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UC の自律性の限界

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 113-151)

第1節 本章の目的と構成

第4章では、CPEC廃止後に州政府(特に議会)とUCの緊張が高まったことを明らか にし、第5 章では、政府からの統制が貫徹されるとUCの公的使命追求が著しく困難とな る恐れが強いことを明らかにした。確かに、具体的な手段のレベルにおいては、UCは政府 の要求とは異なる教学経営上の方針を貫くことで、公的使命を追求しようとしていた。だが、

UCの自律性の強さを手放しで評価してよいわけではなさそうだった。第5章で見たUC理 事会の議事録(The Regents of UC 3017: 32)の言葉を借りれば、その決定はUCが「民意 やその懸念に耳を傾けなければならない」ために行わざるを得なかった、「矛盾し、競合す る利害の間のバランス」を取るための「完璧ではないがよくできた妥協」に過ぎなかった、

と考えることもできる。また、政府が UC の公的使命の追求をかえって阻害しかねないよ うな要求を行っても、それを退けることができる自律性が UC に備わっているために公的 使命が追求されているとしたら、そもそも調整機関が介在する必要はなく、調整機関の再建 議論は収束するのではないかという疑問も生じる。前章までに見た高等教育の調整を巡る 一連の改革議論の中で、UCと知事・議会は様々な形で対立し、時に妥協を重ねてきた。UC の自律性を担保する理事会の在り方と、大学と知事・議会との間にある(あった)調整機関 の在り方は、一連の改革議論により改めて顕在化した同州高等教育の課題といえる。第6章 では、UC理事会と州調整機関を巡る一連の対立や改革の現時点での帰結と考えられる変化 に着目することで、UCの自律性の限界を探ることを試みる。

本章第2節では、UCが社会的使命を果たしていないとして批判を受ける構造と、その批 判に対する対応方法を検討する。まず、UC理事会の特徴を他州との比較も踏まえつつ確認 し、UC理事会の政治的独立性に対する批判論と擁護論の論点を整理する。次に、そもそも UC理事会を構成させる任用プロセスやその課題について検討する。さらに、厳しい批判を 受け続けるUC理事会が、「社会の代表」としての体面を保つために示す姿勢を、近年のUC の教学経営に関する重大な論争(授業料やアドミッション・ポリシーへの議会の要求)を具 体例として検討する。

本章第 3 節では、調整機関を巡るカリフォルニアの最新動向を概観し、公的使命を巡り 高等教育機関の自律性と政府からの統制の仲立ちを行う調整機関が、同州で引き続き必要

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とされているのか明らかにする。CPEC の廃止が州内外でどのように受け止められたのか を改めて確認するとともに、CPEC に代わる新しい調整枠組みがいかにして機関の自律性 と公的な統制を仲立ちすることを期待され、実際に期待されているような調整機関が再建 されようとしているのかを検討する。

第2節 憲法上独立した理事会の「社会の代表」性

第1項 政治的独立性への批判と擁護

アメリカの高等教育は「忍耐強くない政治家が大学に拙速な成果を求めるような[中略]

規制に弱い」(Bok 2013=2015: 39)という「脆弱性」(Bok 2013=2015: 38)を持つと言わ れる。確かに、UCまたはUC理事会は、知事や議会からの厳しい批判を受ける。しかし他 方で、アメリカの大学では「『社会を代表する』とされる『理事会』[中略]が、少なくとも 形式上は全権的な大学管理を握って、それぞれの大学に対する社会的要求を具体化する仕 組みを取っている」ために「社会奉仕」が強調されるとも言われてきた(高木 1998: 109)。 その点では、UC理事会は、知事が指名して議会が承認するという手続きによって政治的に 任用されたレイマンが主たる構成員(26人中18人)であり、まさしく「社会を代表する」

統治委員会であるように思われる。そうすると、「社会の代表」たるべきUC理事会が、公 的使命の追求という「社会奉仕」を怠っているとして、同じく「社会の代表」(しかも任命 権者)であるはずの知事や議会から批判を受けるという、逆説的な事態が生じていることに なる。なぜ、同じ「社会の代表」であるはずの知事や議会とUCとの間に、鋭い対立が生じ るのか。

まず、議論の前提として、UC 理事会の特徴と考えられる点を整理しておく。Douglass

(2000: 69)によると、コロラド、アイダホ、ミシガン、ミネソタ、オクラホマの州立大学

(の一部)は UC に匹敵する憲法上の自治(州政府の第四権のように大学を管理する排他 的権限)を有するとされる1。ただし、表 6-1に示すように、そうした諸州の旗艦州立大 学(またはそうした大学を含むシステムとしての大学群)の間でも、理事の人数、任命方法、

任期の長短などはかなり異なる。他州の旗艦州立大学(またはそれを含む大学群)の主要な 理事の任期は5~8年程度だが、UCは12年と極めて長い。また、総長が投票権のある理事 に含まれる点、役職指定者も政治任用される者の数も多いために理事会の規模も他州の約2

