日本小児循環器学会雑誌 3巻3号 337〜340頁(1988年)
本態性高血圧の家族歴を有する小児の赤血球膜に おけるNa−K輸送の検討
(昭和62年8月19日受付)
(昭和63年2月3日受理)
里方 一郎
新潟大学小児科
内山 聖 相川 務 堺 薫
key words:本態性高血圧,赤血球膜, Na/K flux比,遺伝素因マーカー
要 旨
小児期における赤血球膜のNa efllux, K infiuxおよびNa/K flux比をGarayらの方法により測定し た.両親のいずれかが本態性高血圧(以下,高血圧)を有する群(30例,平均年齢13.4±1.3歳)では,
高血圧の家族歴のない群(35例,平均年齢13.1±1.4歳)と比較して,Na eMuxには差は認められなかっ たが,K influxの高値(1.97±1.18 vs 1.39±1.11mEq〃RBC/h, p<0.05), N a/K flux比の低値(1.45±
0.64vs 2.08±1.02, p<0.01)が認められた.祖父母の1人のみに高血圧がある群(27例,平均年齢13.5±
1.1歳)および2人のみに高血圧がある群(9例,平均年齢13.2±1.1歳)では,高血圧の家族歴のない 群と比較してNa efHux, K inHuxおよびNa/K flux比に有意差は認められなかった.小児期において
も高血圧の家族歴を有する者には赤血球膜のNa/K flux比の異常が既に出現していることが考えられ,
Na/K flux比は,小児期においても高血圧の遺伝素因のマーカーとなりうる可能性が考えられた.
緒 言
近年,本態性高血圧(以下,高血圧と略す.)の遺伝 的発症機序に関連して細胞膜を介するナトリウムーカ
リウム(Na−K)輸送の異常が注目されている. Garay らは,親が高血圧を有する成人例において赤血球膜の netのNa・K flux比が低値であること1), N a−K cotran−
sportが低下していること2)を報告した.本邦では,内 科領域で2,3の報告3)4)がなされ,ほぼ同様の結果が 得られているが,小児期について検討した報告は見当 たらない.今回,成人で報告されている赤血球膜の Na−K輸送の異常が高血圧の家族歴を有する小児にお いて既に認められるか否かを検討した.
対象および方法
高血圧の家族歴のない健常小児35例(年齢11〜15歳,
平均13.1±1.4歳,男23例,女12例)を対照群として,
両親のいずれかが高血圧を有する小児30例(年齢 11〜15歳,平均13.4±1.3歳,男15例,女15例)を1群,
別刷請求先:(〒565)大阪府吹田市山田丘1−3 大阪大学細胞工学センター 里方 一郎
祖父母の1人のみが高血圧を有する小児27例(年齢 11〜15歳,平均13.5±1.1歳,男10例,女17例)をII群,
祖父母の2人のみが高血圧を有する小児9例(年齢 11〜14歳,平均13.2±1.1歳,男4例,女5例)をHI群 として検討した.この4群間では,年齢,体重,身長,
血圧に有意差は認められなかった.
赤血球膜のNa efHuxおよびKinfluxの測定は Garayらの方法1)に準じた.ヘパリン採血し,赤血球を 150mM NaClで2回洗浄後, sodium loading medium
(0.02mM PCMBS(p−chloromercuriphenyl sulphonic acid),150mM NaCl,1mM MgCl2,2.5mM phosphate buffer(pH 7.4))中に4℃,20時間incubateし,赤 血球内のNa濃度を上昇させた.次いで, cysteinを含 むrecovering medium(145mM NaCl,5mM KCI,
1mM MgCl2,10mM glucose,5.4mM phosphate buffer(pH 7.4),4mM cystein,2mM adenine, 3mM inosine)にて赤血球浮遊液を作成し,37℃,1時間 incubateし,赤血球膜のNa−K pumpを賦活した.そ の後,Na−K Ringer medi㎜(145mM NaCl,5mM KCI,1mM MgCl2,5.4mM phosphate buffer(pH
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mEq/9RBC
Na efflux mEq/9RBC
Kinflux
ト「「←u,[「「
lncubatlon Tlme ( hours ) 図1 net Na eMuxおよびnet K inf]ux
mEq/QRBC/h
6
5
4
3
2
1
0
聯
}(7・36)
(2.36±1.13×2.49±1.27)(2.53±1.03×2.71±1.42)
対照群 1群 lj群
図2 Na efHux
lll群
7.4),10mM glucose)中に赤血球を浮遊させ,37℃で incubateし,3時間まで1時間毎に赤血球内のNa, K 濃度の変化を測定し,Na efHuxおよびKinfluxを算 出した(図1).Na, K濃度は炎光光度計で測定し,ヘ モグロビン値を分光光度計で求め,赤血球ll当たりの mEqとして表した. fluxの算出は,時間一濃度関係の 回帰式の相関係数が0.92以上の場合に行った.Na
efHux, K influx, N a/K flux比を同一症例で5回測定 した時の変動係数は,14.7%,7.3%および9.5%であっ た.統計学的検討はStudentのt・testを用いて行い,危 険率5%以下を有意差ありとした.
