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アメリカ不法行為法における事実的因果関係

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(1)

はじめに アメリカにおいて過失による不法行為を原因とした損害賠償を請求する には、原告は被告の行為が損害を発生させたことを立証しなければならな い。原告は単に被告の過失行為で損害を被ったということだけでなく、実 際の損害が被告の行為によって引き起こされたことを証明しなければなら ないのである(1)。これは事実的因果関係(cause in fact)と呼ばれ、過失によ る不法行為が成立するための一要件である。 この事実的因果関係の他に、法的因果関係(legal cause)がある。原因と 結果との間の事実関係を証明することではなく、特定の原因と結果を示す 事実につき法的責任の範囲を決定しようとするものである(2)。これは近似 的因果関係(proximate causation)、危険の範囲(scope of risk)(3)、そして義 務範囲(scope of duty)(4)とも別称されている。 20世紀中頃まで事実的因果関係は広範な意味で用いられていた。被告 の過失行為が事実上損害を引き起こしたことのみならず、被告の法的責任 を決定する基準と考えられたのである(5)。つまり、法的因果関係も包含す る概念であったわけであるが、現在では上記のとおり事実上原因と結果を 結びつける関係を意味するようになった。

(1) Ponder v. Angel Animal Hospital, Inc., 762 S.W.2d 846, 847 (Mo. 1988).

(2) See, e.g., Thropp v. Bache Halsey Stuart Shields, Inc., 650 F.2d 817, 821 (6th Cir. 1981).

(3) See, e.g., Doe v. British Universities North American Club, 788 F. Supp. 1286, 1293-94 (D. Conn. 1992).

(4) See, e.g., Nagle v. Gusman, 61 F. Supp.3d 609, 620 (E.D. La. 2014).

(5) Richard W. Wright, Causation in Tort Law, 73 CAL. L. REV. 1735, 1741 (1985).

アメリカ不法行為法における事実的因果関係

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事実的因果関係は事実の中で損害発生の原因を示すものであるため、こ れがなければ法的責任を確定する法的因果関係の審理に至ることはない。 その意味で、損害の原因を作り出した加害者の法的責任を判断する上での 第一歩となるものである。過失による不法行為が成立するための基本的な 要件となるのである(6)。そのため、いかなる方法によってそれが判定され るのかが重要となる。そこで本稿では、事実的因果関係の判定基準を検討 し、さらに事実的因果関係を巡る問題点の分析とその解決について考察を 加える。 一 事実的因果関係判定で考慮すべき要素 事実的因果関係は損害発生の原因と結果の結びつきを示すものである。 その結びつきは、存在するか否かの明解な結論で表される。しかし、この 結論に達するには、より具体的な事実を要素として事実的因果関係が検討 される。その要素の第1が科学的関連性の有無である。アスベストなどに より人身損害を発生させる有毒物質不法行為(toxic torts)では、この要素 が中心となり、事実的因果関係が審理される(7)。妊娠中に特定の薬剤を服 用した女性が先天異常をもつ子供を出産すれば、原因とされる薬剤と先天 異常という結果との間の因果関係を科学的に立証せざるを得ないわけであ る(8)。このような場合には、原告は特定の薬剤が損害を発生させること、 そして現実に彼女が当該薬剤により損害を被ったことを立証しなければな らない。前者は特定の薬剤が損害の発生原因になる能力をもつことを示 す一般因果関係(general causation)であり、後者は当該薬剤がまさに損害 を発生させたことを意味する特定因果関係(specific causation)であることに なる(9)。これらが科学的関連性に関する事実的因果関係を巡る争点となる。 (6) Deal v. First and Farmers National Bank, Inc., 518 S.W.3d 159, 173 (Ky. 2017). (7) 1 L. of ENVTL. PROT. § 3:40 (updated 2018).

(8) Turpin v. Merrell Dow Pharmaceuticals, Inc., 959 F.2d 1349, 1350 (6th Cir. 1992). (9) Raymund C. King & Gregory J. Lensing, TOXIC MOLD LITIGATION, §8.08 (2008).

