8.3 ハミルトン形式における R フラックス
8.3.1 Poisson Courant algebroid の上の導来括弧による Poisson 括弧の導出 . 66
小節8.1.2の場合と同様の手続きを用いて,標的空間Mの基底座標に対する導来括弧を求
める.膜の境界∂Σの標的空間Mへの埋め込み写像はループ空間LM = Map(S1, M)である.
Courant algebroidの場合と異なり,Poisson Courant algebroidの場合はハミルトニアン形式 を構成するには,接束T LM = Map(S1, T M)を相空間として考える.底空間の局所座標を xi(σ),ファイバー上の局所座標をqi(σ)とする.ただしσはS1方向のパラメーターである.
写像空間に持ち上げるために∂Σ = T[1]S1 上のハミルトニアン形式を考え,ループ空間 に対応する写像空間Map(∂Σ,L)上にPoisson括弧を構成する.標的空間M上の写像空間
Map(∂Σ,M)に導来括弧を定義し,それをループ空間に対応する写像空間Lcϑへ制限するこ
とでPoisson括弧を構成する.
まず,Poisson Courant algebroidの QP 多様体M = T∗[2]T[1]M を考える.Mの局所 Darboux座標として(xi, pi, qi, ξi)をとる.それぞれの次数は(0,1,1,2)である.正準次数付き
シンプレクティック構造は再び
ω =δϑ (8.243)
=δ(xiδξi+piδqi) (8.244)
=δxi∧δξi+δpi∧δqi (8.245) となる.Courant algebroidの場合と異なり,Poisson Courant algebroidの場合はωに対す る正準ラグランジアン部分多様体かつϑ = 0なる部分空間を双対的なもの,つまりLϑ = {(xi, qi)| ξi =pi = 0}にとる5.
Q構造は(5.86)を用いる:
ΘR=πij(x)ξipj − 1 2
∂πjk
∂xi (x)qipjpk+ 1
3!Rijk(x)pipjpk
これにより,M上の導来括弧が(xi, pi, qi, ξi)の自分を含む任意のペアの間に定義される.Θ の具体形から,非零の値を持ちうるのは(xi, qi)のペアについてだけである:
{{xi,ΘR}, xj} = 0, (8.246)
{{xi,ΘR}, qj} = −{{qj,ΘR}, xi}=πij(x), (8.247) {{qi,ΘR}, qj} = −Rijk(x)pk+∂πij
∂xk(x)qk. (8.248) 次に,(8.246)-(8.248)を写像空間に引き上げることで,超場(8.197)-(8.200)に移り,超場間の 導来括弧が次で定まる.(8.190)よりS1は以下のように定まる:
S1 =µ∗ev∗
πij(x)ξipj − 1 2
∂πjk
∂xi (x)qipjpk+ 1
3!Rijk(x)pipjpk
(8.249)
= Z
∂Σ
dσdθ
πij(x)ξipj− 1 2
∂πjk
∂xi (x)qipjpk+ 1
3!Rijk(x)pipjpk
(8.250) このS1及び導来括弧(8.189)より,写像空間上のPoisson括弧は次のように定まる:
{{xi(σ, θ),ΘR},xj(σ′, θ′)} = 0, (8.251) {{xi(σ, θ),ΘR},qj(σ′, θ′)} = −πij(x(σ, θ))δ(σ−σ′)δ(θ−θ′), (8.252)
{{qi(σ, θ),ΘR},qj(σ′, θ′)} = −∂πij
∂xk(x(σ, θ))qk(σ, θ)δ(σ−σ′)δ(θ−θ′). (8.253)
5(xi, pi)は余接束の局所座標であるが,(xi, qi)は接束の局所座標である.
α0による正準変換によって,座標変換pi →pi−(π−1)ijdxjが引き起こされ,ラグラジアン部分 多様体が変形される.この変形されたラグラジアン部分多様体への導来括弧の制限ξi =pi = 0 により,導来括弧が以下に変形される:
再び超場を(8.209)により展開して,次数0の物理的場のについてのPoisson括弧を得る:
{xi(σ), xj(σ′)}P B = 0, (8.254)
{xi(σ), qj(σ′)}P B = πij(x(σ))δ(σ−σ′), (8.255) {qi(σ), qj(σ′)}P B =
−Rijk(x)(π−1)kl(x)∂σxl+∂πij
∂xk(x)qk
(σ)δ(σ−σ′). (8.256) ここでは簡単のため,Poisson構造πは非退化だと仮定した.これはハミルトン形式における
Poissonシグマ模型の境界上に現れる2次元位相的シグマ模型の物理的場に対するPoisson括
弧である.
(8.254)–(8.256)のPoisson括弧の結果は,二重場理論においてβ変換を行った場合に出てく るPoisson括弧と同じものである.R = 0の場合は,M 上のPoisson構造πから誘起[48]さ れるT M上のPoisson構造を写像空間に引き戻すことで,Poisson括弧(8.254)–(8.256)が得ら れる.この場合はRフラックスを含む項はβ変換によって現れる.β変換とは,2ベクトル β = 12βij(x)∂x∂i ∧∂x∂j によって引き起こされる次の変換である:
xi →xi (8.257)
qi →qi+βijπjk−1∂σxk (8.258) ただしβはdπβ := [π, β]S =Rをみたす.
