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消滅時効制度における公序と私的自治の関係 : フランスにおける時効期間の合意変更の枠組みを手掛かりに

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消滅時効制度における公序と私的自治の関係 : フ

ランスにおける時効期間の合意変更の枠組みを手掛

かりに

著者

川上 生馬

学位名

博士(法学)

学位授与機関

関西学院大学

学位授与番号

34504甲第713号

URL

http://hdl.handle.net/10236/00029087

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博士学位申請論文

消滅時効制度における公序と私的自治の関係

―フランスにおける時効期間の合意変更の枠組みを手掛かりに―

関西学院大学大学院法学研究科

博士課程後期課程大学院研究員

64917001

川上 生馬

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1 第 1 章 序論 ... 3 第 1 節 本稿の目的と概要 ... 3 第 2 節 日本の従来の議論状況 ... 6 第 3 節 民法(債権関係)改正時の議論概要 ... 11 第 4 節 フランス法を比較題材とする意義 ... 19 第 5 節 問題の所在と分析の視点 ... 20 第 2 章 旧フランス時効法下における議論―時効の存在理由との関係 ... 22 第 1 節 フランス民法典制定時の理解 ... 22 第 2 節 時効期間の合意による変更に関する裁判例 ... 25 第 3 節 時効期間の合意による変更に関する学説 ... 41 第 4 節 分析 ... 51 第 5 節 小括 ... 55 第 3 章 新フランス時効法下での合意による変更―明文化とその後の運用 ... 56 第 1 節 2008 年時効法改正の趣旨と議論 ... 56 第 2 節 改正後の議論の動向 ... 61 第 3 節 小括 ... 71 第 4 章 時効期間と訴権消滅期間(forclusion)の峻別―合意の対象の明確化 ... 74 第 1 節 訴権消滅期間(délai de forclusion)の概要 ... 74 第 2 節 訴権消滅期間の合意による変更に関する判例・学説 ... 81 第 3 節 小括 ... 87 第 5 章 フランス法のまとめと日本法への示唆 ... 89 第 1 節 フランス法の議論のまとめ ... 89 第 2 節 時効期間の合意による変更の判断枠組み ... 94 第 3 節 小括 ... 109 第 6 章 おわりに ... 111 第 1 節 本稿のまとめ ... 111 第 2 節 今後の課題 ... 112

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2 〈初出一覧〉 本稿はこれまでに公表した論文と書き下ろし部分によって構成されている。 本稿全体に統一性および一貫性を持たせるため,第 2 章から第 4 章については加筆修正を 行っている。 [第 1 章]書き下ろし [第 2 章]「時効期間の合意による変更―2008 年フランス時効法改正以前の議論を中心に」 法と政治 67 巻 4 号(2017 年)905-971 頁。 [第 3 章]「新フランス時効法における時効期間の合意による変更―フランス法の現状と問 題点の分析―」 法と政治 69 巻 2 号Ⅱ(2018 年)1057-1099 頁。 [第 4 章]「当事者間で合意された期間の性質―消滅時効期間( délai de prescription extinctive)と訴権消滅期間(délai de forclusion)」 法と政治 70 巻 4 号(2020 年 2 月発行予定)掲載頁未定。 [第 5 章]書き下ろし [第 6 章]書き下ろし

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第 1 章 序論

第 1 節 本稿の目的と概要 日本の民法において,時効制度は公益のための制度であるとされる1が,「公益」の内容, すなわち,いわゆる時効の存在理由としては,一般に以下の3点が挙げられてきた。まず, 「社会秩序の維持」である。本来の権利関係とは異なる事実状態が存在し,その状態が長年 にわたって継続している場合には,すでにその事実状態を前提に法律関係が形成されてい る場合がある。その事実状態が本来の権利関係と異なるということをもってそのような状 況を覆してしまうと,当該事実状態を前提に形成されてきた法律関係をすべて否定してし まうことになってしまう。そこで,時効制度は事実状態を尊重し,法律関係を安定させるこ とを目的としていると理解する考え方である。次に,「立証困難の救済」についてであるが, ある事実関係が長年にわたり継続したのち,当該事実状態についての紛争が起こったとす ると,事実関係を継続してきた者は場合によっては自身が正当な権利者である,もしくは, すでに債務を弁済した者であるということにつき,それを証明する証拠を喪失しているこ とが考えられる。くわえて,長年にわたり当該事実状態が継続していたのならば,その者が 真の権利者もしくは正当に弁済を行った者であるとの蓋然性が高いと考えられる。そこで, 時効制度は,時効期間が経過した後は証拠を有しておらずとも,期間の経過をもって,これ を権利者もしくは既弁済者であることの証拠とすることで,権利者,既弁済者が長年にわた り証拠を保全する負担を軽減するものである。そして,「権利の上に眠る者は保護に値しな い」とは,たとえ権利者であるとしても長年にわたり権利を主張しなかった以上,その者は 法律上保護されることを望んでいなかったとして扱われてもやむを得ず,権利を剥奪され たとしても権利者にとっては酷ではないとの理解である。そこで,時効制度は自己の権利の 保護に怠慢な者は保護に値しないと扱うものである2 また,上記のうち立証困難の救済という考えは現代においてはその場面が限定されるた め,この「考え方を発展させて,現代社会における消滅時効の存在理由は,弁済の証拠保存 の負担の軽減,すなわち,債務者は一定期間(現行民法では 10 年)弁済の記録を保存すれ ばよい,という事務の効率化の点にあるというのが適当であろう」との見解が近時示されて いる3 1 梅謙次郎『訂正増補 民法要義巻之一』(有斐閣,1984 年,明治 44 年版復刻)369 頁,富井政章『訂正 増補 民法原論第一巻』(有斐閣,1985 年,大正 11 年合冊版復刻)625 頁など。 2 たとえば,我妻榮『新訂 民法総則』(岩波書店,1965 年)430-432 頁,潮見佳男『民法総則講義』(有 斐閣,2005 年)263-264 頁,星野英一『民法概論Ⅰ』(良書普及会,改訂版,1986 年)249-253 頁,佐久 間毅ほか『民法Ⅰ 総則』(有斐閣,第 2 版,2018 年)276-277 頁,佐久間毅『民法の基礎1総則』(有斐 閣,第 4 版,2018 年)393-395 頁などにおいて,これら通説的見解が述べられている。 3 四宮和夫・能見善久『民法総則』(弘文堂,第 9 版,2018 年)418 頁。 なお,「銀行などのようにコンピュータのデータとして証拠を保存することが比較的容易にできる場合 もあるので,これらが債務者の場合には,コンピュータのデータで預金が確認できるときに,時効の援用 は信義則に反すると考えるべきであろう。」として,存在理由である「弁済の証拠保存の負担の軽減」が