(3)

しかし、事実的因果関係が一般的に認識できるものであれば、一般およ び特定の事実的因果関係の争点とはならない。例えば、ビルの屋上から石 が落ちてきたためケガを負うことなどである。一般的な経験や理解力が及 ばない場合に限り、科学的または医学的証拠により事実的因果関係が示さ れることになる(10) 第2の要素は、被害者に損害を与えた加害者の特定である。原告が誰か により損害を負わされたことは疑いのない事実であるが、多くの者から特 定の加害者を選びだすことが困難になることがある。例えば、腸チフスに 罹患した場合、その原因となる行為を行った者を特定することはできな い。腸チフス発症の原因となるものは、チフス菌が混入した飲料水やハ エなど数多く存在する。1919年にニュー・ヨーク州最高裁判所はStubbs v. City of Rochester(11)で、いくつかの損害の原因が考えられる場合には、合 理的確実性をもって(reasonable certainty)被告の行為が損害を引き起こし たことを立証しなければならないと述べている(12)。本件では原告は毎日水 道水を飲んでおり、原告居住地域では60人近くの腸チフス発症者が存在 し、チフス菌に汚染された水を飲むことで腸チフス発症の原因になると科 学的に立証されているため、水道を管理するロチェスター市が損害に対す る責任を負うと判断したのである(13) 損害を発生させる加害者を特定することは、とりわけ科学的関連性を重 視する有毒物質不法行為では重要な争点となる。アスベストを使用する事 業所で長年勤務した者が中皮腫を発症すれば、中皮腫の原因がアスベスト (10) 事実関係が複雑であり、科学的知識も必要となる有毒物質不法行為では、認容で きる程度の科学的証拠を示すことが重要となる。See, Margaret A. Berger, Eliminating

General Causation: Notes Towards a New Theory of Justice and Toxic Torts, 97 COLUM. L. REV. 2117, 2123-29 (1997).

(11) Stubbs v. City of Rochester, 124 N.E. 137 (N.Y. 1919). (12) Id. at 140.

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であることが既に疫学的に証明されているため(14)、アスベストと中皮腫発 症との間の事実的因果関係は確立している(15)。しかし、いかなる者により 製造されたアスベストが損害を与えたのかについては証明が必要となる。 したがって、中皮腫を発症した原告が被告の製造したアスベストに曝露し たことを証明できなければ、損害の事実的因果関係が不明となり敗訴する ことになる(16) 第3の要素は、損害回避が可能であったかである。原因が存在すること で損害が発生するが、必ずしもすべての損害の原因が被告の行為とはいえ ないことがある(17)。例えば、子供が車の後方にうずくまっており、被告が バックミラーで後方を確認せずに車をバックさせた結果、その子供を轢い てしまった場合がそれに該当する(18)。被告の後方を確認しない行為は過失 であるが、後方を確認したとしても子供がうずくまっているのを認識でき ないことがある。このような損害回避ができない場合には、被告の行為が 子供の損害への事実的因果関係にはならず、被告は損害賠償責任を負わな いことになる(19) 第4の要素となるのは、いかなる損害がいかなる条件の下で引き起こさ れたかである。被告が明らかに原告の頭部を殴打してケガを負わせれば、頭 部打撲が損害となる。しかし既に損害発生の危険性のある原告に対して、被 告の行為により損害を引き起こす場合がある。例えば、1932年にニュー・ ハンプシャー州最高裁判所がDillon v. Twin State Gas & Electric Co.(20)で、 これについて判断を行っている。本件は、橋の横に建造されていた大きな

(14) Julie Offerman, “The Does Makes the Poison”: Specific Cauation in Texas Asbestos

Cases After Borg-Warner, 41 TEX. TECH L. REV. 709, 713 (2009).

(15) William L. Anderson & Kieran Tuckley, 42 AM. J. TRIAL ADVOC. 39, 48-49 (2018). (16) Claytor v. Owens-Corning Fiberglas Corporation, 662 A.2d 1374, 1381 (D.C. 1995). (17) とりわけ実質的要因基準が適用される場面である、複数の損害発生原因が想定さ

れる場合がこれにあたる。実質的要因基準については、後掲第五章を参照。 (18) Dan B. Dobbs, THE LAW OF TORTS 2d ed. §184, at 620 (2011).

(19) Id.

(5)

梁の上で遊んでいた子供が過って峡谷に落下し、その際に絶縁措置を施し ていない電線につかまって感電死した。そこで、遺族が電線の設置をした電 力会社を相手取って損害賠償請求をした事案である。本判決は、まず被告で ある電力会社が橋にある大きな梁で遊ぶことを認識していたため、彼らに 対して安全を確保する義務があったと述べた(21)。この義務違反が峡谷への落 下を促す介入原因となっており(22)、感電死した子供に対して子供の生命に該 当する分の賠償責任があると判断したのである(23)。したがって裁判所は、子 供の安全を確保するために電線の絶縁措置など何らかの対応を行っていれ ば結果が異なったはずであるととらえたのである。感電を防ぐ安全策を講じ なかったことが、子供の死亡との事実的因果関係を構成したわけである。 二 事実的因果関係判定のための不存在の基準 それでは、事実的因果関係の判断基準は何か。裁判所は事実的因果関 係を判定するために不存在の基準(but for test)を用いている(24)。この基準 は、もし被告の行為がなければ決して損害が発生しないと結論づけられる のであれば、被告の行為が実際に損害の原因になるととらえるものであ る(25)。そして、被告が原因ではない損害を原告が被っていれば、被告の行 為は事実的因果関係がないことになる。しかし、被告に過失があるにもか かわらず、不存在の基準が適用されて事実的因果関係の存在が認められな いことがある。例えば、製造物責任事案で、製造物使用者である原告が使 用マニュアルを読まずに負傷した場合、当該製造物のマニュアルで使用に 関して適切な警告がなされていなくとも、警告のないことが事故の原因と (21) Id. at 112. (22) Id. at 113. 因果関係の介入原因については、楪博行・アメリカ民事法入門第二版・ 182頁(勁草書房, 2019)を参照。 (23) Id. at 115.

