み、個を超えて全になつてゐるのである。そして阿頼 耶識は此のやうな意味の賓在の発見されたものと考へることができる。それは佃鰹がそれに於て存するところの 佃惟の根元であり、随って人間そのものであ少、傭人問世界の諸存在を現出せしめてゐる平等の根元として、世 間はその一元に節して諦観され誼明されてゐる如くである。而もそれを諦観する立場は巳に超世間であつて、そ の立場では前に内に来る如く見えし個人的意識現象の如きは却って外をるものとなカ、前に外に在って個人的意 識を規制する如く思はれし環境は却って内なるものに拙られ、人は個我と存在の繋縛とから降せしめられること が説かれてゐる。概略斯かる内容をもつ阿械耶識詮を理解せんとする場合我々の裸め注意すべきことは、此の阿 頼耶識詮の慣系を動機づけてゐるのは世界観の建立ではなくして 一 郎ち内外の現貫的諸存在を根元から認識し 詮明せんとすることではなくして 一反封陀一切の現貰的存在に即して直に常に根元の貴在に辟入してそれにあ って生くる解脱の惟験内容を有をがままに内省記述するに存することである。之は相似の如くにして全く方向む 阿勅耶識詮僻秤の磯熟㌧と、蹄襲の概念及びに二十現第二偶の績みガ JJβア
阿難耶講説僻繚の視軸と、車麺の概念並びに三十項撃一偏の読み方 一 一四一 異にする。現黄存在についての詮明を意図することと現貴存在について超越の賞辞を願求することとは全く別で ある。一は哲畢であ少一は宗教である。斯くて阿頼耶識語は形而上畢でなく世界観でなく、解除の教誼であるこ とを本質とする。我々がそこに世界観的なもの−解眈の恒験に於て貰許されたる賓在に基けての現業存在の説 明解樺と云ふ如き ー を見ることはできるであらうが、其の鰹系そのものを世界観として理解しょうとすること は抑々の見地を誤ってゐるので、その方向に進む限りは唯識語の眞意些1解し難いであらうと思ふ。この鮎は私 自身の陥ってゐた錯誤であつた。 阿頼耶識語が解除知見に於て賞辞せられたる貫在についての有るがままの内省記述であるならば、その記述を 理解することは、我々白身に於て阿頼耶識を賞辞し、阿頼耶識界を内省せしめられることを意味せねばならない。 此のやうな見地を取るとき、阿税耶識詮の内容は自ら次の三つの間ひによつて纏められるやうに児ふ。 問一、阿械耶識は現実の衆生的意識界の根抵︵朗鹿∵graya︶又は根元︵本m已a︶と親られてゐるが、それは 箪に現貫界の詮明のために恨足せられた観念的なものであらうか、或は内省の極見出されたる貫在と考へらるべ きであらうか。若し貫在として考へられるなら、如何なる内容意味をもつ貫在であらうか。 間二、そのやうな貫在を見る立場は如何なる立場であるか、又それを観るといふことは何を意味するか。 間三、そのやうな阿頼耶識に閲して何を説かんとすることが唯識教導の最も究極の問題になつてゐるか。それ 整単に規貴の根抵若しくは根元として観ることのみに阿械耶識語の意蕃が存するのであるか、或は一膳横板又は 根元として見川しつつ、更に其の根元的存れそのものに関して何かを説かんとするところに究尭の問題が存する JJJは
のではないか、又さうであるならばそれは何であるか。 ︵一︶阿頼耶識は自己に於て眞貫に存在するところの自己そのものの見出されたものであると共に、縛じて一切 の存在中の存在といふ意味を拾ってゐる賓在として解される。 自己において現賓に存在するものから眞算に存在するものに達する内省の道が唯識詮には示されてゐる。現貴 に存在するものは、凡夫的意識生活の場合には環境を形づくつてゐる封象︵art訂︶と身鰹的自己とである。その 中封象について、そこに賞際に在るのは封簸ではなくして、封象的に識別しそれと関心的交渉をしてゐる自己の 意識経験であることが先づ注意せられる。この意識経験について、それは超越的封象から規定されると考へれば 阿見達磨の立場になるが、唯識の立場では虚妄分別に巽習づけられたる根元意識そのものの攣現として内省され る。此の二つは単に思想の違ひではなしに、意識経験が封象から規定せられると考へるのは、賓はさう考へる入 日身の意識生活が常に封象に繋縛されてゐる境涯を反映L、他は覚醒の眞智に照らされる故に封象朗に識別せら れるそのことさへ猶深い逮ひよ少出づることが反省されてゐるのである。されば虞紆唯識無境の認識は覚醒の無 分別智を得た後の智慧であると言はれてゐる。此の根本的立場を念頭に置いて、更に封象識別の意識経験を見る ならば、巳に阿児達磨の心心所論に於て感情意志等は心の派生的様態として心所︵caitta︸Caitasa︶と言はれ、心 そのものの根本的様態は封象界の識別︵く首yasya丘ぎp昏︶にあるとせられてゐる。所謂﹃六種封象界の覚知 ︵等号idhPSyP意PyPSyPup已ヒ︶dhi中︶﹄である。此の分析は、意識経験に於て同一の封象が覚知せられてゐるにも 拘らずそれに閲する好意愛憎等の煩悩の交懲し得る事貰に基いて焦されたもので、この記述は唯識の立場でも一 阿蝉耶誹此仰辞の甜鮎と、特使の概念並びに三十項第二偶の訊み方 JJ3タ