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4 このほかにも,「消滅時効制度は,法の二つの要請,すなわち,①債務者といえども永遠 に権利不行使という不安定な状態に置かれるべきではない(権利者といえども,国家の後見 的介入により権利の満足を得る地位は永久不変であるべきではない=公権的解決を望むな ら一定期間内に司法機関へ申し出よ)との要請と,②債務は履行さるべしとの要請の調和を 図り,権利不行使という事実の一定期間経過により,債務者に形成権たる援用権(債権者の 請求権を消滅させる権利)を与え,援用権の行使により法律上の債務者の地位を免れせしめ る制度である4」との主張がされるなど,いまだ時効制度の存在理由に関しては議論の一致 には至っていない。 筆者の最終目的は,この時効制度の存在理由が現在いかなるものとして捉えられるのか を明らかにすることにある。そこで本稿では,時効制度における公序と私的自治の関係,具 体的には時効期間の合意による変更に関する議論を手掛かりとして消滅時効制度の存在理 由が解釈にどのような影響を与えているのか,また,その他にいかなる要素が考慮されてい るのかを考察する5。時効期間は時効制度の根幹をなす要件であるところ,これについて当 事者の意思が介入しうるとなれば,時効の存在理由との関係について言及しなければなら ないはずである。結論を若干先取りすると,これまで,日本法の議論の多くの場面において 消滅時効制度の存在理由については,「消滅時効制度」という制度全体として考察されてき た。また,合意の可否について判断される際には「公益」に反しないから認められるであっ たり,時効は片面的強行法規であるから期間を短縮する合意は有効であるとするなど抽象 的な形で時効制度の存在理由などに言及するものはみられたが,その内容にまで踏み込ん だ議論はあまりなされてこなかったように思える。すなわち,いかなる場合に合意できるの かについて,明確な根拠を示して論じたものはほとんどみられなかったといえよう。これに 対し,フランス法においては時効の対象となっている各権利の性質や当事者の合意の目的, そして当該権利に対する時効の趣旨から,時効期間に関する合意の有効性を判断していた あてはまらないような場面においては時効の援用を信義則により禁ずるべきであると主張している。ま た,「消滅時効は現在の社会において,国民の重要な財産を失わせることになるので,安易に消滅時効を 認めないよう慎重な立法論が求められる。たとえば,国民年金などは,単なる財産権ではなく,国民の 『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を構成するといえる(憲法 25 条)。そして,国民年金法 1 条は,『国民年金制度は,日本国憲法第 25 条第 2 項に規定する理念に基づき,老齢,障害又は死亡によつ て国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し,もつて健全な国民生活の維持及 び向上に寄与することを目的とする』と規定する。このような年金の請求権が時効で消滅(国民年金法 102 条)するというのは,憲法上も問題ではないか」として,時効制度の趣旨と権利の性質との関係から 時効を適用すべきでない,もしくは,そもそも時効にかからない権利を認める必要性についても言及して いる点では,今後の時効制度の在り方を考える上で有益な視点を提示しているといえる(418-419 頁。)。 4 松久三四彦『時効制度の構造と解釈』(有斐閣,2011 年)42 頁,初出「消滅時効制度の根拠と中断の範 囲(一)」北大法学論集 31 巻 1 号(1980 年)280 頁。 5 時効期間の合意による変更に関する従来の議論の概要は,川島武宜編『注釈民法(5)』(有斐閣,1967 年)[川島武宜・岡本坦]56 頁に簡潔にまとめられている。

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5 と理解することができる。そして,それは時効制度における公序と私的自治の関係を考える 上で重要であり,そのことは日本法にも共通していると考えられる。実際,日本においても 保険契約の場面において 2 年の消滅時効期間が法定されていた時,実務上,約款により保 険契約者の請求権の消滅時効期間が 3 年に延長されていたり6,また,改正前民法 637 条7 規定される請負人の担保責任の存続期間 1 年については,改正前民法 639 条により,改正 前民法 167 条の範囲で延長することができるとされているなど,権利の性質を意識した形 で期間に関する合意が認められてきたと思われる経緯などもある8。そこで本稿では,フラ ンス法の議論を参照し,時効期間の合意による変更の場面を基に検討を行う。そして,その 検討を通して,日本法における消滅時効と私的自治の関係について考察したい9,10 6 改正前商法の下,保険金の支払等については,約款に起算点と時効期間に関する定めが置かれており, 具体的には,損害保険の場合には 2 年,生命保険の場合には 3 年,傷害・疾病保険については,損保会社 が提供するものは 2 年,生保会社が提供するものは 3 年となっていたが,このような状況については 2 つ の問題があるとされていた。1つは,「保険者の性格(損保,生保,共済)等によって消滅時効期間が 区々であることは保険契約者にとってわかりにくく,不意打ちともなりかねない」ということであった。 もう 1 つは,「約款によって法定の消滅時効期間と異なる期間を定めること自体の不安定さ」とされてお り,「生命保険約款による時効期間を 3 年に伸長する定めは,証拠の散逸への対応,保険事業制度の円滑 な運営確保という保険金支払等の短期消滅時効の趣旨を損ねるものではなく,消費者契約の場合に消費者 の保護に資することなどから,有効であると解されてきたが,それが合理的な期間であるならば法定化す ることによってこの点の安定性が確保される」として,現在は 3 年の時効期間が法定されるに至ったと説 明されている(山下友信・米山高生編『保険法解説―生命保険・傷害疾病定額保険』(有斐閣,2010 年) 756-760 頁)。保険法での以上の議論は,本稿において指摘する考慮要素と重なる点がある一方,合意の 自由を認めないとの方向性に向かったものである。フランス法においても保険契約等の場合に合意の自由 が制限されていることもあり,今後は,一般法たる民法と特別法との違いを含めた議論が必要となってく るため,保険法の議論を含めた研究は他日に期したい。 7 以下,日本の民法の条文のうち,改正のあった条文については「改正前」「改正」を付し,フランス民 法においても改正のあった条文については「仏民旧」「仏民新」を付すこととする。 8 改正前民法 637 条~同 639 条については,芦野訓和「請負人の担保責任」椿寿夫・三林宏『権利消滅期 間の研究』(信山社,2006 年)404-416 頁などに詳しい。 9 2008 年民法改正後のフランス消滅時効制度については,金山直樹・香川崇「フランスの新時効法―― 混沌からの脱却の試み」金山直樹編『消滅時効法の現状と改正提言』別冊 NBL122 号(商事法務,2008 年)165 頁以下,1804 年民法典制定までのフランス時効制度については,金山直樹『時効理論展開の軌 跡』(信山社,1994 年),時効期間の合意による変更に関するフランス語文献としては,R. Péquignot, De la prescription conventionnelle : thèse pour le doctorat, Paris. 1905., R.Cario, Les modifications

conventionnelles de la prescription extinctive, LPA 1998, p.2-11 などが挙げられる。(これら仏文献は時効 期間だけでなく時効の中断・停止事由に関する合意までを含めて分析しているため,今後,時効に関する 合意全般について分析する際に取り扱うこととする。) 10 本稿では,民法典中の時効に関する規定を「時効法」と記し,2008 年になされたフランス民法典改正 以前の時効法を「旧フランス時効法」,改正後のものを「新フランス時効法」と呼ぶことにする。 なお,条文訳は,旧フランス時効法については,稲本洋之助訳『フランス民法典―物権・債権関係―』 (法曹会,1982 年)を,新フランス時効法については,金山直樹・香川崇訳「フランス民法典」金山