(24) sine qua nonとも別称される。See, e.g., Tieder v. Little, 502 So.2d 923, 926 (Fla.1987); City of Indianapolis v. Parker, 427 N.E.2d 456, 461 (Ind. 1981).

(25) See, e.g., Hagen v. Texaco Refining and Marketing, Inc., 526 N.W.2d 531, 537 (Iowa 1995).

(6)

はならず事実的因果関係が認められないのである(26)。直接の損害原因とは ならない過失であれば、不存在の基準を満たすものではない。そこで、例 えば、船舶が壊れた救命ボートを積載していたとしてもボートのコント ロールが失われるほど荒れた海水面の状態であったならば、不存在の基準 が満足できないと考えられるのである(27) 不存在の基準では、事実が不存在であることを仮定し、その検討結果が 異なれば事実的因果関係を認めない判断がなされる。そこで、適用に際し ては仮説が用いられることになる。仮定された事実関係と比較しながら現 実に事象が発生したか推論するわけである。しかし、設定される仮説が原 因で、被告の過失と損害との間に事実的因果関係がないと判定されること がある。事実的因果関係が成立するには、原因となる行為が事件発生の 重要な役割を担っていなければならないのである。これ以外の証拠では 事実的因果関係が立証されない。そのため原告は敗訴することになる(28) 事実的因果関係の成立に関係しない行為は、何ら影響をもたないことに なる。例えば、交通事故に遭遇した妊娠中の原告がX線撮影をされたこと により、胎児が影響を受けて流産せざるを得なくなったと主張して損害 賠償を請求した事案がある。これが1977年のフロリダ州控訴裁判所判決 のSalinetro v. Nystrom(29)である。本件では、交通事故に遭った原告が背中 下部と腹部にX線撮影をされたが、X線撮影の際に担当医師が原告の妊娠 を知らず、またそれを尋ねなかった(30)。裁判所は、担当医師が原告に妊娠 の事実を尋ね、原告が肯定したとしても救命措置を施すためにX線撮影を したはずであり、胎児に影響を与えた結果は同じであると考えた(31)。そこ で、担当医師の妊娠の事実に関する質問を怠った過失が、不存在の基準を

(26) Bloxom v. Bloxom, 512 So.2d 839, 850 (La. 1987). (27) Ford v. Trident Fishers Co., 122 N.E. 389 (Mass. 1919).

(28) Fedorczyk v. Caribbean Cruise Lines, Ltd., 82 F.3d 69, 73-74 (3d Cir. 1996). (29) 341 So.2d 1059 (Fla. 1977).

(30) Id. at 1060. (31) Id. at 1061.

(7)

満たすものではないと判断したのである(32)。したがって、医師が行った患 者への対応上の過失は考慮されなかったのである。 三 不存在基準を適用する過程 事実的因果関係が成立するために、被告による特定の行為と被害者の特 定の損害との間で堅固な関連性が必要となる(33)。不存在の基準はこの関連 性を明確化するためにより詳細なものとならなければならない。そのた め、不存在の基準は五段階に及ぶ適用過程をもつことになる。 第1の段階が、損害の特定である。第2の段階が、被告の違法行為の特 定である。事実的因果関係を決定するためには、損害と被告の違法行為を 正確に示すことがまず必要だからである(34)。第3の段階が、反事実的な条 件を設定した仮説を立てることである。仮説により大きく結果が異ならな いように、仮説の設定は発生した事実が不存在の場合に、いかなる結果が 想定されるのかを導くように限定する必要がある。この段階では仮説を厳 格に設定するため、例えば海難事故での救命ボートのオールがもう一本あ れば犠牲者を防げたとする仮説は、事実を歪曲する可能性があるので不適 切となる(35)。また、故人が他の原因でも死亡することになるとする仮説も 不適切であるととらえられている(36)。仮説を設定する目的は、仮説での行 為が現実の行為に影響を与えるのか否かを判定することにあるため、現実 の行為と対比しながら仮説での行為を厳格に決定しなければならないから である。 第4の段階が、原告の被った損害は被告の行為で実際に発生したのか否 (32) Id.

