第 3 章 アメーバの位相振動子モデルに着想を得た情報処理メカニズムの提案 31
3.3 アメーバモデルに着想を得た入力情報を検出する位相振動子モデル
3.3.4 Frequency Filter(FF) モデル:入力を周波数ごとに分類し学習する
ここから複数の振動成分を持つ二つの入力に対して,特定の周波数成分だけを検出し て周波数ごとに入力情報を分類する仕組み(FFモデル)を提案する.ここでは二つの入力
情報Ik(t)(k = 1,2)のそれぞれに複数の振動情報が含まれているとして,次式で与える.
Ik(t) = sin(Ωk,1(t+τk,1)) + sin(Ωk,2(t+τk,2)) + sin(Ωk,3(t+τk,3)) +. . . (3.25) ここでΩk,l,τk,l(l= 1,2, . . .)はそれぞれIkの入力情報に含まれる振動情報の角速度,振 動の時間差を表す.
ここからFFモデルの構造の概要を説明する.提案するFFモデルはM種類の特定の 角速度成分のみを検出でき,その角速度をµm(m = 1,2, . . . , M)とする.入力情報I1, I2 がFFモデルを通過すると,それぞれの入力から角速度ごとに分類された出力(Filtered
output, FO)が得られる.例えばFFモデルが検出できる角速度の種類をM = 3と設定
した時,一つ目の入力情報I1から3種類の振動成分F O1,1(t), F O1,2(t), F O1,3(t)が得ら れ,同様に二つ目の入力情報I2からも3種類の振動成分F O2,1(t), F O2,2(t), F O2,3(t)が 得られる.ここでF O1,mはI1から得られた角速度µmの成分であり,F O2,mはI2から得 られた角速度µmの成分である.
具体的に二つの入力情報がFFモデルを通過して得られるFOがどのようなものか説明 する.例えばI1に含まれる振動情報が二つ,I2に含まれる振動情報が三つとして,以下 のように与えられたとする.
I1(t) = sin(t+ 0.1) + sin(3(t+ 0.3)) (3.26) I2(t) = sin(t) + sin(2(t+ 1.2)) + sin(3(t+ 1.3)) (3.27) 上記の入力I1,I2はどちらも角速度1の成分をもち,それらの振動の時間差はI1に含ま れる成分の方が0.1だけ早い.同様に角速度3の成分についてはI2の方が1だけ早い.こ のとき,FFモデルで検出できる角速度が(µ1, µ2, µ3) = (1,2,3)と与えられたとする.こ こで提案するFFモデルの出力として,例えば次のようなものが得られる.
F O1,1 = sin(t+ 1) (3.28)
F O1,2 = 0 (3.29)
F O1,3 = sin(3(t+ 1)) (3.30)
F O2,1 = sin(t+ 0.9) (3.31)
F O2,2 = sin(2t) (3.32)
F O2,3 = sin(3(t+ 2)) (3.33)
F O1,1,F O2,1はそれぞれI1,I2から得られた角速度µ1 = 1の成分であり,それらの時 間差を比べるとF O1,1の方が0.1だけ早い.これは元の入力情報I1,I2 に含まれる角速 度µ1 = 1の成分の振動情報を保存している.同様にF O1,3,F O2,3の時間差を比べると F O2,3の方が1だけ早く,これも入力情報の角速度µ3 = 3の成分の情報を保存している.
以下,このような周波数分類が可能な仕組みを提案する.
