博士学位論文
EGR クーラのすす堆積による伝熱性能劣化と 劣化回復策
Heat Transfer Deterioration with Soot
Deposition and Its Recovery Strategy on EGR Cooler
2014年 3月
群馬大学大学院 工学研究科 先端生産システム工学領域 学籍番号 11802202
久原 圭
指導教員 新井 雅隆 教授
目次
第1章 緒論 1
1.1 ディーゼル機関と排ガス規制 1
1.2 排ガス浄化技術 3
1.2.1 ディーゼル機関における排ガス浄化技術 3
1.2.2 コモンレールシステム 3
1.2.3 ターボチャージャー 4
1.2.4 排ガス再循環 5
1.2.5 EGR燃焼 6
1.2.6 燃焼技術とEGR 7
1.3 EGRクーラ 9
1.3.1 EGRクーラの役割と構造 9
1.3.2 EGRクーラに求められる性能 11
1.4 EGRクーラの諸問題とその対策 12
1.4.1 EGRクーラが抱える課題 12
1.4.2 EGRクーラのすす堆積に関する研究例 13
1.4.3 EGRクーラの性能劣化対策 15
1.5 EGRクーラにおける堆積物 16
1.5.1 本研究における堆積物の呼称 16
1.5.2 堆積物の特性 17
1.5.3 EGRクーラの伝熱性能と堆積物 18
1.5.4 すすの堆積メカニズム 19
1.5.5 すす粒子に働く熱泳動力 20
1.5.6 堆積物の離脱および除去のメカニズム 20
1.6 研究の概要 23
1.6.1 研究の目的 23
1.6.2 研究対象とするEGRクーラの形式 23
1.6.3 本論分の構成 24
参考文献 25
第2章 実験装置および実験方法 28
2.1 試供EGRクーラとエンジンベンチシステム 28
2.1.1 試供EGRクーラ 28
2.1.2 試供エンジン 29
2.1.3 エンジンベンチシステム 30
2.2 エンジン運転モード 31
2.2.1 JE05モード 31
2.2.2 運転精度の検証 33
2.3 実験方法 35
2.3.1 エンジンベンチによる熱交換性能測定 35
2.3.2 排ガスおよび冷却水の流量測定 36
2.3.3 JE05モードによる熱交換性能測定 37
2.3.4 熱交換性能測定装置 42
2.3.5 堆積物の質量測定とEGRクーラの初期化 43 2.4 EGRクーラの熱交換性能評価の概要 44 2.5 EGRクーラの特性表現 47
2.5.1 熱交換量 47
2.5.2 総括熱伝達率と温度効率 48
2.5.3 EGRクーラの流動特性 51
2.5.4 熱伝達率と排ガス流量の関係性 52
2.5.6 EGRクーラに堆積するPMの特性 53
2.6 EGR内の排ガス流れ解析 54
2.6.1 解析モデル 54
2.6.2 解析条件および解析結果 55
2.7 まとめ 58
参考文献 59
第3章 すす堆積によるEGRクーラの性能劣化評価 60
3.1 すすの堆積とEGRクーラの性能劣化 60
3.1.1 すす堆積試験の目的と方法 60
3.1.2 試験結果 61
3.2 すす堆積層の断面観察 66
3.2.1 断面観察の目的 66
3.2.2 断面観察サンプルの作成 66
3.2.3 断面観察結果 68
3.2.4 S-TEMによるすす堆積層の観察 71
3.2.5 すす堆積層のかさ密度と熱伝導率の算出 72
3.3 らせん溝形状が熱交換性能の劣化に及ぼす影響 76
3.3.1 試験の目的 76
3.3.2 試験方法 76
3.3.3 試験結果 76
3.4 まとめ 79
参考文献 80
第4章 EGRクーラの性能回復挙動 81
4.1 性能回復の概要 81
4.1.1 性能回復の実態 81
4.1.2 性能回復のメカニズム 82
4.2 コールドスタート試験によるEGRクーラの性能回復 83
4.2.1 試験の目的 83
4.2.2 試験方法と試験結果 83
4.2.3 堆積物の成分分析と示差熱分析 84
4.2.4 試験結果の考察 87
4.3 まとめ 90
参考文献 91
第5章 EGRクーラの性能回復処理 92
5.1 性能回復試験の目的 92
5.2 冷却水温度が性能回復に与える影響 92
5.3 定常運転による性能回復試験 94
5.3.1 試験装置 94
5.3.2 性能回復試験の方法 95
5.3.3 性能回復試験の結果 96
5.3.4 空気試験を用いた性能回復の評価 98
5.3.5 すす堆積試験を用いた性能回復の評価 101
5.3.6 試験結果の考察 104
5.4 まとめ 109
参考文献 109
第6章 結論 111
6.1 本研究の意義 111
6.2 本研究の成果
6.2.1 熱交換性能評価方法の確立 111
6.2.2 すすの堆積とEGRクーラの熱交換性能の関係 112
6.2.3 EGRクーラの性能回復条件 112
6.2 結言 113
謝辞 114
第 1 章 緒論
1.1 ディーゼル機関と排ガス規制
ディーゼル機関は,産業用機械や大型トラックの用途として広く普及してお り,欧州においては一般的な乗用車の約半分がディーゼル車である[1].内燃機 関としてのディーゼル機関の特徴は,シリンダ内で圧縮された高温空気に燃料 を噴射し,自己着火による燃焼で動力を得ることである[2].燃料と空気の予混 合気を圧縮するガソリンエンジンの場合,ノッキングを回避するために自然吸 気エンジンで圧縮比が 8 程度であるのに対し,空気のみを圧縮するディーゼル エンジンの圧縮比は,乗用車用小型機関で 14~16,トラック用大型機関で 15
~20 となっている.この高い圧縮比によって高い熱効率が可能となっている.
また吸気スロットルによるポンピングロスが無いことからも熱効率が高くなり,
結果として CO2排出量が少ないという利点を有する.反面,高圧縮比の機関特 有の高い燃焼圧力に耐える構造とするためにエンジン重量が重くなることや,
排出ガスにNOxとPM(Particulate Matter)を多く含むことがデメリットと して挙げられる.ディーゼル機関から排出されるNOxはそのほとんどがNOで あるが,NOは大気中で徐々にNO2へと酸化される.高濃度のNO2は人体に対 して呼吸器疾患を引き起こし,また環境に対しては,紫外線によってオゾンを 生成し光化学スモッグを発生させる等,非常に有害性の強い物質である.また PMについても黒煙の排出による環境悪化や,呼吸器へ取り込まれた際の発がん リスク増大等が懸念されている[3].これらの理由により,低公害型のディーゼ ル車の普及が強く望まれている.
