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国家賠償請求訴訟における保護範囲論について――最高裁判決の分析と展望――

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(1)

国家賠償請求訴訟における保護範囲論について――

最高裁判決の分析と展望――

著者

中原 茂樹

雑誌名

法学

83

3

ページ

149-173

発行年

2020-01-28

URL

http://hdl.handle.net/10097/00127066

(2)

はじめに

 国家賠償請求訴訟(以下А国賠訴訟Бという)において,原告が主張する被 侵害利益が,当該利益に関わる行政機関の権限を定めた法令(以下А根拠法 令Бという)によって保護されているかという問題(以下А保護範囲論Бとい う)は,どのように考慮されるべきか。本稿では,この問題に関する最高裁 の判例の考え方を整理・分析した上で,目下,最高裁の判断が注目されてい る,建設アスベスト訴訟における労働者以外の者(一人親方等)の救済のあ り方について検討する。

Ⅰ 保護範囲論と反射的利益論

 国賠訴訟における保護範囲論については,抗告訴訟の原告適格における反 射的利益論との関係が問題とされ,国賠訴訟における反射的利益論の肯定 説,否定説等の形で問題が立てられることがある(1)  抗告訴訟の原告適格における反射的利益論は,最判昭和 53 年 3 月 14 日民 集 32 巻 2 号 211 頁(主婦連ジュース訴訟)等によって定式化されたものであ る。それによると,原告適格を基礎付けるА法律上保護された利益とは,行 論 説

 国家賠償請求訴訟における保護範囲論について

ИЙ最高裁判決の分析と展望ИЙ

中 原 茂 樹

(1) たとえば,西埜章㈶国家賠償法コンメンタール〔第 2 版〕㈵(勁草書房,2014 年)226 234 頁。

(3)

政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の 行使に制約を課していることにより保障されている利益であって,それは, 行政法規が他の目的,特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課 している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別され るべきものであるБとされる。その上で,一定の類型に属する者の利益(た とえば,景表法の規定によりА一般消費者Бが受ける利益)が反射的利益にすぎな いと性質決定されると,たとえ原告側が被侵害利益の内容等に着目して,特 定範囲の者(たとえばА果汁等を飲用する特定範囲の者Б)に限定して原告適格 があることを主張しても,反射的利益を有するにすぎないとされた者(上記 の例ではА一般消費者Б)について一括して原告適格が否定される。  上記のような反射的利益論は,国賠訴訟においても国または公共団体側か らしばしば主張され,これを是認する裁判例もあること(2)から,国賠訴訟に おける反射的利益論の妥当性が議論されてきた(3)。この点につき,少なくと も現在の最高裁は,以下のとおり,国賠訴訟における保護範囲論との関係で 基本的に反射的利益概念を用いない立場を採っていると考えられ,それは妥 当な方向であると思われる。  前提として,もともと反射的利益概念が用いられていた抗告訴訟の原告適 格論において,最高裁は,最判昭和 57 年 9 月 9 日民集 36 巻 9 号 1679 頁 (長沼ナイキ基地訴訟)を最後に,反射的利益概念を用いなくなっている(4) そもそも反射的利益概念は,原告適格に関する初期の最高裁判決において, (2) 西埜・前掲注 1,228 頁参照。 (3) この問題に関する 1987 年時点での裁判例・学説を詳細に分析・考察した重要 な業績として,稲葉馨А国賠訴訟における㈶反射的利益論㈵Б菅野喜八郎=藤 田宙靖編㈶小嶋和司博士東北大学退職記念 憲法と行政法㈵(良書普及会,1987 年)595 頁以下がある。 (4) 乃松生史А犯罪捜査・公訴権の行使に関する国家賠償請求訴訟と㈶反射的利 益㈵論Б佐藤幸治=泉徳治編㈶滝井繁男先生追悼論集 行政訴訟の活発化と国 民の権利重視の行政へ㈵(日本評論社,2017 年)178 頁参照。

(4)

А原告がなんらかの不利益を受けているにもかかわらず,それに対して法的 保護を与えないことを正当化する説明概念Б(5)として用いられたものと考え られる。しかし,その後,原告適格の判断基準に関する判例・学説の議論が 成熟し,2004 年には行政事件訴訟法が改正されて 9 条 2 項が追加されたこ とから,議論の重点は,原告適格を認めるための具体的基準とその適用方法 に移ってきている。そのような具体的検討においては,一定の類型に属する 者の原告適格を概括的に否定することを説明・正当化する反射的利益概念 は,有用性を持たず,むしろきめ細かい検討の妨げになるおそれがある。そ の意味で,最高裁がこの概念を用いなくなっていることには理由があると考 えられる。  そして,国賠訴訟における保護範囲論との関係でも,最高裁は,基本的に 反射的利益概念を用いていない。もっとも,最判平成 2 年 2 月 20 日判時 1380 号 94 頁は,А被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利 益は,公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的に もたらされる事実上の利益にすぎず,法律上保護された利益ではないという べきである。したがって,被害者ないし告訴人は,捜査機関による捜査が適 正を欠くこと又は検察官の不起訴処分の違法を理由として,国家賠償法の規 定に基づく損害賠償請求をすることはできないБとしている。また,最判平 成 17 年 4 月 21 日判時 1898 号 57 頁は,上掲平成 2 年判決を引用した上で, А犯罪の被害者は,証拠物を司法警察職員に対して任意提出した上,その所 有権を放棄する旨の意思表示をした場合,当該証拠物の廃棄処分が単に適正 を欠くというだけでは国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることが できないБとしている。しかし,これら以外の最高裁判決は,後掲Ⅱで検討 するとおり,国賠訴訟における保護範囲論との関係で反射的利益概念を用い (5) 乃松・前掲注 4,178 頁

(5)

