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「教育マスタープラン」構想と高等教育の独自性

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 53-69)

第1節 本章の目的と構成

第 1 章では、高等教育関係者を排除したうえで知事や議会に任命されたものだけがコミ ッショナーとなることで調整機能を強化するというCPEC改革論が形成されてきた様子を 確認した。そこで唱えられた改革のロジックは、2002年の議会によるマスタープラン見直 し議論へと引き継がれていた。第2章では、2002年頃のカリフォルニア州におけるマスタ ープラン見直し議論に着目し、1990年代から引き継がれた改革構想を巡る攻防の展開を詳 らかにする。この作業により、CPEC廃止が一時的に回避されたことが、その後の大学の自 律性や公的使命の追求を巡る議論にいかなる前提を与えたかを明らかにすることを試みる。

新たなマスタープランの作成主体であった議会は、第 1 章で部分的に見たように、州政 府からの統制を強化する方向に、権限やメンバーシップに関する調整機関の改革(CPECの 廃止・置き換え)を推し進めようとしていた。となると、廃止の危機に立たされたCPECは 何らかの反論を試みたと考えられる。また、CPECに代表者を送り込んでいる UC にとっ ても、一種の監督機関であるCPECの改廃には少なからぬ利害が生じるはずである。例え ば、州調整機関の改革パターンなどを検討したMcGuiness(1994=1998)によると、既存 の州調整機関の権限を大幅に強化するなどして単一の統合管理委員会を設置するという議 論は、高等教育の管理を巡り「ほとんど例外なくなされる提案」(McGuiness 1994=1998:

183)だとされる。しかし、そうした「スーパー委員会」提案は、必然的に大学の自律性を 脅かすとして反対にあうため実現した例は殆どないとされる(McGuiness 1994=1998:

183-4)。実は、後述のように2002年にマスタープランの大掛かりな見直しが実施された際、

より包括的な州調整機関の設立が提案されており、その意味でこの時の改革提案は「スーパ ー委員会」を巡る議論に外ならなかった。だとすれば、第1章で見たように高等教育を外部 から監督するための組織へとCPECを変質させようとする改革論が公然と語られるように なった中で、UCは自律性を失うことを恐れて調整機関の強化に反対し、むしろその弱体化 や廃止を望んだのだろうか。あるいは逆に、政府からの統制の強化につながることを警戒し、

CPECを守ろうとしたのか。また、もしもCPECを擁護する議論が廃止を阻止したとすれ ば、擁護論はUC等の高等教育機関とCPECとの関係に一定の制約を課したのではないか と予想される。以上について確認する主な資料として、議会が提示した新たなマスタープラ

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ンの各段階の案と、それらに対するCPECやUCの声明文などを用いる。また、典型的改 革パターンとされる「スーパー委員会」提案との比較を念頭に、どの勢力がどのような主張 を行ったのかを明らかにする。

第2節 CPEC改革を巡る攻防

第1項 議会主導の改革議論の開始

まず、2002年のマスタープラン見直しの動きがどのように始まったのかを改めて確認し ておこう。1999年3月24日、カリフォルニア州議会ではJoint Committee to Develop a Master Plan for Education—Kindergarten through University(以下、両院委員会または Joint Committee)を設置するための共同決議案(Senate Concurrent Resolution No. 29、

以下 SCR29)が Alpert 上院議員によって提出され、同年 5 月 27 日に議会を通過した

(California Legislative Information 1999)。SCR29は、高等教育のためのマスタープラ ンではなく、あらゆる教育段階を包括した教育..

マスタープランの必要性等を次のように唱 えた。

教育はカリフォルニア州の最重要の機能であり、州や国家の文化的、政治的、経済的 健全性にとって非常に重要である。[中略]1960年に、カリフォルニアは、ジュニアカ レッジ、カリフォルニア州立大学システム、カリフォルニア大学システム、そして州内 のその他の高等教育における、高等教育の発展、拡大と施設、カリキュラム、及び基準 のためのマスタープランを、マスタープラン制定後の10年間の州のニーズに対応する ために、制定した。[中略]教育コミュニティーの多くの者が、近年法制化された主要 な政策のために幼稚園及び第1から第12学年のための包括的なマスタープランが必要 で、教育システムの統治と財政措置において州や学区の役割を理解するための枠組み に対する調整、助言、政策の方向性が決定的に重要と考えている。[中略]両院委員会 は上院議事運営委員会の任命する上院議員9 人と、下院議長の任命する下院議員9人 から構成され、設置される。[中略]両院委員会は、21世紀のカリフォルニアにおける 教育のための青写真を提供し、全てのカリフォルニア州民のために生涯にわたる学習 を支援し、教育の卓越性に対する基準を引き上げることで他州の模範となるために、

