『 ない。むしろ政治情勢の変化の爲であった。即ち打倒鎌倉幕府の 室気が顯著に濃厚となり、途に正中の変・元弘の乱・建武中興と いう一遜の倒幕運動が展開墓れるのであって、蝿圧が緩くなるの もそれに平行した。しかも軍に消極的に弾圧がゆるめられるとい う丈けではなく、途に勅願寺論旨を盤得し京都に於ける市民権を 確保していったのである。しかし三度に亘つた弾圧を眺めて此に 至れぽその余りに唐突なるに驚かされる。何故に論旨が與えられ 何故にそれが﹁当宗の悦﹂として極言され、波極的にそれに答え ていったのであろうか。 凡そとの時代に於ける人間や集団は夫を南北両朝の何れかに去 就したのであり、教団とて端その例外ではなく、自己のもつ兵力 ・経済力・祈祷力等を政治権力に提供したのであった。しかしも とよりそ姪は一方的要請に対する答として提供されたのではなく 提供の代俊は当然求められたのであったが、その代償の求め方に 於いて新旧両仏教の間には著しい断層があった。との時代の就会
罪障消滅について
河村孝照
赫と人との関係における宗教において、罪悪観にその出発をお かぬものはない。キリスト教、回教然りである。然し、その滅罪 にあたって、それを喪幸し得ろもの健﹁華智全能なる御のみのょ 〈 史の大きな推移は地頭の莊園侵略・守護大名の成立であり、この 動きは旧仏教を支えていた朧鯛を激しい動描につき落した。旧仏 教はその動鋪を食い止め寺領の確保の爲に自己のもつ壌能を政治 権力に提供したのであった。下降する自己をくいとめ得るブレー キが政治椛力に外ならなかっだ。かくして彼等と擁力との結托は 不可避である。との織な動きに対して、衰えたとはいえ尚湿固な 権力と権威を有していた旧仏教の勢力陶丙に教団を形成しなけれ ばならなかった新仏教は政治禰力に自己の機能を提供するととに よって彼等に対する防鐘を獲得せんとした。それは、旧仏教の下 降を食い止める・フレリキに対せぱ上昇への足掛りとも云うべきで ある。勅願寺諭旨が山門の訴に対する互大な防壁となったととは との間の消息を物語るものである。もしも妙頴寺女書の中に凶徒 宅、お 退治の爲に観音経を読詞したという史料を見出しても怪しむには 足りない。何故なら、変革期に於ける人間の在り方はすぐれて政 治的であるから。 く爲し得るわざごとである。何故なれば、神の意志、命令に背い た人間が罪人であれば、それを許すも、許さ壁ろも、櫛の意志一 つにあるからである。 仏教とて罪に甑発する。然し、その罪は、倫理的罪悪観を超克 した罪である。仏陀の教へは無常苦とともに始まるのであって、 ﹄﹂の三界火宅の処に居して、﹁鳴呼、苦なり﹄と悶絶するととろI
154リ に仏教の罪が伏在する。つまり、仏教の罪は、無膳を常とみ、苦 を樂とみ、無我を我とみ、不淨を淨とみる倒想をおとさしめると とろにあるのであって、別して云ふならぽ、無智之れ罪である。 かく仏教の罪は、無智、無明であれば、無智をして智、無明をし て明ならしめれば、罪は自づと減ずるととLなる。釈愈は、との 無明を破って仏陀となったのであれば、罪の消滅は自ら・に課せら れた問題であって司也の宗教の如く、跡に一切委ねられたもので はない。つ蓑り仏教においては、罪は神によって與へられたやう な固定的なものでなく、自己自身の課題であって、﹁自燈明自蹄依 法燈明法歸依﹂を這誠とする限り、罪を犠牲によって蹟ふととな くして、その消滅に力点のおがれてあるととは蓋し当然であらう 無智によって悪業をなし、との悪業によご﹂苦を感じ、それは 叉真如を雑染して六道を輪廻する時これを罪障といふゞ悪業が 証這の障りとなるからである。されば悪業l維染’六道輪廻は、 いつまで行ってもその止象ろ処を知らない。然らば果して罪障深 き凡夫はその罪を消滅して仏果を得るととが出來ろであらうか。 との間に対して、罪障消滅の論理的根拠を與へたものが仏性論で あると言はれねばならない。・ 大乘仏教は、.切衆生悉有仏性﹂を力説して止まない。仏性 の開顯によって如來は常住し、仏性の力用によって、衆生は仏性 を知見して仏果を得る。然らば仏性とは何ぞや。釈尊は繰起の法 を認じて仏陀となった。隷起の法は、仏.世に出づるも、出でざ ろも、自然法鯛として存する。どの法を観ずろ仏陀の自丙証は、 亦繰起の法に外ならぬきれぽ仏性は境としての識起の法と、及 び、それを観ずる智慧とそれである。縁起の法は仏性の因であり それを観ずる智は因因であり、境智兵合して果として河褥蕃鍵を 生じ、果令として仏果を得ると言ふのである。かくして諸法は一 切仏性ならざるはなく、叉﹁あるもの﹂は一切それを識せざるは ない。衆生は仏性に包購せられ、衆生は叉之を陰職する、然らば 仏性を有ずるととは、それが直ちに仏であるか。 五慈仮和合の衆坐は、との仏性を職すると述べたが、然し仏性 は議起の法であれば、自性を有して衆生の丙に有りと言ふ﹄﹂とは できない。叉さりとて衆生の外にありとも言ひ得ぬ。それは恰か 哨琴の菅が、琴の丙に非ず、外に非ずして、因繊によごし妙脅を 出だすやうなものである。どのやうに仏性曄衆生に部して﹁あ る﹂のであるが、それは復そのまふ衆生に外ならない。つまり一 切の具体蝋仔在を存在せしめてゐる鴫のである。との一切﹁ある ﹂もの&内部撰造を示す溌起の法は、復常に因稼に従って﹃なる ﹂法でもある。﹁ある﹂もめはこの﹁なる﹂契機を孕みつふ﹁あ る﹂のであって、繊起の法は、空間的に存在の﹁ある﹂原理であ るとともに、時間的に﹁なる﹂原理でもあると言ふととができ−つ との﹁ある﹂ものは﹁なる﹂ことにおいて衆生も仏となり得る、 縁起の法を槻じて境智不二となるとき、それは自己について言へ ぼ、法は自己の顯現であり、法よりみればそれば一切法の顯現で 155
■■■■ あると言へる。かくして分別を超えて無分別の立場に立って中 道を証し得るのであって、と聖に衆生も仏と﹁なり得る﹂と言 ふどとができる。 然し衆生は繭中の蚕の如く、煩悩につょまれて仏性あるも之 を知見するととが閃来たい。仏性を知見するには、善法の因隷 を俟たればならないが、その善法を待ち欲するものは何か、と れ衆生の仏性であるのである。衆生の仏性は、自らの本性を顯 現しようとする欲求をもつのであって、との仏性本然の力用の現しようとする欲 存する限り、善挫 果を証し得るので 善法