(33) David W. Robertson, The Common Sense of Cause in Fact, 75 TEX. L. REV. 1765, 1769 (1997).

(34) Wex S. Malone, Ruminations as Dixie Drive It Yourself Versus American Beverage

Company, 30 LA. L. REV. 363, 370 (1969).

(35) Ford v. Trident Fisheres Co., 122 N.E. 389, 390 (Mass. 1919). (36) Boyer v. Johnson, 360 So.2d 1164, 1166-67 (La. 1978).

(8)

かの検討である。そして最後の第5の段階が、第4の段階の解答を示すこ とである。つまり、第4ならびに第5の段階は第1から第3の結論として 機能する。そのため、第3までの三つの段階で損害発生につき専門的知識 を用いて第4の段階を構成することが重要となるのである(37) 被告の違法行為と原告の損害との間の事実的因果関係の証明程度につい ては、証拠の優越程度(preponderance of evidence)(38)が基準とされる。仮 説を媒介にすると、被告が他の方法をとった場合の結果を正確に予見する ことができないため、証明程度が低くなるわけである。そこで、低くなっ た証明程度を補正するために、裁判所は事実的関連性の確実さを補塡する 裁量権をもつことになる(39)。不存在の基準を適用する際には、その際に示 される証拠が確信的な程度ではなく、多くの部分につき違法な行為が損害 発生を促すものであれば足りると、裁判所は考えている(40)。この程度であ れば事実的因果関係が満足されるととらえているといえよう。被告の過失 が損害発生の機会を大いに促したのであれば、その発生を導いたはずであ り、単に被告が過失の不在を主張することによって、事実的因果関係が 切断できない程度まで求められているのである(41)。また裁判所は、原告が 被った損害の発生が公正に見て確実だと判断すれば、被告に事実的因果関 係の挙証責任を転換することができる(42)。事実的因果関係とは、我々が過 去の事象の連鎖を見ることで一定の結果を期待する、いわば我々の習性の 反映に過ぎない(43)。そこで、事実的因果関係が存在しないことを示す一般 (37) Robertson, supra note 33, at 1771.

(38) 事実的関連性が完全に証明されるのではなく、他の原因よりも被告の行為が原告 の損害を引起したと認定できる程度のものである。See, Joe W. Sanders, The Anatomy

of Proof in Civil Actions, 28 LA. L. REV. 297, 306 (1968). (39) Robertson, supra note 33, at 1774.

(40) Id.

(41) Malone, supra note 34, at 370.

(42) Brown v. Tesack, 566 So.2d 955, 957 (La. 1990).

(43) W. Page Keeton et al, PROSSER & KEETON ON THE LAW OF TORTS 5th ed. § 41, at 264-65 (1984).

(9)

的な仮説を否定できれば、事実的因果関係は存在すると推定されるわけで ある。 しかし、不存在の基準を適用する上で、仮説を設定することが必ずしも 事実的因果関係を明確に導き出さないという疑問も出されている。不存在 の基準を通じて事実的因果関係を検討することは、損害が何であったかを 明確にするだけであり、何が起こらなかったかをも解明するものではない と主張されているのである(44)。また、事実的因果関係の検討を損害の特定 のみに限定するのでなく、発生しなかった損害をも検討の対象とすべきで あるという主張もある。いかなる損害が起こらなかったかも事実的因果関 係を示す要素であるため、これを検討しないことは重要な点を見落として いるというのである(45)。仮説を設定し検討を加えることは、反事実が発生 しないことを確認する作業である。この意味で原告主張の事実を裏打ちす る機能をもつ。不存在の基準の対象を仮説で発生しなかったことまで及ば すか否かの論争は、事実的因果関係の検討対象の決定に関わることにな る。したがって、仮説の設定には、反事実がいかなる結果を導くかが主眼 とされるべきである。広範な対象を検討することになると、この目的が果 たせなくなるからである。一方で、仮説の設定と検討を放棄すると、原告 が主張する事実を確認することができず、当該主張事実のみが事実的因果 関係を構成するものとなるおそれがある(46) 四 複数の損害発生原因での不存在の基準 不存在の基準は、一般的には単一の原因で損害が発生している場合に機

(44) E. Wayne Thode, Indefensible Use of the Hypothetical Case to Determine Cause in Fact, 46 TEX. L. REV. 423, 434 (1968).

(45) James A. Henderson, Jr., Defense of the Use of the Hypothetical Case to Resolve the

Causation Issue - The Need for an Expanded, Rather Than a Contracted, Analysis, 47 TEX. L. REV. 183, 214 (1969).

