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研究・開発における稲盛経営哲学の実践

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Academic year: 2021

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著者

牧原 千尋

雑誌名

鹿児島大学稲盛アカデミー研究紀要

8

ページ

1-28

発行年

2018-11-30

URL

http://hdl.handle.net/10232/00030371

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研究・開発における稲盛経営哲学の実践

牧原 千

(鹿児島大学 稲盛アカデミー・特任教授)

Practice of Inamori management philosophy in reserch and development

MAKIHARA Chihiro ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― キーワード:稲盛和夫、フィロソフィ、研究開発、開発投資、市場開拓、マーケティング、技術経 営(MOT:ManagementOfTechnology) 1.はじめに ₂.開発の使命 ₂-1.研究開発の使命と大義 ₂-₂.技術開発で求められる「考え方」と「動機づけ」 ₂-₃.一般的な開発スタイルと京セラ半導体部品開発部の取り組み方の比較 ₃.稲盛流市場開拓にみるマーケティング論 ₃-1.研究開発テーマは自社技術の延長線で ₃-₂.研究開発は飛び石を打たない ₃-₃.市場がなければ自分でつくればいい ₄.研究開発投資 4-1.投資の判断基準 ₄-₂.研究開発の経費管理 ₄-₃.研究開発投資の比較 ₄-₄.セラミックス部品事業における開発の考え方 ₅.新市場開拓 ₆.技術経営の重要性 ₇.研究・開発者のモチベーションと責任者の役割 ₈.研究開発のマネージメント能力 ₉.研究開発と人間性 10.おわりに

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1.はじめに

 京セラ株式会社名誉会長稲盛和夫は、周りの支援を得て27歳という若さで自ら開発した新たなセ ラミックス(ファインセラミック)を世に問う場として京都セラミック株式会社を立ち上げ事業を 運営していく中で、企業運営に関しては素人同然であったが、幾多の困難を乗り越え、試練を潜り 仕事についてまた人生について、自問自答する中から生れた人生哲学を「京セラフィロソフィ」(稲 盛、2014b、323頁)として体系化し、それは実践経営哲学として日本はもとより広く世界に対し ても認知されるに至っている。  一代で京セラを1兆円企業まで築き上げたその手腕は、独自に考案した会計手法である「アメー バ経営」注1として多くの経営者が注目し導入する会社も多く存在している。中でも、中小企業の経 営者を育てたいとの思いからボランティアではじめた「盛和塾」においては、稲盛の思想を学び自 らの経営に活かしたいと願う経営者が愚直に実践することで、業界業種を問わず、それぞれに大き く業績を伸ばしている事実を世間は認めている。  また2010年2月に日本政府からの要請に応えて、当時80歳を前にして高齢にも関わらず、常日頃 より稲盛が信条としている「世のため、人のため」という「利他の心」で日本航空(JAL)の再建 に臨み、見事に短期間のうちに再建を果たした事実は世間の驚きと共にまだ記憶に新しい。このこ とは稲盛経営哲学が秘めている普遍的な力の凄さが第二電電(現KDDI)設立の成功に続いてまた しても証明されることとなった。  さて、筆者は京セラ(株)に入社して以来30年近くを技術畑で過ごし、開発部隊を率いる責任者の 任に就いてからは稲盛の教えに従い自分に課せられた職務に邁進してきたが、2015年3月に同社を 定年退職後、稲盛の命により同年4月より鹿児島大学稲盛アカデミーで新たな職務にあたっている。 京セラ時代は半導体部品事業本部(セラミック材料をもとに半導体素子用パッケージの製造が主な 事業本部。京セラ創業当時から今日に至るまで主力事業本部として京セラの発展に大きく貢献)に 所属し、新たな商品開発や新規事業創出に携わってきた。本稿では、技術者としての目を通して研 究・開発に向き合うときの考え方や、テーマの設定と開発遂行において、技術者の思考と意識の持 ち方が稲盛経営哲学や京セラフィロソフィとどのような関連性があるのかについて論じることで、 僭越ながら「技術者としての稲盛和夫」の人間像に近づいてみたい。  筆者は、“開発はやはり難しい”というのが30年近く研究開発の現場を担当してきた一人の技術 者としての率直な感想であり本音である。しかしながら、研究開発の職務が、企業が永続的に発展 していくための生命線を担っているという事実に対しては、何らの疑問を挟む余地は全くなく、研 究開発の第一の使命は、「成果をだすこと」と定義できる。よって、まず最初の論点のポイントは、 研究開発の成功不成功はなぜ起こるのかとし、その原因と発生要因に関して研究開発の進め方と研 究開発投資効果と開発運営の考え方について、稲盛の思想を紐解きながら考察を加えてみたい。  尚、本稿において、「稲盛和夫」は「稲盛」、「京セラ株式会社」は「京セラ」、「半導体部品事業本部」 は「SC事業本部」、「半導体部品開発部」は「SC開発部」と略して記述する。  また、論文中の事例で京セラの半導体部品開発部部門を取り上げているが、極めて重要な企業機

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密に関わる内容を含んでいることから数字等の具体的な引用は避けて概略のイメージが掴める範囲 の説明に留めていることをお断りする。

2.開発の使命

2-1.研究開発の使命と大義  企業における研究・開発活動は業界や業種によっても異なるが、一般的には二つのパターンに分 類される。一つ目のパターンは、開発するモノが会社トップや事業本部長レベルの事業経営責任者 から具体的に示されることによって開発に着手するタイプのトップダウン方式である。二つ目のパ ターンは、提案型のスタイルで、開発者・技術者自らが将来の事業を見据えて商品開発を企画提案 する場合等でありボトムアップ方式である。いずれの場合も図(1)に示すように着手するテーマ の難易度や到達目標の高さによって開発の取組み方が大きく異なる。  つまり、全くの基礎研究の段階から着手しなければならないのか、あるいは過去に蓄積された何 らかの技術が存在することで、その技術を部分的にでも活用できるレベルの開発なのかどうかに よって、その取り組み方は大きく異なってくる。全くの基礎研究から着手しなければならない場合 は当然ながら時間的にも経費的な面でもより負担が大きくなり、ハードルの高い研究開発となるが、 いくらかでも既存の蓄積技術の活用が可能な場合においては、開発期間の短縮や開発経費の抑制を 図ることができる。いずれの場合においても、「何のために、誰のために開発をするのか」、その開 発が達成できれば事業として成立するのか、売上規模はいくらが見込めるのか、利益率はどうか、 そのためには開発投資費用(設備、材料費、人件費等)はどの程度か、開発費用の回収期間はどれ くらいかかるのか、といった項目に関する開発戦略について充分な調査と分析が必要であることは 言うまでもない。  実は、この開発戦略の策定こそが開発の目的、大義を明確にする重要な作業であり、従って、こ のプロセスは充分な時間をかけて行う必要があり、その内容の出来具合によって後々の成果に大き トップダウン型 研究・開発 ボトムアップ型 具体的なテーマが指示される 組織的合意形成に基づいたテーマの設定 市場・競合の情報が明確で開発商品イメージが出来上 がっている。 市場・競合の調査(マーケティング活動)を経て ターゲットを絞り込む作業が必要。 図1 研究・開発の取り組み方

