第 4 章 ダンゴムシの行動選択 49
4.2 ワッフル状の地形での行動選択
単純な傾斜を用いた円形容器での実験によって,オカダンゴムシは傾斜を下る傾向が あることを見出した.しかし,我々が行った実験では,オカダンゴムシは傾斜のある円 形容器では標高の最低地点で留まることはなく,ある程度傾斜を登る行動が観察された.
オカダンゴムシのいる環境にたくさんの谷部分があったらどのような行動が観察される だろうか.ここではワッフルの表面のような複数の山と谷があるような環境におけるオ カダンゴムシの行動について実験した結果を報告する.
4.2.1 実験装置と実験方法
実験に使用されたオカダンゴムシは,福岡県糸島市白糸(北緯33◦ 28′ 50′′,東経 130◦ 10′ 29′′)において2017年5月〜6月の期間に採集された.これらの個体は研究室の飼育 ケースに入れられ,薄く切ったニンジンが週1回程度餌として与えられた.飼育ケース は1〜2日おきに霧吹きで適度な水分が与えられた.
実験には縦30mm,横25mmの間隔で山(谷)が等間隔に並んだ青色のスポンジ(ポリ ウレタンフォーム)が使用された.山の高低差は16mmであった.実験データの採集の ため山の部分は油性マジックで黒く塗られた.実験は自作の観察ケースの中で行われた.
この観察ケースは周囲が黒い布で覆われており,外部からの光と風が遮断された.実験 中は内部側面及び上部に設置された白色LEDライトによって適度な光量が保たれた.観 察ケース内部の上部にはコンピュータに接続されたWEBカメラが設置され,これによっ て1秒ごとに真上からの写真がコンピュータに保存された.
観察ケースに設置されたスポンジの中央付近にある谷の部分に,飼育ケースからランダ ムに選ばれた1個体が静かに置かれた.この個体がスポンジ四辺のいづれかに到達するまで 観察が行われた.WEBカメラを通してコンピュータに保存された写真から,OpenCVを使 用して自作した画像解析プログラムによって実験個体の平面上での位置(x(t), y(t))[mm]
が取得された.また,それらをスポンジの山の位置と比較することで 1秒ごとの標高 (z(t)∈[−8,8][mm])が見積もられた.
収集されたオカダンゴムシの軌跡から見積もられた標高z(t)は三等分され,それぞれ lower領域(z ∈ [−8,−8 + 163]),middle領域(z ∈ [−8 + 163,8− 163 ]),upper領域(z ∈ [8− 163,8])と名付けられた.
この実験は100回繰り返され,100個体分のデータが収集された.
4.2.2 結果
100個体の全てでlower領域及びupper領域に到達した回数を比較すると,lower領域は 583回,upper領域は250回となり,lower領域を選択的に歩いたことがわかった.また個
体ごとにlower領域を選択した回数が多い個体をlower個体群,upper領域を選択した回
数が多い個体をupper個体群と名付けると,lower個体群は81個体,upper個体群は13個 体であり,残りの6個体はlower及びupperを選択した回数が等しかった.lower個体群に ついて,lower及びupperを選択した回数を比較すると,それぞれ78.852%,21.148%だっ た(図 4.7(c)).upper個体群についても同様の比較をすると,lowerの選択は32.3741%, upperの選択は67.6259%だった .図 4.5はlower個体群で得られた典型的な移動の軌跡,
標高の推移及び二次元平面上での初期位置からの距離の推移である.スポンジに置かれ た直後から40秒程度は動かず,その後いくつかの谷を渡り歩いた後,120秒程度でスポ ンジの下辺に到達した.
4.2.3 数理モデリング
オカダンゴムシはワッフル状の地形で低い部分を選択して歩いた.これは地形に応じ た方向選択が可能であることを示唆する.ここでは地形の情報をどのように方向転換に 反映すれば,上述した実験結果が再現できるか,その情報処理の仕組みを数理モデルを 用いて考察する.ここでは特に地形の勾配と方向選択のみに着目し,簡略化した状況を
図4.5: lower個体群の典型的な振る舞い.(a)記録された軌跡(赤線),初期位置(黄点),
地形の標高(カラーマップ).(b) 軌跡から見積もった標高の時間推移.(c) 各時間にお ける二次元平面上での初期位置からの距離.