(10)

能すると考えられている(47)。それでは、損害を発生させたと特定された行 為以外のものが当該行為の効果を遮断している場合、または当該行為と結 合関係となり共同して損害を発生している場合には当該基準は妥当するの であろうか(48) 不存在の基準は、単一の事実がなければ損害も発生していないと判断す る論理である。そのため、複数の不法行為者および不法行為が原因である 場合にはこの基準は妥当しないことになる(49)。そこで、このような場合に 不存在の基準を適用するには、まず複数の不法行為者が存在する場合で は、各々の不法行為者が加えた損害の割合に応じた賠償責任を負担させ ることが考えられる(50)。原告は複数の不法行為者により損害を加えられれ ば、各々の被告の行為がいかなる損害に帰したのかを証明しなければなら ないことになる(51)。そして、単一かつ可分損害については、各々の被告が 損害の割合に応じて個別的に責任を負うことになる(52)。しかし、損害の原 因が複数の不法行為者にあり、また不可分損害であれば、挙証責任は被告 に転換する(53)。損害行為が類似し、そしてそれらが可分して各々の被告に 帰さなければ、各々の被告は連帯して(jointly and severally)不法行為責任 を負うからである(54)。共同不法行為の要件とは異なるものの、これと同一 の効果が発生しているわけである(55)

以上のように、複数の被告および原因が存在すれば、被告が単独である 場合と比べて法的効果が異なることになる。そこで、一部の論者は不存在

(47) Wright, supra note 5, at 1775. (48) Id.

(49) Id.

(50) RESTATEMENT (SECOND) OF TORTS, § 433A (1965). (51) Dobbs, supra note 18, at § 192, at 643.

(52) RESTATEMENT (SECOND) OF TORTS, supra note 50, at § 433A. (53) Id. at § 433B.

(54) Dobbs, supra note 18, at § 192, at 643.

(55) 共同不法行為とは、複数の被告の行為が調和した状態にある場合、または複数の 被告のうちいずれが損害を引き起こしたのかわからない不可分の状態の場合に発生 する。前掲注(22)・楪博行・199頁参照。

(11)

の基準を修正して特に複数の原因が存在する場合に対処しようとしたわけ である。不存在の基準を適用することで事実的因果関係が不明確となるの を回避しようとしたのである。その第1の方法が、損害を詳細に分析する ことである(56)。例えば放火により隣家が火災となり、その延焼により自家 が倒壊した場合、被告の放火と隣家の火災による延焼のそれぞれが原告の 家屋を倒壊させるに十分であるとする。煙、灰そして消失した家屋の一部 を詳細に分析して被告の放火が倒壊原因であったと結論づけることであ る(57)。しかしこの方法では、家屋が火災によって倒壊した過程を追跡する ことができない(58)。有責性の大小から損害発生原因を究明するだけで、明 確な事実的因果関係を示す方法とはなっていないのである。これは交通事 故の例でも明らかである。不注意に自動車を運転する者が飛び出してきた 歩行者と衝突し、損害の詳細な分析から運転手の不注意さが損害を招いた とすれば、少なくとも運転手が衝突を回避できたことが推定されるのであ る(59)。したがって、損害を詳細に分析する方法は、損害発生の原因ではな くいずれの行為がより有責であるのかを判定していることになる。しかし この方法は、損害にかかる被告による些細な原因について多くの証明を行 わなければならない。そこで審理の遅延をもたらすものとなる。 不存在の基準を修正する方法の第2が、仮説の設定を行わない方法であ る。仮説での仮定された事実は決して発生するものではないため、あえて 仮説を設定する必要はないと考えるのである。例えば、特定の者により銃 で撃たれた事実が発生している場合には、他の者に撃たれたとする仮説 を設定すべきではないとするのである(60)。確かに仮説を排除することによ り、仮説による混乱が避けられるかもしれない。しかし、損害を発生させ

(56) A. Becht & F. Miller, THE TEST OF FACTUAL CAUSATION IN NEGLIGENCE AND STRICT LIABILITY CASES 17 (1961).

(57) Id. at 18.

(58) Wright, supra note 5, at 1779. (59) Becht & Miller, supra note 56, at 28.

(12)