排ガス中のNOxやPM以外の有害成分としてはCOやHCが挙げられる.ガ ソリン機関の場合は当量比=1に近い燃焼であるため,三元触媒によってCOと HC をCO2とH2Oに酸化させると同時にNOxをN2とO2に還元することが出 来る.一方ディーゼル機関の場合は空気過剰状態での燃焼となるため,排ガス 中にも残存酸素が多く含まれる.そのため CO と HC は酸化触媒によって容易 に低減することができるが,NOx を還元することができない.そのため燃焼技 術の向上で NOx や PM の排出量を抑制するだけでなく,後処理装置における NOx 還元を目的とした燃料の追加供給やDPF によるPM の除去など,ガソリ ン機関とは異なる高度な後処理対策が必要となる.
ディーゼル車の排ガス中に含まれるNOxおよびPMの規制値は強化が年々進 み,最近では非常に低い値で規制されている.日米欧のディーゼル乗用車にお ける排ガス規制値の推移を図1-1に示す[4].日本を例にとった場合,2009年に 施行されたポスト新長期規制によって,JC08C(コールドスタート)+JC08H
(ホットスタート)モードの走行条件下において NOx は 0.08g/km 以下,PM
は 0.005g/km以下に規制されている.これは現在のガソリン車に対する排出ガ
ス規制と比較しても遜色のない厳しい規制値である.また欧州では2014年から
Euro6 の排ガス規制が施行されるため,高い水準の低排出ガス技術が世界的に
求められるようになる.
Fig.1-1 Emission regulation of diesel passenger car [4]
ディーゼル燃焼によるNOxとPM発生について,その生成領域を当量比と火 炎温度でマッピングした φ-T マップが提唱されている[5].通常のディーゼル 燃焼では,燃料噴射が終了する前に自己着火するため,燃料噴霧の中心付近で は空気と燃料の混合が進まず,燃料過濃のまま燃焼が進行して燃焼温度は低く なる.一方燃料噴霧の周辺領域では,十分な量の空気によって量論比近傍の混 合気となり高温燃焼となる.一般に当量比=1 より過濃で低温燃焼をさせれば Soot が発生し,当量比近辺で高温燃焼させれば NOx が生成されるため,Soot とNOxは当量比と燃焼温度に関してトレードオフの関係にある.φ-Tマップ 上ではSootとNOxの生成領域が分かれており,燃焼の進行をこの 2つの領域 のどちらにも重ならないようにすることは現実的に難しいと言える.したがっ てNOxとPMの同時低減を達成するために,燃焼技術や排ガス後処理技術の向 上による種々の対策がとられている.
Fig.1-2 φ-T map [5]
1.2 排ガス浄化技術
1.2.1 ディーゼル機関における排ガス浄化技術
ディーゼル機関の排ガス浄化対策は,大別すると 2 つに分けられる.一方は 燃料と吸気の混合制御を主体とした燃焼技術の向上であり,局所的な燃料過濃 部の減少による Sootの抑制や,燃焼温度の低下による NOx の低減を意図する ものである.具体例としてコモンレールシステムによる高圧噴射および噴射制 御技術,ターボチャージャーおよびインタークーラによる過給と吸気冷却,排 ガス再循環(EGR:Exhaust Gas Recirculation)などがある.他方は排ガス後 処理装置によるものであり,NOx 対策としての尿素SCR やPM 対策としての DPF等が挙げられる[6].図1-3に最近のディーゼル機関に見られるシステム構 成を示す[7].以下では燃焼技術による排ガスの浄化について詳しく述べる.
Fig.1-3 Diesel Engine system [7]
Intake
Exhaust
EGR Cooler
1.2.2 コモンレールシステム
コモンレールシステムは,サプライポンプによって高圧燃料を蓄圧室(コモ ンレール)に蓄え,インジェクタ内の電磁弁の開閉によって噴射の開始と終了 を制御する電子制御燃料噴射システムである.また最近の乗用車用ディーゼル 機関においてはピエゾ式のアクチュエータも噴射制御に使われている.高圧の 燃料噴射による燃焼改善効果だけでなく,噴射量や噴射時期をエンジン回転数 に依存せずに制御することで緻密な燃焼制御が可能となり,これも燃焼改善に 役立っている.ディーゼル機関におけるコモンレールシステムを用いた多段噴 射について,噴射量と噴射時期の模式図とその効果のまとめを図1-4に示す[8]. パイロット噴射はメイン噴射に対して大きく進角した時期に噴射され,予混合 燃焼による PM の低減効果を持つ.またディーゼル機関は,燃料の噴射から燃 焼開始までに一定期間の着火遅れがあり,この期間に噴射された燃料が爆発的 に燃焼するため,従来はNOxや騒音が増加していた.これに対してメイン噴射 の前にプレ噴射を行えば,これによる着火でメイン噴射の燃焼を開始すること で初期燃焼を緩和し,NOx の発生と騒音を大幅に低減することができる.メイ ン噴射直後のアフタ噴射は不完全燃焼分の再燃焼を促進し PM を低減する.ポ スト噴射は主噴射から大きく遅角した時期に噴射され,排気ガスの昇温や還元 成分の供給により触媒を活性化させる効果を持つ.またコモンレールシステム による燃料噴射圧の高圧化は燃料の微粒化を促し,燃料噴霧の流れが高速にな り乱れによって混合が促進されるため,噴霧内部の燃料過濃状態が改善されPM が減少する.
Fig.1-4 Effect of multiple injection [8]
1.2.3 ターボチャージャー
ターボチャージャー(ターボ過給)はエンジンの排気エネルギーを利用して
Injection timing Injection quantity
排気タービンを回し,これと同軸で回転するターボ圧縮機で吸気を圧縮するこ とで高圧空気を吸気として供給する装置である.圧縮され高密度になった空気 を供給することでエンジン出力が増大する.ディーゼルエンジンは,高過給に おいてもノッキングの問題がないことや,部分負荷運転時においても吸気経路 内が負圧にならないことから,ターボチャージャーによる過給に適している.
また最近はターボ過給とインタークーラの併用が一般的となっている.過給に よって断熱圧縮された空気は温度の上昇によって密度が低下するため充填効率 が低下するが,インタークーラによって圧縮後の空気を等圧冷却することで,
吸気の充填効率を高めることができる.過給後の排ガスの温度は100℃を超える こともあるが,例えば 100℃の吸気をインタークーラによって 40℃まで下げた 場合,約 20%の充填効率の向上が見込まれる.ターボチャージャー付の機関で は過給機が作動する回転数域に達するまでの低出力域において,空気量の不足 により PM が増加するという問題があったが,これを解決する手段として 2ス テージターボや可変容量ターボ(VGT:Variable Geometry Turbo)が開発され ている.
