第4章 インターネットを利用したeラーニングの変遷
4.3 システム志向(2000 年~2004 年)
激しくなった.その結果,マイクロソフト社製品の独占が進んだが,デファクトスタンダードが確立したこ とで,ユーザ間でネットワーク外部性が機能しはじめる.すなわち,他者とのファイル交換がスムーズに なり,オフィス作業の生産性の向上に大きく寄与した.
こうしたパソコンやインターネットの普及によってオフィス・オートメーション(OA)が一般化すると,標 準化されたパソコンでの基本ソフト・キーボード・マウスなどの操作能力への要求が強まる.実用的な 技能として,ワープロ・表計算・ブラウザなどのアプリケーションソフトの習得が個人に対して要求される ようになった.すなわち,これらのソフトウェアを使いこなせなければ,デジタルディバイド(digital divide)
の憂き目に遭う可能性が高まる.社会全体としてオフィスソフトの技能,いわゆる「情報リテラシー」の習 得が求められ,学校教育でも教育課程に必要な科目として開講されるようになった.一般の学生にも,
将来の仕事でパソコンやネットが不可欠なツールになるという意識が芽生えはじめた頃であった.
このように振り返ると,第1期は個人が目的に応じてプログラムを作成・利用した時代であった.パソ コンでマルチタスクが可能といっても,必要なソフトをパソコンにインストールし,目的に応じて起動させ るという利用法であった.WebブラウザもまたWebページの閲覧という基本機能からスタートしたひとつ のプログラムに過ぎなかった.第1期をプログラミング志向と定義したのは,各プログラムは処理の目的 に対して,リニアな関係を持っているからである.インターネットのWeb技術でも,個別のプログラムを
CGI,Javaなどで作成し,目的に応じて使い分けていた.第1期とした時代を総括すると,eラーニング
では教員の一部であるイノベータがWebを使ってDIY的ツールのプログラム開発をし,自ら試行した 時代であったといえる.
ADSLが席巻する.それ以前は,ケーブルテレビのISPが費用対効果の面では最も効率が良かった.
NTTが光ファイバーまでのつなぎとして展開したISDNは64Kbit/sであったので,インターネットのユ ーザが求める速度に対応することができなかった.この当時,すでにWebサイトでは文字(テキスト)だ けでなく,画像や音声コンテンツが使われていたからである.スタイルシートやFlash,Javaなどの技術 にもブラウザは対応し,Web上で表現できるコンテンツはリッチになっていった.これらの要求を満足す る接続形態は,常時接続のブロードバンド(broad band)であり,ADSLの普及によってこれらの接続形 態は一般家庭にも広がりを見せはじめた.
Windowsにはインターネット接続のウィザードが用意され,OSもバージョンアップを重ねるごとに利
便性が向上していった.こうしてパソコンを購入しISPに契約すれば,誰もが簡単にインターネットにア クセスできる環境が整備された.さらに,パソコンだけでなく携帯電話からのアクセスとしてNTTドコモ が1999年にiモードサービスを開始した.モバイルインターネットは,若者を中心としてその利用方法 や範囲を広げていき,世界の中でも独特な進化を遂げてゆく.こうしてインターネットを利用するユー ザは増加の一途をたどった.
第1期で課題となっていたWebサイトの運営にともなう煩雑な更新手続きは,Web技術の進歩により 解消される.ブログ管理のようにWebブラウザのみで情報管理・更新ができ,メールサービスにおいて Webメールシステムが利用されはじめるのもこの頃であった.Webでの活用が中心となってくると,これ まで作業に必要であった数種の専用ソフトも不要となる.ブラウザがインターネットのプラットフォームに なり,Webベースによってユーザが煩雑な作業から解放されていった.
2001年,日本政府ではIT戦略本部によってe-Japan戦略が策定され,国家としての情報戦略が実 施された.3-2でも示したように5つの重点項目のひとつに「情報社会における人材育成」が掲げられ た.また,2002年には中学,2003年には高校において情報教科が必修化され,学校教育の中にも本 格的に情報が指導されるようになった.こうして国家レベルでの教育の情報化が指向された.パソコン や携帯電話の利用頻度が増加することで,個人ユーザの情報活用レベルは平均として以前よりも着 実に向上しつつあった.
インターネットでは,世界中のエンジニア達がオープンソースの発展に大きな貢献をしてきた.これ によりプログラマが自分でツールをすべて作り込む時代から,モジュール化された優れた部品を組み 合わせてひとつのシステムを構成する時代へと移行していった.システム構成には以下のような例が ある.ネットワークOSとしてLinuxが急速に広がり,ApacheやMySQLやPHPなどのオープンソース ツールを利用したサーバが導入されるようになった.LAMP(Linux,Apache,MySQL,PHP)に代表さ れるオープンソースの活用事例が,中小企業でも少ない投資で情報システムが構築できる環境をもた
らした.このような趨勢を考え,第2期をDIY的プログラムからDIY的システムへの移行時期と表現す る.