たと想定される複数の原因が時間を前後して発生していれば、別の仮説を 設定して事実的因果関係を特定しなければならない。死亡原因が複数想 定される場合がこれに該当する。例えば銃で襲撃される前に既に何らかの 原因で死亡している可能性もあり、死亡という損害の原因と特定するため の仮説が必要となるのである。したがって、仮説を設定しない方法に拠れ ば、事実を検討することなくより確実であると考えられる事実を損害発生 原因ととらえられるおそれがある。つまりこの方法では、事実的因果関係 は事実から乖離した法政策的な因果関係となる可能性を示すことになる(61) 第3が、複数の想定される損害発生原因を統合させる方法である。複数 の行為者が単一の損害発生に関連すれば、各々の行為が相互に結合されて 単一の損害の原因となったと考える。各々の行為に対して不存在の基準を 適用していずれの行為が損害発生の原因であるかを判定するのである(62) この方法で重要となるのは、統合される損害発生原因となる行為をあらか じめ特定しておかなければならないことである。また、特定される行為は 損害発生原因の視点から抽出されるものであるため、損害への寄与度は 勘案されていない。例えば、AがBの紅茶に毒を入れ、Bが紅茶を飲む前 にCにより銃で撃たれて死亡した場合には、Cの発砲がB殺害の原因であ る。しかし、この方法を用いればAとCの行為とBの死亡とが一旦統合され て、事実的因果関係を構成することになる(63)。つまり、損害発生の原因を 特定することが困難になりかねないのである。 五 複数原因が想定される場合の実質的要因基準 1.実質的要因基準の概念 複数の被告および損害原因が存在する場合に、事実的因果関係を特定す る方法として、裁判所は実質的要因基準(substantial factor test)を用いてい

(61) Id. at 75-77.

(62) See, e.g., Keeton, supra note 43, at § 41, at 268. (63) Wright, supra note 5, at 1781.

(13)

る。当該基準は不法行為による損害を実質的に発生させた被告の行為が損 害との事実的因果関係があると判定するものである(64) 実質的要因基準が適用されると、各々の被告の損害への寄与度を比較し て最も高いものが損害と事実的因果関係をもつものであると判定される。 つまり、当該基準の下では、被告の行為と損害の主たる原因と判定される 行為が事実的因果関係をもつことになる(65)。例えば、走行中の蒸気機関車 の煙突から出た火と原因不明の火によって原告の家屋が火災を被った場合 には、実質的要因基準が適用されるといずれの火も家屋滅失の原因と推定 される。そしていずれの火が原告の家屋の火災を実質的に引き起こしたの かが検討されて、実質的な因果関係が決定されるのである(66) それでは実質的とは、いかなる意味をもつ概念なのか。不法行為リステ イトメント第二版は、実質的が思惟的ではなく(67)むしろ一般に用いられ る意味であり(68)、不法行為責任の視点から(69)被告の行為が損害発生の原因 と合理的にとらえられるものと定義している(70)。リステイトメントによる 定義は広範なものである。そこで、これに従って広義に解すと、いかなる 理由があるにせよ不存在の基準の適用が困難となる場合には互換的に適用 される基準ととらえられることになる。一方狭義に解すと、複数の原因が 介在する際に不存在の基準を代替するものといえる(71)

(64) Vincent v. Fairbanks Memorial Hospital, 862 P.2d 847, 851 (Alaska 1993). (65) Thacker v. UNR Industries, Inc., 603 N.E.2d 449, 455 (Ill. 1992).

(66) Anderson v. Minneapolis, St. Paul & Sault Ste. Marie Railway, 179 N.W. 45, 46 (Minn. 1920). 本件では蒸気機関車の煙突から出た火を原因とする火災が家屋滅失の実質的 要因と判定されている。Id. at 49.

(67) See, e.g., Hayes Freight Lines v. Wilson, 77 N.E.2d 580 (Ind. 1948); Dixie Drive It Yourself System New Orleans Co. v. American Beverage Co., 137 So.2d 298 (La. 1962). (68) Kiamas v. Mon-Kota, Inc., 639 P.2d 1155, 1159 (Mont. 1982).

(69) Travelers Indem. Co. v. Center Bank, 275 N.W.2d 73, 75 (Neb. 1979).

(70) RESTATEMENT (SECOND) OF TORTS, supra note 50, at § 431. See, also e.g., Berg v. U.S., 806 F.2d 978 (10th Cir. 1986); Kiamas v. Mon-Kota, Inc., 639 P.2d 1155 (Mont. 1982); Pieper v. Neuendorf Transp. Co., 274 N.W.2d 674 (Wis. 1979).

(14)

2.実質的要因基準の適用の場面と不存在の基準との関係 原告が馬に乗って移動している横を挟むように二台のバイクが同時に 通過し、馬が驚いて原告を落馬させケガを負わせた事案の場合(72)、不存在 の基準を適用すれば、各々のバイクの運転手が自らの過失行為を否定す ると、いずれの行為がケガと事実的因果関係になるのか不明となる。当 該事案ではまさに損害原因となる力が結合(combined force)されているた め(73)、不存在の基準であれば事実的因果関係が判断できないのである。そ こで、損害原因となる力が結合された状態では、不存在の基準ではなく実 質的要因基準が適用されることになる。 不法行為リステイトメント第二版は、損害原因となる力が結合された状 態を以下のように示している。二つの力が積極的に作用している場面であ り、一方だけの過失であっても、二つの原因が損害を相当に発生させる 状態であるというのである(74)。この定義を受けてルイジアナ州控訴裁判所 は、二つの損害発生原因が想定される場合の妥当な事実的因果関係判定の 基準は、実質的要因基準であると述べている(75) では、実質的要因基準が妥当となるのは、原因となる力が結合されてい る場合のみなのか。これについては、多くの裁判所は否定的な見解を採 る。なぜなら、多くの裁判所では実質的要因基準を不存在の基準と実質的 には一個のものとして、いわばひとまとまりとして扱っているからであ る(76)。そして、これら二つの基準は同様(77)または非常に類似する内容をも つ基準としてとらえているわけである(78)。しかし、前述したように不存在 (72) Malone, supra note 34, at 89.