結 果
Na efHuxについては4群間で有意な差は認められ なかった(図2).K influxでは,両親のいずれかが高
日小循誌 3(3),1988
mEq/PRBC/h
3
2
1 6
5
4
3
2
1
0
rP〈O・ 05「
(1.39±1.11)(1.97±1.18)(1.73±0.86Xl.99±1.36)
対照群 1群 ll群 111群
図3 Kinflux
「P〈o・ Ol「
2(4 67)
◆も︑
(2.08±1.02×1.45±0.64Xl.63±0.72)(1.54±O.61)
対照群 1群 11群 図4Na/K flux比
lll群
血圧を有する群(1群)のKinHuxが,高血圧の家族 歴のない群と比較して有意に高値を示した(p<0.05)
(図3).Na/K fiux比では,両親のいずれかが高血圧 を有する群(1群)のNa/K flux比が家族歴のない群 と比較して有意に低値を示した(p<0.01)(図4).
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昭和63年5月1日
Li
Passive permeability Na
Na−Li countertransPort Na Na−K pump
Na K
Na−K COtranSpOrt 図5 Cellular sodium・transport systems
考 案
現在,細胞膜のNa輸送には, Na・K pump, Na−K cotransport,ナトリウムーリチウム(Na・Li)counter−
transport,細胞膜の透過性に基づく受動輸送(passive permeability)の4つの輸送系が知られている(図5).
Na−K pumpは細胞膜のイオン濃度勾配に逆らって,
ATP lmolの分解によるエネルギーを利用してNa 3 molを細胞外に転出し, K 2molを細胞内に転入する 輸送系で膜Na輸送の大部分を占めている. Na−K cotransportは, NaとKを1対1の割合で細胞外に 運ぶ輸送系である.Na−Li countertransportは, Naと Li(生理的にはNaとNa)を膜を介して互いに逆方向 に1対1で輸送する系である.
近年,高血圧者において,Na−K pump活性の異 常5)6),Na−Li countertransportの元進7)など,細胞膜 を介したNa輸送の異常が報告されるようになった.
1980年,Garayらにより,高血圧者のみならず,高血 圧の親をもつ正常血圧者においても赤血球膜のnetの Na/K flux比が低値であることが報告され,細胞膜の Na輸送の異常が高血圧の遺伝的発症機序との関連で 注目されるようになった.この報告は,本邦において も成人を対象として追試がなされ,ほぼ同様の成績が
得られている4}.
われわれは,Garayらの報告した赤血球膜のNa/K flux比の異常が高血圧の家族歴を有する小児において
も既に出現しているか否かを検討した.高血圧者の血 圧値は近親者間ほどその相関性が高くなることより,
われわれは,高血圧の遺伝素因の程度を考慮し,3種 類の高血圧家族歴を有する小児について検討した.そ の結果は,両親のいずれかが高血圧である群について は,Garayらの成績とほぼ一致し,赤血球膜のNa/K flux比の異常が既に出現していることが考えられた.
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しかし,他の2群については,対照群と比べて差は認 められなかった.これは,この2群では高血圧の遺伝 素因が,両親のいずれかが高血圧である群よりも弱い ために差が出てこなかったものとも考えられる.われ われの検討におけるGarayらの成績との相違点の1 つは,Na/K flux比が全般に低値であったことである.
すなわち,Garayら2)の成績では, Na/K flux比は,高 血圧の家族歴のない正常血圧者で3.59±0.89,両親の いずれかが高血圧である正常血圧者で1.72±0.1であ るのに対し,われわれの成績では,それぞれ,2.08±
1.02および1.45±0.64と低値であった.われわれの値 は,本邦の成人を対象とした成績とほぼ同じであり,
この違いには人種差あるいは環境因子が関与している ことが考えられる.
高血圧者および高血圧の家族歴を有する者に認めら れるNa/K dux比の低下は, Garayらにより,赤血球 膜のNa・K cotransportの低下によると考えられてい る.また,彼らは,高血圧の発症機序としてNa−K cotransportに遺伝的な欠陥が存在し,このため,血管 平滑筋細胞内のNa濃度が増加し,これをNa−K pumpが代償するが,代償しきれなくなると細胞内Na 貯留が進行し,血管平滑筋の収縮性が増大し,高血圧 が発症するとしている.しかし,赤血球膜の成績が血 管平滑筋細胞においても同様であることは証明されて おらず,高血圧の遺伝的発症機序に関連した細胞膜の Na輸送の異常については,さらに検討が必要とされ
ている.
