5. MBDD に必要な環境と担当者の育成
5.2 MBDD に必要な環境
MBDD 導入直後に,全ての開発品目を対象にする事はあまり現実的でない。開発品目のうち,
成果のでやすい領域や,既に MBDD 実施例が報告されている領域において,試験的に導入する ことは現実的な導入方法の1つであろう。試験的ではあるが,まず何をすべきかは,各企業の現 状に依存する。例えば,試験単位のみデータを活用し,申請のためにノンコンパートメント解析
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の併合解析を行っている企業の場合は,患者PKデータを収集した第3相試験や市販後調査に基 づいた母集団薬物動態(Population Pharmacokinetic;PPK)解析か,あるいは第1相試験をいくつ か用いたPPK併合解析94を目指すことが取り組みやすいかもしれない。また,すでにモデルを用 い た 併 合解 析 を実 施 し, 申 請 資料 等 に活 用 して い る 段階 の 企業 の 場合 は , 比較 的 早期 に Exposure-Response(E-R)モデルを構築することを目指し,臨床試験で得られたデータが適時モ デルに反映されるというシステム構築を目指すのも1つの目標となるであろう。Proof-of-Concept
(POC)試験及び第3相試験のモデル化に必要な情報を,開発早期の段階から計画的に入手して いる企業は日本にはまだ少数と考えられるが,近いうちにいずれの開発品目においてもM&S に よる結果を意思決定の材料となるように進めていくことが目標と考えられる95。
いずれの目標に対しても,第 3 章であげた事例を参考にするなどして「なぜ MBDD 導入が必 要なのか」を関係部署,経営層に科学的,合理的に説明する必要がある。その説明材料の作成は MBDD導入を難しくする要因の1つであると考えられる。また,どの段階においても,適切な工 数確保とデータベースなどのインフラ構築および整備などのコスト,人員が必要であり経営層の 理解が必要となる場面も多い。そのため,MBDD 導入担当者には,MBDD に関する専門分野の 担当者のみならず,管理社員も含めて任命されることが,MBDD導入成功の一つのカギとなると 考えられる。
5.2.2 組織の考え方
最近の Grasela らの報告によると企業の生産性向上を妨げる原因として,経験を重視する意思
決定システムと,部門間のセクショナリズムが挙げられている93。これに従えば,経験よりもデ ータ(モデル)を重視する意思決定システムへの移行と,部門横断的開発が行える社内体制を整 える事が必要と考えられる。
MBDDを実施する際に重要となるのはデータや情報のモデリングであるが,各部署で得られる データのモデリングは,そのデータを熟知している担当部署が行うのが望ましい。しかし,モデ リングを行うには表 5-1に示した知識・技術が必要であり,作業量増加やモデリング担当者の確 保というリソースの面から困難な場合も考えられる。そのため,モデリングを行う組織又は担当 者を設置することが必要になる場合もある。MBDDを行う組織の考え方は,以下の大きく2つが 考えられる。
(1) 医薬品開発プロセスに組織横断的に関わるための独立した専門組織(モデリング担当者が 各専門部署に出向いて,専門部署の持つ情報をモデル化する。)
(2) 品目ごとに,データマネジメント,統計解析,臨床開発,臨床薬理などの部門から各専門 知識を有する者が集まったプロジェクトチーム(各専門部署の持つ情報をモデル化するた めのプロジェクトを立ち上げる。)
プロジェクトが多数ある場合は(1)の様な体制も有用であるが,そうでない場合は(2)の 体制を取るのも一つの選択である。Graselaらは,企業の生産性を高めるのはプロジェクトチーム タイプであると提案している93。いずれにせよ,MBDDを実施する際に重要となるモデルを構築 するための情報を入手ができ,得られたモデルをナレッジとして蓄積・共有ができる,組織横断
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的な体制が必要である。そのためには,部門長間の協力体制や企業としての統制も必須となる96。
5.2.3 担当者の構成
専門組織であれば,少なくともファーマコメトリシャンとプログラマが必要であると考えられ る。プロジェクトチームであれば,データマネジメント,統計解析,薬物動態解析,臨床開発等,
それぞれに従事する者が必要となる。プロジェクトチームの場合,通常業務とは別にモデリング 業務が発生するため,兼業を余儀なくされる事も考えられる。しかし,MBDDの運用下ではモデ ルに必要な最新の情報やデータを継続的に収集し,その収集された情報やデータでモデルを適宜 更新する必要がある。そうしたモデリング関連業務は膨大な作業量となるため,他の業務との兼 業ではなく専任化が望ましい。従って,そのための人員確保が必要である。
