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UC の教学経営を巡る自律と統制

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 99-113)

第1節 本章の目的と構成

第4章では、CPEC廃止後にUCと州政府、とりわけ議会との関係が急速に悪化し、不 毛な対立に陥り易くなったことを明らかにした。第三者的な助言を議会に届ける調整機関 が失われ、外部からオーソライズされなくなった UC の教学経営の方針は、州民の利益よ りも自機関の利益を優先しているとして批判されやすくなっていた。では、マスタープラン の下で抑制されてきたはずの政府との「毎年の高コストな闘争」(OECD 1990: 134)に直 面するようになった中で、UCはいかにして公的使命を追及するのか。公的使命を巡って知 事や議会からの統制と、機関の自律性とが激しく対立した場合、公的使命の追求を可能とさ せるのはそのどちらなのか。

序章で述べたように、同州高等教育の機能別分化政策的な側面を強調した「カリフォルニ ア・アイデア」の従来の理解は、同州高等教育の特徴の一つであるはずの公立研究大学の高 度な自律性に十分に注目してこなかった。また、近年の「カリフォルニア・アイデア」の退 潮論も、政府からの財政的圧力に UC がただ屈する他ないような印象を与えてきた。だが 一方で、UCの自律性が、公立研究大学としての成功をもたらしているという期待も見られ た。UCの高度な自律性は、UCが公的な使命を追求することを容易にしているのだろうか。

既に述べたように、同州の自律的な公立高等教育セクターの中でも、憲法が運営の全権を理 事会に与えているため、UCは特に強固な自治を保障されている。ただし、カリフォルニア 州憲法(9章9条(a))の規定からもわかる通り、憲法上独立な大学も「理事会の構成や任 命方法を通じて、多かれ少なかれ州政府や州議会と密接につながっており、必ずしも州(公 権力)機関から完全に独立しているとは言えない」(高木1998: 124)。だとすれば、任命を 行う知事およびその承認を行う議会の強い影響下に理事会が置かれることの弊害が懸念さ れて然るべきであり、そのための予防策がどのようなもので、実際に公的統制に直面した際 にどう作用するのかも検討されなければ、UCの自律性の真価はわからない。

また、序章で引用したように、1989年のOECD調査団は、カリフォルニア州のモデルは 好調な経済と教育に支出する民意を前提としており、財政危機の時代に困難に直面するこ とを予見していた(OECD 1990: 123)。だが彼らは、その時には教育界の指導者たちは公 立高等教育が「過去の努力により獲得した高い水準を護ること」を最重要視するだろうと締

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め括っていた(OECD 1990: 123)。彼らの予言の前半部分は的中し、同州高等教育は困難 な状況に陥っている。では、予言の後半部分はどうだったのか。予言の通りに、UCは卓越 性を追求するために州民の高等教育への進学機会を犠牲にすることも厭わなかったのか。

一見相反する二つの公的使命を同時に追求することは可能だったのか。

第5章では、近年の財政難を背景とするUCと州議会との対立の中で、UCが公的投入の 不足の中でも公的使命(マスタープランの掲げるエクセレンスとアクセスのミッション)を 果たすための戦略と、それに対しいかなる公的統制が加えられようとしたのかに注目する。

高コストな公立研究大学が深刻な財政難の中でも教育研究の量・質を維持して公的使命を 果たし続けるために、機関の自律性と政府による公的な統制の相克が「緩衝装置」(江原

2004: 55)であるCPECが失われた後でどのように乗り越えられているのかを明らかにす

る。なお、特に断りがない限り、学生とは学部学生を指し、州外学生は留学生を含む。

なお、以上の本章の問題設定から導かれる通り、以下ではUCの公的使命の追求方法やそ れを実施するための自律性の程度が重要な争点となる。とりわけ、学部段階での州内学生の アクセスが本章の対立の中心的な争点となる。研究大学の自律性を扱う本章が、なぜ研究や 大学院教育ではなく、学部段階での州内学生のアクセスをめぐる対立に記述の多くを割く のかを説明しておきたい。それは、州内学生のアクセスが①大学の主要な自己財源である授 業料収入等の増減に直結し、経営全体にも影響を及ぼす、②(①と関連し)ST比、学部生 と大学院生の比率、開設授業数の維持、人材を引き留めるための給与水準といった教育・研 究水準の維持にも影響を与える、③ワールドクラスの研究大学にふさわしい優秀な学生を

(①の授業料が原資の奨学金も組み合わせて)世界中から受け入れることとバーターにな っているように映りやすい、④公的使命への貢献度を示すものとしてわかりやすく、実際に 議会等が UC に対する統制を強化するための口実となりやすい、という性質を持つからで ある。