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く影響を及ぼす。  京セラの事業運営方針のベースには、必ず京セラフィロソフィがあり、また同時に現場のオペレー ションではアメーバ経営が実践されている。つまり事業運営は、常にこの二つの両輪を回すことで 正しい運営が成り立っている。アメーバ経営の特徴は独立採算方式で運営され、各アメーバは利益 を残すプロフィットセンターとして機能することが大きな特徴であり、成果の指標の表し方は、時 間当り採算制度(後で詳細に述べる)を用いて運営される。  アメーバの集合体である事業部においては、自らの食い扶ちは自ら探すことが原則であることに より、各事業部は自らの事業を維持拡大するための商品探しに対して、自ら足で稼ぐことが宿命で あり、市場の動きや客先の動向に対して事業部長はもとより、技術や製造の責任者までもが常日頃 より注意深く関心を寄せている。つまり京セラでは余程の事情がない限りトップダウン方式ではな く、ボトムアップの提案型の開発テーマ設定が主となっている。  組織構図の一例としてSC事業本部の組織イメージ(課ランク以下は省略)を図(2)に示す。 図2 半導体部品事業本部の組織イメージ図 半導体部品事業本部 営業部 製造事業部1 製造事業部2 製造事業部3 開発部  事業本部の下に各製造事業部と開発部、営業部同列に位置しており、開発部は各事業部や営業と 常に横の連携をとりながら開発テーマの設定を行う(詳細は後で述べる)。テーマ設定の仕方の一 例は、各事業部や営業から挙がってくるテーマ(依頼テーマ)と開発部で単独で起案するテーマ(独 自テーマ)に大別される。テーマ設定に当たっては、開発規定書が存在し、開発テーマ設定の仕方 に関する項目、開発着手後の進捗管理項目、進捗会議の開き方や開発完了要件と審査の開き方など、 開発の進め方全般について、開発の各ステップごとの進め方が詳細に定めてあり、ステップに入る とき、終了するときには必ずステップ審査を受診し、判定基準に従ってGO、NO判定が下される。 またこれらは開発進捗管理規定としてISOの審査対象にもなっており、開発部内部の進捗管理に加 えて外部からも管理を受ける二重の仕組みによって、透明性を持たせることで、言わば開発部の独 走を許さない仕組みであり、事業に結びつく正しい開発を目指すものである。  それでは正しい開発とは何を意味しているのであろうか。まず一つ目は会社の理念に照らして正 しいかどうか、ということであり、「全従業員の物心両面の幸福を実現すると同時に人類社会の進 歩発展に貢献すること」という理念に合致しているかどうかである。このことは言い換えれば、開 発の目的、意義を明確にすることであり、即ち、京セラフィロソフィの「ガラス張りの経営」(稲盛、 2006、265頁)を実践することにもつながる。二つ目は事業として成立するかどうかを明確にする ことである。そのためにはテーマ内容の分析は厳重に行い、技術的開発の内容を具体的に示し、課

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題や問題点をリアルに炙りだすことが求められる。特に競合の技術調査は重要であり、加えて代替 技術についても詳細に調査して開発テーマの技術的優位性を明確に示さなければならない。そのた めには営業やマーケティング部門とも密接に情報交換を行い、開発者自らが客先に出向き研究技術 開発部門の情報を積極的に入手し、市場性や競合の状況を直に掴むことで事業規模を予測すること ができ費用対効果が具体的に見えてくる。  これら一連の調査を入念におこなうことの意味づけは、無駄な開発を避けることは言うに及ばず、 開発者自らがテーマに対する責任の重さを自覚するとともに、事業に貢献できるという開発者とし ての誇りを抱くことにつながる。また、開発テーマの設定審査を別の角度から眺めると、それは単 に管理のための管理ではなく、会社理念の検証とも言える。つまり、その開発は会社理念に照らし 合わせて間違っていないということを明確にすることであるからである。これらのプロセスを経て、 開発がスタートして完了するまでPDCAを回すことで、より完成度の高い開発を成し遂げることが 可能となる。一方、開発途中段階において、市場環境が急激に変化した場合や、競合技術が台頭し てきたときなど開発環境に大きな変化点が生じた場合には、途中の審査過程で速やかに開発中止の 判断が下される。このことは、開発行為に対する責任を果たすために、極めて重要なことであり、 開発費用の無駄な浪費を避けて、次の新たな戦略を立てるために必要な判断を瞬時に行う為に必須 のポジティブな判断行為として捉えなければならない。  以上の説明を分かりやすくするために、次にセラミックパッケージの開発を例に説明するが、そ の前にセラミックパッケージの大まかな製造工程を(図3)で説明する。  まず最初に、アルミナ等のセラミックス材料を調合した後、①テープ製造→ ②テープカット→ ③VIA形成→ ④印刷→ ⑤積層→ ⑥各パッケージにカット→ ⑦焼成→ ⑧ニッケルメッキ→ ⑨金具 付け→ ⑩ニッケル・金メッキといった流れで製品化される。新しい製品開発は、これら工程のそ れぞれにおいて、何らかの新たな開発を行うことであり、とりわけ新しいコンセプトのセラミック パッケージの開発においては、①のテープ製造に必要な新たな材料開発から着手する必要がある。  このような場合は新材料開発テーマとして設定され、基礎研究分野の研究開発の範疇に入ること になる。京セラではセラミックス新材料の研究開発は主として国分総合研究所(鹿児島県霧島市国 分)で一括して行っているが、例外的に事業本部単独で行う場合もあり、特に数多くのセラミック ス材料を取り扱う半導体部品事業本部においては、SC開発部がその任を担っている。  その理由として、SC事業本部はセラミックス部品関連で、年間売上生産高2000億円規模 の大きな事業本部であり、それぞれの事業部が生産している製品群は、それぞれに使用するセラミッ セラミックス 原材料調合 テープ製造 焼成 ニッケル 金具付け 品質検査 出荷 メッキ パッケージ サイズにカット テープ積層 導体パターン 印刷 インク埋込み ビアホール穴あけ テープカット ニッケル・ 金メッキ 図3 セラミックパッケージの製造工程

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クス材料と製品のつくり方が大きく異なるため、客先の要求が高くなるに伴い、各事業部からの開 発依頼内容も多岐に渡り、それぞれの事業部の要求を個別に満たすためには、SC開発部では、独 自に材料開発の技術者を育成することでタイムリーな開発を目指している。またよりパワフルな材 料開発を行う為に、総合研究所と連携した新材料開発の体制を整えている。事業本部の開発部隊が 総合研究所と連携しながら材料開発まで手がけるメリットは、客先の要求が直に伝わる市場直結型 であり、商品化に対する時間軸の捉え方に緊張感が生まれることで、開発完了と同時に商品化が具 体的に見えることで、極めて高い確度で事業化が実現できることである。  開発に求められる第一の使命は、早期の開発完了による事業化であり売上に貢献することである。 そのために、SC開発部では開発の品質と効率化に拘り、過去より開発の進め方について多くの関 係者が関わり、議論を重ねて理想的な研究開発のスタイルを構築してきた。勿論、このスタイルは、 今後起こり得る事業環境の変化と共に柔軟に変更を加えながら進化発展することで、より理想的な 研究開発スタイルが構築されていくものと考える。  開発の考え方を議論するためには、その具体的な内容に踏み込むことが必要であるが、本稿では その詳述は割愛して別途論じることとし、図(4)に当時の開発のステップの概要を示す。開発テー マの起案は各事業部や営業、あるいは開発部独自でおこない、その後、①調査→②試作→③製品化 →④事業部移管といった流れで進み、いずれの段階においても必ず「ステップ審査」を設けてあり、 審査で合格しなければ次にステップに移行できない仕組みである。これらは開発管理規定として定 められ、また同時にISO(International Organization For Standardization:国際標準化機構)の受審 対象としても設定されており、SC開発部の品質活動をより厳しく運営管理するためのマネージメ ントシステムが構築されている。 図4 開発ステップ 調査 審査 試作 審査 少量産 検証 審査 開発完了 開発計画 作成 審査 OK OK OK OK OK OK OK NG NG NG NG OK