5.2.4 MBDDを用いた医薬品開発の進め方
MBDDを用い,定量的な意思決定システムを取り入れることで,生物学的,薬理学的な基準や 臨床試験デザインに基づいた判断や,生物学的,薬理学的な特徴を考慮に入れた病態モデルに基 づいて判断が行えるようになる。M&Sによりタンパク製剤がほかのタンパク質との親和性からど の程度影響をうけ,どのようなPK推移示すかを予測できた例も報告されている97。Graselaらは,
次の5ステップからなるMBDDを用いた医薬品開発の進め方を提案している93。 (1) 各部門から専門家を集めたプロジェクトチームを結成
収集したナレッジに基づき,より安全で有効にその候補品を開発する方策を企画する。
従来,プロジェクトの担当者は部門ごとに独立していた。そのため,部門間で似たよう な作業を行っている,意思疎通がはかられていない,意見をまとめることができないな どの問題が多かった。部門横断的なプロジェクトチームメンバーを結成することでその 問題は改善できると考えられる。部門横断的なプロジェクトチームがその業務経験を伝 えることで,研究開発を担う担当者を巻きこみ,彼らはより初期の段階から,臨床に必 要な製品を提案できるようになると考えられる。
(2) プロジェクトチームによる意思判断の判定基準の設定
長年の習慣や,開発チームの意向によっては,M&Sのような定量的意思決定を持ち込 むことが困難なケースもありうる。そうした場合でも参考情報としてM&Sの結果を提 示しておくことが肝要である。定量的意思決定を使わずに失敗したケースにおいて,定 量的意思決定に従っていればその結果が変わったかもしれないことを主張できる可能 性がある。
(3) チームが収集したナレッジと不確実な部分との明確化
基本的な病態モデルが利用できる状況でも,そのチームが収集したナレッジと不確実な 部分とを明確にしておく。そうすることで,治験の結果に与える不確実要素が与える影 響の大きさを推し量ることができる。不確実要素を認識できれば,開発初期に,研究室 レベルでの検討を優先してもらうこともできる。また必ずしも必要ではないが,非臨床 段階で,病態モデルをより良いものに修正していき,新しい知見を得ることでこの先の
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臨床開発がいい方向へ進めそうか,あるいは,悪い方向に進んでしまうかと予想するこ とができるであろう。開発初期の段階で対応していると費用もかさばらない。
(4) 収集したナレッジの活用
収集したナレッジを活用し,臨床的有用性や,薬物としての価値を高めるように開発戦 略を修正していく。但し,多くの疾患領域では,病態メカニズムや患者への治療効果の 情報が不足している。MBDDプロセスを支援するようなインフラの整備(データ定義 やデータ収集手続き)があれば,複数の試験データを併合して新たなナレッジを作成す ることができる98。もし,インフラが整備されていなければ,複雑なモデルを構築する ことはできないかもしれない。また,システムバイオロジーのような新しい技術インフ ラを利用して,病気のメカニズムの仮説となるモデルを作成することも可能である。
(5) プロジェクトの振り返り
MBDD解析結果に基づき,チームにおいて,より透明性の高い科学的根拠に基づく戦 略を企画する。開発中のプロジェクト振り返りを行う事で,誰にでも理解でき,体系的 となり,そこから得られる教訓もある。また,技術面,戦略面,科学面といった情報の 入力と変化の明確化,データ統合の方法・時期の検討,リスクマネジメントの検討,病 態モデルの検討などが科学的に行う事ができる。
5.2.5 MBDDのタイムライン
MBDD が医薬品開発にどのタイミングで何を目的としてどのように関わるかは企業の状況に より様々であるが,各開発段階までに得られたデータを利用し M&S を行う事により開発方針を 決定する1つの定量的な指標を示す事が重要である。
モデルは,各開発段階で得られるデータ・情報を用いて改定する必要がある99。例えば,図 5-1 のように構築,改訂する事になることが想定される。
前臨床 第1相 前期第2相 後期第2相 第3相以降
主たる 情報源
非臨床PK 非臨床薬理 他剤試験結果
臨床PK 臨床薬理
他剤試験結果 疫学データ
臨床試験結果 他試験結果 POC結果
図 5-1 MBDDにおけるモデル改定のタイムライン例 第3相試験のための
エビデンスモデル
LCMのための改訂版 エビデンスモデル POCのための
コンセプトモデル