阿離郷識説僻繚の親断と、韓攣の概念並びに二十頚飾二偶の誼み方 一六 應維持される︵然し深く考へられるときは巳に同一の封衆ではないのである︶。そして六識経験について更により 根粒的な部分とより表面的な部分とを区別すれば、知覚︵五識︶に封して思惟意識はよⅧ椒抵的である。その理由 ヽヽ は五識は思惟意識に作はれねば成立せす更に、﹃五識は随練生滅するも意識は常に現起する﹄からである︵但しそ れは覚醒時であつて夢なき眠りと悶絶には意識も止息することが特華任意されてゐる︶。阿用達磨の意識論は大鰐 に於て六識経験の反省に止まつてゐると思はれるが、斯かる六識経験を観るのみにて・は、自己に於て存するとこ ろの意識経験の金牌を理解し志すことは出来ない。そこに結びついてゐる難鮎は凡そ次の三つに分けて考へられ る。︵一︶煩悩等喜怒の感情の起源が説明せられないこと、︵説明せられないのはそれが未だ散られてゐないからで ある。そしてそれが観られた立場では煩悩等不浄法の起源は阿頼耶識中に求められ、信仰傭悦等の善の心所の起 源は法身所梼の聞薫習に見出され、それは衆生の伐たる阿械耶を封治する力をもつとせられる︶。︵二︶そこには意 識され窒息識︵封教化されたる桝取の意識︶が考へられてゐるのみで意識する意識︵封教化さ打ざる髄取の意識︶ が限られてゐないこと。︵三︶丈六識の記述は封象を了別する意識を目前に置いて焉されてゐるのであるが、自己 を知る意識が親られてゐないこ.と。 されば六識麿験は更に内省せられて、先づ意識する意識並びに自己を知る意識が見出されねばならない。斯く して﹃煩悩づけられたる自己意識と常に結合せる思惟作用﹄なるものの迎在が見出される。 所謂染汚の未都︵k茸巴i=宣aS煩惰づけられたる意ひ︶であるが、意ひ︵1宣且は﹃思惟作用を本質とする︵m呂1nぎaka︶﹄ 必 と規定され、叉二十現には、それは﹃有覆無紀誓む我愛我掠我慢我見の川柳惰と骨に純分する﹄と言はれてゐるが、呑むハvyぎ宣a︺ JJ
、− とは﹃炉偶随煩偶に裡はれたる﹄ の意味であつて染汚︵k悉官灼備づけられたる︶とM義である.。きれば我愛等を合して﹃煩 悩づけられたる自己意識﹄といふ言葉であらはL、﹃染汚の意﹄をあらはすに姑く﹃煩悩づけられたる自己意識と常に倶なる思 惟作用﹄なる概念を取り庇いと思ふ。 之は単に思惟によつて構成されたもので揉ない。貰際経験を如賓に内省するならば、あらゆる六識︵封象の覚 知︶を擾ふて遍在する貫在意識なることが見出される。そし■て之が睨られたときは、封象に繋締される六識経験 から巳に一歩超越してゐて、封象を包む自己の存在が、煩悩繋縛の相に於て自覚されてゐるのである。されば此 ヽヽ の末郵を観る立場は、恰もデカルトのcOgitO、ergOS︻1mの自覚された立場に荊賞してゐると言ふことができるで からう。そしてデカルト的特廻が未だ基督数的娘心にあらざるどとく、末郵を観てゐるのみでは未だ眞解脱の立 場ではないのである。そこでは意識界の存在相は静観せられるが、未だ繚起相が親られてゐない。されば﹃煩悩 づけられたる白己意識と結合してゐる思惟作用﹄から更に内省せられて、一切煩悩と思惟作川との共通の根元、 並びに白己意識の封象をなす何かが見出されねばならない。此の自己意識の根濠を求めるとき、三十頒の、意識 は魔醒時に於ては常に現起するも睡眠阻抱に於ては伏滅するといふ反省に注目せしめられる。睡眠悶絶に於ては 封象に拘はる意識の世界は故後の遼まで伏滅してゐて、封象に拘はる限りの自己は存在しなくなつてゐるのであ る。その間に於て狗相続するやうな或るものに裁かなければ、陸りの前後の自己、更に過去と現在の自己が同一 の自己として直接に意識される事賓の説明がつかない。此のやうな不断相輯の根元意識︵本識︶を我々は日常生活 に於て︺に何磨かに知つてゐるのである。其れに基いて存在しっつそれを明瞭に目覚し得ないところに不安があ ると一︰一︰ゝ亡、﹂とも予亘るであらう。現貫の経験的意識を内省して已に﹃自己意識と棋なる思惟作用﹄の遍在まで達 阿輯耶誠詑佃秤の瑚鮎と、梯棋力概念並びに∴十囁箪二桐山詣みガ 1封u
