2.1 序論
2.1.1 本章の目的
Mu ファージのネックにおける構造サブユニットの配置を明らかにすることを目的に、
まず、ネックサブユニットの 1 つである gp36(以下 Mu gp36)の構造解析を行った。立 体構造に相同性があるサブユニットを他のファージの構造既知のサブユニットの中から検 索し、その働きから Mu ファージのそれぞれのサブユニットの配置を検討した。Mu gp36 以外のネックサブユニットである、Mu gp29、Mu gp35、Mu gp37、Mu gp38 の構造解析 の試みは、第 3 章で述べた。
2.1.2 Mu ファージのネックサブユニット
Mu ファージのネックは、構成するサブユニットが先行研究の変異体解析とゲノム解析 によってある程度予想されていた。まず変異体解析によって、gene37 欠損変異体の溶菌液 には、ヘッドと様々な長さのテイルが分かれて存在していたことから、gene37 にコードさ れているサブユニット gp37 は、ヘッドとテイルを連結するネックサブユニットであり、
かつテイルの伸長を停止する働きを持つテイルターミネーターであると予想されていた
(図 2.1)[1]。更に、ゲノム解析から gene29 にコードされているサブユニット gp29 は、
ヘッドの末端に位置するポータルサブユニットであると言われたほか、gene34 がメジャー ヘッドサブユニット gp34 を、gene39 がテイルシースサブユニット gp39 をそれぞれコー ドしていたことから、gene35 と gene38 もネックサブユニットをコードする遺伝子である と予想されていた[2, 3]。以上の予想を図 2.2 にまとめた。本研究を通して、gp29、
gp35、gp36、gp37 の配置の予想図を作成した。
図 2.1 gene37 欠損変異体の溶菌液の、透過型電子顕微鏡による観察(左)と、
溶菌液中に見られた構造の模式図(右)[1]
31
2.2 Mu ファージのネックサブユニット gp36 の大量発現と単離精製 2.2.1 Mu gp36H 発現ベクターの作成
本研究では Mu ファージの天然の宿主である大腸菌を利用して、Mu ファージのネックサ ブユニットを天然に近い組み換え体タンパク質として作成することを企図した。
Mu gp36H 発現ベクターは、Mu ファージが溶原化した
E. coli
MH7213 (M. H. Howe (University of Tennessee)から頂いた) から抽出したゲノム DNA (以後 Mu temp.) をテン プレートとして利用し、PCR 法によって増幅した DNA 断片を T7-promoter の支配下に導 入した。アルカリ SDS 法によって発現ベクターを抽出し、1%アガロースゲル電気泳動で DNA 断片の pET21a(+)へのインサートを確認した。更にシーケンス解析を行い、目的遺伝 子の pET21a への挿入がなされたことと、塩基配列に変異がないことを確認した。2.2.2 Mu gp36H 発現菌の作成と大量発現
調製したプラスミドベクターで大腸菌 BL21(DE3)pLysS 株を形質転換し、Mu ファージ のネックサブユニットを発現する発現菌を作成した。最初に発現菌を小スケールで培養し、
IPTG を加えて目的タンパク質の発現を誘導し、18℃で 24 時間振とう培養した。目的タン パク質の発現は 15 %ポリアクリルアミドゲルを用いた SDS-PAGE で確認した。発現の確 認ができた発現菌を上記と同じ条件で 3 L の LB 液体培地で培養し、回収した発現菌を 10 倍量(w/v)の TE buffer で再懸濁した。
図 2.2 研究当初の Mu ファージのネック領域の構造とネックサブユニットの配置の予想図 Mu ファージのネックは gp29、gp35、gp36、gp37、gp38 で構成されていると予想 されていた。Gp29 はポータルを形成し、Mu gp37 はテイルターミネー ターだと言われ ていた。Gp35、gp36、gp38 はネック内でどのような配置で存在するのか不明であった。
32 2.2.3 Mu gp36H の単離精製
大量培養した発現菌の懸濁液を超音波破砕し、遠心分離と 0.45 µm 孔シリンジフィルタ ーでろ過した。ろ液を Ni-NTA カラムで精製した。目的タンパク質が回収できたことを SDS-PAGE で分析した。0.5 M イミダゾールを含む溶出バッファーで Mu gp36H を溶出し、カ ラム体積 500 mL のゲルろ過カラム Sephacryl S-300HR を用いて、粒子の大きさに基づい て分離した。タンパク質は 280 nm の吸光度の測定と 15 %ポリアクリルアミドゲルを用い た SDS-PAGE で観察した。カラムから溶出した溶出液は 10 mL ずつ分画した。Mu gp36H の熱変性を防ぐため、実験は全て 4℃の環境下で行った。精製に用いた平衡化バッファーは 0.05 M Tris-HCl, pH8.0 / 150 mM NaCl の条件であった。
