第5章 ICT 活用における教育プロセスの評価と改善
5.4 ICT 活用の有効性と DIY での限界
本章では,ICTを活用することからユーザの参加を促進し,授業改善に役立たせる2つの事例を取 り上げた.ひとつ目は,学生の理解度をWebから答えさせて,そのデータを元に授業の進行速度を調 整するという事例であった.ここから期待される教育効果は,(1)学生の授業参加態度・意欲の向上,
(2)学生の理解度に応じた授業進度の調整とシラバスの改善,が考えられる.これと類似したICT活用
例には,クリッカーシステムがある.現在では,スマートフォンが普及していることから学生が個人所有 するスマートフォン向けのアプリを開発し,提供する方法も考えられる.そこで,2012年にCCSの電子 アナライザは「Clicker」と名称変更し,スマートフォン用のアプリを開発した(図 5-14).これによりパソコ ンからだけでなく,スマートフォンからでも利用できるようになった.このように大教室や情報コンセント がない教育環境での活用へ向けて,LMSの機能改善が実施されている61).
図5-14 スマートフォンでの入力画面(学生)と回答集計結果(教員画面)62)
紙による授業評価アンケートを全学で一斉実施するよりも,毎回,LMS から授業理解度を調査する 方が,迅速かつ具体的な改善に結びつく.先の例では,ARS 機能として電子アナライザを活用したが,
CCS2.0 へバージョンアップした際に,科目情報の一機能として「授業理解度調査」を新設した.授業
ページに標準配置し,教員は開始ボタンを1クリックするだけで利用可能である.選択肢は「よくわかっ た」「わかった」「わかりにくかった」「わからなかった」という4択で,集計結果は図5-15のように履修者 全体の割合として棒グラフに示される.
61 クリッカーアプリに関しては,児島・三輪(2012)を参照.
62 児島・三輪(2012)p.356より引用.
図5-15 授業理解度調査の表示例
ふたつ目の事例では,一方通行的な講義になりがちな状況において, LMS から授業へ参加させ ることで,大教室での講義に内在する問題の解決策を提案した.大教室の講義では,授業マネジメン トが難しく,学期末試験およびレポートの結果のみで成績評価されることが多い.毎回の授業における 努力やプロセスを評価してもらいたい学生にとっては,好ましくない授業形態である.これに対して,
PCエンハンストな授業形態63)はプロセスを重視したネット世代に向けたeラーニングの一形態となる.
図5-16 CCS2.0での学生参加データ
図5-16は学生の参加データを一覧表示した画面であり,CCS2.0へ更新された折に,教員ユーザがデ ータを見やすいように変更した.図5-8で提案した理解度調査のように時系列の割合グラフで示される
63 対面教育とeラーニングをブレンドした授業形態のすべてをブレンデッド・ラーニングと呼んでいる 事例が頻繁に見られる.しかし,本論文ではブレンド型の定義はPicciano and Dziuban(2007)に従う.
そこで,対面講義にパソコンやICT機器を導入した方法はPCエンハンスト(enhanced)と別称する.
仕様になった.併せて,毎回の授業への参加データ(出席カード,MinutePaper)とともに示されるので,
使い勝手は大きく向上している.
以上の2事例に共通するのは,これまで明らかにしづらいかった教育プロセスの透明性をICTによ って高めたことにある.Web を用いて学生に授業参加を促し,学生の回答データを可視化することで 授業改善の指針とする.たしかに,上記のようなICT 活用によって個別の授業の改善効果は得られる.
しかし,これらはすべて教員個人での取り組みに過ぎない.すなわち,第4章で示したDIY的eラー ニングと同じ範疇にある.この事例は,本稿のeラーニングに対する問題意識の答えにはなっていない.
第 2 章で問題点として指摘した学士力の育成という学部教育課程での学生の能力開発という意味で は不十分である.教育サービスの改善は個々の授業という「点」から教育課程という「線」への発展が 求められる.つまり,個別の授業での限界は, 1)学部教育課程(長期の教育プロセス)の改善,2)学 生一人ひとりの成長データの蓄積,という2つの点に見られる.
前者の学部教育課程での改善における限界は,ひとつの授業だけではあまり成果につながらない ということである.ほぼすべての授業で同じような取り組みが期待されるが,現実的には極めて難しい.
また,たとえ個別の授業の教育プロセスが可視化されても,全体の教育プロセス(学部教育)は明らか にならない.教育課程を改善する目的は,所定の教育課程を通じて学部の全学生が能力を高めるこ とである.換言すれば,「学士力」の達成が可能な教育プログラムとその実施体制の構築である.その ためには,大学へ入学(AP)してから卒業(DP)に至るまでの全プロセスを可視化する必要がある.学 生全体の傾向を把握するためには,全ての学部生の学修に関するデータが必要である.残念ながら,
DIY では一部の学生に対してほんの一時点しかフォローできない.できるだけ多くの学生の学習デー タを収集するには.共通のLMSを用いた組織的な活用が求められる.
後者の学生成長データの蓄積については,長期にわたる学習データの蓄積が必要である.本章で の事例では,得られた学習データは個別の授業の改善に役立つ資料となるが,学生の能力を引き出 すまでには至っていない.多様な学習データがLMSに蓄積されて,学習主体である学生の成長記録 が共有されれば学修eポートフォリオになり得る.そのためには組織的にLMSを活用し,授業時間内 外での学生のインタラクションを継続すれば,自ずとデータが蓄積される.