1.2.4 排ガス再循環
排ガス再循環(EGR:Exhaust Gas Recirculation)システムはディーゼルエ ンジンのNOxを低減する技術のひとつである.これは機関から排出された燃焼 ガスと空気を混合させて機関に再供給し,排ガス中の不活性ガスによって吸気 の酸素濃度,すなわち燃焼室内の酸素濃度を低下させて希釈燃焼を行わせるも のである.EGR率には一般に次の定義式の値が使われている.
ガス質量 % 吸入新気質量
率= ガス質量 100
EGR
EGR EGR ´
+ (1-1)
図 1-3 に示した通り,このシステムはエキゾーストマニホールドからインテー クマニホールドへ排ガスを還流するための EGR パイプと,排ガスを冷却する EGR クーラおよび吸気へ戻す排ガス量を調整するための EGR バルブから構成 される.排ガスは基本的に新気として供給される空気よりも高温であるため,
排ガスをそのまま空気に混合させると,機関に供給される吸気の温度が高くな り,吸気の充填効率が低下する.そこで排ガスの温度を下げてから新気と混合 させる方式がとられ,このためにEGRクーラが必要となる.
図 1-3 の様に排気タービンの上流で排気を分岐して吸気圧縮機の下流へ還流 させる方式はHPL(High Pressure Loop)-EGRと呼ばれ,現在一般的に採用 されている.これに対し,排気タービンの下流から吸気圧縮機の上流へと排ガ スを還流させるシステムをLPL(Low Pressure Loop)-EGRと呼ぶ.HPL-EGR
の利点は,コンパクトな配管レイアウトと応答性の速さである.反面,排気圧 力を吸気圧力より高める必要があることから排気弁を早目に開放することにな り,ポンピングロスによる燃費の悪化が生じる事や,PMによる吸気系の汚染が 問題となる.一方 LPL-EGR は後処理装置通過後の排ガスを還流させるためガ スの清浄度が高い事や,多量のEGRガスを還流できるためPM発生の抑制効果 が高いことが利点である.また吸気圧縮機の上流側に還流させるため新気との 混合が良く,吸気としての均一性が高いこともメリットである.デメリットと して配管が長くなることや,還流ガスがEGRクーラとインタークーラを通過す るため,過渡運転に対して応答性が悪いことおよび,冷間運転時に暖機が遅く なることが挙げられる.
このHPL-EGRと LPL-EGRを適正な比率で組み合わせ,排ガス低減と燃費
向上を両立させる研究がなされている[9,10].図1-5はHPL-EGRとLPL-EGR の比率を変化させた場合のNOxおよびスモーク濃度である.図中のCondition1 はエンジン回転数1500rpm,EGR率40%の試験であり,Condition2はエンジ ン回転数 2000rpm,EGR率 20%の試験である.Condition2において HPLと LPLの比率が7:3付近でNOx排出量が極小となっており,その理由は酸素濃 度の減少であると報告されている.またLPL比率の増加によって混合気の均一 化が促進されるため,スモーク濃度が減少するとしている,反面,LPL の割合 増加に伴い,COとHCの排出量が増加することも指摘されている.上記の結果
からLPL-EGRの比率を上げればPM排出量の抑制につながるが,NOx やCO
およびHC排出量の観点からHPL-EGRをやめることは得策ではない.
Fig.1-5 NOx emission and smoke opacity according to a portion of HPL and LPL EGR gas [9]
1.2.5 EGR燃焼
ここで希薄燃焼と希釈燃焼の違いについて述べる.前者はリーンバーンとも 呼ばれ,内燃機関において理論空燃比よりも薄い混合気で運転している状態を
指す.ディーゼルエンジンの場合,吸気は絞らずに燃料噴射量によって出力を 調整するため,ほとんどの運転領域が燃焼室全体で見れば希薄燃焼となる.一 般的に燃焼温度は当量比=1付近で最も高くなり,これより空気過剰となった場 合は,空気の主成分がN2であるため吸気中の不活性成分が増加し,燃焼温度が 下がる.また燃料過濃となった場合は不完全燃焼によって燃焼温度が下がる.
EGR によってN2や CO2等の不活性成分を多く含む排ガスを吸気へと戻すと,
吸気中の相対的な酸素濃度が低下するため,いずれの当量比においても燃焼温 度が低下し,NOx の発生が抑制される.これを EGR による希釈燃焼と呼ぶ.
図1-6にEGRによる酸素濃度の低下と,NOx発生量の関係を示す[11].グラフ から EGR 率が 40%以上で NOx 発生量がほぼ 0 になることがわかる.ただし EGR率を過剰に増大させた場合,燃焼効率の低下や不完全燃焼によるPM排出 量の増加を招くこともあるため,適切なEGR率を選択する必要がある.
Fig.1-6 Effect of EGR ratio on NOx emissions[11]
1.2.6 燃焼技術とEGR
近年,排ガス中のNOxおよびPMの排出量を低減する方法として,予混合圧 縮着火(HCCI:Homogeneous Charge Compression Ignition)燃焼が提案さ れている.これはガソリン機関における予混合方式と,ディーゼル機関におけ る自己着火方式を併用した燃焼方法である.ディーゼル機関の混合気は,実際 には均一とは言えないため,HCCI燃焼と区別してPCI(Premixed Compression ignition)燃焼あるいはPCCI(Premixed Charge Compression Ignition)燃焼 と称される[14-18].これを実現するための一つの手法として,圧縮行程の早い 時期に燃料を噴射して,長い着火遅れの後に自己着火させるものが挙げられる.
予混合期間の長期化によって混合気の希薄化が進むことで,燃焼温度の低下に よるNOx排出量減少および噴霧燃料の過濃領域減少によるPM排出量減少の効 果が得られる.一方解決すべき課題としては,着火遅れ期間が長いために燃焼 の制御が難しいことや,未燃 HC や CO の排出量の増加,燃焼効率の悪化など が挙げられている.Kimuraらは膨張行程に燃料を噴射することで低公害化を実 現するMK(Modulated Kinetics)燃焼コンセプトを提案している[12][13].温 度と圧力が低下する最中に燃料と空気を混合することでNOxとPMを同時に低 減し,さらに燃焼温度の低下によって冷却損失が減少するために燃費の悪化を 抑制できると述べている.
これに対し,高圧燃料噴射と多量EGRによる燃焼方法も提案されている.図 1-7は秋濱らの研究によるEGR率によって空燃比を変化させた場合のスモーク 濃度の変化である[16].EGR率の増加に従って当初スモークは増加していくが,
EGR率がある値以上になるとスモークが再度減少する無煙低温燃焼領域がある ことを示している.これは多量の EGRによって燃焼温度がさらに低下し,φ- T マップにおける PM が生成する領域を下回る温度域での燃焼となるためであ る.島﨑らは上死点前かつ上死点近傍で燃料を噴射した場合においても,多量 の EGR などの燃焼制御によって着火遅れを確保することで,燃料を圧縮行程 早期に噴射する場合に問題となる CO や未燃 HC の増加および燃焼効率の悪化 を伴わずに,NOxとPMを低減することが可能であることを示している[17].