結果は図 2.3 に示した。溶出体積の 275 mL~305 mL に gp36H の溶出が確認できた。
SDS-PAGE で単一なバンドであったため、結晶化に利用可能と判断した。275 mL~305 mL の画分を混合して限外ろ過し、280 nm の吸光度から大量培養に用いた LB 液体培地あたり の収量を計算したところ、3.3 mg/L であった。
2.3 単離精製した Mu gp36 の分析と X 線結晶構造解析 2.3.1 超遠心分析による Mu gp36H 精製物の分子量の測定
Mu gp36H 溶液 (1.0 mg/mL)の分子量を測定し、図 2.3 のゲル濾過カラムの Mu gp36H のピークが、単量体であるか多量体であるかの検討を行った。同時にこの実験で、溶液中で 単一な粒子であり結晶化に適しているか確認することを狙った。
An50Ti rotor を用いて 20,000 xg、20℃で 280 nm の吸光度を測定し、Mu gp36H 精製物 の移動境界面の経時変化を記録し、SEDFIT program [4]で沈降係数(S)の分布関数 ( c(s) ) を計算した。分子量分布 c(M)を求め、図 2.4 に記載した。
gp36H kDa
30 45 97
20 14
図 2.3 Gp36H (16.5 kDa)をゲルろ過カラム Sephacryl S500HR で精製した結果、300 mL 付近にタンパク質の溶出が見られた(左)。15 %ポリアクリルアミドゲルを用いて SDS-PAGE を行い、Mu gp36H が単一なバンドで精製できたことを確認した(右)。
0 0.1 0.2 0.3 0.4
A280
0 100 200 300 400 500
Elution (mL)
33
これにより、gp36H 精製物は夾雑や重合体をほぼ含まないことと、gp36H が溶液中で単 量体として安定であることが判明し、結晶化に用いるに十分な純度であることが確認でき た。
2.3.2 Mu ファージのネックサブユニット gp36H(Mu gp36H)の結晶化
Mu gp36H の結晶化のため、市販の 24 穴結晶化用プレート (Cryschem Plate, California, USA) と沈殿剤のキット (Crystal Screen I, II (Hampton Research) ) を用いて、96 種類の 沈殿剤 (一覧を Appendix に記載した) でシッティングドロップ法による gp36H の結晶化 を試みた。5 つの条件で結晶が得られ、これらのうち、Crystal Screen I の No.35 の条件で 得た結晶(図 2.5)について、大阪大学蛋白質研究所の山下栄樹准教授のご協力のもと、
Spring-8 (Harima, Japan) の放射光で回折像を得た。なお、残り 4 つの結晶の画像と結晶化 条件は図 2.6 に示した。
図 2.4 沈降速度法によって測定した gp36H 精製物の分子量分布 c (M)と分子量(Mw) Mu gp36H
計算値:16.5 kDa 実測値:16.4 kDa
結晶化条件
Crystal Screen1-35
・0.1 M HEPES sodium pH 7.5
・0.8 M Sodium phosphate monobasic monohydrate
・0.8 M Potassium phosphate monobasic
図 2.5 光学顕微鏡で観察した Mu gp36H の結晶(左)と結晶化条件(右)
ここで得られた結晶を、X 線結晶構造解析に用いた
34
結晶化条件
Crystal Screen1-32
・2.0 M Ammonium sulfate
結晶化条件
Crystal Screen1-48
・0.1 M TRIS hydrochloride pH 8.5
・2.0 M Ammonium phosphate monobasic
図 2.6 X 線結晶構造解析に用いなかった粗結晶の光学顕微鏡画像(左)と結晶化条件(右)
結晶化条件
Crystal Screen1-47
・0.1 M Sodium acetate trihydrate pH 4.6
・2.0 M Ammonium sulfate 結晶化条件
Crystal Screen1-1
・0.02 M Calcium chloride dihydrate
・0.1 M Sodium acetate trihydrate pH 4.6
・30 % v/v (+/-)-2-Methyl-2,4-pentanediol
35 2.4 X 線結晶構造解析
大阪大学蛋白質研究所の山下栄樹助教のご協力により、10mM K2PtCl6 に 10 分間浸漬し た Mu gp36H の結晶に SPring-8 (Harima, Japan) の BL44XU beamline の放射光を当て、
得られた回折点と白金原子を用いた重原子置換法による位相決定から電子密度のデータを 得た。Mu gp36H の初期構造から REFMAC5、Phenix、Coot を用いたリファインメントを 行うことで、電子密度に適合してエネルギー的に無理が少ない Mu gp36H の立体構造を得 た (図 2.7、表 2.1)。