ヽ 一八 阿朗耶磯説解稗の硯鮎と、韓絹蒜概念並びに三十頚飾二偶の讃み万 すれば、二特して、その]己意識に於て己れを封象化してゐる仝鰹者の包赦的存在性に気付くことが田来るであ らう。阿械耶が蔵識と課さるるは此の憩味をよく表⊥てゐる。それは自己意識の封象︵即ち日常生所に於ける私 と云ふ語が指示すところの雷のそのもの︶であると共にその日己意識︵染汚の末那︶を牽現せしめる根元であり ︵されば末邪は阿械耶に依り阿械耶を閉路とすと言はれる︶、更に一切煩悩.封象界の覚知の蟄現する根元であり 其の軍習をうける場所であるとせられる。斯くして阿輯耶識は佃鰹としての自己そのもので・あると共に、一切の 存在申の存在と云ふ意味をもつて来る。或は梱鰻そのものが一切の存在中の存在と言ふ意味に於て明瞭な規定を うけて見出されたものと考へることもできるであらう。然し斯かる反省的方法を以てしては猶阿頼耶識の全煙に 達することはできない。そこには一つの飛躍が預足されてゐる。 ︵二︶然らば斯かる阿頼耶識を析接に全鰭的に観てゐる立場は如何なる立場であり、それを観ることは何を意味 するであらうか。結論至言へば、阿械耶盈観るのは後得智の立場であり、後得智は眞完の所謂る機の探倍と本質 ヽヽ を同じうする。されば﹃白身は是れ現に罪悪生死の凡夫躍如より巳来常に乾し常に流峠して机離の練あることな ヽ︳︳ し﹄と信知され、叉煩悩具足のわれらは何れの行にても生死を離るることあるべからざる牢:⋮⋮﹄と信知され、 ︵こ ﹃そこばくの業をもちける身にてあ■りける牢⋮⋮︰﹄と信知されし、其の﹃白身﹄﹃身﹄﹃われら﹄を指示する数 理畢的概念が阿械耶識であり、随って横の探信の立場に於て其の﹃われら﹄について信知せられたると相似の内 容が、阿頼耶識について記述せられるのである。即ち佃鰹の根元たる阿絨耶識について考へられてゐる最も根本 的な性質は﹃一切純子をもつ︵sarく旨叫ja訂︶﹄ことと﹃墳熱︵vip算a︶.皿なることであるが、山切種子をもつとは _ エ月ほ
﹃一切雑染法の琴ナをもつ﹄ことであつて、煩悩具足の日覚に他ならす.更にそのやうな畑悩英足の阿頼耶が宿 業の畢習の果報として成立せしことをあらはすのが異熱の概念であるが、それは﹃そこばくの菜をもちける⋮⋮ ⋮﹄の内観に他ならない。そして現実の一切の意識現象が ー 煩悩業から封象界の見知まで含めてーー阿械耶の 種子より生すると説かれるのは、それ等の一切が摘発の乗習に規定づけられたものとして坪解されてゐるのであ って、それは﹃卯毛羊毛のさきにゐるちりばかりもつくる罪の宿業にあらすといふことなし﹄と同じ意味の反省 に他ならない。斯くて阿械耶識詮には機の探信の内容を組織化せるものと云ふ意味を見ることができる。此の阿 械耶識を直接に金牌的に観てゐるのは後得智であ少、後得智は﹃眞貴在者を謬得する無分別智を蟄得して覚醒せ る﹄ときに輿へられる清浄なる世間認識である。されば後得智に任するは賓は無分別智︵法の探信に相癒す︶に 任して絶封者の救済を鰹験しっつ・あるときである。救済者の悲智に照破せられたる自己の罵相が療劫流特者とし て信知せられたところが後得智であ少、機の深信である。斯かる絶封的自己認識はそのまま救済者への慨悔であ り辟依であ少、感謝であり安住である・。鼓に宗教的衆生翫としての阿輯耶識詮の根本的意義を撞きたいと思ふ。 唯我敦嘩が説く無分別後得二智の獲得は、十地経詑の入初歌書地の饅瞼を別の方法によつて顛はしてゐるもので、隣って初 歌書地の何であるかが了解せられれぼこ智の何であるかも了解せられる。そして発心入地の欺魯は、虞宗教義上の信難関畿の 慶書に桐臆し、入地後の行者の併依が二智であるとせられるのは、関数後の信心の行者の所依が槻法二種洗信とせられるに相 癒する。此の事はも早や多くの論語を要しまいと思はれる。此の一致は人間の宗教意識そのもののもつ普遍的な構造に基くも のと言つてよいであらう。そして唯識教寧は仝鯉として二智の立場の上に成立する鯉系であるから、其れを理解する場合には やはり其れに粕臆する宗教的立場を取ることが必要である。さうして秤々考察を進めて見ると、私には唯識教準の虞椅紳は最 もよく眞宗の信仰と教義の上に倖承されてゐると言ふことができるやうに思はれる。法相宋義の研究に於て速に注せられなか 阿観耶識課個樺の配転と、怖麺1概念並びに三十飢解一.偶の誼み方 JJ4β
阿親耶識詑解梓の親鮎と、特蓼の概念並びに三十煩多二偽の請み方
二〇. った眞阿蘇耶の護符が虞宗の信仰に於て連せられたと見ることもできる。それ程両者︵岬識教撃と璧ポ教義︶は似た壮界をあらはしてゐる。此のことは何今後を期して考へて見たいと思ふ。
︵三︶右の根本的意義を記憶して、再び阿頼耶識説を見るとき、その阿頼耶識に関心て更に何を詑かんとすることが教畢の中心問題になつてゐるのであらうか。今は世親の三十頒を取れば、そこでは阿械耶識に閲して何を説