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 以上、まとめると、研究開発の使命は、事業拡大のために競争優位な商品をいち早く事業化する ことであり、その大義は研究開発活動を通じて会社発展に貢献することであり、結果、京セラの全 従業員の幸福を実現することである。その実現のためには、テーマ設定から開発完了までのプロセ スを合理的に運営管理することが重要であり、そのために開発管理規定を定めて、開発の進捗管理 を正しく運営していく仕組みが構築されている。これらの開発管理は単に事務的な作業ではなく、 経営理念の実現という大義を担うための、極めて有効なナビゲーターであり、もはや必要不可欠な 手段であり、「成功するまであきらめない」(稲盛、2014b、323頁)という京セラフィロソフィの 実践を正しく履行するために欠かせない開発管理システムである。 2-2.技術開発で求められる「考え方」と「動機づけ」  研究・開発のアプローチや進め方については、学術的な「技術経営論」や「マーケティング論」が、 様々な分野で活用され、また具体的な事例も数多く紹介されている。確かにこれらの理論は、開発 ツールとしての位置づけにおいて高く評価されるべきものと認識しているが、実際の研究開発現場 では、研究開発者の“心のありよう”、つまり技術者の研究開発行為と対峙するときの「考え方」が、 それにも増して重要であることを、今までの研究開発を通じて体感している。そのことについて、 稲盛は、「学問的、または技術的な『知識』を多くもち、非常に高い『能力』をもっている人は優 れた技術開発ができると思われがちですが、そうではないのです。学問的な『知識』に非常に優れ て、頭脳明晰で非常に高い『能力』をもっていれば、その積は非常に大きな値になります。しかし、 技術開発を進めていく上で、その人がもつ『考え方』がネガティブなものであった場合には掛け算 の結果はマイナスになります。ですから、いくら頑張っても立派な成果があがらないという結果に なるのです」(稲盛、2015a、53頁~57頁)。  と考え方の重要性を語っている。また、同時に何のために、誰のために、研究開発をするのか、 まず一番大切なことは、「なぜ自分が技術開発をしなければならないのか」という動機づけを明確 にすることが大事であるとも述べている。  つまり、研究開発テーマを設定して実行するということは、技術的な難易度にも増して、設定の 意義や動機が正しいのかが問われることに他ならない。 2-3.開発スタイル  開発の進め方、ステップフローに関しては、業界や企業ごとにそれぞれに工夫がなされていると 推察するが、研究開発業務は、企業にとって極めて機密性の高い作業であることより、その具体的 な進め方については、公にはされていないのが実情である。従って、企業間の研究開発の実態を正 しく比較をすることは、現実的には不可能であることより、あくまでも限定されたデータによる比 較に頼らざるを得ない。  まず、開発ステップフローについて論じる前に、開発テーマの設定段階における戦略論やマーケ ティング論に触れることで、開発テーマ設定におけるキーポイントがどこにあるのかを述べる。

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 マーケティング論研究の第一人者として広く知られるP・F・ドラッカー(Peter Ferdimand Drucker)によると、「マーケティングの理想は販売を不要にすることである。マーケティングが 目指すものは顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることで ある。(中略) 企業の第二の機能はイノベーション、すなわち新しい満足を生み出すことである。」 (P.F.ドラッカー /上田、2018、17頁)つまり顧客が未だ気づいていない潜在的な欲求(ニーズ)を 的確に捉えることであると述べている。  一般的に、研究開発の質と成果の大きさ、事業に対するインパクトの度合いを評価する目安とし て、近年注目されるキーワードとして、“イノベーションの実現”が問われている。イノベーショ ンを実現することは、すなわち研究開発テーマに突きつけられた最大の命題を解くことであり、そ の答がイコール開発テーマ設定のゴールであると言える。従ってイノベーションを起こすことは、 開発者として最大の関門であり、最重要テーマであると言える。  従って、新たな開発テーマを見出し設定するということは「イノベーション」を如何にして実現 するかということの同義語であり、開発テーマの設定にあたっては営業、製造、開発のメンバーが 一丸となって最大限の力を注ぐ必要がある。換言すれば研究開発を通じて達成される「イノベーショ ン」の実現こそが、企業は従来の既存事業から新たな事業分野に飛躍進出するための大きな資産と 成り得ることを意味している。  次に改めて半導体部品部門の事業の特色に触れることで、他の業界の一般的な商品開発との違い について述べる。商品を開発するということは、例えば家電業界であればスマートフォンやパソコ ン、テレビなどが主たる商品であり、食品業界であればラーメンやケーキといった食料に関連する ものが主商品である。従って、その対象顧客は一般消費者であることからマーケティング理論で取 り上げている対象の多くは、これら一般消費者を顧客とした場合の例をもとに論理展開されている。  しかしながら、京セラの半導体部品部門等のようにセラミック材料をベースに事業活動をおこな う事業形態における顧客は、一般消費者ではなく、インテル、AMDといった半導体チップメーカー やアップル、サムソンに代表される携帯電話機器メーカー、或いは車載メーカーのセンサー部門等 である。これらのメーカーに対して、既存事業は半導体素子(IC)用収納セラミックパッケージ を収めることで成り立っている。  顧客がセラミックパッケージを選択する理由は、その特性面において、ICを過酷な環境から守 るために気密性と電気絶縁性に優れていることであるが、ICそのものの特性が改善されたことに 加えて有機(プラスチック)パッケージの改善がなされたことにより、必ずしもセラミックパッケー ジがこの先も長く採用され続ける保障はない。  実際にプラスチックパッケージの戦略は、セラミックパッケージの優位技術であった気密性、電 気絶縁性を解決する手段を得たことで、真にICパッケージジング技術のイノベーションを起こす ことで、従来のセラミックパッケージ市場を一気に獲得する足がかりを得ることにつながった。  一方、セラミックパッケージの戦略は、現実を直視して競争優位点を更に高めることで既存の市 場を堅持するのか、あるいは新たな市場展開を開拓する為の新たなイノベーションを起こすことが

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求められた。  このような大きな事業環境変化を背景にしたときの開発テーマの進め方の基本的な考え方は、も はや自分たちの主マーケットはニッチマーケットであると定義し、顧客別の特殊な潜在的要求を吸 い出すマーケティング活動こそが、最も重要な活動であると位置づけた。ここでいう特殊な潜在的 要求とは、顧客が将来に向けて開発を計画している新たな商品開発を事前に嗅ぎつけ、その商品価 値を更に高めるためにセラミックス技術で何を提案できるかが鍵である。  従って、これらのマーケティング活動は、一般消費者の潜在的なニーズを拾い上げることとは大 きく異なり、顧客の商品開発現場において、開発中もしくは開発計画段階の内容をいち早く入手す ることで、顧客に対して解決すべき技術的課題を洗い出し、その商品の付加価値を更に高めるため の斬新な技術提案を行うことが求められる。このように部品事業における提案型のマーケティング 活動の基本は、営業はもとより研究開発者自身が顧客の研究開発者と親密な関係を築き、あらゆる 技術的相談に真摯に対応することで技術者同士の信頼関係を構築することが不可欠となる。