FFモデルではT-shiftモデルと同様に,EIモデルで用いた位相振動子システムを取り 扱う.EIモデルの振動子システムは次のように記述された.
dθi,j
dt =ωi +α(ri+β)I(t) sinθi,j (i= 1,2, . . . , Ni;j = 1,2, . . . , Nj) (3.34) ここでωi(i= 1,2, . . . , Ni)はこの振動子システムに含まれる固有角速度の種類,Njはあ る固有角速度に含まれる振動子の個数を表していた.EIモデルおよびT-shiftモデルでは
全ての固有角速度ωiに含まれる振動子の個数は同じであると仮定し,全ての振動子の個 数はNiNjであった.FFモデルでは振動子の固有角速度ごとに振動子の個数が非一様に 分布していると仮定し,角速度ωiに含まれる振動子の個数をJiとして次式を考える.
dθi,j
dt =ωi +α(ri+β)I(t) sinθi,j (i= 1,2, . . . , Ni;j = 1,2, . . . , Ji) (3.35) ただしJi ̸= 1とする.固有角速度の分布はEIモデルと同様に,次式のようにある範囲で 等間隔に与える.
ωi =ω0+ (i−1)∆ω (3.36)
ここでω0は振動子システムに含まれる最小の固有角速度成分であり,∆ωは固有角速度 ごとの差である.このシステムでは振動子の総数はJ =∑
iJiである.
各固有角速度ごとのローカル同期度riはJi = 0のときri = 0とする.Ji ≥2のときは EIモデル,T-shiftモデルと同様にri =
√ (∑Ji
j cosθi,j)2 + (∑Ji
j sinθi,j)2/Jiとする.振動 子全体の同期度Rも同様にR=
√ (∑
i,jcosθi,j)2+ (∑
i,jsinθi,j)2/J とする.
この振動子システムに含まれる固有角速度の種類は,平均µ,分散σ2の正規分布に従 う乱数によって得られると仮定する.具体的に振動子の固有角速度は次の手順で決定し た.まず,このシステムに含まれる振動子の総数J(偶数)及び,固有角速度が従う正規 分布(平均µ,分散σ2の値)を与える.次にこの正規分布に従う乱数を発生させる.得 られた値とこのシステムに含まれる固有角速度(式 (3.36))を比較し,最も近い固有振 動数ωiに含まれる振動子の個数を2つだけ増やす.振動子の総数がJ個になるまで乱数 生成を繰り返す.各過程で振動子の個数を2つずつ増やしたのはJi = 1となることを避 けるためである.
ここからは固有角速度が非一様に分布する振動子モデルについて,数値実験を行って その振る舞いを確認する.ここでは固有角速度の種類をω = 0.01,0.02, . . . ,10,すなわち ωi = 0.01i(i= 1,2, . . . , Ni),Ni = 1000とし,振動子の総数をJ =2万個,振動子を発生 させる乱数を(µ, σ2) = (5,1)の正規分布に従うと設定する.このとき得られた振動子の固 有角速度の分布Jiは図 3.10(a-1)のようになる.このように設定した振動子システムでは 固有角速度5付近に多くの振動子が分布し,固有角速度が5から離れれば離れるほど振動 子の個数が少なくなっている.以下,モデルパラメータはα= 0.5,β = 0.01とする.ま ず初めに,周期的な入力I(t)の角速度を変えたとき,振動子全体の同期度Rがどのように 変化するかを観察する.図 3.10(a)は5種類の周期刺激I(t) = sin(3t),⃝1 I(t) = sin(4t),
⃝2I(t) = sin(5t),⃝3 I(t) = sin(6t),I(t) = sin(7t)のそれぞれの場合で,この振動子シス
テム(式(3.35))全体の同期度の時間変化を表す.これらの5種類の周期的な入力に対し
ていは,⃝2 I(t) = sin(5t)の入力に対して最も振動子が同期したことがわかる.これは5
種類全ての周期的な入力に対して,その角速度と近い固有角速度の振動子のみが同期す るが,振動子の個数が固有角速度5付近に偏って存在しているため,振動子全体の同期 度Rに与える影響が最も大きかったためである.⃝1I(t) = sin(4t)や⃝3 I(t) = sin(6t)の場 合もそれぞれ固有角速度4,固有角速度6付近の振動子が同期したが,そこに含まれる振 動子の個数は固有角速度5付近の振動子の個数ほど多くないため,振動子全体に与える 影響も小さくなった.これらのことからここで設定したµは,この振動子システムが応 答しやすい入力振動の角速度であると解釈できる.またσ2の値を大きく設定するとこの 振動子システムが応答できる角速度の範囲は大きくなり,逆にσ2の値を小さく設定する と応答できる角速度の範囲は狭くなる.このことからσ2の値は検出する周波数の許容度 合いと解釈できる.