くことが中心問題になつてゐると解さるべきであらうか。之について従来は、二十論の結論からⅢ賛して残され
た問題の論述に進んだものと見て、二十論では了別識に関する封象内在化が主賓問題になつて結局ヲ別識は対
象から生するのでなく自己自身の椅子より封象的現れとして識相接上に生するもので、それは侍業薫習の果報と
しての識の樽欒である﹄と云ふ結論が立てられたので、更に其の識特欒の構造の叙述に問題を移したものと解さ
れてゐた。此の解樺は略三般的に支持されてゐるもので、私自身も従前斯く解して釆たのであるが、斯くては
擁論等に明か佗顛はるる阿頼耶識詮の宗教的意味と合致しないことに気付かさるるに至った。而も三十項の叙述
− に依る限りは他に通常な解樺なく、ここに三十飼解樺上の疑韮が残ったのであるが、最近枯野の概念と第二偶の取り扱ひに気付いたことからして靂の解決が輿へられたやうに思はれる。次節にその辟結を略記して起きたい。
ニ相愛の概念と阿頼耶識語の究極問題
韓欒︵par官ma︶は安慧樺には扇の剃郊の滅すると同時に、因の剃郊とは相を異にせる英饅が接待せらるること﹄と定義されてゐるが、一物がそれ自鯉を央はすして而も相を異にせる地物と成つて現することを意味する
概念と言ってよいであらう。即ち欒化、欒成である。安慧註にもa−︼y告ぎa︵欒化︶の語に避き巷へられてゐ J招室ヽご る。例へば種子より教芽相蹟して兼責を結ぶときその結黄は種子〓身の縫成であり、行動によつて或る英報が成 _ ︳ヽ 就せられるときその感典は行動自身の欒戌である︵此の場合の婁成に限って異熟の概念が用ひられる︶。叉菩薩行 ヽヽ を行するとき菩薩の薄根が菩提に輪化せしめられるのも欒成であゎ︵此の場合は回向と漢詩されてゐるが原語は ︵二︶ヽヽ pari思maである︶、之昼畢宗で但使娘心多念彿能令瓦礫攣成金︵如来の本楯を宿すれば瓦礫の如くなる我等を金 ヽヽヽヽヽヽ ︵三︶ にかへなさしむと誓へたまへるなり︶と言はると同様の意味である。されば特攣には進発感光の鹿生界の欒威と、 行造成仰の彿兼への欒成との二面の意味が含まれ一 三十頒の識時欒は衆生的意識界建成の意味であるが−そ して何れにしても梅欒の概念そのものは、一物が自性を失せすして異相の地物に成ること藍息味する。然し此の 意味を表すに時攣の繹語は通常であらうか。その他瑛繹には、特、攣異、欒規、回向等があらはれるが、現今 ヽヽ も縛欒が最も多く用ひられてゐる。此の用語を右の意をあらはすに通常ならしむるためには一つの護持が必要で ヽ ある。即ち、﹃特旨噺若しくは滅に封する語として、一物がそれ自身を失はぎる意味を表すものとしき例へば ︳ヽヽ ﹃煩悩意障を特じて無生忍を覚らしむるなり﹄と言はるる場合の持であ少−そして﹃建﹄は異相の物になる意 味を表すとする。然し﹃縛欒﹄と云ふ成語は語感の上から此の意味を充分に俸へ難いので、私は前述の用語例か ら﹃教麒﹄の繹語を取って意味を補ひたいと思ふ。 そして此のpar官ma︵時犯建成︶は原因に結びつく概念と解さるべきであらうか、結果に結びつく概念として ヽ︳−ヽ︳ヽ、ヽ ● 解さるべきであらうか。即ち或る原因者が英相を欒成せしめること皇息味するであらうか、或は結英が原因者よ 、ヽ︳ヽヽヽ︳ヽヽヽヽヽ り欒成すること若し︿は変成せることを意味するであらうか。随つて叉或る事物に此の概念が結びつけられたと 阿糾抑識課仰秤の融軌と、稗妙の概念並びに三十柳勝二偶の凍みガ JJ4∂
阿親耶識諒解秤の潮鮎と、鞠麺の概念並びに三十屈筋二偶の読み方 二二▲ きは其の事物について原田性が概念さるべきであらうか、結果性が概念さるべきであらうか︵例へば阿械耶識に 特欒の概念が結びつけられるとせは、阿械耶識について、何か他を欒成せしめる力をもつ意味を輿へるのであらう か、或はそれが自己の原因者より欒成せるといふ意味を輿へるのであらうか︶。言語そのものとしては何れにも解 し得るかも知れない.叉雨義を含むとも言はれるであらう。然し三十頚の阿械耶識詮にあらはれて来るpari思ma の概念は何れに解さるべきであらうか、此れについての解樺の相違は、唯識論の理解につ小て重要窒息味をもつ て来る。そして従来は漢詩以来現今まで大慣に於て原因に結びつく意味に解されてゐたと言ってよいが、之に封 して私は寧ろ結果に結びつく意味に解することの安富なるを提案したいと思ふ。以下その理由を抄述する。 三十頒の叙述中に欒成︵時欒︶の概念は如何なる形であらはれて来るかと言へば、第二偶よ少十九偽造は一関聯 をなして衆生的意識界の構造が内省されるのであるが、その最初に、﹃異熱﹄と﹃思惟作用﹄と﹃封象界の識別﹄ なる三つの骨が分析され、その各々の骨が夫々第一撃成︵時攣︶第二欒成︵挿壁︶第三欒成︵樽欒︶と名づけられ、更 ︳ヽ に、その中典熱といふ性格を以て見られる最初の骨は﹃一切種子をもつ阿頼耶識である﹄云々として、以下順次 に各相の内容が内省記述されてゐる。この記述を由解せんとする場合には次の三鮎が根本的な疑問として残少、 それが解決せられると共に、阿械耶識詮の問題の所在︵前節聞三︶も了解せられるやうに思はれる。 ︵一︶何故に記述は﹃異熟﹄から始まり﹃封象界の了別﹄から始まらないか。 ︵二︶何故に意識界の最初の盾を顛はすとき﹃一切種子をもつ阿頼耶識﹄なる概念を後にして、﹃異熟﹄の概念を 先にしてゐるのであるか。 JJ4β
