4.1 序論
Mu ファージのネックサブユニットの配置を理解するため、また第 3 章で単独では結晶化 できないと判断したネックサブユニットの将来的な安定な複合体形成と結晶化のため、複 合体の形成を試みた。
当研究室では、これまで単独のサブユニットの単離精製と構造解析を中心に行っており、
複合体形成に有用な手法を確立できていなかった。そこで、第 4 章では安定な複合体の形 成につなげるために、まずは 2 つのサブユニットの組み合わせで結合の有無を検討するこ とと、複合体形成の検討において 2 つの方法で複合体の形成を試みることで、安定な複合 体の形成法を検討することにした(図 4.1)[1]。
前提として、一般的な複合多形成法である、単離精製したサブユニットの試験管内での複 合体形成については、第 2 章、第 3 章で単離精製したサブユニットを混合して Ni-NTA カ ラムまたは HPLC を用いて分離することで、すでに検討した。しかし結合がすべての組み 合わせではっきりと見られず、その原因は Mu gp37H で見られたような凝集や変性である ように思えた(データなし)。そこで、本章で扱う複合体形成法には、極力サブユニットを 菌体内にとどめ、安定な条件で結合を検討することにした。
2 つの複合体形成法の 1 つ目は、発現菌同士を混合して破砕し、試験管内で結合させる方 法である。本論文中では発現菌の混合精製と記載した。この方法の狙いは、様々なサブユニ ットの組み合わせを網羅的に検討する際に、1 つずつ共発現系を作成するよりも、効率よく 結合の検討を行うことであった。
2 つ目は、2 つのサブユニットの遺伝子をプラスミドベクターに組み込んだ共発現系を利 用する方法である。本論文中では共発現と記載した。Mu ファージの自然宿主に大腸菌が存 在すること、Mu ファージのネックサブユニットの遺伝子は天然でも同一の mRNA 上に転 写されることから、共発現は天然に近い環境でサブユニットの結合を検討できると考えた。
結合の有無の確認は、Ni-NTA カラムを用いて行った(図 4.2)。2 つのサブユニットの片 方に 6xHis-tag(図では H と記載)を付加して Ni-NTA カラムで分離すると、サブユニッ ト同士が結合していれば両方が吸着画分に溶出するが、結合していなければ 6xHis-tag が無 いサブユニットは非吸着画分にのみ溶出する。これによってサブユニット同士が結合して 複合体を形成したか判別した。
68 図 4.2 結合の判別法の概念図
結合していれば、6xHis-tag(H と記載)が付加したサブユニット と一緒に、タグが無いサブユニットも吸着画分に溶出する
図 4.1 発現菌の混合精製による複合体の形成と、共発現による複合体の形成の概念図
69
4.2 Mu ファージのネック領域のサブユニットの複合体の単離精製 4.2.1 発現菌の混合精製による試験管内での結合の観察
6xHis-tag が付加した発現ベクターMu gp35H、Mu gp37H、Mu gp38H に対して、タグ が無い gp36(以下、Mu gp36)の発現ベクターを作成し、Mu gp36 発現菌を Mu gp35H、
Mu gp37H、Mu gp38H 発現菌と混合することで、Mu gp36 と結合するサブユニットを探索 した。
4.2.1-1 発現菌の混合精製に用いる Mu gp36 発現ベクターの作成
専用のプライマーを用いてこれまでと同様に PCR を行い、gene36 を増幅した。プラスミ ドベクターpET21a(+)に DNA 断片を導入し、アルカリ SDS 法で Mu gp36 発現ベクター を抽出・増幅して、作成した Mu gp36 発現ベクターの塩基配列に変異が無いことをシーケ ンス解析で確認した。
4.2.1-2 発現菌の混合精製に用いる Mu gp36 発現菌の作成と大量培養
BL21(DE3)pLysS を形質転換し、LB 液体培地に終濃度 50 µg/mL の Ampicillin を加えて 植菌し、OD600=0.6 まで培養して終濃度 1mM で IPTG を加えた。18℃で 24 時間振とう培 養し、15 %ポリアクリルアミドゲルを用いた SDS-PAGE で Mu gp36 の発現を確認した。
菌体重量の 10 倍量 (v/w) の TE buffer に再懸濁し、10 mL~20 mL ずつ分注した。
