第
2
章において分析したとおり,時効期間の合意による変更の有効性判断においては,時効の存在理由や権利・期間の性質,実際に定められた期間の長さなど様々な点が考慮され ていた。くわえて,時効期間の合意による変更が認められた事案はすべて附合契約の場面で あり,広く一般において時効期間の合意による変更がなされていたという事情は存在しな かった。 しかしながら,2008年
6
月17
日の法律により,フランス時効法に関して大幅な 改正が行われ,一般の時効期間は30
年から5
年へと改められるとともに,「時効期間の合 意による変更」が仏民新2254
条148として規定された。これにより,フランス法においては 広く一般に時効期間の合意による変更が認められることとなった。そこで本章第
1
節においては,上記改正がどのような経緯で行われたものであるのかを 分析し,旧フランス時効法において時効期間の合意による変更の有効性を判断する際に考 慮されていた事情が改正にどのような影響を与えているのかを考察する。そして,第2
節 においては,数は限られるが,改正後の裁判例を考察し,明文の規定を設けたことによる影 響があるのか否かについて分析することとする。第1節 2008年時効法改正の趣旨と議論
2008
年6
月17
日の法律により,フランス消滅時効制度は大幅に改正された。ここでは,改正法の草案であるカタラ草案をもとに改正趣旨を確認した上で,同草案に対する破毀院 ワーキンググループの反応を取り上げる。そして,元老院での議事の流れを確認し,2008 年改正における「時効期間の合意による変更」規定(仏民新
2254
条)の位置づけを考察す る。第
1
款 カタラ草案カタラ草案およびその改正趣旨を示したものによると,時効法改正の趣旨としては,(1)
期間の長さ,(2)期間の多様性,(3)規定の複雑さ,という以上の
3
点を克服することにあ るとされる149。まず,(1)期間の長さの問題についてである。1804年民法典制定時より,消滅時効期間
148 仏民新2254条第1項「時効期間は,当事者の合意によって短縮または延長され得る。ただし,1年未 満に短縮,または10年を超えて延長することはできない。」
同条第2項「当事者は,合意によって時効の中断または停止事由を追加することができる。」
同条第3項「賃金,定期金,定額小作料,扶養定期金,賃料,賃借人の負担費用または貸金利息に関す る支払訴権または返還訴権,1年毎または1年より短期の期間で定期的に支払うべきものに関する支払訴 権については,前2項の規定は適用されない。」
149 Pierre Catala, Avant-Projet de reforme du droit des obligations (Articles 1101 à 1386 du Code civil) et du droit de la prescription (Articles 2234 à 2281 du Code civil) p.171,
http://www.justice.gouv.fr/art_pix/RAPPORTCATALASEPTEMBRE2005.pdf, pp.171-184.
2019年11月27日閲覧。
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のうち,一般期間(普通期間)は
30
年とされていた150。しかしながら,このような期間は 人の活動を停滞させるほど過度に長い期間であり,時代の流れ(技術の発達)は期間の短縮 を求めているとされていた。時効期間があまりにも長すぎるとの批判は,従来よりなされて きたものであり151,また,近時の諸外国における改正において時効期間が大幅に短期化され たことも受けて,一般期間を短期化すべきであるとの提案がなされたものと考えられる。具 体的には,2002
年に改正されたドイツ債務法152,153やヨーロッパ契約法原則154,155,ユニドロワ156,157にならって
3
年とすべきであるとの提案がなされていた158,159。次に,(2)期間の多様性についてである。草案の趣旨説明によると,改正前民法典におい ては,時効期間に関する規定は多岐にわたっており,3カ月,6カ月,1年,2年,3年,4 年,
5
年,10年,20年,30年という期間が存在していた。このような期間の多様性が時効 法の混沌とした状況を招いているため,この状況を打破すべく,短期消滅時効を統一すべき であるとされた160。最後に,(3)規定の複雑さについてである。草案担当者によると,時効の起算点や中断・
停止,契約の自由や裁判官の職権に関する諸規定の内容および概念の曖昧さが原因で訴訟 が引き起こされている。また,時効期間以外の期間として定められる,予定期間(délais
150 仏民旧2262条
「すべての訴権は物的であれ人的であれ,30年で時効にかかる。」
151 Planiol et Ripert, supra note 126, no1329, p.737 ; H. Mazeaud et al., supra note 66, no 1173, p.1179 ; A.
Bénabent, Droit des obligations, 6e éd., 1997, no 893, p.541 ; Terré et al., supra note 65, no1477, p.1391, etc..