︵三︶叉各骨がそれ′川∼愛鷹︵特欒︶と名づけられてゐるが、それは御上閃に結びつく概念であるのか.果に紙び つく概念であるのか。 ﹁.現貫から内省して般砥に達する哲撃的方法を取れば﹃封象界の了別﹄から始めねばならない。然し此の方 法を以てしては、到底異熱の概念まで到達することは出来ない。せい′丹、、﹃一切種子をもつ﹄と言ふ意味迄であ る。根元迄は観念し待てもその根元の成立までは観ることが出水ない。これが野草的思惟の立場のもつ限界であ る。されば佃鰐の根元が輿熟︵宿業の果報︶として信知せられて、一切の意識現象が異熱の意味に包拝せられて 観察せられるのは、野草的反省の立場とは次元を異にした宗教認諭︵信仰︶の立場である。それが此の記述の順 序に於て示される。 二、阿税耶について考へられてゐる二つの根本的性質は異熱であることと、一切種子をもつといふことである。 然しこの二つの性質は並列的に考へることはできない。一切種子をもつといふことは典熱であるといふ意味の中 に包梯せられねばならない。﹃一切種子をもつ﹄と云ふ概念は、阿頼耶識が現賓の根元として見られてゐる意味を あらはし、﹃典熱﹄の概念は更にそのやうなる根元を成立せしめし凶線︵発露習分別稟習︶をあらはしてゐるので ある。三十頒の世親の記述は、典熱と一切種子の概念の間にあるこの区別を我々に注意せしめる。そして異熟の 概念が先にHることは、三十頚の阿頼耶識詮の趣意を示してゐる。即ちそれは衆生存在相を阿頼耶を撮砥として 詮明せんとするに−あるのではなくLて、斯かる衆生が縁起捉成し来れる迷ひの起源を覚醒の智中に鋲はすと共に 其の逮ひを起淑より挿する造を説かんとするものと言ってよいであらう。之は相似たことのやうで全く方向を異 阿租耶識蕊解樺山祓鮎と、樽欒の概︵心並びに三十頚第二偶の改み方 JJイ7
にする。斯くて第二偶の藻諾は不適常である。 第二偽漢語は﹃謂異熟思盤 及了別境識 初阿覿耶誠 異熱−切種﹂とあり、問題は後二句にあつて普通﹃初めは阿鵜耶識 なり典熟なり一切種子なり﹄と訓まれてゐるが、之は梵文のtat邑ay詳hya針長戸Iぎa計阜詳P由ヨ賢j詩an−の課として間違 ヽヽ ひないやうであるが、梵文は前後の関係から典熟の概念を最初にして、﹃異熟とはl切種子をもつ阿蘇耶と撃つけられる試であ る﹄と許すのが通常である。此のことは巳に字井博士によつて指摘せられてゐるので︵印度哲学研究解六番韓試論の研究︶、も 早や多く皇一‖ふ必要はないのであるが、主として文車上の関係から注意せられてあるやうなので、銭では問題理仰の上からも ● る鮎が蕊要なのである。之を津課の如くに読むと、阿親耶識を蟹胞化し、且つその賓鯉化された阿覿耶の上に典熱と一切種子 をもつとの二つの意味を並列的に考へる解梓を引き起し勝ちになるのである。漢澤としては偽嶺の形を維持するために以上の やうな許し方をせねばならなかつたかも知れぬが、単にそれのみでなく、評者その人に巳に阿親耶を賓鯉化する解粋があつて 其れが讃を支配したと見られる理由が存する。それはpariつ印ヨP︵樽蓼、欒成︶を﹃能欒﹄と課してゐる鮎にあらはれてゐる。 そして比の﹃熊襲﹄の謬語と節二偶の静とが何時か先入見になつて、阿難耶識寵の如袈な理解を妨げてきたと言はれぬでもな いのである。それで第二偽全線は梵文によつて﹃典熱と思惟作用と賓つけられるものと封象界の識別とである。その中輿熱は 一切種子をもつ阿親耶と名づけらるる識である﹄と澤きれることが問題上からも通常であることを注意したいと思ふ。之にょ って、現賓的意識界の記述の終れる後節十九偏に至って再び阿東耶の典熱復改に言及せられる意味も理解せられると思ふ。謂 く﹃菜の轟習は二取の霧習と共に、前の典熟議きたるとき、後の典熱なる其れ︵阿頼耶︶を生ぜしめる﹄云々。 右の第二偶の語み方の欒栗は、更に次の欒成︵持欒︶の概念の解樺と結びついて、阿械耶識詮の最中心問題が 那近に存するかを明かにしてくる。 ヽヽ 三、識界を構成する三骨の各々がl︶邑首ゴa︵欒成、特欒︶と冨はるるとき、溝濯がこれを能欒と諾してゐるの 阿戟耶戦記解梓の間鮎と、特襲の概念並びに三十項節二偶の読み方 JJ4β
