他方で,当事者の属性を考慮して例外的に合意を認めるべきであるとする考えとして,河 上や金山は消費者に有利な内容であるならば認めるべきであるとしており296,また,沖野幹 事は,保険約款において従来時効期間の合意による延長がなされてきた背景を踏まえ,契約 の性質等によっては合意を認める余地があるのではないかと発言する297。
また,(C)の判断要素の内容を確定する際にも取り上げたが,大島委員が言及していた ように298,事業者間であっても必ずしも対等ではないことを踏まえるべきであり,このよう な考えは事業者間取引の問題を踏まえた,時効期間の合意による変更にとどまらない重要 な視点であろう。
以上のように(C)の要素に関しては,日本法においてもとりわけ近時,当事者の属性を 意識した議論が展開されているように思われる。
最後に,(D)の要素に関してであるが,時効期間の合意による変更の議論の場面におい て当事者が合意した期間が時効期間であるかその他の期間であるかを区別すべきであると する積極的な議論は見られなかった。むしろ,日本法の議論においては権利行使期間に関す る合意が認められているから時効期間に関する合意も認めるべきであるといった両期間を 接近させて議論する傾向がみられた。しかしながら,先述した通り,合意された期間の性質 の問題は,時効に関する規定の適用があるかなどの問題とかかわってくる重要な問題であ る。従来,時効期間と除斥期間等とを比較する研究は多くみられた299が,今後は,合意の場 面においても他の期間との区別を意識して議論すべきではないであろうか300。
295 第12回会議 新谷委員発言。
296 河上・前掲注(20)529頁,金山(直)・前掲注(19)233-234頁
297 第12回会議 沖野幹事発言。もっとも沖野幹事は,すべての場合を法律で規定することは困難である ともしており,一定の制限を設けることが必要であるとも指摘している。
298 第12回会議 大島委員発言。
299 たとえば近時の先行研究としては,新井敦志「日本民法の除斥期間に関する予備的考察㈠(二) ・完-消滅時効との比較を通して-」立正法学論集38巻1号(2004年)35-53頁,同38巻2号(2005 年)63-97頁や,椿・三林・前掲注(8),平野裕之「除斥期間と時効の競合をめぐる二つの問題点の考察 : 担保 責任の期間制限及び商法七九八条をめぐって」名古屋大学法政論集254号(2014年)95-123頁などが挙 げられる。
300 ドイツ法に関するものではあるが,大川謙蔵「ドイツにおける消滅時効と除斥期間の関係についての 研究--わが国における除斥期間概念に対する示唆として」近大法学57巻1号(2009年)143-214頁にお いて除斥期間に関する合意についての議論が展開されている。
この点に関しては本稿の検討において新たに発見された課題であるため,本稿では十分な検討が行えて いない。今後の検討課題としたい。
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このように,時効期間の合意による変更の可否に際しては,以上の判断要素を複合的に考 慮する必要があるのではないであろうか。そのため,たしかに,(上限・下限期間をどのよ うに設けるかは別として)原則は時効期間の合意による変更を認めつつ,特に明確な目安と なる当事者の性質に応じて,消費者契約法や保険法などの場面で合意を禁ずることが採り 得る対等の中では最も妥当と思われるが,それらもまた一概に判断できるものではないこ とを考えると,時効期間の合意による変更に関して明文の規定を置くことは時期尚早であ り,今後の更なる議論の蓄積ののち,改めて立法化について議論されるべきであろう。
第3節 小括
以上,フランス法での議論を踏まえて日本法において時効期間の合意による変更の可否 を判断する際の要素について検討を行った。日本法における時効期間の合意による変更に 関する判断要素は,(A)時効期間の合意による変更が時効を事前放棄したのと同じ結果,
すなわち各時効の趣旨を没却する結果を招かないか否か,(B)定められた期間の合理性と 権利の性質,(C)当事者の形式的属性および実質的属性であり,また,合意された期間の性 質決定の必要性から上記の判断要素に加え,(D)合意された期間の性質,に関しても考慮 すべきであるといえる。フランス法上考慮されていた要素のうち,日本法上あまり言及され てこなかった要素もみられたが,日本法においてもそれら要素を考慮すべきである旨は前 節で述べた通りである。
それでは,消滅時効制度と私的自治の関係について,本稿での検討を通していかなる指摘 が可能であろうか。本稿のはじめで述べた通り,消滅時効制度に関しては一般に公益のため の制度であるとの認識がある。ここでいわれる公益とは,いわゆる時効の存在理由を指して いるものと思われるが,消滅時効に対して当事者の意思的な関与がある点301や,当事者の意 思によって時効の効果の発生の有無が判断される点302などを考慮すると,時効制度を私益 のための制度でもあると理解することもできる。すなわち,結局のところ,学説においても 言及されていたように,時効制度とは,期間の満了によって当事者が援用すれば裁判所が画 一的に判決を下すことができ,債務者は証拠を保全していなくとも弁済の証拠として時効 を援用でき,継続した事実状態が法的保護の対象となるという公益的な性格と同時に,援用 するか放棄するかは各債務者に委ねられており,時効が援用されると債権者が権利を失い,
