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「緩衝装置」廃止の影響

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 86-99)

第1節 本章の目的と構成

第 3 章では、高等教育機関に対する統制を強化するための抜本的な改革を求める機運の 高まりと、CPECに対する不満を抱いていた新知事の強い意向とが重なり、「州全体の能率 性[efficiencies]の達成と州の事業を削減するため」(Brown 2011b: 42)にCPECが廃止 されていった経緯を確認した。それでは、知事や議会もさほど重視してこず、UCによって その無力さを証明されてしまった調整機関は、廃止されても何ら不都合が生じないような 組織だったのだろうか。もし何らかの調整機関が必要であるとする議論が継続されていた としたら、高等教育機関の自律性と政府からの統制という観点からして、CPEC とどのよ うに異なるべきとされたのか。また、調整機関の廃止は、自律性を確保したいUC等の高等 教育機関と、公的な使命をよりよく果たさせるために機関を統制したい州政府との対立に、

何ら変化を与えなかったのだろうか。

例えば、米国高等教育の州調整機関の変遷や改革動向を論じたMcGuinness(2016)は、

改革に踏み切った諸州を念頭に、「全国におけるパターンは様々で、いくつかの州はガバナ ンスを中央集権化させる劇的な歩みを見せているが、規制緩和と分権化の強調の継続とい うパターンが支配的である」(McGuinness 2016: 29)と論じている。既存の州調整機関の 廃止後に新たな枠組みができていないカリフォルニアは、少なくとも管理的な階層が減っ たという意味では「規制緩和と分権化」が進んでもよいように思われるが、果たして同州は そのような事例として位置づけられるのであろうか。高等教育機関に対する統制機能が期 待されていたCPEC がなくなったことで、UC はその自律性をより行使しやすくなったの か。それとも、政府からの統制がかえって強まったのか。知事が廃止の目的としていたはず の「州全体の能率性」(Brown 2011b: 42)は果たして達成されたのか。

これらの問いを念頭に、第4章ではまず、CPECの後継となる枠組みの策定に向けてUC 等の高等教育機関と知事や議会が対立する中で、後継機関設立の計画が悉く頓挫していっ た様子を詳らかにする。続いて、CPEC廃止後に、州憲法により自治を保障されているUC と、そうした自治を統制したい議会との対立が深まっていった様子を明らかにする。これら の作業は、調整機関の廃止という、先行研究が想定してこなかった特殊ケースと言えるカリ フォルニアを事例に、調整機関の喪失が高等教育に何をもたらすのかを明らかにする試み

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第2節 CPEC廃止後の混迷

第1項 「公立高等教育セグメントからの独立」を巡る攻防

CPECに相当する調整機関を再建する議論は、2011年の閉鎖直後から始められた。これ までCPECを批判しつつもその廃止には踏み切らなかった議会、2002年の廃止危機の際に はCPECを護ろうとしたが後にCPECに公然と異を唱えたUC、調整機関の改革よりも廃 止を選好したBrown知事には、三者三葉の思惑が存在した。改革論の決着が一向につかな い中で、関係者の立場や対立の構図は次第に変化していった。

まず、議会の側は、これまでよりもUC等の高等教育機関関係者の影響力を抑えて議会か らの統制を強化する途を模索していた。2012年1月、LAOは『高等教育の監視[oversight] の改善』と題するレポートを公表し、Brown知事がCPEC廃止の理由として「高等教育の 監視における無力さ」を挙げていたことに触れつつ、「いかに効率的かつ効果的に中等後シ ステムが州のニーズに奉仕しているかを監視することと、そのパフォーマンスを改善する ための変更を行うことを、政策立案者などが実施できるようにする監視が必要」であると論

じた(LAO 2012: 3)。議会の指揮下にあるLAOは、「セグメントと良好な関係を保ちつつ

も、セグメントが強く反対する可能性のある客観的で批判的な政策分析を行うことが求め られるという、CPEC の調整機能における固有の葛藤」や「セグメントの代表者が CPEC のアジェンダを左右する傾向」(LAO 2012: 6)等の問題があったとして、「当該組織の公立 高等教育セグメントからの独立性の強化」や「議会の直接監視の強化」(LAO 2012: 19-20) を主張した。

しかしながら、例え議会の案に高等教育関係者が合意していても、法案への拒否権を有す る知事が同意しなかったため、調整機関はすぐには再建されなかった。2012年の議会では、

LAOが招集するワーキング・グループ(政権、LAO、高等教育の各セグメント、州教育省 等が構成員)に州全体の目標や新たな責任枠組みを策定させることを求めるSB(上院法案)

721が議会に提出され、いわばUCの本部事務局であるUC総長室(UCOP)も、法案が提 案するシンプルな枠組みはデータ提供のための膨大な作業を必要としないとして賛意を示 し、知事の署名を求める声明を発した(UCOP 2012)。法案審議に際して議会が作成した資