3.稲盛流市場開拓にみるマーケティング論

 ここで、稲盛が京セラを立ち上げてから10年程度経ったころに講演で話した内容を紹介すること で材料、加工技術をコアコンピタンス(顧客に対して他社には真似のできない自社ならではの価値 を提供する企業の中核的な力)とする開発戦略について考察する。 3-1.研究開発テーマは自社技術の延長線で  「会社をつくりましてから約10年間は客先をひたすら訪問して、われわれがつくっているセラミッ クスにはどのようなマーケットニーズがあるかを伺うという、どちらかといえば技術屋の御用聞き のようなことをしてまいりました。“このようなものができればこのような用途に使えるのだが” といった客先のご要望を満たした製品を作り続けてきました。(中略)  われわれがもっとも得意とする材料もしくは技術、またはその二つを組み合わせたものでも構わ ないのですが、われわれがもつ特徴的な材料や技術の延長線上にあるものから研究開発テーマを選 んでいるのが現状です。このやり方は研究開発テーマを選んでいく上で一般的に言われていること とは全く逆行していると思います。しかし、われわれはマーケットを無視するわけではありません が、自分たちがもっている優秀な材料や技術を使ってマーケットを見いだしていくという一昔前に 近い方法を採用しています。(中略)“現在の電子工業界のマーケットにはないけれども、このよう なものがあれば非常に都合がいいのだが”というようなマーケットニーズを捉えて製品開発をする ことも引き続き行っています。その場合には、マーケット・オリエンテッドな研究開発テーマの選 び方となるわけですが、その方法も用いた上でどちらかといえばわれわれがもっている技術の延長 線上で考える方法を用いています」(稲盛、2015a、85頁)  この考え方は、稲盛が技術者としてするどい感性で新たなニーズを懸命に掘り起こしていく中で、 顧客のかゆいところを的確に見抜き、タイムリーに手を差し伸べるという顧客密着型の市場開拓活

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動について、デレク・F・エイベル(Derek F.Abell)のマーケティング理論による、「企業は顧客 に対して何らかの価値を提供することで存在し、どのような得意分野でどういった価値を、どのよ うな顧客に対して提供するのかを定めることが、企業にとって重要な経営判断になり企業が存続し ていくための活動領域を技術(コア・コンピタンス)、機能、顧客の三つの軸で定義するドメイン (Domain)戦略」に(中野、2005、10頁)通じるものであり、企業がどのような土俵で、どういっ た得意技で戦いに挑むのかを明確にするという正にドメイン戦略理論の実践であり、無理と思われ る顧客の要求に対して果敢にチャレンジしていく過程で新たな技術開発を成し遂げていくという、 市場創造と技術開発が常に対を成し正のスパイラルを描いて成長発展する事業戦略モデルの理想形 と理解することができる。  京セラは企業寿命30年説をのり越え、2019年には創立60年を迎える。2017年度(2018年3月末) の売上は、連結で1兆5770億円、営業利益956億円、利益率6.1%となり、尚一層の発展を続けている。 これは稲盛の考える多角化経営の成果であり、セラミックス部品事業をはじめ、プリンタや太陽電 池など商品事業も取り込んだ多角的な事業展開がなされており、開発のスタイルは、それぞれの事 業により違いはあるもののそのベースには、稲盛が27歳でセラミックス技術者として事業を立ち上 げた当時の事業戦略モデルが、今日でもなお京セラのDNAとして連綿と継承されているというこ とである。とりわけセラミックス材料を事業の柱とする部品事業本部部門は、京セラのオリジンで あり、現在でも創業当時と全く同様の思想を踏襲しており、「半導体チップメーカーの新規開発動 向をいち早く察知して提案する」スタイルを事業戦略モデルの核としてきた。今日でもそのスタイ ルに大きな違いはなく、部品事業を継続的に展開していく極めて有効な事業戦略と位置づけている。 具体的には、6章の技術経営(MOT:Management Of Technology)の観点から論考を加える。 3-2.研究開発は飛び石を打たない  部品事業の事業戦略は、顧客の要求を直に聞き自分たちの保持するコア技術で対応していくこと がベースとなるが、顧客の要求の内容によっては、今までの技術では対応不可の場合が多い。つま り顧客要求の掘り起こしはイコール新たな技術開発のスタートを意味することになり、その技術開 発を通じて新たな市場の創出を生み出すことになる。ここで重要なことは、新たな技術開発のテー マが今までのコア技術の延長線で捉えられる範疇のものか、あるいは、新たな開発で生れる市場は、 自分たちだけで展開していける市場となり得るのか等、つまり、研究開発は単に技術開発を行うと 言うことだけではなく、それは販売戦略も含めて設定することであり、営業、流通、サービスを加 えたトータルの開発戦略を考える必要がある。つまり、開発テーマを設定するということは、事業 化を常に念頭に入れた事業戦略マップの1ページを描くことである。稲盛は、技術開発を成功に導 く考え方と手法の中で次のように述べている。  「技術開発を進めていかれる、われわれの先輩会社の様子をみていますと、自分のもっている技 術の延長線上にないもので、巷で言うところのいわゆる飛び石を打たれて、新製品がある程度当っ て成功されるところがあります。しかし、その製品のサイクルが非常に短く、外部環境の変化に対

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応できないと、後続する製品の開発ができないのです。(中略)一方、どのような変化が起こっても、 自分の得意な技術の延長線上にあるものであれば、アプリケーション(応用)が利きます。それが もし失敗であっても、ただちにその転換を図ることができます。私は碁を打ちませんが、経営にお いて飛び石を打つのは恐いものですから、必ず技術をつなげて製品を開発していきます。展開が非 常に遅いように見えますが、その方が手堅いのです。  飛び石のような製品を世に出し、それが少しでも成功すると、多くの会社は相当な資金と労力を つぎ込んでいきます。しかし、それがもし時代の変化に対応しきれなくなった場合、既に多くの資 金と労力をつぎ込んでいますから、非常に大きな痛手を被ることになります。だから私は飛び石を 打たないのです」(稲盛、2015a、88頁)  このことは、開発は必ず成功させなければならないという稲盛の信念の表れであり、失敗は許さ れないという事業運営に対する緊張感、切迫感がにじみ出た開発思想であるといえる。 3-3.市場がなければ自分でつくればいい  既存技術の延長線で事業を伸ばしていこうとすると事業領域は、既にある市場でシェアを伸ばす ことを考えるために、シェアを奪い合うことに力を殺がれることになり、その結果、価格競争には まり、収益性が落ちる結果を招くことになる。従って消耗戦から離れて高い収益性が期待できる市 場を見出すためには、得意とする技術を武器に自ら市場をつくること、つまり新市場創出が最も効 率が高いということになる。稲盛は、新市場開拓について次のような考えを示している。「エメラ ルドをつくればいいのではないか(中略) 自分の得意技だけ使ってマーケットを無視した結果、 製品が売れなかったもので、それならば、マーケット・クリエーションも技術開発や研究開発と同 じはずなのだから、今度は自分でマーケットをつくろう。マーケットが存在しなければ、自分でマー ケットをつくればいいではないかと思ったのです」(稲盛、2015a、96頁)。  このことは、新規事業の創出においては、飛び石は打たないが、自分たちで蓄積した技術を武器 に新たな市場の創造と創出を通じて事業拡大を図る戦略であり、新規開発テーマの設定において は、過去の技術の蓄積を最大限活用しつつ新たな技術の開発を行うと同時に、その開発された技術 を使って新たな市場を創出することが重要であると述べている。