図1-8 はRobertらの研究による噴射圧力とEGRが排ガス性状に与える影響
を示している[18].噴射圧力の増加によって,スモークとNOxおよびHCの低 減効果が得られることがわかる.また EGR 率を 40%とした場合,無煙燃焼に よってNOxを大幅に低減できると述べている.このとき可燃混合気内の酸素が 不足する事によって CO と HC の排出量が増加するが,噴射タイミングを上死 点前クランク角 15°~25°とすることで,これらの影響を最小限に抑制できるこ とを示している.
最近では PCI 燃焼技術を用いたクリーンディーゼルエンジンが市場にも投入 されており,多量EGRにおいても必要酸素量を確保するための高過給ターボチ ャージャーの採用や,燃焼室形状の見直しにより燃料と空気のミキシングを促 進することで,後処理装置を搭載することなく NOxとSootの排出量を Euro6 規制値以下まで抑制できることが報告されている.以上に示した燃焼技術の動 向から,EGR はNOx およびPMの低減において非常に重要な役割を担ってい ると言える.
Fig.1-7 Effect of EGR ratio on soot formation and flame color [16]
Fig.1-8 Effects of pressure and EGR on exhaust gas emission characteristics [18]
1.3 EGR クーラ
1.3.1 EGRクーラの役割と構造
現在の排ガス再循環システムにおいては,EGRクーラを用いたクールドEGR を行うことが一般的となっている.高負荷運転中に高温の燃焼排ガスをそのま ま新気と混合させた場合,吸気のガス密度が低下して吸気の充填効率が悪化す る.さらに吸気温度が高くなれば機関で圧縮された後の温度も高くなり,結果 として燃料の混合が十分進まないうちに着火が起こり,PMの排出が増加すると いう問題もある.そこでEGRクーラを搭載してEGRによって還流するガスを 冷却することにより,これらの問題を解決することが一般に行われている.
EGRクーラの基本構造を図1-9に示す.EGRクーラを流れる流体は,一方の 流路がEGRガスであり,もう一方の流路が冷却液である.冷却液の経路はエン ジンの冷却系統の一部に組み込まれており,冷却液には自動車一般に使われて いるLLC(Long Life Coolant)が使用されている.排ガス流路の構造は大別す ると多管式とプレートフィン式に分けられる.多管式のEGRクーラは,汎用の 部品を使用し簡易な構造で製作できるため低コストであるが,熱交換性能を増 すため伝熱面積を大きくするとサイズが大きくなるという問題もある.一方プ レートフィン式の EGR クーラは単位体積あたりの伝熱面積を多く取れるため,
コンパクトで熱交換効率が高いが,反面コストが高くなるという特徴がある.
図 1-10 は,市販車で使用実績のあるEGRクーラの一例である.排ガス流路に おいて,乱流効果を促進して放熱性能を向上させるために,多管式EGRクーラ の場合はベローズ管やスパイラル管が使用されている.またフィン式EGRクー ラの場合は,オフセットフィンやルーバーフィンの使用が見られる.また最近 ではディーゼル車だけでなくガソリン車においても EGR クーラの採用が増え ている.
Fig.1-9 Structure of multi-tube type and Plate-fin type EGR Cooler
Gas flow
Exhaust gas pass line
Cooling water pass line Cooling water jacket
Cooling water pass line Exhaust gas pass line
Plate fin
Gas flow Gas flow
Exhaust gas pass line
Cooling water pass line Cooling water jacket
Gas flow
Exhaust gas pass line
Cooling water pass line Cooling water jacket
Cooling water pass line Exhaust gas pass line
Plate fin
Gas flow
Cooling water pass line Exhaust gas pass line
Plate fin
Gas flow
Fig.1-10 EGR Coolers from market samples
1.3.2 EGRクーラに求められる性能
前述したとおり,EGR クーラを搭載する目的は EGR ガスの温度を下げて吸 気の充填効率を向上させることである.EGR 率を20%として,400℃の排ガス をEGRクーラによって100℃まで低下させた場合,充填効率は約20%向上する.
図1-10に示した通り,現在EGRクーラで必要とされる熱交換性能は,2,000cc
~3,000ccクラスのディーゼル機関において2kW~3kWである.EGRクーラに ガスを流す駆動力となっているのは,排気側と給気側の差圧である.ターボチ ャージャーを搭載したディーゼル機関で,過給により給気側の圧力が上昇した 場合にも十分なEGR量を得るためには,通気抵抗をできるだけ低くすることが 求められる.通気抵抗を下げる手段として,EGRクーラのサイズを大きくする ことが考えられるが,乗用車のエンジンルームはレイアウトの自由度が低いた め,コンパクト性との両立が課題となる.またEGRクーラ入口での排ガス温度 は300℃~600℃となるため,高温に耐える設計が必要となる.さらに耐食要件 としては,EGR ガスに含まれる水分が EGR クーラ内部に凝縮するために起こ る腐食を想定する必要がある.凝縮水には排ガス中のCO2やNOxおよび硫黄分
Test condition
Gas flow:10g/s Gas Temperature :400℃
Coolant flow:10L/min Coolant temperature :80℃
などが溶け込むことが考えられるため,硝酸や硫酸のような腐食性の強い酸性 成分への耐性が必要となる.構造上の耐熱性および耐久性としては,エンジン 排ガスの温度環境下で車載状態での振動に耐える機械的な高温強度が必要とな る.
上記の要件を満たすために,材料として耐熱性と耐食性に優れたステンレス が主に使用される.製法としては多数の接合部位を一度に処理することが可能 であることから,高温炉中ろう付けが用いられる.ろう材には高温強度と耐食 性に優れたNiろうが用いられる.
EGRクーラは燃焼排ガスを直接冷却するものであるため,使用時間の長期化 に伴い流路壁面に燃焼排ガス中の PM が堆積するという問題がある.堆積した PM は熱交換効率を低下させ,排ガスの流路抵抗を増大させる.そのためEGR クーラ内の堆積物の状態と熱交換性能の関係を事前に把握し,長期間にわたっ て要求された性能を維持することが必要となる.
1.4 EGR クーラの諸問題とその対策 1.4.1 EGRクーラが抱える課題
EGRクーラはその要求仕様と使用環境から,以下のような課題を抱えている.
