第1節 フランス法の議論のまとめ
これまで,フランス時効法における時効期間の合意による変更に関する議論を考察して きた。以下では,時効期間の合意による変更の可否における判断要素を整理していく。
2008
年時効法改正以後,5
年の消滅時効期間を基本とした上で,仏民新2254
条は当事者が合意により時効期間を
1
年から10
年の間で自由に設定することができるとしている。そ のため,2008年時効法改正後においては時効期間の合意による変更がなぜ可能であるか,また,時効制度の存在理由との関係をどのように説明づけるかに関しての議論は見られな い。そのため,日本法と同じく明文の規定を持たなかった旧フランス時効法の議論を参考に 再整理する。
時効期間の合意による変更が認められるかに際し,裁判例・学説が注目していた要素とし ては,(A)時効の事前放棄を禁止する仏民旧
2220
条に時効期間の合意による変更が抵触す るか否か,(B)定められた期間の合理性と権利の性質,(C)当事者の属性の3点が挙げら れる。以下では,各要素が時効期間の合意による変更の可否を判断する際に有益な視点であ ることをこれまでの議論のまとめとあわせて検討していく。(A)時効の事前放棄を禁止する仏民旧
2220
条に時効期間の合意による変更が抵触するか 否かまず,改めて確認しておかなければならないことは,仏民旧
2220
条がなぜ時効期間満了 前に時効利益の事前放棄を禁止しているのかということである。時効制度とは,原則として 法定された期間の経過をもってその効果が認められるものである。仮に仏民旧2220
条の禁 止する時効の事前放棄を認めると,債務者は永遠に債務を弁済した証拠を保全しなければ ならず,その負担から解放されないこととなる。すなわち,時効の事前放棄を認めると時効 制度を没却することになってしまうとの理由から,仏民旧2220
条がその根拠とされたもの と理解できる。実際,時効期間の短縮合意に関する判例である④判決はその判旨において「時効の事前放棄を禁じ,永遠の訴権を認めない(仏民旧)2220条の規定と,通常の時効 よりも狭く訴権行使を縮約する条項は抵触するどころか,完全に両立する251」と説明してい る。また,Mazeaud らも,仮に時効の事前放棄が認められるとすると,債権者が債務者に 時効の利益を事前に放棄させ,いつまでも権利を行使できる状況を作出することで,容易に 消滅時効制度を潜脱することが可能となってしまい,立法者の意向を損なってしまうとい った指摘を行っている252。そのうえで,裁判例は,短縮合意は公序に反するものではないと している。すなわち,ここで述べられている「公序」とは,永遠の訴権を認めず,かつ,債 務を弁済した者を証拠保全の負担から解放することを目的とした消滅時効制度の目的を指
251 Cass. civ. 16 janv. 1865, D.1865, 1, p.12.
252 Marty et Raynaud, supra note 127, no 858, p.861.;H. Mazeaud et al., supra note 66, no1189, p.1194.
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しているものと理解することができる。そのため,当事者が時効期間を合意により定める際 には,上記趣旨に反しなければ良いということとなる。よって,(A)の考慮要素から,時効 期間の合意による短縮は原則有効なものとして考えられ,時効期間の合意による延長は原 則無効なものとして考えられることとなる。なお,一部学説においては,延長合意の対象が 仏民旧
2271
条から同旧2273
条に規定される短期消滅時効である場合,これら短期消滅時 効の趣旨として,単なる弁済の推定にとどまらず,訴訟への配慮,判決の簡便化という観点 が含まれることから,時効期間の延長を認めてしまうと仏民旧2220
条を潜脱することがで きてしまうと述べている253。さらに,明示的に仏民旧2220
条が根拠として挙げられていた わけではないが,定期金に関する訴権の消滅時効期間を定める仏民旧2277
条(「支払いに ついての訴権は,5
年で時効にかかる。賃金,永久及び終身定期金の支分金及び扶養定期金 の支分金,賃料及び定額小作料,貸付金の利息,及び一般的に年又はより短い定期の期限で 支払われるべきすべてのもの。」)も,弁済の推定のみを基礎とするのではなく,定期金の蓄 積により債務者が貧困に陥ることを避け,債務者を保護するという目的で「公序」に基づい て定められた短期消滅時効制度であることから,この場面においても時効期間の合意によ る延長が認められないとされていた254。以上をまとめると,時効期間の合意による変更においては,まず,フランス法は仏民旧
2220
条を根拠としていたが,改めて同旧2220
条が引用されている,もしくは,時効制度の 維持そのものが根拠とされている場面を整理すると,仏民旧2220