4.研究開発投資

4-1.投資の判断基準  研究開発を行うためには、人件費や材料費、設備投資費、建屋費、燃料費(ガス・電気・水道) といった多くの経費が発生する。一般的には開発テーマの難易度に比例して投入する人員数、設備、 材料費等の経費が増える傾向にあることは容易に想像できる。しかしながら、研究開発費に投じた 経費の総額と開発成果である事業化後の売上額や利益は必ずしも正比例の関係にはならないことが 多く、そのことが開発テーマの設定と開発の進め方に対して大きな課題となって横たわっている。 従って、業界、業種を問わず、いざ開発テーマを設定する段階になると、開発テーマ審査会(会社

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ごとに呼び方は異なる)なる審査会が設置され、市場規模、狙うシェア率、売上金額、利益率に対 して開発に投じる経費等を示し、新たな開発が経営的面から判断して正しいということを論理立て て説明することが求められる。その結果、費用対効果が高く会社運営に大きなプラスを生むことが 見込めると判断されて、はじめて研究開発のゴーサインが下されることになる。  一旦、研究開発がスタートすると、どの企業においても開発の進捗状況はもとより、月々に要し た経費についても報告を行うのが一般的であるであろう。SC事業本部においては、先に述べた開 発ステップ規定に基づき開発する意義や目的、目標に関し、事業性の判断をするための確認事項が 細かく規定されており、開発着手の妥当性に関して了承を得る作業を開発審査会において受審する ことが開発着手の第一のステップとなっている。その後も規定に従い開発の進捗毎にステップ審査 を受審することになるが、開発内容の進捗は勿論のこと、開発費用の推移についても逐次確認が行 われる。また、経費管理は日々の開発活動の状況把握の中で「時間当り採算表」で管理される。  稲盛は、開発投資に対する考え方について次のように述べている。  「私は設備も無いのに『できます』と言って試作品の注文を取ってきました。当然、社員は『設 備がないではありませんか』と言います。そのときには、こう言ってきたのです。『設備がないで はありませんか』と言うが、ええ言葉がある。それは『泥縄』という言葉だ。泥棒を捕まえてから 縄をなうのだ。縄があって泥棒を捕まえてくることは誰でもできるけれども、縄を持っていても泥 棒が捕まえられないかもしれんやないか。それでは縄を持っているだけ無駄やないか。泥棒を捕ま えてから縄をなえばいい。つまり、注文を取ってから設備を入れればいいんだ。それだと過剰設備 には絶対なり得ないんだからと言ってきました」(稲盛、2014b、46頁)  この泥縄式の考え方は、技術開発を行う上で如何に経費を削減していくかという最も基本的な心 構えを示したのである。開発者はテーマ設定に当って、まず最初にやらなければならない仕事は開 発計画書の作成である。開発計画書は、開発の進め方を示すスケジュールは勿論のこと、開発に要 する経費も明確にされる。どのような設備がいるのか材料費はいくら必要か等、経費明細を細かく 作成する。開発の進め方は実験を繰り返し、データの分析を繰り返しながらデータを蓄積していく ことが基本であり、開発担当者は、できるだけ多くのデータをとりたいということに加えて、早く 取りたいとの思いから分析装置を自分の手元において置くことでいつでも自由に実験を行いたい思 いを抱いている。従って、開発を有利に進めることを言い訳に、新たな装置を導入したいと申し出 る者がちょくちょく出てくる。このようなとき、責任者は部下に対して、総合研究所や他の事業部 で未だ使える装置は無いかどうかを調べさせ、開発計画書の審査段階で厳しく指導を行う。 4-2.研究開発の経費管理  京セラ発展の大きな要因の一つは、稲盛が独自に考案した管理会計システムの「アメーバ経営」 がある。「アメーバ経営」は、採算部門を5から10人程度の小さな単位(アメーバと称する)に分け て、それぞれが一つの会社のように独立した採算制度で運営され、全社員が自部門の利益を上げる ために創意工夫を重ねることで、経営に参画する意識が高まり全員参加の経営が実現できる。この

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アメーバ経営は、日本はもとより、既に中国をはじめとしたアジア各国でも導入する企業が出てお り、いまや世界の経営者が注目する経営管理手法としていくつかの大学において研究が行われてい る。  また、記憶に新しいところで破綻した日本航空が、稲盛の指導のもと「アメーバ経営」と京セラ フィロソフィの実践をあわせて導入したことで、見事短期間の内に再建を果たした事実は、世間の 驚きとともにそのシステムの完成度の高さを証明したといえる。  紙面の都合上、「アメーバ経営論」の詳細な解説は割愛するが上述の概念を補足すると、アメー バ経営の特色は、「時間当たり採算制度」の導入がある。生産現場では、各工程をアメーバと称す る小さな単位に分け、それぞれのアメーバ間で商品の売り買いを行い、売りは収入として(+)、 他のアメーバからの仕入れは買として(-)となり支出で計上され、収入(総生産)から支出(経 費)を引いた残高は、差引収益(利益)となる。  アメーバは、作業にかかったすべての時間を管理し、他のアメーバから応援をもらったときには 時間移動として、かかった分の時間が応援を出したアメーバから時間移動(振られる)が行われる。 つまり応援を出した場合は、その分時間がマイナスされ、応援を受けたアメーバは自部門のトータ ルの時間に加えて、受けた分の時間がプラスされることになる。  時間当たり採算では、差引収益を算出されたトータルの時間で割ることで時間当り何円として表 される。このように「時間当り採算制度」は、各々のアメーバが利益を積み上げることで、組織全 体の利益が担保できる極めて合理的でシンプルな管理会計システムである。  このようにアメーバ経営の独立採算制度は、一般的には、利益を生み出す生産現場で活用するた めの直接部門(事業部門)の生産管理システムとして理解されているが、生産部門だけではなく、 間接部門(経営管理部門、資材部門、総務部門、環境部門)などの非採算部門においても、定めら れた詳細な経費明細項目(勘定科目)に従って時間当り採算の運用がなされており、研究開発部門 においても例外ではない。開発部門の場合は使った経費はマイナスで計上されるため、マイナスの 経費合計をその月に要した開発トータルの時間で割ることで、時間当りマイナス何円と言う数字で 管理される。  世間一般的では、開発経費の管理は予算制度を採用しているところも多く、テーマ当りの必要経 費を予め割り当てるといったことがなされているが、京セラにおいてはそのような予算制度の概念 はなく、研究開発部門の収入はゼロ円であり、使った分の経費額をマイナス計上する管理がなされ る。従って、時間当り採算表においては、収入ゼロ、経費項目(支出)は、材料費、水道・ガス燃 料費、立屋金利、設備償却費等の詳細な勘定科目を記載し、その結果、合計金額(差引収益)はマ イナス何円といった数字で表される。このマイナスの差引収益は、事業本部トータルの採算に対し てマイナスの影響を与えていることになる。  つまり、開発部を含めた間接部隊の運営は、製造、営業が稼いだ収入の一部を使わせてもらって いることを意味しその運営においては、日々の経費削減とあわせて当初設定した開発スケジュール を厳守し期日内に開発を完了させて、事業化に貢献することが最も重要なことである。