考える.ダンゴムシは二次元平面上の点であると仮定し,ある時刻tにおけるダンゴムシ の位置を(x(t), y(t)),進行方向をθ(t)で表す.また,ダンゴムシの移動の速さは一定(¯v) であると仮定すると,位置の時間発展は( ˙x,y) = (¯˙ vcosθ,v¯sinθ)と書ける.
ダンゴムシが置かれる地形をz =f(x, y)とする.ダンゴムシはこの勾配∇f = (∂f∂x,∂f∂y) に応じて方向転換をすると仮定し,次式を提案する.
dθ
dt =α¯v|∇f|sin(θ−ϕ) (4.1)
ここでαは地形勾配に対する感受性を表す定数であり,ϕは∇f が向いている角度であ る.以降の数値計算において移動の速さは¯v = 1とし,初期状態x(0), y(0), θ(0)はランダ ムに与えられた.
地形関数f は実験で使用したスポンジの凹凸に合わせて次式を用いた.
f(x, y) = 8 cos(2πx
25 ) cos(2πy
30 ) (4.2)
この数理モデルでは,α >0とすると進行方向θは勾配ベクトルとは逆の方向に変化す ること,つまり谷に向かって進行方向を変化させる.一方α <0とすると進行方向は勾 配の方向に向かって変化するため山に向かって移動する.
また,|α|が大きいと勾配に対する感受性が強く,ある山もしくはある谷に“トラップ” されて抜け出せない.一方|α|が小さいと凹凸に関係なく広範囲を直線に近い軌道で移動
する.図4.6(a)は勾配感受性を強く設定した場合(α = 1)の数値計算結果である.長い
時間一つの谷に留まっていたことがわかる.図4.6(b)は勾配感受性を弱く設定した場合
(α= 0.01)の数値計算結果である.勾配を無視して,概ね直線に近い軌跡が現れた.
これらのことを考慮してパラメータを探索し,試行錯誤により|α|= 0.3程度が妥当で あると判断した.図4.7はα= 0.3と設定した場合の数値計算結果である.地形の谷部分 を選択し,広範囲の探索が行われたことがわかる(図 4.7(a)).図 4.7(b)はそのときの 標高の推移である.lower領域及びupper領域を選択した回数の割合を実験の結果と比較
すると,lower領域が8割程度選択され,実験結果と概ね一致した(図 4.7(c)).
一方勾配感受性をα=−0.3と設定して数値計算を行うと地形の山部分を選択して渡り 歩く行動が観察され,これはupper個体群の行動の様子と概ね一致した.
図 4.6: (a)勾配に対する感受性が強すぎる場合(α = 1)の数値計算結果(t∈[0,1000]).
(b)勾配に対する感受性が弱すぎる場合(α= 0.001)の数値計算結果(t ∈[0,1000]).実 線が移動の軌跡,赤丸が地形の山部分,青丸が地形の谷部分を示す.数値計算には周期 境界条件を用いた.
図 4.7: 勾配に対する感受性をα = 0.3と設定した場合の数値計算結果(t ∈[0, 1000]).
(a)移動の軌跡.赤丸が山,青丸が谷を示す.数値計算には周期境界条件を用いた.(b)各 時間での標高.(c)lower領域を選択した回数の割合(左棒グラフ)とupper領域を選択し た回数の割合(右棒グラフ).青は生物実験により得られたlower個体群の結果,緑は数 値実験で得られた結果を示す.
4.2.4 考察
凹凸のある地形において,オカダンゴムシは谷部分を選択して歩きやすいことを見出 した.しかし,一部の個体群は山部分を選択することもあった.これらの行動は勾配に 対して方向選択を行うことを仮定した数理モデルにおいて一つのパラメータαによって 制御できることが提示された.
一般に自然界でオカダンゴムシが生活している環境は障害物や地面の変形等の影響で 複雑な地形であることが予想される.そのような状況にあったとしても個々が谷部分を 渡り歩くような行動選択を行うことで,広範囲の探索と集団形成を同時に実現出来ると 予想できる.オカダンゴムシは視力が弱く[42],触角で得られる匂い(フェロモン)や障 害物との衝突などが行動選択に大きな影響を与えると言われている[43].本報告はそれ以 外に,地形勾配という情報も行動選択の一部を担っていると言うことができる.