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6 以下では,従来の日本法の状況及び民法(債権関係)改正時の議論を概観し,問題点を提 示し,フランス法を比較題材とする意義について明確にしたい。 第 2 節 日本の従来の議論状況 日本の民法には,時効期間の合意による変更に関する規定はなく,これが認められるか否 かは,解釈により判断されてきた。 (1)従来の学説 従来,多くの学説において,時効期間の合意による延長は認められないとされてきた11 その理由は,時効期間の延長合意は時効の事前放棄の禁止を規定した民法 146 条の趣旨に 抵触するというものであり,多くの学説が根拠としていた12。他方で,時効期間の短縮合意 を有効とする根拠についてはさまざまな見解が示されてきた。たとえば,時効期間を合意に より短縮することは時効の制度趣旨に反しないとのみ言及するものもあれば13,権利の行使 可能期間を定めることの自由を認めるべきであるため有効であるとするもの14,また,時効 制度は片面的強行法規であり,証拠の問題上,延長は認めるべきではないが短縮は認められ るとするもの15などである。 これに対して,少数説は,時効期間に関する合意を一切認めないとする。この見解は,時 効を訴訟上における証拠方法が法定されたものと理解する。そして,事実状態の存続がいか なる程度に達すれば権利消滅または権利取得の蓋然性を生ずるものと見るべきかは,法律 が一般的に客観的に妥当とするところに従って一定したものであるとする。ゆえに,時効期 間に関する合意は認められないとする。ただし,時効期間に関する合意を,時効とは別個に, 時効を排除するのではなく,当該権利の存続期間を特約したものであると理解することで (無効行為の転換),当該合意は有効であるとする16。すなわち,少数説は,時効期間の合意 編・前掲注(9)243-249 頁を引用・参照した。 11 岡松参太郎『註釈 民法理由 上巻 総則編』(有斐閣,訂正 12 版,1899 年)373-374 頁,鳩山秀夫『法 律行為乃至時効』(巖松堂書店,第 2 版,1912 年)595-596 頁,中島玉吉『民法釈義巻之一』(金刺芳流 堂,1915 年)812-813 頁,穂積重遠『民法Ⅰ 民法総則』(日本評論社,1936 年)444 頁,於保不二雄 『民法総則』(有信堂,1951 年)291-292 頁,我妻・前掲注(2)452-453 頁,星野・前掲注(2)289 頁,幾代通『民法総則』(青林書院,1984 年)548-549 頁,加藤雅信『新民法大系Ⅰ 民法総則』(有斐 閣,2002 年)393 頁,潮見・前掲注(2)264-265 頁,四宮・能見・前掲注(3)489-490 頁など。 12 金山正信『民法総則』(ミネルヴァ書房,1956 年)253 頁,我妻・前掲注(2)452-453 頁,星野・前 掲注(2)289 頁,幾代・前掲注(11)548-549 頁,加藤・前掲注(11)393 頁,潮見・前掲注(2)264-265 頁など。 13 金山(正)・前掲注(12)253 頁。 14 岡松・前掲注(11)373-374 頁。 15 中島・前掲注(11)812-813 頁,幾代・前掲注(11)548-549 頁。 16 舟橋諄一『民法総則』(弘文堂,第 5 版,1955 年)171-172 頁。

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7 による変更は認めないとしつつ,これを権利の存続期間に関する合意とみることで,結果的 には有効なものとして処理するものであると理解できる。 詳細な検討は第 5 章にて行うが,以上のように,日本法において時効期間の合意による 変更について論じたものの多くは,時効期間を短縮する合意を有効と考え,延長する合意を 無効と考えていたと理解することができる。もっとも,その理由は抽象的なものであるか, もしくは説明が十分ではないかであり,ここから明確な根拠は導き出せないように思える。 それでは,判例はどのように理解していたのであろうか。これについては判例がみられず, 原審において時効期間の合意による変更を認めたものを大審院が判断を見送ったものが先 行研究においても取り上げられるにとどまっている。 (2)時効期間の合意による変更に関連する判例 日本法において,時効期間の合意による変更に関する判例はほとんど見られないが,利益 配当金請求権の権利行使期間に関する判例として,大審院昭和 2 年 8 月 3 日民集 6 巻 484 頁がある17。事案は以下のとおりである。 上告人(控訴人,原告)は,被上告人たる会社(被控訴人,被告)の株主として 490 株 (払込金 2 万 4500 円)を有しており,大正 7 年度の株主総会決議によって払込金額の 1 割 に相当する利益金 2450 円の支払いを受ける権利を取得したため,被上告人に対して配当金 支払請求を行った。これに対し,被上告人は,たしかに上告人は株主であり,大正 7 年度に は配当金の支払いをなすとの株主総会決議も存在したが,定款には,株主配当金は支払期日 より満 5 年を経過すれば支払いを要しないとの規定があり,上告人の請求は 5 年以上経過 してからなされたものであるので認められないと主張した。 本件においては,この株主配当金の行使に関する期間を定款により定めることが,時効に 関する民法の公益規定に反するものとして無効であると争われた。これにつき原審は,時効 に関する民法の規定は原則として公益に関するものであって,当事者はこれに反する定め を設けることはできないが,時効期間を短縮することは公益に反しないため有効であると した。このような原審の判断に対し,大審院は,判決理由において,次のように述べた。す なわち,当事者が特約をもって権利の行使期間を制限し,一定の期間内に請求しない場合に は,その権利ははじめから成立していなかったもしくは期間経過とともに当然に消滅する と定めることはその権利の本質に反するものではなく,また公序良俗に反しない限りでき ないものではない。このように述べた上で,本件において合意された期間を時効期間の短縮 を目的としたものであるとする必要はないとし,本件合意は権利行使期間の制限に関する 合意であるとし,本件定款の定めを有効なものとした。もっとも,いかなる基準により権利 行使期間であるか時効期間であるかの判断を行ったのかは明らかにされておらず,また,両 17 吉井啓子「時効期間に関する合意」椿寿夫編著『強行法・任意法でみる民法』(日本評論社,2013 年) 76-78 頁においても同判例が取り上げられている。