は、此の概念を主として原因性をあらはす意味に僻してゐるのである。随ってこの概念を結びつけられた意識の 各骨ば能欒者として他を欒成せしめる力をもち、叉他を欒成する棟抵の如き意味になる。そして現今まで此の考 へが支配してゐて、阿頼耶識を桝伐とせる一切わ意識界の顕現を説くものと解するのである。之は一般に行はれ てゐる解樺であるが斯くては三十頚の初頭の意識界の記述は蟹田論の如くな少、金牌が異熱の概念に包癒されて ゐる意味が失はれ阿頼耶識が有として固定化され、宗教的立場の認識 _ といふ意味が現はれ難くなる。此れが私自 身の逢着した疑問であつた。斯かる解耀は恐らく一方では漠諾が先入見になるのと、他方我々白身が容易に有の 見を眈し難いことから起るものと言ってよいであらう。 欒成の概念を結果に結びつく意味に解する。すると阿頼耶識が第一欒成︵挿欒︶と言はるるとき、それは現貫 −I、、−ヽヽヽヽ︳ 界を欒成せしめる第一の根元といふ意味ではなく、宿柴の稟習の異熱として欒成せるものといふ意味をあらはす ことにな少、それは個性の牽生そのもの皇息昧するが故に他の現賓界の欒成に封しては第一である。即ち婁成の 概念は阿頼耶の﹃一切種子をもつ﹄養七指示せず﹃異熟﹄なる養を指示する。阿械耶の種子より一切意識現象の 現行することを意味するやうに考へられるかも知れないが、それはそれ等の意識現象︵未邦六識︶の欒成であつ て、阿頼耶に関して言はるる欒成ではない。同株に思惟作用が第二欒成︵樽欒︶と言はるるときも、それは思惟 ︳ヽ●ヽヽヽ ヽヽヽヽ の封象界を欒成せしめるといふ意味ではなしに、その思惟作用そのものが根元より欒威せるものと言ふ意味にな ︳ヽヽヽヽヽ ゎ∴六種封象界の識別が夢二欒成︵特欒︶と言はるるもそれは六識が封教典髭聖成せしめるからではなく︵その場 ヽヽヽ︳ ︿〓には似規pratib試s抑と.去ふ概念が川ひられる︶それ自身が根元より欒成せるものなるをあらはすことになる。 阿頼耶誠虎斬梓の祀鮎と、特麺の概念並びに一二十頚解二偶の誹みガ JJ4ク
二大一 阿聯耶識詑僻辞の祀鮎と、樽蓼の概念並びに三十頚解二偶の訝み方 両して第二第三は第一の中に包赦せらるるが故に此の意識界金牌を緯ふ根本的な欒成の仕方は異熟であつて.一 切は異熱と云ふ性格を帯びて親らるることになる。故に於て唯識観は宗教的罪悪翫になつて来る。それと同時に ︳● 一切種子をもつ阿頼耶が更に異熟と言はるるところには、現貫の根元として一膝有として見出されたる阿頼耶故 に関して更に縁起軌が徹底せられて、それはその本質に於て非有なることが顛はされてくるのである。﹃一切の存 在は縁起せるもので、縁起せる存在は無自性である﹄とは龍梯教塾の根本命潜であつたが、.それをそのままこの 阿輯耶微視尤閥して思ひ浮べることができる。龍樹の場合には﹃一切の存在﹄についての髄系的考察は問題にな らす、唯一々の存在について縁起観の上から無自性が主張されたのであるが、阿棋耶識詮に於ては存在の惟系が 考察されて、阿頼耶は一切の存在中の存在といふ意味を措ふべきものであつた。而もそれについて伺縁起が観ら れて、此の賓在は本質に於て非有なることと且つ現算の根元として侶有なることが頼はされるのである。そして 阿頼耶識に関する此の非有と恨有との認識は巳にそれ自身に於て解胱知見である。 斯くの如くして無著世親の唯識敷革に於ける阿械耶識詮の最中心問題は、本質に於て非有なる衆生が恨有なる 柴報の相をもちて欒成し氷りたる因縁を顛はすと共に、その因縁を樽じて衆生をして成排せしめる別の因縁ある ことを顛はさんとするにある。即ち法身閉捧の聞薫習力によりて虚妄の伐︵阿械耶︶特ぜられて法身を成ぜしめ られる理法である。これは業報典熱とは異れるもう一つの欒成、衆生より沸果への欒成︵所謂菩提回向︶である。 そして此の理法を説くことはそれ白身信仰内容の組織的告白に他ならない。 . ︵こ 喫興紗 ︵ニ︶ 十地経初欺番地 ︵ニ︶ 唯信砂文意 JJ此)