条が維持を目指す「公序」である,永遠の訴権を認めず,債務を弁済した者を証拠保全の負担から解放することであっ たり,仏民旧
2271
条~同旧2273
条が規定する短期消滅時効が維持を目指す「公序」であ る,訴訟への配慮,判決の簡便化,そして,仏民旧2277
条が規定する短期消滅時効が維持 を目指す「公序」である,継続的債務の蓄積の回避といったこれら「公序」に反しなければ,当事者は時効期間に関して合意することができることとなる。すなわち,当事者は時効期間 について合意することはできるが,各種時効が維持を目的としている「公序」を侵害するも のに関しては合意の自由が認められないとされていたこととなる。
(B)定められた期間の合理性と権利の性質
当事者が自由に期間を定めたとしても,時効制度を潜脱する期間であっては認めること はできない。とりわけ,時効期間の合意による短縮の場面において,その長さが問題となる。
⑧判決では,建築者及び請負人の責任に関する期間が本来であれば
10
年であるところを18
カ月に短縮する合意がなされていた。たとえば,当事者間で定められた期間が売買契約や金 銭消費貸借契約に関するものであったとすると,同判決の結論は変わっていた可能性があ る。その理由は,⑧判決で問題となった建築者及び請負人の責任というものは,建物の瑕疵253 Colin et Capitant, supra note 87, p.137.
254 Baudry=Lacantinerie et Tissier, supra note 114, no 65, p.49.
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に対する責任であり,それに対して設けられた期間は保証のための期間の性質を帯びるこ ととなるからである。そのため,売買契約などのように履行期が来ればすぐに権利を行使で きるものではなく,一定期間の居住を経て瑕疵が明らかになり,その後はじめて行使できる 権利について,引渡し後
18
カ月が経過すればそれ以降行使できないとしてしまうのは事実 上注文者に権利行使の余地を認めないのと同義であるといえる。そのため,たとえ(A)に みたように仏民旧2220
条に反しなければ同条にいう公序を侵害しないとしても,権利の性 質によっては,定められた期間が合理性のあるものとは言えず,当該合意を無効とすべきで あるとされたのである。また,⑩判決においてみられたように,満期を1
年とする定期金及 び終身定期金に関する訴権について,当該時効期間を5
年から1
カ月へと短縮したことに ついて,同裁判所は,時効期間を1
カ月とした合意は濫用的なものであって無効であると の判断を下すなど,権利を行使するにあたり十分な期間が確保されているかが大きな要素 となっていると考えられる255。このように,(A)の判断要素により原則有効とされた時効期間の合意による短縮ではあ るが,定められた期間が,権利の性質からして(権利を行使する猶予として)妥当であるか が判断され,妥当でないとされると例外的に無効とされることとなる。
他方で,⑬判決も同じく建築者及び請負人の責任に関する期間が合意により変更された 事案であったが,この事案においては当該期間は本来
10
年と規定されているところを建築 者側が20
年に延長したものである。このとき裁判所は,この10
年の期間というものは建 築者及び請負人の行った仕事の保証期間としての性質も有するものであるところ,仮に当 該期間を延長したとしても,公序は当該20
年の期間を妨げるものではないとしている。(A)に従えば原則として時効期間の合意による延長は無効となるはずであるが,定められた期 間が権利の性質からして妥当であるかが判断され,妥当であるとされると例外的に有効な ものとされることとなる256。
以上まとめると,合意により変更された期間であって,(A)の判断要素に従い原則有効 であると考えられる期間であったとしても,(B)定められた期間の合理性と権利の性質の 考慮によって,権利を剥奪するのと同視し得るほど過度に短い期間が設けられている場合 には,例外的に無効とされる場合があることとなる。他方で,(A)の判断要素に従い時効期 間を延長する合意は原則無効であると考えられるとしても,(B)定められた期間の合理性
255 旧フランス時効法下における多くの学説も同旨である。Marty et Raynaud, supra note 127,no 867, p.869., etc..
256 なお,判例において延長が認められた場面の特徴として,合意された期間が普通時効期間より短期の ものであるという事情がみられることも注目しなければならない。たとえ要素(B)に従ったとしても,
普通時効期間についてはこれを延長することは困難なように思われる。後述する短期消滅時効の延長の場 面でも普通時効期間が合意の上限と捉えられているため。