4.2.1-3 発現菌の混合精製による Mu gp36 と結合するネックサブユニットの探索
Mu gp36 と他のネックサブユニット(Mu gp35H、Mu gp37H、Mu gp38H)の発現菌の 懸濁液を混合し、超音波破砕して Ni-NTA カラムで精製した。非吸着画分と吸着画分のバ ンドを SDS-PAGE で分析し、結合の有無を観察した(図 4.3)。
Mu gp35H と Mu gp36 は両方のバンドが吸着画分に見られ、Mu gp36 と Mu gp37H、
Mu gp36 と Mu gp38H の混合精製ではどちらも 6xHis-tag が無い Mu gp36 は吸着画分に見 られなかった。この結果から、Mu gp35 と Mu gp36 は結合して複合体を形成したことが示 された。
70 4.2.1-4 Mu gp35H+ Mu gp36 複合体の単離精製
Ni カラム精製によって得られた Mu gp35H と Mu gp36 の複合体を、ゲルろ過カラム (S-500HR、500 mL) を用いて分離した。平衡化バッファーに 0.05 M Tris-HCl, pH 8.0/150 mM NaCl を用い、1 mL/min の流速で精製した(図 4.4)。280 nm の吸光度を測定して SDS-PAGE で分析した。ゲルろ過カラムで単離精製した。230 mL~260 mL、340 mL~380 mL の範囲の画分を SDS-PAGE で分離した結果を、Mu gp37H、Mu gp35H、Mu gp36 のそれ ぞれの同条件でのゲル濾過クロマトグラフィーの結果と並べて図 4.5 に示した。
排除体積に大きな 280 nm の吸収が見られた他、230 mL~260 mL の範囲に Mu gp35H と Mu gp36 に対応したバンドが SDS-PAGE で見られ、、340 mL~380 mL の範囲に Mu gp35H に対応したバンドが見られた。単独で精製した際に Mu gp36 の溶出がほぼ 230 mL
~260 mL の範囲に見られなかったのに対し、Mu gp35H+Mu gp36 では Mu gp36 のバンド も 230 mL~260 mL の範囲に見られるようになったことから、複合体形成によって分子量 が増大し、溶出位置が高分子量側に移動したと言えた。
Mu gp35H Mu gp36 kDa
30 45 97
20 14
非吸着画分 吸着画分
kDa
30 45 97
20 14
非吸着画分 吸着画分
Mu gp37H Mu gp36
kDa
30 45 97
20 14
非吸着画分 吸着画分
Mu gp36 Mu gp38H 図 4.3 Mu gp35H (14.8 kDa)+Mu gp36 (15.7 kDa)(左)、Mu gp36+ Mu gp37H(21.3 kDa)(中)、
Mu gp36+ Mu gp38H(8.1 kDa)(右)の Ni-NTA カラムによる混合精製の非吸着画分と吸着 画分を、15 %ポリアクリルアミドゲルによる SDS-PAGE で観察した。Gp35H と gp36 は 前述の共発現と同様に吸着画分に溶出し、Mu gp36+ Mu gp37H、Mu gp36+ Mu gp38H は 6xHis-tag が付加したサブユニットのみが吸着画分に溶出した。
71
図 4.4 Mu gp35H+Mu gp36 の 複 合 体 の 、 ゲ ル 濾 過 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー Sephacryl S-500HR
(CV: 500 mL)による分離
(1)Mu gp37H
(2)Mu gp35H
(3)Mu gp35H +Mu gp36
(4)Mu gp36
図 4.5 Mu gp37H(21.3 kDa)、Mu gp35H(14.8 kDa)、Mu gp35H+Mu gp36 (15.7 kDa)、
Mu gp36 を、ゲル濾過カラム Sephacryl S-500HR(CV: 500 mL)で分離した際の画分の SDS-PAGE による分離の比較
72 4.2.1-5 Western-blot による確認
別の機会に Mu gp35H+Mu gp36 のゲル濾過クロマトグラフィーによる単離精製を行い、