■ 問 題 人聞死後の彊塊についての信仰は宗教哲畢の封象と 人周死後の璽魂㍍仰の心理畔的研究 四 其・其 其 考 五 四 三 特 典一 英二 l q] りり 研究方法 問 題 人間死後の靂魂信仰り心理学的研究︵上︶ 安 倍 三 果 不滅信仰と滑滅信仰との割合 不滅信仰の諸型式と其心理翠的特徴 不滅信仰の諸型式の分類 布類型の心理甲的特徴及寛例 各瓶の不滅信仰と年齢 不滅信仰の動棉 消滅信仰の理由 結果一・二・三の相互関係 寮 不滅信仰と滑滅信仰との割合に付て 各類の不滅信仰の起原について もなるが叉心理畢の封象ともなり得る。宗教哲拳は論 理的思考作用の必然の途を辿って、人間死後の盤魂の 性質や辟趨を考察し、正しい璽魂信仰への方向を示す であらうが、心理畢は吾々が現賓に抱く人間死後の粟 魂についての信仰を分析し、或は其霧魂信仰の諸形態 を蟹見し、それがもつ心珊畢的特徴を叙述L、夫等の 信仰形態のよつて生する心理畢的條件を明かにし、或 はそれ等の諸信仰と吾々の気質、職業、教育程度、年齢 等との閲係を吟味し、或は信仰生活に於ける霧魂信仰 の重要さ等につき各種の暗示を輿へるものであらう。 かかる心理拳的研究の結果は、唯に宗教教育上の基 礎たるのみならす、死後嚢魂の膵趨等に関する本質的 研究にも有力な材料を提供するものであらうと信する のである。 二七 Jヱ占J
l 人間死後の璽魂信仰の心理聯的即死 従来信仰の諸型式、又は宗教の諸型式の現れ方を研 究せるものには、ジェームズを初めとしてり.ユーバや ド㍉ク。アの研究等があつて必らすしも少いとはいは な叫。けれども人間死後の婁魂に封する信仰の諸形態 の分類、其心理単的特徴の叙述、共心理畢的起凶の吟 味等を主題とした研究は、私の不明なるがためであら ∽ 究をなせるものに、ダントの民族心理挙があ玖、我図 川 民族の震魂信仰の形態を吟味し、共心理畢的保件の研 化費連の段階を若干に区分し、其各宙分段階に於ける うが非常に少い棟である。只、民族心理畢的に縦に文 に於ても桑田芳赦教授の﹁粟魂信仰と組先崇拝﹂なる 研究がある。然みに現代の文化民族について、其抱︿ 人間死後の蛋魂信仰を材料として横に其信仰形態を分 難し、共心理畢的特徴を吟味し、夫等の信仰形態のよ って生する心理的原因を明かにしようと試みた箕験的 研究は殆どないといつてよい程である。尤も、質問紙 法によつて現代に生きてゐる文化人の爽世親を統計的 に研究したものに、リユーバ氏の米飼犬寧々生に試み ■】 6 二八﹂ ヽ′ た不滅信仰の研熱、飯沼龍速氏の常時の我国一流の名 士について試みた来世観の研究、勝川全道氏等が小峯 校兄童、中等畢校生徒及串間畢校生徒を被験者として ヽノ ′lヽ 試みた未来観念の調査等立流なものがあ蕎併し以上 三氏の研究は吾々人間死後の重魂の存績如何を質問紙 法によつて被験者に質問じ、其解答聖二囲の項目に分 って峯理してはゐるが、重瓢は他にあるのであつて、 此虚では必らすしも人間死後の霧魂として信ぜられて ゐる被験者の信仰内容の性質が、共心理畢的特徴によ って分類されてゐるのではなく、且叉分類されたる信 仰形態が心理革的に如何なる保件によつて成立してゐ るかの考察も殆どなされて居らない。只リユーバ氏が 原始的不滅信仰と近代的不滅信仰の起原について極め て概括的な考察を試みてゐるに過ぎないのである。 私は現在の我閑人の人間死後の婁魂に封する信仰を 材料として、これ等を務め用意せられた論理的な分類 範噂によつて分類することなく、出来るだけ是等倍仰 の示す心理畢的特徴の共通性を辿り、彼等によつて死 ヱヱ∂2
、 後薬魂としてぃぜらる1もの1性好を砦†の基本的形 態に分ち、且文夫等の信仰形態の示す心理畢的特徴を 想起しっ1、夫等のよつて生ぜりと‖心はるる心理畢的 原凶につき考察を試みたいと恩ふのである。 かかる研究の手初めとして私は先づ、中学校及高等 女単校の生徒を被験者として賞験的な研究を試みたの である。私が最初た中畢校及高等女畢校生徒を被験者 とLて選んだのは賓験材料を比較的容易に得る便宜上 からの理由もあるが、史らに彼等の年齢は信仰鼓初の 動造期といはる1年齢に股がってゐて研究上興味深く 感じたことど、被験者自身の職柴的影響同一年齢に於 ける教養の相異からくる影響から比較的解放されて. 年齢の恐建と彼等の信仰形式との関係を比較的純粋に 見得ると信じたがためでもある。けれどもかく此研究 結果は飽く迄も中垂校高等女単校生徒に於ける人間死 後の襲塊信仰の心理拳的研究の結炎であつて、此研究 結果が我国人の死後霧魂信仰に閲して、一般に必らす ︳ 受付⋮するものとは考へないものであることを断ってお 人=り死後の儀魂㍍仰の心理甲的研究 ヽ
〓 研 究 方 法
ヽヽヽ︳ 以上の問題の研究のため私は質問紙法を採用した。 ヽヽ 私はかかる問題の賞腱的研究のためには質問紙法のみ で十分であ一るとは思ってゐない。此質問紙法による研 究と並行して、一般の現代人の霧魂信仰を表現してゐ ヽヽヽ る程々の文献による文献法及び若干の代表者に直接面 接して問答することにょつて彼等の婁魂信仰の輪廓を ヽ︳ヽ 探る按開法なども若干試みてはゐるが、かかる方法に 二九 1.W・Ja︼諾ぃ︶くa−ietie∼○︻Re︻igiOuS E竜e−ience・GJH﹂・eubP−A欝ychO−Ogical Study Or Re︼igi呂・