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料によれば、UCの他にもCSU、CCC、高等教育関連の3団体もSB721に支持を表明して いた(Senate Rules Committee 2012: 9)。しかし、「大学で何が学ばれたのかを、誰が、何 について、どのように測定するべきかという問題は、LAOが担うにはあまりに重要すぎる」

(Brown 2012)という短いメッセージと共にBrown知事が法案への署名を拒否したため、

新たな枠組みはすぐには形成されなかった。

CPEC の後続機関を早期に立ち上げる試みが失敗に終わった後、州内の議論は微妙な変 化を見せ始めた。2014年には民間財団等の支援を受けて経済成長等のための高等教育政策 の提言を行うシンクタンクである California Competes が同州高等教育のガバナンスに関 する提言書を作成し、「州は[中略]独立したエージェンシーを必要としている。独立性と は、その組織が公明正大さを保ちうるために意思決定機関に[公立高等教育の:引用者注]

セグメントの代表を置こうとしないことである」(California Competes 2014: 20)と主張 した。また、同じく民間財団の助成を受けるInstitute for Higher Education Leadership &

Policyも提言書を作成し、「政権の一部であり知事に直属する、カリフォルニア高等教育室

のような行政機関」の設立を求めた(Institute for Higher Education Leadership & Policy

2014: 22)。高等教育からの独立性の強化や、知事や議会の監視の増大を求めるこうした改

革議論の方向性は、新たな調整枠組みの構築を目指す諸法案にも次第に反映されていった とみられる。何らかの調整枠組みの設立を求める法案は、2018 年会期までに少なくとも 9 つ1提出されてきた。これらの法案の多くは、州知事室の中に高等教育パフォーマンス説明 責任室等を新設し、知事や議会に任命された委員らの諮問を受けさせつつ、「州全体の中等 後教育の計画と調整」を行わせるものだったとされる(Assembly Committee on Higher Education 2018: 4)。しかし、後述するようにBrown知事の度重なる拒否権発動もあり、

同年会期末までに成立した法案はなかった。

なお、これまでの方向性が維持された場合、CPECと異なり、知事や議会の承認を受けな い限り高等教育関係者は新たな調整枠組みに全く参画できなくなる可能性が高く、高等教 育政策は少なくとも以前よりも州政府の意向を反映しやすいものになると見込まれる。

Brown知事は2019年1月に任期満了を迎える。新たな枠組みに関するBrown政権下で最

後の法案とみられるAB(下院法案)1936が審議される中、同法案の議会資料は「新たな調 整組織の設立について知事は全く関心を示してこなかった。おそらく AB1936 は次の政権 との議論のための下地作りとなりえる」(Assembly Committee on Higher Education 2018:

4)と記していた。つまり、調整機関の有用性について極めて懐疑的な現知事の下で新たな

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枠組みを作ることは半ば諦められていた。ただ、AB1936の内容は、やはり知事室の中に知 事と上院が指名した長に率いられる高等教育パフォーマンス説明責任室を設置するもので あった(Assembly Committee on Higher Education 2018: 1)。また、AB1936では「中等 後教育の経験のある者」が計 6 名参画しうるアドバイザリー・ボードの設立も企図されて いるが、上院議事運営委員会と下院議長がこれらの 6 人を各 3 人指名するとしていた

(Assembly Committee on Higher Education 2018: 1)。つまり、新たな調整機関の本体は もちろん、その下部組織にも、知事や議会の意向に沿う人物でなければ高等教育機関関係者 は参画できない方向に議論が傾いていた。

この間の議論の変化が意味するものを、調整機関の構成員の面から窺い知ることができ る。表 4-1にあるように、CPEC廃止直後の2012年に提案され、UCを含む多くの高等 教育関係者が支持を表明したLAOが招集するワーキング・グループでは、構成員全体の人 数にもよるが、構成員の40~50%を公私立の高等教育機関関係者が占めることができた。

この数値はCPECの時の25%よりも高くなっていた。他の構成員の内訳が大きく異なるた め実際のパワーバランスの変化を正確に推し量ることは難しいが、2012年時点での議論は、

表 4-1 CPEC廃止後に提案された新調整機関の構成員の比較

出典:CPEC(2011e)、California Legislative Information(2012)、Assembly Committee on Higher Education(2018)に基づき筆者作成。

調整機関 CPEC LAOが招集するワー

キング・グループ

高等教育パフォーマ ンス説明責任室 設立年(提案年) 1974年 (2012年) (2018年)

UC関係者 1 1 0

CSU関係者 1 1 0

CCC関係者 1 1 0

私学関係者(政府機関の充て職も含む) 1 1 0

知事の指名する者 3 0 0

議会の指名する者(または充て職) 6 0 8

州教育省 1 1 0

学生(知事が指名) 2 0 0

その他(LAOや州財務省など) 0 3~5 0

合計 16 8~10 8

高等教育機関関係者 4 4 0

同割合 25% 40~50% 0%

議会等の政府に近い者 11 4~6 8

同割合 68.8% 40~75% 100%

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