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プログラミング志向(1995 年~1999 年)

第4章 インターネットを利用したeラーニングの変遷

4.2 プログラミング志向(1995 年~1999 年)

1990年代半ばになるとインターネットが世の中に認知され,その新奇性が話題となりはじめた.イン ターネットの多彩なサービスでも,とりわけホームページ(WWW)や電子メールに興味・関心が集中し た.当時のパソコンによる通信手段はパソコン通信が中心であったが,徐々にインターネットサービス プロバイダー(ISP,Internet Service Provider)がインターネット接続サービスを開始するようになってき た.接続形態は,モデムと電話回線を使ってのPPP(Point-to-Point Protocol)接続が主流であった.

1995年の秋にWindows95が発売されると,空前のパソコンブームが訪れる.この社会現象は,パソコ

ンやインターネットによって新しい時代の到来を予感させると同時に,それらの社会的認知度を著しく 高めた.

当時,ホームページを利用すれば,誰でも情報発信が可能となるという触れ込みだったが,万人が 簡単に発信できるものでもなかった.というのも,Webによる情報発信にはネットに接続されたパソコン が必要で,テキストエディタなどによるHTML(Hyper Text Markup Language)に従った文書作成やサ ーバへのファイル転送(FTP,File Transfer Protocol)作業が伴う.これらは,初心者にとって理解しづら く煩雑な作業であった.

また,ネット接続・Web ページ作成・アップロードの各作業には,それぞれ専用ソフトが必要であった.

そのニーズに応えるかのように,クライアント向けのWebページ作成ソフト(IBMホームページビルダー など)が市販された.これらは一連の作業をある程度軽減するのに役立ったが,多くの個人が持続的 にWebサイトを運用するきっかけにはならなかった.接続形態はPPPなどのナローバンドが中心であり,

またデータ更新ができる場所も限定されていた.持続的運用には相応の手順や時間・費用が必要で あった.従って,インターネット上にホームページを持続的に運営できたのは,新しい技術に高い興味 関心を示す個人(イノベータ)であったといえる.

さらに,当時のWebページはインタラクティブ機能が貧弱であった.ホームページにアクセスカウン タを設けて,サイトの訪問者数を表示することが流行した.しかし,サイトへの訪問者がどのような意見・

感想を持ったのかは把握できない.そこで,ユーザの意見を汲み上げるためWebページに掲示板

(BBS,Bulletin Board System)や問合せフォームを設置するサイトも多く見られた.ただ,当時の技術 では,Webページに双方向性を持たせるにはセキュリティ面の問題を抱えていた.安全性を確保する ために訪問者が書き込みする際には,多くの手順を踏まねばならなかった.

一方,書き込みの気軽さでもあって,匿名性を保持したままのBBSが支持された.「2ちゃんねる」の ような匿名掲示板サイトが発展し,インターネット時代におけるコミュニケーションの手段として認知され

るようになった.しかし,匿名掲示板での誹謗中傷や犯罪的行為に加えて,電子メールでは詐欺メー ルやコンピュータウイルスの添付,SPAMなどといったインターネットの影の部分がマスコミによって取り 上げられた.これらが新たな社会問題としてクローズアップされたことで,インターネットはルールのな い危険なコミュニティという印象を一般の人に与えた.このような負の影響によって,インターネットが革 新的な教育ツールであったにもかかわらず,教育現場から遠ざけられたということは完全に否定はでき ない.

では,往時の高等教育機関における活用状況はどのようであっただろうか.1990年代前半には,研 究利用として大学へいち早くインターネットが接続されたこともあり,すでにインターネットに興味関心 のある教員による自発的なeラーニングの取り組みがなされていた.しかし,たとえ大学にインターネッ トの利用環境があっても,実際の教育ツールとして利用するにはいくつものハードルをクリアしなけれ ばならなかった.

まず,受講者側の問題として「情報リテラシー(information literacy)」がある.学生の多くはコンピュ ータに触れるのが初めてであり,キーボードによる文字入力にも慣れていない.基本ソフト(OS)に関 する仕組みの理解が十分でなく,当然,インターネットも使ったことがない.このようにインターネットで のeラーニングを試行するにも受講生の情報リテラシーが不十分で,実施には相応の準備が必要であ った.

そして,設備面として「アクセシビリティ」の問題がある.大学内でネットを使おうにも,パソコンが設置 されている教室からでしかアクセスできないという運用上の難点があった.よって,主に情報関連の実 習科目の中でCAIという形式で実施されていた.加えて,たとえ教材をWeb化してもナローバンド

(narrow band)の環境下では,多数ユーザの同時アクセスに耐えられない.文字(テキスト)ベースの 教材であっても,サーバが即時に処理できないという問題もあった.そのため講義の中に全面的に導 入するのでなく,講義の補助ツールとして活用する程度であった.

こうした環境下でもeラーニングの支援システムとして,以下のような機能が使われていた.