152 ドイツ債務法195条「通常の消滅時効期間は,3年である。」
153 ドイツの消滅時効制度については,齋藤由起「ドイツの新消滅時効法―改正時の議論を中心に」金山
(直)編・前掲注(9)156-164頁,半田吉信「新しい時効体系とドイツにおける学説,判例の展開
(1)(2・完)」駿河台法学29巻2号(2016年)212-140頁,同30巻1号(2016年)146-53頁など に詳しい。
154 ヨーロッパ契約法原則14 : 201条「一般の時効期間は,3年である。」
155 ヨーロッパ契約法原則上の消滅時効については,野々村和喜「時効法改革とヨーロッパ契約法原則
(PECL)第14章――分析と紹介」同志社法学59巻4号(2007年)1885-1924頁,鹿野菜穂子「ヨー ロッパ契約法原則およびユニドロワ国際商事契約原則における時効」金山(直)編・前掲注(9)183-187 頁に詳しい。
156 ユニドロワ国際商事契約原則2004第10.2(1)「一般時効期間は,債権者の権利を行使可能にする事 実を債権者が知り,または知るべきであった日の翌日から起算して3年とする。」
157 ユニドロワ国際商事契約原則における消滅時効については,鹿野・前掲注(155)187-191頁に詳し い。
158 改正後は,「人的訴権または動産に関する物的訴権は,権利者がその権利の行使を可能とする事実を知 り,または知るべきであった時から,5年で時効にかかる。」として,一般期間は5年とされた。
159 Avant-projet, supra note 149, p.173.
160 Avant-projet, supra note 149, p.171.
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préfix)・訴権消滅期間161(délais de forclusion)・保証期間(délais de garantie)・手続期間
(délais de procédure)と時効期間との差が不明確であることを理由としても,訴訟が頻繁 に提起されているとされており,このような状況を解消すべく,各規定につき改正する必要 があるとされた162。
以上のような改正趣旨の中で,「時効期間の合意による変更」の導入も併せて提案された。
カタラ草案
2235
条第2
項は「時効期間は,当事者または法定代理人の合意によって短縮ま たは延長され得る。ただし,1年未満に短縮,または10
年を超えて延長することはできな い。」との規定を置くというものであった。では,なぜ,「時効期間の合意による変更」に関 する規定を導入する必要があるとされたのか。これについては,一般の時効期間を3
年(改 正により実際には5
年とされた)とすることにより生じる弊害を回避するためであるとの 説明がなされていた。具体的な場面としては,以下の2
例が挙げられていた。1
つは,これ まで保険会社に対する保険金請求権の消滅時効期間は2
年とされていたものが,3
年に延び ることになると,保険会社にとっては不利益な改正になるため反発が起きるというもので あり,もう1
つは,労働者はこれまで賃金請求権については5
年間行使することができた が,改正により3
年となってしまうと,従来に比べ自身の権利が早期に時効にかかってし まうとの反発が起きる163というものである。このような実務からの反発に対し,上記の改正 趣旨は,当事者による時効期間の変更を可能とすることで,従来通りの時効期間を用いるこ とができ,その結果として,不利益を回避することができるとの趣旨であると理解すること ができる164。カタラ草案に関しては,破毀院ワーキンググループが意見書を出している。その中で,時 効期間の合意による変更について,まず,そもそも時効期間の延長は禁じられているとする。
そのうえで,草案において時効期間の合意による変更が
1
年から10
年の間に限定されてい ることを確認しつつ,時効期間の合意による変更を認めると,1930年法制定前の保険契約 において生じていたのと同様の問題が起こるとする。すなわち,弱者にとって危険性のある 合意(保険会社に有利な条項の合意:筆者注)がその者に強いられるという問題である。そ うしたおそれがあるため,全会一致で反対するとの意見が出されている165,166。161 本稿では便宜上,forclusionについては訴権消滅期間と訳することとするが,この点に関しては別途考 察の機会を設けることとする。
162 Avant-projet, supra note 149, p.171-172.
163 Avant-projet, supra note 149, p.174.
164 以上の改正趣旨については,金山(直)・香川・前掲注(9)165頁以下に詳しい。
165 Rapport du groupe de travail de la Cour de cassation Sur l’avant-projet de réforme du droit des obligations et de la prescription 15 juin 2007.
(https://www.courdecassation.fr/institution_1/autres_publications_discours_2039/discours_2202/groupe _travail_10699.html)2019年11月27日閲覧。
166 齋藤・前掲注(26)199-200頁においても紹介されている。