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8 期間の差異についても言及されていないため,本判決からいえることは,当事者は合意によ り時効期間とは別の権利行使期間を定めることができるということだけであろう。 このように,日本法においては時効期間の合意による変更に関する事例がほとんどみら れない上,大審院の判旨からはなぜ当事者の合意の目的を時効期間の短縮ではなく権利行 使期間の短縮であると判断できるのかも明らかにされていない。従来の学説のうち,少数説 は,時効期間に関する合意は認められないが,当該合意を権利の存続期間に関する合意に読 み替えることができる旨言及している。また,時効期間の合意による短縮を認める根拠にお いても,当事者は権利行使期間に関する合意が可能であるから時効期間に関する合意もま た可能であるとの理由が挙げられていた。それでは,ここで判例・学説の述べている権利の 存続期間や権利行使期間とはいかなる性質のものなのであろうか。具体的には時効期間と はその性質をどのように異にしているのであろうか。これまで時効期間と除斥期間など他 の権利行使に関する期間とは区別する方向での議論が中心的であった18が,合意による変更 に関する議論の場面ではむしろ両者を接近させる傾向があるように思われる。本稿ではこ の点についても若干ではあるが検討を試みたい。 (3)近時の学説 以上のように,従来の議論においては一般的に時効期間の合意による変更に関して短縮 については有効と扱われ,また,延長については無効と理解されていた。くわえて,権利行 使(存続)期間に関する合意との関係についても一部言及されてきたが,その詳細な検討は 行われないままであった。 このような従来の議論に対し,近時,より踏み込んだ議論がなされるようになる。金山直 樹は,時効期間の合意による変更の可否については,「問題となる債権の社会的属性を考え るべきであ」り,「現在では消費者保護の視点が取り入れられるべきであろう」と述べる。 たとえば,消費者の預金債権については,「短縮合意は無効だが 20 年という民法の時効期 間の最長期までのものは有効だとすべきではないだろうか」とされ,反対に「たとえばサラ 金からの借金については,逆に短縮合意は有効だが延長合意は無効だと考える余地があろ う。それが消費者法の一つの可能性だと思われる」と指摘する19。河上正二は,「時効制度の 公益的性格からすると,当事者が特約によって時効期間を延長したり短縮したりすること は認められない」としつつ,あらゆる場合に認めないのではなく,消費者契約において消費 者の利益に資するもの,具体的には「銀行が預金債権について時効期間を延長したり,建築 業者が瑕疵担保責任の時効期間を延長する特約」などは否定する必要がないとする。逆に, これら期間を短縮することは消費者契約法 10 条に照らして無効であるとする20 また,佐久間毅は,時効期間の定めも一義的には私人間の法律関係に関するものであるこ 18 権利行使に関する期間の近時の代表的な研究としては,椿・三林・前掲注(8)が挙げられる。 19 金山直樹「権利の時間的制限」ジュリスト 1126 号(1998 年)233-234 頁。 20 河上正二『民法総則講義』(日本評論社,2007 年)529 頁。

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9 とから,ある程度は私的自治にゆだねてもよいとするならば,合意による変更も認められう るとする。ただし,私的自治的形成の範囲を超えている場合,すなわち,公序良俗に反する 場合にだけ無効とすればよいとする21。吉井啓子は,日本における時効期間の合意による変 更に関する議論状況をまとめた上で,延長合意を認めないとする考えの根底には,時効制度 が公益的な制度であるという理解があるとする。そして,時効における「公益性」がどのよ うなところに求められるのかが問題であると指摘し,時効期間の合意による変更の問題を 検討するには,「公益性」の意味するところ,すなわち,時効の存在理由について深く踏み 込んだ議論をする必要があるとする22 このような近時の学説の中でも,鹿野菜穂子の研究はこれまでの日本法での議論を多角 的に検討してきたものとして注目されている。鹿野の論考「時効と合意」では,時効制度が 公益のための制度として捉えられてきた背景に触れつつ,それによって合意の余地がない ということにはならないと指摘する。そして,「権利行使の期間制限の問題(消滅時効)が 私益に関わる制度であることを前提にして,ただ法律関係の安定という公益上の理由から その上限が定められていると理解することができる」とする(その例として改正前民法 639 条に言及している)。そして,時効期間の合意による変更に関しては,まず,近時の諸外国 における時効期間の単純化・画一化の傾向から,「画一化された時効期間の定めは,当該当 事者間で問題となっている権利の種類や状況に適合するとは限らない。そのことから,当事 者が自分たちに適した時効に関する合意をする必要性がいっそう増大すると考えられた」 とし,日本においても諸外国の時効法改正と同じく短期消滅時効を廃止・整理し,かつ時効 期間を短期化した場合には,「当事者が合意によりそれぞれの必要に応じた定めをする可能 性を確保すべきかについて」検討しなければならないとしている。くわえて,時効期間の合 意による延長の場面において,「債権者がその有利な地位を利用し,債務者に期間延長の合 意を押し付けるおそれがある」が,これは短縮条項においても同様に濫用的に用いられる恐 れがあると指摘し,「日本の今後の時効制度を考えるときには,短縮合意と延長合意のいず れについても,それぞれの合意を認める取引上の必要性と,それによる弊害および弊害排除 の可能性を考慮に入れて,その可否が検討されるべきことになろう」として,今後,時効期 間の合意による変更に関して検討する際に必要となる視点を示している23 また,鹿野の論考「時効における公益と私益」は,時効制度における公益の内容にまで踏 み込んで,時効期間の合意による変更に関する規定の日本法への導入可能性に言及する。鹿 野は,時効制度における公益について,民法制定時の議論や通説,今日の議論状況を基に分 析した上で,「公益」の内容を広義の公益(私益〔本来の権利者の利益,正当な権利取得者 ないし弁済者の利益〕の比較考量を踏まえた政策的価値判断)と狭義の公益(社会の安定, 争訟の防止)とに分け,時効における公益と私益の関係を分析する。また,時効に関する合 21 佐久間・前掲注(2)407-408 頁。 22 吉井・前掲注(17)76-78 頁。 23 鹿野菜穂子「時効と合意」金山(直)編・前掲注(9)52-62 頁。

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10 意を一切認めないとする外国法(ケベックなど)は,「社会の法律関係の安定という要素を 重視し,さらに濫用防止や法律関係の簡明という点まで考慮に入れて,時効を公序に関する 制度として位置づけ,時効に関する合意を排除したものと考えられよう。しかし,時効が私 益にも関わる制度でもあることに鑑みれば,それに関する合意を一切認めないとすること は,私的自治に対する過度の制限であるように思われる」と述べ,日本法において時効に関 する合意を認める一定の余地があるとする。その上で,まず,狭義の「公益の考慮が必要で あることを前提として,私益に対する配慮をどこまで盛り込むか」が問題であるとする。そ こで考慮すべき「私的な処分(合意)を制限するファクター」として,「①濫用防止,およ び,②法律関係の簡明」を挙げる。まず,①に関しては時効期間の合意による延長を認めな い根拠として挙げられる民法 146 条の趣旨は,「仮にこれを許せば,債権者がその有利な地 位を利用し,債務者に期間伸長の合意を押し付ける恐れがあるという」ものであり,これが 「私的自治の限界を画するものとしての濫用防止の要請である」とする。また,②に関して は時効に関する合意を広く認めると「権利の消滅時期が外部から極めて分かりにくくなり, 取引に混乱をもたらすことが予想される」とし,債権譲渡の場面での第三者を念頭に,「譲 渡禁止特約のように((改正前:筆者注)民 466 条 2 項),時効に関する合意を第三者に対 抗できる場合を制限するということも,立法論として検討されるべきであろう」と指摘する。 このような要素を考慮しつつ,鹿野は,時効期間については当事者が合意によって変更する ことができるとし,その場合には延長の限界としての上限を定めるべきであるとする。くわ えて,「消費者と事業者との間の債権については,消費者に不利益をもたらす時効期間の合 意を制限する特別規定を設けるなど,適切な措置が必要であろう」とする24 齋藤由起は,本稿でも取り扱うフランス法の 2008 年時効法改正前後の法状況をまとめた 上で,時効期間に関する合意に限らず,起算点や停止・中断事由に関する合意などについて 広く検討を行っている。齋藤は,時効制度は「現在では,自らの利益を自由に規律できる権 能が権利主体に委ねられた私的利益のための制度として現れているとして,時効における 契約自由の発展は時効制度の重要な変化の表れであると指摘する」フランスの学者の見解 を紹介した上で,「このような説明は,日本において時効における合意を広く認めようとす る言説と一致する」と指摘する。もっとも,「フランス法においては,2008 年改正によって パラダイム転換をして合意の自由を急激に拡大したわけではないことに注意されるべきで ある」として,フランス法の状況と日本法の状況の違いに言及する。くわえて,フランス法 においては「当事者による利益調整としての合意の自由を広く認める背後には,その濫用を 防止するための多くの禁止規定が整備されていることも看過することはできない」として, 自由と制限というフランス法の特徴を挙げる25。このようにフランス法の分析をした上で, 24 鹿野菜穂子「時効における公益と私益」慶應法学 12 巻(2009 年)261 頁以下,特に 282-283 頁。 なお,第三者の保護を考慮し,時効の中断・停止事由(改正後の更新・完成猶予を指す:筆者注)の合 意による追加については認めるべきではないとしている。 25 金山(直)・香川・前掲注(9)170 頁においても,「合意の自由を認めるや否や,直ちに弱者保護の観