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 このようにアメーバ経営の独立採算制度における時間当り採算制度の仕組みは、事業部門におけ る生産管理システムに留まらず、非生産部隊である開発部の運営においても、月々に使う膨大な研 究開発経費の実態を研究開発者一人一人が把握することで、生産事業部門から食わせてもらってい るという思いに対して、何としても早く開発を完了させ事業化を目指すぞという前向きな意識の変 化が生まれるという効果がある。 4-3.研究開発投資の比較  企業における研究開発投資額は、業界や業種により違いはあるが、一般的には自社の社運をかけ た経営戦略と密接な関係にあり、最も効率的な投資を確保することが大きな課題である。しかしな がら事業環境は、常に右肩上がりばかりとならないのが常であり、政治や経済環境の急激な変化に より経営状況は大きく変動することを余儀なくされる現実がある。ひとたび経営環境が悪化すると 利益確保のために、あらゆる経費の削減を実施することになるが、とりわけ研究開発費の削減は、 成果が出るまでに長い年月を要するがために、第一候補として挙げられることが多い。  このような急激な市場環境の変化が発生した場合においても、将来の事業運営を見据えて日頃よ り内部留保の確保に努めている企業においては、むしろ最小限度の開発研究費は、企業の力を永続 的に担保するために必要な投資であるべきと考え、そのことを経営戦略としている。  しかしながら、実際の経営において、経営環境の変化を受けながら開発投資を間断なく行ってい くことは必ずしも容易ではなく、必然的に開発投資金額に対する開発効率を高めることが求められ る。開発効率の概念は、率の大小で開発の取り組み方の良し悪しを評価することは勿論のことであ るが、実はその数字の中には多くの情報が含まれており、その数字から企業の事業戦略が垣間見ら れる。  さて、研究開発投資に対する評価の考え方は、過去よりいくつかの手法が提案されているが、こ こに用いるのは、オリン・インダストリ会社(Olin Industries Inc.)の子会社であるウエスタン・カー トリッジ(Western Cartridge Co.)のフレッド・オルセン(Fred Olsen)が、“Index of Return” (注2) を作って会社に提案したものである。それによると、「新製品については、その製品の3年間の売上 額の3%が研究費に匹敵すると考える」としている。  つまり1年間の売上額をS2とすると、研究開発費用Xは、X=S2×3×0.03で表される。この式を 用いると実際に投入された研究開発費用から生れる売上金額はいくらぐらいであればいいのかとい うことが算出できる。表(1)は家電や半導体素子及びセラミック部品関連を事業とする国内の主だっ た数社の売上金額と研究開発投資金額及びその比率を示しており、また右の欄にはS2を算出した 金額を示している。(注3)  村田製作所の場合は、2016年度の研究開発は779億8200万円であることから、当年の売上予測金 額S2は、S2=779億8200万円÷(3×0.03)より8664億6600万円となり、実際の売上額は1兆2108億 4100万円であったことから、計算値に対して約1.4倍となる。このことは、投下した研究開発費の パフォーマンスが1.4倍であったと見なすことができる。

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 実は、研究開発費のパフォーマンスを指標で表す場合は、業種による違いや、会社ごとの取組み や思想も異なることから、同じ評価方法で一律に表すことは困難であることを認識しているが、今 回の評価では、大きな方向性を見出す観点から、あえて同一と見なして簡易的に評価した。  ところで、部品事業の評価は、携帯電話(スマートフォン)等の商品開発とは異なり、一つの開 発テーマが一つの商品に一対一で直接結びつくことは少なく、その結果、開発テーマが完了しても、 それが必ずしも具体的な商品として新たな事業になることは少ない。  セラミックパッケージは、材料技術、加工技術、評価技術など多くの要素技術から成り立ってお り、その開発においては、それぞれの要素技術の開発テーマが発生し、その結果、個々の要素技術 は、それぞれに別なパッケージの開発にも応用可能なことから、その成果、それぞれに複数の商品 へ適用することが可能となる。  従って、それぞれのテーマに対する費用対効果を単純に算出することは大変困難であり、開発責 任者はトップマネージメントに行う説明では苦労するのが常である。  フレッド・オルセは3 ヵ年を開発期間としているが、開発期間は、開発対象の難易度によってそ の年月は大きく異なること、また売上金額との対比で見る場合は、その開発品が売上げた金額を正 しく計上できていることが前提となる。また、開発完了し事業部移管した後に、直ちに売上げに貢 献することは少なく、状況によっては数年先にようやく具体的な売上げに貢献することも多い。  また本来、研究開発投資のパフォーマンスを正しく見極めるためには、対象の商品を特定し、そ れに投下した研究開発費が一対一で結びついている必要がある。  このように開発投資金額に対する費用対効果を指標として表すことは、非常に難しい作業である が、そのことを理解した上で、表(1)示す開発投資金額を眺めると、村田製作所は1.4倍、太陽誘 電は2.3倍、TDKは1.2倍、家電製品が主であるPanasonicは1.5倍、SONYは1.6倍、であり、商品 事業と部品事業とでは、研究開発期間や量産化してから売上が発生するまでの期間も大きく異なる ことから、各社を単純に横並びで比較することはできないものの、概ねその会社や業界の一つの指 標と見なせると考える。  ところで、京セラに着目すると4.0倍と高いパフォーマンスであり、同業の日本特殊陶業が1.4倍 であるのに比べてもその数字の高さが際立っている。なぜ、このような高い数値がでているのか、 その答えは、これらの数値のみを眺めていては得られない。あえてその答えを類推すれば、多分、 単に技術開発力といったものだけではなく、経営方針や企業文化、運営の考え方を支える経営哲学 が研究開発組織にどれだけ深く浸透しているのかといったことの中に、その答えが潜んでいるので はないかと推察する。  さて、ここで特筆すべきことは、稲盛が起業してから今日に至るまで、京セラを牽引してきた部 品事業の一つであるSC事業本部に着目すると、何と8.9倍の数字が出ており、同様の部品事業を手 がける村田製作所や太陽誘電、TDK、日本特殊陶業と比べて極めて高い数字を残していることが 分かる。一方、同様に京セラの主力部品事業の一つであるファインセラミックFC事業本部をみて みると2.3倍であり、他社に対しては倍近く高い数値であるものの、SC体事業本部と大きな差がで