T叫・De㌻c−Oi∫︼ふRe︼igiOneニa﹃Oi・
2 W・Wundt︶E訂︼完nte derく已ke首sychO−Ogie.
3 桑門芳顛、﹁累魂信仰と刑兜崇邦﹂。
4 G・li﹂、eubP︶Tl−e宮−ieニn GOdaJd Hmlヨlta.i亨
・ご 飯沼龍遠、﹁現代日本人の信仰﹂。
6 蹄一協骨柄碁、﹁現代青年宗教﹂。勝川全道、﹁現代畢
生の未来観念に関する調査﹂。
き き 人間死後の韮魂信仰の心理群的研究 よる結果を心ゆくま1に得るためには相和常の時日を 要するし、且叉、現在迄得た材料によれば私の質問紙 法による結果と著しき矛盾を見出さなかったのである から此報告には只質問紙法による結果を公表すること に止めることとする。 ヽヽヽヽヽヽ 私の試みた質問紙の内容は次の如くであつた。 にんけんしご㌧土しひ しん 一、人間の死後、璽魂はどうなると信じますか。 し▲● そハりゆ▼つ 印消えてなくなつて了ふものか。︵其理由のある かたくだなほい 方はそれも番いて下さい︶印それとも相生きて 小た そのり肋、’nくだ ゐるものかっ︵其理由のある方はそれも苦いて下 ≠−ましひ早いしっやうナ さい︶拘霧魂に性質様子などがあるとせばどん 十主しひ なものであるか。仰褒魂はどんなところにある おも そのた 吾ましひ くわんけい ものでせうか。伺其他襲魂に閥係したこと思ひ くだ つ 付きなどもかいて下さい。 ど﹁き きや、つ しんか・︶ 二、左様なあなたの信仰はどういふ動横でおこつた か。 し㌧ にrひと M只、他人から聞いて信ずるにいたつたか。閉 h巾も じ ぶ り ︶上り ぽんやけおh つ n分が弼でに撲然思ひ付いたのが主なもとか。 質問紙法に於て液も注意すべき鮎は、質問の意味の 難解、抽象、不明等によつて被験者の解答に障害を輿 ヽヽ へぬこと、及び質問の不用意から被験者の解答の内容 ヽヽ の質を暗示し規定しないこと等であらう。質問の難解 を避けんがため私は平易な口語慣を川ひ、文字に振備 名をつけた。中等畢校の生徒だけのためには擬似名は 必要でなかったかも知れないが、低率年の劣等生のた めにも、又、中等畢校以下の教育程度しかもたぬ一般 人にも此間題を適用せんがため熱帯にも意繹的振仮名 をつけた。解答内容の質への暗示を殊どなくするため には大文字の質問︵一︶又は︵二︶のみで十分であつたで もあらうが、併し私は被扱者のもつ、感魂信仰の形態 三〇 じ ぶん げ上き さいなん はんもん きんしんしや し たど 拘自分の病気・災難・煩悶・近親者の死等によ ふ〃しん って深く信するようになつたか。 せし、め、■ 姓名をかかないこと。 一 せいぺつ 1 性別 とし 2 年齢 きや、フいくてぃど 3一・教育稔彦 をとこ 男 1.ぞへ′▼L 数年 校‡ 女竺 年莞歳三 JJ∂≠
、こ 、こ 的特徴をⅢ来るだけ知るためには大文字の質問︵こ、 ︵二︶のみでは不十分と考へたのである。例へば︵一︶の
質問であれば↓被験者が﹁人聞の死後庸瑞叫魂は生きて
ゐる﹂とのみ答へれば只不滅信仰を抱いてゐることだ
けが知られるが、それがいかなる特徴をもてる不滅信
仰であるかを知ることができない。よつて大文字で示
せる如き簡異な質問によれば従来の如き統計的結兼に
満足せねばならない結兼となるわけで、それ以上にそ
れ等の信仰形態の心理拳的特徴を抽机して分新し.かかる信仰のよつて生ずる心理畢的原因推定の基礎とな
すことは望まれないことになる。それで大文字の質問
内容を小分けして出来るだけ彼等の解答内容の質を暗
示決簸せぬ様に、而も是等小間への解答のいづれかに
ょって彼等の信する畢魂信仰の性質の窺はれる様に企
てたのである。それでも非常な懸念の中に彼等の解答
を教理して行ったところ案外懸念の七八分を裏切って
中堅一年女畢校二三年以上はよく質糊の各項に封して
白山に撥刑とした解答を興へ、質問の各項に反駁的態
人用死後の雛魂仁仰山心理撃的研究
度に出でたものさへ少くなかった。これはこれ等被験 者の解答が能動的で思ったこと︸、質問紙を配布する 時の注意が奏効したものと思ふ。低単年の被験者には 小分けにした問題のため質問方向を絶封に暗示せぬと は断言できないが、併し彼等の解答は概し七簡箪で全 般としては質問よりうくる暗示によつてA類に廃すべ かりしものがB顆に廃したといふ杜の影轡を認めるこ とは出来なかつたと信じてゐる。 英二中畢校よりの材料一七六通以外は実験者白から 各畢校について虹接被験者に面接して質問紙を説明 し、各小質問各項隼拘泥せす大文字で示せる︵こ︵二︶ の各間に机来るだけ詳細に記載されんことを注意し た。解答が短時mに制約されて自己の信仰を反省する 飴裕を失したり、又隣席の解答者の解答に暗示された 少、隣席のものから抑捻せられたりして罪責の信仰が 表現せられないことが多からんことを防ぐため各自師 友して解答するように依械した。 質問紙に封する解答算数を各畢校別に表示すれば次 三一 JJ∂占女子に於ても中撃五年位の年齢に於ける霧魂信仰を 見たかったので五年別の私立︰某高等女畢校と高等女畢 校卒業後人単する基女子師範畢校二部生の褒魂信仰も 五年程度と見倣Lて材料に取入れた。 果 三 結 結果﹁不滅爪仰と消滅爪仰との割人〓。 人間死後の景魂信仰の心理学的研究 の如くである。