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11 日本法への示唆としては以下のように述べる。まず,「日本の時効制度が社会の法律関係の 安定という公益のみを目的としていないことは言うまでもない」とした上で,今般の民法改 正によって時効期間が短期化され,民法上の短期消滅時効が廃止されたことによって,「今 後,当事者による合意の必要性を増大させる可能性があることは否定できない」とする。そ して,日本法に時効期間の合意による変更に関する規定を設けるに際しては,延長・短縮と もに認めることが考えられるが,「法律関係の安定のために権利行使の上限期間を設ける必 要があることはもとより,伸長と短縮のいずれの合意についても,当事者間の力関係の不均 衡に基づく濫用を防止する必要がある。公序良俗や不当条項規制でこれを賄いきれるのか 新たな立法が必要になるのかについては,さらなる検討が必要である」と指摘する。そして 最後に,「改正法を前提とする時効における合意のあり方は,時効制度全体の構造と取引社 会の要請についての明確な見通しに基づいて,検討されなければならない」として,更なる 議論の必要性を訴えている26 以上のように,近時,時効期間の合意による変更に関する議論は活発になりつつある。詳 細な検討は第5章において行うが,原則として時効期間の合意による変更を認める学説が 多いが,当事者の合意を認める根拠は私的自治,時効の趣旨,または当事者の性質など多岐 にわたっていることがわかる。このように,根拠は定まってはいないものの時効期間の合意 による変更に言及する学説においては時効に関する当事者の意思,少なくとも期間に関す る合意は肯定的に捉えられているものと思われる。このような状況に加え,今般の民法(債 権法)改正の議論過程において,民法において時効期間の合意による変更を認めるべきであ るかが検討された。そこで次節では消滅時効に関する改正の議論を概観する。 第 3 節 民法(債権関係)改正時の議論概要 第 1 款 時効研究会による提案 2008 年に時効研究会から改正提案が示されており,その中で時効期間の合意による変更 に関する規定も提案されているため,以下,条文案と提案理由を確認しておきたい。 時効研究会案第 171 条 1 項 「時効に関しては,この法律その他の法律に別段の定めがある場合を除き,契約で法律の 規定と異なる定めをすることができない。」 同条第 2 項 「2 前項の規定にかかわらず,債権の消滅時効期間については,次に掲げるものを除 き,弁済期(損害賠償債権については損害発生時)から 1 年まで,契約でこれを短縮する ことができる。 点から,その適用領域を限定せざるを得ないという,フランス的な自由の観念が浮かび上がってくるとい えよう」として,フランス法の特徴の 1 つとして自由と制限があることを指摘されている。 26 齋藤由起「時効における合意の自由」阪大法学 66 巻 3・4 号(2016 年)663-666 頁。

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12 一 債務者の故意又は重大な過失による債務不履行又は不法行為に基づいて生じた債権 二 生命,身体,健康又は自由に対する侵害を理由とする損害賠償債権」 同条 3 項 「債権の消滅時効期間について,契約で前項に定める 1 年に満たない期間を定めたとき は,その期間の定めは,その効力を生じない」 以上の提案につき,「従来,時効期間に関する規定は,社会の法律関係の安定という公 益上の観点から権利行使期間の上限を定めたものと解され,したがって,その期間を伸長 する契約は無効であるが,その期間を短縮する契約は原則として有効と解されてきた。本 案は,基本的にはこの考えを引き継ぎ,民法その他の法律に別段の定めがない限り,債権 につき法定の消滅時効期間を短縮する特約のみ,一定の要件の下でその効力が認められる ことにした」との説明がなされている。また,「わが国においては従来から,債権につき 法定の消滅時効期間を短縮する合意は認められると解されてきたのであり,実際の取引に おいても,契約関係から生ずる債権につき,時効期間を直接的または間接的に短縮する特 約は用いられてきた。しかも,現行の時効規定でも,時効の効果の発生は,当事者の援用 に依拠するものとされており,少なくともその限りでは,当事者による処分を認めてい る。このことは,わが国では従来から,権利の行使期間は私益的な要素を持つ問題であっ て,当事者による処分になじまないものではないと捉えられてきたことを意味する」との 理由から,時効期間に関する特約を認める余地があるとしている。 なお,同提案とあわせて,消費者契約法 10 条の 2 第 2 項として「消費者契約に基づく 消費者の事業者に対する債権の消滅時効期間は,契約で短縮することはできない。ただ し,消費者に他の相当の手段が与えられ,又は合理的な別の期間が設定されることなどに より,当該条項が,民法第 1 条第 2 項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的 に害するものではないと認められる特別の事情があるときは,この限りでない」とする例 外規定も提案されていた27 さらに,代替案として,以下のような条文案も示されていた。 時効研究会代替案第 171 条 1 項 「債権の消滅時効の期間は,この法律その他の法律で別段の定めがないときは,弁済期 (損害賠償債権については損害発生時)から 20 年の期間内に限り,契約でこれと異なる 定めをすることができる。ただし,弁済期(損害賠償債権については損害発生時)から 1 年未満に短縮することはできない」 同条第 2 項 「前項の規定にかかわらず,次の債権に関して消滅時効期間を短縮する特約は,無効とす る。 27 「時効研究会による改正提案」金山(直)編・前掲注(9)305-307 頁。