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ているが、その要因を入念に検証することは、セラミックス部品事業の今後の事業展開を考える上 で最も重要なことである。 表1 家電/半導体関連企業における研究・開発投資の実例 2016年3月期 単位:百万円 売上高 (S1) 研究開発費 売上比(%) 売上予測値(S2)P=S1/S2 村田製作所 1,210,841 77,982 6.4 866,466P=1.4 太陽誘電 240,385 9,024 3.8 100,266P=2.3 TDK 1,152,255 84,920 7.4 943,555P=1.2  Panasonic 7,553,713 449,800 6,0 4,997,777P=1.5 SONY 8,105,712 468,200 5.8 5,202,222P=1.6 日本特殊陶業  383,272 5,401 1.4 60,011p=6.4 京セラトータル  1,479,627 58,755 4.0 652,833P=2.3 京セラSC事業本部 216,263 2,198 1.0 24,422P=8.9 京セラFC事業本部 95,092 3,731 3.8 41,455P=2.3 出典:企業R&Dデータベース 研究.net(http://www.kenq.net/)  このようにセラミックス部品事業における開発投資の考え方は、他の事業分野に比べて何らかの 特殊な要因があるように思える。未だ推論の域を出ないが、部品事業の研究開発は、先述したよう に一つのテーマが一つの商品に対応した開発となっていないことにより、必ずしも開発投資効果を 正しく評価することは困難である。  しかし、視点を変えてみると、一対一に対応した研究開発になっていないということは、そこに は他の商品への応用展開が容易にできることを意味しており、事実、過去よりそのような事業展開 の例が多く存在している。  つまり、長いスパンで費用対効果を細かく見ていくと、実際には幅広く応用が利き、多くの商品 に展開ができるために、計算値よりも更に大きな値となって効果を発揮できると考えることができ る。このような仮説に基づき、開発の高いパフォーマンスを出すためには、どのような考え方で取 り組むことが最もいい結果を導けるのかといった、開発運営の仕方に関して、常々思考を巡らす中 で一つの結論に辿り着いたので次に述べていきたい。

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4-4.セラミックス部品事業における開発の考え方  SC開発部における開発の進め方については、1-2において詳しく述べているのでここでは、半 導体部品(セラミックパッケージ)事業という、世間ではあまりなじみのない事業において、事業 本部を支える屋台骨である開発部隊の運営をどのような考え方で臨んだのか、その考え方の骨子を 述べることで開発のパフォーマンスを引き出すポイントについて述べる。但し、開発分野は、企業 にとって、その考え方そのものが企業機密に属することであることから詳細に述べることができな いことを予めご了承願いたい。  まずはじめに、簡単にセラミックス半導体部品事業の生業について触れておく。SC事業本部は、 稲盛がセラミックグリーンシート(薄いラバー状のおよそ30センチ厚み1ミリ程度のシート)の開 発を成功させ、そのグリーンシートに高融点導体であるタングステンをインク状にして、導体配線 (電流の流れる道)を印刷し、更にスルーホールと称するグリーンシートに細かな穴を開けてイン クを埋め込み、電気的な導通路を確保し、それらのグリーンシートを複数層重ね合わすことで多層 配線回路を形成する技術を基本としており、パソコンのメインエンジンであるCPUで圧倒的なシェ アを築いているインテル社用半導体チップの収納用ケース(セラミックパッケージ)として採用さ れ、その後メモリ用セラミックパッケージなどにも広く展開できたことにより、半導体チップビジ ネスの成長と共に右肩上がりで事業を拡大してきた。  1990年当時の開発方針の主軸は、大手半導体チップメーカーの動向に沿った開発であり、いわ ゆる勝ち組に追従する顧客密着型の典型的な開発スタイルであったため、何の迷いも無く開発の フォーカスを一点に絞ることが可能であった。その結果、当時の開発テーマの設定は、自ずと既存 の顧客の新たな要求を満たすためのセラミックパッケージの開発が大テーマであり、そのための新 たな材料開発や、より高精細な工法開発が主なテーマであった。つまり、半導体開発部の大きな柱 は、半導体チップの配線加工技術がサブミクロン加工の領域に突入する幕開けと共に、新たなチッ プ実装技術の開発という側面から、微細配線印刷技術や加工技術に加えて、量産化に対応するため の合理的な生産技術開発を通じて、更なる高信頼性、高密度実装を実現可能とするための統合的な セラミックパッケージの開発であった言える。  このようにセラミックパッケージは、高気密、高密度実装が可能であったため微細化が進む半導 体チップを外部環境から守ることのできるパッケージとして高く評価されたことで確固たる地位を 築いてきたが、2000年代に入り半導体チップ自身の信頼性の開発が促進されたことで、有機パッケー ジ(プラスチック材料)が台頭してきたことにより、セラミックパッケージの需要は急激に減少し ていった。このような動きを捉えて、薄膜技術を用いたセラミックパッケージの開発を進めたこと より、一時的には日立製作所のスーパーコンピューター用のパッケージや、情報通信のデジタル化 に伴う電子交換機用の特殊なパッケージの市場を開拓することができ、新たな事業化に漕ぎつけた。 また、車は電子制御システム化が進む中、セラミックスの高放熱性、高信頼性を武器に車載用とし ての新たな市場も開拓していった。  これらの開発は、商品が求める電気特性や機械的特性の要求に対してセラミックスが本来もって

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いる材質的特性で実現できるかどうかが鍵であり、商品の要求内容がセラミックスの特性で実現で きなければ、その時点でアウトであるために、過去より顧客の新たな製品に合わせて、その都度数 多くのセラミックス材料の開発がなされてきた。  京セラは、積層工法用としてのセラミックス材料では世界屈指の数を保有していると思われる。 しかしながら、この材料開発は短期間にできるものではなく、数年単位の開発期間を要する場合が 多く、それに加えて加工技術の開発も同時に進める必要があることより、顧客の要求を確認してか ら開発に取り掛かっていては、完了期日の厳しい引き合い案件において受注に至らないものもあっ た。そのため、筆者が開発部責任者を務めた時代においては、開発の考え方として、「要素技術開発」 と「商品開発」それに「設計技術開発」の三本立てで考えるようにした。  商品開発は、開発完了した時点で、既に事業部で受注できる商品を開発するといったイメージで あり、設計技術開発は、主には高周波シミュレーション技術を駆使した解析技術の開発を意味して いる。但し、ソフトの開発ではなく既存の高周波シミュレーションソフトをセラミック材料と加工 技術にマッチさせる技術開発であり、顧客のデバイスの特性とセラミックスの特性を融合してトー タルで最適な解を導き出す設計技術開発である。要素技術開発は、これまでの取り組み方を大きく 見直すこととなった新たなテーマ設定である。  セラミックパッケージの開発は、単に材料と加工技術の開発という大まかなくくりでは説明出来 ないほどの数多くの開発内容が含まれていることより、材料、加工(印刷、パンチング、プレス等)、 メッキ、焼成といったそれぞれの要素の技術の塊から開発が成立していることから、個別の要素技 術に焦点を当てた開発のスタイルを要素技術開発と位置づけたものである。従って、これらの一つ 一つの要素技術は、常に新たなレベルアップを行っていくことで、個別要素の技術開発が新たな顧 客の要求に応える近道になるだろうと考えたわけである。  また、稲盛は商品開発について、「われわれが商品開発をする場合も、まずコンセプトありきと いう発想ではありません。商品開発においてもボトムアップ方式で、持っている要素技術を集めて、 その可能性を見ていきます。ところが、欧米でもっとも進んだ人たちは、商品がつくれるかつくれ ないかは別として、『こういうコンセプトのものをつくってみようではないか』 とコンセプトを先 に決めます。そして、それを実現するためには、どういう要素技術が要るかを考えていきます。こ れがトップダウンということになるでしょう」(稲盛、2015b、101頁)と述べている。  つまり、今までの部品事業の研究開発のスタイルは、あまりにも自分たちの要素技術に拘りすぎ て新たな発想が生れないといった課題を内在していたことを指摘している。そのため商品コンセプ トの開発テーマの発掘は、まず、顧客にしっかりと寄り添うこと、そしてそこから得られた新たな ニーズに対して直球で応えることで、新たな事業を創出するといった開発モデルを考えた。  このように、要素技術開発は、単に基礎的な技術の開発に留まらず、入手した顧客の商品コンセ プトに対応できるように予め仕込んでおいた革新的な要素技術を用いることで、タイムリーな商品 開発を実現することで、新たな事業を起こすことを可能とする戦略である。  つまり開発テーマの視点を要素技術の開発として設定することにより、新たな製品や応用製品に