ていない。  上掲平成 2 年判決は,被害者ないし告訴人の利益が一般的に(具体的事情 の如何にかかわらず)犯罪捜査および公訴権行使による保護範囲に含まれない ことを示すために,反射的利益概念を用いたものと考えられる。しかし,被 害者ないし告訴人の利益を概括的に反射的利益とする考え方は,学説から強 く批判されており,少なくとも犯罪被害者保護が法制度上重視されるように なった現時点においては,見直しが必要と解される(6)。そして,上掲平成 2 年判決(およびそれを引用する上掲平成 17 年判決)以外の最高裁判決が,国賠 訴訟における保護範囲論との関係で反射的利益概念を用いていないのは,後 掲Ⅱで検討するとおり,一定の類型に属する者による国賠請求を一律に否定 するのではなく,加害行為の態様および被侵害利益の内容,性質等を個別に 検討することを可能にする判断枠組みを採用しているためと解される。  この問題に関する学説は,①抗告訴訟における反射的利益論をそのまま国 賠訴訟に持ち込むことを否定するが,国賠訴訟においても反射的利益概念を 用いるべき場合があることは否定しない説(7),②国賠訴訟において反射的利 益概念を用いることを否定するが,国賠訴訟においても保護範囲論が問題と なりうることは否定しない説(8),③抗告訴訟における反射的利益論と共通の (6) 乃松・前掲注 4,190 199 頁。なお,上掲平成 17 年判決には,泉徳治裁判官の 反対意見が付されている。 (7) 阿部泰隆㈶国家補償法㈵(有斐閣,1988 年)185 頁,芝池義一㈶行政救済法講 義〔第 3 版〕㈵(有斐閣,2006 年)263 264 頁,等。西埜・前掲注 1,229 231 頁は,これをА例外的肯定説Бと呼ぶ。なお,宇賀克也㈶行政法概説Ⅱ〔第 6 版〕㈵(有斐閣,2018 年)455 頁は,Аこのこと〔抗告訴訟と国賠訴訟とで反射 的利益論の持つ意味が異なること〕さえ前提として確認しておくならば,国家 賠償請求訴訟に関しても,㈶反射的利益㈵という用語を使用することが否定さ れるべきいわれはないであろう。しかし,この用語を使うことによって,抗告 訴訟の原告適格の判断基準をストレートに国家賠償請求に持ち込む危険性が生 ずることには,十分留意が必要であろうБと指摘する。 (8) 沢井裕А規制権限不発動と国の責任Б法律時報 57 巻 9 号(1985 年)10 頁,中 原茂樹А規制権限の不行使と国家賠償責任Б法学教室 383 号(2012 年)28 頁,

(6)

考慮要素を含む保護範囲論を国賠訴訟に持ち込むこと自体を否定する説(9) 等に分類できる。上述の最高裁の立場は,基本的に②説に立つものと解する ことが可能であり,また,それは妥当な方向であると思われる。このことに ついて,Ⅱで具体的に検討する。

Ⅱ 国賠訴訟における保護範囲論Ё最高裁判決の分析

 以下では,国賠訴訟における保護範囲論に関する最高裁の考え方を探る上 で重要と考えられる 3 つの判決を検討する。 1 宅建業者事件最判 (1)事案と判旨  国賠訴訟における保護範囲論に関する考え方を示す最高裁判決として,ま ず参照すべきは,最判平成元年 11 月 24 日民集 43 巻 10 号 1169 頁(以下А宅 建業者事件最判Бという)である。事案を簡略化して示すと,次のとおりである。 下山憲治А国家賠償訴訟における保護範囲論(再論)Ё建設アスベスト訴訟を 題材にЁБ碓井光明=稲葉馨=石崎誠也編㈶西埜章先生・中川義朗先生・海老 澤俊郎先生喜寿記念 行政手続・行政救済法の展開㈵(信山社,2019 年)384 頁,等。 (9) 西埜章㈶国家賠償法㈵(青林書院,1997 年)219 220 頁は,А国賠訴訟において は,現実に発生した損害の賠償が求められているのであり,それが法的に保護 された利益の侵害であるのか,それとも単なる反射的利益の侵害にすぎないの かは,本来国賠責任の成立を直接左右するものではないБとしており(上記は 損害要件に関する検討部分であるが,同書 57 頁は,違法性要件についても, А違法な侵害行為によって損害が発生していることで十分である。違法性の有 無は,㈶個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背㈵するか否かと いうこととは直接関係しないБとしている),保護範囲論そのものを不要とす る見解とも解される(同・前掲注 1,234 頁も参照)。本多滝夫А行政救済法に おける権利・利益Б磯部力=小早川光郎=芝池義一編㈶行政法の新構想Ⅲ㈵ (有斐閣,2008 年)233 234 頁は,この見解をА反射的利益全面否定説Бと呼 んだ上で,不法行為責任における損害補填は相当因果関係の範囲内にある損害 に限られるから,結局,損害を被害者・加害者のいずれに負担させるべきかに ついての法的評価を避けることはできない旨を指摘している。

(7)

 A 社は,昭和 47 年 10 月,京都府知事から宅地建物取引業法(宅建業法) に基づいて宅建業者の免許を受け,昭和 50 年 10 月,免許の更新を受けた。 しかし,実質上の経営者である B は,当時,宅建業法違反による刑事訴追 中で,免許更新が行われたのはその執行猶予中であり,免許更新の欠格事由 (宅建業法 5 条 1 項)に該当していた。B は,他人所有の土地建物を取得して 購入者に移転できる可能性はないのに,これを A 社所有の建売住宅として 売り出し,昭和 51 年 9 月,その旨を信じた X に売却して代金の支払いを受 けた。しかし,A 社はこれを他に流用したため,X は本件土地建物の所有 権を取得できなかった。A 社の取引に関する苦情の申出は,上記免許更新 直前の昭和 50 年 9 月にあったのが最初であるが,同免許更新後も苦情が相 次いだため,京都府の担当職員は,A 社と被害者との交渉の経過を見守り ながら被害者救済の可能性を模索しつつ行政指導を続けた。しかし,救済の 実現が危ぶまれるうえに新たな苦情も続いたため,昭和 52 年 4 月に至り, 京都府知事は,宅建業法 66 条に基づき A 社の免許を取り消した。X は,知 事が①A 社に免許を付与し更新したことおよび②業務の停止や免許の取消 しをしなかったことによって損害を被ったとして,京都府(Y)に対し賠償 請求した。  上記のうち,①の免許付与・更新については,宅建業法の定める欠格事由 に該当しているにもかかわらずなされたのであるから,処分要件を満たさな いという意味で違法であることは明らかである。しかし,最高裁の判例は, 基本的に,抗告訴訟における違法性と国賠訴訟における違法性は同一ではな いという違法性相対説に立っており,かつ,国賠法 1 条の違法性を,公務員 が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することと捉えてい る(最判昭和 60 年 11 月 21 日民集 39 巻 7 号 1512 頁参照)ため,本件免許付与・ 更新が原告 X との関係で国賠法上違法となるかが問題となる。  この点につき,最高裁は,宅建業法がА免許制度を設けた趣旨は,直接的