企業において,イントラネットは組織内の問題点を解決するソリューションツールとして期待され,急 速に企業内ネットワークが広がった.これまでの汎用機中心であった基幹業務をC/Sへ移行したり,新 たな情報システムの導入にあたってはLANに接続するようにしていった.また,社員一人ひとりにパソ コンが用意され,企業内情報システムが日常業務を支援した.それまでの電子メールでの連絡手段に 加えて,企業内でグループウェアも導入され,Webベースのツールは多くのユーザにとって扱いやす い環境となった.組織内でのデータ共有が進み,組織のコミュニケーションは従来とは大きく変容して いった.情報システムは,組織としての業務を支障なくかつ効率よく遂行するため,システム管理者の 権限は強化された.
以上のように企業では情報システムが組織的に活用されてゆく一方で,高等教育機関ではどのよう な動きがあったのだろうか.多くの大学はICT関連の補助金を受けながら,大学の基幹ネットワークを 増強したり,情報教室以外への端末設置など,学内ユーザが快適にアクセスできるような環境を整備 していった.前述のように個人のアクセス環境もブロードバンド化,常時接続化が進行してゆくことで,
大学が提供する教育情報システムを自宅からでも利用できる学生が徐々に増えてきた31).情報化の 進展や情報インフラの充実を背景に,大学として本格的に教育ツールとしてLMSを導入しようとする 動きが見られた.
大学としてLMSの導入とその利用が進むと学生側にメリットは大きい.個別教員によるDIY的利用 においては,各教員が用いるLMSごとにID・パスワードが付与されるので,学生は管理が煩雑になる.
また週1度の講義利用だけではシステムに慣れることも難しい.けれども,複数科目で共通のLMSを 用いれば,学生はひとつのID管理でよく,アクセスする回数も増えるので早く慣れることができる.利 用頻度が上がれば,同じ情報システム内にある他科目や機能へのアクセスといった外部性も働く.さら に,LMS内にシラバスが整備されていれば,講義内容の透明性も高まり,学生は学習計画や授業選 択に役立てることができる.
また教員側にもメリットはある.第1期において教員が受講生の学習ログを整理するためには,別途,
集計作業が必要であった.しかし,LMSに含まれる定型手順に従えば,学習データの入手は簡単に なる.例えば,学生レポートの提出履歴や練習問題の解答履歴状況などを一覧表示させるには,従
31 たしかに通常の講義室での授業で利用するケースもあるが,ネットへのアクセスという機会費用が 発生するために全受講生が満足できるものでもなかった.大学のパソコン利用制限(時間・台数),家 庭へのインターネット普及率,総じて高額な通信費用といったこれらの課題により,多くの学生ユーザ には支持されなかった.
来は教員が自分でデータを加工編集しなくてはならなかった.しかし,LMSにはこのような管理機能 が標準で搭載されているので,誰でも簡単に処理ができる.この結果,学生が取り組んだ学習成果を ネット上で一覧データとして示すことができるようになった.これは多くの受講生がいる講義では極めて 有効であり,個別の学生の努力を公正に評価できる.このように教員にとってもLMS活用のメリットは 極めて大きい.
第2期では大学組織内の業務を効率化するために情報システムが求められた.そして,大学の組 織としてICTツールの導入が試行された時期であった.教育情報システムでは,市販のシステムを導 入したり,オープンソースによるシステム構築,さらにはホームグローン(home grown)というように大学 ごとに異なっている.市販の教育用情報システムとして,北米製システムであるBlackboardや
eColledge,WebCTなどがあった.日本でも導入する大学が現れたが,年間ライセンス料金や既存の
情報システムとの接続およびカスタマイズに大きな費用が発生するなど,維持継続費用に課題を残し ている.その他にもさまざまな機能を持ったパッケージ製品があったが,これらについても同様な課題 を克服できなかった.その結果,日本では,どの大学も利用するデファクトスタンダードといえる大ヒット 製品が登場するまでに至らなかった.これは製品の性能の優劣よりも,アクティブユーザ数が絶対的 に少なかったということが原因である.システムが導入されても教職員の利用意識とICTスキルの向上 には結びつかないために,LMS市場を維持・拡大するには至らなかった.
どの組織でも学内への普及が思うように進まないという活用水準32)の問題 を抱え,全学という組織 的利用までには至らずにいる.大学が全学的にLMSを運用する課題には,教育機関での情報システ ムに精通したCIOの不在とともに以下のような問題が存在する.
まず,LMSの運用コスト(TCO,Total Cost of Ownership)である.たしかにオープンソースの流れを 受けて,システム構築の費用は格安になった.しかし,運用後に生ずる保守作業やカスタマイズ・シス テム更新などにコストが発生する.特に,大学の場合には数年ごとに情報システムのリプレースが実施 されるが,それまでのLMSを新しい環境に完全に移行させなければならない.
次に,ユーザ支援およびユーザ教育という課題である.システム管理者は,管理業務だけでなく,
普及させるためにユーザ支援にも力を入れなければならない.ユーザを対象とした講習会やユーザの 質問・ヘルプへの迅速な対応などが求められる.さらにユーザに手間をかけさせないようにも配慮しな くてはならない.例えば,複数のシステムが独立に稼働している場合には,ユーザは利用するシステム
32 活用水準の目安としては,学生一人が授業日に一回アクセスするという前提で考える.例えば,年 間の授業が32週で,1週あたり5日間とすれば,学生一人あたり年間平均160ログインあれば,全学 に浸透したと判断して良いと思われる.