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~3倍と大きい点も特徴である。

このように、任期の長い多数の理事がいるということは、UCあるいはUC理事会が州の 公益を追求していないとして、その自律性を制限すべきであるという批判が生じる一因で あるようだ。2015-16 年会期には、知事が指名し上院が承認する理事 18人の任期を現行 の12年から4年へと大幅に短縮し、政治家が比較的短期間で理事を更迭できるようにする

表 6-1 憲法による自治を有する旗艦州立大学等の理事会の構成等 大学

投票権 のある 構成員

主たる任命方 法

主た る理 事の 任期

役職指定者等 備考

カリフ ォルニ ア大学

26人

知事の指名と 上院の承認

(18人)

12年

知事、副知事、下院 議長、州教育長、卒 業生団体代表及び副 代表、UC総長、理 事会が指名する学生

理事会の裁量で教員代 表1人を追加可能 California Legislative Information(作成年 不明)

ミシガ

ン大学 8人 公選制 8年 なし

Regents of the University of Michigan(2018)

ミネソ

タ大学 12人

選考委員会が 挙げた候補者 数名から議会 が任命

6年

8選挙区から各1人 と州全体から4人を 選出するが、後者の 一人は選挙時点で学 生

Regents of the University of Minnesota(2018)

コロラ

ド大学 9人 公選制 6年 なし

Regents of the University of Colorado(作成年不 明)

アイダ

ホ大学 8人

知事の指名と 上院の承認

(7人)

5年

州教育長(そもそも 州教育委員会が大学 理事会を兼ねる)

Idaho State Board of Education(作成年不 明a, 作成年不明b) オクラ

ホマ大 学

7人

上院の助言と 承認を要する が知事が指名

7年 なし

The Board of Regents of the University of Oklahoma(2020) 出典:備考欄を参照。なお、表が煩雑になるため詳細は割愛したが、同時に交代する理事の人数 を抑えるため、任期の開始時期をずらすなどの措置が設けられるのが普通である。また、解任規 程がある州もある。

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ための憲法修正法案が提出された(第5章第2節第4項参照)。同法案は廃案となったが、

直後の 2017-18 年会期でも、UC を糾弾する監査報告書の影響や高額な上級管理職の給与

に対する批判を背景に、理事の任期の大幅短縮、学生理事の増員などによる構成員の拡大、

役職指定理事でもある UC 総長の投票権の剥奪などを提案する憲改法案が議会に提出され

た(Watanabe 2017)。法案を提出した議員は「我々はどうしたらカリフォルニアの学生へ

の責任を理事会が果たすようにできるのかについて、真剣に話し合わなくてはならない」

「彼らは苦学生がどんなものなのかわかっていない」(Watanabe 2017)と語ったと報じら れている。一度理事に任命されると長期間その地位にとどまるため、高等教育事情に精通す るにつれて政治家と見解を異にするようになり、大学経営を優先し、州民の利益に無頓着に なるという批判は、パターン化していると言ってよい。

州政府の実質的な予算措置が長期にわたり減少してきたことが原因であるのだが、授業 料の高騰や州内学生の受け入れ抑制などに対する知事や議会からの批判が加えられる中、

スキャンダラスな UC 批判が行われ、それがまた政治的批判を増大させている面もある。

例えば2017年には、州監査役が誇張したUC総長室の裏金作り疑惑が大きな問題となった

(第4章第2節第2項)。加えて、UC 理事の一人がセクシャル・ハラスメントと受け取ら れかねない発言を行ったことが明るみになり、結局本人が問題との関連を否定しつつも自 己都合で辞任する事態となった(Daily Bruin Editorial Board 2018)。

後者の例で改めて問われた論点の一つは、州憲法に理事の解任規定がなく、理屈の上では どんな不適格者でも 12 年の任期満了まで理事の座を追われないことであった。そのため、

UC 内の労働組合からは州憲法を改正して議会の3 分の 2以上が賛成すれば理事を罷免で きるようにするべきという要求が議会に対して行われるなど、学内外から小さからぬ批判 がなされた(Daily Bruin Editorial Board 2018)。

興味深いのは、理事会が引き上げてきた授業料に難儀しているはずの学生たちの新聞が、

解任規程の整備自体は必要だとしつつも、議会が解任に関与する改革提案に反対する論陣 を張ったことである。同紙の編集委員会によれば、「UC は州から受けるわずかな予算を確 保するために州の政治家の調子に合わせることを強いられてきたのであり、議員が理事を 罷免する権限を持てば、自分たちの特定の関心事に奉仕させるために議員が大学管理者を 脅かすのを止めることは難しいと見られる」(Daily Bruin Editorial Board 2018)。また、

「UCの自治は、理事会の自治に負う」のであり「州議会の議員に解任請求を許したならば、

UCもカリフォルニア州も立ち直れないような、収拾不可能な事態が引き起こされる」こと

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