(8)

には,宅地建物取引の安全を害するおそれのある宅建業者の関与を未然に排 除することにより取引の公正を確保し,宅地建物の円滑な流通を図るところ にあり,監督処分権限も,この免許制度及び法が定める各種規制の実効を確 保する趣旨に出たものにほかならない。もっとも,法は,その目的の一つと して購入者等の利益の保護を掲げ(1 条),宅建業者が業務に関し取引関係者 に損害を与え又は与えるおそれが大であるときに必要な指示をする権限を知 事等に付与し(65 条 1 項 1 号),営業保証金の供託を義務づける(25 条,26 条)など,取引関係者の利益の保護を顧慮した規定を置いており,免許制度 も,究極的には取引関係者の利益の保護に資するものではあるが,前記のよ うな趣旨のものであることを超え,免許を付与した宅建業者の人格・資質等 を一般的に保証し,ひいては当該業者の不正な行為により個々の取引関係者 が被る具体的な損害の防止,救済を制度の直接的な目的とするものとはにわ かに解し難く,かかる損害の救済は一般の不法行為規範等に委ねられている というべきであるから,知事等による免許の付与ないし更新それ自体は,法 所定の免許基準に適合しない場合であっても,当該業者との個々の取引関係 者に対する関係において直ちに国家賠償法 1 条 1 項にいう違法な行為に当た るものではないБ(下線筆者)としている。 (2)分析  上記の判示部分は,国賠法上の保護範囲論(個々の取引関係者の利益が,宅 建業法の免許制度の保護範囲に含まれるか否か)を問題としていること,その 際,反射的利益概念を用いていないこと,そして,この問題を国賠法 1 条 1 項の違法性要件の問題として論じていること(10)が明らかである。なお,上 (10) これに対し,国賠法 1 条の違法を抗告訴訟における違法と同一と解すべきであ るとする公権力発動要件欠如説からは,国賠訴訟における保護範囲の問題は, 法の保護する損害の有無の問題と説明される(塩野宏㈶行政法Ⅱ〔第 6 版〕㈵ 〔有斐閣,2019 年〕330 頁,宇賀・前掲注 7,454 頁)。

(9)

記②の業務停止および免許取消権限の不行使については,この判示に続く部 分で,専ら裁量の問題が論じられており,保護範囲の問題は(少なくとも明 示的には)論じられておらず(その意味で,個々の取引関係者の利益が業務停止お よび免許取消権限の行使による保護範囲に含まれうることについては,前提とされて いるとも解される),反射的利益概念も用いられていない(11)  本判決が反射的利益概念を用いなかったのは何故か。本判決の調査官解説 は,А国家賠償訴訟の領域における反射的利益論Бについて,規制権限の行 使によってА一般国民が保護を受けるとしても,その利益は法的に固有の利 益ではなく国家賠償の余地はないとする考え方Б(12)であるとした上で,А反 射的利益論は,抗告訴訟における原告適格に関して立論されたものであり, 制度の趣旨を異にする国家賠償訴訟と必然的かつ直接的な関係はないБ(13) 明言する。その上で,А権限不行使の保護法益性の側面でこの理論の転用を 認める余地があるか否かは議論があるが(……),当該権限の根拠法令の趣 旨・目的をどう考えるかの問題と関係するБと指摘する。このことから,本 判決は,抗告訴訟における反射的利益論と国賠訴訟における保護範囲論との 違いを明確に意識した上で,後者においては,抗告訴訟の原告適格論との混 同を避けるため,反射的利益論概念を用いずに,根拠法令の保護範囲を検討 する立場を採っていると解することが可能と思われる。本判決が,免許基準 に適合しない免許付与・更新について,個々の取引関係者との関係でА直ち (11) 山本隆司㈶判例から探究する行政法㈵(有斐閣,2012 年)566 568 頁は,本判 決が①免許付与・更新と②業務停止・免許取消権限不行使とで保護範囲の判断 を違えているか否かについて,二通りの読み方がありうることを指摘する。す なわち,(1)両者を区別せず,個々の取引関係者の利益は,監督処分権限の不 行使が著しく不合理な場合に限って保護されるという読み方と,(2)両者を区 別して,個々の取引関係者の利益は,①の保護範囲には含まれず,②の保護範 囲には含まれうるという読み方である。その上で,山本教授は,Аいずれの読 み方をしても,判決には理論的に釈然としない点が残るБと指摘する。 (12) 篠原勝美・最判解民事平成元年度 414 頁,415 頁 (13) 篠原・前掲注 12,426 頁注 11

(10)

にБ国賠法上違法にならないとしていること,また,当てはめ部分におい て,А京都府知事が A 社に対し本件免許を付与し更にその後これを更新する までの間,A 社の取引関係者からの担当職員に対する苦情申出は 1 件にす ぎず,担当職員において双方から事情を聴取してこれを処理したというので あるからБという理由を述べた上で,国賠法上の違法を否定していること も,個々の取引関係者との関係で国賠法上の違法を一律に否定するのではな く,具体的事情の如何によっては国賠法上の違法を認める余地があることを 示すものと考えられる(14)  本判決の立場が以上のようなものであるとすれば,賠償を否定した結論に ついては疑問が残るものの(15),判断枠組み自体は,正当なものと評価でき る。抗告訴訟においては,通常,規制権限不行使によって被害を受ける可能 性のある多数の者(潜在的な被害者)のうちの 1 人として原告適格が主張され るので,そのような潜在的被害者一般についての仮定的で類型的な判断にな らざるを得ず,濫訴の弊を避けるためには,一定の類型に属する者(一般消 費者,一定地域外に居住する者,等々)について一括して保護範囲外と解さざる (14) 関口剛弘А行政法規の保護範囲と行政権限不行使の違法性Б藤山雅行=村田斉 志編㈶新・裁判実務大系 25 巻 行政争訟〔改訂版〕㈵(青林書院,2012 年) 645 頁,戸部真澄А国家賠償訴訟における反射的利益についてБ一橋法学 17 巻 2 号(2018 年)331 頁も同旨。 (15) 奥野久之裁判官の反対意見は,АB はしばしば法に抵触する所為を反覆し,そ のため刑罰を受けるなど,いわば札付の人物であるといわざるを得ない。した がって,Y の担当職員において少しでも注意を払っていれば,かように度々 免許の不正取得が行われるわけもなく,……本件免許の更新も,実質的に法 5 条 1 項 7 号に抵触するほか,最初の被害の申出のあった後であるから……,到 底許されないはずのものであった。ここに見られる京都府知事の度重なる指導 監督権限の著しく不当な行使若しくは不行使が本件の事態を招来する基盤をな しているБ等と指摘した上で,Аその権限の不行使につき X に対する関係にお いても国家賠償法 1 条 1 項の違法性を肯認する余地が十分に存するБとしてい る。少なくとも消費者保護行政の重要性が高まっている現時点から見ると,本 件の事実関係の評価については,反対意見の方が説得力があるように思われ る。