次に入力周波数が複数の振動状態の重ね合わせで与えられた場合を考える.ここでは I(t) = sin(3t)+sin(5t)とし,ローカル同期度riとグローバル同期度Rがどのように変化す るかを観察する.先の振動子システムと同様に,固有角速度の種類をω= 0.01,0.02, . . . ,10, 振動子の総数を2万個,振動子を発生させる乱数を(µ, σ2) = (5,1)の正規分布に従うと 設定した.図 3.10(b-1)は固有角速度ごとに含まれる振動子の個数の分布の様子であり,
図 3.10(b-2)は各固有角速度ごとの同期度riの変化の様子である.振動子の固有角速度ご
とに同期度を観察すると固有角速度3及び固有角速度5付近の振動子が同期したことが わかる.そのとき振動子全体の同期度は,固有角速度3付近の振動子の同期度の影響も 受けるが,固有角速度5付近の振動子の個数の方が多いため,これらの振動子が同期す る方が全体に与える影響が大きく,I(t) = sin(5t)と同程度の同期度まで成長する.比較 のために,図 3.10(b)にはI(t) = sin(5t)の場合の結果も示した.
以上のように振動子システムの固有角速度を非一様に分布させることで,特定の周波 数の入力にのみ応答する振動子モデルを構築することができる.また入力情報が複数の 振動情報の重ね合わせであったとしても,目的の周波数成分だけを取り出すことが可能 である.さらに式 (3.35)の振動子システムはアメーバモデルの学習システムも兼ね備え ている.そのため特定の周波数の入力を学習した後は振動子の同期として記憶が定着し ており,再びの入力に対して素早く対応することが可能である.
このような振動子システムを介して得られる出力F O(t)をEIモデル及びT-shiftモデ ルと同様に,振動子全体を単位円周上に配置した時の重心位置のx座標であるとして,次 式で与える.
F O(t) = 1 J
∑
i,j
cosθi,j (3.37)
ここまでは振動子が応答できる周波数の種類は一種類(µ)のみだった.ここからは複数 の周波数成分を同時に検出できるような振動子システムを構築する.式 (3.35)の振動子 システムをM 個用意し,振動子が入力情報を受け取る仕組みを次式で与える.
dθi,j,m
dt =ωi+α(ri,m+β)I(t) sinθi,j,m (m= 1,2, . . . , M) (3.38) ここでMは検出可能な周波数の種類を表す.ωiは前と同様に式(3.36)で与える.一方で 振動子の固有角速度の分布は振動子システムごとに異なるとし,固有角速度ωiに含まれ る振動子の個数Jj,mは平均µm,分散σ2の正規分布に従って与える.
例えばM = 3,検出できる周波数の組みを(µ1, µ2, µ3) = (1,2,3),σ2 = 0.3と設定し て振動子をωi ∈ [0.01,0.02, . . . ,4]にそれぞれ2万個ずつ,計6万個の振動子を分布させ た場合の振動子の分布の様子を図 3.11に示す.このように設定することで振動子システ
ムのうちθi,j,1の振動子が周期的な入力の角速度µ1 = 1成分に応答する.同様にθi,j,2の
振動子は角速度µ2 = 2の成分,θi,j,3の振動子は角速度µ3 = 3の成分に応答する.このよ うにして周期的な入力の中から特定の周波数の成分だけを抽出することができる.
各振動子システムから得られる出力F Om(t)を次式で与える.
