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学生時代と図書館

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Academic year: 2021

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これはもう、私にとっては衝撃的な本だった。

中橋一夫著『道化の宿命』、出版されたのは1948 年。当時、大学3回生になったばかりの私は、こ の本を読んで、将来の人生に対する見方が大きく 変った。

人にはそれぞれ人生に影響を受けたものがある と思う。そのものが「人」であったり、「映画」

であったり、また「音楽」であったり、人によっ て異なるだろうが、私にとっては、この古い出版 の、一見何ということもない質素な装丁の本こそ が、まさにそれだった。

実のところ、その本に出会うまでの私は勉学と はまるで縁遠く、文学部英米語英米文学科に入学 してはいたものの、高校から続けて硬式野球部に 属し、毎日登校するのは只々春・秋の公式リーグ 戦で出来るだけ多くの勝点をあげるための練習に 参加するためだった。当時はスピードガンなど無 い時代で、投手としての自分の力量がどの程度で あったかの客観的な数字は不明だが、打者の手元 でホップする速球(今で言う、ツーシーム)とフ ォークボールが結構有効で、1回生から度々リー グ戦で登板していた。しかし、試合に負けると上 級生から課される1、2回生の半日ランニングとう さぎ跳び、それも水分補給なし、という理不尽が 罷り通るピラミッド型の封建制に疑問を感じ始め ると同時に急速に野球への興味を失い、2回生の 冬に退部した。スポーツは楽しくなければいけな いと、つくづく思う。加えて、スポーツに充たる 英単語sportはdisport(気晴らし、娯楽の意)の 弱音の頭部消失により誕生した語なのだから。閑 話休題。

さあ、これから勉強するぞ、という意欲は湧い てきたものの、2年間のブランクを埋めることか ら始めねばならない。そこで出かけて行ったのが 図書館であった。古くて厳(いか)めしい建物で、

何とも入りにくい雰囲気ではあった。内部の照明 度は低く、カウンターの向う側の職員が無表情な 顔でこちらに視線を向ける。何十年も昔のことな

のに、まるで昨日のように 記憶が鮮明なのは、おそら く教員になって訪れた日本 の国公立大学の図書館で感 じた同じような雰囲気が意 識の中に定着したからでは

ないかと思う。付属図書館が大学の権威や威厳の 象徴であった時代のこととして仕方のないことだ ったと思うが、現代のコンピュータ主流の図書館 はそうであってはならない。明るく、誰でも気軽 に入れてこそ、サービス機関としての図書館の存 在意義があるのだから。イギリス、アメリカ、オ ーストラリア等の大学へ客員教授として行くたび に思うことは、付属図書館は学生の勉強部屋や書 斎の代りになっている、つまり学生の生活の一部 になっていることである。日本と異なり、彼ら は本を買って自宅に書斎を作ることをしないの である。

本題に戻り、書庫に入る許可をもらった私は英 語学、英米文学の書棚に奇妙な題の本を見つけた。

これが『道化の宿命』との最初の出会いであった。

借り出したその日、徹夜で読み通した。もう一頁、

もう一頁と止まらない程面白く、文学鑑賞の一方 法を教わった気がした。内容は米作家メルヴィル 作『モビー・ディック』(和題『白鯨』)と英劇作 家シェイクスピア作『ハムレット』という、一見 何の繋がりもなさそうな二作品がまるで推理小説 の謎解きのように明らかにされ、次第に一本の糸 のように繋がっていくものである。文学とはこん なに面白いものなのか、という強烈な衝撃が「文 学は難解」という先入観を吹き飛ばしてくれたと 同時に学問の面白さ、楽しさを伝えられる職業へ の方向づけをしてくれる結果となった。一つの対 象物でもさまざまな視点があること、人生の指針 を与えてくれたこの本に感謝しながら、月一度読 ませてもらっている。

うえの よしかず(図書館長/教授・英語学)

学生時代と図書館  49

上野 義和 

― 人生を変えた一冊の本 ― 

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