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を得ない場合があるのに対し,国賠訴訟は,実際に被害を受けた者が提起す るのであるから,類型ごとの一律の判断ではなく,加害行為の態様および被 侵害利益の内容,性質等を勘案した,より個別具体的な判断が可能であり, また,要請されると解されるからである(16)(17)  その上で,本件の X が保護範囲に含まれるかの判断について,上記調査 官解説は,А宅建業者と取引する相手方が業者の免許を信頼することは無理 からぬものがあるが,免許は当該業者の人格・資質等を一般的に保証するも のではないし,取引関係者が自ら登記簿等により権利関係を確認するなどの 自助努力により損害を防止することもある程度は可能であるから,違法免許 から生ずるすべての取引関係者の具体的な損害まで国又は地方公共団体が当 然にカバーするとはいえないБとし,А本件の具体的事実関係があるだけで は,国賠法 1 条 1 項の違法性を肯定し難いБというのが本判決の立場である とする(18)。これは,А規制権限を定めた法令が,被害防止について,どこま でを行政の守備範囲とし,どこからを私人自らの責任とする趣旨かБという А守備範囲論Б(19)の観点に立つものと解される。  確かに,守備範囲論は重要な観点であるが,規制権限を定めた法令の趣旨 に照らして,行政機関が具体的にどの事項についてどこまでリスクを低減さ せる義務を負っており,それについて実際にどのような措置を執ったか,他 (16) 稲葉・前掲注 3,640 頁は,А国賠訴訟における㈶反射的利益論㈵は,その単純 な発想故に思考経済には役立ち得ないわけではないとしても,具体的な損害発 生から出発し,種々の利益衡量の中でその適正な分担をはかろうとする国賠法 =不法行為法の一般的構造から見ると,過Ⅻ度ⅫにⅫ思考省略的な理論といわざるを 得ず,その一般的妥当性はきわめて疑わしいБ(傍点原文)と結論付けている。 (17) 芝池義一А国家賠償と保護利益Б法学教室 57 号(1985 年)146 頁,阿部泰隆 ㈶国家補償法㈵(有斐閣,1988 年)186 頁,宇賀克也А規制権限の不行使に関す る国家賠償Б判タ 833 号(1994 年)50 頁,中原・前掲注 8,28 頁等,多くの 学説によって指摘されている。 (18) 篠原・前掲注 12,413 頁 (19) 中原・前掲注 8,30 頁

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方で,私人の側に自助努力による損害回避をどの程度期待できたか,等を個 別具体的に検討すべきである。取引関係者の自助努力による被害防止がАあ る程度Б可能であることから,それが全面的に被害者の自己責任であって行 政の守備範囲に属さないことにはならないと解される。 2 水俣病関西訴訟最判 (1)事案と判旨  最判平成 16 年 10 月 15 日民集 58 巻 7 号 1802 頁(以下А水俣病関西訴訟最 判Бという)は,水質二法(А公共用水域の水質の保全に関する法律БおよびА工場 排水等の規制に関する法律Б)に基づく規制権限は,周辺住民の生命,健康の保 護を主要な目的の一つとして,適時にかつ適切に行使されるべきところ,昭 和 35 年 1 月以降,通商産業大臣が水質二法に基づき,水俣湾等を指定水域 に指定し,工場排水から水銀等が検出されないという水質基準を定め,アセ トアルデヒド製造施設を特定施設に定めた上で,チッソに対し工場排水につ いて必要な措置を命ずるという規制権限を行使しなかったことは,水質二法 の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠き,国賠法 上違法であるとして,水俣病患者に対する国の賠償責任を認めた。  また,本判決は,熊本県漁業調整規則に基づく規制権限不行使を理由に, 県の賠償責任を認めたことが,保護範囲論との関係で特に注目される。同規 則 32 条は,何人も水産動植物の繁殖保護に有害な物を遺棄し,または漏せ つするおそれのあるものを放置してはならない旨を定めるとともに,これに 違反する者があるときは,知事は,その者に対して除害に必要な設備の設置 を命じ,または既に設けた除害設備の変更を命ずることができる旨を定めて いる。本判決は,А熊本県知事は,水俣病にかかわる前記諸事情について上 告人国と同様の認識を有し,又は有し得る状況にあったのであり,同知事に は,昭和 34 年 12 月末までに県漁業調整規則 32 条に基づく規制権限を行使

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すべき作為義務があり,昭和 35 年 1 月以降,この権限を行使しなかったこ とが著しく合理性を欠くものであるとして,上告人県が国家賠償法 1 条 1 項 による損害賠償責任を負うとした原審の判断は,同規則が,水産動植物の繁 殖保護等を直接の目的とするものではあるが,それを摂取する者の健康の保 持等をもその究極の目的とするものであると解されることからすれば,是認 することができるБ(下線筆者)とした。 (2)分析  前掲 1 の宅建業者事件最判は,宅建業法が究極的には取引関係者の利益保 護に資するとしつつ,個々の取引関係者が被る具体的な損害の防止,救済を 制度の直接的な目的とするものではないとして,賠償責任を否定したが,本 判決の事案は,被侵害利益が生命・身体の重大な被害であること,および, 被害者自らの自助努力による損害回避が困難である点において異なる。した がって,両判決を総合すると,最高裁の考え方は,次のようなものと言える であろう。すなわち,国賠法上の保護範囲を決するに当たって,根拠法令の 直接の目的が何かということは,重要な考慮要素ではあるが,被侵害利益の 内容,性質等も総合考慮し,とりわけ被侵害利益が生命・身体の重大な被害 であるときや,被害者による損害回避が困難であるときは,その保護が根拠 法令の直接の目的ではなく究極の目的である場合にも,保護範囲と認められ うる(20) (20) 長谷川浩二・最判解民事平成 16 年度(下)576 頁は,Аこの判断は,水俣病に よる甚大な被害が継続しており,いかなる手段を使ってでも被害拡大を防ぐこ とが求められていたという当時の危機的状況を前提とするものではあるが,規 制権限を定めた法令の明示的な目的のみを考慮するのでなく,それを重要な要 素としつつも,当該法令の目的を柔軟かつ実質的に解して妥当な結論を導いた ものБとしている。ただし,同・597 頁注 36 は,А本判決の射程については慎 重な考慮が必要Бとする。