(8.254)–(8.256)のPoisson括弧を出すようなAlekseev-Strobl型のシンプレクティック形式 は次で与えられる:
ω = Z
S1
dσ(π−1)ijδxi∧δqj−1 2
Z
S1
dσ
−Rijk(π−1)kl∂σxl+∂πij
∂xkqk
(π−1)imδxm∧(π−1)jnδxn. (8.259)
8.4 R フラックスの存在する反変的カレント代数
小節8.2で行ったのと同様の手法により,Poisson Courant algebroidの場合のカレント代数 を構成する.
標的空間T∗[2]T[1]MはAlekseev-Stroblのカレント代数の標的空間と同じに取る.j0とj1の 定義は(8.229),(8.230)と同じである.次にα0による正準変換は座標変換pi →pi−(π−1)ijdxj を引き起こし,ラグラジアン部分多様体が変形される.そして,その変形されたラグラジア ン部分多様体上へj0,1を制限することで,次のように超場のカレントを得る:
J(0)(f)= ˜pr∗eδα0µ∗ev∗j(0)(f) =f(x),
J(1)(X+α)= ˜pr∗eδα0µ∗ev∗j(1)(u,α)=−Xi(x)(π−1)ijdxj +αi(x)qi .
この超場のカレントから次数0の物理的部分のみを抜き出せば,次のAlekseev-Strobl型カレ ントが得られる:
J0(f)(σ) = f(x(σ)) (8.260)
J1(X+α)(σ) = Xi(x(σ))(π−1)ij∂σxj(σ) +αi(x(σ))qi(σ). (8.261) これらの超幾何学的カレントのPoisson代数は,正準変数に対するPoisson代数を用いて次の ように計算される:
{J0(f),J0(g)}P B = 0,
{J1(X+α)J0(g)}P B = ρ(X+α)J0(g), {J1(X+α),J1(Y+β)}P B = J1([X+α,Y+β]π
R
+hX+α , Y +βidδ(σ−σ′)δ(θ−θ′) . (8.262) ただし(4.60)を用いた.これはT M⊕T∗M上のRフラックスのある反変的Dorfman括弧で あり,ρ(X+α) = π♯(α)は錨写像(anchor map)である.超場を次数によって成分分解し,
次数0の物理的カレントについてのPoisson代数を求めると以下になる:
{J0(f)(σ), J0(g)(σ′)}P B = 0, (8.263) {J1(X+α)(σ), J0(g)(σ′)}P B = −ρ(X+α)J0(g)(x(σ))δ(σ−σ′), (8.264) {J1(X+α)(σ), J1(Y+β)(σ′)}P B = −J1([X+α,Y+β]π
R)(σ)δ(σ−σ′)
+hX+α, Y +βi(σ′)∂σδ(σ−σ′). (8.265) ここで注意することは,カレント代数を求めるにはPoisson構造πに対する非退化条件を課 す必要はない.
9 結果と議論
超弦理論のコンパクト化の問題には弦固有の様々な特徴が現れ,素粒子標準模型を導くた めに不可欠であるにもかかわらず,その全容は未だ明らかになっていない.本研究では,超 弦理論特有の対称性であるT 双対性の解析から,その存在が示唆される非幾何学的フラック スの幾何学的特徴付けを提唱した.特にRフラックスが存在する場合の超弦理論の背景時空 の幾何学として微分幾何的表式を求め,背景時空の対称性の構造を明らかにした.その解析 に基づいて,そのような背景時空上を伝搬する弦に対するシグマ模型,特に位相的シグマ模 型を構成し,理論の対称性となるカレント代数の解析を行った.
本研究ではCourant algebroidが重要な役割を果たしている.本文中で議論したように,
Courant algebroidというのは多様体M 上のベクトル束T M ⊕T∗M 上の構造で,超重力理 論の背景時空の対称性を反映する.algebroidに含まれる束写像ρは束T M ⊕T∗M の元を束 T Mに写像し,Courant algebroidは束T M上の通常のベクトル場のLie代数が成す構造の拡 張となっている.よってCourant algebroidが定まれば束の微分幾何構造が明らかとなる.例 えば,Courant algebroidが与えられればLevi-Civita接続の一般化であるHitchin接続を作る ことができ,通常のT M上の微分幾何学と同様の議論を展開することが可能となる.さらに
位相的T 双対性がCourant algebroid間の同型として特徴付けられていることが,我々の目的
であるT 双対性の解析に有用である.