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13 一 故意又は重大な過失による債務不履行又は不法行為に基づく債権 二 生命,身体,健康又は自由に対する侵害を理由とする損害賠償債権」 同条第 3 項 「前項に規定するほか,消滅時効期間に関する契約の定めは,一方の当事者がその優越し た地位を利用して相手方の利益を一方的に害するものである場合は,無効とする」 以上の代替案の提案理由としては「私権の行使期間も,第一次的には私益に関わる問題 であって,私的自治が当然に排除される理由はなく,権利の設定やその範囲に関する合意 が認められるのと同様,行使期間に関する合意も公序による制限の範囲内で認められてよ いという考えに基づく」ということが述べられている。また,「従来の多様な時効期間を 整理して単純化・画一化していることから,当事者が,その債権の性質その他の事情に, より適した期間を定める必要性が増大する」こともその理由とされている。くわえて,消 費者契約法 10 条の 2 の代替案も示されており,「消費者契約に基づく消費者の事業者に対 する債権の消滅時効期間は,契約で短縮することはできない」として,消費者に不利とな る場合のみ合意を制限することを提案している28 以上のように,時効研究会によって,時効期間の合意による変更に関する提案が行われ ており,その際には,いかにして合意の範囲を制限するのか,また,合意そのものを禁止 する場面をどのように線引きするのかということにつき,時効の趣旨や当事者の性質に言 及する考えが見られ,この点において上記提案は注目に値する。もっとも,代替案の提案 理由の中でも述べられていたが,規定を設けることによってかえって紛争の原因が生じ, 消費者が訴訟負担を負わなければならない可能性が生じるなど,法定することの問題も存 在していると思われる。とりわけ,上記本案及び代替案を見ても,いかなる場合に合意が 可能であり,また,なされた合意が不合理であると判断できるのかは条文からは必ずしも 明確ではなく,あらゆる場合を想定できているとも言い難い。そのため,法定することが 妥当であるか否かということも議論する必要があると思われる。 そこで,以下では法制審議会での議論で,以上の点を含めいかなる議論がなされていた のかを確認していく。時効期間の合意による変更については,法制審議会民法(債権関 係)第 12 回会議および第 34 回会議29において,重点的な議論がなされた。そこで,まず は,消滅時効制度改正の必要性がどのように指摘されていたのかを確認し,次に,消滅時 効期間および時効期間の合意による変更に関する議論を考察する。 28 「時効研究会による改正提案」金山(直)編・前掲注(9)319-320 頁。 29 以下,会議については第○○回会議とし,部会資料についても部会資料○○とする。

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14 第 2 款 消滅時効制度改正の必要性 法制審議会民法(債権関係)部会の部会資料 2「民法(債権関係)の改正検討事項の一例 (メモ)」では,消滅時効制度改正の必要性は以下のような流れで説明されている。まず, 債権の発生原因に基づいて設けられている短期消滅時効について,「このような区分を設け ることの合理性にはそもそも疑問があるという指摘がされている」。また,「実務的にも,あ る債権がどの区分に属するかを逐一判断する必要が生じて煩瑣である上,その判断が容易 でない例も少なくない等の問題点が指摘されている」。このような指摘を踏まえて,「債権の 消滅時効期間については,短期消滅時効の制度を廃止して時効期間の統一化を図る方向で, 検討する必要がある」とされた。そこで,この短期消滅時効廃止とあわせて提案されたのが, 原則的な時効期間の短期化である。すなわち,「仮に短期消滅時効を廃止しつつ,原則 10 年 という債権の時効期間((改正前:筆者注)民法第 167 条第 1 項)は現状を維持するとすれ ば,多くの事例において時効期間が大幅に長期化する結果となるので,一般の消滅時効期間 についても,併せて見直しの対象とする必要がある」との提案である。さらに,時効期間を 短期化するとすれば,時効の起算点,中断・停止にも影響があるとのことから,消滅時効制 度全般についての改正が求められるとされた30。したがって,部会資料からすると,今回の 消滅時効制度改正の核は短期消滅時効制度の廃止にあったこととなる。 第 3 款 消滅時効期間の短期化と時効期間の合意による変更 以上のような提案に従って,消滅時効制度の総合的な見直しがなされることとなり,その 過程において,時効期間の短期化・統一化および合意による変更に関する議論も行われた。 以下では,時効期間の合意による変更に関する議論がなされていた第 12 回会議,第 34 回 会議の議事録をもとに(1)短期消滅時効制度の廃止と一般の時効期間の短期化,(2)時効 期間の合意による変更に関する議論を概観する。 (1)短期消滅時効制度の廃止と一般の時効期間の短期化 短期消滅時効制度の廃止と一般の時効期間の短期化に関する議論は,大別すると以下の ようになる。第 1 は,そもそも短期消滅時効制度を廃止すべきであり,それに応じて一般の 消滅時効期間を短期化すべきであるとする考え31である。その理由としては,商工会議所等 でしばしば相談にあがる内容として,短期消滅時効の適用の有無,自身の債権には何年の時 効期間が適用されるのかというものが多く,このことから,時効制度を煩雑に規定せずにわ かりやすいものにすべきというものが挙げられる32。また,短期消滅時効制度の前近代的な 性格を批判し,同制度の廃止とこれによる弊害への対応としての短期化を主張するものも 30 消滅時効制度改正の必要性については,金山直樹「時効法の課題」金山(直)編・前掲注(9)4 頁以 下等でも示されている。 31 第 12 回会議 山野目幹事・大島委員発言。 32 第 12 回会議 大島委員発言。

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15 ある33。そして,短期化された一般の消滅時効について,いかなる存在理由が妥当するかを 述べる34 第 2 に,現行の短期消滅時効制度を廃止しつつ,新たに必要性のあるものについての短 期消滅時効を置きなおすべきであるとする考えである。これは,第 1 の考えと同じく,現行 の短期消滅時効制度の廃止を唱えるが,完全に同制度を廃止するのではなく,新たに現代の 取引社会に応じた期間を設けるという可能性を示すものである35。また,一般の時効期間の 短期化についても,短期消滅時効制度の廃止ありきで議論をすべきではないとの主張もみ られた36 このほか,消費者保護の観点から短期化すべきではない37,時効期間の統一化・短期化に ついての積極的論拠に欠ける38,時効の起算点の取り扱いと合わせて議論すべき39など,議 論は多岐にわたっていたが,様々な視点が示されたにとどまり,統一的見解は構築されなか った。 その後,部会資料 31 の「第 1 消滅時効 1 時効期間と起算点」において以下のような案 が提示された。 第 1 消滅時効 1 時効期間と起算点 (1) 職業別の短期消滅時効(民法第 170 条から第 174 条まで)の廃止 ア 民法第 170 条から第 174 条までの規定(短期消滅時効)は,削除するものとしてはどう か。 イ 民法第 170 条から第 174 条までの規定を削除するとした場合に,職業別の区分に代わる 新たな短期の消滅時効を設けるかどうかについては,以下のような考え方があり得るが,ど のように考えるか。 【甲案】 一定の債権を対象とする新たな短期の消滅時効は設けないものとする。 【乙案】 元本が一定の額に満たない債権について,短期(例えば,権利を行使することが 33 第 12 回会議 山野目幹事発言。 34 山野目幹事は,「短い期間にしたときに,消滅時効制度について従来言われてきたところの,権利の上 に眠る者は保護しないという考え方はおよそ採ることができませんし,失権を実質的に正当化することに 無理が残ると思われます。そのように考えますと,およそ消滅時効の本質は,時間の経過による事実関係 のあいまい化から生ずる危険と負担から人々と社会を解放するという考え方で消滅時効をとらえるという ことが,一つの有力な考え方として注目に値するのではないかと考えます。」として,改正後における消 滅時効制度の存在理由について一定の見解を示している(第 12 回会議 山野目幹事発言)。 35 第 12 回会議 能見委員発言。 36 第 12 回会議 松本委員発言。 37 第 12 回会議 岡田委員発言。 38 第 12 回会議 中井委員発言。 39 第 12 回会議 鹿野幹事発言。