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3 耐震偽装事件建築主国賠最判 (1)事案と判旨  最判平成 25 年 3 月 26 日裁時 1576 号 8 頁(以下А耐震偽装事件建築主国賠最 判Бという)は,一級建築士による耐震偽装を看過して建築確認がされたた め改修工事を行わざるを得なくなったとして,建築主が建築主事の属する行 政主体(京都府)に対して国家賠償請求した事案で,А建築主による建築基準 法 6 条 1 項に基づく確認の申請が,自ら委託(再委託を含む。以下同じ。)をし た建築士の設計した建築物の計画が建築基準関係規定に適合することについ ての確認を求めてするものであるとはいえ,個別の国民である建築主が同法 1 条にいう国民に含まれず,その建築する建物に係る建築主の利益が同法に おける保護の対象とならないとは解し難い。建築確認制度の目的には,建築 基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを通じて得られ る個別の国民の利益の保護が含まれており,建築主の利益の保護もこれに含 まれているといえるのであって,建築士の設計に係る建築物の計画について 確認をする建築主事は,その申請をする建築主との関係でも,違法な建築物 の出現を防止すべく一定の職務上の法的義務を負うものと解するのが相当で ある。以上の理は,国民の社会生活上の重要な要素としての公共性を有する 建築物の適正を公的に担保しようとする建築基準法の趣旨に沿うものであ り,建築物の適正を担保するためには専門技術的な知見が不可欠であるとい う実情にもかなうБとしている(下線筆者)。 (2)分析 ア 警察規制におけるА被規制者Б対А規制によって保護される第三者Б  この判決も,宅建業者事件最判と同様に,国賠法上の保護範囲論(建築主 の利益が建築確認制度の根拠法令である建築基準法の保護範囲に含まれるか否か)を 問題としていること,その際,反射的利益概念を用いていないこと,そし て,この問題を国賠法 1 条 1 項の違法性要件の問題として論じていること

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(А建築主事は,……建築主との関係でも,……職務上の法的義務を負うБとする部 分)が明らかである。  この判決の宅建業者事件最判と異なる特徴は,許認可制度によって規制を 受ける側に立つ申請者である建築主について,申請が誤って認容されたこと による損害を保護範囲内と認めたことにある。一般に,許認可制度,とりわ け,いわゆる警察許可の制度(本来国民の自由であるはずの行為を安全・衛生等 の消極目的のために一般的に禁止しておき,一定の要件を満たす場合に禁止を解除す るもの)においては,安全・衛生等を害するおそれのある行為の自由を制限 することによって,周辺住民,利用者等の第三者の安全・衛生等を保護しよ うとするものであるから,許認可等が誤って拒否された場合には,申請者の 行為の自由が害されるが,逆に,許認可等が誤って付与された場合には,第 三者の安全・衛生等の利益が害されるのであって,申請者自身の利益が害さ れることは,基本的にはないと解される。  これに対し,本判決は,次の 3 点において,建築確認制度は通常の警察許 可の制度とは異なると解しているものと思われる。 イ 特殊性・その 1ЁА国民Бを保護する目的規定  第一に,建築基準法 1 条がА国民の生命,健康及び財産の保護Бを目的と して掲げており,個別の国民である建築主もそこにいうА国民Бに含まれる と解されることである。しかし,建築基準法全体の目的を概括的に規定する 同法 1 条の,А国民Бという抽象的な文言を根拠として,建築主もА国民Б であるから建築確認制度の保護範囲に含まれるとするのは,少なくとも単独 では論拠として弱いと言わざるを得ないように思われる。本判決は,形式的 にはこれをほぼ唯一の論拠として,А以上の理Бを導いているように見える が,実質的には,むしろ,その後に続く 2 つの考慮要素が決め手になってい ると考えられる。

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ウ 特殊性・その 2ЁА公共性Бを有する建築А物Бの適正確保による国民 の保護  すなわち,第二に,А国民の社会生活上の重要な要素としての公共性を有 する建築物の適正を公的に担保しようとする建築基準法の趣旨Бが挙げられ る。ここで,А公共性Бを有するА建築物Бの適正をА公的にБ担保する趣 旨の制度であることが,建築主の利益が保護範囲に含まれることを肯定する 要素とされている(ただし,判旨は,これを正面から根拠としては位置付け ず,上記イで述べた形式的根拠からА以上の理Бを導いた上で,それがА建 築基準法の趣旨に沿うБことを確認する体裁となっている)のは,何故であ ろうか。  この点につき,田原睦夫裁判官の補足意見(以下А田原補足意見Бという) は,А建築確認制度による保護法益は,申請人自身の建築の利益ではなく, 申請された建物が建築されることに関する公益的見地からの当該建物自体の 安全性(所有者,居住者,利用者の安全,健康の確保)及び周辺住民の安全,健 康の確保(日影規制,防火性,防災上の見地からの接道規制,道路位置指定等)に あると解される。また,建築確認処分は,飽くまで建築物の計画の適否につ いての処分であって,その違法性の有無は,その対象となる建築物の計画そ のものが法令上の要件を満たしているか否かであり,その確認申請を行った 当事者の人的属性の如何は全く問われていないのであって,その意味で㈶対 物的な処分㈵ということができるБ(下線筆者)としている。この見解は,建 築確認制度の保護法益について,А申請者Б対А第三者Бという対立の図式 で捉えるのではなく,А建築物Бそのものの安全性の確保にあり,それによ って,当該建築物に関わる全ての者(所有者,居住者,利用者および周辺住民) の利益が保護されている(21)と捉えるものと思われる。その上で,申請者側 (21) 北島周作А判批Б民商法雑誌 148 巻 4・5 号(2013 年)92 頁は,この捉え方に よるとА建築主の利益と建築物によって被害を受けた他の者の利益とが同一で