(73) Id. at 88-97.

(74) RESTATEMENT (SECOND) OF TORTS, supra note 50, at § 432(2). (75) Magee v. Coats, 598 So.2d at 536.

(76) See, e.g., Collins v. American Optometric Ass n, 693 F.2d 636 (7th Cir. 1982); Berg v. U.S., 806 F.2d 978 (10th Cir. 1986).

(77) Simpson v. Sisters of Charity of Providence in Oregon, 588 P.2d 4, 13 (Or. 1978). (78) LeJeune v. Allstate Ins. Co., 365 So. 2d 471, 477 (La. 1978).

(15)

の基準は五段階の詳細な検討過程を踏まえて適用されるものである。一方 で実質的要因基準は、このように詳細な分析を行わず単純かつ感覚的に結 論を導くものである(79)。これは、実質的要因基準と称するも、その実質的 という意味ですら不明確であり、また適用対象も明確に確定していないこ とからも推定されるのである。 少数の裁判所では、実質的要因基準は不存在の基準を修正する、または 状況に応じて代替するものととらえている(80)。つまり、実質的要因基準を 狭義に解しているのである。不存在ならびに実質的要因のいずれの基準と も、特定の損害原因を追求する目的をもっている。これを踏まえると、少 数の裁判所は実質的要因基準の適用を、不存在の基準が機能しない複数の 損害原因が想定される場合に限定しているのである。そのため、これら少 数の裁判所は各々の基準の適用に際して、損害原因の単複のみが重要にな る。 3.実質的要因基準と法的因果関係との関連性 以上のように、実質的要因基準を広義または狭義にとらえることによっ て、当該基準の性質は異なることになる。明確な定義がなされていない基 準だからである。この性質から、20世紀初頭では実質的要因基準を事実的 ではなく法的因果関係を判定する基準と考えられていた(81)。その後、実質 的要因基準が法的因果関係判定のために適用されることになった(82)。法的 因果関係とは法的義務範囲を決定する要因であり、妥当な司法政策を示す ものである(83)。実質的要因基準を法的因果関係判定に適用することになれ (79) Robertson, supra note 33, at 1779.

(80) See, e.g., Wilson v. City of Kotzebue, 627 P.2d 623 (Alaska 1981); Tieder v. Little, 502 So.2d 923 (Fla. 1987).

(81) Jeremiah Smith, Legal Cause in Actions of Torts, 25 HARV. L. REV. 223, 230 (1911). (82) Pfeifer v. Standard Gateway Theater, 55 N.W.2d 29, 33 (Wis. 1952).

(16)

ば、実質的要因の判断は原因と結果についての事実的関連性を対象とする ものではなく、司法政策を意味することになる。そこで一部の裁判所は、 実質的要因を損害発生が予見でき、また責任を負わせることができる事実 と解してきた(84)。不法行為リステイトメント第二版§431(a)は、行為が損 害をもたらす実質的要因となっていれば、法的因果関係が存在していると 述べている(85)。しかし、当該条文の注釈は実質的を司法政策ではなく被告 の行為が損害を引き起こすという事実を意味していると解している(86)。ま た同リステイトメント§433は、他者に損害を与える行為が実質的要因と なるための考慮要素として、①他の損害要因、②損害発生に至るまでの原 因となる行為の連続性および、他の要因があれば損害を発生させなかった か否か、そして③時間の経過を定めている(87)。行為の連続性や時間の経過 という文言から示されるように、これらの要素は法的義務ではなくすべて 事実的関連性を意味している。つまり、実質的要因基準が事実的因果関係 判定にかかる主たる基準であることを認めているのである。同条は自らが 事実上寄与した損害のみの賠償がなされるべきと解されているとも換言で きる(88)。しかし、これとは異なるのがメイン州である。実質的に損害を発 生させる懈怠が存在する場合、または直接および相当に損害発生が予見さ れる場合には、実質的要因が満足されると判断するのである(89)。法的因果 関係の要素である相当な予見可能性を含むものであり、実質的要因基準を 法的因果関係判定の基準と同置しているものといえる。 現行の不法行為リステイトメント第三版では、不存在および実質的要因 という文言は用いられていない。事実的因果関係と題する§26は、原因と

(84) See, e.g., Michael R. v. Jeffrey B., 158 Cal. App. 3d 1059 (1984); Polyard v. Terry, 390 A.2d 653 (N.J. 1978).