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16 できる時から 2 年間)の消滅時効を設けるものとする。 【丙案】 消費者契約に基づく事業者の消費者に対する債権について,短期(例えば,弁済 期から 3 年間)の消滅時効を設けるものとする。 (2) 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点 債権の消滅時効における時効期間 と起算点の原則について,以下のような 考え方があり得るが,どのように考えるか。 【甲案】 「権利を行使することができる時」という客観的起算点(民法第 166 条第 1 項参 照)を維持した上で,時効期間を比較的短期(例えば 5 年間)とする。 【乙案】 債権者の認識等の主観的事情を考慮した起算点(主観的起算点) から始まる[3 年/4 年/5 年]という短期の時効期間と,「権利を行使 することができる時」という客観 的起算点(民法第 166 条第 1 項参照) から始まる長期(例えば 10 年間)の時効期間とを 併置するものとする。 以上の案に対しては,短期消滅時効の廃止につき,「現行民法で職業別に時効期間が細か く定められていることが,制度を分かりにくくしている一因ではないかとも思われますの で,現行の短期消滅時効を廃止して,時効制度を分かりやすくするという方向性については 賛成したい40」としつつ,主観的起算点導入については,起算点の判断が困難となることを 問題視し,客観的起算点を維持すべきとの考えがある41。また,破綻した金融機関の責任者 への責任追及の場面において 10 年ほど前の不正融資事件への追及などが多数みられること を理由に,そもそも原則的時効期間を短期化せずに 10 年のままにしておくべきとの考え42 も示された。さらに,「短期の消滅時効というのを廃止して,一つは商事の消滅時効,それ でカバーされないような事業者間の債権については新たに 5 年の時効というものを新設し, それから消費者関係のもの短期消滅時効を考える」として,新たに現代の取引に応じた時効 期間を定めるべきとの考え43など,多くの意見が出された。このように様々な視点から議論 がなされたが,第 34 回会議においても議論は錯綜したままであった。 その後も時効期間と起算点の問題については,第 63 回会議,第 74 回会議,第 88 回会 議,第 92 回会議,第 95 回会議において議論された。その結果,短期消滅時効期間の廃止 と時効期間の短期化(二重期間の設定)を盛り込んだ改正法案が策定され,法案どおりの内 容で国会を通過し,消滅時効制度は改正されることとなった44,45 40 第 34 回会議 大島委員発言。 41 第 34 回会議 大島委員発言。 42 第 34 回会議 佐藤関係官発言。 43 第 34 回会議 能見委員発言。 44 時効期間の統一化を巡る改正論議の動向については,草野元己「民法改正案における時効規定の検討― ―時効期間の統一化の問題を中心に」法律時報 88 巻 2 号(2016 年)107 頁以下に詳しい。 45 加賀山茂「民法(債権関係)改正法案の問題点と修正の必要性(その 1)短期消滅時効を廃止し,保証人の 責任を加重する改正案の削除提案 (民法改正)」消費者法ニュース 107 号(2016 年)184-187 頁では,短

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17 (2)時効期間の合意による変更 時効期間の合意による変更に関する議論状況はすでに先行研究46にて簡潔にまとめられ ているため,本稿では,時効期間の合意による変更の導入についてどのような意見が示され ていたのかを概観する。時効期間の合意による変更に関しては,部会資料 14「第 2 消滅 時効」(5)において,以下のような提案がなされた。すなわち,「当事者間の合意で法律の規 定と異なる時効期間や起算点を設定することの可否について,現行法の下では,時効制度が 公序であるかどうか等をめぐって議論があるところであり,時効完成を困難にする合意は 無効であるが,容易にする合意は有効であるとする見解などが示されているものの,学説は 必ずしも安定しているとは言えない。そこで,この点について立法的な解決を図るべきであ るという考え方があり,例えば,原則として合意による時効期間等の変更を認めつつ,必要 な限定を設ける考え方などが提示されているが,どのように考えるか」というものである。 この提案を受け,時効期間に関する合意を認めるべきであるかについては,大きく分けて 6 つの視点が示されていた。すなわち,①事業者間取引においても経済的力関係が存在するこ とを踏まえるべきであるとする考え47,②契約・権利の性質を考慮すべきとする考え48,③ 当事者間でなされた時効期間の合意と第三者との関係性を考慮すべきとする考え49,④原則 として合意を認めつつも限界を設けるべきとする考え50,⑤権利行使期間との関係について 言及する考え51,⑥そもそも力関係があることを考慮して,合意を認めるべきでないとする 考え52である。 ①②の考えは,時効期間変更条項が濫用されることを危惧したものであり,消費者・弱者 保護の視点を盛り込むべきであるとする。③の考えは,当事者が時効期間を合意により変更 していた場合に当該債権を何らかの原因により取得した第三者(債権譲渡など)との関係が 複雑になってしまうこと,また,債権管理が複雑になることを危惧するものである。④の考 えは,合意の限界期間(上限・下限)を設けることにより,消滅時効制度の持つ私益的性質 と公益的性質の均衡を図ろうとするものである。⑤の考えは,従来,権利行使期間を当事者 が合意により変更することは認められてきたにもかかわらず,何故,消滅時効期間について の合意は認められないのかとの点について十分な説明がなされていないことを指摘する。 また,合意を認めることにより債権管理が複雑になるといった指摘がみられるが,同様のこ 期消滅時効廃止により消費者に不利な結果がもたらされかねないこと,また,法状況の異なるフランスや ドイツの改正を根拠とすることに合理性がないことを理由に,日本法において短期消滅時効制度を廃止す べきではないとの見解が示されている。 46 齋藤・前掲注(26)663-666 頁。 47 第 12 回会議 大島委員・奈須野関係官発言。 48 第 12 回会議 新谷委員発言。 49 第 12 回会議 木村委員発言。 50 第 12 回会議 鹿野幹事・沖野幹事・高須幹事発言。 51 第 12 回会議 道垣内幹事・岡委員・山本敬三幹事発言。 52 第 12 回会議 岡田委員発言。