これらは、マスタープランの掲げる公的使命を遵守しよう(させよう)とする場合の、UC と知事や議会との優先順位等の違いにも関係する。UCは自らに課された使命の多様性・複 雑性を念頭に、州民の進学機会と学術的卓越性の両方を考慮しようとする。例えば、第4章 で取り上げたCSAとの論争において、UCは「学部教育の提供だけでなく、大学院及び専 門職教育、研究、公共サービス」や「学術的卓越性をすべての社会経済的背景を持つ学生の アクセスと結びつけることにおいて全国的な先駆者であり続けてきた公立大学システムの 単年度や 1 予算サイクルの変動を超えた長期的な財務的・学術的持続性」にも責任を負う

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と自己定義していた(CSA 2016: 91)1。だが、知事や議会は、特に州民の進学機会の確保 のような、より直接的な州民への奉仕を性急に求めやすい。実際に、第1章第 2節で取り 上げた下院高等教育委員会の報告書草案(Assembly Committee on Higher Education 1993) や、第3章第2節で見たLAOの報告書(LAO 2009、LAO 2010)や両院委員会のマスタ ープラン見直し文書(Joint Committee on California’s Master Plan for Higher Education 2010)などは、進学需要の増大への対応を特に念頭に置きつつ、高等教育機関にコスト削 減を求めていた。UCと州政府の掲げる優先順位の違いは、両者の対立を読み解く手掛かり となるだろう。

第2節 公的使命をよりよく追及させるもの

第1項 公的使命の追求を困難にする公的統制

CPEC廃止後のUCは、第3章で見たように、大変厳しい財政状況の下でアクセスの使 命とエクセレンスの使命を追求しなければならなかった。だが、そのための UC の教学経 営の方針は、以下に示すように知事や議会の目には好ましいものには映らなかった。UCに 公的使命を追求させることを目的として加えられようとした政府からの統制は、その目的 に照らして適切だったのだろうか。

UCへの州の一般財源措置額は過去 15年間に学生1 人当たりで50%以上減少し(CSA

2016: 94)、2010-11 年度以降は授業料やその他料金からの収入の方が大きくなっていた

(CSA 2016: 18)。だが、他州の旗艦州立大学(例えばパーデュー大学、ミシガン大学等)

では州外からの進学者を全学生数の30%台や40%台という高い割合で受け入れて、多額の 追加授業料(以下、州外料金)を徴収することで財源不足を補う例も多い中、UCでは最も 州外学生の割合が高いバークレー校でさえその比率は 25%以下に抑えられていた(CSA 2016: 93)。UCOP(2014b)は、1980年代以降の州予算措置額が(州の他の部門では増加 しているのに)UC に対しては殆ど増加していないこと、2008 年以降にコア資金(通常の 授業料等、州の措置する一般財源、州外料金(当時年額22,878ドル)の合計)による雇用

が 6,077 人(17%)も減少したこと等の窮状を訴えていた。こうした深刻な財政状況を受

け、2014年11月にUC理事会は、当時年額11,160ドルの授業料を州の予算措置が増額さ れなければ今後 5 年間に渡り毎年 5%ずつ値上げするという方針に基づく次年度予算案を

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審議し、学生理事の他、役職指定理事である知事、副知事、下院議長、州教育長の4人と新 任の知事指名理事 2人が反対票を投じる中、同予算案を 14 対 7の賛成多数で可決させた

(The Regents of UC 2014: 2-3)。

この授業料値上げ方針は、議会や教育行政と関係の深い理事たちが軒並み反対した中で 決定されたものだった。そのために、当然に政治家の怒りを買い、2015 年及び 2016年の 議会では、表 5-1に示すようなUCへの統制強化を目的とする多数の法案が提出された。

UCの教学経営の最終的な決定権は憲法の規定上UC理事会が有するが、議会は州からの予 算措置に州法で条件を付けることができる。つまり、条件を守らない大学に対して州政府は 資金提供できなくなるため、UCが憲法上の自治を有するとしても、州からの予算措置を受 けるためには州法による統制に服することになる。このため、UC に圧力をかける目的で、

多くの議員が様々な内容の法案を提出した。

表 5-1 2015年会期に審議されたUC統制法案

法案 概要 主な問題点等

AB1370 州外学生比率10%以下、予算の 使途制限等

本文参照(Leal-Carrillo 2015a)

AB837 年50万$以下に給与規制 本文参照(Nicol 2015)

SCA4 州外学生比率10%以下,州外学

生への奨学金禁止、授業料値上 げ禁止を州憲法に明記

本文参照(Chavira 2015)

AB352 州外学生比率 10%以下を予算

交付の条件化

(類似したAB1370が提出されたため審議さ れ な か っ た )( California Legislative Information 2016a)

AB1307 授業料の据え置き、増額分は一

定比率以上を州内学生の奨学 金に充てるよう使途制限等

従前から増額分は州内学生の奨学金に充当,

授業料規制は州内学生の受け入れや教育をむ しろ困難化、優秀な州外学生(特に大学院学 生)の獲得も困難化(UCOP 2016),( Leal-Carrillo 2015b)

AB=下院法案、SCA=上院憲法修正法案、詳細はCLIウェブサイト等から確認可能。

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