EGRクーラの素材としては高温強度を有するオーステナイトステンレスが用い られてきたが,Ni を多量に含有しているため高価であることや,熱膨張係数が 高く,溶接やろう付け等において熱歪みを生じて組立て後の製品が変形する,
または部品の寸法精度が悪化するという課題があった.そこで最近はフェライ トステンレスの使用が多くなっているが,一般にフェライト系ステンレス鋼は,
700℃以上の高温域においては強度の低下が大きくなる.Ni ろう付けを施す場 合,材料を例えば1100℃以上といった高温に曝す必要があるため,結晶粒の粗 大化を起こして靭性の低下を招きやすい.この問題に対し,フェライトステン レスへのNb元素の添加等による高温特性の改良が行われている.
また実際の使用時には高温の EGR ガスが冷却されることで生じる凝縮水の 問題がある.この凝縮水には,燃料に含まれる硫黄分から排気ガス中に生成さ れる亜硫酸(SO2)ガスに基づく,硫酸(H2SO4),無水硫酸(SO3),NOxに基 づく硝酸(NHO3)等の酸性物質が含まれており,これがそのまま内燃機関の吸 気系に流入すると,シリンダボア内壁面の腐食やオイル劣化を促進するおそれ がある.また配管の配置によってはEGRの出口側に溜まった凝縮水によって堆 積したすすがスラッジになりEGRバルブを固着させることがある.
排ガス中のすすがEGRクーラの伝熱面上に堆積することで,様々な問題が生 じる.すすの熱伝導率は非常に低いため,排ガスの冷却効率を著しく低下させ る.これによりエンジンの吸気系へ再循環される排気ガス温度が高くなり,実
質的なEGR率も低下するため,所望のNOx低減効果が得られなくなってしま う.また堆積物によって排ガス流路の断面積が減少すれば,排ガスの流路抵抗 が増加し,特に HPL-EGR を行う場合に EGR 率を低下させる原因となる.堆 積物によるEGR率の低下を検知するにはEGRクーラの前後に温度センサや圧 力センサを設置する方法があるが,コストの増加やこれらのセンサへのすすの 堆積を考慮すると容易ではない.排ガス流路内に発生した凝縮水が堆積物にし み込み,酸性物質による配管の腐食が生じることもある.このように堆積物が EGRクーラに与える悪影響はかなり大きいと言えるが,固着した堆積物を完全 に除去することは難しいのが現状である.
1.4.2 EGRクーラのすす堆積に関する研究
EGRを行った際の排ガス中のPMについて,Tsurutaらは単気筒のディーゼ ルエンジンを用いて,EGR 条件と空気過剰率による影響を調べている[19].試 験条件はエンジン回転数を 1300rpm,EGR 率を 0%~15%,空気過剰率を 2.3 または2.8としている.排ガス中のスモーク濃度はEGR率の増加と共に大きく なり,排出される PM の最大粒径はスモーク濃度と正の相関があることを示し た.また排ガス中のPMの総数は106~107個/cm3であり,最大粒径は約300nm であった.さらに EGRガスが高温のホットEGR と,低温のコールドEGRの 比較においては,後者の方が最大粒径の PM個数濃度および PMの総数が多く なったことを示している.
PM の堆積がEGRクーラの熱交換性能に与える影響については,Zhanらが
内径4.6mmの排ガス流路を持つ小型のシェル-チューブ型熱交換器に,PMを
含む高温の排ガスを流した際の熱交換性能について調べている[20].負荷2.3kW の条件で連続運転を実施しており,12 時間で熱効率は一定値に漸近し,熱抵抗 は初期値の150%,圧力損失は初期値の200%増加したと報告している.また熱 交換器内の排ガス流れと熱抵抗の変化の関係つい sdv て調べ,運転開始初期の 短期間ではレイノルズ数が大きいほど熱抵抗の増加速度は速くなるが,長期間 の時間経過に対しては排ガス流れによる影響は大きくないことを示した.
EGRクーラの形状やサイズが異なる場合の熱交換性能劣化については,以下 の報告例がある[21-23].新井らは形式の異なる数種の EGR クーラのすすの堆 積による熱交換性能の劣化について報告している[22].図 1-11 は EGR クーラ の熱交換性能と圧力損失の関係を示している.一般的な特性として,圧力損失 と熱交換量には相関があり,同等のサイズで熱交換性能を高めると圧力損失も 増大する.No.1~4のEGRクーラは同じライン上にあり,熱交換と圧力損失の 両者を考えた総合性能としては同じレベルであると言える.図1-12は運転時間 の経過に伴う EGR クーラの放熱量の推移を示している.すすの堆積によって,
劣化度合いが大きいものでは初期値の 40%以下にまで放熱量が低下している.
図 1-11 と図1-12を用いてEGR クーラNo.1 とNo.2 を比較すると,高圧損か つ低容量タイプであるNo.1の方が時間経過による熱交換性能の劣化が大きいこ とがわかる.これは排ガス流速が大きく熱伝達率が高いことで初期の熱交換性 能は高い反面,伝熱面上の堆積物の影響も大きくなると言える.一方低圧損か つ高容量タイプである No.2 のサンプルは,時間経過に伴う性能劣化が少なく,
長時間使用を前提としたEGRクーラの評価に従えば,No.1よりもNo.2の方が 実用上優れていると言える.
柴﨑らはサイズの異なる多管式とプレートフィン式の EGR クーラ数種類に ついて,堆積物の質量と熱交換性能劣化の関係性を報告している[23].図 1-13 のグラフは,横軸が伝熱面上のすすの堆積厚み,縦軸が熱交換量の初期値から の低下の割合を示している.EGRクーラの排ガス流路構造やサイズが異なる場 合でも,すすの堆積厚みと熱交換量の低下割合の間には一定の関係があること が示されている.またスモーク濃度が高くなると熱交換量の低下割合が大きく なっているが,これはエンジンの負荷運転状況によってEGRクーラを流れる排 ガス性状に差異が生じるためであると述べている.
Fig. 1-11 Performance of EGR Cooler [22]
Fig.1-12 Deterioration of EGR Cooler performance [22]
0 10 hours
100%
40 hours 30 hours
20 hours 75%
50%
25%
0%
Elapsed time EGR Cooler performance EGR Cooler No. 2
EGR Cooler No. 1 EGR Cooler No. 5
EGR Cooler No. 6
Elapsed time
EGR Cooler performance
EGR Cooler No. 2
EGR Cooler No. 1
EGR Cooler No. 3
EGR Cooler No. 4
8 Heat transfer quality per pressure drop [kW/kPa]
0 2 4 6
2 4 6 8
0
Heat transfer quality per volume [kW/Litter]
Gas flow rate :50 [㎏/hr]
Gas temperature :400 [℃]
Cooling water flow rate :10 [Litter/min]
Cooling water temperature :80 [℃]
Heat transfer quality per pressure drop [kW/kPa]
Heat transfer quality per volume [kW/kPa]
Fig.1-13 Heat transfer performance deterioration ratio about 10% smoke test and 30% smoke test [23]
1.4.3 EGRクーラの性能劣化対策
EGR クーラの性能劣化抑制を目的として,EGR クーラの流路構造やエンジ ンの運転条件がすすの堆積に与える影響について様々な研究がなされている.