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18 とは権利行使期間に関する合意においてもいえるとも指摘する。⑥の考えは,力関係のある 当事者間での契約において時効期間の合意による変更を認めてしまうと,弱者に不利な時 効期間が設けられてしまうことを危惧するというものである。 以上の議論を受け,部会資料 31 においては,以下のような案が示された。 (7) 合意による時効期間等の変更 ア 合意によって法律の規定と異なる時効期間や起算点を定めることの可否について,以下 のような考え方があり得るが,どのように考えるか。 【甲案】 時効期間を延長する合意[その他時効の完成を困難にする合意]は無効とする旨 の規定を設けるものとする。 【乙案】 時効期間を短縮する合意が許容される旨の規定を設けるが,その際に,①弁済期 から 1 年に満たない時効期間の合意は無効とすること,②時効期間の短縮が濫用的に行わ れることが想定される一定の債権を対象から除外することを併せて規定するものとする。 【丙案】 債権発生の時までに限り,時効期間の延長・短縮や起算点を変更する合意が許容 される旨の規定を設けるが,その際に,①合意で定める時効期間は債権を行使することがで きる時から[1 年/6 カ月]以上,10 年以下でなければならないこと,②合意で定める起算 点は,債権を行使することができる時以後でなければならないことを併せて規定するもの とする。 【丁案】 合意による時効期間等の変更に関する規定は設けないものとする。 イ 合意によって法律の規定と異なる時効期間や起算点を定めることが許容される旨の規 定を設ける場合において,消費者契約に基づく債権については,法律の規定よりも消費者に 不利なもの(例えば,消費者の事業者に対する債権の時効期間を短縮するもの)は無効とす る旨の規定を設けるという考え方があり得るが,どのように考えるか。 これら案のうち,いずれを採用すべきか議論が展開されたが,その多くは丁案を採用する というものであった。ただし,丁案を採る理由は区々であった。たとえば,消費者にとって 不利である点を指摘する考え53や,労働者にとって不利であるとする考え54である。また, 消滅時効制度は債務者を弁済の証拠の保存の負担から解放するものであり,私益のための 制度であると捉えたうえで,時効期間に関する民法の規定を任意法規として規定し,原則自 由に合意により変更できるとし,ひどいものについては公序良俗で対処するという考えも 示された55。他方で,全くの任意規定とするのは問題であるが議論が不十分であるため,今 53 第 34 回会議 岡田委員発言。 54 第 34 回会議 安永委員発言(筒井幹事代読) 55 第 34 回会議 岡本委員発言。

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19 現在,確定的な案を示すことはできないとする慎重な考え56もあった。また,第三者が登場 した際にどう扱うべきであるかや,実務上なされている権利行使期間の合意とは異なる点 が認められる57など,第 12 回会議でみられた議論も継続してなされていた。 以上のように,第一読会から通して様々な視点が示されるにとどまり,中間試案のたたき 台が提示された時点で,「時効期間の合意による変更」の問題は取り上げられないまま今回 の改正法案が国会を通過した。結局のところ,統一的見解は見出されなかったが,時効期間 の合意による変更に関連して起こり得る問題点や時効の存在理由,時効制度の在り方につ いての様々な視点が示されたことで,「時効期間の合意による変更」と消滅時効制度の存在 理由が大きくかかわる問題であり,どのように扱うべきであるかを明確にする必要がある ことが明らかとなったといえよう。 もっとも,時効に関する合意の議論の際,どのような規律の下で合意を認めるのか,もし くは不合理な結果が生ずるため導入すべきでないといったことには言及されているが,改 正後の消滅時効制度がどのような機能を持ち,どのような制度として運用されるべきであ るのか,すなわち,消滅時効制度の存在理由をどのように捉えるべきであるのかといった点 については言及されていなかったように思われる。そこで,本稿ではフランス法を比較題材 として,時効期間の合意による変更の議論に際しては,時効の存在理由を含めて検討しなけ ればならない点,および,時効期間の合意による変更の可否を判断する際にいかなる要素を 考慮しなければならないのかを明らかにしたい。以下では,簡単にではあるがフランス法を 比較題材とする理由について触れておきたい。 第 4 節 フランス法を比較題材とする意義 第 2 章において詳述する通り,1804 年フランス民法典制定当時,起草者によると時効制 度とは公序のための制度であり,時効に関する規定に関して当事者の意思が介入する余地 はないと捉えられていた。もっとも,19 世紀半ばに出された破毀院判決以降,判例は時効 期間の合意による変更,とりわけ合意による期間の短縮を認めるようになる。その際,当事 者の合意が時効制度を没却するものであるか否かという判断要素が示されている。前節に おいて述べたとおり,日本の民法改正論議においては時効の存在理由に関しては個々の場 面で言及されることはあっても,どのような制度として構築していくのかという全体像な どは議論されないままであり,くわえて,合意による変更の場面では時効制度をどのような ものとして捉えるのかという点についてもほとんど言及されなかった。これに対し,フラン ス法では古くから時効の存在理由との関係をも考慮する形で判例が示されるなど,判例・学 説の蓄積が十分にある。以上の理由から,時効期間の合意による変更に関して考察するにあ たり,フランス法の議論から示唆を得られるのではないかと考えられる。 56 第 34 回会議 高須委員・岡委員発言。 57 第 34 回会議 深山幹事発言。

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20 また,フランス法においては,個々の場面において時効制度の維持しようとする公序の内 容が異なっており,その差異を踏まえた判断がなされていたという事情がみられる。具体的 には,消滅時効制度全般における公序だけでなく,保険法上の時効の趣旨であったり,瑕疵 担保責任に適用される期間の性質であったりなど,契約や権利の性質を踏まえた上での「公 序」が意識されていた。日本法においても消費者契約の場面においては時効期間の変更条項 が濫用的に用いられるおそれがあるため,注意が必要であるとの指摘はみられるが,フラン ス法ではさらに踏み込んだ形で議論がなされている。このような視点は日本法での議論を さらに深めるための視座として有益であると考えられるため,本稿では,時効期間の合意に よる変更に関する議論において,時効の存在理由以外にいかなる点を考慮すべきであるの か,フランス法の議論からその判断要素の抽出を試みたい。 第 5 節 問題の所在と分析の視点 以上みてきたとおり,日本においては従来から時効期間の合意による変更に関する議論 があり,今般の債権法改正においてもその導入について議論がなされてきたものの,議論の 一致をみなかった。これまでの日本における議論においては,消滅時効制度の趣旨(公益か 私益かという観点)からアプローチするものや,合意を認めることを前提としつつ,これを 制限する根拠として契約当事者の力関係に着目するものなど,分析の視点が区々であった のではないであろうか。このように,これまでの学説においては,いずれかの視点から分析 がなされているが,一貫した分析はこれまで十分にはなされてこなかったように思われる。 言い換えれば,いかなる視点から分析すべき問題であるかということが明確にされていな い状況にあるといえるのではないであろうか。日本法においてこれまで時効期間の合意に よる変更を直接的に扱った先行研究も少なく,そもそも日本での議論の蓄積は不十分であ ると言わざるを得ない。そこで,本稿では判例・学説の蓄積のあるフランス法を比較題材と し,時効期間の合意による変更の可否を判断する際に,どのような要素が考慮されてきたの かを明らかにし,日本法を検討する際に必要となってくる視座を提示したい。 具体的には,第 2 章では,フランスでの 2008 年時効法改正以前における時効期間の合意 による変更に関する判例・学説の分析を通して改正前の法状況を明らかにする。2008 年改 正以前,フランス法には時効期間の合意による変更に関する規定が存在しなかった。くわえ て,先述の通り,1804 年民法典制定当時,時効に関する合意は一切認められないと考えら れていたという事情がある。すなわち,当初は強行法規として捉えられていた時効に関する 規定であったが,解釈により合意の余地が認められるに至ったという事情がある。そこで, 第 2 章では改正以前の議論状況をまとめ,いかなる要素が考慮されていたのかを明らかに する。第 3 章では改正過程および改正後の議論状況を整理し,時効期間の合意による変更 が法定されたことで議論がどのような形で発展しているのかを確認する。内容を若干先取 りすると,第 2 章で確認するように,時効期間の合意による変更は様々な要素を考慮して

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