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も幅広く対応できることとなり、新市場を開拓していく上で極めて有効な開発手段となった。要素 技術開発における課題は、費用対効果をより高く出すためのポイントは、顧客の要求を如何に正し く、早く入手できるかであり、日頃からの営業活動とマーケティング活動が大きな鍵を握ることに なる。  また、一方、製造現場の流れ品は潜在的に種々の課題を抱えながら生産を行っているが、そこに 十分な検証を行い、新たな要素技術を適用することで解決を図ることにつながるケースも多く、そ の結果、新たな受注獲得や採算性のアップに貢献できた。  セラミックス部品事業の新たな事業展開策を考えるとき、要素技術開発だけでは決してホームラ ンは打てない。安定した事業経営を目指すためには、要素技術開発を間断なく行うことでクリーン ヒットにつなげ、短期的に点数を稼ぎながら、新たな商品コンセプトを創造することでホームラン を打ち、一気に勝利をもぎ取る戦法が望ましいものと考える。  従って、開発の要点は、要素技術開発と商品開発をどのような比率で運営管理するのか、その絶 妙なバランスをうまくとることが肝要であり、加えて電気特性、高周波特性、熱処理問題、機械強 度計算といった高度なシミュレーション技術を独自に開発し、三つの技術を融合させることが最も 強い開発戦略となる確信を得た。

5.新市場開拓

 前項でも述べたようにセラミックパッケージを中心とした半導体部品事業は、半導体チップの成 長と共に変化を遂げてきた。そして半導体チップの要求にタイムリーに対応しつつ、新たな市場開 拓に向けた要素技術開発としてセラミックスのコア技術に磨きをかけることで新たな扉を開いてき た。この章では、半導体部品事業の主戦場であったパソコン(MPU用セラミックパッケージ)市 場から携帯情報端末用デバイス用セラミックパッケージ及び多機能セラミックスパッケージへと舵 をきった開発戦略について述べる。  SC事業本部では、従来の市場が縮小していくことを予測し、新た市場開拓を行うために事業本 部を挙げて取組みを開始していた。今後伸びる市場を車載、携帯電話、デジタルカメラといった市 場別のプロジェクトを立ち上げ、営業、製造事業部、開発からそれぞれからリーダー、メンバーを 選出して月に数回程度のプロジェクト会議を行い、客先にも一緒に出向き新たな情報を足で稼ぎ、 その情報を持ち帰っては技術課題や競合状況を分析し、提案する商品イメージのマンガを描いては 消しの繰り返しから、具体的な開発テーマに落とし込んでいった。  そういった中で、有力な製品イメージが数点上がってくるようになった。当時、携帯電話は未だ 一般の人が使うまでには広まっておらず、端末機器の大きさは、今とは比べものにならないほど大 きかった。当時はNTTのショルダーフォンや車載電話が普及し始めた頃でもあり、機器の大きさ は現在のスマートフォンに比べれば数百倍にも及ぶ大きさであった。大きさの主たる要因は、電子 回路に使われている電子部品のサイズが大きかったことによる。  当時の電子情報通信学会では100ccを下回る大きさの携帯電話を目指すことが発表され始めてお

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り、特定の周波数の電気信号を取り出すためのフィルターを如何にして小型にするかが大きな研究 課題であった。特に、水晶やSAW(表面弾性波:Surface Acoustic Wav)を用いたフィルターの 開発が進んでおり、部品の大きさは従来比で数十分の一まで小型化になった。このデバイスが要求 するパッケージは完全機密性が必要とされ、セラミックスの実装技術が生かせることに加えて、数 ミリ角といった小型のパッケージを一度に精度よく生産できる加工技術は、真にセラミックスをお いて他にはなく、一躍新たな市場を形成するに至った。ちなみに、スマートフォン一台当り10個か ら12個の数のSAWフィルターが使われている。またデジタルカメラ用パッケージも、携帯電話に 一斉に搭載され始めたことにより、セラミックスが持つ材料と加工技術は見事に顧客の要求を捉え て高性能、小型化に大きく貢献している。  今や世界中の多くの人々が手にするスマートフォンであるが、形状的な薄さや写真撮影技術など の高品質なデータ通信の実現に対し、セラミックスが潜在的に有している材料特性を更に大きく進 化させ、加えて高精度の加工技術と組み合わせることで初めて実現できたことは、弛まない地道な 技術開発と革新的な技術開発としてセラミックス半導体部品事業の歴史に1ページを刻むことがで きた。  更に筆者は、「市場がないのであれば、自分で市場を創造すればいい」という稲盛の教えに従い、 情報通信市場で更に新たな市場を創出することを考えた。それは、セラミックパッケージ事業が行っ てきた従来からの事業スタイルである半導体チップやデバイスを収納するためのパッケージ事業を 離れ、セラミックスを機能材料と捉えることで、更に何か新たな市場が創出できないか考えた。  現在スマートフォンに採用されている電子回路部品の一つであるセラミックコンデンサはセラ ミックシートに電極を印刷したものを多数枚積層する構造となっているが、この部品はセラミック スがもつ優秀な誘電体特性を活用したものであり、現在では、スマートフォン市場を席巻している 米国アップル社のiphoneの2017年度モデルには1000個以上のセラミックコンデンサが使われている と言われている。また、セラミックシートに微細導体を折り返し印刷した線路は、電子部品のイン ダクターと同等の性能を出すことができ、また抵抗値の高い導体を印刷することで抵抗体が実現で きる。電子回路では、抵抗、コンデンサ、インダクターの3つの電子デバイスは回路設計に必須の 部品と言われており、これらの部品を従来培ってきたセラミックパッケージのコア技術であるセラ ミックス多層構造で実現できる可能性を模索した。このことは原理的には可能であるが、実用的な 電子回路として機能させるためには、セラミックス材料技術、加工技術に加えて、高周波回路設計 技術(回路設計、測定、シミュレーション)が大きな鍵を握っている。  幸いに高周波回路設計技術は、半導体チップ、デバイスがGhz(ギガヘルツ:デバイスの動作スピー ド)になることを予測し、デバイスの特性を100%引き出すためのパッケージ設計技術として確立 済みであったため、通信用高周波領域のデバイスに対しても短期間の内に高精度な独自の高周波回 路設計技術として確立を果たすことができた。  その結果、セラミックスパッケージ技術として既に蓄えられた技術を十二分に活用することに加 え、新たな材料、加工技術、高周波回路技術をうまく組み合わせることで、セラミックス多層回路

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