Rフラックスが存在する場合は,標準的なCourant algebroidを用いることはできない.T 双対性の考察から,本研究ではPoisson Courant algebroidを用いることを提案している.先 行研究ではQP 多様体を用いたCourant algebroidの構成方法が調べられているが,本研究で は標的空間にポアソンテンソルπµνを仮定し,ポアソン多様体上のQP 多様体を用いて,Rフ ラックスを含むPoisson Courant algebroidを構成した.先行研究[7]で議論されているフラッ クス連鎖は,形式的な位相的T 双対性を取っているに過ぎないが,本研究の結果は背景時空 にポアソンテンソルπµνが存在すれば,HフラックスからRフラックスへ移る位相的T 双対 性が可能となることを示している.求めたRフラックスの表式はDFTに強い切断条件を課 した場合に得られるRフラックスと一致しており,T 双対性由来の弦理論的幾何学の情報を 含んだフラックスとなっていると期待できる.
このQP 多様体上での位相的T 双対性変換というのは,QP 多様体のP 構造を保つ変換,
つまり正準変換によって実現されている.本研究ではRフラックスのあるPoisson Courant algebroidとHフラックスが存在する場合のCourant algebroidが正準変換によって移り変わ ることを示しており,これはすなわち,Hフラックスが存在する場合の背景時空の対称性構
造とRフラックスが存在するときの背景時空の対称性構造に双対性があることを意味する.
特に重要なことは,HフラックスとRフララックス間に双対性が存在するということ以上に,
正準変換で繋がる標準的Courant algebroidとPoisson Courant algebroidは同型であり,正準 変換はCourant algebroid間の位相的T 双対性を記述していることである.さらに,Poisson
Courant algebroidの具体型を手に入れたことで,Rフラックスを含む背景時空上の微分幾何
構造を議論することが可能となる.例えば,この結果を使ってポアソン多様体上の重力を構 成すると,反変重力が得られることが分かっている[49].
この正準変換による位相的T 双対性変換のQP 多様体による定式化はいくつかの興味深い 対象に応用することができる.その一つは位相的弦理論の間の双対的な定義を与えることで ある.これは,位相的弦理論を位相的膜理論の境界として構成することで可能になる.位相 的膜理論の境界にフラックスを持つ位相的弦理論を定義するのには工夫が必要であるが,本 論文で構成した方法を使うことにより可能となり,位相的膜理論の正準変換を行って,その 後に境界に制限することで,異なるフラックスを持つ位相的弦理論が得られることが分かり,
これは逆に境界条件を取り替えることに焼き直す事もできる.その結果,膜理論の境界条件 の取り方の違いがHフラックスとRフラックスを持つ二つの理論を生むことが分かった.
今後の方向性としては,以下のようなことが興味深い.本論文で構成されている理論は位 相的理論であるが,通常のWess Zumino Wittenモデルの言葉で言えば,作用をLiouville項,
ハミルトニアン項,Wess-Zumino項に分けた場合に,ハミルトニアン項を0とした理論になっ ている.そこで,この境界上の理論に非自明なハミルトニアン項を手で導入すると,フラッ クスのあるダイナミカルな弦理論のシグマモデルを書くことができる.特にRフラックスの ある理論はPoisson構造πµνの存在を仮定しており,その条件の下で正しく弦理論になってい るか,特にRフラックスがあるときの弦理論として解析出来るかどうかは,今後の研究課題 である.
Rフラックスのある弦理論の解析の一つとして,本論文ではハミルトニアン形式に移り,
Alekseev-Strobl型のカレント代数を考察した.ここではAlekseev-Strobl型のカレント代数を QP 多様体の方法を用いて構成し,その双対性との整合性を示した.さらに興味深いのは,こ こに現れるカレントが,何らかの物理的な理論の保存カレントとして現れる場合である.DFT では標的空間の多様体自体をT 双対性変換の対称性に合わせてM ⊕M˜ と拡張し6,後で物理 的な計算を行う際に切断条件を課すことで,場が依存する多様体の次元を半分に制限するこ
6M は通常の10次元の標的空間に対応する多様体で,M˜ は閉弦の巻き付きモードに対応する共変的な座標 を持つ10次元多様体である.
とを行う.これらの理論もファイバー束T(M ⊕M)˜ 上に,拡張されたCourant algebroidの 構造を持ち,確かにRフラックスを含む非幾何学的フラックスに相当するものが自然と現れ る.しかし,この非幾何学的フラックスは弦理論をコンパクト化した際に現れるクラスより 広いクラスである可能性がある.一方本論文の方法は,標的空間の次元は拡張せず,あくま で標的空間上のファイバー束をT 双対性変換の対称性を含むように拡張している.そのため,
求めたRフラックスは弦理論から現れるクラスになっていると期待できる.また,DFTの背 景時空の持つ構造は拡張されたCourant algebroidであるが[50],これから上手く部分代数を 切り出すことで,標準的Courant algebroid及びPoisson Courant alagebroidが現れる.これ は切断条件の取り替えに相当し,様々なCourant algebroidを取り出すことができると期待さ れるが,部分代数を切り出すより系統的な方法が分かれば興味深い.