4.4.5 4.4 節のまとめ
4.5 界面活性剤を用いて重水中に分散した SWNTs の偏光発光励起分光
4.5.4 結果と考察
4.5.4.2 Fundamental anisotropy の見積もりと PLE スペクトルの分解
測定されたIVV,IVHのスペクトルとFig. 4.22cに示したPL anisotropy(rexp)から,式(4.92, 4.93)
により,軸平行,軸垂直励起それぞれに対する“純粋な”全発光強度PLマップIT//,IT⊥を求める ことができる.前述のとおり,式(4.92, 4.93)からIT//,IT⊥を求めるためには,軸平行,軸垂直励 起のみについてのfundamental anisotropy(r//,r⊥)の値が必要である.4.5.3節で述べたように,
実際の実験においては,r//,r⊥の絶対値は直線分子モデルについての値r// =0.4,r⊥=−0.2よりも 通常小さくなるため,r//,r⊥を実際の測定から見積もる必要がある.Fig. 4.23に,それぞれの励 起エネルギーにおける軸平行,軸垂直励起の寄与の模式図を示す.基本的に,励起子による光学 遷移では,最低エネルギーでの励起子吸収線のエネルギーよりも高エネルギー側では高次の励起 子吸収線や励起子連続状態による有限の光吸収があるため,ある励起エネルギーでの光吸収には,
そのエネルギーよりも低エネルギー側から始まるすべての電子励起準位の寄与が含まれる.Fig.
4.23 に示すように,高エネルギー側では軸平行,軸垂直励起による様々な励起子準位が光吸収に 寄与することになるが,E11 エネルギーに近い低エネルギー領域では,E11励起子のみが光吸収に 寄与すると考えられる.そこで,本研究ではr//の値として,最もピーク強度が大きくS/N比も大 きい(7, 5)SWNTsのPLEスペクトル中の低エネルギー領域での最大PL anisotropy の値を参考に する.最大PL anisotropy rmaxは(7, 5)SWNTsに対してrmax ≈0.3程度となるので,r// ≈0.3近傍で 最もスペクトル分解がうまくいくr//を選び,それをr//の値としてアサインする.Fig. 4.24に,r//の 値を0.28~0.32の間の様々な値に設定して計算した(7, 5)SWNTsと(6, 5)SWNTsのIT⊥のPLE スペクトルをそれぞれ比較して示す.スペクトルはそれぞれ上からIT,IT//,IT⊥のスペクトルで ある.Fig. 4.24(a, c, e) は(7, 5)SWNTs,Fig. 4.24(b, d, f) は(6, 5)SWNTsに対応している.Fig.
4.24から,0.28~0.32の間で,r// =0.31を選択した場合に(7, 5),(6, 5)ともにIT//とIT⊥のスペクト ルが最も適切に分離されていることがわかる.r// =0.31以外の場合には,IT⊥のスペクトル中に明 らかに軸平行励起に対応するE22ピークが正または負の符号で混合しており,分離が不完全もしく は過剰となっている.ただし,アスタリスク(*)で示した(7, 5)SWNTsの軸垂直励起ピークや
(6, 5)SWNTsのIT⊥スペクトル中の2つのピークについては,ここで検討した程度のr//の変化が あってもそのピーク位置や形状にはあまり影響がなく,E22エネルギーの付近以外では,スペクト ル分離の結果に対するr//の誤差の影響は小さい.
なお,Fig. 4.22cに示したrexpのマップ中には,(7, 5)SWNTsについて求めた低エネルギー領域 での最大PL anisotropy rmax ≈0.3よりも大きなrexpを示す領域(主に測定領域の端)も存在する.
しかしながら,これらの領域では十分なシグナル強度が無いためにrexpの誤差が非常に大きくなる ことが予想される.そのようなrexpの値は信頼性が低く,最大PL anisotropyとしては採用できない し,そのような値を用いても,実際にスペクトルの分離はうまくいかない.測定値の誤差と PL anisotropyの誤差の見積もりの詳細は付録A. 2, A. 3に示す.
g E11 E22
E12 E21
Excitation energy
//
⊥ //
//
//+⊥
//+⊥+//
Fig. 4.23 Excitation energy dependence of contributions of parallel and perpendicular transition moments.
得られたIT//,IT⊥のスペクトルと分解前の全発光強度ITのスペクトルを比較すると,通常の測 定では同時に観測される 2種類のピーク(//と⊥で示した)が完全に分離されていることがわか る.また,興味深いことに,(7, 5),(6, 5)SWNTs双方について,IT⊥スペクトル中の最も低エネ ルギー側のピークよりも0.1~0.15 eV程度高エネルギー側に,これまで確認されていなかったもう 一つのピークが存在していることがわかる.高エネルギー側の軸垂直励起ピークは,(7, 5)SWNTs の場合には E22 ピークとの重なりが大きく分解前のスペクトルではピークを確認するのは困難だ が,(6, 5)SWNTsの場合にはITのスペクトル中にもピーク構造を確認することができる.なお,
本測定でのノイズレベルはこれらのピーク構造が観測されたエネルギー領域では±0.1 のオーダ ー(付録A.2参照)であり,シグナル強度は1のオーダーであるから,分解後のスペクトルに現 れたこれらのピーク構造はノイズではないと考えられる.
分離された軸平行励起ピークと軸垂直励起ピーク強度の比に注目すると,(7, 5),(6, 5)の場合
E22 E22
(7, 5) PLE
*
(a) (b) (6, 5) PLE
I
T//
I
T⊥
I
T31 .
// =0 r
32 . 0
~ 28 .
//=0 r
31 .
// =0 r
32 . 0
~ 28 .
//=0 r
31 .
//=0 r
32 . 0
~ 28 .
//=0 r
31 .
//=0 r
32 . 0
~ 28 .
//=0 r
I
T//
I
T⊥
I
T//
⊥
//
⊥ //
28 . //=0 r
32 . //=0 r
28 . //=0 r
32 . //=0 r
(⊥) (⊥)
// (8, 3) E22
(10, 2) E22
(6, 5) E22
(6, 5) E22 Ph (7, 5) E22
(7, 5) E22 Ph
*
(6, 5) PLE (d)
(6, 5) PLE (f)
(7, 5) PLE (c)
(7, 5) PLE (e)
Fig. 4.24 Decomposition of PLE spectra with various r// values.
ともにおおよそ10対1程度となっている.また,軸垂直励起ピークは非対称な形をしており,高 エネルギー側に長いテール構造を伴っている.一方,軸平行励起のE22ピークは高エネルギー側に 第3章で同定したフォノンサイドバンドピークを伴っているが,大きなテール構造はほとんど見 られない.