F Om(t) = 1 J
∑
i,j,m
cosθi,j (m = 1,2, . . . , M) (3.39)
このような出力でF Om(t)が振動するということは,振動子システムが受け取った入力情 報の中に角速度がµmの成分が含まれていたことを意味する.もしそのような成分が含ま れていなければF Om(t) = 0である.
図 3.10: (a)振動子の固有角速度の分布例.(µ, σ2) = (5,1)の正規分布に従って2万個 (J = 20000)の振動子を分布させた.振動子の固有角速度は[0.01,10]で,dω = 0.01であ る.外部刺激の角速度がµに近いほどグローバル同期度が大きくなる.(a-1) 振動子の固 有角速度の分布の様子.赤い帯は振動子が同期しているだいたいの場所である.(b)複数 の周波数の重ね合わせに対する振動子の振る舞い.I(t) = sin(3t) + sin(5t)に対しては角 速度3付近と角速度5付近の振動子が同期するが,グローバル同期に影響を与えるのは 個数がより多い角速度5の振動子の方である.比較のためにI(t) = sin(5t)に対する応答
(緑実線)も載せた.(b-1)の振動子分布にある赤い帯は同期した振動子が存在するだい たいの場所を示す.(b-2) 振動子の固有角速度ごとのローカル同期度の時間変化の様子.
図 3.11: 振動子の固有角速度の分布の例.(µ1, µ2, µ3) = (1,2,3), σ2 = 0.3とし,固有角 速度0.01, 0.02, . . ., 4の範囲に2万個の振動子を分布させた.(a)θi,j,1の分布の振動子の 固有角速度の分布.(b)θi,j,2の分布の振動子の固有角速度の分布.(c)θi,j,3の分布の振動子 の固有角速度の分布.
これまでに述べた振動子システム(式 (3.38),式 (3.39))が入力情報を周波数ごとに 正しく分類できるかを確認する.ここでは検出可能な周波数の種類をM = 3,検出可能 な周波数を(µ1, µ2, µ3) = (1,2,3),σ2 = 0.3,振動子数を2万個とし,周期的な入力を I(t) = sin(t) + sin(2t)とする.図3.12(a)は振動子の同期度の変化の様子である.µ1 = 1 及びµ2 = 2の振動子集団が同期し,µ3 = 3の振動子集団は同期できなかったことがわか る.これは周期的な入力I(t)に角速度1及び角速度2の成分が含まれており,角速度3の 成分が含まれていないためである.図 3.12(b)はこのシステムから得られた3種類の出力 の様子である.図 3.12(b-1),図3.12(b-2),図 3.12(b-3)はそれぞれµ1 = 1の振動子から 得られる出力F O1,µ2 = 2の振動子から得られる出力F O2,µ3 = 3の振動子から得られ る出力F O3である.この結果から,複数の波の重ね合わせで表現された入力情報を,周 波数成分ごとに分類できたことがわかる.
以上が受け取った周期刺激を周波数ごとに分離する方法である.振動子の個数を増やす ことで,より多くの周波数を検出し分類することが可能になる.図 3.12を見るとt= 70 程度でµ1 = 1及びµ2 = 2の振動子集団は同期できた.すなわちこの状態で角速度1及び 角速度2の学習が完了している.そのため,t >100の時間で異なる成分を含む周期的な 入力に切り替わった場合,角速度1及び角速度2の成分は直ちに出力されるが,角速度3 の成分が出力されるまでには振動子が一から同期しなければならないため時間がかかる.
例えばI(t) = sin(t) + sin(3t)に切り替わった場合,µ1 = 1の振動子集団から得られる出 力F O1は直ちに出力を得るが,µ3 = 3の振動子集団が新たに学習を完了しなければ,角 速度3の成分の出力F O3は得られない.
ここから周期的な刺激が複数ある場合に,それぞれの周期刺激の時間差を保存して周 波数ごとに分類する方法を説明する.固有角速度を非一様に分布させたJ この振動子集