Usuiらは平板およびリブレットにおけるすす堆積状況と環境温度の関係につい て報告している[24].それによれば,すすの堆積量は排ガスと伝熱面の温度差が 大きくなるほど多くなる.またリブレットの効果については,温度差が大きい 場合はリブレットをつけるとすすの堆積量が少なくなるが,温度差が小さい場 合はリブレットによりすすが堆積しやすくなるとし,このような現象は粒子の 壁面近傍における流体力学的挙動によるものであると述べている.
Lanceらは排ガス流路内に波状フィンを設置した多管式EGRクーラを用いて,
エンジンの運転条件とすすの堆積状況について調べている[25].表1-1は 19の エンジン運転条件おいて EGR クーラの熱交換性能が一定となるまで運転を行 い,劣化の大きい条件(Most)と劣化の小さい条件(Least)を明示している.
実験の結果,高EGR率,低排ガス温度の条件では排ガス中のPMとHCの量が 増加するため,熱交換性能の劣化と圧力損失の低下が最も大きくなることを示 した.一方排ガス温度が高い場合は堆積層表面に多数のひび割れが生じるため,
同時に排ガス流量を大きくした場合はすす堆積層の破砕が起こり,性能劣化に 対しては有利であるとしている.
EGR クーラの上流側にPMをトラップする DPFを設置する方法も検討され ている.ZhanらはFT-DPF(Flow Through型) とWF-DPF(Wall Flow型)に よるシステムの圧力損失を比較している[26].この結果WF-DPFはFT-DPFに 比べて圧力損失が大きいが,すすの除去効率も高いことを明らかにした.DPF
Thickness of EGR deposits hPM μm Heat transfer performance deterioration ratio β ○ Sample A
● Sample B
◇Sample C Sample D Sample E Sample F Smoke 10 %
Smoke 30 %
0 4 8 12 16
0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
Thickness of EGR deposits hPM mm Heat transfer performance deterioration ratio b
とEGRクーラの両者を含めた圧力損失を検討した場合には,すすの堆積により 圧力損失が増大したEGRクーラの圧力損失が大きいため,総合的にWF-DPF を採用するほうがシステムとして有利であると報告している.
Table1-1 The design of experiments summary for 19 coolers.
Only the scaled or general operating condition (L = Los, M = middle, H = High) are shown. [25]
1.5 EGR クーラにおける堆積物
1.5.1 本研究における堆積物の呼称
本論文では EGR クーラの伝熱面上に堆積して伝熱性能を阻害する物質につ いて,物性等を特定する必要がなく全体の概念として用いる場合にはこれを単 に「堆積物」と記述している.EGR クーラに堆積する物質は,排ガス中のPM がその主要部分であることは明らかである.粒子状物質の呼称である PM
(Particulate Matter)は排気煙をフィルタに通して捕集された微細物質の呼称 であり,それが液体粒子であるか固体粒子であるかについて,またその成分に ついて明確に規定されているものではない.またすす(Dry Soot or Soot)につ いてはPM中のSOF成分を除去した残りの炭素質成分と言われているが,物質 としての物性値が定まっているものではない.本研究では粒子状物質としての PMやすすを取り扱うことは少なく,主にこれらの粒子がEGRクーラの伝熱面
上に堆積して形成した層状の物質を対象として考察を行っている.本論内では この層状物質を「すす堆積層」と記述している.また排ガス中に含まれる粒子 状物質を表すために,「すす」や「PM」といった用語を適宜使用している.
1.5.2 堆積物の特性
排ガス中の PM は可溶有機分(SOF:Soluble Organic Fraction)と不溶分
(ISF:Insoluble Organic Fraction)に分けられる.SOFの構成成分は未燃焼 燃料と潤滑油であり,ISFの構成成分はすすおよび硫黄酸化物である.PM中の SOF の割合はエンジンの運転状態によって大きく左右され,また硫黄酸化物の 割合は,燃料中の硫黄分に大きく影響される[27].
図1-14はディーゼルPMの粒径であり,数nm~数百nmの範囲に分布して いることがわかる[28].また図1-15はディーゼルPMの形態の模式図を示して おり,一般的には元素状の炭素であるすすの周囲に比較的沸点の高い有機物や 硫酸塩が吸着した構造であると考えられている[29].小川は軽油組成と排気中炭 化水素およびPM中の炭化水素の組成を調べ,SOFの主成分は排気中炭化水素 の高沸点分であり,軽油中に含まれる310℃以上での蒸留残油に相当する部分で あることを報告している[30].図 1-16 は小川の報告による排気温度に対する SOFとISFおよびPMの関係を示している.SOFとISFが排気温度に対して トレードオフの関係にあり,PMの排出量は排気温度500℃付近で極小値を示す ことがわかる.
Fig.1-14 Diesel aerosol size distribution [28]
Fig.1-15 Schematic representation of diesel particulate matter (PM) formed during combustion [29]
Fig.1-16 Relationships between exhaust gas temperature and SOF, ISF or PM [30]
1.5.3 EGRクーラの伝熱性能と堆積物
EGRクーラの伝熱性能と堆積物の関係について,一般的な概念を述べる.堆 積物の変化としては,(1)堆積質量の増減,(2)堆積厚みの増減,(3)堆積物の質的 な変化が挙げられる.EGRクーラの伝熱性能の変化(劣化の進行,劣化の停止,
劣化の回復)はこれらのバランスによって決定されると考えられる.以下では それぞれの概念について説明する.
(1)堆積質量
堆積物の質量を増加させる要因は排ガス中の固体成分の付着,排ガス中の気 体成分の表面吸着や凝縮などが考えられる.具体的には固体粒子としてのすす の付着,未燃焼燃料や水分の凝縮が挙げられる.一方堆積物の質量を減少させ る要因としては,固体成分の物理的な離脱,堆積物中の液体成分の蒸発,堆積 物の熱分解や酸化分解が考えられる.
(2)堆積厚み
堆積物の厚みを増減させる要因としては,当然すすの堆積量そのものが挙げ られるが,その他にかさ密度の増減がある.すす堆積層は空隙を多く含むため,
その密度はすす粒子の真密度に比べて小さくなる.過去の研究例からEGRクー ラに堆積するすす堆積層の空隙率は 90%以上という報告もあるため[31],空隙 率の増減,すなわち堆積物の構造変化による堆積厚みへの影響も無視できない と考えられる.