図 2.7 Mu ファージのネックサブユニットである gp36H の立体構造(PDB ID: 5YDN)
Helix 1 (Val6-Tyr13)、Helix 2 (Arg15-Lys25)、Helix 3 (Asp33-Leu51)、
Helix 4 (Ser64-Leu78)、Helix 5 (Glu85-Asp103)で構成されていた。
また、C 末端側の 33 残基(Lys105-Ile141 + 6xHis)は構造が不明な領域であった。
Helix 1 (Val6-Tyr13)
Helix 2 (Arg15-Lys25)
Helix 3 (Asp33-Leu51)
Helix 4 (Ser64-Leu78) Helix 5
(Glu85-Asp103)
36
表 2.1 Intensity data and refinment statistics
37 2.4.1 Mu gp36H の結晶構造
2.4.1-1 Mu gp36H のα-Helix の残基側鎖間の相互作用
Mu gp36H の結晶構造は 5 本のα-Helix と、C 末端の電子密度が存在しなかった 33 残基 で構成されていた。それぞれのαヘリックスを構成するアミノ酸がどのような役割を持っ ているのか、詳細に観察した。
Helix 1(Val6-Tyr13)は Asp8 が Lys67 と、Tyr13 が Trp75 とそれぞれ相互作用してい た。Lys67 と Trp75 は Helix 4 のアミノ酸残基であったことから、Helix 1 と Helix 4 は相互 作用して Mu gp36H の安定化に寄与していると思われた(図 2.8)。
Helix2(Arg15-Lys25)は、Arg15 と Asp33 が相互作用していた。Asp33 は Helix 3 の残 基であり、Helix2 と Helix3 の相互作用が示された(図 2.9)。後述する Mu gp36H と構造に 相同性が見られた構造既知のファージのネックサブユニット HK97 gp6、P22 gp4、SPP1 gp15 には、Mu gp36 の Helix2 に相当する構造が見られず、その役割は現状では予想がつ かなかった。将来的に Mu ファージのネック領域全体の構造解析によって、Mu gp36H の Helix 2 の役割が明らかになるかもしれない。
Helix 3(Asp33-Leu51)は、Helix 2(Asp15-Asp33)や Helix 4(Tyr50-Phe46、Tyr77-Phe46)と相互作用していた(図 2.10)。
Helix 4(Ser64-Leu78)は、Helix1(Asp8-Lys67、Tyr13-Trp75)や Helix5(Trp97-Leu65、
Trp97-Leu66、Tyr91-Phe76)と相互作用していた(図 2.11)。
Helix 5 は(Glu85-Asp103)は、酸性アミノ酸(Asp93、Asp103)と塩基性アミノ酸(Arg96、
Arg102、Lys105)の両方を持つアミノ酸で、Asp93-Arg96 と、Arg102-Asp103、Asp103-Lys105 の間で塩橋を形成していた(図 2.12)。
このように、それぞれの Helix が相互作用することで、gp36 は球状タンパク質の形で安 定化しているものと思われた。
図 2.8 Helix 1 と Helix 4 の相互作用 図 2.9 Helix 2 と Helix 3 の相互作用
38
図 2.10 Helix 3 と Helix 4 の相互作用 図 2.11 Helix 4 と Helix 5 の相互作用
図 2.12 Helix 5 で塩橋を形成している残基側鎖
39
2.4.1-2 Mu gp36H のタンパク質表面に局在するアミノ酸と中心部の疎水性コア
Mu gp36 の構造の中心部に芳香族アミノ酸が集中しており(Trp13、Phe46、Tyr50、Trp75、
Phe76、Tyr77、Tyr91)、疎水性コアを形成していた(図 2.13)。疎水性コアは前述の Helix 1~Helix 5 のアミノ酸残基側鎖同士の相互作用と同様に、Mu gp36H の構造を安定化して いると思われた。
Helix3(Asp33-Leu51)は、酸性アミノ酸(Asp33、Glu37、Asp42、Asp48)を多く含み
(図 2.14)、Helix 4(Ser64-Leu78)は疎水性アミノ酸(Leu65、Leu66、Val72、Trp75、
Phe76、Tyr77、Leu78)を非常に多く含んでいた(図 2.15)。これらの残基側鎖は Mu gp36H のタンパク質表面に位置していたが、その役割については不明であった。今後構造解析によ って Mu ファージのネック全体の原子構造が明らかになれば、これらの残基の役割もはっ きりすると期待できる。
図 2.13 Mu gp36H 中心部の疎水性コア
図 2.15 Helix 4 の多数の疎水性アミノ酸 図 2.14 Helix 3 の多数の酸性アミノ酸