高血圧は,遺伝因子と環境因子の複雑な相互関係に より発症する8)とされている.仮に,高血圧発症前の小 児期から高血圧の遺伝素因を検出できれば,リスクの 高い者を早期に発見することが可能になり,彼らに対 し食塩摂取などの環境因子をコントロールすることに より,高血圧の予防が効果的に行いうると考えられる.
今回の検討では,赤血球膜のNa/K flux比は,小児期 においても高血圧の遺伝素因のマーカーとなりうる可 能性が考えられた.しかし,Na/K flux比は,高血圧 の家族歴を有する群と有さない群の間でかなりの overlapが認められた.この原因の1つには,正常対照 群においてもNa/K flux比には,かなりの個人差があ ることが考えられる.さらに,対照群の親たちの幾人 かが,今後加齢につれ高血圧を発症することは全くは 否定できず,対照群に高血圧の遺伝素因を有する者が 混在している可能性があり,逆に,高血圧の家族歴を 有する群にも遺伝素因のない,あるいは,弱い者が含
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340−(52) 日本小児循環器学会雑誌 第3巻 第3号 まれていることも考えられる.このようなことが
overlapをきたすのではないかと考えられる.今後は,
遺伝素因マーカーとしての信頼度を評価するために小 児期にNa/K flux比の低い例が,将来どの程度高血圧 を発症するのか,prospective studyを行うことが必要
と思われる.
結 語
両親のいずれかが本態性高血圧を有する小児では,
高血圧の家族歴のない小児と比較して,赤血球膜のK influxの高値およびNa/K flux比の低値が認められ た.小児期においても高血圧の家族歴を有する者には 赤血球膜のNa−K輸送の異常が既に出現しているこ
とが考えられた.
尚,本研究の一部は,厚生省・小児期の血圧とその関連要 因に関する研究班(班長二小沢秀樹)の援助によった.また,
本論文の要旨は第22回日本小児循環器学会(1986年7月,大 阪)にて発表した.
文 献
1)Garay, RP., Elghozi, J., Dagher, G. and Meyer,
P.: Loboratory distinction between essential and secondary hypertension by measurement of erythrocyte cation fluxes. New Engl. J. Med.,
302:769,1980.
2)Garay, RP., Dahger, G., Pernollet, M., Devynck,
M.and Meyer, P.:Inherited defect in a Na,
K−co−transport system in erythrocytes from essential hypertensive patients. Nature,284:
281,1980.
3)小嶋俊一,伊藤敬一,佐谷 誠,田中敏行,土屋雅 之,夏目隆史,横内正利,黒田一明,芦田映直,出 口不二夫,宇田雅信,阪本 登,池田正男:本態性 高血圧症の赤血球膜における電解質転送異常一日 本人における検討.医学のあゆみ,ll2:965,1982.
4)木村道夫:高血圧者及び慢性透析患者における赤 血球Na/K flux比の検討.日腎誌,27:505,1985.
5)Haddy, F.J., Pamnani, M.B. and Clough, D.L.:
Volume overload hypertension:A defect in the sodiuim−potassium pump. Cardiovasc. Rev.
Rep.,1:376,1980.
6)Wambach, G., Helber, A., Bbnner, G. and Hum・
merich, W.:Natrium−Kalium・Adenosintri−
phosphatase Akitivitat in Erythrozytenghosts von Patienten mit essentieller Hypertonie,.
Klin. Wochenschr.,57:169,1979.
7)Canessa, M., Adragna, N., Solomon, H.S.,
Connolly, TM and Tosteson, D.C.:Increased sodium・lithium countertransport in red cells of patients with essential hypertension. N. EngL J.
Med.,302:772,1980.
8)家森幸男:高血圧症の遺伝.医学のあゆみ,130:
862, 1984.
Erythrocyte Sodium−Potassium Transport in Japanese Children with Family History of Essential Hypertension
Ichiro Satokata, Makoto Uchiyama, Tsutomu Aikawa and Kaoru Sakai Department of Pediatrics, School of Medicine, Niigata University
We measured sodium efflux, potassium influx and sodium・potassium flux ratio in sodium−loaded,
potassium・depleted erythrocytes in Japanese children. The normotensive subjects with essential hypertensive parents showed significantly higher potassium influx and lower sodium・potassium flux ratio than the normotensive controls without family history of essential hypertension;1.97±1.18 vs 1.39±1.11mEq/IRBC/h(p<0.05)and 1.45±0.64 vs 2.08±1.02(p<0.01). No difference in sodium efflux could be detected between the two groups. The values in normotensive subjects with only one or two hypertensive grandparents were not different from those in normotensive controls.
This study confirmed an abnormal sodium・potassium transport in the erythrocytes from the normotensive children with family history of essential hypertension. Measurement of sodium−
potassium flux ratio may be useful to detect children liable to essential hypertension.