(3)堆積物の変質
EGRクーラ内は通常は高温の排ガスが流れるため,堆積するすすはほぼ乾燥 状態であると考えられる.ただし冷間運転時のように排ガスや冷却水の温度が 低温の場合は,未燃焼燃料や水分の凝縮が発生しやすい環境となるため,これ らによる堆積物の変質が起こる可能性がある.一般的に熱伝導率は気体よりも 液体の方が大きいため,すすの堆積層に含まれる空隙が液体成分で満たされた 場合には堆積層の熱伝導率は大きくなると考えられる.
1.5.4 すすの堆積メカニズム
ここでは固体としてのすす粒子を対象として,すすがEGRクーラの伝熱面上 に堆積するメカニズムについて記述する.図1-17は熱泳動によってすすが伝熱 面上に堆積する様子と,排ガス流れによって堆積したすすが離脱する様子を模 式的に表すものとして,Stylesらによって提示されている[32].排ガス中を流れ るすすは,伝熱面と排ガスの間の温度勾配によって生じる熱泳動によって壁の 方へ引き寄せられる[33-36].すす粒子に働く力はその他に静電気力,重力,浮 力等が挙げられるが,これらの影響は熱泳動と比較して非常に小さいことが報 告されている[36,37].またエンジン始動直後や低負荷運転時のように,排ガス 温度が低い場合,壁面やすす表面に付着する凝縮未燃焼燃料が増加し,すすの 堆積を促進することが考えられる.一方図 1-12 に見られるように,EGR クー ラの熱交換性能は,すすの堆積によって無制限に劣化するのではなく,ある一 定値に漸近する.これはすすの堆積による増加分と離脱や表面での反応による 減少分がつりあうためと考えられる.伝熱面上に堆積したすすが離脱するメカ ニズムについては,排ガス流れによるせん断力やすす粒子同士の衝突などが挙 げられている.[38, 39]
Fig.1-17 Deposition of Exhaust Constituents on EGR Cooler Walls [31]
1.5.5 すす粒子に働く熱泳動力
熱泳動によるすす粒子の移動速度と温度勾配の関係は次式で表される[35]. T
Kth T
Ut Ñ
× -
= n
(1-1)
ここでUtは熱泳動速度,Kthは熱泳動係数,νは流体(ここでは排ガスに相当す る)の動粘性係数である.また T および∇T は,それぞれ雰囲気温度およびす すと伝熱面の間の温度勾配を表す.熱泳動係数Kthは粒子サイズによって様々な 値をとることが知られており,サイズの影響は Kundsen 数(Kn)と呼ばれる 無次元数で整理される.Knは気体の平均自由行程と粒子の代表径の比で定義さ れており,気体の希薄の程度と粒子径の相対的な関係を表す.Kn>10となる領 域は自由分子流れ領域と呼ばれ,熱泳動の影響は最も大きくなる.またKnが1
~10までの領域をすべり流れ領域,Knが0.01から1までの領域を遷移領域と 呼び,Knの減少に伴って熱泳動の影響は小さくなる.Knが0.01以下の場合は 連続領域と呼ばれ,ここでは熱泳動はほとんど発生しない.すすに関しては一 次粒子径(数十 nm)が自由分子流れ領域,凝集体サイズ(mm)が遷移領域に 相当する.Kth について,すべての領域を網羅する数式は存在しないが,燃焼 場で生成されるすす粒子の熱泳動挙動に関してはKth = 0.55とすると実測値と 比較的合うという研究結果が報告されている[40].
1.5.6 堆積物の離脱および除去のメカニズム
EGRクーラ内の堆積物の離脱および除去に関する研究例を紹介する.Sluder らはEGRクーラに堆積したPMが排ガスの流れによって除去される条件につい て調べている[39].外径6.4mm の試験用 EGRチューブをエンジン試験装置に 取り付け,0.049kg/min と 0.073kg/minの排ガス条件下で8 時間運転してPM を堆積させた後,PM フィルタで PM を除去した排ガスを同一流量で 2 時間流
す 実 験 を 行 っ た . 両 条 件 と も 試 験 時 間 8 時 間 ま で は 堆 積 物 の 熱 抵 抗 が
0.01m2K/W程度まで徐々に増加し,その後PMを含まないガスを2時間流して
も PM除去によって熱抵抗が減少する状況は見られなかった.次に PMが堆積 した試験用チューブに外部から空気を供給し,チューブ出口側から排出される PMを計測したところ,ガス流量0.09kg/minでPM排出量が著しく増加する結 果を得た.図1-18はPM排出量がガス導入直後にピークを示し,その後指数関 数的に減少する様子を示している.この結果,堆積した PM を離脱させるため
には 42m/s 以上のガス流速が必要であると述べている.さらに排出された PM
に対して SEM 観察を行ったところ,1mm以上の粗大な粒径の PMが観測され ており,堆積前と離脱後でPMの性状が変化していることを示している.
Singhらは堆積物によって性能が劣化したEGRクーラの伝熱性能の回復につ
いて調べている[41].試験には1.9Lのディーゼルエンジンおよび外径8mm,長
さ200mmのコルゲートチューブを持つ多管式EGRクーラを用いている.最初
にFSN=2.0(FSN:Filter Smoke Number),排ガス流量600SLPMのスモー ク濃度が高い条件で90分間の運転を行いEGRクーラの性能劣化を計測した(予 備暴露試験).その後スモーク濃度の低い,表 1-2 の条件で 90 分間の暴露試験 を 行 っ た . 表 1-2 に 示 し た 暴 露 試 験 の 条 件 は , 凝 縮 が 起 き な い 条 件
(PostExp-Dry),凝縮が起こりHC濃度が高い条件(PostExp-HC),凝縮が起 こりHC濃度が低い条件(PostExp-H2O)に分けられる.この暴露試験の後,
予備暴露試験と同一の条件で90 分間の運転を行った(最終暴露試験).図1-19 は暴露試験による熱交換性能の変化を示す.予備暴露試験によってEGRクーラ の熱交換率は60%から40%に低下するが,PostExp-HCおよおびPostExp-H2O の条件で暴露試験を行った場合は,その後の最終暴露試験において大きく熱交 換率が回復している.熱交換率の回復率を,予備暴露試験開始直後と最終暴露 試験開始直後(図1-19のSample Point 1と7)の熱交換率の比で定義した場合,
PostExp-H2Oの条件では100%,PostExp-HCの条件では80%の回復率であっ たのに対し,PostExp-Dryの条件では15%の回復率であった.熱交換率が回復 する要因としては堆積物の流れによる剥離と堆積層の形態変化が考えられるが,
この試験においては凝縮した液滴による堆積層の形態変化の影響が大きいと推 測している.