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である建築主による国賠請求が社会的に許容されない場合には,過失相殺や 信義則の問題とすべきであって,国賠法上の違法性の人的相対性によって論 じるべきではないとする。  これに対し,寺田逸郎裁判官および大橋正春裁判官の補足意見(以下А寺 田大橋補足意見Бという)は,建築確認А制度が全体としては社会的存在にふ さわしい建築物が建てられるべきことを確保するについて公的な役割を果た しているものであると解されるから,結局,建築主事の審査における任務懈 怠がある場合に,建築主に対する関係でも,そのことを理由とする国家賠償 法上の責任を否定し切ることはできないБ。Аただ,そうであっても,建築確 認制度の適正な運用によって保護される利益という観点からは,もともと建 築確認制度の規制を受ける側にあり,建築士の委託者に当たる建築主と瑕疵 ある建築物によって被害を受ける第三者とでは,利益を主張し,賠償請求を するにつき異なる立場にあることもまた否定できないБ(下線筆者)とする。 この見解は,А社会的存在にふさわしい建築物が建てられるべきことを確保 するについて公的な役割Бがあることを根拠に,建築主にもА建築確認制度 の適正な運用によって保護される利益Бがあることを認めるが,А基準に適 合し損なった建築物によって被害を受けた第三者とでは被侵害利益の種類・ 性質において意味のある違いがあるБとするものである。その上で,この問 題について国賠法上の違法性の人的相対性を認めることには,田原補足意見 が主張するような困難はないと指摘する。ただ,А建築確認制度の適正な運 用によって保護される利益Бの具体的内容については,田原補足意見のよう な明確な説明はしていない。  このように,両補足意見においては,建築主の利益が建築確認制度の保護 範囲に含まれるかという問題が,国賠法上の違法の人的相対性を認めるかと あるБと説明する。

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いう問題との関連において論じられており,特に後者の問題について,両補 足意見間に先鋭な対立が見られる。しかし,ある利益が国賠法上の保護範囲 に含まれるかという問題と,それが国賠法上の違法性要件に位置付られるか という問題とは,区別して論じた方が,混乱を避けられるように思われる。 そのような観点からは,国賠法上の保護範囲論を違法性要件の問題として扱 う(その意味で違法の人的相対性を認める)ことは,本稿で検討してきたとお り,最高裁の一貫した立場であると解され,田原補足意見が国賠訴訟におけ る違法の人的相対性を一般的に否定する趣旨であるとすれば,判例の理解と して疑問がある。しかし,他方,建築主の利益がいかなる意味で建築確認制 度の保護範囲に含まれうるかについては,田原補足意見が明確に説明してお り,本判決の考え方を知る手掛かりになるように思われる。 エ 特殊性・その 3Ё被規制者が専門的知見を有する者に依存せざるを得な いА実情Б  建築確認制度が通常の警察許可制度と異なる第三の要素として,А建築物 の適正を担保するためには専門技術的な知見が不可欠であるという実情Бが 挙げられる。すなわち,建築主は,建築確認制度の規制を受ける側にあると はいっても,建築士法は,А建築物の新築等をする場合におけるその設計及 び工事監理に係る業務を,その規模,構造等に応じて,これを適切に行い得 る専門的技術を有し,かつ,法令等の定める建築物の基準に適合した設計を し,その設計図書のとおりに工事が実施されるように工事監理を行うべき旨 の法的責務が課せられている建築士に独占的に行わせるБ(本判決 4(1))こ ととしており,建築主としては,専門的知見を有する建築士による設計およ び建築主事による審査が適正に行われることを信頼し,依存せざるを得な い(22)。最高裁が,警察許可制度の被規制者側という観念論で割り切らず, (22) 櫻井敬子㈶行政法講座 2㈵(第一法規,2016 年)120 頁は,公的な立場で審査 事務を行う建築主事は,クライアントとの関係で時には困難な選択的判断を迫

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このようなА実情Бを考慮に入れて(根拠としてではなくА実情にもかなうБこ とを確認する体裁ではあるが)保護範囲を柔軟に解釈したことは,注目に値す る。

Ⅲ 展望Ё特に建設アスベスト訴訟について

 Ⅱでは国賠訴訟における保護範囲論に関する最高裁の考え方を分析した が,目下,保護範囲論に関する最高裁の判断が注目されている問題として, 建設アスベスト訴訟における労働者以外の者(一人親方等)の救済がある。  最高裁は,泉南アスベスト訴訟判決(最判平成 26 年 10 月 9 日民集 68 巻 8 号 799 頁)において,労働大臣が旧労基法に基づく省令制定権限を行使して, 罰則をもって石綿工場に局所排気装置の設置を義務付けなかったことは国賠 法上違法であるとして,石綿工場労働者に対する国の賠償責任を認めた。他 方,建設アスベスト訴訟において,一人親方および零細事業者(以下А一人 親方等Бという)が旧労基法および労働安全衛生法(以下А安衛法Бという)の 保護範囲に含まれるかが問題となり,高裁レベルでこれを肯定する判決が 3 件出されている。すなわち,東京高判平成 30 年 3 月 14 日裁判所ウェブサイ ト(以下А首都圏 1 陣東京高判Бという),大阪高判平成 30 年 8 月 1 日判例時 報 2404 号 4 頁(以下А京都 1 陣大阪高判Бという)および大阪高判平成 30 年 9 月 20 日判例時報 2404 号 240 頁(以下А大阪 1 陣大阪高判Бという)である。 いずれも上告され,最高裁の判断が注目されている。この問題については, 上記以外の判決も含め,下山憲治教授によって詳細かつ精力的な検討が行わ られる建築士と異なり,より適切な判断をなしうる立場にあり,危険な建築物 を出現させない最後の砦といえるとして,建築基準関係規定適合性に関する限 り,建築主が自身が依頼した建築士よりも建築主事により高い信頼を寄せたと しても不合理ではないとする名古屋地判平成 21 年 2 月 24 日判タ 1301 号 140 頁の指摘を紹介し,建築業界の実態に即して見ると,相応に理由のある有意義 な指摘であるとする。

(20)