Mu gp35H と Mu gp36 が同じ画分に溶出したことを、マウス由来の抗 Mu gp35H 血清と抗 Mu gp36H 血清を用いた Western-blot で確認した。15 %ポリアクリルアミドゲルを用いた SDS-PAGE を行って、タンパク質を PVDF 膜に転写した。マウス由来の抗血清を 3 %ス キムミルクで 4 万倍希釈した 1 次抗体溶液に膜を浸して室温で 1 時間処理し、続いてヤギ 由来の抗マウス抗体(Goat Anti-mouse- IgG + IgM + IgA H&L (HRP), Abcam, Cambridge, UK) を 3 %スキムミルクで 4 万倍希釈した 2 次抗体溶液で同様に 45 分間処理した。
AmershamTM ECLTM Prime Western Blotting Detection Reagent (GE Healthcare) で処理し、
Image Quant Las 4000 (GE Healthcare)によって 2 次抗体の horseradish peroxidase (HRP) 活性による化学発光を検出した。Mu gp35H と Mu gp36 の検出の結果を以下に示した。
Mu gp35H の検出
SDS-PAGE で 2 本のバンドが観察された溶出(A)と、1 本のバンドが確認された画分(B) に対して、マウス由来の抗 Mu gp35H 血清を用いた Western-blot を行ったところ、全ての 画分に Mu gp35H が検出された(図 4.6)。このことから SDS-PAGE で観察された 2 本の バンドのうち分子量が小さいバンドが Mu gp35H 由来であり、B の画分は Mu gp35H の単 量体が溶出したことが明らかになった。
kDa
31 46 73 26
17 Mu gp35H A B
図 4.6 マウス由来の抗 Mu gp35H 血清を用いた Western-blot で Mu gp35H(14.8 kDa) を 検 出 した。SDS-PAGE で検出されたバンドの 1 本が Mu gp35H のバンドで あることが 示さ れた。なお、30 kDa 付近のバンドはサブユニットや検出抗体に関わらず発生することか ら、大腸菌由来の夾雑だと考えている。
73 Mu gp36 の検出
続いて SDS-PAGE で 2 本のバンドが確認された画分 (A) と、1 本のバンドが確認され た画分(B)を、マウス由来の抗 Mu gp36H 血清を用いた Western-blot により検出した。
(図 4.7)。A の画分に gp36 が検出され、1 本のバンドに見えた B の画分にも薄く Mu gp36 が見られた。2 本のバンドのうち高分子量側のバンドは Mu gp36 であること、単量体の Mu gp36 も少量存在することが明らかになった。
Mu gp35H と Mu gp36 は結合する
発現菌の混合精製によって、前述したように Mu gp36 のバンドが Mu gp35 の存在下で 高分子量側に移動したことから、Mu gp35 と Mu gp36H が複合体を形成することが示され た。しかし溶出位置は安定せず、Ni-NTA カラムで吸着画分に溶出した Mu gp35H+Mu gp36 複合体を、負染色して透過型電子顕微鏡で 50,000 倍に拡大して観察したが、特定の構造は 見られなかった。このことから、会合数が異なる複合体が混在しているものと思われ、結晶 化できない不安定な複合体であると考えた。他のネックサブユニットを加えて自律的形態 形成の進行による安定化を目指すことで、将来的には単一な化学量論比の、安定な複合体を 形成し、結晶化と X 線結晶構造解析による複合体の立体構造の決定につなげていきたい。
そのためには多数のサブユニットの組み合わせを網羅的に検討する必要がある。
そこで、以下に示す共免疫沈降法を検討した。
kDa 31 46 73 26
18 Mu gp36
図 4.6 図 4.4 の画分から、マウス由来の抗 gp36H 血清を用いた Western-blot で Mu gp36(15.7 kDa)を検出した。SDS-PAGE では Mu gp35H しか確認できな かった D の画分を含めて、A~D の全ての画分に Mu gp36 が存在していた。
ただし D の画分は他の 3 つの画分よりバンドが細い点で A~C の画分と異なって いた。