・講義資料の提示(Webページ)

・電子メール,*掲示板,*チャット

*レポートの回収

*アンケートの収集

・練習問題集の出題

*は双方向機能

インタラクティブな機能を付与するには,JavaScriptやCGI(Common Gateway Interface)などが用い られた.JavaScriptはサーバへの負荷を減らすために活用したり,簡単なプログラミング学習として利 用された.また,C言語やPerlなどでCGIからネット掲示板を作成すれば,学習者同士の意見交換が 可能になった.このようなツールを駆使して,学生とのコミュニケーションの場をネット上に構築し,ディ ベートやアンケートが試みられた.そのような意味でDIY的プログラミングといえる.

これらの機能はいずれも対面式(Face to Face)講義を補完するためのツールである.Webの利用は,

配付資料を電子化しブラウザに表示することから紙媒体の教材配付という手間が省ける効果はあった.

ただし,ツールや教材の作成に関して費用対効果を考えると明らかに費用が上回っている.フルオン ラインでの講義を多くの学生に提供できるにはほど遠い状況であった.けれども,それまでの汎用機 やスタンドアロンのようなクローズドな空間で行われたeラーニングを考えれば,学外からでもアクセス を可能とするインターネットの公開性は画期的であったと評価できる.先進的な教員ユーザによる一部 の学生へ向けた先駆け的な実践であったといえる.

さて,第1期の後半になると,ユーザのパソコンとインターネットの利用環境は急激に変化する.「ム ーアの法則28)」のように,パソコンの性能は急速に伸張する一方で,販売価格は大きく下落した.これ がさらなる新規ユーザを呼び込み,パソコン市場を拡大させた.

インターネットビジネスへの期待が膨らむと,それだけICT企業によるネット関連市場の覇権争いが 激化した.その一例として,ブラウザ市場を巡ってNetscape NavigatorとInternet Explorerの争いがあ る.当時,ソフトの無料配付という新手法で市場シェアのほとんどを占めていたNetscape Navigatorで あったが,これに対抗すべくマイクロソフト社が新OSであるWindows98にInternet Explorerをプレイ ンストールさせた.新OSに無料のブラウザがバンドル(bundle)されたことで,ユーザはマイクロソフト社 の製品を利用しはじめた.このマイクロソフトのバンドリング戦略の影響は甚大で,これによりNetscape Navigatorの優位性が失墜した29)

こうしたICT関連企業による競争によって価格の低廉化と利便性の向上を招き,ユーザには大きな 余剰がもたらされた.競争の結末としてデファクトスタンダートという名の下にWintel(WindowsとIntel)

へ集約され,競合他社が排除されてしまう構図が生まれた.パソコン市場では標準化された基本ソフト が利用され,アプリケーションソフトにおいても文書作成ソフトや表計算ソフトの市場シェアの争奪30)

28 Intel社の創設者の一人であるGordon Moore氏が提唱した「半導体の集積密度は18~24ヶ月で

倍増する」という経験則である.

29 詳細な経緯については,Clark and Edwards(1999)参照.

30 市場シェア首位が,日本語ワープロとしてジャストシステム社の一太郎がWordへ,表計算ソフトで

はLotus社の123がExcelへと代わった事例がある.

激しくなった.その結果,マイクロソフト社製品の独占が進んだが,デファクトスタンダードが確立したこ とで,ユーザ間でネットワーク外部性が機能しはじめる.すなわち,他者とのファイル交換がスムーズに なり,オフィス作業の生産性の向上に大きく寄与した.

こうしたパソコンやインターネットの普及によってオフィス・オートメーション(OA)が一般化すると,標 準化されたパソコンでの基本ソフト・キーボード・マウスなどの操作能力への要求が強まる.実用的な 技能として,ワープロ・表計算・ブラウザなどのアプリケーションソフトの習得が個人に対して要求される ようになった.すなわち,これらのソフトウェアを使いこなせなければ,デジタルディバイド(digital divide)

の憂き目に遭う可能性が高まる.社会全体としてオフィスソフトの技能,いわゆる「情報リテラシー」の習 得が求められ,学校教育でも教育課程に必要な科目として開講されるようになった.一般の学生にも,

将来の仕事でパソコンやネットが不可欠なツールになるという意識が芽生えはじめた頃であった.

このように振り返ると,第1期は個人が目的に応じてプログラムを作成・利用した時代であった.パソ コンでマルチタスクが可能といっても,必要なソフトをパソコンにインストールし,目的に応じて起動させ るという利用法であった.WebブラウザもまたWebページの閲覧という基本機能からスタートしたひとつ のプログラムに過ぎなかった.第1期をプログラミング志向と定義したのは,各プログラムは処理の目的 に対して,リニアな関係を持っているからである.インターネットのWeb技術でも,個別のプログラムを

CGI,Javaなどで作成し,目的に応じて使い分けていた.第1期とした時代を総括すると,eラーニング

では教員の一部であるイノベータがWebを使ってDIY的ツールのプログラム開発をし,自ら試行した 時代であったといえる.