れているが(23),以下では,上記 3 判決の考え方とⅡで検討した最高裁判例 との関係を検討し,一人親方等を保護範囲に含めることは最高裁判例の流れ に沿っていることを示したい。 1 一人親方等の保護対象性を認めた 3 つの高裁判決 (1)首都圏 1 陣東京高判  本判決は,以下のとおり,安衛法 22 条(粉じん等による危害防止のために必 要な措置を講じる義務),23 条(労働者を就労させる建設物その他の作業場につい て,換気その他労働者の健康,風紀および生命の保持のため必要な措置を講じる義 務),55 条(労働者に重度の健康障害を生ずる物の製造,使用等の禁止)および 57 条(労働者に健康障害を生ずるおそれのある物についての容器への警告表示義務)に ついて,一人親方等を保護範囲と認めた。   国が,労働関係法令(安衛法,旧労基法)に基づいて,個々の労働者と いう㈶人㈵に着目して……規制を及ぼす場合ではなく,労働環境の保全とい う観点から,就労環境や就労場所という㈶場所㈵や有害物質という㈶物㈵に 着目して一定の規制を及ぼす場合(例えば,作業場における労働者の健康等の保 持に必要な措置(安衛法 23 条)や作業所における有害物の警告表示(同法 57 条)な ど),その場所に必要があって一定時間滞留する労働者以外の者……も,当 該労働者に対する規制を通じて間接的にではあるが,必然的に当該規制の効 果を受けることになる。БА他方で,このような場合,労働環境について一定 の規制がされた結果,労働者以外の者が,労働者と同様に,事業者が講じた 労働者の安全と健康を確保するための必要な措置及びそれによって形成され (23) 下山憲治А一人親方等に対する国家賠償責任Ё建設アスベスト訴訟高裁判決を 中心にЁБ環境と公害 48 巻 4 号(2019 年)41 頁,同А建設アスベスト訴訟に おける国家賠償責任Ё4 つの高裁判決の検討を中心にЁБ一橋法学 18 巻 2 号 (2019 年)343 頁,同・前掲注 8,381 頁,等。

(21)

た快適な作業環境から受ける利益は,まさに労働関係法令が保護すべき利益 そのものであって(安衛法 1 条参照),当該労働者が受ける利益と全く同等の 利益であるから,労働者が上記利益を受けた結果に基づく反射的利益(事実 上の利益)にすぎないということはできない。БАそして,……建設現場で建 設作業に従事する労働者以外の者に対しても,損害が発生し,……国の規制 権限不行使が国賠法の適用上違法といえるかが問題となった場合,……国が 労働者保護のための規制権限を労働者に対する関係で行使することにより, 当該労働者だけでなく,労働者以外の者にも,間接的にその規制の効果を及 ぼすことができ,他方で,その労働者以外の者も,その規制の結果,当該労 働者が受ける利益と同等の利益を享受し得る場合,当該労働者の受ける利益 と併せて当該労働者以外の者が受ける利益もまた,国賠法上保護を受ける法 的利益であると解釈する余地があるБ。Аこのように解したとしても,……国 の規制権限が及ばないところに規制権限の不行使の違法を認めることになる ものではないБ。(下線筆者) (2)京都 1 陣大阪高判  本判決も,上記東京高判と同様の考え方に立っていると解されるが,特 に,一人親方等の就労実態が労働者と異ならないことに着目している。すな わち,А仮に,労働者と認められない一人親方等……であっても,建築現場 において,建築作業従事者として,石綿粉じん作業に継続的に従事していた ことは,労働者と同様である。この点,本件における被災者らの就労状況 は,……職種等による就労状況の違いはあるにせよ,労働者と認められるか 否かによって,就労状況に特段の違いがあるとはうかがわれない。このよう な一人親方等の就労実態に鑑みると,……国が労働者保護のために石綿粉じ ん曝露防止対策としての規制権限を行使することにより,労働者と認められ ない一人親方等も,労働者と同様に,上記規制権限の行使により形成された 安全な作業環境の下で建築作業に従事するという利益を享受することにな

(22)

る。このような労働者以外の者が享受する利益は,安全,すなわち,健康を 損ない,生命を脅かす危険の除去という人間の生存に関わるものであるか ら,これをもって,労働者が上記利益を享受した結果に伴う反射的利益(事 実上の利益)にすぎないとは直ちにいえず,以下のとおり,旧労基法,安衛 法やこれら法に基づいて制定された規則及び規則に関連する告示等の関連法 規を考慮すれば,少なくとも,労働者と変わらない時間作業場に所在する者 や労働者の家族などの安全を保護する趣旨を含むものと解するのが相当であ る。Б   加えて,……国は,昭和 40 年改正労災保険法による労災保険特別加入制 度の導入前から,土木建築業の一人親方について,労災保険法の擬制適用を 認め,その擬制適用の範囲は順次拡大していたところ……,昭和 40 年改正 労災保険法で,労働者以外の者であっても,中小事業主や一人親方その他の 自営業者とその事業に従事する者らを労働者に準ずる者として労災保険特別 加入制度の対象とした。БА一人親方等の実態が一般労働者と何ら変わりがな いことに着目してその保護を図ったものであることは,労基法や安衛法の労 働者の危険又は健康障害を防止するための規定の保護範囲を考える上でも考 慮すべき制度であるБ。   就労環境という㈶場所㈵や有害物質という㈶物㈵に関する……国の規制 権限の行使については,労働者とともに石綿粉じん作業に従事する一人親方 等が享受する利益は,労働者に保護される利益と同等の内容を持つというこ とができる。したがって,建材メーカー及び事業者に対する警告表示(掲示 を含む。)の義務付けに係る……国の規制権限不行使は,労働者性が認められ ない一人親方等との関係でも,違法というべきであるБ。(下線筆者) (3)大阪 1 陣大阪高判  本判決は,以下のとおり,安衛法 55 条および 57 条については,一人親方 等を保護範囲と認めたが,同法 22 条,23 条等については,保護範囲と認め

(23)