(85) RESTATEMENT (SECOND) OF TORTS, supra note 50, at § 431(a). (86) Id. at § 431 Reporter s Notes comment a.

(87) Id. at § 433.

(88) Id. at § 433 Reporter s Notes comment a.

(89) Transamerica Premier Ins. Co. v. Ober, 107 F.3d 925, 930 (1st Cir. 1997). 本判決では メイン州法が適用されている。

(17)

なる行為がなければ損害が発生しない場合に事実的因果関係が認められる と述べている(90)。この文言が示すのは不存在の基準であり、本条起案者も これを明確に認めている(91)。また、複合的因果関係と題する§ 27は、複数 の行為が同時に発生した場合には、各々の行為が損害の事実的因果関係に あると述べている(92)。同条の目的は、実質的要因基準を内容的に示すこと と、第二版の曖昧さを克服することであった(93)。曖昧さは、前述した実質 的要因基準が法的因果関係判定基準と混同することも含まれる。とりわけ 重要と考えられるのは、§432(2)に定めた損害の実質的要因であることを 事実認定者が判定できるとする点である(94)。これを解釈すると、複数の原 因がある場合に事実認定者が事実的因果関係を否定する裁量権をもつこと になる。裁量権を司法政策の一環とすれば、§431(a)が実質的要因を法的 因果関係の要件としていたため、§433の実質的要因の判定要素が法的因 果関係判定を目的とするものと混同されることになりかねない。そこで、 不法行為リステイトメント第三版はこの混同を除去する目的ももっていた わけである。 不法行為リステイトメント第二版および第三版とも事実的因果関係を判 定する上で適用する手段として不存在の基準と実質的要因基準を位置づけ ている。その意味で、不法行為リステイトメントに限定すれば、事実的因 果関係はこれら二つの基準で決定されてきた。実質的要因基準は不存在の 基準と重複し同等のものととらえられており、複数の原因がある場合に適 用されることは全米の裁判所でほぼ共通した認識であると考えられる。ま た、実質的要因基準と法的因果関係との混同は、第三版により解消されつ つあるといってよいであろう。

(90) RESTATEMENT (THIRD) OF TORTS: Phys. & Emot. Harm § 26 (2010). (91) Id. at § 26 Reporter s Notes comment b.

(92) Id. at § 27.

(93) Id. at § 27 Reporter s Notes comment b.

(18)

おわりに 原因と結果である損害との間に事実的因果関係がなければ、原因となる 行為をなす者に不法行為責任を負わせることはできない。そのため、事実 的因果関係の認定は、不法行為者に法的責任を負わせるための前提となる 要件である。事実的因果関係の判定には原則として不存在の基準が用いられ てきた。被告の行為がなければ果たして損害が生じたであろうかを問い、当 該行為が損害発生の原因であったのか判定するわけである。この不存在の基 準は、複数の原因が関わる場合には機能しない。不存在の基準の適用は、単 一の損害発生原因が存在することを前提とするからである。複数の原因が同 時に発生し損害に寄与している場合には、そのうちの一つが原因であるこ とを否定されると、残りについても同様な結果が導かれる。損害への寄与度 が考慮されていないからである。そこで、複数の原因が存在する場合には、 実質的要因基準が事実的因果関係の判定手段になったのである。 しかし実質的要因基準は様々な視点から意味づけされてきたため、明確 な定義がなされないままであった。ただし、一定の条件で実質的要因とさ れると当該基準が適用される。まず、損害原因が複数存在することが要求 される(95)。次に、損害発生のため不可欠な要因が必要であり(96)、損害発生 の寄与が僅かでかつ間接的なものではなくむしろ顕著な場合が実質的要因 となるのである(97) アメリカの不法行為事案での事実的因果関係の判定には、不存在の基準 と実質的要因基準のいずれかが適用されてきた。それらは相互に関連性と 同様な内容をもつ。ただし、実質的要因基準は不存在の基準の適用が困難 な場合に限定して代替的に機能するものと認識され、現在に至っているの である。 (95) Id. at § 517.

(96) See, e.g., Stahl v. Metropolitan Dade County, 438 So.2d 14 (Fla. 1983); Challis Irr. Co. v. State, 689 P.2d 230 (Idaho 1984).

(19)

〈2019年度科学研究費基盤研究(C)「実体法を手段とした私人による法実現の比較 法的研究−証券関係法と信託法を素材に−」課題番号[18K01342]による研究〉

参照

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