債務者が債務から解放されるという効果をもたらすという私益的な性質も帯びる制度であ るといえる。もちろん,いずれに重きを置くのかという問題は存在するが,少なくとも時効 利益の放棄が認められている点を踏まえると私益的要素を全く否定することは難しいので はないであろうか。むしろ,時効期間に関する合意が上記判断要素を踏まえて認められると すれば,時効制度においても私的自治が重視されているとも考えられる。そして,本稿で取
301 鹿野・前掲注(23)52頁。
302 たとえば「時効研究会による改正提案」の提案理由(金山(直)編・前掲注(9)305-307頁)。
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り上げたフランス法を含めた外国法の状況や,また,日本における時効法改正によって短期 消滅時効がなくなったことによる合意の要請などを踏まえると303,今後さらに消滅時効に 関しては当事者の意思が大きく影響してくるものと考えられる。今後は,改正後の時効制度 が民法においてどのように位置づけられるのか,私的自治との関係も踏まえて考察してい きたい。
303 鹿野・前掲注(23)57頁などにおいても当事者の意思による処分可能性について言及されている。
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第 6 章 おわりに
第1節 本稿のまとめ
本稿では,時効期間の合意による変更に関する議論を基に,消滅時効制度と私的自治の関 係について考察を行った。
旧フランス時効法下においては,時効期間の合意による変更に関する規定が存在してい なかったため,いかにして時効期間の合意による変更を有効とすべきか,様々な議論が行わ れていた。その中で,仏民旧
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条が維持することを目指した公序とは,永遠の訴権を認 めず,債務を弁済した者を証拠保全の負担から解放することであった。そして,当事者の合 意がこの公序を侵害するものでなければ,当該合意は有効なものと理解されていた。その後,保険会社が短縮条項を濫用的に用いたことにより,1930 年
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月13
日の法律で保険契約に 関する時効期間が2
年へと短縮された上で,当該期間を合意により変更することが禁じら れた。この保険契約に適用される消滅時効の規定の目的は,弱者たる保険契約者(被保険者)の保護にあった。さらに,請負の瑕疵担保責任に関する期間を短くする合意を認めないとす る下級審判決については,権利者の権利行使の機会を奪うことは認められないという時効 制度とは別の理由から時効に関する合意が認められなかった。他方で,同じ請負の瑕疵担保 責任に関する期間を延長する合意については,瑕疵担保責任の期間の目的の中に完成した 物・仕事の保証が含まれる点が重視され,当該期間を延長することが認められた。このよう に,時効期間の合意による変更の可否の判断においては権利の性質を通して時効の目的も 併せて考慮されていたと理解することもできる。なお,本稿で取り上げた範囲に限られるが,
旧フランス時効法において時効期間の合意による変更が認められた事案はすべて附合契約 であった点も指摘しておきたい。
以上のような状況を経て,2008年時効法改正が行われ,フランスにおいては時効期間の 合意による変更が明文の規定をもって認められた。法定されたこともあり時効期間の合意 による変更に関する議論において,旧フランス時効法で考慮されていた事情について言及 するものは見られなくなった。そのため,改正後において問題となった事案の多くは時効期 間の合意による変更を禁止する例外規定の適用があるかなどに集中していたといえる。も っとも,ここで新たに問題となったのが,一方当事者が時効期間に関する取り決めを行った と理解しているのに対して,相手方は訴権消滅期間に関する取り決めを行ったと理解して いる場合に,時効の規定の適用があるのかというものである。フランスにおいては時効期間 と予定期間などの類似する期間との区別が問題視されていたが,改正でもその対応は不十 分なままであった。そこで,本稿では時効期間と訴権消滅期間に関する合意の場面に限定し て,両期間の区別についての検討を行った。その結果,いずれの期間として捉えられるかに ついては当事者の契約の目的,すなわち意思を解釈するしかないのではないのかとの結論 に至った。いずれの期間となるかによって時効の中断や停止の規定の適用の有無が分かれ てくるため,この問題は時効制度の維持ともかかわってくるものである。もっとも前章まで でも述べた通り,改正後