なおEGRクーラをHPL(High Pressure Loop)として使用する場合,EGR クーラを流れる排ガスの圧力も高くなり,それに伴って水蒸気の露点温度も高 くなるため,排ガス中の水蒸気の冷却による凝縮水は重要な問題となる.例え ば大気圧(0.1MPa)にて露点が40℃の排ガスは2気圧(0.2MPa)の状態では 露点が52℃となる.
Fig.1-18 EEPS particle trends for step-wise changes in air flow [40]
Table1-2 Parameters adjusted during exposure period [41]
Fig.1-19 Plot of EGR cooler effectiveness for different condensate exposure conditions
1.6 研究の概要 1.6.1 研究の目的
ここまでに述べた通り,EGRはディーゼルエンジンの排ガス浄化において非 常に重要な技術となっている.また今後のさらなる高EGR率化に対応するため には,EGRクーラの熱交換性能と通気抵抗を長期間一定水準で維持することは 非常に重要な課題である.EGRクーラの熱交換性能の劣化を防止し,性能を初 期の設計値のまま維持するためには,堆積物を除去する必要がある.その方法 として次の2つの方法が考えられる.
第1の手法は,EGRクーラ内を流れるEGRガス中に含まれる成分がEGRク ーラの熱交換壁面に接しても付着せずに流出させるようにすることである.この 方法には,いったん付着したものを飛散させ,熱交換性能を回復させることも 含まれる.第 2 の手法は,酸化により除去する方法である.堆積する成分は主 に炭素を主成分としているので,酸化により除去することが可能である.この 酸化の方法としては,触媒を使用し燃焼温度を下げて燃焼させる方法や,電気 ヒーターにより強制的に高温を得て燃焼させる方法,負荷運転時の高温の排ガ ス温度を利用して燃焼させる方法などが考えられる.
これらの手法を実現化するためには,エンジンの運転状態やEGRクーラ内の 排ガス流れによるすすの堆積挙動や,堆積物そのものの特性を知ることが重要 となる.そこで本研究では,エンジンの運転開始条件を変えてEGRクーラの熱 交換性能試験を実施し,すすの堆積と性能の劣化挙動を調査する.またこのと き堆積したすすについて種々の分析を行い,その差異について考察する.次に エンジンの運転によって EGR クーラの伝熱性能を回復させる条件について実 験的に調査し,そのメカニズムを考察する.これらの結果からEGRクーラの性 能回復策を提案することを本研究の目的とする.
1.6.2 研究対象とするEGRクーラの形式
EGRクーラの形式としては,多管式とプレートフィン式に大別される.一般 的に多管式は低コストかつ低性能,プレートフィン式は高コストかつ高性能で あると言われている.EGRクーラに堆積するPMを抑制または除去する目的は,
EGRクーラの性能を維持し,設計段階で要求される熱交換性能を下げることで ある.これは EGR クーラに必要なサイズや伝熱面積を小さくすることであり,
製品の低コスト化が可能となる.また多管式とプレートフィン式を堆積物の蓄 積や除去の観点から検討した場合,多管式の方が構造が簡単であり,堆積物へ の対処も楽であると考えられる.さらに堆積物の挙動や特性を基本的に把握す る場合には,プレートフィン式よりも多管式の方が伝熱面の温度が均一になり やすく,解析も容易であると考えられる.以上の理由から,本研究では多管式
EGRクーラを用いて研究を行うこととする.
r
1.6.3 本論文の構成
第1章 緒論
本研究で対象とする EGR クーラについての一般的な背景を記述した.EGR クーラの抱える諸問題を挙げ,PMの堆積による熱交換性能の劣化に対して研究 を行うことを示した.
第2章
本研究で用いたEGRクーラおよび試験装置について記述する.エンジンベン チシステムを用いたEGRクーラの熱交換性能の計測方法および,評価に使用す る各種値の算出方法について説明する.またすす堆積試験時のエンジン運転条 件であるJE05モードについて説明する.
第3章
JE05モードによるEGRクーラのすす堆積試験を,エンジン始動条件および排 ガス流量を変えて行い,熱交換性能の劣化挙動を評価する.またホットスター ト試験後とコールドスタート試験後の排ガス流路の断面観察を行い,それぞれ の堆積状態の差異について考察する.
第4章
低温のエンジン運転がすすの堆積状態に与える影響を調査するために,性能 劣化後のEGRクーラに対してコールドスタート試験を行い,熱交換性能の変化 を計測する.また異なるエンジン運転条件によって堆積したすすに対して成分 分析および熱重量分析を行う.これらの結果の考察から,EGR クーラの熱交換 性能を回復させる要因について推測を行う.
第5章
EGRクーラの熱交換性能の回復挙動について,その発生条件を明らかにする ために試験を行う.EGRクーラを流れる排ガスと冷却水の状態が熱交換性能に 与える影響を調査し,性能回復処理として有効なエンジン運転条件および EGR 作動条件を検討する.
第6章
本研究で得られた結論を述べる.
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第 2 章 実験装置および実験方法
2.1 試供EGR クーラとエンジンベンチシステム
2.1.1 試供EGRクーラ
本研究で用いたEGR クーラの構造および仕様をそれぞれ図2-1に示す.各部
材にはSUS304を使用している.排ガス流路の形式は多管式であり,内管にはら
せん溝つき管を使用している.らせん溝の形状についてはピッチと深さの異な る2種類を用意した.本論文では溝が深くピッチが短いらせん溝を持つEGRク ーラを形状 A(深溝,短ピッチ),溝が浅くピッチが長いらせん溝をもつ EGR クーラを形状 B(浅溝,長ピッチ)と表記する.表中の S はらせん管 7 本の溝 付部分とストレート部分を併せた総伝熱面積であり,形状Aが524cm2,形状B
が412cm2となっている.クーラのサイズは外管の外径がφ54 mm,内管の外径
がφ12.7 mm,熱交換部の長さが170mm ,内管の本数が7本であり,質量は 約1 kgである.
Fig.2-1 Test sample of EGR-cooler
2.1.2 試供エンジン
試験に使用したディーゼルエンジンは,排気量 3.0 リットルの水冷直列 4 気 筒直噴エンジンで.燃料の噴射はジャーク式の分配型燃料ポンプと噴射弁によ る方式である.また2001年以降の新短期規制に適合している.圧縮比は18.5,
27.5mm
15mm 170mm
φ52mm(I.D.)
φ11.9mm(I.D.)
0.4mm 3.8mm
1.35mm 0.6mm
6.0mm 1.0mm
Surface area = 524cm2 Surface area = 412cm2
(A) (B)