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「教育マスタープラン―幼稚園から大学まで」を策定する。(California Legislative Information 1999)

このように議会の決議は、州全体にとっての教育の重要性を強調し、既存の高等教育マス タープランを引き合いにしつつもそれを超えた諸教育段階に対する包括的な計画指針の必 要性を訴えた。そして、それを議会の主導権の下に策定しようとした。

そもそもSCR29は、これまでも10年から15年に一度程度の頻度で実施されてきた、大

掛かりなマスタープランの見直し作業の一つと位置付けられる。ただし、今回は高等教育に とどまらないマスタープランを策定しようとするものであった。第1章で見たように1990 年代後半に州議会の外でK-12に対する高等教育の責任論が発展していったが、それを議会 が取り込んだことになる。その背景には何があったのか。議会の担当分析官らが作成した資 料(Office of Senate Floor Analyses 1999)によると、この共同決議案に対して、初中等教 育関連の複数の団体(カリフォルニア教師協会、カリフォルニア学校委員会協会、カリフォ ルニア学校管理者協会)が支持を表明していたが、高等教育関連の団体からの支持表明は記 録されていない。第1章で見たタスクフォースの報告書(California Education Round Table 1998)や市民コミッションの報告書(California Citizens Commission on Higher Education 1999)のように、高等教育がK-12段階の教育に一層の寄与を果たすように求める論調は既 に見られた。こうした議論の影響が認められるSCR29を発端とした一連の動きには、高等 教育関係者よりも初中等教育関係者が期待を寄せ、それを議会に伝えていた形跡が見て取 れる。

その後、約3 年の歳月をかけて2002 年9 月に固まった両院委員会の最終報告書による と、7つのワーキング・グループの下で総勢285人の教育関係者らが「この2002年の教育 マスタープランを発展させるためのたたき台を与えたワーキング・グループに貢献するた めに、自分たちの時間や資源を惜しみなく提供した」(Joint Committee 2002c: 217-229) と言われる(表 2-1)。これらの中には公私立の高等教育関係者も相当数含まれていたが、

州教育省、地方の学区や教育関係の役所、カリフォルニア教師協会などの幹部や、地方自治 体の首長、民間企業幹部などの実に多様な人物が含まれていた(Joint Committee 2002c:

217-229)。これほど大勢の意見をどのように集約し得たのかは疑問であるが、いずれにせ

よ広く州民から様々な意見を吸い上げ、18 人の議員らがそれらを最終的に取りまとめると いう手順がとられた。「幼稚園から大学まで」の政策を議論したのだから当然ともいえるが、

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このように様々な立場の多数の人間が参加したという過程からは、CPEC や高等教育関係 者の立場とは相容れない議論や情報が十分に選別されなかった可能性が指摘できる。また、

改革を推進したい議会側には、そうした議論や情報を積極的に改革案に取り込むインセン ティブが存在しただろう。だとすれば、そうして形作られた改革案の中には、CPECや高等 教育関係者にとって看過できないものが含まれていたと考えられる。

第2項 高等教育関係者に対する議会の不信感

初中等教育関係者の支持を背景に、「幼稚園から大学まで」を射程に入れた「包括的なマ スタープラン」を議会の主導で制定する試みは、調整機関を大胆に改造する方向に進もうと していた。2002年5月7日、両院委員会は教育マスタープランのドラフト第1版(Joint

Committee 2002a)を公開した。そこでは「カリフォルニアの教育システムのヴィジョン」

として次のようなことが掲げられた。

カリフォルニアは、全ての児童・生徒・学生[all students]が次のレベルの教育、

労働力、社会全般に移行し成功するよう準備させ、かつ我々の州や州民の変化する要望 表 2-1 両院委員会のワーキング・グループの構成

ワーキング・グループ名 人数

就学準備(School Readiness) 63 児童・生徒・学生の学び(Student Learning) 45 専門人材育成(Professional Personnel Development) 36

ガバナンス(Governance) 25

労働力の養成と仕事との繋がり

(Workforce Preparation and Business Linkages)

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提供、認定、計画の新形態

(Emerging Modes of Delivery, Certification and Planning)

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財政と施設(Finance and Facilities) 40 出典:Joint Committee(2002c: 217-229)に基づき筆者作成。

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