なかった。   安衛法 55 条,57 条の規定は,作業者に健康障害を生じさせるような物 質が作業現場に持ち込まれないよう,持ち込まれた場合においてもその有害 性を直ちに認識できるよう配慮した規定であり,その効果は,作業者が労働 者と評価される者であるかどうかに関わらない。安衛法は,本来,労働者の 安全と健康の確保のため,労働者を雇用する事業者に対し,各種の義務を課 しているものであるが,これらの規定は事業者が出てこない。БА一方,少な くとも本件の被災者らの稼働形態をみると,……被災者らは,雇用契約の下 に働いている者と同一場所で同一の作業をしているにとどまらない。以前は 雇用されていた者が独立したり,契約の形式としては請負でも労働者と評価 できる時期もありながら,また,労働者性の要件となるいくつかの要素は満 たしながら,労働者性の要件を満たさない要素もあるために結論として労働 者とは評価できない時期がある又は労働者とは評価できないというものであ る。БАこのような安衛法 55 条,57 条の性格や本件の労働者性を満たさない 又は満たさない時期がある被災者の実態をみるならば,これらの規定も直接 には労働者のみを保護の対象とするものであり,保護の対象を一律に労働者 以外に広げることはできないとしても,労働者に対する規制権限の不行使が あった場合の国家賠償の保護範囲としては,上記被災者又は労働者でない時 期にも及ぼすのが相当である。Б   一方,安衛法 22 条,23 条,27 条 1 項についてみると,これらの規定は, 事業者の行為を介して労働者の安全を確保しようとするものである。БА建設 業の実態,一人親方等労災補償制度の存在は,国賠法上の保護範囲の拡大を 根拠付けるものでないБ。Аしたがって,安衛法 22 条,23 条,27 条 1 項に関 しては,控訴人らの主張は理由がない。Б(下線筆者)

(24)

2 最高裁判例との関係 (1)公益的観点からのА場所БやА物Бの規制と保護範囲  就労環境や就労場所というА場所Бや有害物質というА物Бに着目した規 制により形成される快適な作業環境は,労働関係法令が保護すべき利益その ものであり,その場所で労働者と同様に作業する全ての者にとって法的に保 護された利益であるという首都圏 1 陣東京高判および京都 1 陣大阪高判の考 え方は,建築確認制度の保護法益が公益的見地からのА建築物Бそのものの 安全性にあり,それによって当該建築物に関わる全ての者の利益が法的に保 護されているという,耐震偽装事件建築主国賠最判の考え方(上掲Ⅱ3(2) ウ)と通じるところがあるように思われる。直接にはА人БではなくА場 所БやА物Бの規制であることに着目することにより,その安全確保を通じ て当該場所・物に関わる全ての者の安全・健康等の利益が保護されていると いう考え方は,最高裁判例に照らしても是認できると思われる(24)  なお,大阪 1 陣大阪高判は,安衛法 22 条,23 条等については,事業者の 行為を介して労働者の安全を確保しようとするものであるとして,一人親方 等を保護範囲外とした。しかし,防じんマスクの使用義務付けのような,個 々の労働者に対する事業者の義務ではなく,作業場というА場所Бへの掲示 義務であり,メーカーによるА物Бへの表示義務と同様の機能を有するもの であること(25)から,上記のとおり,一人親方等も保護範囲に含まれると解 すべきである。 (24) Ⅲ1 で紹介した 3 判決が出される前の段階ですでに,高木光А省令制定権者の 職務上の義務ИЙ泉南アスベスト国賠訴訟を素材としてБ自治研究 90 巻 8 号 (2014 年)10 頁,12 頁は,耐震偽装事件建築主国賠最判に言及した上で,安 全を目的とした規制については,対物的な規制と見ることにより,当該規制に よって確保される安全性を享受する者が広く保護範囲に含まれるという論証が 可能になると指摘していた。 (25) 下山・前掲注 23,環境と公害 48 巻 4 号 44 頁

(25)

(2)根拠法令の目的規定との関係  耐震偽装事件建築主国賠最判と比較した場合,建築基準法 1 条はА国民の 生命,健康及び財産の保護Бを目的として掲げており,上記最判は,建築主 もА国民Бに含まれることを形式上の根拠としていたのに対し,安衛法 1 条 はА職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な職場環境 の形成を促進することを目的とБしており,文言上,労働者と労働者以外の 者を区別しているように見える。  しかし,建築基準法 1 条のА国民Бという抽象的な文言のみによって,建 築主が建築確認制度の保護対象に含まれることを根拠付けるのは無理がある ように思われ,上記最判は,むしろ,建築確認制度の性質および実情という 実質的理由を決め手としていると考えられる(上掲Ⅱ3(2)イ)。他方,安衛 法 1 条がА労働者Бの文言を用いていることは,労働者を第一次的な保護対 象としていることは疑いがないが,労働者以外の者を当然に保護対象から排 除していることの根拠にはならないと思われる。水俣病関西訴訟最判が,熊 本県漁業調整規則について,水産動植物の繁殖保護等を直接の目的とするも のではあるが,それを摂取する者の健康の保持等をもその究極の目的とする ものであるとして,後者も保護範囲と認めたこと(上掲Ⅱ2)も併せ考える と,根拠法令の目的規定の文言は,重要な考慮要素ではあるが,絶対視すべ きではないと思われる。 (3)被害の実態の考慮  一人親方等の保護対象性を認めた 3 つの高裁判決は,いずれも,一人親方 等の就労実態が労働者と異ならないことを重視している。労災保険法の擬制 適用や適用範囲の拡大も,その傍証として挙げられ(上掲 1(2)),また,同 一人物であっても,А労働者Бの時もあれば,一人親方等の時もあることも 指摘されている(上掲 1(3))。さらに,被害が人間の生存に関わるものであ ることも重視されている。

(26)

 このように,国賠訴訟における保護範囲論において被害の実態を重視すべ きことは,Ⅱで検討した最高裁判例にも表れている。すなわち,耐震偽装事 件建築主国賠最判は,建築主が専門的知見を有する建築士による設計および 建築主事による審査が適正に行われることを信頼し,依存せざるを得ない А実情Бを重視しているものと考えられる(上掲Ⅱ3(2)エ)。また,水俣病 関西訴訟最判は,А水俣病による甚大な被害が継続しており,いかなる手段 を使ってでも被害拡大を防ぐことが求められていたという当時の危機的状 況Б(26)を考慮していることが明らかである(上掲Ⅱ2)  したがって,一人親方等の就労実態を重視して国賠法上の保護対象性を認 めることは,保護範囲に関する最高裁判例の考え方に沿うものと考えられ る。

おわりに

 本稿では,国賠訴訟における保護範囲論について,最高裁判例の考え方を 分析した上で,建設アスベスト訴訟における一人親方等の保護の問題を中心 に,今後を展望した。本稿で見てきたように,最高裁において国賠訴訟にお ける保護範囲の問題が正面から判断されたケースは少なく,建設アスベスト 訴訟においてこの問題についての最高裁の判断が示されれば,理論上も実務 上も重要な意義を有するものとして注目される。 (26) 長谷川・前掲注 20,576 頁

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